ヘブル人への手紙 2章11節(ヘブル2:11)

11 人ひとを聖せいなる者ものとする方かたも、聖せいなる者ものとされる人ひとたちも、みな同おなじひとりの方かたから出でている。だからイエスは、彼かれらを兄弟きょうだい姉妹しまいと呼よぶことを恥はじない。

ヘブル2章全体を読む

この節の翻訳記録を見る(日常訳プロジェクト)

この節を含む箇所兄弟たちと同じようになられたイエスヘブル2:5-18

前後の聖句(2章9–13節)

9 でも、わたしたちが見みているのはイエスだ。天使てんしたちより少すこしの間あいだだけ低ひくいものとされたイエスが、死しの苦くるしみを受うけたことによって、今いまは栄光えいこうと誉ほまれの冠かんむりをかぶせられている。神かみの恵めぐみによって、すべての人ひとのために死しを味あじわうためだった。

10 すべてのものはこの神かみのために、またこの神かみによって存在そんざいする。その神かみが、多おおくの子こたちを栄光えいこうへと導みちびくために、彼かれらを救すくいへ導みちびく先駆せんく者しゃを苦くるしみを通とおして完全かんぜんな者ものとされた。それはふさわしいことだった。

11 人ひとを聖せいなる者ものとする方かたも、聖せいなる者ものとされる人ひとたちも、みな同おなじひとりの方かたから出でている。だからイエスは、彼かれらを兄弟きょうだい姉妹しまいと呼よぶことを恥はじない。

12 こう言いっている。「わたしはあなたの名なを、わたしの兄弟きょうだい姉妹しまいたちに告つげ知しらせる。人々ひとびとの集あつまりの中なかで、あなたをほめ歌ううたう。」

13 またこうも言いっている。「わたしはこの方かたに信頼しんらいを置おく。」さらにこう言いっている。「見みよ、わたしと、神かみがわたしに与あたえてくださった子こたちがここにいる。」

有名な聖句をもっと読む