「望む」(のぞむ)が出てくる聖書の箇所

「望む」(のぞむ)は口語訳の114か所(旧約76・新約38)に出てきます。「のぞめる」も含みます。日常訳第1版では109か所。

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創世記(1か所)

創世記29:15 時ときにラバンはヤコブに言いった、「あなたはわたしのおいだからといって、ただでわたしのために働はたらくこともないでしょう。どんな報酬ほうしゅうを望のぞみますか、わたしに言いってください」。

出エジプト記(2か所)

出エジプト16:10 それでアロンがイスラエルの人々ひとびとの全ぜん会衆かいしゅうに語かたったとき、彼かれらが荒野あらのの方ほうを望のぞむと、見みよ、主しゅの栄光えいこうが雲くものうちに現あらわれていた。

出エジプト36:2 そこで、モーセはベザレルとアホリアブおよびすべて心こころに知恵ちえある者もの、すなわち、その心こころに主しゅが知恵ちえを授さずけられた者もの、またきて、その工事こうじをなそうと心こころに望のぞむすべての者ものを召めし寄よせた。

申命記(3か所)

申命記4:19 あなたはまた目めを上あげて天てんを望のぞみ、日ひ、月つき、星ほしすなわちすべて天てんの万象ばんしょうを見み、誘惑ゆうわくされてそれを拝おがみ、それに仕つかえてはならない。それらのものは、あなたの神かみ、主しゅが全ぜん天下てんかの万民ばんみんに分わけられたものである。

申命記10:10 わたしは前まえの時ときのように四十よんじゅう日にち四十よんじゅう夜や、山やまにおったが、主しゅはその時ときにもわたしの願ねがいを聞きかれた。主しゅはあなたを滅ほろぼすことを望のぞまれなかった。

申命記15:16 しかしその人ひとがあなたと、あなたの家族かぞくを愛あいし、あなたと一緒いっしょにいることを望のぞみ、『わたしはあなたを離はなれて去さりたくありません』と言ゆうならば、

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記15:18 彼女かのじょがとつぐ時とき、畑はたけを父ちちに求もとめるようにと、オテニエルに勧すすめられた。そして彼女かのじょが、ろばから降おりたので、カレブは彼女かのじょに、何なんを望のぞむのかとたずねた。

士師記(1か所)

士師記1:14 アクサは行いくとき彼女かのじょの父ちちに畑はたけを求もとめることを夫おっとにすすめられたので、アクサがろばから降おりると、カレブは彼女かのじょに言いった、「あなたは何なんを望のぞむのか」。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一18:25 サウルは言いった、「あなたがたはダビデにこう言いいいなさい、『王おうはなにも結納ゆいのうを望のぞまれない。ただペリシテびとの陽ひの皮かわ一いち百ひゃくを獲えて、王おうのあだを討うつことを望のぞまれる』」。これはサウルが、ダビデをペリシテびとの手てによって倒たおそうと思おもったからである。

サムエル記下(4か所)

サムエル第二3:21 アブネルはダビデに言いった、「わたしは立たって行いき、イスラエルをことごとく、わが主しゅ、王おうのもとに集あつめて、あなたと契約けいやくを結むすばせ、あなたの望のぞむものをことごとく治おさめられるようにいたしましょう」。こうしてダビデはアブネルを送おくり帰かえらせたので彼かれは安全あんぜんに去さって行いった。

サムエル第二13:39 王おうは心こころに、アブサロムに会あうことを、せつに望のぞんだ。アムノンは死しんでしまい、ダビデが彼かれのことはあきらめていたからである。

サムエル第二19:38 王おうは答こたえた、「キムハムはわたしと共ともに渡わたって行いかせます。わたしは、あなたが良よいと思おもわれる事ことを彼かれにしましょう。またあなたが望のぞまれることはみな、あなたのためにいたします」。

サムエル第二23:15 ダビデは、せつに望のぞんで、「だれかベツレヘムの門もんのかたわらにある井戸いどの水みずをわたしに飲のませてくれるとよいのだが」と言いった。

列王紀上(6か所)

列王紀上1:20 王おうわが主しゅよ、イスラエルのすべての目めはあなたに注そそがれ、だれがあなたに次ついで、王おうわが主しゅの位くらいに座ざすべきかを告つげられるのを望のぞんでいます。

列王紀上9:1 ソロモンが主しゅの宮みやと王おうの宮殿きゅうでんおよびソロモンが建たてようと望のぞんだすべてのものを建たて終おわった時とき、

列王紀上9:19 およびソロモンが持もっていた倉庫そうこの町々まちまち、戦車せんしゃの町々まちまち、騎兵きへいの町々まちまちならびにソロモンがエルサレム、レバノンおよびそのすべての領地りょうちにおいて建たてようと望のぞんだものをことごとく建たてるためであった。

列王紀上11:37 わたしがあなたを選えらび、あなたはすべて心こころの望のぞむところを治おさめて、イスラエルの上うえに王おうとなるであろう。

列王紀上21:2 アハブはナボテに言いった、「あなたのぶどう畑はたけはわたしの家いえの近ちかくにあるので、わたしに譲ゆずって青物あおもの畑はたけにさせてください。その代かわり、わたしはそれよりも良よいぶどう畑はたけをあなたにあげましょう。もしお望のぞみならば、その価あたいを金かねでさしあげましょう」。

列王紀上21:6 彼かれは彼女かのじょに言いった、「わたしはエズレルびとナボテに『あなたのぶどう畑はたけを金かねで譲ゆずってください。もし望のぞむならば、その代かわりに、ほかのぶどう畑はたけをあげよう』と言いったが、彼かれは答こたえて『わたしはぶどう畑はたけを譲ゆずりません』と言いったからだ」。

歴代志上(1か所)

歴代志上11:17 ダビデはせつに望のぞんで、「だれかベツレヘムの門もんのかたわらにある井戸いどの水みずをわたしに飲のませてくれるとよいのだが」と言いった。

歴代志下(2か所)

歴代志下8:6 ソロモンはまたバアラテと自分じぶんのもっていたすべての倉くらの町まちと、すべての戦車せんしゃの町まちと、騎兵きへいの町まち、ならびにエルサレム、レバノンおよび自分じぶんの治おさめる全ぜん地方ちほうに建たてようと望のぞんだものを、ことごとく建たてた。

歴代志下20:12 われわれの神かみよ、あなたは彼かれらをさばかれないのですか。われわれはこのように攻せめて来くる大軍たいぐんに当あたる力ちからがなく、またいかになすべきかを知しりません。ただ、あなたを仰あおぎ望のぞむのみです」。

エズラ記(1か所)

エズラ記7:13 わたしは命いのちを下くだす。わが国くにのうちにいるイスラエルの民たみおよびその祭司さいし、レビびとのうち、すべてエルサレムへ行いこうと望のぞむ者ものは皆みな、あなたと共ともに行いくことができる。

エステル記(2か所)

エステル記2:13 こうしておとめは王おうの所ところへ行いくのであった。そしておとめが婦人ふじんの居室きょしつを出でて王宮おうきゅうへ行いく時ときには、すべてその望のぞむ物ものが与あたえられた。

エステル記9:1 十じゅう二に月がつすなわちアダルの月つきの十じゅう三さん日にち、王おうの命令めいれいと詔みことのりの行おこなわれる時ときが近ちかづいたとき、すなわちユダヤ人にんの敵てきが、ユダヤ人にんを打うち伏ふせようと望のぞんでいたのに、かえってユダヤ人にんが自分じぶんたちを憎にくむ者ものを打うち伏ふせることとなったその日ひに、

ヨブ記(12か所)

ヨブ記3:9 その明あけの星ほしは暗くくらくなるように。光ひかりを望のぞんでも、得えられないように。また、あけぼののまぶたを見みることのないように。

ヨブ記3:21 このような人ひとは死しを望のぞんでも来こない、これを求もとめることは隠かくれた宝たからを掘ほるよりも、はなはだしい。

ヨブ記6:8 どうかわたしの求もとめるものが獲とられるように。どうか神かみがわたしの望のぞむものをくださるように。

ヨブ記6:19 テマの隊商たいしょうはこれを望のぞみ、シバの旅たびびとはこれを慕したう。

ヨブ記7:2 奴隷どれいが夕暮ゆうぐれを慕したうように、雇人やといにんがその賃銀ちんぎんを望のぞむように、

ヨブ記7:16 わたしは命いのちをいとう。わたしは長ながく生いきることを望のぞまない。わたしに構かまわないでください。わたしの日ひは息いきにすぎないのだから。

ヨブ記13:3 しかしわたしは全能ぜんのう者しゃに物ものを言いおう、わたしは神かみと論ろんずることを望のぞむ。

ヨブ記17:13 わたしがもし陰府よみをわたしの家いえとして望のぞみ、暗くらやみに寝床ねどこをのべ、

ヨブ記19:27 しかもわたしの味方みかたとして見みるであろう。わたしの見みる者ものはこれ以外いがいのものではない。わたしの心こころはこれを望のぞんでこがれる。

ヨブ記30:26 しかしわたしが幸さちを望のぞんだのに災わざわいが来きた。光ひかりを待まち望のぞんだのにやみが来きた。

ヨブ記33:32 あなたがもし言ゆうべきことがあるなら、わたしに答こたえよ、語かたれ、わたしはあなたを正ただしい者ものにしようと望のぞむからだ。

ヨブ記37:20 わたしは語かたることがあると彼かれに告つげることができようか、人ひとは滅ほろぼされることを望のぞむであろうか。

詩篇(15か所)

詩篇25:1 主しゅよ、わが魂たましいはあなたを仰あおぎ望のぞみます。

詩篇27:12 わたしのあだの望のぞむがままに、わたしを引ひき渡わたさないでください。偽いつわりのあかしをする者ものがわたしに逆さからって起おこり、暴言ぼうげんを吐はくからです。

詩篇33:18 見みよ、主しゅの目めは主しゅを恐おそれる者ものの上うえにあり、そのいつくしみを望のぞむ者ものの上うえにある。

詩篇63:1 神かみよ、あなたはわたしの神かみ、わたしは切せつにあなたをたずね求もとめ、わが魂たましいはあなたをかわき望のぞむ。水みずなき、かわき衰おとろえた地ちにあるように、わが肉体にくたいはあなたを慕したいこがれる。

詩篇68:16 峰みねかさなるもろもろの山やまよ、何なにゆえ神かみがすまいにと望のぞまれた山やまをねたみ見みるのか。まことに主しゅはとこしえにそこに住すまわれる。

詩篇78:29 こうして彼かれらは食たべて、飽あき足たることができた。神かみが彼かれらにその望のぞんだものを与あたえられたからである。

詩篇81:8 わが民たみよ、聞きけ、わたしはあなたに勧告かんこくする。イスラエルよ、あなたがわたしに聞き従うききしたがうことを望のぞむ。

詩篇86:4 あなたのしもべの魂たましいを喜よろこばせてください。主しゅよ、わが魂たましいはあなたを仰あおぎ望のぞみます。

詩篇107:30 こうして彼かれらは波なみの静しずまったのを喜よろこび、主しゅは彼かれらをその望のぞむ港みなとへ導みちびかれた。

詩篇119:49 どうか、あなたのしもべに言いわれたみ言葉ことばを思おもい出だしてください。あなたはわたしにそれを望のぞませられました。

詩篇119:166 主しゅよ、わたしはあなたの救すくいを望のぞみ、あなたの戒いましめをおこないます。

詩篇132:13 主しゅはシオンを選えらび、それをご自分じぶんのすみかにしようと望のぞんで言いわれた、

詩篇132:14 「これはとこしえにわが安息あんそく所しょである。わたしはこれを望のぞんだゆえ、ここに住すむ。

詩篇143:8 あしたに、あなたのいつくしみを聞きかせてください。わたしはあなたに信頼しんらいします。わが歩あゆむべき道みちを教おしえてください。わが魂たましいはあなたを仰あおぎ望のぞみます。

詩篇147:11 主しゅはおのれを恐おそれる者ものとそのいつくしみを望のぞむ者ものとをよみせられる。

箴言(2か所)

箴言3:15 知恵ちえは宝石ほうせきよりも尊とうとく、あなたの望のぞむ何物なにものも、これと比くらべるに足たりない。

箴言8:11 知恵ちえは宝石ほうせきにまさり、あなたがたの望のぞむすべての物ものは、これと比くらべるにたりない。

イザヤ書(10か所)

イザヤ書5:7 万まん軍ぐんの主しゅのぶどう畑はたけはイスラエルの家いえであり、主しゅが喜よろこんでそこに植うえられた物ものは、ユダの人々ひとびとである。主しゅはこれに公平こうへいを望のぞまれたのに、見みよ、流血りゅうけつ。正義せいぎを望のぞまれたのに、見みよ、叫さけび。

イザヤ書5:30 その日ひ、その鳴なりどよめくことは、海うみの鳴なりどよめくようだ。もし地ちをのぞむならば、見みよ、暗くらきと悩なやみとがあり、光ひかりは雲くもによって暗くくらくなる。

イザヤ書8:17 主しゅはいま、ヤコブの家いえに、み顔かおをかくしておられるとはいえ、わたしはその主しゅを待まち、主しゅを望のぞみまつる。

イザヤ書22:8 ユダを守まもるおおいは取とり除のぞかれた。その日ひあなたは林はやしの家いえの武具ぶぐを仰あおぎ望のぞんだ。

イザヤ書22:11 一ひとつの貯水ちょすい池ちを二ふたつの城壁じょうへきの間あいだに造つくって古池ふるいけの水みずをひいた。しかしあなたがたはこの事ことをなされた者ものを仰あおぎ望のぞまず、この事ことを昔むかしから計画けいかくされた者ものを顧かえりみなかった。

イザヤ書27:5 それを望のぞまないなら、わたしの保護ほごにたよって、わたしと和やわらぎをなせ、わたしと和やわらぎをなせ」。

イザヤ書38:18 陰府よみは、あなたに感謝かんしゃすることはできない。死しはあなたをさんびすることはできない。墓はかにくだる者ものは、あなたのまことを望のぞむことはできない。

イザヤ書45:22 地ちの果はてなるもろもろの人ひとよ、わたしを仰あおぎのぞめ、そうすれば救すくわれる。わたしは神かみであって、ほかに神かみはないからだ。

イザヤ書59:9 それゆえ、公平こうへいは遠とおくわれわれを離はなれ、正義せいぎはわれわれに追おいつかない。われわれは光ひかりを望のぞんでも、暗くらきを見み、輝かがやきを望のぞんでも、やみを行いく。

イザヤ書59:11 われわれは皆みなくまのようにほえ、はとのようにいたくうめき、公平こうへいを望のぞんでも、きたらず、救すくいを望のぞんでも、遠とおくわれわれを離はなれ去さる。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書8:15 われわれは平安へいあんを望のぞんだが、良よい事ことはこなかった。いやされる時ときを望のぞんだが、かえって恐怖きょうふが来きた。

エレミヤ書13:16 主しゅがまだやみを起おこされないうちに、またあなたがたの足あしが薄うす暗くらがりの山やまにつまずかないうちに、あなたがたの神かみ、主しゅに栄光えいこうを帰かえせよ。さもないと、あなたがたが光ひかりを望のぞんでいる間あいだに、主しゅはそれを暗黒あんこくに変かえ、それを暗くらやみとされるからである。

エレミヤ書14:19 あなたはまったくユダを捨すてられたのですか。あなたの心こころはシオンをきらわれるのですか。あなたはわれわれを撃うったのに、どうしていやしてはくださらないのですか。われわれは平安へいあんを望のぞんだが、良よい事ことはこなかった。いやされる時ときを望のぞんだが、かえって恐怖きょうふが来きた。

哀歌(2か所)

哀歌2:16 あなたのもろもろの敵てきは、あなたをののしり、あざ笑わらい、歯はがみして言ゆう、「われわれはこれを滅ほろぼした、ああ、これはわれわれが望のぞんだ日ひだ、今いまわれわれはこれにあい、これを見みた」と。

哀歌3:18 そこでわたしは言いった、「わが栄はえはうせ去さり、わたしが主しゅに望のぞむところのものもうせ去さった」と。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書8:5 時ときに彼かれはわたしに言いわれた、「人ひとの子こよ、目めをあげて北きたの方ほうをのぞめ」。そこでわたしが目めをあげて北きたの方ほうをのぞむと、見みよ、祭壇さいだんの門もんの北きたにあたって、その入口いりぐちに、このねたみの偶像ぐうぞうがあった。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書7:25 彼かれは、いと高たかき者ものに敵てきして言葉ことばを出だし、かつ、いと高たかき者ものの聖徒せいとを悩なやます。彼かれはまた時ときと律法りっぽうとを変かえようと望のぞむ。聖徒せいとはひと時ときと、ふた時じと、半時はんときの間あいだ、彼かれの手てにわたされる。

アモス書(1か所)

アモス書5:18 わざわいなるかな、主しゅの日ひを望のぞむ者ものよ、あなたがたは何なにゆえ主しゅの日ひを望のぞむのか。これは暗くくらくて光ひかりがない。

ヨナ書(1か所)

ヨナ書2:4 わたしは言いった、『わたしはあなたの前まえから追おわれてしまった、どうして再ふたたびあなたの聖せいなる宮みやを望のぞみえようか』。

ハガイ書(1か所)

ハガイ書1:9 あなたがたは多おおくを望のぞんだが、見みよ、それは少すくなかった。あなたがたが家いえに持もってきたとき、わたしはそれを吹ふき払はらった。これは何なにゆえであるかと、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。これはわたしの家いえが荒あれはてているのに、あなたがたは、おのおの自分じぶんの家いえの事ことだけに、忙いそがしくしている。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書9:5 アシケロンはこれを見みて恐おそれ、ガザもまた見みてもだえ苦くるしみ、エクロンもまたその望のぞむ所ところのものがはずかしめられて苦くるしむ。ガザには王おうが絶たえ、アシケロンには住すむ者ものがなくなり、

マラキ書(1か所)

マラキ書2:15 一ひとつ神かみは、われわれのために命いのちの霊れいを造つくり、これをささえられたではないか。彼かれは何なんを望のぞまれるか。神かみを敬ううやまう子孫しそんであるゆえ、あなたがたはみずから慎つつしんで、その若わかい時ときの妻つまを裏切うらぎってはならない。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ7:12 だから、何事なにごとでも人々ひとびとからしてほしいと望のぞむことは、人々ひとびとにもそのとおりにせよ。これが律法りっぽうであり預言よげん者しゃである。

マタイ11:14 そして、もしあなたがたが受うけいれることを望のぞめば、この人ひとこそは、きたるべきエリヤなのである。

ルカによる福音書(5か所)

ルカ6:31 人々ひとびとにしてほしいと、あなたがたの望のぞむことを、人々ひとびとにもそのとおりにせよ。

ルカ16:21 その食卓しょくたくから落おちるもので飢うえをしのごうと望のぞんでいた。その上うえ、犬いぬがきて彼かれのでき物ものをなめていた。

ルカ19:14 ところが、本国ほんごくの住民じゅうみんは彼かれを憎にくんでいたので、あとから使者ししゃをおくって、『この人ひとが王おうになるのをわれわれは望のぞんでいない』と言いわせた。

ルカ22:15 イエスは彼かれらに言いわれた、「わたしは苦くるしみを受うける前まえに、あなたがたとこの過越すぎこしの食事しょくじをしようと、切せつに望のぞんでいた。

ルカ23:8 ヘロデはイエスを見みて非常ひじょうに喜よろこんだ。それは、かねてイエスのことを聞きいていたので、会あって見みたいと長ながいあいだ思おもっていたし、またイエスが何なんか奇跡きせきを行おこなうのを見みたいと望のぞんでいたからである。

ヨハネによる福音書(4か所)

ヨハネ6:11 そこで、イエスはパンを取とり、感謝かんしゃしてから、すわっている人々ひとびとに分わけ与あたえ、また、さかなをも同様どうようにして、彼かれらの望のぞむだけ分わけ与あたえられた。

ヨハネ15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉ことばがあなたがたにとどまっているならば、なんでも望のぞむものを求もとめるがよい。そうすれば、与あたえられるであろう。

ヨハネ21:22 イエスは彼かれに言いわれた、「たとい、わたしの来くる時ときまで彼かれが生いき残のこっていることを、わたしが望のぞんだとしても、あなたにはなんの係かかりわりがあるか。あなたは、わたしに従したがってきなさい」。

ヨハネ21:23 こういうわけで、この弟子でしは死しぬことがないといううわさが、兄弟きょうだいたちの間あいだにひろまった。しかし、イエスは彼かれが死しぬことはないと言いわれたのではなく、ただ「たとい、わたしの来くる時ときまで彼かれが生いき残のこっていることを、わたしが望のぞんだとしても、あなたにはなんの係かかりわりがあるか」と言いわれただけである。

使徒行伝(1か所)

使徒26:7 わたしたちの十じゅう二にの部族ぶぞくは、夜よる昼ひる、熱心ねっしんに神かみに仕つかえて、その約束やくそくを得えようと望のぞんでいるのです。王おうよ、この希望きぼうのために、わたしはユダヤ人にんから訴うったえられています。

ローマ人への手紙(5か所)

ローマ4:18 彼かれは望のぞみ得えないのに、なおも望のぞみつつ信しんじた。そのために、「あなたの子孫しそんはこうなるであろう」と言いわれているとおり、多おおくの国民こくみんの父ちちとなったのである。

ローマ8:24 わたしたちは、この望のぞみによって救すくわれているのである。しかし、目めに見みえる望のぞみは望のぞみではない。なぜなら、現げんに見みている事ことを、どうして、なお望のぞむ人ひとがあろうか。

ローマ8:25 もし、わたしたちが見みないことを望のぞむなら、わたしたちは忍耐にんたいして、それを待まち望のぞむのである。

ローマ15:20 その際さい、わたしの切せつに望のぞんだところは、他人たにんの土台どだいの上うえに建たてることをしないで、キリストの御名ぎょめいがまだ唱となえられていない所ところに福音ふくいんを宣のべ伝つたえることであった。

ローマ15:24 その途中とちゅうあなたがたに会あい、まず幾分いくぶんでもわたしの願ねがいがあなたがたによって満みたされたら、あなたがたに送おくられてそこへ行いくことを、望のぞんでいるのである。

コリント人への第一の手紙(6か所)

コリント第一4:21 あなたがたは、どちらを望のぞむのか。わたしがむちをもって、あなたがたの所ところに行いくことか、それとも、愛あいと柔和にゅうわな心こころとをもって行いくことであるか。

コリント第一7:39 妻つまは夫おっとが生いきている間あいだは、その夫おっとにつながれている。夫おっとが死しねば、望のぞむ人ひとと結婚けっこんしてもさしつかえないが、それは主しゅにある者ものとに限かぎる。

コリント第一10:20 そうではない。人々ひとびとが供そなえる物ものは、悪霊あくりょうども、すなわち、神かみならぬ者ものに供そなえるのである。わたしは、あなたがたが悪霊あくりょうの仲間なかまになることを望のぞまない。

コリント第一13:7 そして、すべてを忍しのび、すべてを信しんじ、すべてを望のぞみ、すべてを耐たえる。

コリント第一14:5 わたしは実際じっさい、あなたがたがひとり残のこらず異言いげんを語かたることを望のぞむが、特とくに預言よげんをしてもらいたい。教会きょうかいの徳とくを高たかめるように異言いげんを解とかない限かぎり、異言いげんを語かたる者ものよりも、預言よげんをする者ものの方ほうがまさっている。

コリント第一16:7 わたしは今いま、あなたがたに旅たびのついでに会あうことは好このまない。もし主しゅのお許ゆるしがあれば、しばらくあなたがたの所ところに滞在たいざいしたいと望のぞんでいる。

コリント人への第二の手紙(4か所)

コリント第二1:10 神かみはこのような死しの危険きけんから、わたしたちを救すくい出だして下くださった、また救すくい出だして下くださるであろう。わたしたちは、神かみが今後こんごも救すくい出だして下くださることを望のぞんでいる。

コリント第二5:2 そして、天てんから賜たまわるそのすみかを、上うえに着きようと切せつに望のぞみながら、この幕屋まくやの中なかで苦くるしみもだえている。

コリント第二5:11 このようにわたしたちは、主しゅの恐おそるべきことを知しっているので、人々ひとびとに説とき勧すすめる。わたしたちのことは、神かみのみまえには明あきらかになっている。さらに、あなたがたの良心りょうしんにも明あきらかになるようにと望のぞむ。

コリント第二10:15 わたしたちは限度げんどをこえて、他人たにんの働はたらきを誇ほこるようなことはしない。ただ、あなたがたの信仰しんこうが成長せいちょうするにつれて、わたしたちの働はたらきの範囲はんいがあなたがたの中なかでますます大おおきくなることを望のぞんでいる。

テモテへの第一の手紙(3か所)

テモテ第一2:4 神かみは、すべての人ひとが救すくわれて、真理しんりを悟さとるに至いたることを望のぞんでおられる。

テモテ第一3:1 「もし人ひとが監督かんとくの職しょくを望のぞむなら、それは良よい仕事しごとを願ねがうことである」とは正ただしい言葉ことばである。

テモテ第一3:14 わたしは、あなたの所ところにすぐ行いきたいと望のぞみながら、この手紙てがみを書かいている。

テトスへの手紙(1か所)

テトス3:7 これは、わたしたちが、キリストの恵めぐみによって義ぎとされ、永遠えいえんのいのちを望のぞむことによって、御お国くにをつぐ者ものとなるためである。

ピレモンへの手紙(1か所)

ピレモン1:22 ついでにお願ねがいするが、わたしのために宿やどを用意よういしておいてほしい。あなたがたの祈いのりによって、あなたがたの所ところに行いかせてもらえるように望のぞんでいるのだから。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル10:5 それだから、キリストがこの世よにこられたとき、次つぎのように言いわれた、「あなたは、いけにえやささげ物ものを望のぞまれないで、わたしのために、からだを備そなえて下くださった。

ヘブル10:8 ここで、初はじめに、「あなたは、いけにえとささげ物ものと燔祭はんさいと罪つみ祭まつりと(すなわち、律法りっぽうに従したがってささげられるもの)を望のぞまれず、好このまれもしなかった」とあり、

ヘブル11:1 さて、信仰しんこうとは、望のぞんでいる事ことがらを確信かくしんし、まだ見みていない事実じじつを確認かくにんすることである。

ヘブル11:16 しかし実際じっさい、彼かれらが望のぞんでいたのは、もっと良よい、天てんにあるふるさとであった。だから神かみは、彼かれらの神かみと呼よばれても、それを恥はじとはされなかった。事実じじつ、神かみは彼かれらのために、都とを用意よういされていたのである。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一3:5 むかし、神かみを仰あおぎ望のぞんでいた聖せいなる女おんなたちも、このように身みを飾かざって、その夫おっとに仕つかえたのである。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二3:9 ある人々ひとびとがおそいと思おもっているように、主しゅは約束やくそくの実行じっこうをおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅ほろびることがなく、すべての者ものが悔改くいあらために至いたることを望のぞみ、あなたがたに対たいしてながく忍耐にんたいしておられるのである。

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