「立てる」(たてる)が出てくる聖書の箇所
「立てる」(たてる)は口語訳の643か所(旧約542・新約101)に出てきます。「たてる」「建てる」も含みます。日常訳第1版では579か所。
643か所を200か所ずつ4ページに分けています(4ページ目)。
コリント人への第一の手紙(6か所)
コリント第一1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。
コリント第一3:10 神から賜わった恵みによって、わたしは熟練した建築師のように、土台をすえた。そして他の人がその上に家を建てるのである。しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。
コリント第一3:12 この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、または、わらを用いて建てるならば、
コリント第一3:14 もしある人の建てた仕事がそのまま残れば、その人は報酬を受けるが、
コリント第一12:28 そして、神は教会の中で、人々を立てて、第一に使徒、第二に預言者、第三に教師とし、次に力あるわざを行う者、次にいやしの賜物を持つ者、また補助者、管理者、種々の異言を語る者をおかれた。
コリント第一15:15 すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。
コリント人への第二の手紙(3か所)
コリント第二1:16 それからそちらを通ってマケドニヤにおもむき、そして再びマケドニヤからあなたがたの所に帰り、あなたがたの見送りを受けてユダヤに行く計画を立てたのである。
コリント第二1:17 この計画を立てたのは、軽率なことであったであろうか。それとも、自分の計画を肉の思いによって計画したため、わたしの「しかり、しかり」が同時に「否、否」であったのだろうか。
コリント第二10:5 神の知恵に逆らって立てられたあらゆる障害物を打ちこわし、すべての思いをとりこにしてキリストに服従させ、
ガラテヤ人への手紙(3か所)
ガラテヤ1:1 人々からでもなく、人によってでもなく、イエス・キリストと彼を死人の中からよみがえらせた父なる神とによって立てられた使徒パウロ、
ガラテヤ2:18 もしわたしが、いったん打ちこわしたものを、再び建てるとすれば、それこそ、自分が違反者であることを表明することになる。
ガラテヤ3:17 わたしの言う意味は、こうである。神によってあらかじめ立てられた契約が、四百三十年の後にできた律法によって破棄されて、その約束がむなしくなるようなことはない。
エペソ人への手紙(3か所)
エペソ2:20 またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。
エペソ2:22 そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、霊なる神のすまいとなるのである。
エペソ4:12 それは、聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ1:16 後者は、わたしが福音を弁明するために立てられていることを知り、愛の心でキリストを伝え、
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ2:7 また、彼に根ざし、彼にあって建てられ、そして教えられたように、信仰が確立されて、あふれるばかり感謝しなさい。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二1:5 これは、あなたがたを、神の国にふさわしい者にしようとする神のさばきが正しいことを、証拠だてるものである。その神の国のために、あなたがたも苦しんでいるのである。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一2:7 そのために、わたしは立てられて宣教者、使徒となり(わたしは真実を言っている、偽ってはいない)、また異邦人に信仰と真理とを教える教師となったのである。
テモテへの第二の手紙(2か所)
テモテ第二1:1 神の御旨により、キリスト・イエスにあるいのちの約束によって立てられたキリスト・イエスの使徒パウロから、
テモテ第二1:11 わたしは、この福音のために立てられて、その宣教者、使徒、教師になった。
テトスへの手紙(2か所)
テトス1:5 あなたをクレテにおいてきたのは、わたしがあなたに命じておいたように、そこにし残してあることを整理してもらい、また、町々に長老を立ててもらうためにほかならない。
テトス1:6 長老は、責められる点がなく、ひとりの妻の夫であって、その子たちも不品行のうわさをたてられず、親不孝をしない信者でなくてはならない。
ヘブル人への手紙(16か所)
ヘブル3:2 彼は、モーセが神の家の全体に対して忠実であったように、自分を立てたかたに対して忠実であられた。
ヘブル6:18 それは、偽ることのあり得ない神に立てられた二つの不変の事がらによって、前におかれている望みを捕えようとして世をのがれてきたわたしたちが、力強い励ましを受けるためである。
ヘブル7:11 もし全うされることがレビ系の祭司制によって可能であったら――民は祭司制の下に律法を与えられたのであるが――なんの必要があって、なお、「アロンに等しい」と呼ばれない、別な「メルキゼデクに等しい」祭司が立てられるのであるか。
ヘブル7:15 そしてこの事は、メルキゼデクと同様な、ほかの祭司が立てられたことによって、ますます明白になる。
ヘブル7:16 彼は、肉につける戒めの律法によらないで、朽ちることのないいのちの力によって立てられたのである。
ヘブル7:23 かつ、死ということがあるために、務を続けることができないので、多くの人々が祭司に立てられるのである。
ヘブル7:28 律法は、弱さを身に負う人間を立てて大祭司とするが、律法の後にきた誓いの御言は、永遠に全うされた御子を立てて、大祭司としたのである。
ヘブル8:3 おおよそ、大祭司が立てられるのは、供え物やいけにえをささげるためにほかならない。したがって、この大祭司もまた、何かささぐべき物を持っておられねばならない。
ヘブル8:5 彼らは、天にある聖所のひな型と影とに仕えている者にすぎない。それについては、モーセが幕屋を建てようとしたとき、御告げを受け、「山で示された型どおりに、注意してそのいっさいを作りなさい」と言われたのである。
ヘブル8:6 ところがキリストは、はるかにすぐれた務を得られたのである。それは、さらにまさった約束に基いて立てられた、さらにまさった契約の仲保者となられたことによる。
ヘブル8:7 もし初めの契約に欠けたところがなかったなら、あとのものが立てられる余地はなかったであろう。
ヘブル8:10 わたしが、それらの日の後、イスラエルの家と立てようとする契約はこれである、と主が言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつけよう。こうして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう。
ヘブル9:20 そして、「これは、神があなたがたに対して立てられた契約の血である」と言った。
ヘブル10:9 次に、「見よ、わたしは御旨を行うためにまいりました」とある。すなわち、彼は、後のものを立てるために、初めのものを廃止されたのである。
ヘブル10:16 「わたしが、それらの日の後、彼らに対して立てようとする契約はこれであると、主が言われる。わたしの律法を彼らの心に与え、彼らの思いのうちに書きつけよう」と言い、
ヘブル11:10 彼は、ゆるがぬ土台の上に建てられた都を、待ち望んでいたのである。その都をもくろみ、また建てたのは、神である。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一2:13 あなたがたは、すべて人の立てた制度に、主のゆえに従いなさい。主権者としての王であろうと、
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二3:10 しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。
ヨハネの第一の手紙(1か所)
ヨハネ第一5:9 わたしたちは人間のあかしを受けいれるが、しかし、神のあかしはさらにまさっている。神のあかしというのは、すなわち、御子について立てられたあかしである。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録6:9 小羊が第五の封印を解いた時、神の言のゆえに、また、そのあかしを立てたために、殺された人々の霊魂が、祭壇の下にいるのを、わたしは見た。