「頼り」(たより)が出てくる聖書の箇所
「頼り」(たより)は日常訳第1版の41か所(旧約38・新約3)に出てきます。「たより」も含みます。口語訳では16か所。
創世記(1か所)
創世記45:7 神はわたしをあなたがたより先に送り出した。あなたがたの子孫をこの地に残し、大いなる救いによってあなたがたの命を助けて生き延びさせるためだ。
申命記(3か所)
申命記24:15 賃金はその日のうちに払いなさい。日が沈むまで持ち越してはならない。その人は貧しく、その賃金を頼りに生きているからだ。そうしないと、その人はあなたのことで主に訴え、あなたは罪を負うことになる。
申命記28:52 その国は、あなたの国じゅうのすべての町を攻め囲む。あなたが頼りにしていた高く堅固な城壁が崩れ落ちるまで。あなたの神、主が与えてくれた国じゅう、すべての町であなたを攻め囲む。
申命記32:37 そのとき主は言う。「彼らの神々はどこにいるのか。彼らが頼りにした岩はどこか。
列王紀下(5か所)
列王紀下7:17 王は、自分が頼りにしていた侍従に、門の管理を任せていた。ところが、その侍従は、門に押し寄せる民に踏みつけられて死んでしまった。王が神の人のところに下って行ったとき、神の人が告げていたとおりだった。
列王紀下18:20 戦いには作戦も力もある、とお前は言うが、それはただの口先だけの言葉だ。今、お前はいったい誰を頼りにして、わたしに逆らったのか。
列王紀下18:21 見ろ、お前が頼りにしているのは、あのエジプトだ。だがそれは、折れかけた葦の杖のようなものだ。それに寄りかかる者がいれば、葦は手に突き刺さって、貫いてしまう。エジプトの王ファラオは、頼る者みんなにとって、そういうものなのだ。
列王紀下18:22 それとも、「わたしたちは自分たちの神、主を頼りにしている」と言うつもりか。だがその主こそ、ヒゼキヤが高台の聖所と祭壇を取り払ってしまった相手ではないか。しかもヒゼキヤはユダとエルサレムの人々に、「エルサレムにあるこの祭壇の前でだけ拝め」と命じたのだ。
列王紀下19:10 「ユダの王ヒゼキヤにこう言え。お前が頼りにしている神にだまされるな。『エルサレムはアッシリアの王の手に渡されることはない』などという言葉を信じるな。
歴代志下(2か所)
歴代志下32:8 彼の側にあるのは、人間の力にすぎない。でもわたしたちの側には、わたしたちの神、主がついている。主がわたしたちを助け、わたしたちの戦いを戦ってくださる。」民は、ユダの王ヒゼキヤのこの言葉を頼りにした。
歴代志下32:10 「アッシリアの王センナケリブは、こう言う。お前たちは何を頼りにして、包囲されたエルサレムに閉じこもっているのか。
ヨブ記(5か所)
ヨブ記6:20 彼らはこの流れを頼りにして、来てみると失望した。
ヨブ記18:14 恐れの王のもとに。彼が頼りにしていたものは、住んでいた天幕から引き抜かれる。彼はその王のもとへと引き立てられていく。
ヨブ記31:21 もしわたしが、町の門で自分に味方する人たちがいるのを頼りにして、みなしごに手を上げたことがあるなら、
ヨブ記31:24 わたしがもし金を頼りにし、純金にお前こそわたしの安心だと言ったことがあるなら、
ヨブ記39:11 その力が強いからといって、あなたはこの動物を頼りにするだろうか。あなたの仕事をこの動物に任せるだろうか。
詩篇(4か所)
詩篇25:20 わたしの魂を守り、助け出してください。恥をかかせないでください。わたしはあなたを頼りにしているのですから。
詩篇33:16 王が大軍を頼りに勝つことはない。勇士がありあまる力で助かることもない。
詩篇40:4 幸いなのは、主を頼りにする人だ。高ぶる者たちや、偽りに走る者たちの方を向かない人だ。
詩篇147:10 主は馬の力を喜ばない。人の足の速さを頼りにすることもない。
箴言(1か所)
箴言28:26 自分の考えだけを頼りにする者は愚か者だ。でも、知恵をもって歩む人は救われる。
イザヤ書(9か所)
イザヤ書3:1 見よ、万軍の主なる主が、エルサレムとユダから、頼りとなる支えをことごとく取り去ろうとしている。パンという支えも、水という支えも、すべて。
イザヤ書19:3 エジプトの気力はその中で失われ、わたしは彼らの立てた計画をのみ尽くす。彼らは偶像や、死者の霊に語りかける者、口寄せ、占い師のところへ頼りに行く。
イザヤ書22:8 こうして、ユダを守るおおいは取り払われた。その日、あなたたちは「森の家」に蓄えた武器を頼りにした。
イザヤ書36:4 ラブ・シャケは彼らに言った。「ヒゼキヤにこう伝えよ。偉大な王、アッシリアの王がこう言われる。『お前がそんなに頼りにしているものは、いったい何なのか。
イザヤ書36:5 お前は「戦いには作戦も力もある」と言うが、そんなものはただの口先だけの言葉だ。今、お前はいったい誰を頼りにして、わたしに反逆したのか。
イザヤ書36:6 そう、お前が頼りにしているのは、あの折れかけた葦の杖、エジプトだ。人がそれに寄りかかれば、手に刺さって突き抜けてしまう。エジプトの王ファラオは、頼りにする者すべてにとって、まさにそういうものだ。
イザヤ書36:7 それとも、お前は「わたしたちは自分たちの神、主を頼りにしている」と言うのか。だが、その主こそ、ヒゼキヤが高台の聖所や祭壇を取り除き、ユダとエルサレムの人々に「この祭壇の前でひれ伏して礼拝せよ」と命じたときの、その神ではないか。
イザヤ書37:10 「ユダの王ヒゼキヤにこう伝えよ。『あなたが頼りにしている神が、〈エルサレムはアッシリアの王の手に渡されない〉と言って、あなたをだますことのないようにせよ。
イザヤ書47:10 あなたは自分の悪事を頼りにして、「だれもわたしを見ていない」と言った。あなたの知恵と知識が、あなたを迷わせた。そしてあなたは心の中で言った。「わたしがいる。わたしのほかにはだれもいない」と。
エレミヤ書(6か所)
エレミヤ書2:37 あなたはそこからも、両手を頭にのせて出て行くことになる。あなたが頼りにしたものを主が退けたので、それによっては何一つうまくいかないからだ。
エレミヤ書5:17 彼らはあなたの収穫とパンを食い尽くす。あなたの息子や娘が食べるはずのものを。彼らはあなたの羊や牛を食い尽くし、ぶどうやいちじくの木を食い荒らす。あなたが頼りにしている城壁の町々を、剣で打ち壊す。
エレミヤ書7:14 だからわたしは、わたしの名を持つこの家、あなたたちが頼りにしているこの家、そしてわたしがあなたたちと先祖に与えたこの場所に、シロにしたのと同じことをする。
エレミヤ書17:5 主はこう言われる。人間を頼りにし、人の腕を力とし、心が主から離れてしまう者は、のろわれる。
エレミヤ書17:7 でも、主を頼りにする人は幸せだ。主がその人の拠りどころとなる。
エレミヤ書48:13 そのときモアブは、自分の神ケモシュを恥じる。イスラエルの民が、頼りにしていたベテルの神を恥じたのと同じように。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書29:16 エジプトは、もう二度とイスラエルの人々が頼りにする相手ではなくなる。かつてイスラエルはエジプトに頼ろうと振り向いたが、それは自分たちの罪を思い起こさせるものだった。こうして彼らは、わたしが主なる神であることを知る。」
ホセア書(1か所)
ホセア書10:13 あなたがたは悪を耕し、不義を刈り取り、偽りの実を食べてきた。それは自分の力を頼りにし、大勢の兵士を頼りにしたからだ。
マタイによる福音書(2か所)
マタイ5:12 喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いが用意されているから。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのだ。
マタイ27:43 神を頼りにしているのだから、その神が助けたいと思うなら、今、助ければいい。あの男は『わたしは神の子だ』と言っていたのだから」
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一6:17 今のこの世で富んでいる人たちに命じなさい。思い上がってはいけない。頼りにならない富にではなく、わたしたちが楽しめるように、すべてのものを豊かに与えてくださる神に望みを置きなさい、と。