「花」(はな)が出てくる聖書の箇所
「花」(はな)は日常訳第1版の65か所(旧約59・新約6)に出てきます。口語訳では53か所。
創世記(1か所)
創世記40:10 そのぶどうの木には枝が三本あった。その枝が芽を出し、花が咲き、そのぶどうのふさが実って熟していった。
出エジプト記(6か所)
出エジプト25:31 純金で燭台を作りなさい。打ち出しの金一枚から作る。その台座と支柱、そしてアーモンドの花の形をした杯、丸い節、花の飾りは、すべて燭台と一体でなければならない。
出エジプト25:33 一本の枝には、アーモンドの花の形をした杯が三つあり、それぞれに丸い節と花がついている。もう一本の枝にも同じように、アーモンドの花の形をした杯が三つあり、丸い節と花がついている。燭台から出る六本の枝すべてを、こうして作る。
出エジプト25:34 燭台の本体には、アーモンドの花の形をした杯が四つあり、それぞれに丸い節と花がついている。
出エジプト37:17 彼は純金で燭台を作った。燭台は金を打ち出して作り、その台座と支柱、杯、節、花は一つに続いていた。
出エジプト37:19 一本の枝には、アーモンドの花の形をした杯が三つあり、それぞれに節と花が付いていた。もう一本の枝も同じで、アーモンドの花の形をした杯が三つあり、節と花が付いていた。燭台から出る六本の枝は、すべて同じだった。
出エジプト37:20 燭台の本体には、アーモンドの花の形をした杯が四つあり、節と花が付いていた。
民数記(2か所)
民数記8:4 燭台は、台座から花の飾りまで、金を打ち出して作られていた。主がモーセに示された型のとおりに、燭台は作られたのである。
民数記17:8 翌日、モーセが掟の天幕に入ると、なんと、レビの家のためのアロンの杖が芽を出していた。芽が出て、花が咲き、アーモンドの実が熟していたのだ。
列王紀上(11か所)
列王紀上6:18 神殿の内側はすべて杉で、うり形の飾りと花模様が彫ってあった。すべてが杉で、石はまったく見えなかった。
列王紀上6:29 そして神殿のすべての壁には、ぐるりと周りに、ケルビムとナツメヤシの木と、開いた花の模様を彫った。奥の部屋も手前の部屋も、そうした。
列王紀上6:32 その二枚の扉はオリーブの木でできていた。彼はその上に、ケルビムとナツメヤシの木と、開いた花の模様を彫り、金で覆った。ケルビムとナツメヤシの木の上にも、金を延べ広げた。
列王紀上6:35 彼はそこにケルビムとナツメヤシの木と、開いた花の模様を彫り、彫った模様にぴったり合わせて金で覆った。
列王紀上7:19 柱の頭に載っている柱頭は、玄関の間にあって、ゆりの花の形をしていた。その高さは四キュビトだった。
列王紀上7:22 柱の頭にはゆりの花の形の飾りがあった。こうして柱の仕事は仕上がった。
列王紀上7:26 厚さは手のひらほどで、縁は杯の縁のように、ゆりの花のように開いていた。水は二千バテ入った。
列王紀上7:29 枠組みの間の鏡板には、ライオンと牛とケルビムが彫られていた。枠組みの上には台座があった。ライオンと牛の下には、打ち出し細工の花輪飾りがあった。
列王紀上7:30 一つの台には、青銅の車輪が四つと青銅の軸が付いていた。その四隅には支柱があり、洗盤の下でそれを支えていた。支柱は鋳物で、それぞれの脇には花輪飾りが付いていた。
列王紀上7:36 彼はその支えと鏡板の表面に、ケルビムとライオンとなつめやしを、それぞれの空いた場所に合わせて彫り、周りに花輪飾りを施した。
列王紀上7:49 純金の燭台。至聖所の前に、右に五つ、左に五つ置かれた。花の飾りと、ともし火皿と、芯を切る火ばさみも金でできていた。
歴代志上(2か所)
歴代志上25:4 ヘマンについては、その子たちはブッキヤ、マタンヤ、ウジエル、シェブエル、エリモト、ハナンヤ、ハナニ、エリアタ、ギダルティ、ロマムティ・エゼル、ヨシュベカシャ、マロティ、ホティル、マハジオトである。
歴代志上25:25 第十八の組はハナニ。その子たちと兄弟たち、合わせて十二人。
歴代志下(2か所)
歴代志下4:5 水盤の厚さは手のひらの幅ほどで、その縁は杯の縁のように、ゆりの花のような形に作られていた。中には三千バテの水が入った。
歴代志下4:21 花の飾りと、ともし火皿と、芯切りばさみも作った。これらはすべて、最高の金でできていた。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記14:2 花のように咲いては枯れ、影のように過ぎ去って、とどまることがない。
ヨブ記15:33 ぶどうの木が熟す前に実を落とすように、彼も実を落とす。オリーブの木が花を落とすように、彼も花を散らす。
詩篇(4か所)
詩篇37:20 しかし悪しき者は滅びる。主に敵対する者は、牧場を彩る花のように、消えていく。煙のように、あとかたもなく消えていく。
詩篇90:6 朝には花を咲かせ、生き生きとしている。でも夕方にはしおれて枯れてしまう。
詩篇92:7 悪い者が草のように芽を出し、悪事を働く者がみな花を咲かせても、それは永遠に滅ぼされるためなのだ。
詩篇103:15 人の一生は草のようだ。野に咲く花のように咲く。
伝道の書(1か所)
伝道の書12:5 人は高い所を怖がり、道を歩けば恐ろしいものばかりになる。アーモンドの木は花を咲かせ、いなごは重たそうに這い、欲望も消えていく。人は永遠の住みかへと去っていき、通りには泣き悲しむ人々が行き交うのだから。
雅歌(12か所)
雅歌2:1 わたしはシャロンの野に咲く花、谷間に咲くゆり。
雅歌2:12 地には花が咲き、歌の季節がやって来た。山鳩の声が、わたしたちの地に響いている。
雅歌2:13 いちじくの木は青い実をふくらませ、花をつけたぶどうの木はいい香りを放っている。起きて、おいで。わたしの愛する人、美しい人。」
雅歌2:16 あの人はわたしのもの、わたしはあの人のもの。あの人はゆりの花の中で羊を飼っている。
雅歌4:5 きみの二つの胸は、二頭の子鹿のよう。ユリの花の中で草をはむ、双子のかもしかのようだ。
雅歌4:13 きみから伸びる若枝は、ざくろの実る園。最高の実がなり、ヘンナとナルドの花が咲く。
雅歌5:13 その頬は、香草の花壇のよう。かぐわしい香りを漂わせている。その唇はゆりの花で、したたる没薬をこぼしている。
雅歌6:2 わたしの愛する人は、自分の庭へ下りていった。香り草の花壇のところへ。庭で群れを飼い、ゆりの花を摘むために。
雅歌6:3 わたしは愛する人のもの。愛する人はわたしのもの。あの人はゆりの花の間で群れを飼っている。
雅歌6:11 わたしはくるみの園へ下りていった。谷の若い緑を見るために。ぶどうの木が芽を出したか、ざくろが花を咲かせたかを見るために。
雅歌7:2 あなたのおへそは丸い杯。混ぜ合わせたぶどう酒が絶えることはない。あなたのおなかは積み上げた小麦の山。まわりをゆりの花が囲んでいる。
雅歌7:12 朝早く起きて、ぶどう畑へ行こう。ぶどうの花が咲いたか、つぼみが開いたか、ざくろの花が咲いたか、見てみよう。そこでわたしは、あなたにわたしの愛をささげる。
イザヤ書(11か所)
イザヤ書5:24 だから、炎の舌が刈り株を焼き尽くし、枯れ草が火の中で崩れ落ちるように、彼らの根は腐り、その花はほこりのように舞い上がる。彼らが万軍の主の教えを捨て、イスラエルの聖なる方の言葉を見下したからだ。
イザヤ書17:11 植えたその日に芽を出させ、その朝に花を咲かせても、刈り入れは消え去る。ただ病と、いやしようのない痛みだけが残る日に。
イザヤ書18:5 刈り入れの前、花が散って、その花が実って熟しかけたぶどうになるころ、主は剪定ばさみでその若枝を切り落とし、伸びた枝を取り払い、切り捨てる。
イザヤ書27:6 これから来る日々に、ヤコブは根を張り、イスラエルは芽を出して花を咲かせ、世界中を実りで満たす。
イザヤ書28:1 ああ、エフライムの酔っぱらいたちの誇る冠。それは災いだ。彼らの輝かしい美しさは、しぼんでいく花にすぎない。それは、酒に打ちのめされた者たちが住む、豊かな谷を見おろす丘の上にある。
イザヤ書28:4 豊かな谷を見おろす丘の上にある、その輝かしい美しさは、しぼんでいく花のようになる。それは夏が来る前に熟した、いちじくの実のようだ。見つけた者は、それを目にするやいなや、手に取ってすぐに飲み込んでしまう。
イザヤ書35:1 荒れ野も、かわいた地も喜ぶ。砂漠は喜びおどり、花を咲かせる。サフランのように咲きほこる。
イザヤ書35:2 花はいっぱいに咲き、喜びおどり、大きな声で歌い、喜ぶ。レバノンのみごとさが、この地に与えられる。カルメルとシャロンの美しさも。人々は主の栄光を、わたしたちの神のみごとさを見る。
イザヤ書40:6 「叫べ」と言う声がする。わたしは言った。「何を叫べばいいのか。」人はみな草のようだ。その美しさはみな、野の花のようなもの。
イザヤ書40:7 草は枯れ、花はしぼむ。主の息が吹きつけるからだ。確かに、人は草にすぎない。
イザヤ書40:8 草は枯れ、花はしぼむ。でも、わたしたちの神の言葉は、いつまでも変わらずに立ち続ける。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書7:10 見よ、その日だ。見よ、それがやって来る。おまえの番が来た。杖は芽を出し、高慢は花を咲かせた。
ホセア書(2か所)
ホセア書14:5 イスラエルにとって、わたしは朝露のようになる。彼はゆりのように花を咲かせ、レバノン杉のように根を張る。
ホセア書14:7 その陰に住む人々は帰って来る。彼らは穀物のようによみがえり、ぶどうの木のように花を咲かせる。その名はレバノンのぶどう酒のように広まる。
ナホム書(1か所)
ナホム書1:4 主は海をしかりつけて干上がらせ、すべての川を枯らす。バシャンもカルメルもしおれ、レバノンの花もしおれてしまう。
ハバクク書(1か所)
ハバクク書3:17 いちじくの木が花を咲かせなくても、ぶどうの木に実がならなくても、オリーブの実りがなくなり、畑が食物を生まなくても、羊が囲いから絶え、牛が小屋からいなくなっても、
マタイによる福音書(2か所)
マタイ6:28 野の花がどうして育つのか、よく見てみるといい。花は働きもせず、糸をつむぐこともしない。
マタイ6:29 しかし、言っておく。あの栄華をきわめたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ12:27 野の花がどう育つか、考えてみなさい。働くことも、糸をつむぐこともしない。でも言っておく。あの栄華をきわめたソロモンでさえ、この花の一つほどにも美しく着飾ってはいなかった。
ヤコブの手紙(2か所)
ヤコブ1:10 逆に、豊かな人は、自分が低くされることを誇りなさい。豊かな人は、草の花のように消えていくからだ。
ヤコブ1:11 太陽が昇って照りつけると、草は枯れ、その花は散り、美しい姿は失われてしまう。それと同じように、豊かな人も、あれこれ動きまわっているうちにしぼんでいくのだ。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一1:24 こう書いてある。「人はみな草のようで、その栄えはすべて草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。