「東側」(ひがしがわ)が出てくる聖書の箇所

「東側」(ひがしがわ)は日常訳第1版の53か所(旧約53・新約0)に出てきます。口語訳では7か所。

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出エジプト記(2か所)

出エジプト27:13 庭にわの東側ひがしがわ、日ひの昇のぼる方ほうの幅はばは五十ごじゅうキュビトにする。

出エジプト38:13 東側ひがしがわ、つまり日ひの出でる方かたは、幅はば五十ごじゅうキュビトである。

レビ記(2か所)

レビ記1:16 そのう と羽はねは取とり除のぞき、祭壇さいだんの東側ひがしがわ、灰はいを捨すてる場所ばしょに投なげ捨すてる。

レビ記16:14 彼かれは雄牛おうしの血ちを取とり、指ゆびで贖あがないの座ざの東側ひがしがわの面めんに振ふりかける。また、贖あがないの座ざの前まえに、指ゆびで七なな回かいその血ちを振ふりかける。

民数記(9か所)

民数記2:3 東側ひがしがわ、日ひの昇のぼる方かたに宿営しゅくえいするのは、ユダの宿営しゅくえいの旗はたのもとにある部隊ぶたいごとの人々ひとびとである。ユダ族ぞくの長ちょうはアミナダブの子こナフション。

民数記3:38 幕屋まくやの前まえ、東側ひがしがわ、つまり会見かいけんの天幕てんまくの前まえの東側ひがしがわに宿営しゅくえいするのは、モーセとアロン、そしてアロンの子こたちだった。彼かれらはイスラエルの人々ひとびとに代かわって聖せい所しょを守まもる務つとめを担になった。そこに近ちかづく資格しかくのない者ものは、だれでも殺ころされることになっていた。

民数記10:5 警報けいほうの吹ふき方かたをすると、東側ひがしがわに宿営しゅくえいしている人ひとたちが出発しゅっぱつする。

民数記21:11 彼かれらはオボトを出発しゅっぱつし、モアブの東側ひがしがわ、日ひの昇のぼる方角ほうがくにある荒あれ野のの、イエ・アバリムに宿営しゅくえいした。

民数記22:1 イスラエルの人々ひとびとは旅たびを続つづけて、モアブの平野へいやに宿営しゅくえいした。そこはヨルダン川かわの東側ひがしがわで、エリコの向むかい側がわにあたる。

民数記34:11 境界きょうかい線せんはシェファムから、アインの東側ひがしがわにあるリブラへ下くだる。さらに下くだって、キネレト湖この東ひがしの斜面しゃめんに達たっする。

民数記34:15 この二ふたつの部族ぶぞくと半分はんぶんの部族ぶぞくは、エリコの向むかい、ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、日ひの昇のぼる方角ほうがくで、自分じぶんたちの受うけ継つぐ地ちを受うけ取とった。」

民数記35:5 さらに町まちの外そとを測はかりなさい。東側ひがしがわを二千にせんキュビト、南側みなみがわを二千にせんキュビト、西側にしがわを二千にせんキュビト、北側きたがわを二千にせんキュビトとし、町まちをその真まん中なかに置おく。これがレビ族ぞくの町々まちまちの放牧ほうぼく地ちとなる。

民数記35:14 三みっつの町まちはヨルダン川かわの東側ひがしがわに、もう三みっつの町まちはカナンの地ちに用意よういしなさい。これらが避難ひなんの町まちとなる。

申命記(8か所)

申命記1:1 これは、モーセがヨルダン川かわの東側ひがしがわで、イスラエルのすべての人ひとに語かたった言葉ことばである。荒あれ野の、スフの向むかいのアラバでのこと、パランとトフェル、ラバン、ハツェロト、ディ・ザハブの間あいだでのことだった。

申命記1:5 ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、モアブの地ちで、モーセはこの教おしえを説とき明あかし始はじめた。こう言いった。

申命記3:8 こうしてそのとき、わたしたちはヨルダン川かわの東側ひがしがわにいた二人ふたりのアモリ人にんの王おうの手てから、その地ちを奪うばい取とった。アルノン川かわからヘルモン山やままでの地ちである。

申命記3:17 さらに、アラバの低地ていちとヨルダン川かわも与あたえた。ヨルダン川かわが境界きょうかいで、キネレテから、アラバの海うみ、つまり塩しおの海うみまで、東側ひがしがわのピスガの山やまのふもとに至いたる一帯いったいだ。

申命記4:41 それからモーセは、ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、日ひの昇のぼるほうに、三みっつの町まちを選えらび分わけた。

申命記4:46 それは、ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、ベト・ペオルに向むかい合あった谷たにでのことだった。そこはヘシュボンに住すんでいたアモリ人にんの王おうシホンの地ちだった。モーセとイスラエルの人々ひとびとは、エジプトを出でたあと、この王おうを打うち破やぶった。

申命記4:47 そして、彼かれらはシホンの地ちと、バシャンの王おうオグの地ちを自分じぶんたちのものとした。この二人ふたりはアモリ人にんの王おうで、ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、日ひの昇のぼるほうにいた。

申命記4:49 ヨルダン川かわの東側ひがしがわにある平地へいちすべて、ピスガの山やまのふもとにあるアラバの海うみまでを含ふくんでいた。

ヨシュア記(14か所)

ヨシュア記1:14 あなたたちの妻つまや子こどもたち、家畜かちくは、モーセがヨルダン川かわの東側ひがしがわであなたたちに与あたえたこの地ちにとどまっていてよい。でも、戦たたかえる者ものはみな武装ぶそうして、兄弟きょうだいたちの先頭せんとうに立たって川かわを渡わたり、彼かれらを助たすけなさい。

ヨシュア記1:15 主しゅが、あなたたちと同おなじように兄弟きょうだいたちにも安やすらぎを与あたえ、彼かれらも、あなたたちの神かみ、主しゅが与あたえようとしている地ちを受うけ継つぐ。そのときまでだ。それがすんだら、あなたたちは自分じぶんの受うけ継ついだ地ちに帰かえってよい。それは、主しゅに仕つかえたモーセが、ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、日ひの昇のぼるほうであなたたちに与あたえた地ちだ。」

ヨシュア記12:1 イスラエルの人々ひとびとが討うち取とり、その地ちを手てに入いれた王おうたちは、次つぎのとおりである。ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、日ひの昇のぼる方ほうの地ちで、アルノン川かわから北きたのヘルモン山やままで、そして東側ひがしがわのアラバ全域ぜんいきである。

ヨシュア記12:3 さらに東側ひがしがわは、アラバから、東ひがしのキンネレテの海うみまで、また東ひがしのアラバの海うみ、すなわち塩しおの海うみまで、ベテ・エシモテへの道沿みちぞいの一帯いったい、そして南みなみはピスガのふもとまでを治おさめていた。

ヨシュア記13:5 さらにゲバル人にんの地ちと、東側ひがしがわのレバノン全体ぜんたい。ヘルモン山やまのふもとのバアル・ガドから、ハマトの入いり口ぐちまで。

ヨシュア記13:8 マナセの残のこり半分はんぶんの部族ぶぞくとともに、ルベン族ぞくとガド族ぞくは、すでに相続そうぞく地ちを受うけ取とっていた。それは、ヨルダン川かわの東側ひがしがわでモーセが彼かれらに与あたえた土地とちであり、主しゅのしもべモーセが与あたえたとおりである。

ヨシュア記13:27 そして谷たににあるベテ・ハラム、ベテ・ニムラ、スコト、ツァフォン、すなわちヘシュボンの王おうシホンの王国おうこくの残のこりの部分ぶぶんである。ヨルダン川かわがその境界きょうかいで、ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、キネレトの湖みずうみの端はしまでを含ふくんでいた。

ヨシュア記13:32 以上いじょうが、モーセがヨルダン川かわの東側ひがしがわ、エリコの向むかいにあるモアブの平野へいやで、相続そうぞく地ちとして分わけ与あたえたものである。

ヨシュア記14:3 というのも、二ふたつの部族ぶぞくと半はん部族ぶぞくには、モーセがすでにヨルダン川かわの東側ひがしがわで相続そうぞく地ちを与あたえていたからである。しかしレビ族ぞくには、彼かれらの間あいだに相続そうぞく地ちを与あたえなかった。

ヨシュア記16:1 ヨセフの子孫しそんが受うけ取とる土地とちも、くじで決きめられた。その境界きょうかいは、エリコのそばのヨルダン川かわから始はじまる。エリコの水みずの東側ひがしがわを通とおり、エリコから上のぼって荒あれ野のを抜ぬけ、ベテルの山地さんちへと続つづく。

ヨシュア記16:5 エフライムの子孫しそんが氏族しぞくごとに受うけ取とった土地とちの境界きょうかいは、次つぎのとおり。東側ひがしがわの境界きょうかいは、アタロト・アダルから上うえベト・ホロンまで。

ヨシュア記16:6 その境界きょうかいは、西にしの地中ちちゅう海かいへと延のびていく。北側きたがわにはミクメタトがある。境界きょうかいはそこから東ひがしへ折おれ、タアナト・シロに至いたり、その東側ひがしがわを通とおってヤノアハへと続つづく。

ヨシュア記18:20 東側ひがしがわは、ヨルダン川かわが境界きょうかいとなっていた。これが、ベニヤミンの人々ひとびとが氏族しぞくごとに受うけ継ついだ領地りょうちで、その周まわりをぐるりと囲かこむ境界きょうかいだった。

ヨシュア記20:8 また、ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、エリコの向むこう側がわでは、ルベン族ぞくの地ちから荒あれ野のの高原こうげんにあるベツェルを、ガド族ぞくの地ちからギレアドのラモトを、マナセ族ぞくの地ちからバシャンのゴランを定さだめた。

士師記(1か所)

士師記11:18 それからイスラエルは荒あれ野のを進すすみ、エドムの地ちとモアブの地ちを回まわり込こんで、モアブの地ちの東側ひがしがわにやって来きた。そしてアルノン川かわの向むこう側がわに宿営しゅくえいした。モアブの領内りょうないには入はいらなかった。アルノン川かわがモアブの境さかいだったからだ。

列王紀下(1か所)

列王紀下10:33 ヨルダン川かわの東側ひがしがわ、ギレアドの全土ぜんどがその手てに落おちた。ガド族ぞく、ルベン族ぞく、マナセ族ぞくの地ち、アルノン川かわのほとりのアロエルから、ギレアドとバシャンにいたるまでだった。

歴代志上(3か所)

歴代志上4:39 彼かれらは羊ひつじの群むれのために牧草ぼくそう地ちを探さがして、ゲドルの入口いりぐちへ向むかい、谷たにの東側ひがしがわまで進すすんだ。

歴代志上5:10 またサウルの時代じだいに、彼かれらはハガル人にんと戦たたかって勝かった。ハガル人にんは彼かれらの手てにかかって倒たおれた。こうして彼かれらはギレアデの東側ひがしがわ一帯いったいで、ハガル人にんの天幕てんまくに住すむようになった。

歴代志上6:78 エリコに近ちかいヨルダン川かわの向むこう側がわ、つまりヨルダン川かわの東側ひがしがわでは、ルベンの部族ぶぞくの中なかから、荒野こうやにあるベツェルとその放牧ほうぼく地ち、ヤハツとその放牧ほうぼく地ち、

歴代志下(1か所)

歴代志下5:12 歌うたい手てであるレビ人びと、アサフ、ヘマン、エドトンと、その子こたちや兄弟きょうだいたちはみな、白しろい亜あ麻布まふをまとい、シンバルや竪琴たてごとや琴ことを手てにして、祭壇さいだんの東側ひがしがわに立たっていた。彼かれらとともに、ラッパを吹ふく祭司さいしが百ひゃく二十にじゅう人にんいた。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記3:26 神殿しんでんに仕つかえる人々ひとびとはオフェルに住すんでいて、東側ひがしがわにある水みずの門もんの向むかい、そして突つき出だした塔とうのところまでを受うけ持もった。

エゼキエル書(10か所)

エゼキエル書40:19 彼かれは下したの門もんの前面ぜんめんから、内側うちがわの庭にわの前面ぜんめんまでの幅はばを、外側そとがわで測はかった。東側ひがしがわも北側きたがわも、百ひゃくキュビトあった。

エゼキエル書41:14 神殿しんでんの正面しょうめんと、東側ひがしがわの空あき地ちを合あわせた幅はばも、百ひゃくキュビトだった。

エゼキエル書42:9 これらの部屋へやの下したには、東側ひがしがわから入はいる入口いりぐちがあった。外庭そとにわからこの部屋へやに入はいるための通路つうろである。

エゼキエル書42:10 東側ひがしがわでは、庭にわの塀へいの厚あつみの中なかに、部屋へやが並ならんでいた。神殿しんでんの空あき地ちに面めんし、北側きたがわの建物たてものにも面めんしていた。

エゼキエル書42:16 東側ひがしがわを測はかりざおで測はかると、測はかりざおで五百ごひゃくさおあった。

エゼキエル書45:7 君主くんしゅには、聖せいなるささげ物ものの地ちと町まちの所有しょゆう地ちの両側りょうがわの土地とちを与あたえる。それは聖せいなる地ちと町まちの地ちに接せっし、西側にしがわは西にしの端はしまで、東側ひがしがわは東ひがしの端はしまで伸のびる。その長ながさは、部族ぶぞくの割わり当あて地ちの一ひとつと同おなじで、西にしの境界きょうかいから東ひがしの境界きょうかいにまで及およぶ。

エゼキエル書47:18 東側ひがしがわは、ハウランとダマスコの間あいだ、そしてギルアデとイスラエルの地ちの間あいだを流ながれるヨルダン川かわに沿そって、その境界きょうかいから東ひがしの海うみまで測はかる。これが東側ひがしがわだ。

エゼキエル書48:10 この聖せいなる区画くかくは、次つぎの人ひとたち、つまり祭司さいしたちのものになる。北側きたがわは二に万まん五千ごせんキュビト、西側にしがわは幅はば一いち万まんキュビト、東側ひがしがわは幅はば一いち万まんキュビト、南側みなみがわは長ながさ二に万まん五千ごせんキュビトだ。その真まん中なかに主しゅの聖せい所しょを置おく。

エゼキエル書48:16 町まちの広ひろさは次つぎのとおりだ。北側きたがわは四千よんせん五百ごひゃくキュビト、南側みなみがわは四千よんせん五百ごひゃくキュビト、東側ひがしがわは四千よんせん五百ごひゃくキュビト、西側にしがわは四千よんせん五百ごひゃくキュビトだ。

エゼキエル書48:32 東側ひがしがわは四千よんせん五百ごひゃくキュビトで、門もんが三みっつある。ヨセフの門もんが一ひとつ、ベニヤミンの門もんが一ひとつ、ダンの門もんが一ひとつ。

ヨナ書(1か所)

ヨナ書4:5 ヨナは町まちを出でて、町まちの東側ひがしがわに座すわった。そこに自分じぶんのための小屋こやを作つくり、その日陰ひかげに座すわって、町まちがどうなるかを見届みとどけようとした。

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