「闇」(やみ)が出てくる聖書の箇所
「闇」(やみ)は口語訳の69か所(旧約44・新約25)に出てきます。日常訳第1版では88か所。
創世記(5か所)
創世記1:2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
創世記1:4 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
創世記1:5 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
創世記1:18 昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。
創世記46:10 シメオンの子らはエムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ゾハル及びカナンの女の産んだ子シャウル。
出エジプト記(4か所)
出エジプト6:15 シメオンの子らはエムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ゾハル、およびカナンの女から生れたシャウルで、これらはシメオンの一族である。
出エジプト9:29 モーセは彼に言った、「わたしは町を出ると、すぐ、主にむかってわたしの手を伸べひろげます。すると雷はやみ、雹はもはや降らなくなり、あなたは、地が主のものであることを知られましょう。
出エジプト9:33 モーセはパロのもとを去り、町を出て、主にむかって手を伸べひろげたので、雷と雹はやみ、雨は地に降らなくなった。
出エジプト14:20 エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれと近づくことなく、夜がすぎた。
民数記(1か所)
民数記26:12 シメオンの子孫は、その氏族によれば、ネムエルからネムエルびとの氏族が出、ヤミンからヤミンびとの氏族が出、ヤキンからヤキンびとの氏族が出、
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記5:12 その地の穀物を食べた翌日から、マナの降ることはやみ、イスラエルの人々は、もはやマナを獲なかった。その年はカナンの地の産物を食べた。
サムエル記下(2か所)
サムエル第二22:12 彼はその周囲に幕屋として、やみと濃き雲と水の集まりとを置かれた。
サムエル第二22:29 まことに、主よ、あなたはわたしのともし火、わが神はわたしのやみを照される。
歴代志上(2か所)
歴代志上2:27 エラメルの長子ラムの子らはマアツ、ヤミン、エケルである。
歴代志上4:24 シメオンの子らはネムエル、ヤミン、ヤリブ、ゼラ、シャウル。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記8:7 エシュア、バニ、セレビヤ、ヤミン、アックブ、シャベタイ、ホデヤ、マアセヤ、ケリタ、アザリヤ、ヨザバデ、ハナン、ペラヤおよびレビびとたちは民に律法を悟らせた。民はその所に立っていた。
ヨブ記(8か所)
ヨブ記3:5 やみと暗黒がこれを取りもどすように。雲が、その上にとどまるように。日を暗くする者が、これを脅かすように。
ヨブ記5:14 彼らは昼も、やみに会い、真昼にも、夜のように手探りする。
ヨブ記10:22 これは暗き地で、やみにひとしく、暗黒で秩序なく、光もやみのようだ」。
ヨブ記16:16 わたしの顔は泣いて赤くなり、わたしのまぶたには深いやみがある。
ヨブ記18:18 彼は光からやみに追いやられ、世の中から追い出される。
ヨブ記23:17 わたしは、やみによって閉じこめられ、暗黒がわたしの顔をおおっている。
ヨブ記26:10 水のおもてに円を描いて、光とやみとの境とされた。
ヨブ記30:26 しかしわたしが幸を望んだのに災が来た。光を待ち望んだのにやみが来た。
詩篇(6か所)
詩篇18:11 やみをおおいとして、自分のまわりに置き、水を含んだ暗い濃き雲をその幕屋とされました。
詩篇18:28 あなたはわたしのともしびをともし、わが神、主はわたしのやみを照されます。
詩篇107:10 暗黒と深いやみの中にいる者、苦しみと、くろがねに縛られた者、
詩篇107:14 暗黒と深いやみから彼らを導き出して、そのかせをこわされた。
詩篇139:11 「やみはわたしをおおい、わたしを囲む光は夜となれ」とわたしが言っても、
詩篇139:12 あなたには、やみも暗くはなく、夜も昼のように輝きます。あなたには、やみも光も異なることはありません。
イザヤ書(8か所)
イザヤ書8:22 また地を見ると、見よ、悩みと暗きと、苦しみのやみとがあり、彼らは暗黒に追いやられる。
イザヤ書9:1 しかし、苦しみにあった地にも、やみがなくなる。さきにはゼブルンの地、ナフタリの地にはずかしめを与えられたが、後には海に至る道、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤに光栄を与えられる。
イザヤ書10:25 ただしばらくして、わが憤りはやみ、わが怒りは彼らを滅ぼすからである。
イザヤ書17:3 エフライムのとりではすたり、ダマスコの主権はやみ、スリヤの残れる者は、イスラエルの子らの栄光のように消えうせると万軍の主は言われる。
イザヤ書24:8 鼓の音は静まり、喜ぶ者の騒ぎはやみ、琴の音もまた静まった。
イザヤ書58:10 飢えた者にあなたのパンを施し、苦しむ者の願いを満ち足らせるならば、あなたの光は暗きに輝き、あなたのやみは真昼のようになる。
イザヤ書59:9 それゆえ、公平は遠くわれわれを離れ、正義はわれわれに追いつかない。われわれは光を望んでも、暗きを見、輝きを望んでも、やみを行く。
イザヤ書60:2 見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書13:16 主がまだやみを起されないうちに、またあなたがたの足が薄暗がりの山につまずかないうちに、あなたがたの神、主に栄光を帰せよ。さもないと、あなたがたが光を望んでいる間に、主はそれを暗黒に変え、それを暗やみとされるからである。
哀歌(1か所)
哀歌5:15 われわれの心の喜びはやみ、踊りは悲しみに変り、
エゼキエル書(4か所)
エゼキエル書12:6 あなたは彼らの目の前でその荷物を肩に負い、やみのうちにそれを運び出せ。あなたの顔をおおって地を見るな。わたしはあなたをしるしとなして、イスラエルの家に示すのだ」。
エゼキエル書12:7 そこでわたしは命じられたようにし、捕囚の荷物のような荷物を昼のうちに持ち出し、夕べにはわたしの手で壁に穴をあけ、やみのうちに彼らの目の前で、これを肩に負って運び出した。
エゼキエル書12:12 彼らのうちの君は、やみのうちにその荷物を肩に載せて出て行く。彼は壁に穴をあけて、そこから出て行く。彼は顔をおおって、自分の目でこの地を見ない。
エゼキエル書32:8 わたしは空の輝く光を、ことごとくあなたの上に暗くし、あなたの国をやみとすると主なる神は言う。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ8:12 この国の子らは外のやみに追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう」。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ22:53 毎日あなたがたと一緒に宮にいた時には、わたしに手をかけなかった。だが、今はあなたがたの時、また、やみの支配の時である」。
ヨハネによる福音書(5か所)
ヨハネ1:5 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。
ヨハネ3:19 そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。
ヨハネ8:12 イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。
ヨハネ12:35 そこでイエスは彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにある。光がある間に歩いて、やみに追いつかれないようにしなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこへ行くのかわかっていない。
ヨハネ12:46 わたしは光としてこの世にきた。それは、わたしを信じる者が、やみのうちにとどまらないようになるためである。
使徒行伝(3か所)
使徒2:20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、日はやみに月は血に変るであろう。
使徒13:11 見よ、主のみ手がおまえの上に及んでいる。おまえは盲になって、当分、日の光が見えなくなるのだ」。たちまち、かすみとやみとが彼にかかったため、彼は手さぐりしながら、手を引いてくれる人を捜しまわった。
使徒26:18 それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである』。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ2:19-20 さらに、知識と真理とが律法の中に形をとっているとして、自ら盲人の手引き、やみにおる者の光、愚かな者の導き手、幼な子の教師をもって任じているのなら、
ローマ13:12 夜はふけ、日が近づいている。それだから、わたしたちは、やみのわざを捨てて、光の武具を着けようではないか。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一13:8 愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二4:6 「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。
コリント第二6:14 不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。
エペソ人への手紙(3か所)
エペソ5:8 あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。光の子らしく歩きなさい――
エペソ5:11 実を結ばないやみのわざに加わらないで、むしろ、それを指摘してやりなさい。
エペソ6:12 わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ1:13 神は、わたしたちをやみの力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一5:5 あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。
ヨハネの第一の手紙(4か所)
ヨハネ第一1:6 神と交わりをしていると言いながら、もし、やみの中を歩いているなら、わたしたちは偽っているのであって、真理を行っているのではない。
ヨハネ第一2:8 しかも、新しい戒めを、あなたがたに書きおくるのである。そして、それは、彼にとってもあなたがたにとっても、真理なのである。なぜなら、やみは過ぎ去り、まことの光がすでに輝いているからである。
ヨハネ第一2:9 「光の中にいる」と言いながら、その兄弟を憎む者は、今なお、やみの中にいるのである。
ヨハネ第一2:11 兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩くのであって、自分ではどこへ行くのかわからない。やみが彼の目を見えなくしたからである。
ユダの手紙(1か所)
ユダ1:13 自分の恥をあわにして出す海の荒波、さまよう星である。彼らには、まっくらなやみが永久に用意されている。