「終わり」(おわり)が出てくる聖書の箇所

「終わり」(おわり)は日常訳第1版の115か所(旧約79・新約36)に出てきます。「終り」も含みます。口語訳では108か所。

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出エジプト記(1か所)

出エジプト23:16 刈かり入いれの祭まつりも行おこないなさい。畑はたけにまいて育そだてた作物さくもつの、最初さいしょの実みのりを祝いわう祭まつりだ。また、取とり入いれの祭まつりも行おこないなさい。年ねんの終おわりに、畑はたけからその実みのりを取とり入いれるときの祭まつりだ。

民数記(6か所)

民数記17:12 イスラエルの人々ひとびとはモーセに言いった。「ああ、わたしたちは死しんでしまう。もう終おわりだ。みんな滅ほろんでしまう。

民数記24:20 それからバラムはアマレクを見みて、預言よげんの言葉ことばを語かたった。「アマレクは諸国しょこくの中なかで最初さいしょの国くにだった。でも、その終おわりは滅ほろびだ。」

民数記34:5 境界きょうかい線せんはアツモンから折おれてエジプトの川かわに向むかい、その終おわりは海うみに達たっする。

民数記34:8 ホル山やまからはレボ・ハマトに向むかって境界きょうかい線せんを引ひき、その終おわりはツェダドに達たっする。

民数記34:9 境界きょうかい線せんはジフロンへ延のび、その終おわりはハツァル・エナンに達たっする。これがあなたたちの北きたの境界きょうかいだ。

民数記34:12 そして境界きょうかい線せんはヨルダン川かわへ下くだり、その終おわりは塩しおの海うみに達たっする。これが、周まわりをぐるりと境界きょうかいで囲かこまれたあなたたちの地ちだ。」

申命記(4か所)

申命記4:30 あなたが苦くるしみの中なかにあって、これらすべてのことがあなたに降ふりかかるとき、終おわりの日ひに、あなたはあなたの神かみである主しゅに立たち帰かえり、その声こえに聞き従うききしたがう。

申命記11:12 それは、あなたの神かみである主しゅが心こころにかけている地ちだ。あなたの神かみである主しゅの目めは、年ねんの初はじめから終おわりまで、いつもその地ちに注そそがれている。

申命記31:10 そしてモーセは彼かれらにこう命めいじた。「七なな年ねんごとの終おわり、負債ふさいを免除めんじょする年としの定さだめの時とき、仮かり庵あんの祭まつりに、

申命記31:29 わたしにはわかっている。わたしが死しんだ後あと、あなたたちはすっかり堕落だらくし、わたしが命めいじた道みちからそれてしまう。そして終おわりの日ひに、わざわいがあなたたちに降ふりかかる。あなたたちが自分じぶんの手てで作つくったもので主しゅを怒おこらせ、主しゅの目めに悪あくとされることを行おこなうからだ。」

ヨシュア記(3か所)

ヨシュア記19:22 境界きょうかい線せんはさらにタボル、シャハツマ、ベト・シェメシュに達たっし、その終おわりはヨルダン川かわだった。町まちは全部ぜんぶで十じゅう六ろく。それに属ぞくする村々むらむらもあった。

ヨシュア記19:29 境界きょうかい線せんはラマに折おれ、城壁じょうへきの町まちツロにまで達たっした。それからホサに折おれ、その終おわりはアクジブの地方ちほうから海うみに至いたっていた。

ヨシュア記19:33 その境界きょうかい線せんはヘレフから始はじまり、ツァアナニムの樫かしの木き、アダミ・ネケブ、ヤブネエルを通とおってラクムに至いたり、その終おわりはヨルダン川かわであった。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一3:12 その日ひ、わたしはエリの家いえについて語かたったことを、初はじめから終おわりまで、すべてそのとおりに行おこなう。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二14:26 彼かれは毎年まいとし、年ねんの終おわりに髪かみを切きっていた。あまりに重おもくなるからだ。切きった髪かみの毛けの重おもさを量はかると、王おうの基準きじゅんで二百にひゃくシェケルもあった。

列王紀下(1か所)

列王紀下18:10 そして三さん年ねんの終おわりに、彼かれらはこの町まちを攻せめ落おとした。ヒゼキヤの第だい六ろく年ねん、すなわちイスラエルの王おうホシェアの第だい九きゅう年ねんに、サマリアは陥落かんらくした。

歴代志上(1か所)

歴代志上29:29 ダビデ王おうの始はじめから終おわりまでの働はたらきは、先見せんけん者しゃサムエルの記録きろく、預言よげん者しゃナタンの記録きろく、先見せんけん者しゃガドの記録きろくに書かかかれている。

歴代志下(8か所)

歴代志下9:29 ソロモンのそのほかの出来事できごとは、初はじめから終おわりまで、預言よげん者しゃナタンの記録きろく、シロ人にんアヒヤの預言よげん、そして先見せんけん者しゃイドがネバトの子こヤロブアムについて見みた幻まぼろしの記録きろくに、書かかかれているのではないか。

歴代志下12:15 レハブアムの行おこなったことは、初はじめから終おわりまで、預言よげん者しゃシェマヤの記録きろくと、先見せんけん者しゃイドの記録きろくに、家系かけいの記録きろくとともに書かかかれているではないか。レハブアムとヤロブアムの間あいだには、その間あいだずっと戦たたかいが続つづいていた。

歴代志下16:11 アサの事績じせきは、初はじめから終おわりまで、ユダとイスラエルの王おうたちの書しょに記しるされている。

歴代志下20:34 ヨシャファトのその他たの出来事できごとは、初はじめから終おわりまで、ハナニの子こエフーの記録きろくに書かかかれている。それはイスラエルの王おうたちの書しょに収おさめられている。

歴代志下25:26 アマツヤのその他たの出来事できごとは、初はじめから終おわりまで、ユダとイスラエルの王おうたちの書しょに記しるされている。

歴代志下26:22 ウジヤのその他たの出来事できごとは、初はじめから終おわりまで、預言よげん者しゃであるアモツの子こイザヤが書き記しかきしるした。

歴代志下28:26 アハズのその他たの行おこないや、初はじめから終おわりまでのすべてのやり方かたは、ユダとイスラエルの王おうたちの記録きろくの書しょにしるされている。

歴代志下35:27 その初はじめから終おわりまでの行おこないは、イスラエルとユダの王おうたちの書しょに記しるされている。

ヨブ記(4か所)

ヨブ記6:11 わたしにいったいどんな力ちからがあって、これ以上いじょう待まちつづけられるだろう。どんな終おわりが待まっているというので、耐たえつづけられるだろう。

ヨブ記8:7 あなたの始はじまりはささやかでも、あなたの終おわりはとても大おおきくなる。

ヨブ記16:3 むなしい言葉ことばに終おわりはないのか。何なんにいらだって、あなたは言い返すいいかえすのか。

ヨブ記28:3 闇やみに終おわりをもたらし、人ひとはその果はてまで、暗黒あんこくと死しの闇やみにある鉱石こうせきを探さがし求もとめる。

詩篇(2か所)

詩篇39:4 主しゅよ、わたしの終おわりを教おしえてください。わたしの日々ひびがどれだけ残のこっているのか。わたしの人生じんせいがどれほどはかないのかを、知しらせてください。

詩篇102:27 でも、あなたは変かわらない。あなたの年月としつきには終おわりがない。

箴言(3か所)

箴言5:11 そして人生じんせいの終おわりに、あなたはうめくことになる。体からだも肉にくも衰おとろえ果はてたそのときに。

箴言14:13 笑わらっていても、心こころは痛いたむことがある。その楽たのしさの終おわりは、悲かなしみだ。

箴言16:25 人ひとの目めには、まっすぐに見みえる道みちがある。でもその終おわりは、死しへと向むかう道みちだ。

伝道の書(4か所)

伝道の書3:11 神かみは、すべてをその時ときにかなって美うつくしく造つくられた。そのうえ、人ひとの心こころに永遠えいえんを思おもう思おもいを与あたえられた。それでも人ひとは、神かみがなさるわざを、初はじめから終おわりまで見みきわめることはできない。

伝道の書4:8 ここにひとりの男おとこがいる。仲間なかまもなく、子こも兄弟きょうだいもいない。それなのに、その苦労くろうには終おわりがなく、どれだけ富とみを得えても満足まんぞくしない。「いったいだれのために、わたしはこんなに働はたらいて、自分じぶんの楽たのしみまで切きり詰つめているのだろう。」これもまたむなしく、つらいだけの仕事しごとだ。

伝道の書7:8 物事ものごとは、始はじまりよりも終おわりのほうが良よい。高たかぶる心こころよりも、忍耐にんたい強つよい心こころのほうが良よい。

伝道の書10:13 愚おろか者ものの話はなしは、はじめは愚おろかなことばかり。終おわりには、たちの悪わるい狂気きょうきになる。

イザヤ書(4か所)

イザヤ書2:2 終おわりの日ひに、主しゅの家いえの山やまは山々やまやまの頂いただきに堅かたく立たち、もろもろの丘おかよりも高たかくそびえる。そして、すべての国々くにぐにがそこへ流ながれ寄よってくる。

イザヤ書41:4 だれがこれをなしとげたのか。だれが初はじめから代々だいだいの人々ひとびとを呼よび出だしてきたのか。それは主しゅであるわたし。わたしは初はじめであり、終おわりに至いたるまで、わたしは変かわらない。

イザヤ書46:10 わたしは初はじめから終おわりを告つげ、まだ起おきていないことを、遠とおい昔むかしから知しらせてきた。わたしはこう言ゆう。「わたしの計画けいかくは必かならず実現じつげんし、望のぞむことはすべて成なし遂とげる」と。

イザヤ書48:12 わたしに聞きけ、ヤコブよ。わたしが呼よび出だしたイスラエルよ。わたしがその者ものだ。わたしは初はじめであり、また終おわりである。

エレミヤ書(6か所)

エレミヤ書5:31 預言よげん者しゃは偽いつわりを語かたり、祭司さいしは預言よげん者しゃと手てを組くんで支配しはいする。わたしの民たみは、それを喜よろこんでいる。だが、その終おわりに、あなたたちはどうするつもりなのか。

エレミヤ書23:20 主しゅの怒いかりは、思おもいのすべてをやり遂とげ、成なし遂とげるまで、収おさまることはない。あなたたちは終おわりの日ひに、はっきりとそれを悟さとるだろう。

エレミヤ書30:24 主しゅの燃もえる怒いかりは、心こころに思おもい定さだめたことをなし遂とげるまで、退しりぞくことはない。終おわりの日ひに、あなたがたはこれを悟さとる。

エレミヤ書48:47 しかし終おわりの日ひに、わたしはモアブを元もとの姿すがたに戻もどす、と主しゅは言いわれる。ここまでがモアブへのさばきである。

エレミヤ書49:39 しかし終おわりの日々ひびに、わたしはエラムの繁栄はんえいを取とり戻もどす、と主しゅは言いわれる。

エレミヤ書51:13 豊ゆたかな水みずのほとりに住すみ、あふれるほどの財宝ざいほうを持もつ者ものよ。おまえの終おわりが来きた。おまえがむさぼり尽つくす、その時ときが来きたのだ。

哀歌(1か所)

哀歌4:18 敵てきはわたしたちの足取あしどりを追おい、通とおりを歩あるくこともできない。わたしたちの終おわりが近ちかづいた。定さだめの日々ひびは満みち、ついに終おわりが来きたのだ。

エゼキエル書(8か所)

エゼキエル書7:2 「人ひとの子こよ、主しゅなる神かみはイスラエルの地ちにこう言いわれる。終おわりだ。終おわりがこの地ちの四方しほうの隅すみにやって来くる。

エゼキエル書7:3 今いま、終おわりがおまえに臨のぞむ。わたしはおまえに怒いかりを送おくり、おまえの行おこないに従したがって裁さばく。おまえのすべての忌いまわしい行おこないの報むくいを、おまえに返かえす。

エゼキエル書7:6 終おわりが来きた。終おわりが来きた。それはおまえに向むかって目めを覚さました。見みよ、それがやって来くる。

エゼキエル書22:4 おまえは、流ながしたその血ちによって罪つみを負おい、造つくったその偶像ぐうぞうによって身みを汚よごした。こうしておまえは自分じぶんの終おわりの日ひを早はやめ、その年月としつきを迎むかえたのだ。だからわたしは、おまえを国々くにぐにのさげすみとし、すべての地ちの笑わらいものとする。

エゼキエル書26:21 わたしはお前まえを、恐おそろしい終おわりに至いたらせる。お前まえはもう存在そんざいしなくなる。人々ひとびとがお前まえを捜さがしても、永遠えいえんに、二に度どと見みつけることはない」と主しゅなる神かみは言いわれる。

エゼキエル書35:5 お前まえはずっと昔むかしからイスラエルを憎にくみ、彼かれらが災わざわいに見舞みまわれ、罪つみの裁さばきが終おわりを迎むかえたそのとき、彼かれらを剣けんの力ちからに引ひき渡わたした。

エゼキエル書38:8 長ながい年月としつきののち、お前まえは召めし出だされる。終おわりの年としに、お前まえはある国くにに攻せめ込こむ。そこは戦たたかいから立たち直なおった国くに、多おおくの民たみの中なかから集あつめられた人々ひとびとが住すむ国くにだ。彼かれらはずっと荒あれ果はてていたイスラエルの山々やまやまに戻もどり、諸国しょこくの中なかから連つれ出だされて、今いまは安心あんしんして暮くらしている。

エゼキエル書38:16 お前まえはわたしの民たみイスラエルに攻せめ上のぼる。地ちを覆おおう雲くものように。ゴグよ、終おわりの日ひに、わたしはお前まえをわたしの地ちに攻せめ上のぼらせる。それは、わたしがお前まえを通とおして諸国しょこくの目めの前まえで自分じぶんの聖せいなることを示ししめし、諸国しょこくがわたしを知しるようになるためだ。

ダニエル書(14か所)

ダニエル書6:26 わたしはここに命めいじる。わたしの国くにのどこにいても、人々ひとびとはダニエルの神かみの前まえで、おそれおののかなければならない。この神かみこそ、生いきておられる神かみ。永遠えいえんに変かわらずおられる方かただ。その国くには決けっしてほろびず、その支配しはいは終おわりの時ときまで続つづく。

ダニエル書8:17 ガブリエルは、わたしの立たっているところに近ちかづいてきた。彼かれが来くると、わたしは恐おそろしくなって、うつ伏ぶせに倒たおれた。すると彼かれはわたしに言いった。「人ひとの子こよ、悟さとりなさい。この幻まぼろしは、終おわりの時ときに関かかわることなのだ。」

ダニエル書8:19 そして彼かれは言いった。「これから、神かみの怒いかりが終おわるときに何なんが起おこるのかを、あなたに教おしえよう。この幻まぼろしは、定さだめられた終おわりの時ときに関かかわることだからだ。

ダニエル書8:23 これらの王国おうこくの終おわりのころ、悪事あくじが極きわまったとき、一人ひとりの王おうが現あらわれる。その顔かおつきは険けわしく、たくみに人ひとをあざむく者ものだ。

ダニエル書9:26 そして、六十ろくじゅう二に週しゅうの後あと、油あぶらそそがれた者ものは断たち切きられ、彼かれには何なんも残のこらない。次つぎに来くる君主くんしゅの民たみが、この町まちと聖せいなる場所ばしょを滅ほろぼす。その終おわりは洪水こうずいのように押おし寄よせ、戦たたかいが終おわるまで、定さだめられた荒廃こうはいが続つづく。

ダニエル書9:27 彼かれは多おおくの者ものと、一いち週しゅうの間あいだ、固かたい契約けいやくを結むすぶ。しかし、その週しゅうの半なかばで、彼かれはいけにえとささげ物ものをやめさせる。そして、憎にくむべきものの翼つばさの上うえに、荒あらす者ものが現あらわれる。定さだめられた終おわりがその荒あらす者ものの上うえに注そそがれるまで、それは続つづく。」

ダニエル書10:14 わたしは、終おわりの日ひにあなたの民たみに起おこることを、あなたに理解りかいさせるために来きた。この幻まぼろしは、まだ先さきの日々ひびにかかわるものだからだ。」

ダニエル書11:27 二人ふたりの王おうは、互たがいに悪あくをたくらむ。一ひとつの食卓しょくたくにつきながら、嘘うそを語かたり合あう。しかし、それはうまくいかない。終おわりの時ときは、定さだめられたときまで、まだ来こないからだ。

ダニエル書11:35 悟さとりのある者ものの中なかにも、倒たおれる者ものが出でる。それは終おわりのときまで、彼かれらを試ためし、より分わけ、清きよく磨みがくためだ。定さだめられた時ときが、まだ先さきにあるからだ。

ダニエル書11:36 王おうは思おもうままにふるまう。自分じぶんを高たかく上あげ、すべての神々かみがみの上うえに自分じぶんを大おおきく見みせる。そして神々かみがみの神かみに向むかって、とんでもないことを口くちにする。彼かれは、怒いかりが終おわりを迎むかえるまで栄さかえる。定さだめられたことは、必かならず行おこなわれるからだ。

ダニエル書11:40 終おわりのときに、南みなみの王おうが彼かれに攻せめかかる。すると北きたの王おうが、戦車せんしゃと騎兵きへいと多おおくの船ふねを率ひきいて、嵐あらしのように彼かれに襲おそいかかる。彼かれはいくつもの国くにに攻せめ入いり、洪水こうずいのように押おし流ながして通とおり過すぎる。

ダニエル書12:4 だが、ダニエルよ、あなたはこの言葉ことばを秘ひめ、終おわりのときまで、この書しょを封ふうじておきなさい。多おおくの人ひとが行いき来きし、知識ちしきは増ましていく。

ダニエル書12:9 すると、その人ひとは言いった。「ダニエルよ、もう行いきなさい。この言葉ことばは、終おわりのときまで閉とじられ、封ふうじられているのだ。

ダニエル書12:13 だが、あなたは終おわりのときまで進すすんでいきなさい。あなたは安やすらかに眠ねむり、終おわりの日ひに起おき上あがって、自分じぶんの受うける分ぶんを受うけ取とるのだ。」

ホセア書(1か所)

ホセア書3:5 その後ご、イスラエルの子こらは戻もどってくる。そして自分じぶんたちの神かみである主しゅと、その王おうダビデを求もとめる。終おわりの日ひに、彼かれらは主しゅのもとへ、その恵めぐみへと、おそれおののきながら向むかってくる。

アモス書(3か所)

アモス書6:7 だから今いま、彼かれらは真まっ先さきに捕とらえられ、遠とおくへ連つれて行いかれる。寝ねそべって騒さわいでいた者ものたちの宴えんは、終おわりを迎むかえる。

アモス書8:2 主しゅは言いった。「アモス、何なんが見みえるか。」わたしは答こたえた。「熟じゅくした果物くだもののかごです。」すると主しゅはわたしに言いった。「わたしの民たみイスラエルに、終おわりが来きた。もう二に度どと、彼かれらを見逃みのがすことはしない。」

アモス書8:10 わたしはお前まえたちの祭まつりを嘆なげきに変かえ、すべての歌うたを悲かなしみの叫さけびに変かえる。すべての腰こしに粗布あらぬのをまとわせ、すべての頭あたまを丸まる坊主ぼうずにする。わたしはその日ひを、ひとり息子むすこを失うしなったときのような嘆なげきとし、その終おわりを、苦にがい一いち日にちとする。

ミカ書(1か所)

ミカ書4:1 終おわりの日ひには、こうなる。主しゅの神殿しんでんのある山やまは、どの山やまよりも高たかくそびえ、すべての丘おかの上うえに高たかく上あげられる。そして、多おおくの民たみがそこへ流ながれのように集あつまってくる。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書2:3 この幻まぼろしは、定さだめられた時ときのためのものだ。それは終おわりに向むかって急いそぎ、決けっして偽いつわることはない。たとえ遅おくれているように見みえても、待まっていなさい。それは必かならず来くる。遅おくれることはない。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書1:18 主しゅの怒いかりの日ひには、彼かれらの銀ぎんも金かねも、彼かれらを救すくうことはできない。主しゅのねたみの火ひが、地ちをすべて焼やき尽つくす。主しゅは地ちに住すむすべての者ものに、突然とつぜん、恐おそろしい終おわりをもたらすのだ。

マタイによる福音書(7か所)

マタイ13:39 それをまいた敵てきは、悪魔あくまだ。収穫しゅうかくのときとは、世よの終おわりのこと。刈かり取とる者ものたちは、天使てんしである。

マタイ13:40 だから、毒麦どくむぎが集あつめられて火ひで焼やかれるように、世界せかいの終おわりにもそうなる。

マタイ13:49 世よの終おわりにも、同おなじことが起おこる。天使てんしたちが来きて、正ただしい人ひとたちの中なかから悪わるい人ひとたちをより分わけ、

マタイ24:3 イエスがオリーブ山さんにすわっていると、弟子でしたちがそっとそばに来きて言いった。「教おしえてください。そういうことは、いつ起おこるんですか。そして、あなたがまた来こられるときや、世界せかいの終おわりには、どんなしるしがあるんですか」

マタイ24:6 これから戦争せんそうのことや、戦争せんそうのうわさを聞きくだろう。でも、あわてないように気きをつけなさい。そういうことは必かならず起おこる。でも、それがまだ終おわりというわけではない。

マタイ24:14 この御み国くにの福音ふくいんは、すべての民族みんぞくへの証あかしとして、世界せかい中じゅうに宣のべ伝つたえられる。それから、終おわりが来くる。

マタイ28:20 わたしがあなたたちに命めいじておいたことを、すべて守まもるように教おしえなさい。そして、これを忘わすれないでほしい。わたしは世界せかいの終おわりまで、いつもあなたたちと共ともにいる。」

マルコによる福音書(2か所)

マルコ3:26 それと同おなじで、もしサタンが自分じぶんに逆さからって立たち、内輪うちわでもめているなら、サタンは立たち行ゆかず、もう終おわりだ。

マルコ13:7 戦争せんそうが起おこったり、戦争せんそうのうわさを聞きいたりしても、あわててはいけない。そういうことは必かならず起おこる。でも、それで終おわりというわけではない。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ21:9 戦争せんそうや暴動ぼうどうのことを聞きいても、おびえてはいけない。まず、こうしたことが起おこる必要ひつようがあるからだ。でも、それですぐに終おわりが来くるわけではない。」

ヨハネによる福音書(6か所)

ヨハネ6:39 わたしを送おくったかたの望のぞみは、こうだ。わたしにゆだねてくださった人ひとを、わたしがひとりも失うしなわず、終おわりの日ひによみがえらせることである。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちが望のぞんでいるのは、こうだ。子こを見みて信しんじる人ひとがみな、永遠えいえんの命いのちを得えること。そして、わたしはその人ひとたちを終おわりの日ひによみがえらせる。」

ヨハネ6:44 父ちちがその人ひとを引ひき寄よせてくれなければ、だれもわたしのところに来くることはできない。わたしを送おくった父ちちが、そうしてくれるんだ。そしてわたしは、終おわりの日ひにその人ひとを生いき返かえらせる。

ヨハネ6:54 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ人ひとは、永遠えいえんの命いのちを持もっている。わたしはその人ひとを終おわりの日ひによみがえらせる。

ヨハネ11:24 マルタは言いった。「終おわりの日ひの復活ふっかつのとき、兄あにが生いき返かえることはわかっています。」

ヨハネ12:48 わたしを拒こばみ、わたしの言葉ことばを受うけ入いれない人ひとには、その人ひとをさばくものがある。わたしが語かたったその言葉ことばが、終おわりの日ひにその人ひとをさばくのだ。

使徒行伝(1か所)

使徒2:17 神かみはこう言いわれる。『終おわりの日ひに、わたしはすべての人ひとに、わたしの霊れいを注そそぐ。あなたがたの息子むすこや娘むすめは預言よげんし、若者わかものは幻まぼろしを見み、老人ろうじんは夢ゆめを見みる。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ1:17 神かみの義ぎは、この福音ふくいんの中なかで明あきらかにされる。それは初はじめから終おわりまで、ただ信仰しんこうによる。「正ただしい者ものは信仰しんこうによって生いきる」と書かいてあるとおりだ。

ローマ10:4 キリストは律法りっぽうの終おわりだ。信しんじる人ひとすべてが義ぎとされるためである。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一10:11 これらのことは、彼かれらへの戒いましめとして起おこり、そして時代じだいの終おわりに生いきるわたしたちへの警告けいこくとして書かき記しるされた。

コリント第一15:24 それから、終おわりが来くる。そのとき、キリストはすべての支配しはい、すべての権威けんいと力ちからを滅ほろぼし、御み国くにを父ちちである神かみに引ひき渡わたされる。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二3:13 モーセのようにはしない。彼かれは自分じぶんの顔かおに覆おおいをかけた。消きえていく輝かがやきの終おわりを、イスラエルの人々ひとびとに見みられないようにするためだった。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一4:1 でも、霊れいははっきりと言いっている。終おわりの時代じだいが近ちかづくと、信仰しんこうから離はなれていく人ひとたちが出でてくる。人ひとをだます霊れいや、悪霊あくれいの教おしえに心こころを引ひき寄よせられてしまうのだ。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:1 でも、これだけは知しっておいてほしい。終おわりの時代じだいには、厳きびしい時期じきがやってくる。

ヘブル人への手紙(3か所)

ヘブル1:2 でも、この終おわりの時代じだいには、御子みこを通とおしてわたしたちに語かたりかけた。神かみはこの御子みこを、すべてのものを受うけ継つぐ者ものとして立たて、御子みこを通とおしてこの世界せかいを造つくられた。

ヘブル7:3 彼かれには父ちちもなく、母ははもなく、家系かけいの記録きろくもない。生うまれた日ひもなければ、命いのちの終おわりもない。神かみの子こに似にせられて、いつまでも祭司さいしであり続つづける。

ヘブル9:26 もしそうなら、世界せかいが造つくられたときから何なん度ども苦くるしまなければならなかったはずだ。しかし実際じっさいには、キリストは今いま、時代じだいの終おわりに、ただ一いち度どだけ姿すがたを現あらわされた。ご自分じぶんをささげることで、罪つみを取とり除のぞくためだ。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ5:3 金かねや銀ぎんもさびついてしまった。そのさびが、あなたたちを告発こくはつする証拠しょうこになる。そして火ひのように、あなたたちの肉にくを食くい尽つくすだろう。あなたたちは終おわりの時ときだというのに、財産ざいさんをため込こんでいたのだ。

ペテロの第一の手紙(3か所)

ペテロ第一1:5 あなたたちは信仰しんこうによって、神かみの力ちからに守まもられている。それは、終おわりの時ときに現あらわれる準備じゅんびが整ととのっている救すくいを受うけるためだ。

ペテロ第一1:20 キリストは、世界せかいが造つくられる前まえから選えらばれていた。そして今いま、この終おわりの時代じだいに、あなたたちのために姿すがたを現あらわされた。

ペテロ第一4:7 すべての終おわりが近ちかづいている。だから心こころを落おち着つけて、頭あたまを冷ひやし、祈いのりなさい。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二3:3 まず知しっておいてほしい。終おわりの日ひには、あざける者ものたちが現あらわれる。彼かれらは自分じぶん勝手かってな欲望よくぼうのままに生いき、こうあざ笑わらう。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一2:18 子こどもたちよ。今いまは終おわりの時ときだ。あなたたちは、キリストに敵対てきたいする者ものが来くると聞きいていた。ところが今いま、そういう者ものが大勢おおぜい現あらわれている。それで、今いまが終おわりの時ときだと分わかる。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:18 使徒しとたちはこう言いっていた。「終おわりの時ときには、あざける者ものたちが現あらわれる。彼かれらは自分じぶんの欲望よくぼうのままに生いき、神かみを敬うやまわない。」

ヨハネの黙示録(2か所)

黙示録21:6 さらに、その方かたはわたしにこう言いわれた。「すべては成なし遂とげられた。わたしはアルファであり、オメガである。初はじめであり、終おわりである。渇かわいている者ものには、いのちの水みずの泉いずみから、価あたいなしに飲のませよう。

黙示録22:13 わたしはアルファであり、オメガである。最初さいしょであり、最後さいごである。初はじめであり、終おわりである。

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