「知れる」(しれる)が出てくる聖書の箇所

「知れる」(しれる)は日常訳第1版の101か所(旧約79・新約22)に出てきます。「しれる」も含みます。口語訳では86か所。

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創世記(7か所)

創世記6:4 そのころ、地ちにはネフィリムがいた。その後あとも、神かみの子こたちが人ひとの娘むすめたちのところに入はいり、娘むすめたちが子こどもを産うんだときにも、彼かれらはいた。それは大昔おおむかしの勇士ゆうしたちで、名なの知しれた者ものたちだった。

創世記16:2 サライはアブラムに言いった。「主しゅは、わたしが子こどもを産うめないようにしておられます。だから、わたしの女おんな奴隷どれいのところに入はいってください。もしかしたら、彼女かのじょを通とおしてわたしも子こどもをもてるかもしれません。」アブラムはサライの言葉ことばを聞き入れききいれた。

創世記26:7 その土地とちの人々ひとびとがリベカのことを尋たずねると、イサクは「彼女かのじょはわたしの妹いもうとだ」と答こたえた。「わたしの妻つまだ」と言いうのが怖こわかったのだ。リベカがとても美うつくしかったので、彼女かのじょのことでこの土地とちの人々ひとびとに殺ころされるかもしれない、と思おもったからである。

創世記26:9 アビメレクはイサクを呼よんで言いった。「あの女おんなは、どう見みてもあなたの妻つまじゃないか。それなのに、どうして『妹いもうとだ』なんて言いったんだ。」イサクは答こたえた。「あの人ひとのせいで、わたしが殺ころされるかもしれないと思おもったからです。」

創世記32:20 「あなたのしもべヤコブも、わたしたちの後うしろに来きています」と。ヤコブは、こう考かんがえていた。「先さきに送おくる贈おくり物もので兄あにをなだめて、それから顔かおを合あわせよう。そうすれば、兄あにはわたしを受うけ入いれてくれるかもしれない。」

創世記38:11 ユダは嫁よめのタマルに言いった。「わたしの息子むすこシェラが大おおきくなるまで、あなたの父ちちの家いえで未亡人みぼうじんのまま過すごしていなさい。」心こころの中なかでは、シェラも兄あにたちのように死しんでしまうかもしれない、と思おもっていたのだ。それでタマルは父ちちの家いえに戻もどって暮くらした。

創世記50:15 ヨセフの兄弟きょうだいたちは、父ちちが死しんだのを知しって言いった。「ヨセフはもしかしたら、まだわたしたちを恨うらんでいるかもしれない。そして、わたしたちが彼かれにした悪わるいことすべてに、きっと仕返ししかえしをするだろう」

出エジプト記(4か所)

出エジプト1:10 だから、うまく手てを打うとう。これ以上いじょう増ふえないようにするんだ。そうしないと、戦争せんそうが起おきたとき、彼かれらが敵側てきがわについて、わたしたちと戦たたかい、この国くにから出でて行いってしまうかもしれない。」

出エジプト5:3 二人ふたりは言いった。「ヘブライ人じんの神かみが、わたしたちに現あらわれました。どうか、荒あれ野のへ三みっ日かの道みちのりを行いかせてください。わたしたちの神かみ、主しゅにいけにえをささげるためです。そうしないと、神かみは疫病やくびょうか剣けんで、わたしたちを打うたれるかもしれません。」

出エジプト32:30 その翌日よくじつ、モーセは民たみに言いった。「あなたたちは大おおきな罪つみを犯おかしてしまった。だから今いまから、わたしは主しゅのところへ上のぼって行いく。もしかしたら、あなたたちの罪つみを償つぐなえるかもしれない。」

出エジプト33:3 乳ちちと蜜みつの流ながれる地ちへ導みちびく。だが、わたし自身じしんはあなたたちの中なかに上のぼっては行いかない。あなたたちは強情ごうじょうな民たみだから、途中とちゅうであなたたちを滅ほろぼしてしまうかもしれないからだ。」

レビ記(1か所)

レビ記25:20 あなたたちはこう言ゆうかもしれない。「七なな年ねん目めには何なんを食たべればいいのか。種たねもまかず、作物さくもつも集あつめないのに。」

民数記(5か所)

民数記16:2 彼かれらはモーセに逆さからって立たち上あがった。イスラエルの人々ひとびとのうち二百にひゃく五十ごじゅう人にんも加くわわった。みんな共同きょうどう体たいから選えらばれた指導しどう者しゃで、名なの知しれた者ものたちだった。

民数記22:6 どうか今いますぐ来きて、わたしのためにこの民たみをのろってほしい。彼かれらはわたしより強つよすぎるのだ。そうすれば、わたしは彼かれらを打うち破やぶり、この地ちから追おい出だせるかもしれない。あなたが祝福しゅくふくする者ものは祝福しゅくふくされ、あなたがのろう者しゃはのろわれる。わたしはそれを知しっているのだ。」

民数記22:11 『エジプトから出でてきた民たみが、地ちの面めんをおおっている。今いますぐ来きて、わたしのために彼かれらをのろってほしい。そうすれば、わたしは彼かれらと戦たたかって追おい出だせるかもしれない。』」

民数記23:3 バラムはバラクに言いった。「あなたの焼やき尽つくすささげ物もののそばに立たっていてください。わたしは行いってきます。もしかしたら、主しゅがわたしに会あいに来きてくださるかもしれません。そのとき示しめされたことを、あなたに伝つたえます。」こう言いって、バラムは裸はだかの丘おかに登のぼって行いった。

民数記23:27 バラクはバラムに言いった。「さあ、来きてくれ。別べつの場所ばしょへ連つれて行いこう。もしかすると、神かみの目めにかなって、そこから彼かれらを呪のろえるかもしれない。」

申命記(10か所)

申命記7:17 あなたは心こころの中なかでこう言ゆうかもしれない。「これらの民たみはわたしより多おおい。どうして彼かれらを追おい払はらえるだろうか」と。

申命記8:14 そのとき、あなたの心こころはおごり高たかぶり、あなたの神かみ、主しゅを忘わすれてしまうかもしれない。エジプトの地ち、奴隷どれいの家いえからあなたを連つれ出だしてくださった主しゅを。

申命記8:17 あなたは心こころの中なかで、「自分じぶんの力ちから、自分じぶんのこの手ての働はたらきで、この富とみを手てに入いれたのだ」と言ゆうかもしれない。

申命記13:1 あなたの中なかに預言よげん者しゃや、夢ゆめによって告つげる者ものが現あらわれて、しるしや不思議ふしぎなことをあなたに示しめすことがあるかもしれない。

申命記13:6 あなたの兄弟きょうだい、つまり同おなじ母ははから生うまれた者ものや、あなたの息子むすこや娘むすめ、愛あいする妻つま、自分じぶん自身じしんのように大切たいせつな友ともが、ひそかにあなたを誘さそって、「さあ、ほかの神々かみがみに仕つかえよう」と言いうことがあるかもしれない。それは、あなたも先祖せんぞも知しらなかった神々かみがみ、

申命記17:2 あなたの神かみ、主しゅが与あたえてくださる町まちのどこかで、こんな人ひとが見みつかることがあるかもしれない。男おとこでも女おんなでも、主しゅが結むすんだ契約けいやくを破やぶり、あなたの神かみ、主しゅの目めに悪あくとされることをする人ひとだ。

申命記17:8 あなたの町まちで起おこる裁判さいばんの中なかに、あなたには判断はんだんが難むずかしすぎる問題もんだいが出でてくるかもしれない。殺人さつじんに関かんする争あらそいや、権利けんりをめぐる争あらそい、暴行ぼうこうに関かんする争あらそいなどだ。そのときは、立たって、あなたの神かみ、主しゅが選えらばれる場所ばしょに上のぼって行いきなさい。

申命記18:21 あなたは心こころの中なかで、「主しゅが語かたられたのではない言葉ことばを、どうやって見分みわければいいのか」と思おもうかもしれない。

申命記19:6 そうしないと、血ちの復讐ふくしゅうをする者ものが怒いかりに燃もえて、殺ころした者ものを追おいかけるかもしれない。そして道みちが遠とおいために追おいつき、彼かれを打うち殺ころしてしまう。前まえから憎にくんでいたわけではないのだから、その人ひとは死刑しけいにあたる罪つみを犯おかしてはいないのに、である。

申命記21:1 あなたの神かみ、主しゅが与あたえて自分じぶんのものにさせようとしている土地とちで、だれかが殺ころされて野のに倒たおれているのが見みつかり、だれがその人ひとを殺ころしたのか分わからないことがあるかもしれない。

ヨシュア記(2か所)

ヨシュア記6:27 主しゅはヨシュアとともにおられた。そしてヨシュアの名なは、この地ちのすべてに知しれわたった。

ヨシュア記9:7 イスラエルの人々ひとびとはヒビ人にんにこう言いった。「もしかすると、あなたたちはわたしたちのすぐ近ちかくに住すんでいるのかもしれない。それなら、どうしてあなたたちと同盟どうめいを結むすべるだろうか。」

ルツ記(3か所)

ルツ記4:6 すると、その親戚しんせきは言いった。「それなら、わたしには引ひき受うけられない。自分じぶんの相続そうぞく地ちをだめにしてしまうかもしれないからね。わたしが引ひき受うけるはずのものを、あなたが引ひき受うけてくれ。わたしには引ひき受うけられないんだ。」

ルツ記4:11 すると、門もんにいたすべての人ひとと長老ちょうろうたちは言いった。「わたしたちは証人しょうにんだ。どうか主しゅが、あなたの家いえに来くるこの女性じょせいを、イスラエルの家いえを築きずいたラケルとレアのようにしてくださるように。あなたがエフラタで栄さかえ、ベツレヘムでその名なが知しれわたりますように。

ルツ記4:14 女おんなたちはナオミに言いった。「主しゅをほめたたえよう。主しゅは今日きょう、あなたを買かい戻もどしてくれる人ひとがいないままにはしなかった。どうか、その子この名ながイスラエルで知しれわたりますように。

サムエル記上(4か所)

サムエル第一6:5 あなたたちの腫はれ物ものの形かたちと、地ちを荒あらすねずみの形かたちを作つくり、イスラエルの神かみをあがめなさい。そうすれば、神かみはあなたたちからも、あなたたちの神々かみがみからも、あなたたちの地ちからも、その手てを軽かるくしてくださるかもしれない。

サムエル第一9:6 すると使用しよう人にんは答こたえた。「待まってください。この町まちには神かみの人ひとがいます。とても尊敬そんけいされている人ひとで、その人ひとが言いうことは、みんな必かならずそのとおりになるんです。だから、そこへ行いってみましょう。もしかしたら、これから進すすむ道みちを教おしえてくれるかもしれません。」

サムエル第一22:6 さて、ダビデと彼かれに従したがう者ものたちの居いどころが知しれた、とサウルの耳みみに入はいった。そのときサウルはギブアの高台たかだいのぎょりゅうの木きの下したにすわり、手てには槍やりを握にぎり、家来けらいたちはみなそのまわりに立たっていた。

サムエル第一29:4 ペリシテ人びとの将軍しょうぐんたちはアキシュに腹はらを立たてて言いった。「その男おとこを帰かえらせて、あなたが割わり当あてた場所ばしょに戻もどらせてほしい。わたしたちと一緒いっしょに戦たたかいに下くだって行いかせてはならない。戦たたかいの最中さいちゅうに、わたしたちの敵てきになるかもしれないからだ。あの男おとこが主君しゅくんと仲直なかなおりするのに、わたしたちの兵へいの首くびを差さし出だす以上いじょうのことがあるだろうか。

サムエル記下(5か所)

サムエル第二11:20 もし王おうが怒おこって、こう言ゆうかもしれない。『どうしてそんなに町まちの近ちかくまで行いって戦たたかったのか。城壁じょうへきの上うえから射いかけてくるとわからなかったのか。

サムエル第二12:18 七なな日か目めに、その子こは死しんだ。ダビデの家来けらいたちは、子こが死しんだことを彼かれに告つげるのを恐おそれた。彼かれらはこう思おもったからだ。「子こが生いきていたときでさえ、話はなしかけても王おうは耳みみを貸かさなかった。どうして子こが死しんだと告つげられるだろう。王おうが自分じぶんを傷きずつけてしまうかもしれない。」

サムエル第二12:22 ダビデは言いった。「子こが生いきている間あいだは、断食だんじきして泣ないた。『もしかしたら主しゅが憐あわれんでくださって、子こが生いきるかもしれない』と思おもったからだ。

サムエル第二14:15 わたしが王おうさまにこのことを申もうし上あげに来きたのは、人々ひとびとがわたしを恐おそれさせたからです。このはしためは思おもいました。『王おうさまに話はなしてみよう。もしかしたら、王おうさまはこのはしための願ねがいをかなえてくださるかもしれない』と。

サムエル第二16:12 もしかすると主しゅは、わたしの苦くるしみに目めを留とめてくださるかもしれない。そして今日きょうのこののろいに代かえて、良よいものをわたしに返かえしてくださるだろう。」

列王紀上(5か所)

列王紀上4:31 彼かれはだれよりも知恵ちえがあった。エズラ人にんエタンよりも、またマホルの子こであるヘマン、カルコル、ダルダよりも知恵ちえがあった。彼かれの名なは、周まわりのすべての国々くにぐにに知しれ渡わたった。

列王紀上18:5 アハブはオバデヤに言いった。「国くにじゅうの水みずのわき出でるところと、すべての谷川たにがわを回まわってくれ。もしかしたら草くさが見みつかるかもしれない。そうすれば馬うまやらばを生いかしておけるし、家畜かちくを一いち頭とうも失うしなわずにすむ。」

列王紀上18:12 わたしがあなたのもとを離はなれたとたん、主しゅの霊れいがあなたを、わたしの知しらないどこかへ運はこび去さってしまうかもしれません。そうなれば、わたしがアハブに知しらせに行いっても、彼かれはあなたを見みつけられず、わたしを殺ころしてしまいます。このしもべは、若わかいころからずっと主しゅを敬うやまってきたのに。

列王紀上18:27 昼ひるになると、エリヤは彼かれらをからかって言いった。「もっと大おおきな声こえで呼よびなさい。なにしろ神かみなんだから。考かんがえ事ごとでもしているのか、用足ようたしに行いっているのか、旅たびにでも出でているのか。それとも眠ねむっていて、起おこしてもらわないといけないのかもしれない。」

列王紀上20:31 家来けらいたちがベン・ハダドに言いった。「聞きくところによると、イスラエルの王おうたちは情なさけ深ぶかい王おうだそうです。ですから、腰こしに粗あらい布ぬのを巻まき、頭あたまに縄なわをかけて、イスラエルの王おうのところへ行いかせてください。もしかしたら、あなたの命いのちを助たすけてくれるかもしれません。」

列王紀下(2か所)

列王紀下2:16 彼かれらはエリシャに言いった。「わたしたち、あなたの僕しもべには、力ちからのある者ものが五十ごじゅう人にんいます。どうか彼かれらを行いかせて、あなたの師しを捜ささがさせてください。主しゅの霊れいがあの方かたを運はこび去さり、どこかの山やまか谷たにに落おとされたかもしれません。」エリシャは言いった。「行いかせてはならない。」

列王紀下19:4 アッシリアの王おうが生いきておられる神かみをののしるために送おくり込こんだラブ・シャケ、その言葉ことばのすべてを、あなたの神かみである主しゅが聞きいてくださるかもしれません。そして主しゅがその言葉ことばを聞きいて、罰ばっしてくださるかもしれません。どうか、生いき残のこっている者ものたちのために祈いのってください。」

歴代志上(2か所)

歴代志上5:24 エペル、イシ、エリエル、アズリエル、エレミヤ、ホダウヤ、ヤフディエル──これがその家系かけいの長ながたちである。彼かれらは力ちからある勇士ゆうしであり、名なの知しれた者ものたちで、それぞれの家系かけいの長ちょうであった。

歴代志上22:5 ダビデは言いった。「わたしの子こソロモンはまだ若わかく、経験けいけんも足たりない。だが主しゅのために建たてる神殿しんでんは、この上うえなく壮大そうだいで、世界せかい中じゅうに名なが知しれわたり、輝かがやきを放はなつものでなければならない。だから、わたしが今いまその準備じゅんびをしておこう。」こうしてダビデは、死しぬ前まえに多おおくの物資ぶっしを用意よういした。

エズラ記(1か所)

エズラ記7:23 天てんの神かみが命めいじることは何なんでも、天てんの神かみの家いえのためにきちんと行おこないなさい。そうしなければ、王おうとその子こらが治おさめる国くにに神かみの怒いかりが下くだるかもしれない。

エステル記(2か所)

エステル記2:22 しかし、そのことがモルデカイに知しれた。彼かれはそれを王妃おうひエステルに伝つたえ、エステルはモルデカイの名なで王おうに告つげた。

エステル記4:14 もし、あなたが今いまこのときに黙だまっているなら、ユダヤ人じんには別べつのところから助たすけと救すくいが起おこるだろう。でも、あなたとあなたの父ちちの家いえは滅ほろびる。それに、あなたが王妃おうひの位くらいに就ついたのは、まさにこのときのためだったのかもしれないのだ。」

ヨブ記(1か所)

ヨブ記1:5 ふるまいの日ひが一巡ひとめぐりするたびに、ヨブは息子むすこたちを呼よび寄よせて聖別せいべつした。そして朝あさ早はやく起おき、彼かれら一人ひとりひとりひとりの数かずだけ焼やき尽つくすいけにえをささげた。ヨブはこう考かんがえていたからだ。「もしかしたら息子むすこたちは罪つみを犯おかし、心こころの中なかで神かみをのろったかもしれない。」ヨブはいつもこうしていた。

詩篇(1か所)

詩篇64:6 彼かれらは悪事あくじを企たくらむ。「完璧かんぺきな計画けいかくを練ねり上あげた」と言ゆう。人ひとの思おもいも心こころも、底そこ知しれず深ぶかい。

箴言(3か所)

箴言1:11 彼かれらはこう言ゆうかもしれない。「一緒いっしょに来こいよ。待まち伏ぶせして、人ひとの血ちを流ながそう。罪つみのない人ひとを、理由りゆうもなく襲おそおう。

箴言14:33 知恵ちえは、分別ぶんべつのある人ひとの心こころの中なかで静しずかに宿やどっている。でも、愚おろかな人ひとたちの間あいだでは、その正体しょうたいがすぐに知しれわたる。

箴言24:12 「そんなこと、わたしたちは知しらなかった」と言ゆうかもしれない。でも、人ひとの心こころを見抜みぬく方かたは、ちゃんと分わかっているのではないか。あなたの魂たましいを見守みまもる方かたは、すべてを知しっているのではないか。その方かたは、一人ひとりひとりひとりに、その行おこないにふさわしく報むくいる。

イザヤ書(3か所)

イザヤ書30:20 主しゅは、あなたたちに苦くるしみのパンと乏とぼしい水みずを与あたえられるかもしれない。それでも、あなたを教おしえる方かたは、もう身みを隠かくさない。あなたはその目めで、教おしえる方かたをはっきり見みる。

イザヤ書37:4 あなたの神かみである主しゅが、あの側近そっきんラブ・シャケの言葉ことばを聞きいてくださるかもしれない。彼かれはアッシリアの王おうに遣つかわされ、生いきておられる神かみをののしろうとしている。あなたの神かみである主しゅがその言葉ことばを聞きいて、とがめてくださるかもしれない。だから、生いき残のこっている者ものたちのために祈いのってほしい。』」

イザヤ書47:12 さあ、あなたの呪文じゅもんと、たくさんの魔術まじゅつを続つづけてみるがいい。若わかいころから苦労くろうして身みにつけてきたものだ。もしかしたら役やくに立たつかもしれない。もしかしたら、だれかを怖こわがらせられるかもしれない。

エレミヤ書(8か所)

エレミヤ書20:10 わたしには、大勢おおぜいの人ひとがささやくのが聞きこえます。「まわりじゅうが恐怖きょうふだ。あいつを訴うったえろ、おれたちが訴うったえてやる」と。わたしの親したしい友人ゆうじんでさえ、みなわたしのつまずくのを待まちかまえて言いうのです。「もしかしたらあいつはだまされるかもしれない。そうすれば勝かって、仕返ししかえしをしてやれる」と。

エレミヤ書21:2 「どうか、わたしたちのために主しゅに尋たずねてください。バビロンの王おうネブカドレツァルが、わたしたちを攻せめているのです。もしかしたら主しゅは、これまでの数々かずかずの不思議ふしぎなわざのように、わたしたちのために事ことを起おこし、あの王おうを退しりぞかせてくださるかもしれません。」

エレミヤ書26:3 もしかしたら、彼かれらは耳みみを傾かたむけ、それぞれ悪わるい生いき方かたから立たち返かえるかもしれない。そうすれば、わたしは彼かれらの悪わるい行おこないのために下くだそうと考かんがえていた災わざわいを思おもい直なおす。

エレミヤ書36:3 そうすれば、ユダの人々ひとびとは、わたしが彼かれらに下くだそうと考かんがえているすべての災わざわいを聞きいて、もしかしたら、それぞれ自分じぶんの悪わるい生いき方かたから立たち返かえるかもしれない。そのとき、わたしは彼かれらの罪つみと過あやまちを赦ゆるそう。」

エレミヤ書36:7 もしかしたら、彼かれらの願ねがいが主しゅに届とどいて、それぞれが悪わるい生いき方かたから立たち返かえるかもしれない。主しゅがこの民たみに向むけて告つげられた怒いかりと憤いきどおりは、それほど大おおきいのだから。」

エレミヤ書38:19 ゼデキヤ王おうはエレミヤに言いった。「わたしは、すでにカルデア人にんの側がわに投降とうこうしているユダヤ人じんたちが怖こわいのだ。もし彼かれらの手てにわたしが引ひき渡わたされたら、なぶりものにされるかもしれない。」

エレミヤ書46:12 おまえの恥はじは、国々くにぐにじゅうに知しれわたった。おまえの叫さけび声ごえは、地ちを満みたしている。勇士ゆうしが勇士ゆうしにつまずき、二人ふたりそろって倒たおれたからだ。

エレミヤ書51:8 バビロンは突然とつぜん倒たおれ、砕くだけ散ちった。バビロンのために泣なき叫さけべ。その痛いたみに効きく薬くすりを取とってこい。もしかしたら治なおるかもしれない。

哀歌(1か所)

哀歌3:29 口くちを土つちにつけよ。もしかしたら、まだ望のぞみがあるかもしれない。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書12:3 だから人ひとの子こよ、捕とらわれて行いく者ものの荷物にもつを用意よういし、昼ひるのうちに、彼かれらの見みている前まえで、それを担かついで出でて行いけ。お前まえのいる場所ばしょから別べつの場所ばしょへ、彼かれらの見みている前まえで移うつって行いくのだ。反逆はんぎゃくの民たみではあっても、もしかしたら気きづくかもしれない。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書4:27 ですから王おうさま、どうかわたしの助言じょげんを受うけ入いれてください。正ただしいことを行おこなって罪つみを断たち切きり、貧まずしい人ひとにあわれみを示ししめして悪わるから離はなれてください。そうすれば、あなたの安やすらかな日々ひびは続つづいていくかもしれません。」

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:14 もしかしたら主しゅは思おもい直なおし、あわれみをかけて、あとに恵めぐみを残のこしてくださるかもしれない。あなたたちの神かみ、主しゅにささげる穀物こくもつとぶどう酒しゅを。

アモス書(1か所)

アモス書5:15 悪あくを憎にくみ、良よいものを愛あいせ。門もんで公正こうせいを打うち立たてよ。そうすれば、万まん軍ぐんの神かみである主しゅは、ヨセフの生いき残のこった者ものたちをあわれんでくださるかもしれない。

ヨナ書(2か所)

ヨナ書1:6 船長せんちょうがヨナのところに来きて言いった。「どうして眠ねむっていられるんだ。起おきて、あなたの神かみに祈いのってくれ。もしかしたら、その神かみがわたしたちを心こころにかけて、助たすけてくれるかもしれない。そうすれば死しなずにすむ。」

ヨナ書3:9 もしかしたら、神かみは思おもい直なおして、激はげしい怒いかりをおさめてくださるかもしれない。そうすれば、わたしたちは滅ほろびずにすむ。」

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書2:3 主しゅを求もとめよ。その裁さばきに従したがって生いきてきた、地ちのすべてのへりくだる者ものたちよ。義ぎを求もとめよ。へりくだる心こころを求もとめよ。そうすれば、主しゅの怒いかりの日ひに、身みを守まもられるかもしれない。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書8:6 万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる。そのとき、この民たみの残のこりの者ものの目めには、それが信しんじがたいことに見みえるかもしれない。しかし、わたしの目めにも、それが信しんじがたいことだろうか、と万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

マラキ書(1か所)

マラキ書1:4 エドムはこう言ゆうかもしれない。「わたしたちは打うちのめされた。でも、廃墟はいきょをもう一いち度ど建たて直なおす」と。しかし万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる。「彼かれらが建たてても、わたしが壊こわす。人々ひとびとは彼かれらを『悪あくの国くに』と呼よび、主しゅがいつまでも怒おこり続つづける民たみと呼よぶ。」

マタイによる福音書(3か所)

マタイ13:29 だが彼かれは言いった。「いや、毒麦どくむぎを抜ぬこうとして、麦むぎまで一緒いっしょに抜ぬいてしまうかもしれない。

マタイ15:32 イエスは弟子でしたちを呼よび寄よせて言いった。「この群衆ぐんしゅうがかわいそうだ。もう三みっ日かもわたしと一緒いっしょにいるのに、食たべる物ものが何なんもない。空腹くうふくのまま帰かえらせたくはない。途中とちゅうで動うごけなくなってしまうかもしれないから。」

マタイ27:64 だから、三みっ日か目めまで墓はかをしっかり見張みはるように命令めいれいしてください。そうしないと、弟子でしたちが来きて遺体いたいを盗ぬすみ出だし、『あの人ひとは死者ししゃの中なかから生いき返かえった』と人々ひとびとに言いいふらすかもしれません。そうなれば、あとの惑まどわしは前まえよりもっとひどいものになります」

マルコによる福音書(1か所)

マルコ6:14 さて、イエスの名なは広ひろく知しれわたっていたので、ヘロデ王おうもそのうわさを耳みみにした。人々ひとびとは、「バプテスマを授さずけていたヨハネが、死者ししゃの中なかから生いき返かえったのだ。だから、あの人ひとにはこんな力ちからがはたらいているのだ」と言いっていた。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ14:8 「誰だれかに結婚けっこん披露ひろう宴えんに招まねかれたら、上座かみざに座すわってはいけない。あなたより身分みぶんの高たかい人ひとが招まねかれているかもしれないからだ。

ルカ14:12 それからイエスは、自分じぶんを招まねいてくれた人ひとにも言いった。「昼食ちゅうしょくや夕食ゆうしょくの会かいを開ひらくときは、友人ゆうじんや兄弟きょうだい、親戚しんせきや裕福ゆうふくな隣人りんじんを呼よんではいけない。その人ひとたちもあなたを招まねき返かえして、お返かえしをされてしまうかもしれないからだ。

ルカ20:13 そこでぶどう畑はたけの主人しゅじんは言いった。「どうしたものか。よし、わたしの愛あいする息子むすこを送おくろう。息子むすこなら、彼かれらも敬うやまってくれるかもしれない。」

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ4:29 「わたしがしてきたことを全部ぜんぶ言い当ていいあてた人ひとがいる。さあ、見みに来きて。もしかしたら、この人ひとがキリストなのかもしれない」

ヨハネ5:14 そののち、イエスは神殿しんでんの境内けいだいでその人ひとを見みつけて、こう言いった。「よかったね、君きみはもう元気げんきになった。これからはもう罪つみを犯おかしてはいけない。そうしないと、もっとひどいことが起おきるかもしれないから。」

使徒行伝(6か所)

使徒1:19 このことはエルサレムに住すむ人ひとみんなに知しれ渡わたり、その畑はたけは彼かれらの言葉ことばで「アケルダマ」、つまり「血ちの畑はたけ」と呼よばれるようになりました。

使徒5:39 しかし、もし神かみから出でたものなら、あなたたちにそれを滅ほろぼすことはできない。それどころか、神かみに逆さからって戦たたかう者ものになってしまうかもしれない。」議員ぎいんたちは、この意見いけんに従したがった。

使徒8:22 だから、この悪わるい思おもいを捨すてて心こころを入いれ替かえ、主しゅに祈いのりなさい。そうすれば、あなたの心こころのたくらみも、もしかしたら赦ゆるされるかもしれない。

使徒9:42 このことはヤッファ中じゅうに知しれわたり、多おおくの人ひとが主しゅを信しんじた。

使徒19:17 このことは、エフェソに住すむユダヤ人じんにもギリシャ人じんにも、みなに知しれ渡わたった。そして人々ひとびとはみな恐おそれを抱いだき、主しゅイエスの名ながますますあがめられるようになった。

使徒24:21 ただ一ひとつ、彼かれらの中なかに立たってわたしが叫さけんだ、あの一言ひとことだけは別べつかもしれません。『死者ししゃがよみがえるということで、わたしは今日きょう、あなたがたの前まえで裁さばかれているのです』と。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ5:7 わたしたちのうち、正ただしい人ひとのために死しぬ人ひとはほとんどいない。善よい人ひとのためなら、思おもいきって死しぬ人ひともいるかもしれないが。

ローマ16:19 あなたがたの従順じゅうじゅんは、すべての人ひとに知しれ渡わたっている。だから、わたしはあなたがたのことを喜よろこんでいる。でも、こう願ねがっている。あなたがたが善ぜんにはさとく、悪わるには染そまらないでいてほしい。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一16:6 でも、あなたたちのところには、できればしばらく滞在たいざいしたい。冬ふゆを越こすことになるかもしれない。そうすれば、わたしが次つぎにどこへ行いくにしても、あなたたちに送おくり出だしてもらえるからね。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ1:13 その結果けっか、わたしが牢ろうにつながれているのはキリストのためだ、ということが、親衛しんえい隊たいの全員ぜんいんにも、ほかのすべての人ひとにも知しれ渡わたりました。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二2:25 反対はんたいする人ひとたちは、おだやかに正ただしてあげなさい。そうすれば神かみが、彼かれらに悔くい改あらためる心こころを与あたえて、真理しんりを知しるようにしてくださるかもしれない。

ピレモンへの手紙(1か所)

ピレモン1:15 オネシモがしばらくの間あいだあなたから離はなれたのは、もしかすると、あなたが彼かれを永遠えいえんに取とり戻もどすためだったのかもしれない。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一1:6 だから、あなたたちは大おおいに喜よろこんでいる。今いましばらくは、いろいろな試練しれんにあって悲かなしむこともあるかもしれない。

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