「人間」(にんげん)が出てくる聖書の箇所

「人間」(にんげん)は日常訳第1版の106か所(旧約51・新約55)に出てきます。口語訳では80か所。

口語訳で読む · 語句検索で探す

申命記(1か所)

申命記20:19 ある町まちを攻せめ落おとそうと、長ながい間あいだ包囲ほういして戦たたかうときは、そこの木きを切きり倒たおしてはならない。斧おのを向むけてはいけない。その実みはあなたが食たべられるのだから、切きり倒たおすな。野のの木きが人間にんげんのように、あなたの前まえで包囲ほういされるわけではないのだ。

士師記(3か所)

士師記16:7 サムソンは答こたえた。「まだ乾かわいていない新あたらしい弓ゆみの弦げんを七なな本ぽん持もってきて、それでわたしを縛しばれば、わたしは弱よわくなって、ほかのだれとも変かわらない普通ふつうの人間にんげんになるよ。」

士師記16:11 サムソンは答こたえた。「まだ一いち度ども使つかっていない新あたらしい綱つなでしっかり縛しばれば、わたしは弱よわくなって、ほかのだれとも変かわらない普通ふつうの人間にんげんになるよ。」

士師記16:17 とうとうサムソンは、心こころのうちをすべて打うち明あけた。「わたしの頭あたまには一いち度どもかみそりが当あてられたことがない。わたしは母ははの胎はらにいたときから、神かみにささげられた特別とくべつな者ものだからだ。もし髪かみをそり落おとされたら、わたしの力ちからは抜ぬけてしまう。そうなればわたしは弱よわくなって、ほかのだれとも変かわらない普通ふつうの人間にんげんになってしまう。」

歴代志下(1か所)

歴代志下32:8 彼かれの側がわにあるのは、人間にんげんの力ちからにすぎない。でもわたしたちの側がわには、わたしたちの神かみ、主しゅがついている。主しゅがわたしたちを助たすけ、わたしたちの戦たたかいを戦たたかってくださる。」民たみは、ユダの王おうヒゼキヤのこの言葉ことばを頼たよりにした。

ヨブ記(11か所)

ヨブ記3:23 わたしはなぜ、道みちを閉とざされ、神かみに周まわりを囲かこまれた人間にんげんに、光ひかりが与あたえられるのか。

ヨブ記9:32 神かみはわたしのような人間にんげんではない。だから、わたしは反論はんろんできないし、二人ふたりでいっしょに裁さばきの場ばに立たつこともできない。

ヨブ記11:11 彼かれは偽いつわりの人間にんげんを見抜みぬいておられる。悪あくを見みのがすことは決けっしてない。

ヨブ記11:12 中身なかみのない人間にんげんが賢かしこくなるなんて、野のろばの子こが人ひととして生うまれるようなものだ。

ヨブ記12:2 ヨブは答こたえた。「たしかに、あなたたちこそ人間にんげんだ。知恵ちえはあなたたちと一緒いっしょに死しぬのだろう。

ヨブ記12:4 わたしは神かみに呼よびかけ、答こたえてもらえた者ものだ。それなのに、友ともだちの笑わらいものになっている。正ただしく、非ひのうちどころのない人間にんげんが、笑わらいものにされているんだ。

ヨブ記15:7 あなたは最初さいしょに生うまれた人間にんげんなのか。丘おかよりも先さきに生うまれたのか。

ヨブ記15:16 まして、憎にくむべき汚よごれた者もの、水みずのように不正ふせいを飲のむ人間にんげんはどうなのか。

ヨブ記25:4 わたしたち人間にんげんが、どうして神かみの前まえで正ただしいと認みとめられるだろうか。女おんなから生うまれた者ものが、どうして清きよくいられるだろうか。

ヨブ記25:6 うじ虫むしのような人間にんげん、虫むしけらのような人ひとの子こなら、なおさらだ。

ヨブ記35:8 あなたの悪あくはあなたのような人間にんげんに関かかわり、あなたの正ただしさもまた人ひとの子こに関かかわるだけだ。

詩篇(7か所)

詩篇9:19 主しゅよ、立たち上あがってください。人間にんげんに思おもい上あがらせないでください。あなたの前まえで、すべての国くにが裁さばかれますように。

詩篇9:20 主しゅよ、彼かれらに恐おそれを起おこさせてください。人間にんげんにすぎないと、諸国しょこくの民たみに思おもい知しらせてください。セラ

詩篇22:6 わたしは虫むしけらだ。人間にんげんではない。みんなにののしられ、見下みくだされている。

詩篇56:4 神かみによって、わたしはその言葉ことばをたたえる。神かみに信頼しんらいしているから、わたしは恐おそれない。ただの人間にんげんに、わたしをどうすることができるだろう。

詩篇78:39 神かみは、彼かれらがただの人間にんげんにすぎないことを思おもい出だした。過すぎ去さってもう二に度どと戻もどらない風かぜのような存在そんざいなのだと。

詩篇82:7 でも、あなたたちは人間にんげんとして死しに、ひとりの支配しはい者しゃのように倒たおれる。

詩篇144:3 主しゅよ、人間にんげんとはいったい何なんなのか。あなたはそれを気きにかけてくださる。人ひとの子ことは何なんなのか。あなたはそれを心こころに留とめてくださる。

伝道の書(2か所)

伝道の書1:13 わたしは知恵ちえを使つかって、天てんの下もとで行おこなわれるすべてのことを調しらべ、探さぐろうと心こころを決きめた。それは、神かみが人間にんげんに与あたえた、つらい務つとめだ。

伝道の書2:3 わたしは心こころの中なかであれこれ考かんがえた。知恵ちえは手放てばなさないようにしながら、酒さけで自分じぶんを元気げんきづけてみよう、愚おろかさにも手てを出だしてみよう、と。人間にんげんが、短みじかい一生いっしょうの間あいだに、天てんの下もとで何なんをするのが良よいのかを見みきわめるまで。

イザヤ書(8か所)

イザヤ書2:22 もう人間にんげんに頼たよるのはやめなさい。鼻はなで息いきをしているだけの存在そんざいに。そんな人ひとに、いったいどれほどの値打ねうちがあるだろう。

イザヤ書13:12 わたしは人ひとを、純金じゅんきんよりもまれな存在そんざいとし、人間にんげんを、オフィルの金かねよりも得えがたいものとする。

イザヤ書31:3 エジプト人じんはただの人間にんげんであって、神かみではない。彼かれらの馬うまも肉にくにすぎず、霊れいではない。主しゅが手てを伸のばせば、助たすける者ものはつまずき、助たすけられる者ものは倒たおれ、みな一緒いっしょに滅ほろびてしまう。

イザヤ書31:8 アッシリアは剣けんに倒たおれる。でも、それは人ひとの剣けんではない。人間にんげんのものではない剣けんが、彼かれを飲のみ込こむ。彼かれは剣けんの前まえから逃にげ出だし、その若者わかものたちは強制きょうせい労働ろうどうにつかされる。

イザヤ書44:11 見みよ、その仲間なかまはみな恥はじをかく。職人しょくにんたちも、しょせんただの人間にんげんだ。彼かれらがみな集あつまって立たってみても、おびえて、いっしょに恥はじをかくだけだ。

イザヤ書44:13 木きを削けずる職人しょくにんは、ものさしを当あてて線せんを引ひき、とがった道具どうぐで形かたちをしるし、かんなで削けずり、コンパスで印しるしをつける。そうして人ひとの姿すがたに、美うつくしい人間にんげんの形かたちに彫ほり上あげ、家いえに置おくために造つくる。

イザヤ書51:12 わたしこそ、あなたを慰なぐさめる者ものだ。それなのに、あなたは何者なにものなのか。死しぬべき人間にんげんを恐おそれ、草くさにすぎない人ひとの子こにおびえるとは。

イザヤ書58:7 それは、飢うえている人ひとに自分じぶんのパンを分わけ、住すむ場所ばしょのない貧まずしい人ひとを家いえに迎むかえ入いれることではないか。裸はだかの人ひとを見みたら服ふくを着きせ、同おなじ人間にんげんから目めをそむけないことだ。

エレミヤ書(2か所)

エレミヤ書16:20 人間にんげんが自分じぶんのために神かみを造つくれるだろうか。そんなものは神かみではないのに。

エレミヤ書17:5 主しゅはこう言いわれる。人間にんげんを頼たよりにし、人ひとの腕うでを力ちからとし、心こころが主しゅから離はなれてしまう者ものは、のろわれる。

哀歌(1か所)

哀歌3:39 生いきている人間にんげんが、どうして不平ふへいを言いえるだろう。自分じぶんの罪つみの報むくいを受うけているだけなのに。

エゼキエル書(6か所)

エゼキエル書1:5 その火ひの中なかに、四よんつの生いき物もののようなものがいた。その姿すがたは人間にんげんに似にていた。

エゼキエル書1:8 四よんつの側面そくめんには、翼つばさの下したから人間にんげんの手てが出でていた。四よんつの生いき物ものには、みな顔かおと翼つばさがあった。

エゼキエル書1:10 顔かおの形かたちはこうだった。四よんつとも、人間にんげんの顔かおがあり、右側みぎがわには獅子ししの顔かお、左側ひだりがわには牛うしの顔かお、そして鷲わしの顔かおがあった。

エゼキエル書10:8 ケルビムの翼つばさの下したには、人間にんげんの手てのような形かたちのものが見みえた。

エゼキエル書27:13 ヤワン、トバル、メシェクも、お前まえと商売しょうばいをした。彼かれらは人間にんげんそのものと青銅せいどうの器うつわを差さし出だして、お前まえの商品しょうひんを手てに入いれた。

エゼキエル書28:9 それでもお前まえは、自分じぶんを殺ころす者ものの前まえで「わたしは神かみだ」と言いえるのか。お前まえを殺ころす者ものの手てにかかれば、お前まえは神かみではなく、ただの人間にんげんにすぎない。

ダニエル書(7か所)

ダニエル書4:16 『その心こころは人間にんげんのものから変かえられ、代かわりに獣けものの心こころが与あたえられる。そして七ななつの時ときが、その者ものの上うえを過すぎ去さる。

ダニエル書4:17 この宣告せんこくは、見張みはりをする者ものたちが決きめたこと。この求もとめは、聖せいなる者ものたちの言葉ことばによる。それは、いと高たかき方かたこそが人間にんげんの国くにを支配しはいし、思おもいのままに誰だれにでもそれをお与あたえになり、最ももっとも低ひくい者ものさえもその上うえに立たてられることを、生いきているすべての者ものが知しるためだ。』

ダニエル書4:25 あなたは人々ひとびとの中なかから追おい出だされ、野のの獣けものたちと一緒いっしょに暮くらすことになります。牛うしのように草くさを食たべさせられ、天てんからの露ろに濡ぬらされます。そして七ななつの時ときが、あなたの上うえを過すぎ去さります。それは、いと高たかき方かたこそが人間にんげんの国くにを支配しはいし、思おもいのままに誰だれにでもそれをお与あたえになることを、あなたが知しるためです。

ダニエル書4:32 あなたは人々ひとびとの中なかから追おい出だされ、野のの獣けものたちと一緒いっしょに暮くらすことになる。牛うしのように草くさを食たべさせられ、七ななつの時ときが、あなたの上うえを過すぎ去さる。それは、いと高たかき方かたこそが人間にんげんの国くにを支配しはいし、思おもいのままに誰だれにでもそれをお与あたえになることを、あなたが知しるためだ。」

ダニエル書5:5 ちょうどそのとき、人間にんげんの手ての指ゆびが現あらわれて、王宮おうきゅうの壁かべの漆喰しっくいに文字もじを書かき始はじめた。明あかりの向むかい側がわだった。王おうは、書かいていくその手てを見みた。

ダニエル書7:4 一いち頭とう目めはライオンのようで、鷲わしの翼つばさを持もっていた。見みていると、その翼つばさはむしり取とられ、獣けものは地面じめんから持もち上あげられ、人間にんげんのように二に本ぽんの足あしで立たたされた。そして人間にんげんの心こころが与あたえられた。

ダニエル書7:8 わたしがその角つのをじっと見みていると、その間あいだから、もう一いち本ぽんの小ちいさな角つのが生はえてきた。すると、前まえからあった角つののうち三さん本ぽんが、その小ちいさな角つのの前まえで根ねこそぎ引ひき抜ぬかれた。見みると、その角つのには人間にんげんの目めのような目めがあり、大おおきなことを語かたる口くちがあった。

ホセア書(2か所)

ホセア書11:4 わたしは人間にんげんの綱つな、愛あいのきずなで彼かれらを引ひき寄よせた。わたしは彼かれらにとって、頬ほおにあてがわれたくびきを持もち上あげて外はずしてやる者もののようになり、身みをかがめて彼かれらに食たべさせた。

ホセア書11:9 わたしは激はげしく怒おこっても、それを最後さいごまでぶつけることはしない。もう二に度どとエフライムを滅ほろぼしはしない。わたしは神かみであって、人間にんげんではないからだ。わたしはあなたのただ中なかにいる聖せいなる者もの。怒いかりのために襲おそいかかることはしない。

マタイによる福音書(4か所)

マタイ8:9 百ひゃく人にん隊長たいちょうは続つづけた。「わたし自身じしんも上官じょうかんの下したにいる人間にんげんです。でも、わたしの下したには部下ぶかの兵士へいしがいます。その一人ひとりに『行いけ』と言いえば行いきますし、別べつの者ものに『来こい』と言いえば来きます。奴隷どれいに『これをやれ』と言いえば、その通とおりにします」

マタイ12:34 まむしの子こらよ。あなたたちは悪わるい人間にんげんなのに、どうして良よいことを話はなせるだろう。心こころにあふれているものが、口くちから出でてくるのだから。

マタイ15:9 人々ひとびとにわたしを拝おがませても、むなしいだけだ。彼かれらが教おしえるのは、人間にんげんが作つくった決きまりごとにすぎないのだから』」

マタイ16:17 イエスは答こたえた。「シモン、ヨナの子こよ、あなたは幸いさいわいだ。これをあなたに明あかしたのは、人間にんげんではない。天てんにおられるわたしの父ちちだ。

マルコによる福音書(3か所)

マルコ7:7 わたしを敬ううやまうといっても、その礼拝れいはいはむなしい。人間にんげんが作つくった決きまりを、まるで神かみの教おしえのように教おしえているのだから。』

マルコ7:8 あなたたちは神かみの戒いましめを捨すてて、人間にんげんの言い伝えいいつたえを固かたく守まもっている。」

マルコ8:33 しかしイエスは振ふり返かえり、弟子でしたちを見みて、ペテロをしかった。「わたしの後うしろに引ひき下さがれ、サタン。あなたは神かみのことではなく、人間にんげんのことを思おもっているからだ。」

ルカによる福音書(4か所)

ルカ5:8 これを見みたシモン・ペトロは、イエスの足あしもとにひれ伏ふして言いった。「主しゅよ、わたしから離はなれてください。わたしは罪深つみぶかい人間にんげんです。」

ルカ5:10 シモンの仲間なかまだったゼベダイの子こヤコブとヨハネも同おなじだった。すると、イエスはシモンに言いった。「こわがらなくていい。これからあなたは、人間にんげんをとる漁師りょうしになる。」

ルカ7:8 わたし自身じしんも、上うえに立たつ人ひとの下したに置おかれている人間にんげんですが、その下したには部下ぶかの兵士へいしたちがいます。その一人ひとりに『行いけ』と言いえば行いき、別べつの者ものに『来こい』と言いえば来きます。僕しもべに『これをしろ』と言いえば、その通とおりにします。」

ルカ19:22 主人しゅじんは言いった。『この悪わるい家来けらいめ。おまえ自身じしんの言葉ことばでおまえをさばこう。わたしが預あずけてもいないものを取とり立たて、まいてもいないものを刈かり取とる厳きびしい人間にんげんだと、知しっていたのか。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ8:40 でも今いま、あなたたちはこのわたしを殺ころそうとしている。神かみから聞きいた真理しんりをあなたたちに語かたってきた、この人間にんげんを。アブラハムはそんなことをしなかった。

ヨハネ10:33 ユダヤ人じんたちは答こたえた。「いいことをしたからって、あなたを石いしで打うち殺ころそうとしているんじゃない。神かみを汚よごしたからだ。あなたはただの人間にんげんなのに、自分じぶんを神かみとしているからだ。」

使徒行伝(5か所)

使徒5:38 だから今いま、あなたたちに言いっておく。あの人ひとたちには関かかわらず、放ほうっておきなさい。もしあの計画けいかくや活動かつどうが人間にんげんから出でたものなら、いずれ自然しぜんに滅ほろびるだろう。

使徒10:26 でもペテロは彼かれを助たすけ起おこして言いった。「立たってください。わたしも、あなたと同おなじただの人間にんげんです。」

使徒12:22 すると民衆みんしゅうは「これは神かみの声こえだ。人間にんげんの声こえではない」と叫さけんだ。

使徒14:11 群衆ぐんしゅうは、パウロがしたことを見みて、リカオニアの言葉ことばで声こえを張はり上あげた。「神々かみがみが人間にんげんの姿すがたになって、わたしたちのところに降おりて来きたんだ。」

使徒14:15 「皆みなさん、どうしてこんなことをするんですか。わたしたちも、あなたたちと同おなじ人間にんげんです。わたしたちは、こんなむなしいものから離はなれて、生いきている神かみに立たち返かえるように、あなたたちへのいい知しらせを伝つたえているんです。この神かみは、天てんと地ちと海うみ、そしてその中なかのすべてのものを造つくった方かたです。

ローマ人への手紙(4か所)

ローマ1:23 神かみの栄光えいこうを、朽くちることのない神かみではなく、朽くちてしまう人間にんげんや、鳥とりや、四よつ足あしの動物どうぶつや、地ちをはう生いき物ものに似にせた像ぞうと取とり替かえてしまったのだ。

ローマ3:5 もしわたしたちの不義ふぎが神かみの義ぎをきわ立だたせるとしたら、どう言いえばいいのだろう。怒いかりを下くだす神かみは不正ふせいだとでも言いうのか。(これは人間にんげんの理屈りくつで言いっているのだが。)

ローマ7:14 わたしたちは、律法りっぽうは霊的れいてきなものだと知しっている。でも、わたしは肉にくに属ぞくする人間にんげんだ。罪つみに売うり渡わたされて、その奴隷どれいになっている。

ローマ7:24 わたしは、なんとみじめな人間にんげんなのだろう。この死しのからだから、いったいだれがわたしを救すくい出だしてくれるのだろうか。

コリント人への第一の手紙(8か所)

コリント第一3:3 あなたがたは、今いまもまだ肉にくに従したがって生いきているからだ。あなたがたの間あいだには、ねたみや争あらそいがある。それなら、肉にくに従したがって生いき、ただの人間にんげんのやり方かたで歩あゆんでいることになるのではないか。

コリント第一3:4 一人ひとりが「わたしはパウロにつく」と言いいい、別べつの人ひとが「わたしはアポロにつく」と言ゆう。それなら、あなたがたはただの人間にんげんと同おなじではないか。

コリント第一3:21 だから、だれも人間にんげんを誇ほこりにしてはいけない。すべては、あなたがたのものなのだから。

コリント第一4:3 わたしにとって、あなたたちや人間にんげんの法廷ほうていにさばかれることは、少すこしも問題もんだいではない。いや、わたしは自分じぶん自身じしんをさばくことさえしない。

コリント第一4:9 わたしはこう思おもう。神かみはわたしたち使徒しとを、死刑しけいを宣告せんこくされた者もののように、いちばん最後さいごに引ひき出だして見みせ物ものにされた。わたしたちは、この世界せかいにとって、また天使てんしにとっても人間にんげんにとっても、見みせ物ものになっているのだ。

コリント第一9:8 これは、ただ人間にんげんの理屈りくつで言いっているのではない。律法りっぽうだって、同おなじことを言いっているのだ。

コリント第一15:32 もし、ただの人間にんげんの思おもいでエフェソで野獣やじゅうと戦たたかったのなら、それがわたしに何なんの得とくになるだろう。死者ししゃが復活ふっかつしないのなら、「食たべよう、飲のもう。どうせ明日あすは死しぬのだから」ということになる。

コリント第一15:39 肉にくといっても、どれも同おなじではない。人間にんげんの肉にくがあり、動物どうぶつの肉にくがあり、鳥とりの肉にくがあり、魚さかなの肉にくがある。それぞれ違ちがう。

コリント人への第二の手紙(4か所)

コリント第二1:12 わたしたちが誇ほこりとしているのは、これだ。良心りょうしんが証あかししてくれること、つまり、わたしたちがこの世よで、そして特とくにあなたがたに対たいして、神かみから出でた清きよさと誠実せいじつさをもって歩あゆんできたということ。それは人間にんげん的てきな知恵ちえによるのではなく、神かみの恵めぐみによるものだった。

コリント第二5:16 だから、わたしたちは今いまからはもう、だれのことも人間にんげん的てきな見み方かたで判断はんだんしない。かつてはキリストのことも人間にんげん的てきな見み方かたでとらえていたが、今いまはもうそうしない。

コリント第二10:3 確たしかにわたしたちは生身なまみの人間にんげんとして生いきている。でも、この世よのやり方かたで戦たたかっているのではない。

コリント第二11:18 多おおくの人ひとが人間にんげん的てきなことを誇ほこっているのだから、わたしも誇ほこることにしよう。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ6:12 わたしたちが戦たたかう相手あいては、人間にんげんではない。もろもろの支配しはい者しゃ、権威けんいある者ものたち、この暗くらやみの世界せかいを支配しはいする者ものたち、そして天てんにいる悪わるの霊れいたちだ。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ2:7 それどころか、自分じぶんを空からっぽにして、奴隷どれいの姿すがたを取とり、人間にんげんと同おなじ者ものになりました。人ひととしての姿すがたをもって現あらわれ、

コロサイ人への手紙(2か所)

コロサイ2:8 気きをつけなさい。むなしい哲学てつがくやまやかしで、あなたがたをとりこにする者ものがいないように。それは人間にんげんの言い伝えいいつたえや、この世よを支配しはいする力ちからに従したがったもので、キリストに従したがうものではない。

コロサイ2:22 こうしたものはみな、使つかえばなくなってしまうものだ。しょせん人間にんげんの命令めいれいや教おしえにすぎない。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一2:13 だから、わたしたちも絶たえず神かみに感謝かんしゃしている。あなたたちは、わたしたちから神かみの言葉ことばを聞きいて受うけ取とったとき、それを人間にんげんの言葉ことばとしてではなく、本当ほんとうのとおり神かみの言葉ことばとして受うけ入いれてくれた。この言葉ことばは、信しんじているあなたたちの中なかで今いまも働はたらいているのだ。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:13 悪わるい人間にんげんやペテン師しは、ますます悪わるくなっていく。人ひとをだまし、自分じぶんもだまされながら。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル2:14 その子こたちは血ちと肉にくを持もつ人間にんげんだ。だからイエスご自身じしんも同おなじように血ちと肉にくを持もつ者ものとなった。それは、その死しによって、死しを支配しはいする力ちからを持もつ者もの、つまり悪魔あくまを滅ほろぼすためだ。

ヘブル7:8 一方いっぽうでは、いつか死しぬ人間にんげんが十じゅう分ぶんの一いちを受うけ取とっている。でももう一方いっぽうでは、生いきていると証あかしされている人ひとが受うけ取とっているのだ。

ヘブル7:28 律法りっぽうは、弱よわさを持もつ人間にんげんを大だい祭司さいしに任命にんめいする。でも、律法りっぽうのあとに与あたえられた誓ちかいの言葉ことばは、永遠えいえんに完全かんぜんな者ものとされた御子みこを、大だい祭司さいしとするのだ。

ヘブル8:2 そして、聖せいなる場所ばしょで、まことの幕屋まくやで仕つかえている。この幕屋まくやは、人間にんげんではなく主しゅが建たてたものだ。

ヤコブの手紙(3か所)

ヤコブ3:7 どんな種類しゅるいの獣けものも鳥とりも、爬虫はちゅう類るいも海うみの生いき物ものも、人間にんげんによって飼かいならされてきたし、今いまも飼かいならされている。

ヤコブ3:15 そのような知恵ちえは、上うえから下くだってくるものではない。地ちに属ぞくし、人間にんげん的てきな思おもいから出でた、悪霊あくれいのようなものだ。

ヤコブ5:17 エリヤはわたしたちと同おなじ、弱よわさを持もった人間にんげんだった。それでも、雨あめが降ふらないようにと真剣しんけんに祈いのると、三さん年ねん半はんのあいだ地ちに雨あめが降ふらなかった。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一4:2 こうしてこれからは、残のこりの人生じんせいを人間にんげんの欲望よくぼうのままにではなく、神かみの望のぞみにそって生いきるのだ。

ペテロ第一4:6 死しんだ人ひとたちにも良よい知しらせが伝つたえられたのは、このためだ。人間にんげんの基準きじゅんでは肉体にくたいにおいてさばかれても、神かみの前まえでは霊れいにおいて生いきるためなのだ。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:16 しかしバラムは、自分じぶんの悪わるい行おこないをとがめられた。ものを言いわないロバが、人間にんげんの声こえで話はなしだし、この預言よげん者しゃの狂くるった行おこないをやめさせたのだ。

ヨハネの黙示録(5か所)

黙示録4:7 第だい一いちの生いき物ものはライオンのようで、第だい二にの生いき物ものは雄牛おうしのよう、第だい三さんの生いき物ものは人間にんげんのような顔かおをしていて、第だい四よんの生いき物ものは空そらを飛とぶ鷲わしのようだった。

黙示録9:7 そのいなごの姿すがたは、戦たたかいのために備そなえられた馬うまに似にていた。頭あたまには金かねの冠かんむりのようなものをつけ、顔かおは人間にんげんの顔かおのようだった。

黙示録13:18 ここに知恵ちえが必要ひつようだ。考かんがえる力ちからのある人ひとは、獣けものを表あらわす数字すうじの意味いみを解とき明あかしてほしい。それは人間にんげんを表あらわす数字すうじであり、その数字すうじは六百ろっぴゃく六十ろくじゅう六ろくである。

黙示録18:13 シナモン、香辛こうしん料りょう、香こう、香油こうゆ、乳香にゅうこう、ぶどう酒しゅ、オリーブ油あぶら、上等じょうとうな小麦こむぎ粉こな、小麦こむぎ、牛うし、羊ひつじ、馬うま、馬車ばしゃ、奴隷どれい、そして人間にんげんの命いのちまでも。

黙示録21:17 また、城壁じょうへきを測はかると、その厚あつさは百ひゃく四十よんじゅう四よんペーキュスあった。これは人間にんげんの物差ものさしによるもので、天使てんしが使つかっていたものと同おなじだ。

語句索引に戻る