「示す」(しめす)が出てくる聖書の箇所

「示す」(しめす)は口語訳の272か所(旧約212・新約60)に出てきます。「しめす」「示せる」も含みます。日常訳第1版では191か所。

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272か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

アモス書(8か所)

アモス書4:13 見みよ、彼かれは山やまを造つくり、風かぜを創造そうぞうし、人ひとにその思おもいのいかなるかを示ししめし、また、あけぼのを変かえて暗くらやみとなし、地ちの高たかい所ところを踏ふまれる者もの、その名なを万まん軍ぐんの神かみ、主しゅと言ゆう。

アモス書7:1 主しゅなる神かみはこのようにわたしに示しめされた。見みよ、二に番ばん草そうのはえ出でる初はじめに主しゅは、いなごを造つくられた。見みよ、その二に番ばん草そうは王おうの刈かった後あとに、はえたものである。

アモス書7:4 主しゅなる神かみはこのようにわたしに示しめされた。見みよ、主しゅなる神かみはさばきのために火ひを呼よばれた。火ひは大淵おおふちを焼やき、また地ちを焼やこうとした。

アモス書7:7 また主しゅはわたしに示しめされた。見みよ、主しゅは測はかりなわをもって築きずいた石いしがきの上うえに立たち、その手てに測はかりなわをもっておられた。

アモス書8:1 主しゅなる神かみは、このようにわたしに示しめされた。見みよ、ひとかごの夏なつのくだものがある。

ミカ書(4か所)

ミカ書1:1 ユダの王おうヨタム、アハズおよびヒゼキヤの世よに、モレシテびとミカが、サマリヤとエルサレムについて示しめされた主しゅの言葉ことば。

ミカ書3:8 しかしわたしは主しゅのみたまによって力ちからに満みち、公義きみよしと勇気ゆうきとに満みたされ、ヤコブにそのとがを示ししめし、イスラエルにその罪つみを示しめすことができる。

ミカ書7:15 あなたがエジプトの国くにを出でた時ときのように、わたしはもろもろの不思議ふしぎな事ことを彼かれらに示しめす。

ミカ書7:20 昔むかしからわれわれの先祖せんぞたちに誓ちかわれたように、真実しんじつをヤコブに示ししめし、いつくしみをアブラハムに示しめされる。

ゼカリヤ書(3か所)

ゼカリヤ書1:9 その時ときわたしが『わが主しゅよ、これらはなんですか』と尋たずねると、わたしと語かたる天てんの使つかいは言いった、『これがなんであるか、あなたに示ししめしましょう』。

ゼカリヤ書1:20 その時とき、主しゅは四よん人にんの鍛冶たんやをわたしに示しめされた。

ゼカリヤ書3:1 時ときに主しゅは大だい祭司さいしヨシュアが、主しゅの使つかいの前まえに立たち、サタンがその右みぎに立たって、これを訴うったえているのをわたしに示しめされた。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ13:24 また、ほかの譬たとえを彼かれらに示ししめして言いわれた、「天国てんごくは、良よい種たねを自分じぶんの畑はたけにまいておいた人ひとのようなものである。

マタイ13:31 また、ほかの譬たとえを彼かれらに示ししめして言いわれた、「天国てんごくは、一いち粒つぶのからし種しゅのようなものである。ある人ひとがそれをとって畑はたけにまくと、

マタイ16:21 この時ときから、イエス・キリストは、自分じぶんが必かならずエルサレムに行いき、長老ちょうろう、祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちから多おおくの苦くるしみを受うけ、殺ころされ、そして三みっ日か目めによみがえるべきことを、弟子でしたちに示ししめしはじめられた。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ13:11 そして、人々ひとびとがあなたがたを連つれて行いって引ひきわたすとき、何なんを言いおうかと、前まえもって心配しんぱいするな。その場合ばあい、自分じぶんに示しめされることを語かたるがよい。語かたる者ものはあなたがた自身じしんではなくて、聖霊せいれいである。

マルコ16:20 弟子でしたちは出でて行いって、至いたる所ところで福音ふくいんを宣のべ伝つたえた。主しゅも彼かれらと共ともに働はたらき、御言みことに伴ともなうしるしをもって、その確たしかなことをお示ししめしになった。〕

ルカによる福音書(1か所)

ルカ20:37 死人しにんがよみがえることは、モーセも柴しばの篇へんで、主しゅを『アブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみ』と呼よんで、これを示ししめした。

ヨハネによる福音書(9か所)

ヨハネ5:20 なぜなら、父ちちは子こを愛あいして、みずからなさることは、すべて子こにお示ししめしになるからである。そして、それよりもなお大おおきなわざを、お示ししめしになるであろう。あなたがたが、それによって不思議ふしぎに思おもうためである。

ヨハネ10:32 するとイエスは彼かれらに答こたえられた、「わたしは、父ちちによる多おおくのよいわざを、あなたがたに示ししめした。その中なかのどのわざのために、わたしを石いしで打うち殺ころそうとするのか」。

ヨハネ12:33 イエスはこう言いって、自分じぶんがどんな死しに方かたで死しのうとしていたかを、お示ししめしになったのである。

ヨハネ12:38 それは、預言よげん者しゃイザヤの次つぎの言葉ことばが成就じょうじゅするためである、「主しゅよ、わたしたちの説とくところを、だれが信しんじたでしょうか。また、主しゅのみ腕うではだれに示しめされたでしょうか」。

ヨハネ13:15 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本てほんを示ししめしたのだ。

ヨハネ14:8 ピリポはイエスに言いった、「主しゅよ、わたしたちに父ちちを示ししめして下ください。そうして下くだされば、わたしたちは満足まんぞくします」。

ヨハネ14:9 イエスは彼かれに言いわれた、「ピリポよ、こんなに長ながくあなたがたと一緒いっしょにいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見みた者ものは、父ちちを見みたのである。どうして、わたしたちに父ちちを示ししめしてほしいと、言いうのか。

ヨハネ18:32 これは、ご自身じしんがどんな死しにかたをしようとしているかを示しめすために言いわれたイエスの言葉ことばが、成就じょうじゅするためである。

ヨハネ21:19 これは、ペテロがどんな死しに方かたで、神かみの栄光えいこうをあらわすかを示しめすために、お話はなしになったのである。こう話はなしてから、「わたしに従したがってきなさい」と言いわれた。

使徒行伝(9か所)

使徒1:3 イエスは苦難くなんを受うけたのち、自分じぶんの生いきていることを数々かずかずの確たしかな証拠しょうこによって示ししめし、四十よんじゅう日にちにわたってたびたび彼かれらに現あらわれて、神かみの国くにのことを語かたられた。

使徒1:25 ユダがこの使徒しとの職務しょくむから落おちて、自分じぶんの行いくべきところへ行いったそのあとを継つがせなさいますか、お示ししめし下ください」。

使徒2:22 イスラエルの人ひとたちよ、今いまわたしの語かたることを聞きききなさい。あなたがたがよく知しっているとおり、ナザレ人にんイエスは、神かみが彼かれをとおして、あなたがたの中なかで行おこなわれた数々かずかずの力ちからあるわざと奇跡きせきとしるしとにより、神かみからつかわされた者ものであることを、あなたがたに示しめされたかたであった。

使徒2:28 あなたは、いのちの道みちをわたしに示ししめし、み前まえにあって、わたしを喜よろこびで満みたして下くださるであろう』。

使徒10:28 ペテロは彼かれらに言いった、「あなたがたが知しっているとおり、ユダヤ人にんが他国たこくの人ひとと交際こうさいしたり、出入でいりしたりすることは、禁きんじられています。ところが、神かみは、どんな人間にんげんをも清きよくないとか、汚よごれているとか言いってはならないと、わたしにお示ししめしになりました。

使徒17:31 神かみは、義ぎをもってこの世界せかいをさばくためその日ひを定さだめ、お選えらびになったかたによってそれをなし遂とげようとされている。すなわち、このかたを死人しにんの中なかからよみがえらせ、その確証かくしょうをすべての人ひとに示しめされたのである」。

使徒18:28 彼かれはイエスがキリストであることを、聖書せいしょに基もとづいて示ししめし、公然こうぜんと、ユダヤ人にんたちを激はげしい語調ごちょうで論破ろんぱしたからである。

使徒25:27 囚人しゅうじんを送おくるのに、その告訴こくその理由りゆうを示しめさないということは、不ふ合理ごうりだと思おもえるからである」。

使徒26:16 さあ、起おきあがって、自分じぶんの足あしで立たちなさい。わたしがあなたに現あらわれたのは、あなたがわたしに会あった事ことと、あなたに現あらわれて示しめそうとしている事こととをあかしし、これを伝つたえる務つとむに、あなたを任にんじるためである。

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ3:25 神かみはこのキリストを立たてて、その血ちによる、信仰しんこうをもって受うけくべきあがないの供そなえ物ものとされた。それは神かみの義ぎを示しめすためであった。すなわち、今いままでに犯おかされた罪つみを、神かみは忍耐にんたいをもって見みのがしておられたが、

ローマ3:26 それは、今いまの時ときに、神かみの義ぎを示しめすためであった。こうして、神かみみずからが義ぎとなり、さらに、イエスを信しんじる者ものを義ぎとされるのである。

ローマ5:8 しかし、まだ罪人ざいにんであった時とき、わたしたちのためにキリストが死しんで下くださったことによって、神かみはわたしたちに対たいする愛あいを示しめされたのである。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一12:31 だが、あなたがたは、更さらに大おおいなる賜物たまものを得えようと熱心ねっしんに努つとめなさい。そこで、わたしは最ももっともすぐれた道みちをあなたがたに示しめそう。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二2:8 そこでわたしは、彼かれに対たいして愛あいを示しめすように、あなたがたに勧すすめる。

コリント第二8:19 そのうえ、彼かれは、主しゅご自身じしんの栄光えいこうがあらわれるため、また、わたしたちの好意こういを示しめすために、骨ほねを折おって贈おくり物ものを集あつめているわたしたちの同伴どうはん者しゃとして、諸教しょきょう会かいから選えらばれたのである。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ2:2 そこに上のぼったのは、啓示けいじによってである。そして、わたしが異邦いほう人にんの間あいだに宣のべ伝つたえている福音ふくいんを、人々ひとびとに示ししめし、「重じゅうだった人ひとたち」には個人こじん的てきに示ししめした。それは、わたしが現げんに走はしっており、またすでに走はしってきたことが、むだにならないためである。

エペソ人への手紙(5か所)

エペソ1:9 御お旨むねの奥義おうぎを、自みずからあらかじめ定さだめられた計画けいかくに従したがって、わたしたちに示ししめして下くださったのである。

エペソ2:7 それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに賜たまわった慈愛じあいによる神かみの恵めぐみの絶大ぜつだいな富とみを、きたるべき世々せいせいに示しめすためであった。

エペソ3:9 更さらにまた、万物ばんぶつの造つくり主ぬしである神かみの中なかに世々せいせい隠かくされていた奥義おうぎにあずかる務つとむがどんなものであるかを、明あきらかに示しめすためである。

エペソ4:2 できる限かぎり謙虚けんきょで、かつ柔和にゅうわであり、寛容かんようを示ししめし、愛あいをもって互たがいに忍しのびあい、

エペソ6:19 また、わたしが口くちを開ひらくときに語かたるべき言葉ことばを賜たまわり、大胆だいたんに福音ふくいんの奥義おうぎを明あきらかに示ししめしうるように、わたしのためにも祈いのってほしい。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ3:15 だから、わたしたちの中なかで全ぜんき人にんたちは、そのように考かんがえるべきである。しかし、あなたがたが違ちがった考かんがえを持もっているなら、神かみはそのことも示ししめして下くださるであろう。

ピリピ4:5 あなたがたの寛容かんようを、みんなの人ひとに示ししめしなさい。主しゅは近ちかい。

テサロニケ人への第二の手紙(2か所)

テサロニケ第二1:4 そのために、わたしたち自身じしんは、あなたがたがいま受うけているあらゆる迫害はくがいと患難かんなんとのただ中なかで示ししめしている忍耐にんたいと信仰しんこうとにつき、神かみの諸教しょきょう会かいに対たいしてあなたがたを誇ほこりとしている。

テサロニケ第二3:9 それは、わたしたちにその権利けんりがないからではなく、ただわたしたちにあなたがたが見習みならうように、身みをもって模範もはんを示ししめしたのである。

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一1:11 これは、祝福しゅくふくに満みちた神かみの栄光えいこうの福音ふくいんが示しめすところであって、わたしはこの福音ふくいんをゆだねられているのである。

テモテ第一1:16 しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対たいして限かぎりない寛容かんようを示ししめし、そして、わたしが今後こんご、彼かれを信しんじて永遠えいえんのいのちを受うける者ものの模範もはんとなるためである。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二1:10 そして今いまや、わたしたちの救主すくいぬしキリスト・イエスの出現しゅつげんによって明あきらかにされた恵めぐみによるのである。キリストは死しを滅ほろぼし、福音ふくいんによっていのちと不死ふしとを明あきらかに示しめされたのである。

テトスへの手紙(3か所)

テトス2:7 あなた自身じしんを良よいわざの模範もはんとして示ししめし、人ひとを教おしえる場合ばあいには、清廉せいれんと謹厳きんげんとをもってし、

テトス2:10 盗ぬすみをせず、どこまでも心こころをこめた真実しんじつを示しめすようにと、勧すすめなさい。そうすれば、彼かれらは万事ばんじにつけ、わたしたちの救主すくいぬしなる神かみの教きょうを飾かざることになろう。

テトス3:2 だれをもそしらず、争あらそわず、寛容かんようであって、すべての人ひとに対たいしてどこまでも柔和にゅうわな態度たいどを示しめすべきことを、思おもい出ださせなさい。

ヘブル人への手紙(8か所)

ヘブル6:10 神かみは不義ふぎなかたではないから、あなたがたの働はたらきや、あなたがたがかつて聖徒せいとに仕つかえ、今いまもなお仕つかえて、御名ぎょめいのために示ししめしてくれた愛あいを、お忘わすれになることはない。

ヘブル6:11 わたしたちは、あなたがたがひとり残のこらず、最後さいごまで望のぞみを持もちつづけるためにも、同おなじ熱意ねついを示ししめし、

ヘブル6:17 そこで、神かみは、約束やくそくのものを受うけ継つぐ人々ひとびとに、ご計画けいかくの不変ふへんであることを、いっそうはっきり示しめそうと思おもわれ、誓ちかいによって保証ほしょうされたのである。

ヘブル8:5 彼かれらは、天てんにある聖せい所しょのひな型がたと影かげとに仕つかえている者ものにすぎない。それについては、モーセが幕屋まくやを建たてようとしたとき、御お告つげを受うけ、「山やまで示しめされた型かたどおりに、注意ちゅういしてそのいっさいを作つくりなさい」と言いわれたのである。

ヘブル9:8 それによって聖霊せいれいは、前方ぜんぽうの幕屋まくやが存在そんざいしている限かぎり、聖せい所しょにはいる道みちはまだ開ひらかれていないことを、明あきらかに示ししめしている。

ヘブル11:14 そう言いいあらわすことによって、彼かれらがふるさとを求もとめていることを示ししめしている。

ヘブル12:25 あなたがたは、語かたっておられるかたを拒こばむことがないように、注意ちゅういしなさい。もし地上ちじょうで御お旨むねを告つげた者ものを拒こばんだ人々ひとびとが、罰ばつをのがれることができなかったなら、天てんから告つげ示しめすかたを退しりぞけるわたしたちは、なおさらそうなるのではないか。

ヘブル12:27 この「もう一いち度ど」という言葉ことばは、震ふるわれないものが残のこるために、震ふるわれるものが、造つくられたものとして取とり除のぞかれることを示ししめしている。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ3:13 あなたがたのうちで、知恵ちえがあり物ものわかりのよい人ひとは、だれであるか。その人ひとは、知恵ちえにかなう柔和にゅうわな行おこないをしていることを、よい生活せいかつによって示しめすがよい。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一1:12 そして、それらについて調しらべたのは、自分じぶんたちのためではなくて、あなたがたのための奉仕ほうしであることを示しめされた。それらの事ことは、天てんからつかわされた聖霊せいれいに感かんじて福音ふくいんをあなたがたに宣のべ伝つたえた人々ひとびとによって、今いまや、あなたがたに告つげ知しらされたのであるが、これは、御ご使したちも、うかがい見みたいと願ねがっている事ことである。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二1:14 それは、わたしたちの主しゅイエス・キリストもわたしに示ししめして下くださったように、わたしのこの幕屋まくやを脱ぬぎ去さる時ときが間近まぢかであることを知しっているからである。

ヨハネの黙示録(3か所)

黙示録1:1 イエス・キリストの黙示もくし。この黙示もくしは、神かみが、すぐにも起おこるべきことをその僕ぼくたちに示しめすためキリストに与あたえ、そして、キリストが、御ご使しをつかわして、僕ぼくヨハネに伝つたえられたものである。

黙示録22:6 彼かれはまた、わたしに言いった、「これらの言葉ことばは信しんずべきであり、まことである。預言よげん者しゃたちのたましいの神かみなる主しゅは、すぐにも起おこるべきことをその僕ぼくたちに示しめそうとして、御ご使しをつかわされたのである。

黙示録22:8 これらのことを見聞みきした者ものは、このヨハネである。わたしが見聞みきした時とき、それらのことを示ししめしてくれた御ご使しの足あしもとにひれ伏ふして拝はいそうとすると、

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