「信」(しん)が出てくる聖書の箇所

「信」(しん)は口語訳の286か所(旧約54・新約232)に出てきます。「信じる」「信ずる」も含みます。日常訳第1版では353か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

286か所を200か所ずつ2ページに分けています(1ページ目)。

創世記(2か所)

創世記15:6 アブラムは主しゅを信しんじた。主しゅはこれを彼かれの義ぎと認みとめられた。

創世記45:26 彼かれに言いった、「ヨセフはなお生いきていてエジプト全国ぜんこくのつかさです」。ヤコブは気きが遠とおくなった。彼かれらの言いうことが信しんじられなかったからである。

出エジプト記(7か所)

出エジプト4:1 モーセは言いった、「しかし、彼かれらはわたしを信しんぜず、またわたしの声こえに聞き従わききしたがわないで言ゆうでしょう、『主しゅはあなたに現あらわれなかった』と」。

出エジプト4:5 これは、彼かれらの先祖せんぞたちの神かみ、アブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみである主しゅが、あなたに現あらわれたのを、彼かれらに信しんじさせるためである」。

出エジプト4:8 主しゅは言いわれた、「彼かれらがもしあなたを信しんぜず、また初はじめのしるしを認みとめないならば、後あとのしるしは信しんじるであろう。

出エジプト4:9 彼かれらがもしこの二ふたつのしるしをも信しんぜず、あなたの声こえに聞き従わききしたがわないならば、あなたはナイル川かわの水みずを取とって、かわいた地ちに注そそぎなさい。あなたがナイル川かわから取とった水みずは、かわいた地ちで血ちとなるであろう」。

出エジプト4:31 民みんは信しんじた。彼かれらは主しゅがイスラエルの人々ひとびとを顧かえりみ、その苦くるしみを見みられたのを聞ききき、伏ふして礼拝れいはいした。

出エジプト14:31 イスラエルはまた、主しゅがエジプトびとに行おこなわれた大おおいなるみわざを見みた。それで民たみは主しゅを恐おそれ、主しゅとそのしもべモーセとを信しんじた。

出エジプト19:9 主しゅはモーセに言いわれた、「見みよ、わたしは濃こい雲くものうちにあって、あなたに臨のぞむであろう。それはわたしがあなたと語かたるのを民たみに聞きかせて、彼かれらに長ながくあなたを信しんじさせるためである」。モーセは民みんの言葉ことばを主しゅに告つげた。

民数記(2か所)

民数記14:11 主しゅはモーセに言いわれた、「この民みんはいつまでわたしを侮あなどるのか。わたしがもろもろのしるしを彼かれらのうちに行いったのに、彼かれらはいつまでわたしを信しんじないのか。

民数記20:12 そのとき主しゅはモーセとアロンに言いわれた、「あなたがたはわたしを信しんじないで、イスラエルの人々ひとびとの前まえにわたしの聖せいなることを現あらわさなかったから、この会衆かいしゅうをわたしが彼かれらに与あたえた地ちに導みちびき入いれることができないであろう」。

申命記(2か所)

申命記1:32 このように言いっても、あなたがたはなお、あなたがたの神かみ、主しゅを信しんじなかった。

申命記9:23 また主しゅはカデシ・バルネアから、あなたがたをつかわそうとされた時とき、『上のぼって行いって、わたしが与あたえる地ちを占領せんりょうせよ』と言いわれた。ところが、あなたがたはあなたがたの神かみ、主しゅの命令めいれいにそむき、彼かれを信しんぜず、また彼かれの声こえに聞き従わききしたがわなかった。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記14:7 主しゅのしもべモーセが、この地ちを探さぐるために、わたしをカデシ・バルネアからつかわした時とき、わたしは四十よんじゅう歳さいでした。そしてわたしは、自分じぶんの信しんずるところを復命ふくめいしました。

士師記(1か所)

士師記11:20 ところがシホンはイスラエルを信しんぜず、その領域りょういきを通とおらせないばかりか、かえってすべての民たみを集あつめてヤハヅに陣じんを取とり、イスラエルと戦たたかいましたが、

サムエル記上(1か所)

サムエル第一27:12 アキシはダビデを信しんじて言いった、「彼かれは自分じぶんを全まったくその民みんイスラエルに憎にくまれるようにした。それゆえ彼かれは永久えいきゅうにわたしのしもべとなるであろう」。

列王紀上(1か所)

列王紀上10:7 しかしわたしがきて、目めに見みるまでは、その言葉ことばを信しんじませんでしたが、今いま見みるとその半分はんぶんもわたしは知しらされていなかったのです。あなたの知恵ちえと繁栄はんえいはわたしが聞きいたうわさにまさっています。

列王紀下(1か所)

列王紀下17:14 彼かれらは聞ききいれず、彼かれらの先祖せんぞたちがその神かみ、主しゅを信しんじないで、強情ごうじょうであったように、彼かれらは強情ごうじょうであった。

歴代志下(3か所)

歴代志下9:6 しかしわたしは来きて目めに見みるまでは、そのうわさを信しんじませんでしたが、今いま見みると、あなたの知恵ちえの大おおいなることはその半分はんぶんもわたしに知しらされませんでした。あなたはわたしの聞きいたうわさにまさっています。

歴代志下20:20 彼かれらは朝あさ早はやく起おきてテコアの野のに出でて行いった。その出でて行いくとき、ヨシャパテは立たって言いった、「ユダの人々ひとびとおよびエルサレムの民たみよ、わたしに聞きききなさい。あなたがたの神かみ、主しゅを信しんじなさい。そうすればあなたがたは堅かたく立たつことができる。主しゅの預言よげん者しゃを信しんじなさい。そうすればあなたがたは成功せいこうするでしょう」。

歴代志下32:15 それゆえ、あなたがたはヒゼキヤに欺あざむかれてはならない。そそのかされてはならない。また彼かれを信しんじてはならない。いずれの民たみ、いずれの国くにの神かみもその民たみをわたしの手て、または、わたしの先祖せんぞの手てから救すくいだすことができなかったのだから、ましてあなたがたの神かみが、どうしてわたしの手てからあなたがたを救すくいだすことができようか』」。

ヨブ記(11か所)

ヨブ記8:13 すべて神かみを忘わすれる者ものの道みちはこのとおりだ。神かみを信しんじない者ものの望のぞみは滅ほろびる。

ヨブ記9:16 たといわたしが呼よばわり、彼かれがわたしに答こたえられても、わたしの声こえに耳みみを傾かたむけられたとは信しんじない。

ヨブ記13:16 これこそわたしの救すくいとなる。神かみを信しんじない者ものは、神かみの前まえに出でることができないからだ。

ヨブ記15:15 見みよ、神かみはその聖せいなる者ものにすら信しんを置おかれない、もろもろの天てんも彼かれの目めには清きよくない。

ヨブ記15:22 彼かれは、暗くらやみから帰かえりうるとは信しんぜず、つるぎにねらわれる。

ヨブ記15:34 神かみを信しんじない者もののやからは子こなく、まいないによる天幕てんまくは火ひで焼やき滅ほろぼされるからだ。

ヨブ記17:8 正ただしい者ものはこれに驚おどろき、罪つみなき者ものは神かみを信しんぜぬ者ものに対たいして憤いきどおる。

ヨブ記20:5 悪あしき人ひとの勝かち誇ほこりはしばらくであって、神かみを信しんじない者ものの楽たのしみはただつかのまであることを。

ヨブ記27:8 神かみが彼かれを断たち、その魂たましいを抜ぬきとられるとき、神かみを信しんじない者ものになんの望のぞみがあろう。

ヨブ記34:30 これは神かみを信しんじない者ものが世よを治おさめることがなく、民みんをわなにかける事ことのないようにするためである。

ヨブ記36:13 心こころに神かみを信しんじない者ものどもは怒いかりをたくわえ、神かみに縛しばられる時ときも、助たすけを呼よび求もとめることをしない。

詩篇(7か所)

詩篇27:13 わたしは信しんじます、生いける者ものの地ちでわたしは主しゅの恵めぐみを見みることを。

詩篇78:22 これは彼かれらが神かみを信しんぜず、その救すくいの力ちからを信用しんようしなかったからである。

詩篇78:32 すべてこれらの事ことがあったにもかかわらず、彼かれらはなお罪つみを犯おかし、そのくすしきみわざを信しんじなかった。

詩篇106:12 このとき彼かれらはそのみ言葉ことばを信しんじ、その誉ほまれを歌うたった。

詩篇106:24 彼かれらは麗うるわしい地ちを侮あなどり、主しゅの約束やくそくを信しんぜず、

詩篇116:10 「わたしは大おおいに悩なやんだ」と言いった時ときにもなお信しんじた。

詩篇119:66 わたしに良よい判断はんだんと知識ちしきとを教おしえてください。わたしはあなたの戒いましめを信しんじるからです。

箴言(2か所)

箴言14:15 思慮しりょのない者ものはすべてのことを信しんじる、さとき者ものは自分じぶんの歩あゆみを慎つつしむ。

箴言26:25 彼かれが声こえをやわらげて語かたっても、信しんじてはならない。その心こころに七ななつの憎にくむべきものがあるからだ。

イザヤ書(4か所)

イザヤ書7:9 エフライムのかしらはサマリヤ、サマリヤのかしらはレマリヤの子こである。もしあなたがたが信しんじないならば、立たつことはできない』」。

イザヤ書28:16 それゆえ、主しゅなる神かみはこう言いわれる、「見みよ、わたしはシオンに一ひとつの石いしをすえて基もととした。これは試こころみを経へた石いし、堅かたくすえた尊とうとい隅すみの石いしである。『信しんずる者ものはあわてることはない』。

イザヤ書43:10 主しゅは言いわれる、「あなたがたはわが証人しょうにん、わたしが選えらんだわがしもべである。それゆえ、あなたがたは知しって、わたしを信しんじ、わたしが主しゅであることを悟さとることができる。わたしより前まえに造つくられた神かみはなく、わたしより後あとにもない。

イザヤ書53:1 だれがわれわれの聞きいたことを信しんじ得えたか。主しゅの腕うでは、だれにあらわれたか。

エレミヤ書(5か所)

エレミヤ書9:4 あなたがたはおのおの隣となり人びとに気きをつけよ。どの兄弟きょうだいをも信しんじてはならない。兄弟きょうだいはみな、押おしのける者ものであり、隣となり人びとはみな、ののしって歩あるく者ものだからである。

エレミヤ書12:6 あなたの兄弟きょうだいたち、あなたの父ちちの家いえのものさえ、あなたを欺あざむき、大声おおごえをあげて、あなたを追おっている。彼かれらが親ししたしげにあなたに語かたることがあっても、彼かれらを信しんじてはならない」。

エレミヤ書28:15 預言よげん者しゃエレミヤはまた預言よげん者しゃハナニヤに言いった、「ハナニヤよ、聞きききなさい。主しゅがあなたをつかわされたのではない。あなたはこの民たみに偽いつわりを信しんじさせた。

エレミヤ書29:31 「すべての捕とらわれ人にんに書かき送おくって言いいいなさい、ネヘラムびとシマヤの事ことについて主しゅはこう仰おおせられる、わたしはシマヤをつかわさなかったのに、彼かれがあなたがたに預言よげんして偽いつわりを信しんじさせたので、

エレミヤ書40:14 彼かれに言いった、「アンモンびとの王おうバアリスがあなたを殺ころすためにネタニヤの子こイシマエルをつかわしたことを知しっていますか」。しかしアヒカムの子こゲダリヤは彼かれらの言いうことを信しんじなかったので、

哀歌(1か所)

哀歌4:12 地ちの王おうたちも、世よの民たみらもみな、エルサレムの門もんに、あだや敵てきが、討うち入いろうとは信しんじなかった。

ヨナ書(1か所)

ヨナ書3:5 そこでニネベの人々ひとびとは神かみを信しんじ、断食だんじきをふれ、大おおきい者ものから小ちいさい者ものまで荒布あらめを着きた。

ミカ書(1か所)

ミカ書7:5 あなたがたは隣となり人びとを信しんじてはならない。友人ゆうじんをたのんではならない。あなたのふところに寝ねる者ものにも、あなたの口くちの戸とを守まもれ。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書1:5 諸しょ国民こくみんのうちを望のぞみ見みて、驚おどろけ、そして怪あやしめ。わたしはあなたがたの日ひに一ひとつの事ことをする。人ひとがこの事ことを知しらせても、あなたがたはとうてい信しんじまい。

マタイによる福音書(10か所)

マタイ8:13 それからイエスは百ひゃく卒そつ長ちょうに「行いけ、あなたの信しんじたとおりになるように」と言いわれた。すると、ちょうどその時ときに、僕ぼくはいやされた。

マタイ9:28 そしてイエスが家いえにはいられると、盲人もうじんたちがみもとにきたので、彼かれらに「わたしにそれができると信しんじるか」と言いわれた。彼かれらは言いった、「主しゅよ、信しんじます」。

マタイ18:6 しかし、わたしを信しんずるこれらの小ちいさい者もののひとりをつまずかせる者ものは、大おおきなひきうすを首くびにかけられて海うみの深ふかみに沈しずめられる方かたが、その人ひとの益えきになる。

マタイ21:21 イエスは答こたえて言いわれた、「よく聞きいておくがよい。もしあなたがたが信しんじて疑うたがわないならば、このいちじくにあったようなことが、できるばかりでなく、この山やまにむかって、動うごき出だして海うみの中なかにはいれと言いっても、そのとおりになるであろう。

マタイ21:22 また、祈いのりのとき、信しんじて求もとめるものは、みな与あたえられるであろう」。

マタイ21:25 ヨハネのバプテスマはどこからきたのであったか。天てんからであったか、人ひとからであったか」。すると、彼かれらは互たがいに論ろんじて言いった、「もし天てんからだと言いえば、では、なぜ彼かれを信しんじなかったのか、とイエスは言ゆうだろう。

マタイ21:32 というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義ぎの道みちを説といたのに、あなたがたは彼かれを信しんじなかった。ところが、取とり税ぜい人にんや遊女ゆうじょは彼かれを信しんじた。あなたがたはそれを見みたのに、あとになっても、心こころをいれ変かえて彼かれを信しんじようとしなかった。

マタイ24:23 そのとき、だれかがあなたがたに『見みよ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言いっても、それを信しんじるな。

マタイ24:26 だから、人々ひとびとが『見みよ、彼かれは荒野こうやにいる』と言いっても、出でて行いくな。また『見みよ、へやの中なかにいる』と言いっても、信しんじるな。

マタイ27:42 「他人たにんを救すくったが、自分じぶん自身じしんを救すくうことができない。あれがイスラエルの王おうなのだ。いま十字じゅうじ架かからおりてみよ。そうしたら信しんじよう。

マルコによる福音書(16か所)

マルコ1:15 「時じは満みちた、神かみの国くには近ちかづいた。悔くい改あらためて福音ふくいんを信しんぜよ」。

マルコ5:36 イエスはその話はなしている言葉ことばを聞き流しききながして、会堂かいどう司しに言いわれた、「恐おそれることはない。ただ信しんじなさい」。

マルコ9:23 イエスは彼かれに言いわれた、「もしできれば、と言いうのか。信しんずる者ものには、どんな事ことでもできる」。

マルコ9:24 その子この父親ちちおやはすぐ叫さけんで言いった、「信しんじます。不ふ信仰しんこうなわたしを、お助たすけください」。

マルコ9:42 また、わたしを信しんじるこれらの小ちいさい者もののひとりをつまずかせる者ものは、大おおきなひきうすを首くびにかけられて海うみに投なげ込こまれた方ほうが、はるかによい。

マルコ11:22 イエスは答こたえて言いわれた、「神かみを信しんじなさい。

マルコ11:23 よく聞きいておくがよい。だれでもこの山やまに、動うごき出だして、海うみの中なかにはいれと言いいい、その言いったことは必かならず成なると、心こころに疑うたがわないで信しんじるなら、そのとおりに成なるであろう。

マルコ11:24 そこで、あなたがたに言ゆうが、なんでも祈いのり求もとめることは、すでにかなえられたと信しんじなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。

マルコ11:31 すると、彼かれらは互たがいに論ろんじて言いった、「もし天てんからだと言いえば、では、なぜ彼かれを信しんじなかったのか、とイエスは言ゆうだろう。

マルコ13:21 そのとき、だれかがあなたがたに『見みよ、ここにキリストがいる』、『見みよ、あそこにいる』と言いっても、それを信しんじるな。

マルコ15:32 イスラエルの王おうキリスト、いま十字じゅうじ架かからおりてみるがよい。それを見みたら信しんじよう」。また、一緒いっしょに十字じゅうじ架かにつけられた者ものたちも、イエスをののしった。

マルコ16:11 彼かれらは、イエスが生いきておられる事ことと、彼女かのじょに御ご自身じしんをあらわされた事こととを聞きいたが、信しんじなかった。

マルコ16:13 このふたりも、ほかの人々ひとびとの所ところに行いって話はなしたが、彼かれらはその話はなしを信しんじなかった。

マルコ16:14 その後ご、イエスは十じゅう一いち弟子でしが食卓しょくたくについているところに現あらわれ、彼かれらの不ふ信仰しんこうと、心こころのかたくななことをお責せめになった。彼かれらは、よみがえられたイエスを見みた人々ひとびとの言いうことを、信しんじなかったからである。

マルコ16:16 信しんじてバプテスマを受うける者ものは救すくわれる。しかし、不ふ信仰しんこうの者ものは罪つみに定さだめられる。

マルコ16:17 信しんじる者ものには、このようなしるしが伴ともなう。すなわち、彼かれらはわたしの名なで悪霊あくりょうを追おい出だし、新あたらしい言葉ことばを語かたり、

ルカによる福音書(11か所)

ルカ1:20 時ときが来くれば成就じょうじゅするわたしの言葉ことばを信しんじなかったから、あなたはおしになり、この事ことの起おこる日ひまで、ものが言いえなくなる」。

ルカ1:45 主しゅのお語かたりになったことが必かならず成就じょうじゅすると信しんじた女おんなは、なんとさいわいなことでしょう」。

ルカ8:12 道みちばたに落おちたのは、聞きいたのち、信しんじることも救すくわれることもないように、悪魔あくまによってその心こころから御言みことが奪うばい取とられる人ひとたちのことである。

ルカ8:13 岩いわの上うえに落おちたのは、御言みことを聞きいた時ときには喜よろこんで受うけいれるが、根ねが無ないので、しばらくは信しんじていても、試錬しれんの時ときが来くると、信仰しんこうを捨すてる人ひとたちのことである。

ルカ8:50 しかしイエスはこれを聞きいて会堂かいどう司しにむかって言いわれた、「恐おそれることはない。ただ信しんじなさい。娘むすめは助たすかるのだ」。

ルカ20:5 彼かれらは互たがいに論ろんじて言いった、「もし天てんからだと言いえば、では、なぜ彼かれを信しんじなかったのか、とイエスは言ゆうだろう。

ルカ20:6 しかし、もし人ひとからだと言いえば、民衆みんしゅうはみな、ヨハネを預言よげん者しゃだと信しんじているから、わたしたちを石いしで打うつだろう」。

ルカ22:67 「あなたがキリストなら、そう言いってもらいたい」。イエスは言いわれた、「わたしが言いっても、あなたがたは信しんじないだろう。

ルカ24:11 ところが、使徒しとたちには、それが愚おろかな話はなしのように思おもわれて、それを信しんじなかった。〔

ルカ24:25 そこでイエスが言いわれた、「ああ、愚おろかで心こころのにぶいため、預言よげん者しゃたちが説といたすべての事ことを信しんじられない者ものたちよ。

ルカ24:41 彼かれらは喜よろこびのあまり、まだ信しんじられないで不思議ふしぎに思おもっていると、イエスが「ここに何なんか食物しょくもつがあるか」と言いわれた。

ヨハネによる福音書(85か所)

ヨハネ1:7 この人ひとはあかしのためにきた。光ひかりについてあかしをし、彼かれによってすべての人ひとが信しんじるためである。

ヨハネ1:12 しかし、彼かれを受うけいれた者もの、すなわち、その名なを信しんじた人々ひとびとには、彼かれは神かみの子ことなる力ちからを与あたえたのである。

ヨハネ1:50 イエスは答こたえて言いわれた、「あなたが、いちじくの木きの下したにいるのを見みたと、わたしが言いったので信しんじるのか。これよりも、もっと大おおきなことを、あなたは見みるであろう」。

ヨハネ2:11 イエスは、この最初さいしょのしるしをガリラヤのカナで行おこない、その栄光えいこうを現あらわされた。そして弟子でしたちはイエスを信しんじた。

ヨハネ2:22 それで、イエスが死人しにんの中なかからよみがえったとき、弟子でしたちはイエスがこう言いわれたことを思おもい出だして、聖書せいしょとイエスのこの言葉ことばとを信しんじた。

ヨハネ2:23 過越すぎこしの祭まつりの間あいだ、イエスがエルサレムに滞在たいざいしておられたとき、多おおくの人々ひとびとは、その行おこなわれたしるしを見みて、イエスの名なを信しんじた。

ヨハネ3:12 わたしが地上ちじょうのことを語かたっているのに、あなたがたが信しんじないならば、天上てんじょうのことを語かたった場合ばあい、どうしてそれを信しんじるだろうか。

ヨハネ3:15 それは彼かれを信しんじる者ものが、すべて永遠えいえんの命いのちを得えるためである」。

ヨハネ3:16 神かみはそのひとり子こを賜たまわったほどに、この世よを愛あいして下くださった。それは御子みこを信しんじる者ものがひとりも滅ほろびないで、永遠えいえんの命いのちを得えるためである。

ヨハネ3:18 彼かれを信しんじる者ものは、さばかれない。信しんじない者ものは、すでにさばかれている。神かみのひとり子この名なを信しんじることをしないからである。

ヨハネ3:36 御子みこを信しんじる者ものは永遠えいえんの命いのちをもつ。御子みこに従したがわない者ものは、命いのちにあずかることがないばかりか、神かみの怒いかりがその上うえにとどまるのである」。

ヨハネ4:21 イエスは女おんなに言いわれた、「女おんなよ、わたしの言いうことを信しんじなさい。あなたがたが、この山やまでも、またエルサレムでもない所ところで、父ちちを礼拝れいはいする時ときが来くる。

ヨハネ4:39 さて、この町まちからきた多おおくのサマリヤ人にんは、「この人ひとは、わたしのしたことを何なんもかも言いいあてた」とあかしした女おんなの言葉ことばによって、イエスを信しんじた。

ヨハネ4:41 そしてなお多おおくの人々ひとびとが、イエスの言葉ことばを聞きいて信しんじた。

ヨハネ4:42 彼かれらは女おんなに言いった、「わたしたちが信しんじるのは、もうあなたが話はなしてくれたからではない。自分じぶん自身じしんで親したしく聞きいて、この人ひとこそまことに世よの救主すくいぬしであることが、わかったからである」。

ヨハネ4:48 そこで、イエスは彼かれに言いわれた、「あなたがたは、しるしと奇跡きせきとを見みない限かぎり、決けっして信しんじないだろう」。

ヨハネ4:50 イエスは彼かれに言いわれた、「お帰かえりなさい。あなたのむすこは助たすかるのだ」。彼かれは自分じぶんに言いわれたイエスの言葉ことばを信しんじて帰かえって行いった。

ヨハネ4:53 それは、イエスが「あなたのむすこは助たすかるのだ」と言いわれたのと同おなじ時刻じこくであったことを、この父ちちは知しって、彼かれ自身じしんもその家族かぞく一同いちどうも信しんじた。

ヨハネ5:24 よくよくあなたがたに言いっておく。わたしの言葉ことばを聞きいて、わたしをつかわされたかたを信しんじる者ものは、永遠えいえんの命いのちを受うけ、またさばかれることがなく、死しから命いのちに移うつっているのである。

ヨハネ5:38 また、神かみがつかわされた者ものを信しんじないから、神かみの御言みことはあなたがたのうちにとどまっていない。

ヨハネ5:44 互たがいに誉ほまれを受うけながら、ただひとりの神かみからの誉ほまれを求もとめようとしないあなたがたは、どうして信しんじることができようか。

ヨハネ5:46 もし、あなたがたがモーセを信しんじたならば、わたしをも信しんじたであろう。モーセは、わたしについて書かいたのである。

ヨハネ5:47 しかし、モーセの書かいたものを信しんじないならば、どうしてわたしの言葉ことばを信しんじるだろうか」。

ヨハネ6:29 イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「神かみがつかわされた者ものを信しんじることが、神かみのわざである」。

ヨハネ6:30 彼かれらはイエスに言いった、「わたしたちが見みてあなたを信しんじるために、どんなしるしを行おこなって下くださいますか。どんなことをして下くださいますか。

ヨハネ6:35 イエスは彼かれらに言いわれた、「わたしが命いのちのパンである。わたしに来くる者ものは決けっして飢うえることがなく、わたしを信しんじる者ものは決けっしてかわくことがない。

ヨハネ6:36 しかし、あなたがたに言いったが、あなたがたはわたしを見みたのに信しんじようとはしない。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちのみこころは、子こを見みて信しんじる者ものが、ことごとく永遠えいえんの命いのちを得えることなのである。そして、わたしはその人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう」。

ヨハネ6:47 よくよくあなたがたに言いっておく。信しんじる者ものには永遠えいえんの命いのちがある。

ヨハネ6:64 しかし、あなたがたの中なかには信しんじない者ものがいる」。イエスは、初はじめから、だれが信しんじないか、また、だれが彼かれを裏切うらぎるかを知しっておられたのである。

ヨハネ6:69 わたしたちは、あなたが神かみの聖者せいじゃであることを信しんじ、また知しっています」。

ヨハネ7:5 こう言いったのは、兄弟きょうだいたちもイエスを信しんじていなかったからである。

ヨハネ7:31 しかし、群衆ぐんしゅうの中なかの多おおくの者ものが、イエスを信しんじて言いった、「キリストがきても、この人ひとが行おこなったよりも多おおくのしるしを行おこなうだろうか」。

ヨハネ7:38 わたしを信しんじる者ものは、聖書せいしょに書かいてあるとおり、その腹はらから生いける水みずが川かわとなって流ながれ出でるであろう」。

ヨハネ7:39 これは、イエスを信しんじる人々ひとびとが受うけようとしている御ご霊れいをさして言いわれたのである。すなわち、イエスはまだ栄光えいこうを受うけておられなかったので、御ご霊れいがまだ下くだっていなかったのである。

ヨハネ7:48 役人やくにんたちやパリサイ人にんたちの中なかで、ひとりでも彼かれを信しんじた者ものがあっただろうか。

ヨハネ8:24 だからわたしは、あなたがたは自分じぶんの罪つみのうちに死しぬであろうと、言いったのである。もしわたしがそういう者ものであることをあなたがたが信しんじなければ、罪つみのうちに死しぬことになるからである」。

ヨハネ8:30 これらのことを語かたられたところ、多おおくの人々ひとびとがイエスを信しんじた。

ヨハネ8:31 イエスは自分じぶんを信しんじたユダヤ人にんたちに言いわれた、「もしわたしの言葉ことばのうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子でしなのである。

ヨハネ8:45 しかし、わたしが真理しんりを語かたっているので、あなたがたはわたしを信しんじようとしない。

ヨハネ8:46 あなたがたのうち、だれがわたしに罪つみがあると責せめうるのか。わたしは真理しんりを語かたっているのに、なぜあなたがたは、わたしを信しんじないのか。

ヨハネ9:18 ユダヤ人にんたちは、彼かれがもと盲人もうじんであったが見みえるようになったことを、まだ信しんじなかった。ついに彼かれらは、目めが見みえるようになったこの人ひとの両親りょうしんを呼よんで、

ヨハネ9:35 イエスは、その人ひとが外そとへ追おい出だされたことを聞きかれた。そして彼かれに会あって言いわれた、「あなたは人ひとの子こを信しんじるか」。

ヨハネ9:36 彼かれは答こたえて言いった、「主しゅよ、それはどなたですか。そのかたを信しんじたいのですが」。

ヨハネ9:38 すると彼かれは、「主しゅよ、信しんじます」と言いって、イエスを拝はいした。

ヨハネ10:25 イエスは彼かれらに答こたえられた、「わたしは話はなしたのだが、あなたがたは信しんじようとしない。わたしの父ちちの名なによってしているすべてのわざが、わたしのことをあかししている。

ヨハネ10:26 あなたがたが信しんじないのは、わたしの羊ひつじでないからである。

ヨハネ10:37 もしわたしが父ちちのわざを行おこなわないとすれば、わたしを信しんじなくてもよい。

ヨハネ10:38 しかし、もし行いっているなら、たといわたしを信しんじなくても、わたしのわざを信しんじるがよい。そうすれば、父ちちがわたしにおり、また、わたしが父ちちにおることを知しって悟さとるであろう」。

ヨハネ10:42 そして、そこで多おおくの者ものがイエスを信しんじた。

ヨハネ11:15 そして、わたしがそこにいあわせなかったことを、あなたがたのために喜よろこぶ。それは、あなたがたが信しんじるようになるためである。では、彼かれのところに行いこう」。

ヨハネ11:25 イエスは彼女かのじょに言いわれた、「わたしはよみがえりであり、命いのちである。わたしを信しんじる者ものは、たとい死しんでも生いきる。

ヨハネ11:26 また、生いきていて、わたしを信しんじる者ものは、いつまでも死しなない。あなたはこれを信しんじるか」。

ヨハネ11:27 マルタはイエスに言いった、「主しゅよ、信しんじます。あなたがこの世よにきたるべきキリスト、神かみの御子みこであると信しんじております」。

ヨハネ11:40 イエスは彼女かのじょに言いわれた、「もし信しんじるなら神かみの栄光えいこうを見みるであろうと、あなたに言いったではないか」。

ヨハネ11:42 あなたがいつでもわたしの願ねがいを聞ききいれて下くださることを、よく知しっています。しかし、こう申もうしますのは、そばに立たっている人々ひとびとに、あなたがわたしをつかわされたことを、信しんじさせるためであります」。

ヨハネ11:45 マリヤのところにきて、イエスのなさったことを見みた多おおくのユダヤ人にんたちは、イエスを信しんじた。

ヨハネ11:48 もしこのままにしておけば、みんなが彼かれを信しんじるようになるだろう。そのうえ、ローマ人にんがやってきて、わたしたちの土地とちも人民じんみんも奪うばってしまうであろう」。

ヨハネ12:11 それは、ラザロのことで、多おおくのユダヤ人にんが彼かれらを離はなれ去さって、イエスを信しんじるに至いたったからである。

ヨハネ12:36 光ひかりのある間あいだに、光ひかりの子ことなるために、光ひかりを信しんじなさい」。イエスはこれらのことを話はなしてから、そこを立たち去さって、彼かれらから身みをお隠かくしになった。

ヨハネ12:37 このように多おおくのしるしを彼かれらの前まえでなさったが、彼かれらはイエスを信しんじなかった。

ヨハネ12:38 それは、預言よげん者しゃイザヤの次つぎの言葉ことばが成就じょうじゅするためである、「主しゅよ、わたしたちの説とくところを、だれが信しんじたでしょうか。また、主しゅのみ腕うではだれに示しめされたでしょうか」。

ヨハネ12:39 こういうわけで、彼かれらは信しんじることができなかった。イザヤはまた、こうも言いった、

ヨハネ12:42 しかし、役人やくにんたちの中なかにも、イエスを信しんじた者ものが多おおかったが、パリサイ人にんをはばかって、告白こくはくはしなかった。会堂かいどうから追おい出だされるのを恐おそれていたのである。

ヨハネ12:44 イエスは大声おおごえで言いわれた、「わたしを信しんじる者ものは、わたしを信しんじるのではなく、わたしをつかわされたかたを信しんじるのであり、

ヨハネ12:46 わたしは光ひかりとしてこの世よにきた。それは、わたしを信しんじる者ものが、やみのうちにとどまらないようになるためである。

ヨハネ13:19 そのことがまだ起おこらない今いまのうちに、あなたがたに言いっておく。いよいよ事ことが起おこったとき、わたしがそれであることを、あなたがたが信しんじるためである。

ヨハネ14:1 「あなたがたは、心こころを騒さわがせないがよい。神かみを信しんじ、またわたしを信しんじなさい。

ヨハネ14:10 わたしが父ちちにおり、父ちちがわたしにおられることをあなたは信しんじないのか。わたしがあなたがたに話はなしている言葉ことばは、自分じぶんから話はなしているのではない。父ちちがわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。

ヨハネ14:11 わたしが父ちちにおり、父ちちがわたしにおられることを信しんじなさい。もしそれが信しんじられないならば、わざそのものによって信しんじなさい。

ヨハネ14:12 よくよくあなたがたに言いっておく。わたしを信しんじる者ものは、またわたしのしているわざをするであろう。そればかりか、もっと大おおきいわざをするであろう。わたしが父ちちのみもとに行いくからである。

ヨハネ14:29 今いまわたしは、そのことが起おこらない先さきにあなたがたに語かたった。それは、事ことが起おこった時ときにあなたがたが信しんじるためである。

ヨハネ16:9 罪つみについてと言いったのは、彼かれらがわたしを信しんじないからである。

ヨハネ16:27 父ちちご自身じしんがあなたがたを愛あいしておいでになるからである。それは、あなたがたがわたしを愛あいしたため、また、わたしが神かみのみもとからきたことを信しんじたためである。

ヨハネ16:30 あなたはすべてのことをご存ぞんじであり、だれもあなたにお尋たずねする必要ひつようのないことが、今いまわかりました。このことによって、わたしたちはあなたが神かみからこられたかたであると信しんじます」。

ヨハネ16:31 イエスは答こたえられた、「あなたがたは今こん信しんじているのか。

ヨハネ17:8 なぜなら、わたしはあなたからいただいた言葉ことばを彼かれらに与あたえ、そして彼かれらはそれを受うけ、わたしがあなたから出でたものであることをほんとうに知しり、また、あなたがわたしをつかわされたことを信しんじるに至いたったからです。

ヨハネ17:20 わたしは彼かれらのためばかりではなく、彼かれらの言葉ことばを聞きいてわたしを信しんじている人々ひとびとのためにも、お願ねがいいたします。

ヨハネ17:21 父ちちよ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者ものが一ひとつとなるためであります。すなわち、彼かれらをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、世よが信しんじるようになるためであります。

ヨハネ19:35 それを見みた者ものがあかしをした。そして、そのあかしは真実しんじつである。その人ひとは、自分じぶんが真実しんじつを語かたっていることを知しっている。それは、あなたがたも信しんずるようになるためである。

ヨハネ20:8 すると、先さきに墓はかに着ついたもうひとりの弟子でしもはいってきて、これを見みて信しんじた。

ヨハネ20:25 ほかの弟子でしたちが、彼かれに「わたしたちは主しゅにお目めにかかった」と言ゆうと、トマスは彼かれらに言いった、「わたしは、その手てに釘くぎあとを見み、わたしの指ゆびをその釘くぎあとにさし入いれ、また、わたしの手てをそのわきにさし入いれてみなければ、決けっして信しんじない」。

ヨハネ20:27 それからトマスに言いわれた、「あなたの指ゆびをここにつけて、わたしの手てを見みなさい。手てをのばしてわたしのわきにさし入いれてみなさい。信しんじない者ものにならないで、信しんじる者ものになりなさい」。

ヨハネ20:29 イエスは彼かれに言いわれた、「あなたはわたしを見みたので信しんじたのか。見みないで信しんずる者ものは、さいわいである」。

ヨハネ20:31 しかし、これらのことを書かいたのは、あなたがたがイエスは神かみの子こキリストであると信しんじるためであり、また、そう信しんじて、イエスの名なによって命いのちを得えるためである。

使徒行伝(38か所)

使徒3:16 そして、イエスの名なが、それを信しんじる信仰しんこうのゆえに、あなたがたのいま見みて知しっているこの人ひとを、強つよくしたのであり、イエスによる信仰しんこうが、彼かれをあなたがた一同いちどうの前まえで、このとおり完全かんぜんにいやしたのである。

使徒4:4 しかし、彼かれらの話はなしを聞きいた多おおくの人ひとたちは信しんじた。そして、その男おとこの数かずが五千ごせん人にんほどになった。

使徒4:32 信しんじた者ものの群むれは、心こころを一ひとつにし思おもいを一ひとつにして、だれひとりその持もち物ものを自分じぶんのものだと主張しゅちょうする者ものがなく、いっさいの物ものを共有きょうゆうにしていた。

使徒5:14 しかし、主しゅを信しんじて仲間なかまに加くわわる者ものが、男女だんじょとも、ますます多おおくなってきた。

使徒8:12 ところが、ピリポが神かみの国くにとイエス・キリストの名なについて宣のべ伝つたえるに及およんで、男おとこも女おんなも信しんじて、ぞくぞくとバプテスマを受うけた。

使徒8:13 シモン自身じしんも信しんじて、バプテスマを受うけ、それから、引ひきつづきピリポについて行いった。そして、数々かずかずのしるしやめざましい奇跡きせきが行おこなわれるのを見みて、驚おどろいていた。

使徒8:37 これに対たいして、ピリポは、「あなたがまごころから信しんじるなら、受うけてさしつかえはありません」と言いった。すると、彼かれは「わたしは、イエス・キリストを神かみの子こと信しんじます」と答こたえた。〕

使徒9:26 サウロはエルサレムに着ついて、弟子でしたちの仲間なかまに加くわわろうと努つとめたが、みんなの者ものは彼かれを弟子でしだとは信しんじないで、恐おそれていた。

使徒9:42 このことがヨッパ中ちゅうに知しれわたり、多おおくの人々ひとびとが主しゅを信しんじた。

使徒10:43 預言よげん者しゃたちもみな、イエスを信しんじる者ものはことごとく、その名なによって罪つみのゆるしが受うけられると、あかしをしています」。

使徒11:17 このように、わたしたちが主しゅイエス・キリストを信しんじた時ときに下くださったのと同おなじ賜物たまものを、神かみが彼かれらにもお与あたえになったとすれば、わたしのような者ものが、どうして神かみを妨さまたげることができようか」。

使徒11:21 そして、主しゅのみ手てが彼かれらと共ともにあったため、信しんじて主しゅに帰依きえするものの数かずが多おおかった。

使徒13:12 総督そうとくはこの出来事できごとを見みて、主しゅの教きょうにすっかり驚おどろき、そして信しんじた。

使徒13:39 信しんじる者ものはもれなく、イエスによって義ぎとされるのである。

使徒13:41 『見みよ、侮あなどる者ものたちよ。驚おどろけ、そして滅ほろび去され。わたしは、あなたがたの時代じだいに一ひとつの事ことをする。それは、人ひとがどんなに説明せつめいして聞きかせても、あなたがたのとうてい信しんじないような事ことなのである』」。

使徒13:48 異邦いほう人にんたちはこれを聞きいてよろこび、主しゅの御言みことをほめたたえてやまなかった。そして、永遠えいえんの命いのちにあずかるように定さだめられていた者ものは、みな信しんじた。

使徒14:1 ふたりは、イコニオムでも同おなじようにユダヤ人にんの会堂かいどうにはいって語かたった結果けっか、ユダヤ人にんやギリシヤ人にんが大おおぜい信しんじた。

使徒14:2 ところが、信しんじなかったユダヤ人にんたちは異邦いほう人にんたちをそそのかして、兄弟きょうだいたちに対たいして悪意あくいをいだかせた。

使徒14:23 また教会きょうかいごとに彼かれらのために長老ちょうろうたちを任命にんめいし、断食だんじきをして祈いのり、彼かれらをその信しんじている主しゅにゆだねた。

使徒15:7 激はげしい争論そうろんがあった後あと、ペテロが立たって言いった、「兄弟きょうだいたちよ、ご承知しょうちのとおり、異邦いほう人にんがわたしの口くちから福音ふくいんの言葉ことばを聞きいて信しんじるようにと、神かみは初はじめのころに、諸君しょくんの中なかからわたしをお選えらびになったのである。

使徒15:11 確たしかに、主しゅイエスのめぐみによって、われわれは救すくわれるのだと信しんじるが、彼かれらとても同様どうようである」。

使徒16:15 そして、この婦人ふじんもその家族かぞくも、共ともにバプテスマを受うけたが、その時とき、彼女かのじょは「もし、わたしを主しゅを信しんじる者ものとお思おもいでしたら、どうぞ、わたしの家いえにきて泊とまって下ください」と懇望こんぼうし、しいてわたしたちをつれて行いった。

使徒16:31 ふたりが言いった、「主しゅイエスを信しんじなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族かぞくも救すくわれます」。

使徒16:34 さらに、ふたりを自分じぶんの家いえに案内あんないして食事しょくじのもてなしをし、神かみを信しんじる者ものとなったことを、全ぜん家族かぞくと共ともに心こころから喜よろこんだ。

語句索引に戻る