「呼ぶ」(よぶ)が出てくる聖書の箇所

「呼ぶ」(よぶ)は日常訳第1版の454か所(旧約308・新約146)に出てきます。口語訳では372か所。

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454か所を200か所ずつ3ページに分けています(3ページ目)。

使徒行伝(36か所)

使徒10:18 そして声こえをかけ、「ペテロと呼よばれるシモンは、こちらに泊とまっていますか」と尋たずねた。

使徒10:29 だから、呼よばれたとき、わたしは何なんも反対はんたいせずにやって来きたのです。それで聞きききますが、どういうわけでわたしを呼よんだのですか。」

使徒10:32 だからヨッパに人ひとをやって、ペテロと呼よばれるシモンを招まねきなさい。その人ひとは、海うみべにある皮かわなめし職人しょくにんシモンの家いえに泊とまっている。』

使徒11:13 その人ひとは、天使てんしが自分じぶんの家いえに立たって、こう言いうのを見みたと、わたしたちに話はなしてくれた。「ヨッパに人ひとを送おくって、ペトロと呼よばれるシモンを呼よび寄よせなさい。

使徒11:26 そして見みつけ出だすと、アンティオキアへ連つれて来きた。二人ふたりは丸まる一いち年ねん、教会きょうかいに集あつまって大勢おおぜいの人ひとを教おしえた。弟子でしたちが「クリスチャン」と呼よばれるようになったのは、このアンティオキアが最初さいしょだった。

使徒12:12 こうして気きづいたペトロは、マルコと呼よばれるヨハネの母ははマリアの家いえに行いった。そこには大勢おおぜいの人ひとが集あつまって祈いのっていた。

使徒12:25 バルナバとサウロは、その務つとめを果はたすと、マルコと呼よばれるヨハネを連つれて、エルサレムから帰かえって行いった。

使徒13:1 アンティオキアの教会きょうかいには、預言よげん者しゃや教師きょうしがいた。バルナバ、ニゲルと呼よばれるシメオン、キレネ人にんのルキオ、領主りょうしゅヘロデと共ともに育そだったマナエン、そしてサウロである。

使徒13:2 彼かれらが主しゅに礼拝れいはいをささげ、断食だんじきをしていると、聖霊せいれいがこう告つげた。「わたしが選えらんで呼よんだ働はたらきのために、バルナバとサウロをわたしのために選えらび出だしなさい。」

使徒13:9 しかし、パウロとも呼よばれるサウロは、聖霊せいれいに満みたされ、エリマをじっと見みつめて

使徒14:12 そして、バルナバをゼウス、パウロをヘルメスと呼よんだ。パウロが話はなしの中心ちゅうしんになっていたからだ。

使徒15:17 それは、残のこされた人ひとたちが、そしてわたしの名なで呼よばれるすべての外国がいこくの人ひとたちが、主しゅを求もとめるようになるためだ。これらのことを行おこなう主しゅが、そう言いわれる。

使徒15:22 そこで、使徒しとたちと長老ちょうろうたちは、教会きょうかい全体ぜんたいとともに、自分じぶんたちの中なかから人ひとを選えらび、パウロやバルナバといっしょにアンティオキアへ送おくることにした。選えらばれたのは、バルサバと呼よばれるユダと、シラスだった。二人ふたりは、信者しんじゃたちの中なかで指導しどう的てきな立場たちばにある人ひとだった。

使徒15:37 バルナバは、マルコと呼よばれるヨハネも一緒いっしょに連つれて行いきたいと思おもっていた。

使徒16:10 パウロがこの幻まぼろしを見みたとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向むかおうとした。神かみがわたしたちを呼よんで、その人ひとたちに福音ふくいんを伝つたえさせようとしているのだと分わかったからだ。

使徒23:17 そこでパウロは百ひゃく人にん隊長たいちょうの一人ひとりを呼よんで言いった。「この若者わかものを千せん人にん隊長たいちょうのところへ連つれて行いってください。伝つたえたいことがあるのです。」

使徒23:18 百ひゃく人にん隊長たいちょうはその若者わかものを連つれて千せん人にん隊長たいちょうのところへ行いき、こう言いった。「囚人しゅうじんのパウロがわたしを呼よんで、この若者わかものをあなたのところへ連つれて行いくように頼たのみました。あなたに話はなしたいことがあるそうです。」

使徒23:23 それから千せん人にん隊長たいちょうは、百ひゃく人にん隊長たいちょうを二人ふたり呼よんで言いった。「今夜こんやの九きゅう時じにカイサリアへ向むかえるよう、歩兵ふひょう二百にひゃく人にん、騎兵きへい七十ななじゅう人にん、槍やりを持もつ兵へい二百にひゃく人にんを用意よういしろ。

使徒24:14 ただ、これだけは認みとめます。わたしは、彼かれらが「分派ぶんぱ」と呼よんでいるこの道みちに従したがって、先祖せんぞの神かみに仕つかえています。そして、律法りっぽうに書かかかれていることも、預言よげん者しゃたちが書き記しかきしるしたことも、すべて信しんじています。

使徒24:25 しかし、パウロが義ぎと節制せっせい、そしてやがて来くる裁さばきについて語かたると、フェリクスは怖こわくなって言いった。「今日きょうはもう帰かえってよい。また折おりを見みて、あなたを呼よぶことにしよう。」

使徒27:8 海岸かいがん沿そいにやっとのことで進すすみ、「良よい港みなと」と呼よばれる場所ばしょにたどり着ついた。その近ちかくにはラサイアという町まちがあった。

使徒27:14 ところが、まもなく島しまのほうから、「エウラキロン」と呼よばれる激はげしい暴風ぼうふうが吹ふきおろしてきた。

使徒28:1 わたしたちは無事ぶじに助たすかってから、その島しまがマルタと呼よばれていることを知しった。

ローマ人への手紙(4か所)

ローマ7:3 夫おっとが生いきている間あいだに、その妻つまがほかの男おとこのものになれば、彼女かのじょは不倫ふりんの女おんなと呼よばれる。でも夫おっとが死しねば、彼女かのじょはその律法りっぽうから解放かいほうされる。だから、ほかの男おとこのものになっても、不倫ふりんの女おんなにはならない。

ローマ9:7 アブラハムの子孫しそんだからといって、全員ぜんいんがその子こどもというわけではない。むしろ、「イサクから生うまれる者ものが、あなたの子孫しそんと呼よばれる」のである。

ローマ9:25 ホセア書しょにもこう書かいてある。「わたしは、わたしの民たみでなかった者ものを、わたしの民たみと呼よぶ。愛あいされなかった者ものを、愛あいされる者ものと呼よぶ。」

ローマ9:26 「あなたたちはわたしの民たみではない」と告つげられたその場所ばしょで、彼かれらは「生いきている神かみの子こら」と呼よばれるようになる。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一8:5 たとえ、天てんにでも地ちにでも、神々かみがみと呼よばれるものがあるとしても——実際じっさい、多おおくの神々かみがみ、多おおくの主しゅと呼よばれるものがいるわけだが——

コリント第一15:9 わたしは使徒しとたちの中なかでいちばん小ちいさな者ものだ。使徒しとと呼よばれる資格しかくもない。神かみの教会きょうかいを迫害はくがいしたのだから。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ1:21 すべての支配しはい、権威けんい、力ちから、主権しゅけんの上うえに、また、この世よだけでなく来きたるべき世よでも呼よばれるあらゆる名なの上うえに、キリストを高たかく置おかれたのだ。

エペソ2:11 だから、覚おぼえておいてほしい。あなたたちは生うまれからいえば、ユダヤ人じんではない。手てで体からだに印しるしを刻きざんだ人ひとたち、いわゆる「割礼かつれいのある者もの」から、「割礼かつれいのない者もの」と呼よばれていた。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ4:11 ユストと呼よばれるイエスもよろしくと言いっている。ユダヤ人じんの中なかで、神かみの国くにのためにいっしょに働はたらいてくれるのは、この人ひとたちだけだ。彼かれらはわたしの大おおきな支ささえになってくれた。

テサロニケ人への第二の手紙(1か所)

テサロニケ第二2:4 この者ものは、神かみと呼よばれるものや人ひとが拝おがむものすべてに反抗はんこうし、その上うえに自分じぶんを高たかくする。ついには神かみの神殿しんでんに座すわり込こみ、自分じぶんこそ神かみだと見みせつけるのだ。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一6:20 テモテよ、あなたにゆだねられたものを大切たいせつに守まもりなさい。俗ぞくっぽい無駄むだな議論ぎろんや、まちがって「知識ちしき」と呼よばれているものからの反論はんろんを避さけなさい。

ヘブル人への手紙(8か所)

ヘブル2:11 人ひとを聖せいなる者ものとする方かたも、聖せいなる者ものとされる人ひとたちも、みな同おなじひとりの方かたから出でている。だからイエスは、彼かれらを兄弟きょうだい姉妹しまいと呼よぶことを恥はじない。

ヘブル3:13 だから、「今日きょう」と呼よばれている間あいだ、毎日まいにち互たがいに励はげまし合あってほしい。あなたたちの中なかに、罪つみの巧たくみなごまかしにだまされて、心こころをかたくなにする者ものが出でないように。

ヘブル5:10 そして神かみから、メルキゼデクと同おなじ大だい祭司さいしと呼よばれたのだ。

ヘブル9:2 まず幕屋まくやが設もうけられ、その手前てまえの部屋へやには、燭台しょくだいと机つくえと、そこに供そなえられたパンが置おかれていた。この部屋へやは「聖せい所しょ」と呼よばれる。

ヘブル9:3 そして、二に枚まい目めの垂たれ幕まくの奥おくには、「最ももっとも聖せいなる場所ばしょ」と呼よばれる部屋へやがあった。

ヘブル11:16 でも実際じっさいには、彼かれらはもっとすばらしい故郷こきょう、つまり天てんにある故郷こきょうを憧あこがれていた。だから神かみは、彼かれらの神かみと呼よばれることを恥はじとされない。神かみが、彼かれらのために都みやこを用意よういしてくださったからだ。

ヘブル11:18 この息子むすこについては、「イサクから生うまれる者ものが、あなたの子孫しそんと呼よばれる」と言いわれていたのに。

ヘブル11:24 信仰しんこうによって、モーセは成長せいちょうすると、ファラオの娘むすめの息子むすこと呼よばれることを拒こばんだ。

ヤコブの手紙(3か所)

ヤコブ2:7 その金持かねもちたちこそ、あなたたちが呼よばれるときのあの尊とうとい名なを、悪わるく言いっているのではないか。

ヤコブ2:23 そして、「アブラハムは神かみを信しんじた。それが彼かれの義ぎと認みとめられた」という聖書せいしょのことばが実現じつげんし、彼かれは神かみの友ともと呼よばれた。

ヤコブ5:14 あなたたちの中なかで、病気びょうきの人ひとはいるか。その人ひとは教会きょうかいの長老ちょうろうたちを呼よびなさい。長老ちょうろうたちは主しゅの名なによってその人ひとにオリーブ油あぶらを塗ぬり、その人ひとのために祈いのってあげなさい。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:17 また、人ひとをえこひいきせず、それぞれの行おこないに応おうじて公平こうへいに裁さばく方かたを「父ちち」と呼よんでいるのなら、この地上ちじょうに仮かりに住すんでいる間あいだ、その方かたを畏おそれて生いきなさい。

ペテロ第一3:6 サラがアブラハムに従したがい、彼かれを「主人しゅじん」と呼よんだように。あなたたちも善ぜんを行おこない、どんなことにもおびえないなら、サラの子ことなるのだ。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一3:1 見みてほしい。父ちちがわたしたちに、どれほど大おおきな愛あいを注そそいでくれたことか。わたしたちは神かみの子こどもと呼よばれ、そして実際じっさいにそうなのだ。世よがわたしたちを知しらないのは、世よが父ちちを知しらなかったからだ。

ヨハネの黙示録(6か所)

黙示録11:8 彼かれらの死体したいは、大おおきな都みやこの大通おおどおりにさらされる。この都みやこは、たとえて言いえばソドムとかエジプトと呼よばれ、彼かれらの主しゅが十字じゅうじ架かにつけられた場所ばしょでもある。

黙示録12:9 こうして、あの巨大きょだいな竜りゅうは投なげ落おとされた。古ふるい蛇へび、悪魔あくまとかサタンとか呼よばれる者もの、全ぜん世界せかいを惑まどわす者ものである。竜りゅうは地上ちじょうへ投なげ落おとされ、その手下てしたの天使てんしたちも一緒いっしょに投なげ落おとされた。

黙示録16:16 そして、汚よごれた霊れいたちは、ヘブライ語ごでハルマゲドンと呼よばれる場所ばしょに王おうたちを集あつめた。

黙示録19:11 それから、わたしは天てんが開ひらかれているのを見みた。すると、白しろい馬うまが現あらわれた。それに乗のっている方かたは、「忠実ちゅうじつ」「真実しんじつ」と呼よばれ、義ぎをもって裁さばき、また戦たたかう。

黙示録19:13 また、彼かれは血ちに染そまった衣ころもをまとっていた。その名なは「神かみの言葉ことば」と呼よばれる。

黙示録20:2 天使てんしは、あの古ふるい蛇へびである竜りゅう、つまり悪魔あくまとかサタンと呼よばれるものを取とり押おさえ、千せん年ねんの間あいだつないでおいた。

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