「つかわす」が出てくる聖書の箇所

「つかわす」は口語訳の533か所(旧約384・新約149)に出てきます。「遣わす」も含みます。日常訳第1版では25か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

533か所を200か所ずつ3ページに分けています(3ページ目)。

マタイによる福音書(22か所)

マタイ22:16 そして、彼かれらの弟子でしを、ヘロデ党とうの者ものたちと共ともに、イエスのもとにつかわして言いわせた、「先生せんせい、わたしたちはあなたが真実しんじつなかたであって、真理しんりに基もとづいて神かみの道みちを教おしえ、また、人ひとに分わけ隔へだてをしないで、だれをもはばかられないことを知しっています。

マタイ23:34 それだから、わたしは、預言よげん者しゃ、知者ちしゃ、律法りっぽう学がく者しゃたちをあなたがたにつかわすが、そのうちのある者ものを殺ころし、また十字じゅうじ架かにつけ、そのある者ものを会堂かいどうでむち打うち、また町まちから町まちへと迫害はくがいして行いくであろう。

マタイ23:37 ああ、エルサレム、エルサレム、預言よげん者しゃたちを殺ころし、おまえにつかわされた人ひとたちを石いしで打うち殺ころす者ものよ。ちょうど、めんどりが翼つばさの下したにそのひなを集あつめるように、わたしはおまえの子こらを幾いくたび集あつめようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応おうじようとしなかった。

マタイ24:31 また、彼かれは大おおいなるラッパの音おとと共ともに御ご使したちをつかわして、天てんのはてからはてに至いたるまで、四方しほうからその選民せんみんを呼よび集あつめるであろう。

マタイ26:53 それとも、わたしが父ちちに願ねがって、天てんの使つかいたちを十じゅう二に軍団ぐんだん以上いじょうも、今いまつかわしていただくことができないと、あなたは思おもうのか。

マタイ27:19 また、ピラトが裁判さいばんの席せきについていたとき、その妻つまが人ひとを彼かれのもとにつかわして、「あの義人ぎじんには関係かんけいしないでください。わたしはきょう夢ゆめで、あの人ひとのためにさんざん苦くるしみましたから」と言いわせた。

マルコによる福音書(10か所)

マルコ1:2 預言よげん者しゃイザヤの書しょに、「見みよ、わたしは使つかいをあなたの先さきにつかわし、あなたの道みちを整ととのえさせるであろう。

マルコ3:14 そこで十じゅう二に人にんをお立たてになった。彼かれらを自分じぶんのそばに置おくためであり、さらに宣教せんきょうにつかわし、

マルコ6:7 また十じゅう二に弟子でしを呼よび寄よせ、ふたりずつつかわすことにして、彼かれらにけがれた霊れいを制せいする権威けんいを与あたえ、

マルコ6:17 このヘロデは、自分じぶんの兄弟きょうだいピリポの妻つまヘロデヤをめとったが、そのことで、人ひとをつかわし、ヨハネを捕とらえて獄ごくにつないだ。

マルコ6:27 そこで、王おうはすぐに衛兵えいへいをつかわし、ヨハネの首くびを持もって来くるように命めいじた。衛兵えいへいは出でて行いき、獄中ごくちゅうでヨハネの首くびを切きり、

マルコ9:37 「だれでも、このような幼おさな子ごのひとりを、わたしの名なのゆえに受うけいれる者ものは、わたしを受うけいれるのである。そして、わたしを受うけいれる者ものは、わたしを受うけいれるのではなく、わたしをおつかわしになったかたを受うけいれるのである」。

マルコ11:1 さて、彼かれらがエルサレムに近ちかづき、オリブの山やまに沿そったベテパゲ、ベタニヤの附近ふきんにきた時とき、イエスはふたりの弟子でしをつかわして言いわれた、

マルコ12:6 ここに、もうひとりの者ものがいた。それは彼かれの愛子あいこであった。自分じぶんの子こは敬うやまってくれるだろうと思おもって、最後さいごに彼かれをつかわした。

マルコ12:13 さて、人々ひとびとはパリサイ人にんやヘロデ党とうの者ものを数すう人にん、イエスのもとにつかわして、その言葉ことばじりを捕とらえようとした。

マルコ13:27 そのとき、彼かれは御ご使したちをつかわして、地ちのはてから天てんのはてまで、四方しほうからその選民せんみんを呼よび集あつめるであろう。

ルカによる福音書(22か所)

ルカ1:19 御ご使しが答こたえて言いった、「わたしは神かみのみまえに立たつガブリエルであって、この喜よろこばしい知しらせをあなたに語かたり伝つたえるために、つかわされたものである。

ルカ1:26 六ろくか月げつ目めに、御ご使しガブリエルが、神かみからつかわされて、ナザレというガリラヤの町まちの一いち処女しょじょのもとにきた。

ルカ2:26 そして主しゅのつかわす救主すくいぬしに会あうまでは死しぬことはないと、聖霊せいれいの示ししめしを受うけていた。

ルカ4:18 「主しゅの御ご霊れいがわたしに宿やどっている。貧まずしい人々ひとびとに福音ふくいんを宣のべ伝つたえさせるために、わたしを聖別せいべつしてくださったからである。主しゅはわたしをつかわして、囚人しゅうじんが解放かいほうされ、盲人もうじんの目めが開ひらかれることを告つげ知しらせ、打うちひしがれている者ものに自由じゆうを得えさせ、

ルカ4:26 エリヤはそのうちのだれにもつかわされないで、ただシドンのサレプタにいるひとりのやもめにだけつかわされた。

ルカ4:43 しかしイエスは、「わたしは、ほかの町々まちまちにも神かみの国くにの福音ふくいんを宣のべ伝つたえねばならない。自分じぶんはそのためにつかわされたのである」と言いわれた。

ルカ7:3 この百ひゃく卒そつ長ちょうはイエスのことを聞きいて、ユダヤ人にんの長老ちょうろうたちをイエスのところにつかわし、自分じぶんの僕ぼくを助たすけにきてくださるようにと、お願ねがいした。

ルカ7:27 『見みよ、わたしは使つかいをあなたの先さきにつかわし、あなたの前まえに、道みちを整ととのえさせるであろう』と書かいてあるのは、この人ひとのことである。

ルカ9:2 また神かみの国くにを宣のべ伝つたえ、かつ病気びょうきをなおすためにつかわして

ルカ9:48 「だれでもこの幼おさな子ごをわたしの名なのゆえに受うけいれる者ものは、わたしを受うけいれるのである。そしてわたしを受うけいれる者ものは、わたしをおつかわしになったかたを受うけいれるのである。あなたがたみんなの中なかでいちばん小ちいさい者ものこそ、大おおきいのである」。

ルカ9:52 自分じぶんに先立さきだって使者ししゃたちをおつかわしになった。そして彼かれらがサマリヤ人にんの村むらへはいって行いき、イエスのために準備じゅんびをしようとしたところ、

ルカ10:1 その後ご、主しゅは別べつに七十ななじゅう二に人にんを選えらび、行いこうとしておられたすべての町まちや村むらへ、ふたりずつ先さきにおつかわしになった。

ルカ10:3 さあ、行いきなさい。わたしがあなたがたをつかわすのは、小羊こひつじをおおかみの中なかに送おくるようなものである。

ルカ10:16 あなたがたに聞き従うききしたがう者ものは、わたしに聞き従うききしたがうのであり、あなたがたを拒こばむ者ものは、わたしを拒こばむのである。そしてわたしを拒こばむ者ものは、わたしをおつかわしになったかたを拒こばむのである」。

ルカ11:49 それゆえに、『神かみの知恵ちえ』も言いっている、『わたしは預言よげん者しゃと使徒しととを彼かれらにつかわすが、彼かれらはそのうちのある者ものを殺ころしたり、迫害はくがいしたりするであろう』。

ルカ13:34 ああ、エルサレム、エルサレム、預言よげん者しゃたちを殺ころし、おまえにつかわされた人々ひとびとを石いしで打うち殺ころす者ものよ。ちょうどめんどりが翼つばさの下したにひなを集あつめるように、わたしはおまえの子こらを幾いくたび集あつめようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応おうじようとしなかった。

ルカ16:24 そこで声こえをあげて言いった、『父ちち、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先ゆびさきを水みずでぬらし、わたしの舌したを冷ひやさせてください。わたしはこの火炎かえんの中なかで苦くるしみもだえています』。

ルカ16:27 そこで金持かねもちが言いった、『父ちちよ、ではお願ねがいします。わたしの父ちちの家いえへラザロをつかわしてください。

ルカ19:29 そしてオリブという山やまに沿そったベテパゲとベタニヤに近ちかづかれたとき、ふたりの弟子でしをつかわして言いわれた、

ルカ19:32 そこで、つかわされた者ものたちが行いって見みると、果はたして、言いわれたとおりであった。

ルカ20:13 ぶどう園えんの主人しゅじんは言いった、『どうしようか。そうだ、わたしの愛子あいこをつかわそう。これなら、たぶん敬うやまってくれるだろう』。

ルカ22:35 そして彼かれらに言いわれた、「わたしが財布さいふも袋ふくろもくつも持もたせずにあなたがたをつかわしたとき、何なんかこまったことがあったか」。彼かれらは、「いいえ、何なんもありませんでした」と答こたえた。

ヨハネによる福音書(56か所)

ヨハネ1:6 ここにひとりの人ひとがあって、神かみからつかわされていた。その名なをヨハネと言いった。

ヨハネ1:19 さて、ユダヤ人にんたちが、エルサレムから祭司さいしたちやレビ人にんたちをヨハネのもとにつかわして、「あなたはどなたですか」と問とわせたが、その時ときヨハネが立たてたあかしは、こうであった。

ヨハネ1:22 そこで、彼かれらは言いった、「あなたはどなたですか。わたしたちをつかわした人々ひとびとに、答こたえを持もって行いけるようにしていただきたい。あなた自身じしんをだれだと考かんがえるのですか」。

ヨハネ1:24 つかわされた人ひとたちは、パリサイ人にんであった。

ヨハネ1:33 わたしはこの人ひとを知しらなかった。しかし、水みずでバプテスマを授さずけるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに言いわれた、『ある人ひとの上うえに、御ご霊れいが下くだってとどまるのを見みたら、その人ひとこそは、御ご霊れいによってバプテスマを授さずけるかたである』。

ヨハネ3:17 神かみが御子みこを世よにつかわされたのは、世よをさばくためではなく、御子みこによって、この世よが救すくわれるためである。

ヨハネ3:28 『わたしはキリストではなく、そのかたよりも先さきにつかわされた者ものである』と言いったことをあかししてくれるのは、あなたがた自身じしんである。

ヨハネ3:34 神かみがおつかわしになったかたは、神かみの言葉ことばを語かたる。神かみは聖霊せいれいを限かぎりなく賜たまうからである。

ヨハネ4:34 イエスは彼かれらに言いわれた、「わたしの食物しょくもつというのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行おこない、そのみわざをなし遂とげることである。

ヨハネ4:38 わたしは、あなたがたをつかわして、あなたがたがそのために労苦ろうくしなかったものを刈かりとらせた。ほかの人々ひとびとが労苦ろうくし、あなたがたは、彼かれらの労苦ろうくの実じつにあずかっているのである」。

ヨハネ5:23 それは、すべての人ひとが父ちちを敬ううやまうと同様どうように、子こを敬ううやまうためである。子こを敬うやまわない者ものは、子こをつかわされた父ちちをも敬うやまわない。

ヨハネ5:24 よくよくあなたがたに言いっておく。わたしの言葉ことばを聞きいて、わたしをつかわされたかたを信しんじる者ものは、永遠えいえんの命いのちを受うけ、またさばかれることがなく、死しから命いのちに移うつっているのである。

ヨハネ5:30 わたしは、自分じぶんからは何事なにごともすることができない。ただ聞きくままにさばくのである。そして、わたしのこのさばきは正ただしい。それは、わたし自身じしんの考かんがえでするのではなく、わたしをつかわされたかたの、み旨むねを求もとめているからである。

ヨハネ5:33 あなたがたはヨハネのもとへ人ひとをつかわしたが、そのとき彼かれは真理しんりについてあかしをした。

ヨハネ5:36 しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、もっと力ちからあるあかしがある。父ちちがわたしに成就じょうじゅさせようとしてお与あたえになったわざ、すなわち、今いまわたしがしているこのわざが、父ちちのわたしをつかわされたことをあかししている。

ヨハネ5:37 また、わたしをつかわされた父ちちも、ご自分じぶんでわたしについてあかしをされた。あなたがたは、まだそのみ声こえを聞きいたこともなく、そのみ姿すがたを見みたこともない。

ヨハネ5:38 また、神かみがつかわされた者ものを信しんじないから、神かみの御言みことはあなたがたのうちにとどまっていない。

ヨハネ6:29 イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「神かみがつかわされた者ものを信しんじることが、神かみのわざである」。

ヨハネ6:38 わたしが天てんから下くだってきたのは、自分じぶんのこころのままを行おこなうためではなく、わたしをつかわされたかたのみこころを行おこなうためである。

ヨハネ6:39 わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与あたえて下くださった者ものを、わたしがひとりも失うしなわずに、終おわりの日ひによみがえらせることである。

ヨハネ6:44 わたしをつかわされた父ちちが引ひきよせて下くださらなければ、だれもわたしに来くることはできない。わたしは、その人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう。

ヨハネ6:57 生いける父ちちがわたしをつかわされ、また、わたしが父ちちによって生いきているように、わたしを食たべる者ものもわたしによって生いきるであろう。

ヨハネ7:16 そこでイエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「わたしの教きょうはわたし自身じしんの教きょうではなく、わたしをつかわされたかたの教きょうである。

ヨハネ7:18 自分じぶんから出でたことを語かたる者ものは、自分じぶんの栄光えいこうを求もとめるが、自分じぶんをつかわされたかたの栄光えいこうを求もとめる者ものは真実しんじつであって、その人ひとの内うちには偽いつわりがない。

ヨハネ7:28 イエスは宮みやの内うちで教おしえながら、叫さけんで言いわれた、「あなたがたは、わたしを知しっており、また、わたしがどこからきたかも知しっている。しかし、わたしは自分じぶんからきたのではない。わたしをつかわされたかたは真実しんじつであるが、あなたがたは、そのかたを知しらない。

ヨハネ7:29 わたしは、そのかたを知しっている。わたしはそのかたのもとからきた者もので、そのかたがわたしをつかわされたのである」。

ヨハネ7:32 群衆ぐんしゅうがイエスについてこのようなうわさをしているのを、パリサイ人にんたちは耳みみにした。そこで、祭司さいし長ちょうたちやパリサイ人にんたちは、イエスを捕とらえようとして、下役したやくどもをつかわした。

ヨハネ7:33 イエスは言いわれた、「今いましばらくの間あいだ、わたしはあなたがたと一緒いっしょにいて、それから、わたしをおつかわしになったかたのみもとに行いく。

ヨハネ8:16 しかし、もしわたしがさばくとすれば、わたしのさばきは正ただしい。なぜなら、わたしはひとりではなく、わたしをつかわされたかたが、わたしと一緒いっしょだからである。

ヨハネ8:18 わたし自身じしんのことをあかしするのは、わたしであるし、わたしをつかわされた父ちちも、わたしのことをあかしして下くださるのである」。

ヨハネ8:26 あなたがたについて、わたしの言ゆうべきこと、さばくべきことが、たくさんある。しかし、わたしをつかわされたかたは真実しんじつなかたである。わたしは、そのかたから聞きいたままを世よにむかって語かたるのである」。

ヨハネ8:29 わたしをつかわされたかたは、わたしと一緒いっしょにおられる。わたしは、いつも神かみのみこころにかなうことをしているから、わたしをひとり置おきざりになさることはない」。

ヨハネ8:42 イエスは彼かれらに言いわれた、「神かみがあなたがたの父ちちであるならば、あなたがたはわたしを愛あいするはずである。わたしは神かみから出でた者もの、また神かみからきている者ものであるからだ。わたしは自分じぶんからきたのではなく、神かみからつかわされたのである。

ヨハネ9:4 わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼ひるの間あいだにしなければならない。夜よるが来くる。すると、だれも働はたらけなくなる。

ヨハネ9:7 「シロアム(つかわされた者もの、の意い)の池いけに行いって洗あらいなさい」。そこで彼かれは行いって洗あらった。そして見みえるようになって、帰かえって行いった。

ヨハネ10:36 父ちちが聖別せいべつして、世よにつかわされた者ものが、『わたしは神かみの子こである』と言いったからとて、どうして『あなたは神かみを汚けがす者ものだ』と言いうのか。

ヨハネ11:3 姉妹しまいたちは人ひとをイエスのもとにつかわして、「主しゅよ、ただ今いま、あなたが愛あいしておられる者ものが病気びょうきをしています」と言いわせた。

ヨハネ11:42 あなたがいつでもわたしの願ねがいを聞ききいれて下くださることを、よく知しっています。しかし、こう申もうしますのは、そばに立たっている人々ひとびとに、あなたがわたしをつかわされたことを、信しんじさせるためであります」。

ヨハネ12:44 イエスは大声おおごえで言いわれた、「わたしを信しんじる者ものは、わたしを信しんじるのではなく、わたしをつかわされたかたを信しんじるのであり、

ヨハネ12:45 また、わたしを見みる者ものは、わたしをつかわされたかたを見みるのである。

ヨハネ12:49 わたしは自分じぶんから語かたったのではなく、わたしをつかわされた父ちちご自身じしんが、わたしの言ゆうべきこと、語かたるべきことをお命めいじになったのである。

ヨハネ13:16 よくよくあなたがたに言いっておく。僕ぼくはその主人しゅじんにまさるものではなく、つかわされた者ものはつかわした者ものにまさるものではない。

ヨハネ13:20 よくよくあなたがたに言いっておく。わたしがつかわす者ものを受うけいれる者ものは、わたしを受うけいれるのである。わたしを受うけいれる者ものは、わたしをつかわされたかたを、受うけいれるのである」。

ヨハネ14:24 わたしを愛あいさない者ものはわたしの言葉ことばを守まもらない。あなたがたが聞きいている言葉ことばは、わたしの言葉ことばではなく、わたしをつかわされた父ちちの言葉ことばである。

ヨハネ14:26 しかし、助たすけ主ぬし、すなわち、父ちちがわたしの名なによってつかわされる聖霊せいれいは、あなたがたにすべてのことを教おしえ、またわたしが話はなしておいたことを、ことごとく思おもい起おこさせるであろう。

ヨハネ15:21 彼かれらはわたしの名なのゆえに、あなたがたに対たいしてすべてそれらのことをするであろう。それは、わたしをつかわされたかたを彼かれらが知しらないからである。

ヨハネ15:26 わたしが父ちちのみもとからあなたがたにつかわそうとしている助たすけ主ぬし、すなわち、父ちちのみもとから来くる真理しんりの御ご霊れいが下くだる時とき、それはわたしについてあかしをするであろう。

ヨハネ16:5 けれども今いまわたしは、わたしをつかわされたかたのところに行いこうとしている。しかし、あなたがたのうち、だれも『どこへ行いくのか』と尋たずねる者ものはない。

ヨハネ16:7 しかし、わたしはほんとうのことをあなたがたに言ゆうが、わたしが去さって行いくことは、あなたがたの益えきになるのだ。わたしが去さって行いかなければ、あなたがたのところに助たすけ主ぬしはこないであろう。もし行いけば、それをあなたがたにつかわそう。

ヨハネ17:3 永遠えいえんの命いのちとは、唯一ゆいいつの、まことの神かみでいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知しることであります。

ヨハネ17:8 なぜなら、わたしはあなたからいただいた言葉ことばを彼かれらに与あたえ、そして彼かれらはそれを受うけ、わたしがあなたから出でたものであることをほんとうに知しり、また、あなたがわたしをつかわされたことを信しんじるに至いたったからです。

ヨハネ17:18 あなたがわたしを世よにつかわされたように、わたしも彼かれらを世よにつかわしました。

ヨハネ17:21 父ちちよ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者ものが一ひとつとなるためであります。すなわち、彼かれらをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、世よが信しんじるようになるためであります。

ヨハネ17:23 わたしが彼かれらにおり、あなたがわたしにいますのは、彼かれらが完全かんぜんに一ひとつとなるためであり、また、あなたがわたしをつかわし、わたしを愛あいされたように、彼かれらをお愛あいしになったことを、世よが知しるためであります。

ヨハネ17:25 正ただしい父ちちよ、この世よはあなたを知しっていません。しかし、わたしはあなたを知しり、また彼かれらも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知しっています。

ヨハネ20:21 イエスはまた彼かれらに言いわれた、「安やすかれ。父ちちがわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」。

使徒行伝(18か所)

使徒2:22 イスラエルの人ひとたちよ、今いまわたしの語かたることを聞きききなさい。あなたがたがよく知しっているとおり、ナザレ人にんイエスは、神かみが彼かれをとおして、あなたがたの中なかで行おこなわれた数々かずかずの力ちからあるわざと奇跡きせきとしるしとにより、神かみからつかわされた者ものであることを、あなたがたに示しめされたかたであった。

使徒3:20 それは、主しゅのみ前まえから慰なぐさめの時ときがきて、あなたがたのためにあらかじめ定さだめてあったキリストなるイエスを、神かみがつかわして下くださるためである。

使徒3:26 神かみがまずあなたがたのために、その僕ぼくを立たてて、おつかわしになったのは、あなたがたひとりびとりを、悪わるから立たちかえらせて、祝福しゅくふくにあずからせるためなのである」。

使徒5:21 彼かれらはこれを聞ききき、夜明よあけごろ宮みやにはいって教おしえはじめた。一方いっぽうでは、大だい祭司さいしとその仲間なかまの者ものとが、集あつまってきて、議会ぎかいとイスラエル人にんの長老ちょうろう一同いちどうとを召集しょうしゅうし、使徒しとたちを引ひき出だしてこさせるために、人ひとを獄ごくにつかわした。

使徒7:12 ヤコブは、エジプトには食糧しょくりょうがあると聞きいて、初はじめに先祖せんぞたちをつかわしたが、

使徒7:34 わたしは、エジプトにいるわたしの民たみが虐待ぎゃくたいされている有様ありさまを確たしかに見みとどけ、その苦悩くのうのうめき声ごえを聞きいたので、彼かれらを救すくい出だすために下くだってきたのである。さあ、今いまあなたをエジプトにつかわそう』。

使徒7:35 こうして、『だれが、君きみを支配しはい者しゃや裁判さいばん人にんにしたのか』と言いって排斥はいせきされたこのモーセを、神かみは、柴しばの中なかで彼かれに現あらわれた御ご使しの手てによって、支配しはい者しゃ、解放かいほう者しゃとして、おつかわしになったのである。

使徒8:14 エルサレムにいる使徒しとたちは、サマリヤの人々ひとびとが、神かみの言げんを受うけ入いれたと聞きいて、ペテロとヨハネとを、そこにつかわした。

使徒9:17 そこでアナニヤは、出でかけて行いってその家いえにはいり、手てをサウロの上うえにおいて言いった、「兄弟きょうだいサウロよ、あなたが来くる途中とちゅうで現あらわれた主しゅイエスは、あなたが再ふたたび見みえるようになるため、そして聖霊せいれいに満みたされるために、わたしをここにおつかわしになったのです」。

使徒11:11 ちょうどその時とき、カイザリヤからつかわされてきた三さん人にんの人ひとが、わたしたちの泊とまっていた家いえに着ついた。

使徒11:22 このうわさがエルサレムにある教会きょうかいに伝つたわってきたので、教会きょうかいはバルナバをアンテオケにつかわした。

使徒12:11 その時ときペテロはわれにかえって言いった、「今いまはじめて、ほんとうのことがわかった。主しゅが御ご使しをつかわして、ヘロデの手てから、またユダヤ人にんたちの待まちもうけていたあらゆる災わざわいから、わたしを救すくい出だして下くださったのだ」。

使徒13:15 律法りっぽうと預言よげん書しょの朗読ろうどくがあったのち、会堂かいどう司したちが彼かれらのところに人ひとをつかわして、「兄弟きょうだいたちよ、もしあなたがたのうち、どなたか、この人々ひとびとに何なんか奨励しょうれいの言葉ことばがありましたら、どうぞお話はなし下ください」と言いわせた。

使徒13:20 それらのことが約やく四百よんひゃく五十ごじゅう年ねんの年月としつきにわたった。その後ご、神かみはさばき人にんたちをおつかわしになり、預言よげん者しゃサムエルの時ときに及およんだ。

使徒13:21 その時とき、人々ひとびとが王おうを要求ようきゅうしたので、神かみはベニヤミン族ぞくの人ひと、キスの子こサウロを四十よんじゅう年間ねんかん、彼かれらにおつかわしになった。

使徒16:35 夜よるが明あけると、長官ちょうかんたちは警吏けいりらをつかわして、「あの人ひとたちを釈放しゃくほうせよ」と言いわせた。

使徒22:21 すると、主しゅがわたしに言いわれた、『行いきなさい。わたしが、あなたを遠とおく異邦いほうの民たみへつかわすのだ』」。

使徒26:17 わたしは、この国民こくみんと異邦いほう人にんとの中なかから、あなたを救すくい出だし、あらためてあなたを彼かれらにつかわすが、

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ8:3 律法りっぽうが肉にくにより無力むりょくになっているためになし得えなかった事ことを、神かみはなし遂とげて下くださった。すなわち、御子みこを、罪つみの肉にくの様ようで罪つみのためにつかわし、肉にくにおいて罪つみを罰ばっせられたのである。

ローマ10:15 つかわされなくては、どうして宣のべ伝つたえることがあろうか。「ああ、麗うるわしいかな、良よきおとずれを告つげる者ものの足あしは」と書かいてあるとおりである。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一1:17 いったい、キリストがわたしをつかわされたのは、バプテスマを授さずけるためではなく、福音ふくいんを宣のべ伝つたえるためであり、しかも知恵ちえの言葉ことばを用もちいずに宣のべ伝つたえるためであった。それは、キリストの十字じゅうじ架かが無力むりょくなものになってしまわないためなのである。

コリント第一4:17 このことのために、わたしは主しゅにあって愛あいする忠実ちゅうじつなわたしの子こテモテを、あなたがたの所ところにつかわした。彼かれは、キリスト・イエスにおけるわたしの生活せいかつのしかたを、わたしが至いたる所ところの教会きょうかいで教おしえているとおりに、あなたがたに思おもい起おこさせてくれるであろう。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二2:17 しかし、わたしたちは、多おおくの人ひとのように神かみの言げんを売物うりものにせず、真心まごころをこめて、神かみにつかわされた者ものとして神かみのみまえで、キリストにあって語かたるのである。

コリント第二12:17 わたしは、あなたがたにつかわした人ひとたちのうちのだれかをとおして、あなたがたからむさぼり取とっただろうか。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ2:8 (というのは、ペテロに働はたらきかけて割礼かつれいの者ものへの使徒しとの務つとむにつかせたかたは、わたしにも働はたらきかけて、異邦いほう人にんにつかわして下くださったからである)、

ガラテヤ4:4 しかし、時ときの満みちるに及およんで、神かみは御子みこを女おんなから生うまれさせ、律法りっぽうの下したに生うまれさせて、おつかわしになった。

テサロニケ人への第一の手紙(2か所)

テサロニケ第一3:2 わたしたちの兄弟きょうだいで、キリストの福音ふくいんにおける神かみの同どう労ろう者しゃテモテをつかわした。それは、あなたがたの信仰しんこうを強つよめ、

テサロニケ第一3:5 そこで、わたしはこれ以上いじょう耐たえられなくなって、もしや「試こころみる者もの」があなたがたを試こころみ、そのためにわたしたちの労苦ろうくがむだになりはしないかと気きづかって、あなたがたの信仰しんこうを知しるために、彼かれをつかわしたのである。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二4:12 わたしはテキコをエペソにつかわした。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル1:14 御ご使したちはすべて仕つかえる霊れいであって、救すくいを受うけ継つぐべき人々ひとびとに奉仕ほうしするため、つかわされたものではないか。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:12 そして、それらについて調しらべたのは、自分じぶんたちのためではなくて、あなたがたのための奉仕ほうしであることを示しめされた。それらの事ことは、天てんからつかわされた聖霊せいれいに感かんじて福音ふくいんをあなたがたに宣のべ伝つたえた人々ひとびとによって、今いまや、あなたがたに告つげ知しらされたのであるが、これは、御ご使したちも、うかがい見みたいと願ねがっている事ことである。

ペテロ第一2:14 あるいは、悪あくを行おこなう者ものを罰ばっし善ぜんを行おこなう者ものを賞しょうするために、王おうからつかわされた長官ちょうかんであろうと、これに従したがいなさい。

ヨハネの第一の手紙(3か所)

ヨハネ第一4:9 神かみはそのひとり子こを世よにつかわし、彼かれによってわたしたちを生いきるようにして下くださった。それによって、わたしたちに対たいする神かみの愛あいが明あきらかにされたのである。

ヨハネ第一4:10 わたしたちが神かみを愛あいしたのではなく、神かみがわたしたちを愛あいして下くださって、わたしたちの罪つみのためにあがないの供そなえ物ものとして、御子みこをおつかわしになった。ここに愛あいがある。

ヨハネ第一4:14 わたしたちは、父ちちが御子みこを世よの救主すくいぬしとしておつかわしになったのを見みて、そのあかしをするのである。

ヨハネの黙示録(4か所)

黙示録1:1 イエス・キリストの黙示もくし。この黙示もくしは、神かみが、すぐにも起おこるべきことをその僕ぼくたちに示しめすためキリストに与あたえ、そして、キリストが、御ご使しをつかわして、僕ぼくヨハネに伝つたえられたものである。

黙示録5:6 わたしはまた、御座ぎょざと四よんつの生いき物ものとの間あいだ、長老ちょうろうたちの間あいだに、ほふられたとみえる小羊こひつじが立たっているのを見みた。それに七ななつの角かどと七ななつの目めとがあった。これらの目めは、全ぜん世界せかいにつかわされた、神かみの七ななつの霊れいである。

黙示録22:6 彼かれはまた、わたしに言いった、「これらの言葉ことばは信しんずべきであり、まことである。預言よげん者しゃたちのたましいの神かみなる主しゅは、すぐにも起おこるべきことをその僕ぼくたちに示しめそうとして、御ご使しをつかわされたのである。

黙示録22:16 わたしイエスは、使つかいをつかわして、諸教しょきょう会かいのために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝わかえだまた子孫しそんであり、輝かがやく明あけの明星みょうじょうである」。

語句索引に戻る