「生まれる」(うまれる)が出てくる聖書の箇所

「生まれる」(うまれる)は日常訳第1版の312か所(旧約237・新約75)に出てきます。「うまれる」「生れる」も含みます。口語訳では206か所。

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312か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

伝道の書(8か所)

伝道の書3:2 生うまれる時ときがあり、死しぬ時ときがある。植うえる時ときがあり、植うえたものを引ひき抜ぬく時ときがある。

伝道の書4:3 いや、その両方りょうほうよりももっと幸しあわせなのは、まだ生うまれていない人ひとだ。この世よで行おこなわれている悪わるい行おこないを、まだ見みていないからだ。

伝道の書4:14 その若者わかものは、牢屋ろうやから出でて王おうになることもある。たとえこの国くにで、貧まずしく生うまれていたとしても。

伝道の書5:14 その財産ざいさんは、何なんかの不運ふうんな事業じぎょうで失うしなわれてしまう。子こどもが生うまれても、その手てに残のこしてやれるものは何なんもない。

伝道の書6:3 たとえある人ひとが百ひゃく人にんの子こをもうけ、長ながい年月としつきを生いき、その人生じんせいの日々ひびがどれほど多おおくても、幸しあわせに満みたされず、しかもきちんと葬ほうむられることもなかったなら——わたしは言いおう。死しんで生うまれた子このほうが、その人ひとよりましだ。

伝道の書7:1 良よい評判ひょうばんは、高価こうかな香油こうゆよりも価値かちがある。そして、死しぬ日ひは生うまれる日ひよりも良よい。

イザヤ書(12か所)

イザヤ書9:6 ひとりの子こどもがわたしたちのために生うまれ、ひとりの男おとこの子こがわたしたちに与あたえられたからだ。主権しゅけんはその肩かたにある。その名なは「不思議ふしぎな助言じょげん者しゃ、力ちからある神かみ、永遠えいえんの父ちち、平和へいわの君きみ」と呼よばれる。

イザヤ書13:18 彼かれらの弓ゆみは若者わかものたちを射倒いたおす。生うまれてくる子こにも情なさけをかけず、幼おさない子こらにも目めをかけない。

イザヤ書26:18 わたしたちは身みごもり、苦くるしんだ。でも、生うまれたのは風かぜだけだった。この地ちに救すくいをもたらすこともできず、世界せかいに住すむ人々ひとびとを倒たおすこともできなかった。

イザヤ書34:1 諸国しょこくの民たみよ、近ちかづいて聞きけ。国々くにぐによ、耳みみを傾かたむけよ。地ちと、それを満みたすすべてのものよ、聞きけ。世界せかいと、そこから生うまれるすべてのものよ、聞きけ。

イザヤ書37:3 彼かれらはイザヤにこう伝つたえた。「ヒゼキヤさまがこう言いっておられます。『今日きょうは苦くるしみと叱責しっせきと辱はずかしめの日ひだ。子こどもが今いまにも生うまれようとしているのに、産うみ出だす力ちからがない、そんな日ひだ。

イザヤ書39:7 あなたから生うまれる息子むすこたち、あなたがもうける子こたちのうち、何なん人にんかは連つれ去さられ、バビロンの王おうの宮殿きゅうでんで宦官かんがんとなる。」

イザヤ書46:3 わたしに聞きけ、ヤコブの家いえよ。生いき残のこったイスラエルの家いえのすべての者ものよ。あなたがたは母ははの胎はらにいたときから、わたしに背負せおわれ、生うまれる前まえから、わたしに担かつがれてきた。

イザヤ書48:1 これを聞きけ、ヤコブの家いえよ。あなたたちはイスラエルという名なで呼よばれ、ユダの流ながれから生うまれた者ものだ。主しゅの名なにかけて誓ちかい、イスラエルの神かみの名なを口くちにする。だが、そこに真実しんじつはなく、正ただしさもない。

イザヤ書48:8 あなたはそれを聞きいたこともなく、知しってもいなかった。あなたの耳みみは、昔むかしからずっと開ひらかれていなかった。あなたが必かならず裏切うらぎることを、わたしは知しっていたからだ。あなたは生うまれたときから、背そむく者ものと呼よばれてきた。

イザヤ書48:19 あなたの子孫しそんは砂すなのように、あなたから生うまれる者ものは砂粒さりゅうのように多おおくなっていた。その名ながわたしの前まえから絶たたたれることも、消けし去さられることもなかっただろうに。

イザヤ書65:20 そこにはもう、生うまれて数すう日じつで死しぬ子こも、生涯しょうがいを全まっとうできない老人ろうじんもいない。百ひゃく歳さいで死しんでもまだ若者わかものと言いわれ、百ひゃく歳さいに届とどかない者ものは呪のろわれた者ものとされる。

イザヤ書66:8 こんなことを聞きいたことがあるだろうか。こんなことを見みたことがあるだろうか。国土こくどがたった一日いちにちで生うまれるだろうか。国民こくみんが一瞬いっしゅんで生うまれるだろうか。ところがシオンは、産うみの苦くるしみを覚おぼえたと思おもうと、もう自分じぶんの子こどもたちを産うんだ。

エレミヤ書(7か所)

エレミヤ書2:14 イスラエルは奴隷どれいなのか。家いえで生うまれた召めし使つかいなのか。それなのに、なぜ略奪りゃくだつの獲物えものになってしまったのか。

エレミヤ書16:3 この場所ばしょで生うまれる息子むすこや娘むすめたち、彼かれらを産うむ母親ははおや、この地ちで彼かれらをもうける父親ちちおやについて、主しゅはこう言いわれるからだ。

エレミヤ書20:14 わたしが生うまれたあの日ひは、のろわれてしまえ。母ははがわたしを産うんだ日ひは、祝福しゅくふくされなくていい。

エレミヤ書20:15 父ちちに「あなたに男おとこの子こが生うまれた」と知しらせて、父ちちを大おおいに喜よろこばせた、あの人ひとはのろわれてしまえ。

エレミヤ書22:10 死しんだ者もののために泣なくな。彼かれのために嘆なげくな。むしろ、去さって行いく者もののために激はげしく泣なけ。彼かれは二に度どと戻もどらず、生うまれた地ちを見みることもないのだから。

エレミヤ書22:26 わたしはお前まえと、お前まえを産うんだ母ははを、生うまれ故郷こきょうではない別べつの国くにへ放ほうり出だす。お前まえたちはそこで死しぬ。

エレミヤ書46:16 主しゅは次々つぎつぎにつまずかせ、兵へいたちは互たがいに折おり重かさなって倒たおれた。彼かれらは言ゆう。「立たて、自分じぶんたちの民たみのところへ、生うまれ故郷こきょうの地ちへ帰かえろう。この人殺ひとごろしの剣けんを逃のがれて」と。

エゼキエル書(7か所)

エゼキエル書16:4 生うまれたときのあなたはこうだった。へその緒おを切きってもらえず、体からだをきれいにする水みずで洗あらってもらえず、塩しおをすり込こんでもらえず、布ぬのに包つつんでもらえなかった。

エゼキエル書16:5 だれ一人ひとりあなたを見みて、かわいそうに思おもい、こうしたことをしてくれる者ものはいなかった。それどころか、あなたは生うまれたその日ひに、いらないものとして野原のはらに投なげ捨すてられた。

エゼキエル書18:10 しかし、その人ひとに息子むすこが生うまれ、その息子むすこが乱暴らんぼう者しゃで、人ひとの血ちを流ながし、ここに挙あげたような悪わるのどれかを行おこなうとする。

エゼキエル書18:14 しかし、その息子むすこにまた息子むすこが生うまれ、父ちちが犯おかしたすべての罪つみを見みたとする。彼かれはそれを見みて、同おなじことをしない。

エゼキエル書23:2 人ひとの子こよ、二人ふたりの女おんながいた。同おなじ母ははから生うまれた姉妹しまいだ。

エゼキエル書23:15 彼かれらは腰こしに帯おびを締しめ、頭あたまにはゆったりとしたターバンを巻まいていた。みな将校しょうこうのような姿すがたで、生うまれ故郷こきょうカルデアのバビロニア人にんそっくりだった。

エゼキエル書47:22 あなたがたはこの地ちをくじで分わけ、あなたがた自身じしんと、あなたがたの中なかに住すんで子こをもうけた外国がいこく人にんのための、受うけ継つぐ財産ざいさんとせよ。彼かれらをイスラエルの民たみの中なかに生うまれた者ものと同おなじように扱あつかえ。彼かれらもあなたがたとともに、イスラエルの部族ぶぞくの間あいだで地ちを受うけ継つぐ。

ホセア書(4か所)

ホセア書1:2 主しゅが最初さいしょにホセアを通とおして語かたったとき、主しゅはホセアにこう言いった。「さあ、行いきなさい。淫みだらな女おんなを妻つまにめとり、その女おんなとの間あいだに生うまれる子こどもたちを引ひき取とりなさい。この地ちは主しゅから離はなれて、ひどく淫みだらなことをしているのだから。」

ホセア書2:3 そうしないと、わたしは彼女かのじょを裸はだかにはぎ取とり、生うまれた日ひのような姿すがたにさらす。彼女かのじょを荒あれ野ののようにし、乾かわいた地ちのようにして、渇かわきで死しなせる。

ホセア書13:13 子こを産うむ女おんなの激はげしい痛いたみが、彼かれを襲おそう。でも彼かれは、知恵ちえのない子こだ。生うまれる時ときが来きても、産道さんどうから出でてこようとしない。

ホセア書14:8 エフライムよ、偶像ぐうぞうなど、もうおまえに何なんの関かかわりがあるだろう。答こたえ、見守みまもるのはこのわたしだ。わたしは青々あおあおと茂しげる糸杉いとすぎ。おまえの実みのりは、このわたしから生うまれる。

ミカ書(1か所)

ミカ書6:7 主しゅは、何千なんぜん頭とうもの雄羊おひつじや、何なん万まんもの川かわのように流ながれる油あぶらを喜よろこばれるだろうか。わたしの背そむきのために、長子ちょうしをささげればいいのか。わたしの魂たましいの罪つみのために、わが身みから生うまれた子こをささげればいいのか。

マタイによる福音書(7か所)

マタイ1:5 ラハブによって生うまれたのがボアズ。そのボアズにルツによって生うまれたのがオベデ。オベデからエッサイが生うまれた。

マタイ1:16 ヤコブはマリアの夫おっとヨセフの父ちちになった。そのマリアから、キリストと呼よばれるイエスが生うまれた。

マタイ1:25 しかし、子こが生うまれるまで彼女かのじょを知しることはなかった。そして、その子こをイエスと名なづけた。

マタイ2:1 イエスは、ヘロデ王おうの時代じだいに、ユダヤのベツレヘムで生うまれた。すると、東ひがしの国くにから来きた博士はかせたちがエルサレムにやって来きて、こう言いった。

マタイ2:4 ヘロデは民たみの祭司さいし長ちょうたちと律法りっぽう学がく者しゃたちを全員ぜんいん集あつめて、救すくい主ぬしメシアはどこで生うまれるのかと問といただした。

マタイ11:11 はっきり言いっておく。女おんなから生うまれた者ものの中なかで、バプテスマのヨハネより偉大いだいな人ひとは現あらわれなかった。それでも、天てんの国くにでいちばん小ちいさい者もののほうが、彼かれよりも偉大いだいなのだ。

マタイ26:24 たしかに、人ひとの子こは聖書せいしょに書かいてあるとおりに去さっていく。でも、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、不幸ふこうだ。その人ひとは、生うまれてこなかったほうがよかった。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ14:21 人ひとの子こは、聖書せいしょに書かいてあるとおりに去さって行いく。でも、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、不幸ふこうだ。その人ひとは、生うまれてこなかったほうがよかった。」

ルカによる福音書(3か所)

ルカ1:35 天使てんしは答こたえた。「聖せいなる霊れいがあなたに降ふり、いと高たかき神かみの力ちからがあなたをおおいます。だから、生うまれてくる子こは聖せいなる者もの、神かみの子こと呼よばれます。

ルカ2:11 きょう、ダビデの町まちで、あなたたちのために救すくい主ぬしが生うまれた。この方かたこそ、主しゅキリストだ。

ルカ7:28 言いっておく。女おんなから生うまれた者ものの中なかで、ヨハネよりも偉大いだいな人ひとはいない。それでも、神かみの御み国くにでいちばん小ちいさい者ものは、彼かれよりも偉大いだいだ。」

ヨハネによる福音書(13か所)

ヨハネ1:13 この人ひとたちは、血ちによってでも、肉にくの望のぞみによってでも、人ひとの意志いしによってでもなく、神かみによって生うまれたのである。

ヨハネ3:3 イエスは答こたえて言いわれた。「はっきり言いっておく。人ひとは新あたらしく生うまれなければ、神かみの御み国くにを見みることはできない。」

ヨハネ3:4 ニコデモは言いった。「年ねんをとった人ひとが、どうやってもう一いち度ど生うまれることができるのですか。もう一いち度ど母親ははおやのおなかに入はいって生うまれるなんて、できるはずがありません。」

ヨハネ3:5 イエスは答こたえられた。「はっきり言いっておく。人ひとは水みずと霊れいとによって生うまれなければ、神かみの御み国くにに入はいることはできない。

ヨハネ3:6 肉にくから生うまれたものは肉にくであり、霊れいから生うまれたものは霊れいである。

ヨハネ3:7 『あなたがたは新あたらしく生うまれなければならない』とわたしが言いったからといって、驚おどろくことはない。

ヨハネ3:8 風かぜは思おもいのままに吹ふく。あなたはその音おとを聞きいても、それがどこから来きてどこへ行いくのかは分わからない。霊れいから生うまれた者ものもみな、それと同おなじだ。」

ヨハネ8:41 あなたたちは、自分じぶんの父親ちちおやと同おなじことをしているんだ。」すると彼かれらは言いった。「わたしたちは、いかがわしい関係かんけいから生うまれた者ものではない。わたしたちにはただひとりの父ちちがいる。それは神かみだ。」

ヨハネ8:58 イエスは言いわれた。「はっきり言いっておく。アブラハムが生うまれる前まえから、わたしはいる。」

ヨハネ9:34 彼かれらは言い返しいいかえした。「おまえは生うまれたときから罪つみにまみれていたくせに、わたしたちに教おしえようというのか。」そして彼かれを外そとへ追おい出だした。

ヨハネ10:19 これらの言葉ことばのせいで、ユダヤ人じんたちの間あいだにまた対立たいりつが生うまれた。

ヨハネ16:21 子こを産うむとき、女おんなは苦くるしむ。その時ときが来きたからだ。でも赤あかちゃんが生うまれると、その苦くるしみをもう思おもい出ださない。一人ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびでいっぱいになるからだ。

ヨハネ18:37 そこでピラトはイエスに言いった。「では、あなたは王おうなのか。」イエスは答こたえた。「わたしが王おうだと、あなたが言いっている。わたしは真理しんりを証あかしするために生うまれ、そのためにこの世よに来きた。真理しんりから出でた者ものはみな、わたしの声こえに耳みみを傾かたむける。」

使徒行伝(5か所)

使徒7:19 この王おうはずる賢がしこい手てを使つかって、わたしたちの民族みんぞくを苦くるしめた。生うまれた赤あかん坊ぼうが育そだたないように、それを捨すてさせて先祖せんぞたちをひどい目めにあわせたのだ。

使徒7:20 モーセが生うまれたのは、ちょうどそのころだった。彼かれは神かみの目めにとても美うつくしい子こで、三さんか月げつのあいだ父ちちの家いえで育そだてられた。

使徒22:3 「わたしはユダヤ人じんで、キリキア州しゅうのタルソで生うまれました。しかし育そだったのはこの町まちで、ガマリエルという先生せんせいのもとで、先祖せんぞ代々だいだいの律法りっぽうを厳きびしく教おしえ込こまれました。そして、今日きょうここにいるみなさんと同おなじように、神かみのために熱心ねっしんに生いきてきたのです。

使徒22:28 すると千せん人にん隊長たいちょうは言いった。「わたしは大金たいきんを払はらって、この市民しみん権けんを手てに入いれたのだ。」パウロは言いった。「わたしは生うまれながらのローマ市民しみんです。」

使徒23:6 パウロは、議会ぎかいの一方いっぽうがサドカイ派は、もう一方いっぽうがファリサイ派はだと気きづき、声こえを張はり上あげて言いった。「兄弟きょうだいのみなさん、わたしはファリサイ派はで、ファリサイ派はの家いえに生うまれた者ものです。わたしが裁さばかれているのは、死者ししゃの復活ふっかつという希望きぼうのためなのです。」

ローマ人への手紙(7か所)

ローマ1:3 御子みこについてのものだ。御子みこは、人ひととしてはダビデの子孫しそんとして生うまれ、

ローマ9:5 先祖せんぞたちも彼かれらのものだ。人ひととしてのキリストも、彼かれらの中なかから生うまれた。そのキリストは、すべてのものの上うえにおられる神かみであり、永遠えいえんにほめたたえられる方かただ。アーメン。

ローマ9:7 アブラハムの子孫しそんだからといって、全員ぜんいんがその子こどもというわけではない。むしろ、「イサクから生うまれる者ものが、あなたの子孫しそんと呼よばれる」のである。

ローマ9:8 つまり、肉にくから生うまれた子こがそのまま神かみの子こになるわけではない。神かみが約束やくそくして生うまれた子ここそが、アブラハムの子孫しそんとして認みとめられるのだ。

ローマ9:9 約束やくそくの言葉ことばとは、こうだ。「来年らいねんの今いまごろ、わたしはまた来くる。そのとき、サラには子こが生うまれている。」

ローマ9:11 まだ二人ふたりは生うまれてもおらず、善よいことも悪わるいこともしていなかった。それでも、神かみの選えらびに基もとづく計画けいかくがゆるがずに続つづくために、

ローマ10:17 だから信仰しんこうは聞きくことから生うまれ、聞きくことはキリストについての言葉ことばによって生うまれるのだ。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一11:12 女おんなが男おとこから出でたように、男おとこも女おんなから生うまれてくる。そして、すべては神かみから出でているのだ。

コリント第一15:8 そして最後さいごに、月足つきたらずで生うまれたような者ものであるわたしにも、現あらわれてくださった。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二3:3 あなたたちが、わたしたちの働はたらきから生うまれたキリストの手紙てがみであることは、はっきりしている。この手紙てがみは、インクではなく、生いきた神かみの霊れいによって書かかかれた。石いしの板いたではなく、人ひとの心こころという板いたに書かかかれたのだ。

ガラテヤ人への手紙(7か所)

ガラテヤ2:15 わたしたちは生うまれながらのユダヤ人じんで、外国がいこく人にんのような「罪人ざいにん」ではない。

ガラテヤ4:4 でも、時ときが満みちると、神かみはご自分じぶんの子こを送おくられた。その子こは女おんなから生うまれ、律法りっぽうのもとに生うまれた。

ガラテヤ4:22 こう書かいてある。アブラハムには二人ふたりの息子むすこがいた。一人ひとりは奴隷どれいの女おんなから、もう一人ひとりは自由じゆうな女おんなから生うまれた。

ガラテヤ4:23 奴隷どれいの女おんなから生うまれた子こは、ふつうの人ひととしての生うまれ方かたで生うまれた。でも、自由じゆうな女おんなから生うまれた子こは、神かみの約束やくそくによって生うまれたのだ。

ガラテヤ4:24 これはたとえとして読よむことができる。二人ふたりの女おんなは、二ふたつの契約けいやくを表あらわしている。一ひとつはシナイ山やまから出でた契約けいやくで、生うまれてくる子こどもを奴隷どれいにする。それがハガルだ。

ガラテヤ4:28 兄弟きょうだい姉妹しまいよ。あなたたちはイサクと同おなじように、約束やくそくによって生うまれた子こどもなのだ。

ガラテヤ4:29 でも、あの時とき、ふつうの人ひととしての生うまれ方かたで生うまれた子こが、霊れいによって生うまれた子こをいじめた。今いまも同おなじことが起おきている。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ4:24 新あたらしい自分じぶんを身みにつけるようにと教おしえられた。この新あたらしい自分じぶんは、神かみにかたどって造つくられ、真理しんりから生うまれる義ぎと聖きよさを備そなえているのだ。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:5 わたしは生うまれて八よう日か目めに割礼かつれいを受うけ、イスラエルの民たみに属ぞくし、ベニヤミン族ぞくの出でで、ヘブライ人じんの中なかのヘブライ人じんだ。律法りっぽうについてはファリサイ派はだった。

コロサイ人への手紙(3か所)

コロサイ1:5 その信仰しんこうと愛あいは、あなたがたのために天てんにたくわえられている希望きぼうから生うまれている。あなたがたは、真理しんりの言葉ことばである福音ふくいん、つまり良よい知しらせを通とおして、この希望きぼうのことを前々まえまえから聞きいていた。

コロサイ1:8 その彼かれが、御ご霊れいによって生うまれたあなたがたの愛あいのことを、わたしたちに知しらせてくれたのだ。

コロサイ1:15 御子みこは、目めに見みえない神かみの姿すがたそのものだ。すべての造つくられたものより先さきに生うまれた方かたであり、そのすべての上うえに立たつ方かただ。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一1:3 わたしたちの父ちちである神かみの前まえで、あなたがたのことを思おもい起おこしているのだ。信仰しんこうから生うまれる行おこない、愛あいから生うまれる労苦ろうく、そしてわたしたちの主しゅイエス・キリストに望のぞみを置おいて耐たえ忍しのぶ姿すがたを。

テモテへの第一の手紙(4か所)

テモテ第一1:5 この命令めいれいが目指めざすのは、愛あいです。きよい心こころと、やましさのない良心りょうしんと、うわべだけでない信仰しんこうから生うまれる愛あいです。

テモテ第一6:4 その人ひとは思おもい上あがっていて、何なんもわかっていない。議論ぎろんや言葉ことばの争あらそいに病的びょうてきにのめり込こんでいる。そこから、ねたみ、争あらそい、悪口わるぐち、悪意あくいある疑うたがいが生うまれ、

テモテ第一6:5 心こころが腐くさり、真理しんりを失うしなった人ひとたちの、絶たえ間まない衝突しょうとつが生うまれる。彼かれらは、神かみを敬ううやまう生いき方かたをもうけの手段しゅだんだと考かんがえている。

テモテ第一6:7 わたしたちは、何なんひとつ持もたずにこの世よに生うまれてきた。だから、何なんひとつ持もって出でていくこともできない。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二2:8 イエス・キリストのことを、いつも心こころに留とめていてほしい。ダビデの子孫しそんとして生うまれ、死者ししゃの中なかからよみがえった方かただ。これがわたしの伝つたえる福音ふくいんだ。

ヘブル人への手紙(6か所)

ヘブル3:6 一方いっぽう、キリストは、御子みことして神かみの家いえを治おさめておられる。そして、その家いえとはわたしたちのことだ。ただし、わたしたちが希望きぼうから生うまれる確信かくしんと誇ほこりを、しっかり持もち続つづけるならば。

ヘブル7:3 彼かれには父ちちもなく、母ははもなく、家系かけいの記録きろくもない。生うまれた日ひもなければ、命いのちの終おわりもない。神かみの子こに似にせられて、いつまでも祭司さいしであり続つづける。

ヘブル7:10 というのも、メルキゼデクがアブラハムを迎むかえたとき、レビはまだ生うまれておらず、先祖せんぞアブラハムの体からだの中なかにいたからだ。

ヘブル11:12 こうして、死しんだも同然どうぜんの一人ひとりの人ひとから、空そらの星ほしのように数かぞえきれず、海辺うみべの砂すなのように無数むすうの子孫しそんが生うまれたのだ。

ヘブル11:18 この息子むすこについては、「イサクから生うまれる者ものが、あなたの子孫しそんと呼よばれる」と言いわれていたのに。

ヘブル11:23 信仰しんこうによって、モーセは生うまれたとき、両親りょうしんの手てで三さんか月げつの間あいだかくまわれた。美うつくしい子こだと分わかったからで、両親りょうしんは王おうの命令めいれいを恐おそれなかったのだ。

ヤコブの手紙(3か所)

ヤコブ1:3 あなたがたの信仰しんこうがためされると、そこから忍耐にんたいが生うまれる。それを知しっているからだ。

ヤコブ1:17 良よい贈おくり物もの、完全かんぜんな贈おくり物ものはすべて、上うえから、光ひかりを造つくられた父ちちのもとから降ふってくる。この父ちちには、移うつり変かわりも、揺ゆれ動うごいて生うまれる影かげもない。

ヤコブ3:13 あなたたちの中なかで、知恵ちえがあり、物事ものごとをよくわきまえている人ひとはだれだろう。その人ひとは、正ただしい生いき方かたによって、知恵ちえから生うまれる柔和にゅうわさのうちに、自分じぶんの行おこないを示しめせばいい。

ペテロの第一の手紙(3か所)

ペテロ第一1:3 わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちである神かみをほめたたえよう。神かみはその大おおきなあわれみによって、わたしたちを新あたらしく生うまれさせてくれた。イエス・キリストが死者ししゃの中なかから復活ふっかつしたことで、わたしたちには生いきた希望きぼうが与あたえられたのだ。

ペテロ第一1:23 あなたたちは新あたらしく生うまれた。それは朽くちてしまう種たねからではなく、朽くちることのない種たねから、つまり、生いきていて、いつまでも変かわらない神かみの言葉ことばによって生うまれたのだ。

ペテロ第一2:2 生うまれたばかりの赤あかちゃんのように、混まじりけのない、霊的れいてきな乳ちちを強つよく求もとめなさい。それを飲のんで成長せいちょうし、救すくいへと向むかうためだ。

ヨハネの第一の手紙(6か所)

ヨハネ第一2:29 キリストが正ただしい方かただとわかっているなら、義ぎを行おこなう人ひとがみな、キリストから生うまれた者ものだということも、あなたたちにはわかるはずだ。

ヨハネ第一3:9 神かみから生うまれた人ひとはみな、罪つみを犯おかし続つづけることはない。神かみのいのちがその人ひとの中なかにとどまっているからだ。神かみから生うまれたのだから、その人ひとは罪つみを犯おかし続つづけることができない。

ヨハネ第一4:7 愛あいする人ひとたち、わたしたちは互たがいに愛あいし合あおう。愛あいは神かみから出でているからだ。愛あいする人ひとはみな神かみから生うまれ、神かみを知しっている。

ヨハネ第一5:1 イエスがキリストだと信しんじる人ひとはみな、神かみから生うまれた者ものだ。そして、生うんでくださった方かたを愛あいする人ひとは、その方かたから生うまれた者ものも愛あいする。

ヨハネ第一5:4 神かみから生うまれた者ものはみな、世よに打うち勝かつからだ。世よに打うち勝かつ力ちから、それがわたしたちの信仰しんこうだ。

ヨハネ第一5:18 わたしたちは知しっている。神かみから生うまれた人ひとはみな、罪つみを犯おかし続つづけることはない。神かみから生うまれた方かたがその人ひとを守まもってくださり、悪わるい者ものは手てを触ふれることができない。

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