「終わり」(おわり)が出てくる聖書の箇所

「終わり」(おわり)は口語訳の108か所(旧約75・新約33)に出てきます。「終り」も含みます。日常訳第1版では115か所。

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出エジプト記(3か所)

出エジプト12:41 四百よんひゃく三十さんじゅう年ねんの終おわりとなって、ちょうどその日ひに、主しゅの全軍ぜんぐんはエジプトの国くにを出でた。

出エジプト23:16 また、あなたが畑はたけにまいて獲えた物ものの勤労きんろうの初穂はつほをささげる刈かり入いれの祭まつりと、あなたの勤労きんろうの実じつを畑はたけから取とり入いれる年としの終おわりに、取入とりいれの祭まつりを行おこなわなければならない。

出エジプト34:22 あなたは七なな週しゅうの祭まつり、すなわち小麦こむぎ刈がりの初穂はつほの祭まつりを行おこなわなければならない。また年としの終おわりに取とり入いれの祭まつりを行おこなわなければならない。

民数記(1か所)

民数記23:10 だれがヤコブの群衆ぐんしゅうを数かぞえ、イスラエルの無数むすうの民たみを数かぞえ得えよう。わたしは義人ぎじんのように死しに、わたしの終おわりは彼かれらの終おわりのようでありたい」。

申命記(3か所)

申命記11:12 その地ちは、あなたの神かみ、主しゅが顧かえりみられる所ところで、年ねんの始はじめから年としの終おわりまで、あなたの神かみ、主しゅの目めが常つねにその上うえにある。

申命記32:20 そして言いわれた、『わたしはわたしの顔かおを彼かれらに隠かくそう。わたしは彼かれらの終おわりがどうなるかを見みよう。彼かれらはそむき、もとるやから、真実しんじつのない子こらである。

申命記32:29 もし、彼かれらに知恵ちえがあれば、これをさとり、その身みの終おわりをわきまえたであろうに。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一3:12 その日ひには、わたしが、かつてエリの家いえについて話はなしたことを、はじめから終おわりまでことごとく、エリに行おこなうであろう。

サムエル記下(2か所)

サムエル第二14:26 アブサロムがその頭あたまを刈かる時とき、その髪かみの毛けをはかったが、王おうのはかりで二百にひゃくシケルあった。毎年まいとしの終おわりにそれを刈かるのを常つねとした。それが重おもくなると、彼かれはそれを刈かったのである。

サムエル第二15:7 そして四よん年ねんの終おわりに、アブサロムは王おうに言いった、「どうぞわたしを行いかせ、ヘブロンで、かつて主しゅに立たてた誓ちかいを果はたさせてください。

歴代志下(2か所)

歴代志下21:19 時ときがたって、二に年ねんの終おわりになり、その内臓ないぞうが病気びょうきのために出でて、重おもい病苦びょうくによって死しんだ。民たみは彼かれの先祖せんぞのために香こうをたいたように、彼かれのために香こうをたかなかった。

歴代志下24:23 年ねんの終おわりになって、スリヤの軍勢ぐんぜいはヨアシにむかって攻せめ上のぼり、ユダとエルサレムに来きて、民みんのつかさたちをことごとく民たみのうちから滅ほろぼし、そのぶんどり物ものを皆みなダマスコの王おうに送おくった。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記8:18 エズラは初はじめの日ひから終おわりの日ひまで、毎日まいにち神かみの律法りっぽうの書しょを読よんだ。人々ひとびとは七なな日かの間あいだ、祭まつりを行おこない、八よう日か目めになって、おきてにしたがって聖会せいかいを開ひらいた。

ヨブ記(4か所)

ヨブ記6:11 わたしにどんな力ちからがあって、なお待またねばならないのか。わたしにどんな終おわりがあるので、なお耐たえ忍しのばねばならないのか。

ヨブ記8:7 あなたの初はじめは小ちいさくあっても、あなたの終おわりは非常ひじょうに大おおきくなるであろう。

ヨブ記34:36 どうかヨブが終おわりまで試こころみられるように、彼かれは悪人あくにんのように答こたえるからである。

ヨブ記42:12 主しゅはヨブの終おわりを初はじめよりも多おおく恵めぐまれた。彼かれは羊ひつじ一いち万まん四千よんせん頭とう、らくだ六千ろくせん頭とう、牛うし一千いっせんくびき、雌めすろば一千いっせん頭とうをもった。

詩篇(3か所)

詩篇39:4 「主しゅよ、わが終おわりと、わが日ひの数かずのどれほどであるかをわたしに知しらせ、わが命いのちのいかにはかないかを知しらせてください。

詩篇119:33 主しゅよ、あなたの定さだめの道みちをわたしに教おしえてください。わたしは終おわりまでこれを守まもります。

詩篇119:112 わたしはあなたの定さだめを終おわりまで、とこしえに守まもろうと心こころを傾かたむけます。

箴言(4か所)

箴言5:11 そしてあなたの終おわりが来きて、あなたの身みと、からだが滅ほろびるとき、泣なき悲かなしんで、

箴言14:12 人ひとが見みて自みずから正ただしいとする道みちでも、その終おわりはついに死しに至いたる道みちとなるものがある。

箴言16:25 人ひとが見みて自分じぶんで正ただしいとする道みちがあり、その終おわりはついに死しにいたる道みちとなるものがある。

箴言20:21 初はじめに急いいそいで得えた資産しさんは、その終おわりがさいわいでない。 初はじめに急いいそいで得えた資産しさんは、その終おわりがさいわいでない。

伝道の書(4か所)

伝道の書3:11 神かみのなされることは皆みなその時ときにかなって美うつくしい。神かみはまた人ひとの心こころに永遠えいえんを思おもう思おもいを授さずけられた。それでもなお、人ひとは神かみのなされるわざを初はじめから終おわりまで見みきわめることはできない。

伝道の書7:2 悲かなしみの家いえにはいるのは、宴会えんかいの家いえにはいるのにまさる。死しはすべての人ひとの終おわりだからである。生いきている者ものは、これを心こころにとめる。

伝道の書7:8 事ことの終おわりはその初はじめよりも良よい。耐たえ忍しのぶ心こころは、おごり高たかぶる心こころにまさる。

伝道の書10:13 愚者ぐしゃの口くちの言葉ことばの初はじめは愚痴ぐちである、またその言葉ことばの終おわりは悪わるい狂気きょうきである。

イザヤ書(5か所)

イザヤ書2:2 終おわりの日ひに次つぎのことが起おこる。主しゅの家いえの山やまは、もろもろの山やまのかしらとして堅かたく立たち、もろもろの峰みねよりも高たかくそびえ、すべて国こくはこれに流ながれてき、

イザヤ書41:4 だれがこの事ことを行おこなったか、なしたか。だれが初はじめから世々せいせいの人々ひとびとを呼よび出だしたか。主しゅなるわたしは初はじめであって、また終おわりと共ともにあり、わたしがそれだ。

イザヤ書44:6 主しゅ、イスラエルの王おう、イスラエルをあがなう者もの、万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる、「わたしは初はじめであり、わたしは終おわりである。わたしのほかに神かみはない。

イザヤ書46:10 わたしは終おわりの事ことを初はじめから告つげ、まだなされない事ことを昔むかしから告つげて言ゆう、『わたしの計はかりごとは必かならず成なり、わが目的もくてきをことごとくなし遂とげる』と。

イザヤ書47:7 あなたは言いった、「わたしは、とこしえに女王じょおうとなる」と。そして、あなたはこれらの事ことを心こころにとめず、またその終おわりを思おもわなかった。

エレミヤ書(8か所)

エレミヤ書3:5 永久えいきゅうに怒おこられるのですか、終おわりまで憤いきどおられるのですか』と。見みよ、あなたはこう言いったけれども、なしうるかぎりのもろもろの悪あくを行おこなった」。

エレミヤ書5:31 預言よげん者しゃは偽いつわって預言よげんし、祭司さいしは自分じぶんの手てによって治おさめ、わが民みんはこのようにすることを愛あいしている。しかしあなたがたはその終おわりにはどうするつもりか。

エレミヤ書12:4 いつまで、この地ちは嘆なげき、どの畑はたけの野菜やさいも枯かれていてよいでしょうか。この地ちに住すむ者ものの悪わるによって、獣けものと鳥とりは滅ほろびうせます。人々ひとびとは言いいいました、「彼かれはわれわれの終おわりを見みることはない」と。

エレミヤ書17:11 しゃこが自分じぶんが産うんだのではない卵たまごを抱いだくように、不正ふせいな財産ざいさんを得える者ものがある。その人ひとは一生いっしょうの半なかばにそれから離はなれて、その終おわりには愚おろかな者ものとなる。

エレミヤ書34:14 『あなたがたの兄弟きょうだいであるヘブルびとで、あなたがたに身みを売うり、六ろく年ねんの間あいだあなたがたに仕つかえた者ものは、六ろく年ねんの終おわりに、あなたがたおのおのがこれを解放かいほうしなければならない。あなたがたは彼かれを解放かいほうして、あなたがたに仕つかえることをやめさせなければならない』。ところがあなたがたの先祖せんぞたちはわたしに聞き従わききしたがわず、またその耳みみを傾かたむけなかった。

エレミヤ書49:20 それゆえ、エドムに対たいして主しゅが立たてた計はかりごとと、テマンに住すむ者ものに対たいしてしようとする事ことを聞きくがよい。彼かれらの群むれのうちの小ちいさいものまでも皆みな、引ひかれて行いく。彼かれらのおりのものもその終おわりを見みて恐おそれる。

エレミヤ書50:45 それゆえ、バビロンに対たいして主しゅが立たてた計はかりごとと、カルデヤびとの地ちに対たいしてしようとする事ことを聞きくがよい。彼かれらの群むれのうちの小ちいさい者ものは、かならず引ひかれて行いく。彼かれらのおりのものも必かならずその終おわりを見みて恐おそれる。

エレミヤ書51:13 多おおくの水みずのほとりに住すみ、多おおくの財宝ざいほうを持もつ者ものよ、あなたの終おわりが来きて、その命いのちの糸いとは断たたたれる。

哀歌(2か所)

哀歌1:9 その汚よごれはその衣ころものすそにあり、これはその終おわりを思おもわなかった。それゆえ、これは驚おどろくばかりに落おちぶれ、これを慰なぐさめる者ものはひとりもない。「主しゅよ、わが悩なやみを顧かえりみてください、敵てきは勝かち誇ほこっていますから」。

哀歌4:18 人々ひとびとがわれわれの歩あゆみをうかがうので、われわれは自分じぶんの町まちの中なかをも、歩あるくことができなかった。われわれの終おわりは近ちかづいた、日ひは尽つきた。われわれの終おわりが来きたからである。

エゼキエル書(12か所)

エゼキエル書7:2 「人ひとの子こよ、イスラエルの地ちの終おわりについて主しゅはこう言いわれる、この国くにの四方しほうの境さかいに終おわりが来きた。

エゼキエル書7:3 いま、あなたの終おわりが来きた。わたしはわが怒いかりをあなたに漏もらし、あなたの行おこないに従したがって、あなたをさばき、あなたのもろもろの憎にくむべき物もののためにあなたを罰ばっする。

エゼキエル書7:6 終おわりが来くる。その終おわりが来くる。それが起おこって、あなたに臨のぞむ。見みよ、それが来くる。

エゼキエル書21:25 汚よごれた悪人あくにんであるイスラエルの君きみよ、あなたの終おわりの刑罰けいばつの時ときであるその日ひが来くる。

エゼキエル書21:29 彼かれらがあなたに偽いつわりの幻まぼろしを示ししめし、偽いつわりを占うらなったゆえ、これは殺ころさるべき悪あしき者ものの首くびの上うえに置おかれる。彼かれらの終おわりの刑罰けいばつの時ときであるその日ひがきている。

エゼキエル書26:21 わたしはあなたの終おわりを、恐おそるべきものとする。あなたは無むに帰きする。あなたを尋たずねる人ひとがあっても、永久えいきゅうに見みいださないと、主しゅなる神かみは言いわれる」。

エゼキエル書27:36 もろもろの民たみの中なかの商人しょうにんらはあなたをあざける。あなたは恐おそるべき終おわりを遂とげ、永遠えいえんにうせはてる』」。

エゼキエル書28:19 もろもろの民たみのうちであなたを知しる者ものは皆みなあなたについて驚おどろく。あなたは恐おそるべき終おわりを遂とげ、永遠えいえんにうせはてる」。

エゼキエル書35:5 あなたは限かぎりない敵意てきいをいだいて、イスラエルの人々ひとびとをその災わざわいの時とき、終おわりの刑罰けいばつの時ときに、つるぎの手てに渡わたした。

エゼキエル書38:8 多おおくの日ひの後あと、あなたは集あつめられ、終おわりの年としにあなたは戦たたかいから回復かいふくされた地ち、すなわち多おおくの民たみの中なかから、人々ひとびとが集あつめられた地ちに向むかい、久ひさしく荒あれすたれたイスラエルの山々やまやまに向むかって進すすむ。その人々ひとびとは国々くにぐにから導みちびき出だされて、みな安やすらかに住すんでいる。

エゼキエル書38:16 あなたはわが民みんイスラエルに攻せめのぼり、雲くものように地ちをおおう。ゴグよ、終おわりの日ひにわたしはあなたを、わが国くにに攻せめきたらせ、あなたをとおして、わたしの聖せいなることを諸しょ国民こくみんの目めの前まえにあらわして、彼かれらにわたしを知しらせる。

エゼキエル書39:14 彼かれらは人々ひとびとを選えらんで、絶たえず国くにの中なかを行いきめぐらせ、地ちのおもてに残のこっている者ものを埋うめて、これを清きよめさせる。七ななか月げつの終おわりに彼かれらは尋たずねる。

ダニエル書(16か所)

ダニエル書1:15 十とお日かの終おわりになってみると、彼かれらの顔色かおいろは王おうの食物しょくもつを食たべたすべての若者わかものよりも美うつくしく、また肉にくも肥こえ太ふとっていた。

ダニエル書5:26 その事ことの解とき明あかしはこうです、メネは神かみがあなたの治世ちせいを数かぞえて、これをその終おわりに至いたらせたことをいうのです。

ダニエル書6:26 わたしは命令めいれいを出だす。わが国くにのすべての州しゅうの人ひとは、皆みなダニエルの神かみを、おののき恐おそれなければならない。彼かれは生いける神かみであって、とこしえに変かわることなく、その国くには滅ほろびず、その主権しゅけんは終おわりまで続つづく。

ダニエル書8:17 すると彼かれはわたしの立たっている所ところにきた。彼かれがきたとき、わたしは恐おそれて、ひれ伏ふした。しかし、彼かれはわたしに言いった、「人ひとの子こよ、悟さとりなさい。この幻まぼろしは終おわりの時ときにかかわるものです」。

ダニエル書8:19 言いった、「見みよ、わたしは憤いきどおりの終おわりの時ときに起おこるべきことを、あなたに知しらせよう。それは定さだめられた終おわりの時ときにかかわるものであるから。

ダニエル書8:23 彼かれらの国くにの終おわりの時ときになり、罪つみびとの罪つみが満みちるに及およんで、ひとりの王おうが起おこるでしょう。その顔かおは猛悪もうあくで、彼かれはなぞを解とき、

ダニエル書9:24 あなたの民たみと、あなたの聖せいなる町まちについては、七十ななじゅう週しゅうが定さだめられています。これはとがを終おわらせ、罪つみに終おわりを告つげ、不義ふぎをあがない、永遠えいえんの義ぎをもたらし、幻まぼろしと預言よげん者しゃを封ふうじ、いと聖せいなる者ものに油あぶらを注そそぐためです。

ダニエル書9:26 その六十ろくじゅう二に週しゅうの後あとにメシヤは断たたたれるでしょう。ただし自分じぶんのためにではありません。またきたるべき君きみの民たみは、町まちと聖せい所しょとを滅ほろぼすでしょう。その終おわりは洪水こうずいのように臨のぞむでしょう。そしてその終おわりまで戦争せんそうが続つづき、荒廃こうはいは定さだめられています。

ダニエル書9:27 彼かれは一いち週しゅうの間あいだ多おおくの者ものと、堅かたく契約けいやくを結むすぶでしょう。そして彼かれはその週しゅうの半なかばに、犠牲ぎせいと供そなえ物ものとを廃はいするでしょう。また荒あらす者ものが憎にくむべき者ものの翼つばさに乗のって来くるでしょう。こうしてついにその定さだまった終おわりが、その荒あらす者ものの上うえに注そそがれるのです」。

ダニエル書11:27 このふたりの王おうは、害がいを与あたえようと心こころにはかり、ひとつ食卓しょくたくに共ともに食ししょくして、偽いつわりを語かたるが、それは成功せいこうしません。終おわりはなお定さだまった時ときの来くるまでこないからです。

ダニエル書11:35 また賢かしこい者もののうちのある者ものは、終おわりの時ときまで、自分じぶんを練ねり、清きよめ、白しろくするために倒たおれるでしょう。終おわりはなお定さだまった時ときの来くるまでこないからです。

ダニエル書11:40 終おわりの時ときになって、南みなみの王おうは彼かれと戦たたかいます。北きたの王おうは、戦車せんしゃと騎兵きへいと、多おおくの船ふねをもって、つむじ風かぜのように彼かれを攻せめ、国々くにぐににはいっていって、みなぎりあふれ、通とおり過すぎるでしょう。

ダニエル書11:45 彼かれは海うみと麗うるわしい聖山せいざんとの間あいだに、天幕てんまくの宮殿きゅうでんを設もうけるでしょう。しかし、彼かれはついにその終おわりにいたり、彼かれを助たすける者ものはないでしょう。

ダニエル書12:4 ダニエルよ、あなたは終おわりの時ときまでこの言葉ことばを秘ひし、この書しょを封ふうじておきなさい。多おおくの者ものは、あちこちと探さぐり調しらべ、そして知識ちしきが増ますでしょう」。

ダニエル書12:9 彼かれは言いった、「ダニエルよ、あなたの道みちを行いきなさい。この言葉ことばは終おわりの時ときまで秘ひし、かつ封ふうじておかれます。

ダニエル書12:13 しかし、終おわりまであなたの道みちを行いきなさい。あなたは休やすみに入はいり、定さだめられた日ひの終おわりに立たって、あなたの分ぶんを受うけるでしょう」。

ホセア書(1か所)

ホセア書3:5 そしてその後ごイスラエルの子こらは帰かえって来きて、その神かみ、主しゅと、その王おうダビデとをたずね求もとめ、終おわりの日ひにおののいて、主しゅとその恵めぐみに向むかって来くる。

アモス書(2か所)

アモス書8:2 主しゅは言いわれた、「アモスよ、あなたは何なんを見みるか」。わたしは「ひとかごの夏なつのくだもの」と答こたえた。すると主しゅはわたしに言いわれた、「わが民みんイスラエルの終おわりがきた。わたしは再ふたたび彼かれらを見過みすごしにしない。

アモス書8:10 あなたがたの祭まつりを嘆なげきに変かわらせ、あなたがたの歌うたをことごとく悲かなしみの歌うたに変かわらせ、すべての人ひとに荒布あらめを腰こしにまとわせ、すべての人ひとに髪かみをそり落おとさせ、その日ひを、ひとり子ごを失うしなった喪中もちゅうのようにし、その終おわりを、苦にがい日ひのようにする」。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書2:3 この幻まぼろしはなお定さだめられたときを待まち、終おわりをさして急いいそいでいる。それは偽いつわりではない。もしおそければ待まっておれ。それは必かならず臨のぞむ。滞とどこおりはしない。

マタイによる福音書(6か所)

マタイ13:39 それをまいた敵てきは悪魔あくまである。収穫しゅうかくとは世よの終おわりのことで、刈かる者ものは御ご使したちである。

マタイ13:40 だから、毒麦どくむぎが集あつめられて火ひで焼やかれるように、世よの終おわりにもそのとおりになるであろう。

マタイ13:49 世よの終おわりにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御ご使したちがきて、義人ぎじんのうちから悪人あくにんをえり分わけ、

マタイ24:3 またオリブ山さんですわっておられると、弟子でしたちが、ひそかにみもとにきて言いった、「どうぞお話はなしください。いつ、そんなことが起おこるのでしょうか。あなたがまたおいでになる時ときや、世よの終おわりには、どんな前兆ぜんちょうがありますか」。

マタイ24:6 また、戦争せんそうと戦争せんそうのうわさとを聞きくであろう。注意ちゅういしていなさい、あわててはいけない。それは起おこらねばならないが、まだ終おわりではない。

マタイ28:20 あなたがたに命めいじておいたいっさいのことを守まもるように教おしえよ。見みよ、わたしは世よの終おわりまで、いつもあなたがたと共ともにいるのである」。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ13:7 また、戦争せんそうと戦争せんそうのうわさとを聞きくときにも、あわてるな。それは起おこらねばならないが、まだ終おわりではない。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ21:9 戦争せんそうと騒乱そうらんとのうわさを聞きくときにも、おじ恐おそれるな。こうしたことはまず起おこらねばならないが、終おわりはすぐにはこない」。

ヨハネによる福音書(7か所)

ヨハネ6:39 わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与あたえて下くださった者ものを、わたしがひとりも失うしなわずに、終おわりの日ひによみがえらせることである。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちのみこころは、子こを見みて信しんじる者ものが、ことごとく永遠えいえんの命いのちを得えることなのである。そして、わたしはその人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう」。

ヨハネ6:44 わたしをつかわされた父ちちが引ひきよせて下くださらなければ、だれもわたしに来くることはできない。わたしは、その人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう。

ヨハネ6:54 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ者ものには、永遠えいえんの命いのちがあり、わたしはその人ひとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう。

ヨハネ7:37 祭まつりの終おわりの大事だいじな日ひに、イエスは立たって、叫さけんで言いわれた、「だれでもかわく者ものは、わたしのところにきて飲のむがよい。

ヨハネ11:24 マルタは言いった、「終おわりの日ひのよみがえりの時ときよみがえることは、存ぞんじています」。

ヨハネ12:48 わたしを捨すてて、わたしの言葉ことばを受うけいれない人ひとには、その人ひとをさばくものがある。わたしの語かたったその言葉ことばが、終おわりの日ひにその人ひとをさばくであろう。

使徒行伝(1か所)

使徒2:17 『神かみがこう仰おおせになる。終おわりの時ときには、わたしの霊れいをすべての人ひとに注そそごう。そして、あなたがたのむすこ娘むすめは預言よげんをし、若者わかものたちは幻まぼろしを見み、老人ろうじんたちは夢ゆめを見みるであろう。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ10:4 キリストは、すべて信しんじる者ものに義ぎを得えさせるために、律法りっぽうの終おわりとなられたのである。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一10:11 これらの事ことが彼かれらに起おこったのは、他たに対たいする警告けいこくとしてであって、それが書かかかれたのは、世よの終おわりに臨のぞんでいるわたしたちに対たいする訓戒くんかいのためである。

コリント第一15:51 ここで、あなたがたに奥義おうぎを告つげよう。わたしたちすべては、眠ねむり続つづけるのではない。終おわりのラッパの響ひびきと共ともに、またたく間あいだに、一瞬いっしゅんにして変かえられる。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:1 しかし、このことは知しっておかねばならない。終おわりの時ときには、苦難くなんの時代じだいが来くる。

ヘブル人への手紙(3か所)

ヘブル1:2 この終おわりの時ときには、御子みこによって、わたしたちに語かたられたのである。神かみは御子みこを万物ばんぶつの相続そうぞく者しゃと定さだめ、また、御子みこによって、もろもろの世界せかいを造つくられた。

ヘブル7:3 彼かれには父ちちがなく、母ははがなく、系図けいずがなく、生涯しょうがいの初はじめもなく、生命せいめいの終おわりもなく、神かみの子このようであって、いつまでも祭司さいしなのである。

ヘブル9:26 もしそうだとすれば、世よの初はじめから、たびたび苦難くなんを受うけねばならなかったであろう。しかし事実じじつ、ご自身じしんをいけにえとしてささげて罪つみを取とり除のぞくために、世よの終おわりに、一いち度どだけ現あらわれたのである。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ5:3 金銀きんぎんはさびている。そして、そのさびの毒どくは、あなたがたの罪つみを責せめ、あなたがたの肉にくを火ひのように食くいつくすであろう。あなたがたは、終おわりの時ときにいるのに、なお宝たからをたくわえている。

ペテロの第一の手紙(3か所)

ペテロ第一1:5 あなたがたは、終おわりの時ときに啓示けいじさるべき救すくいにあずかるために、信仰しんこうにより神かみの御お力ちからに守まもられているのである。

ペテロ第一1:20 キリストは、天地てんちが造つくられる前まえから、あらかじめ知しられていたのであるが、この終おわりの時ときに至いたって、あなたがたのために現あらわれたのである。

ペテロ第一4:7 万物ばんぶつの終おわりが近ちかづいている。だから、心こころを確たしかにし、身みを慎つつしんで、努つとめて祈いのりなさい。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二3:3 まず次つぎのことを知しるべきである。終おわりの時ときにあざける者ものたちが、あざけりながら出でてきて、自分じぶんの欲情よくじょうのままに生活せいかつし、

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一2:18 子供こどもたちよ。今いまは終おわりの時ときである。あなたがたがかねて反はんキリストが来くると聞きいていたように、今いまや多おおくの反はんキリストが現あらわれてきた。それによって今いまが終おわりの時ときであることを知しる。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:18 彼かれらはあなたがたにこう言いった、「終おわりの時ときに、あざける者ものたちがあらわれて、自分じぶんの不ふ信心しんじんな欲よくのままに生活せいかつするであろう」。

ヨハネの黙示録(3か所)

黙示録1:17 わたしは彼かれを見みたとき、その足あしもとに倒たおれて死人しにんのようになった。すると、彼かれは右手みぎてをわたしの上うえにおいて言いった、「恐おそれるな。わたしは初はじめであり、終おわりであり、

黙示録2:8 スミルナにある教会きょうかいの御ご使しに、こう書かきおくりなさい。『初はじめであり、終おわりである者もの、死しんだことはあるが生いき返かえった者ものが、次つぎのように言いわれる。

黙示録22:13 わたしはアルパであり、オメガである。最初さいしょの者ものであり、最後さいごの者ものである。初はじめであり、終おわりである。

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