「父」(ちち)が出てくる聖書の箇所

「父」(ちち)は口語訳の937か所(旧約606・新約331)に出てきます。日常訳第1版では930か所。

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937か所を200か所ずつ5ページに分けています(4ページ目)。

ヨナ書(3か所)

ヨナ書4:7 ところが神かみは翌日よくじつの夜明よあけに虫むしを備そなえて、そのとうごまをかませられたので、それは枯かれた。

ヨナ書4:10 主しゅは言いわれた、「あなたは労ろうせず、育そだてず、一夜いちやに生しょうじて、一夜いちやに滅ほろびたこのとうごまをさえ、惜おしんでいる。

ミカ書(1か所)

ミカ書7:6 むすこは父ちちをいやしめ、娘むすめはその母ははにそむき、嫁よめはそのしゅうとめにそむく。人ひとの敵てきはその家いえの者ものである。

マラキ書(3か所)

マラキ書1:6 「子こはその父ちちを敬うやまい、しもべはその主人しゅじんを敬ううやまう。それでわたしがもし父ちちであるならば、あなたがたのわたしを敬ううやまう事実じじつが、どこにあるか。わたしがもし主人しゅじんであるならば、わたしを恐おそれる事実じじつが、どこにあるか。わたしの名なを侮あなどる祭司さいしたちよ、と万まん軍ぐんの主しゅはあなたがたに言いわれる。ところがあなたがたは『われわれはどんなふうにあなたの名なを侮あなどったか』と言いいい、

マラキ書2:10 われわれの父ちちは皆みな一ひとつではないか。われわれを造つくった神かみは一ひとつではないか。なにゆえ、われわれは先祖せんぞたちの契約けいやくを破やぶって、おのおのその兄弟きょうだいに偽いつわりを行おこなうのか。

マラキ書4:6 彼かれは父ちちの心こころをその子供こどもたちに向むけさせ、子供こどもたちの心こころをその父ちちに向むけさせる。これはわたしが来きて、のろいをもってこの国くにを撃うつことのないようにするためである」。

マタイによる福音書(71か所)

マタイ1:2 アブラハムはイサクの父ちちであり、イサクはヤコブの父ちち、ヤコブはユダとその兄弟きょうだいたちとの父ちち、

マタイ1:3 ユダはタマルによるパレスとザラとの父ちち、パレスはエスロンの父ちち、エスロンはアラムの父ちち、

マタイ1:4 アラムはアミナダブの父ちち、アミナダブはナアソンの父ちち、ナアソンはサルモンの父ちち、

マタイ1:5 サルモンはラハブによるボアズの父ちち、ボアズはルツによるオベデの父ちち、オベデはエッサイの父ちち、

マタイ1:6 エッサイはダビデ王おうの父ちちであった。ダビデはウリヤの妻つまによるソロモンの父ちちであり、

マタイ1:7 ソロモンはレハベアムの父ちち、レハベアムはアビヤの父ちち、アビヤはアサの父ちち、

マタイ1:8 アサはヨサパテの父ちち、ヨサパテはヨラムの父ちち、ヨラムはウジヤの父ちち、

マタイ1:9 ウジヤはヨタムの父ちち、ヨタムはアハズの父ちち、アハズはヒゼキヤの父ちち、

マタイ1:10 ヒゼキヤはマナセの父ちち、マナセはアモンの父ちち、アモンはヨシヤの父ちち、

マタイ1:11 ヨシヤはバビロンへ移うつされたころ、エコニヤとその兄弟きょうだいたちとの父ちちとなった。

マタイ1:12 バビロンへ移うつされたのち、エコニヤはサラテルの父ちちとなった。サラテルはゾロバベルの父ちち、

マタイ1:13 ゾロバベルはアビウデの父ちち、アビウデはエリヤキムの父ちち、エリヤキムはアゾルの父ちち、

マタイ1:14 アゾルはサドクの父ちち、サドクはアキムの父ちち、アキムはエリウデの父ちち、

マタイ1:15 エリウデはエレアザルの父ちち、エレアザルはマタンの父ちち、マタンはヤコブの父ちち、

マタイ1:16 ヤコブはマリヤの夫おっとヨセフの父ちちであった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生うまれになった。

マタイ2:22 しかし、アケラオがその父ちちヘロデに代かわってユダヤを治おさめていると聞きいたので、そこへ行いくことを恐おそれた。そして夢ゆめでみ告つげを受うけたので、ガリラヤの地方ちほうに退しりぞき、

マタイ3:9 自分じぶんたちの父ちちにはアブラハムがあるなどと、心こころの中なかで思おもってもみるな。おまえたちに言いっておく、神かみはこれらの石いしころからでも、アブラハムの子こを起おこすことができるのだ。

マタイ4:21 そこから進すすんで行いかれると、ほかのふたりの兄弟きょうだい、すなわち、ゼベダイの子こヤコブとその兄弟きょうだいヨハネとが、父ちちゼベダイと一緒いっしょに、舟ふねの中なかで網あみを繕つくろっているのをごらんになった。そこで彼かれらをお招まねきになると、

マタイ4:22 すぐ舟ふねと父ちちとをおいて、イエスに従したがって行いった。

マタイ5:16 そのように、あなたがたの光ひかりを人々ひとびとの前まえに輝かがやかし、そして、人々ひとびとがあなたがたのよいおこないを見みて、天てんにいますあなたがたの父ちちをあがめるようにしなさい。

マタイ5:45 こうして、天てんにいますあなたがたの父ちちの子ことなるためである。天てんの父ちちは、悪わるい者ものの上うえにも良よい者ものの上うえにも、太陽たいようをのぼらせ、正ただしい者ものにも正ただしくない者ものにも、雨あめを降ふらして下くださるからである。

マタイ5:48 それだから、あなたがたの天てんの父ちちが完全かんぜんであられるように、あなたがたも完全かんぜんな者ものとなりなさい。

マタイ6:1 自分じぶんの義ぎを、見みられるために人ひとの前まえで行おこなわないように、注意ちゅういしなさい。もし、そうしないと、天てんにいますあなたがたの父ちちから報むくいを受うけることがないであろう。

マタイ6:4 それは、あなたのする施ほどこしが隠かくれているためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいてくださるであろう。

マタイ6:6 あなたは祈いのる時とき、自分じぶんのへやにはいり、戸とを閉とじて、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに祈いのりなさい。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいてくださるであろう。

マタイ6:8 だから、彼かれらのまねをするな。あなたがたの父ちちなる神かみは、求もとめない先さきから、あなたがたに必要ひつようなものはご存ぞんじなのである。

マタイ6:9 だから、あなたがたはこう祈いのりなさい、天てんにいますわれらの父ちちよ、御名ぎょめいがあがめられますように。

マタイ6:14 もしも、あなたがたが、人々ひとびとのあやまちをゆるすならば、あなたがたの天てんの父ちちも、あなたがたをゆるして下くださるであろう。

マタイ6:15 もし人ひとをゆるさないならば、あなたがたの父ちちも、あなたがたのあやまちをゆるして下くださらないであろう。

マタイ6:18 それは断食だんじきをしていることが人ひとに知しれないで、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに知しられるためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいて下くださるであろう。

マタイ6:26 空そらの鳥とりを見みるがよい。まくことも、刈かることもせず、倉くらに取とりいれることもしない。それだのに、あなたがたの天てんの父ちちは彼かれらを養やしなっていて下くださる。あなたがたは彼かれらよりも、はるかにすぐれた者ものではないか。

マタイ6:32 これらのものはみな、異邦いほう人にんが切せつに求もとめているものである。あなたがたの天てんの父ちちは、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要ひつようであることをご存ぞんじである。

マタイ7:11 このように、あなたがたは悪わるい者ものであっても、自分じぶんの子供こどもには、良よい贈おくり物ものをすることを知しっているとすれば、天てんにいますあなたがたの父ちちはなおさら、求もとめてくる者ものに良よいものを下くださらないことがあろうか。

マタイ7:21 わたしにむかって『主しゅよ、主しゅよ』と言いう者ものが、みな天国てんごくにはいるのではなく、ただ、天てんにいますわが父ちちの御お旨むねを行おこなう者ものだけが、はいるのである。

マタイ8:21 また弟子でしのひとりが言いった、「主しゅよ、まず、父ちちを葬ほうむりに行いかせて下ください」。

マタイ10:20 語かたる者ものは、あなたがたではなく、あなたがたの中なかにあって語かたる父ちちの霊れいである。

マタイ10:21 兄弟きょうだいは兄弟きょうだいを、父ちちは子こを殺ころすために渡わたし、また子こは親おやに逆さからって立たち、彼かれらを殺ころさせるであろう。

マタイ10:29 二ふた羽わのすずめは一いちアサリオンで売うられているではないか。しかもあなたがたの父ちちの許ゆるしがなければ、その一ひと羽わも地ちに落おちることはない。

マタイ10:32 だから人ひとの前まえでわたしを受うけいれる者ものを、わたしもまた、天てんにいますわたしの父ちちの前まえで受うけいれるであろう。

マタイ10:33 しかし、人ひとの前まえでわたしを拒こばむ者ものを、わたしも天てんにいますわたしの父ちちの前まえで拒こばむであろう。

マタイ10:35 わたしがきたのは、人ひとをその父ちちと、娘むすめをその母ははと、嫁よめをそのしゅうとめと仲なかたがいさせるためである。

マタイ10:37 わたしよりも父ちちまたは母ははを愛あいする者ものは、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘むすめを愛あいする者ものは、わたしにふさわしくない。

マタイ11:21 「わざわいだ、コラジンよ。わざわいだ、ベツサイダよ。おまえたちのうちでなされた力ちからあるわざが、もしツロとシドンでなされたなら、彼かれらはとうの昔むかしに、荒布あらめをまとい灰はいをかぶって、悔くい改あらためたであろう。

マタイ11:25 そのときイエスは声こえをあげて言いわれた、「天地てんちの主しゅなる父ちちよ。あなたをほめたたえます。これらの事ことを知恵ちえのある者ものや賢かしこい者ものに隠かくして、幼おさな子ごにあらわしてくださいました。

マタイ11:26 父ちちよ、これはまことにみこころにかなった事ことでした。

マタイ11:27 すべての事ことは父ちちからわたしに任まかせられています。そして、子こを知しる者ものは父ちちのほかにはなく、父ちちを知しる者ものは、子こと、父ちちをあらわそうとして子こが選えらんだ者ものとのほかに、だれもありません。

マタイ12:50 天てんにいますわたしの父ちちのみこころを行おこなう者ものはだれでも、わたしの兄弟きょうだい、また姉妹しまい、また母ははなのである」。

マタイ13:43 そのとき、義人ぎじんたちは彼かれらの父ちちの御お国くにで、太陽たいようのように輝かがやきわたるであろう。耳みみのある者ものは聞きくがよい。

マタイ15:4 神かみは言いわれた、『父ちちと母ははとを敬うやまえ』、また『父ちちまたは母ははをののしる者ものは、必かならず死しに定さだめられる』と。

マタイ15:5 それだのに、あなたがたは『だれでも父ちちまたは母ははにむかって、あなたにさしあげるはずのこのものは供そなえ物ものです、と言いえば、

マタイ15:6 父ちちまたは母ははを敬うやまわなくてもよろしい』と言いっている。こうしてあなたがたは自分じぶんたちの言伝いいつたえによって、神かみの言げんを無むにしている。

マタイ15:13 イエスは答こたえて言いわれた、「わたしの天てんの父ちちがお植うえにならなかったものは、みな抜ぬき取とられるであろう。

マタイ16:17 すると、イエスは彼かれにむかって言いわれた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事ことをあらわしたのは、血肉けつにくではなく、天てんにいますわたしの父ちちである。

マタイ16:27 人ひとの子こは父ちちの栄光えいこうのうちに、御ご使したちを従したがえて来くるが、その時ときには、実際じっさいのおこないに応おうじて、それぞれに報むくいるであろう。

マタイ18:10 あなたがたは、これらの小ちいさい者もののひとりをも軽かろんじないように、気きをつけなさい。あなたがたに言ゆうが、彼かれらの御ご使したちは天てんにあって、天てんにいますわたしの父ちちのみ顔かおをいつも仰あおいでいるのである。〔

マタイ18:14 そのように、これらの小ちいさい者もののひとりが滅ほろびることは、天てんにいますあなたがたの父ちちのみこころではない。

マタイ18:19 また、よく言いっておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願ねがい事ごとについても地上ちじょうで心こころを合あわせるなら、天てんにいますわたしの父ちちはそれをかなえて下くださるであろう。

マタイ18:35 あなたがためいめいも、もし心こころから兄弟きょうだいをゆるさないならば、わたしの天てんの父ちちもまたあなたがたに対たいして、そのようになさるであろう」。

マタイ19:19 父ちちと母ははとを敬うやまえ』。また『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』」。

マタイ19:29 おおよそ、わたしの名なのために、家いえ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、父ちち、母はは、子こ、もしくは畑はたけを捨すてた者ものは、その幾いく倍ばいもを受うけ、また永遠えいえんの生命せいめいを受うけつぐであろう。

マタイ20:23 イエスは彼かれらに言いわれた、「確たしかに、あなたがたはわたしの杯さかずきを飲のむことになろう。しかし、わたしの右みぎ、左ひだりにすわらせることは、わたしのすることではなく、わたしの父ちちによって備そなえられている人々ひとびとだけに許ゆるされることである」。

マタイ21:29 すると彼かれは『おとうさん、参まいります』と答こたえたが、行いかなかった。

マタイ21:31 このふたりのうち、どちらが父ちちの望のぞみどおりにしたのか」。彼かれらは言いった、「あとの者ものです」。イエスは言いわれた、「よく聞きききなさい。取とり税ぜい人にんや遊女ゆうじょは、あなたがたより先さきに神かみの国くににはいる。

マタイ23:9 また、地上ちじょうのだれをも、父ちちと呼よんではならない。あなたがたの父ちちはただひとり、すなわち、天てんにいます父ちちである。

マタイ24:36 その日ひ、その時ときは、だれも知しらない。天てんの御ご使したちも、また子こも知しらない、ただ父ちちだけが知しっておられる。

マタイ25:34 そのとき、王おうは右みぎにいる人々ひとびとに言ゆうであろう、『わたしの父ちちに祝福しゅくふくされた人ひとたちよ、さあ、世よの初はじめからあなたがたのために用意よういされている御お国くにを受うけつぎなさい。

マタイ26:29 あなたがたに言いっておく。わたしの父ちちの国くにであなたがたと共ともに、新あたらしく飲のむその日ひまでは、わたしは今後こんご決けっして、ぶどうの実じつから造つくったものを飲のむことをしない」。

マタイ26:39 そして少すこし進すすんで行いき、うつぶしになり、祈いのって言いわれた、「わが父ちちよ、もしできることでしたらどうか、この杯さかずきをわたしから過すぎ去さらせてください。しかし、わたしの思おもいのままにではなく、みこころのままになさって下ください」。

マタイ26:42 また二に度ど目めに行いって、祈いのって言いわれた、「わが父ちちよ、この杯さかずきを飲のむほかに道みちがないのでしたら、どうか、みこころが行おこなわれますように」。

マタイ26:53 それとも、わたしが父ちちに願ねがって、天てんの使つかいたちを十じゅう二に軍団ぐんだん以上いじょうも、今いまつかわしていただくことができないと、あなたは思おもうのか。

マタイ28:19 それゆえに、あなたがたは行いって、すべての国民こくみんを弟子でしとして、父ちちと子こと聖霊せいれいとの名なによって、彼かれらにバプテスマを施ほどこし、

マルコによる福音書(13か所)

マルコ1:20 そこで、すぐ彼かれらをお招まねきになると、父ちちゼベダイを雇人やといにんたちと一緒いっしょに舟ふねにおいて、イエスのあとについて行いった。

マルコ7:10 モーセは言いったではないか、『父ちちと母ははとを敬うやまえ』、また『父ちちまたは母ははをののしる者ものは、必かならず死しに定さだめられる』と。

マルコ7:11 それだのに、あなたがたは、もし人ひとが父ちちまたは母ははにむかって、あなたに差上さしあげるはずのこのものはコルバン、すなわち、供そなえ物ものですと言いえば、それでよいとして、

マルコ8:38 邪悪じゃあくで罪深つみぶかいこの時代じだいにあって、わたしとわたしの言葉ことばとを恥はじる者ものに対たいしては、人ひとの子こもまた、父ちちの栄光えいこうのうちに聖せいなる御ご使したちと共ともに来くるときに、その者ものを恥はじるであろう」。

マルコ10:19 いましめはあなたの知しっているとおりである。『殺ころすな、姦淫かんいんするな、盗ぬすむな、偽証ぎしょうを立たてるな。欺あざむき取とるな。父ちちと母ははとを敬うやまえ』」。

マルコ10:29 イエスは言いわれた、「よく聞きいておくがよい。だれでもわたしのために、また福音ふくいんのために、家いえ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、母はは、父ちち、子こ、もしくは畑はたけを捨すてた者ものは、

マルコ11:10 今いまきたる、われらの父ちちダビデの国くにに、祝福しゅくふくあれ。いと高たかき所ところに、ホサナ」。

マルコ11:25 また立たって祈いのるとき、だれかに対たいして、何なんか恨うらみ事ことがあるならば、ゆるしてやりなさい。そうすれば、天てんにいますあなたがたの父ちちも、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださるであろう。〔

マルコ11:26 もしゆるさないならば、天てんにいますあなたがたの父ちちも、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださらないであろう〕」。

マルコ13:12 また兄弟きょうだいは兄弟きょうだいを、父ちちは子こを殺ころすために渡わたし、子こは両親りょうしんに逆さからって立たち、彼かれらを殺ころさせるであろう。

マルコ13:32 その日ひ、その時ときは、だれも知しらない。天てんにいる御ご使したちも、また子こも知しらない、ただ父ちちだけが知しっておられる。

マルコ14:36 「アバ、父ちちよ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯さかずきをわたしから取とりのけてください。しかし、わたしの思おもいではなく、みこころのままになさってください」。

マルコ15:21 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父ちちシモンというクレネ人ひとが、郊外こうがいからきて通とおりかかったので、人々ひとびとはイエスの十字じゅうじ架かを無理むりに負おわせた。

ルカによる福音書(40か所)

ルカ1:17 彼かれはエリヤの霊れいと力ちからとをもって、みまえに先立さきだって行いき、父ちちの心こころを子こに向むけさせ、逆さからう者ものに義人ぎじんの思おもいを持もたせて、整ととのえられた民たみを主しゅに備そなえるであろう」。

ルカ1:32 彼かれは大おおいなる者ものとなり、いと高たかき者ものの子こと、となえられるでしょう。そして、主しゅなる神かみは彼かれに父ちちダビデの王座おうざをお与あたえになり、

ルカ1:59 八よう日か目めになったので、幼おさな子ごに割礼かつれいをするために人々ひとびとがきて、父ちちの名なにちなんでザカリヤという名なにしようとした。

ルカ1:67 父ちちザカリヤは聖霊せいれいに満みたされ、預言よげんして言いった、

ルカ2:33 父ちちと母ははとは幼おさな子ごについてこのように語かたられたことを、不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:48 両親りょうしんはこれを見みて驚おどろき、そして母ははが彼かれに言いった、「どうしてこんな事ことをしてくれたのです。ごらんなさい、おとう様さまもわたしも心配しんぱいして、あなたを捜さがしていたのです」。

ルカ2:49 するとイエスは言いわれた、「どうしてお捜さがしになったのですか。わたしが自分じぶんの父ちちの家いえにいるはずのことを、ご存ぞんじなかったのですか」。

ルカ3:8 だから、悔改くいあらためにふさわしい実じつを結むすべ。自分じぶんたちの父ちちにはアブラハムがあるなどと、心こころの中なかで思おもってもみるな。おまえたちに言いっておく。神かみはこれらの石いしころからでも、アブラハムの子こを起おこすことができるのだ。

ルカ6:36 あなたがたの父ちちなる神かみが慈悲じひ深ふかいように、あなたがたも慈悲じひ深ふかい者ものとなれ。

ルカ9:26 わたしとわたしの言葉ことばとを恥はじる者ものに対たいしては、人ひとの子こもまた、自分じぶんの栄光えいこうと、父ちちと聖せいなる御ご使しとの栄光えいこうのうちに現あらわれて来くるとき、その者ものを恥はじるであろう。

ルカ9:59 またほかの人ひとに、「わたしに従したがってきなさい」と言いわれた。するとその人ひとが言いった、「まず、父ちちを葬ほうむりに行いかせてください」。

ルカ10:13 わざわいだ、コラジンよ。わざわいだ、ベツサイダよ。おまえたちの中なかでなされた力ちからあるわざが、もしツロとシドンでなされたなら、彼かれらはとうの昔むかしに、荒布あらめをまとい灰はいの中なかにすわって、悔くい改あらためたであろう。

ルカ10:21 そのとき、イエスは聖霊せいれいによって喜よろこびあふれて言いわれた、「天地てんちの主しゅなる父ちちよ。あなたをほめたたえます。これらの事ことを知恵ちえのある者ものや賢かしこい者ものに隠かくして、幼おさな子ごにあらわしてくださいました。父ちちよ、これはまことに、みこころにかなった事ことでした。

ルカ10:22 すべての事ことは父ちちからわたしに任まかせられています。そして、子こがだれであるかは、父ちちのほか知しっている者ものはありません。また父ちちがだれであるかは、子こと、父ちちをあらわそうとして子こが選えらんだ者ものとのほか、だれも知しっている者ものはいません」。

ルカ11:2 そこで彼かれらに言いわれた、「祈いのるときには、こう言いいいなさい、『父ちちよ、御名ぎょめいがあがめられますように。御お国くにがきますように。

ルカ11:11 あなたがたのうちで、父ちちであるものは、その子こが魚さかなを求もとめるのに、魚さかなの代かわりにへびを与あたえるだろうか。

ルカ11:13 このように、あなたがたは悪わるい者ものであっても、自分じぶんの子供こどもには、良よい贈おくり物ものをすることを知しっているとすれば、天てんの父ちちはなおさら、求もとめて来くる者ものに聖霊せいれいを下くださらないことがあろうか」。

ルカ12:30 これらのものは皆みな、この世よの異邦いほう人にんが切せつに求もとめているものである。あなたがたの父ちちは、これらのものがあなたがたに必要ひつようであることを、ご存ぞんじである。

ルカ12:32 恐おそれるな、小ちいさい群むれよ。御お国くにを下くださることは、あなたがたの父ちちのみこころなのである。

ルカ12:53 また父ちちは子こに、子こは父ちちに、母ははは娘むすめに、娘むすめは母ははに、しゅうとめは嫁よめに、嫁よめはしゅうとめに、対立たいりつするであろう」。

ルカ14:26 「だれでも、父ちち、母はは、妻つま、子こ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、さらに自分じぶんの命いのちまでも捨すてて、わたしのもとに来くるのでなければ、わたしの弟子でしとなることはできない。

ルカ15:12 ところが、弟おとうとが父親ちちおやに言いった、『父ちちよ、あなたの財産ざいさんのうちでわたしがいただく分ぶんをください』。そこで、父ちちはその身代みのしろをふたりに分わけてやった。

ルカ15:17 そこで彼かれは本心ほんしんに立たちかえって言いった、『父ちちのところには食物しょくもつのあり余あまっている雇人やといにんが大おおぜいいるのに、わたしはここで飢うえて死しのうとしている。

ルカ15:18 立たって、父ちちのところへ帰かえって、こう言いおう、父ちちよ、わたしは天てんに対たいしても、あなたにむかっても、罪つみを犯おかしました。

ルカ15:20 そこで立たって、父ちちのところへ出でかけた。まだ遠とおく離はなれていたのに、父ちちは彼かれをみとめ、哀あわれに思おもって走はしり寄より、その首くびをだいて接吻せっぷんした。

ルカ15:21 むすこは父ちちに言いった、『父ちちよ、わたしは天てんに対たいしても、あなたにむかっても、罪つみを犯おかしました。もうあなたのむすこと呼よばれる資格しかくはありません』。

ルカ15:22 しかし父ちちは僕ぼくたちに言いいつけた、『さあ、早はやく、最上さいじょうの着物きものを出だしてきてこの子こに着きせ、指輪ゆびわを手てにはめ、はきものを足あしにはかせなさい。

ルカ15:27 僕ぼくは答こたえた、『あなたのご兄弟きょうだいがお帰かえりになりました。無事ぶじに迎むかえたというので、父ちち上うえが肥こえた子牛こうしをほふらせなさったのです』。

ルカ15:28 兄あにはおこって家いえにはいろうとしなかったので、父ちちが出でてきてなだめると、

ルカ15:29 兄あには父ちちにむかって言いった、『わたしは何なんか年としもあなたに仕つかえて、一いち度どでもあなたの言いいつけにそむいたことはなかったのに、友ともだちと楽たのしむために子こやぎ一いち匹ひきも下くださったことはありません。

ルカ15:31 すると父ちちは言いった、『子こよ、あなたはいつもわたしと一緒いっしょにいるし、またわたしのものは全部ぜんぶあなたのものだ。

ルカ16:24 そこで声こえをあげて言いった、『父ちち、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先ゆびさきを水みずでぬらし、わたしの舌したを冷ひやさせてください。わたしはこの火炎かえんの中なかで苦くるしみもだえています』。

ルカ16:27 そこで金持かねもちが言いった、『父ちちよ、ではお願ねがいします。わたしの父ちちの家いえへラザロをつかわしてください。

ルカ16:30 金持かねもちが言いった、『いえいえ、父ちちアブラハムよ、もし死人しにんの中なかからだれかが兄弟きょうだいたちのところへ行いってくれましたら、彼かれらは悔くい改あらためるでしょう』。

ルカ18:20 いましめはあなたの知しっているとおりである、『姦淫かんいんするな、殺ころすな、盗ぬすむな、偽証ぎしょうを立たてるな、父ちちと母ははとを敬うやまえ』」。

ルカ22:29 それで、わたしの父ちちが国くにの支配しはいをわたしにゆだねてくださったように、わたしもそれをあなたがたにゆだね、

ルカ22:42 「父ちちよ、みこころならば、どうぞ、この杯さかずきをわたしから取とりのけてください。しかし、わたしの思おもいではなく、みこころが成なるようにしてください」。

ルカ23:34 そのとき、イエスは言いわれた、「父ちちよ、彼かれらをおゆるしください。彼かれらは何なんをしているのか、わからずにいるのです」。人々ひとびとはイエスの着物きものをくじ引びきで分わけ合あった。

ルカ23:46 そのとき、イエスは声こえ高たかく叫さけんで言いわれた、「父ちちよ、わたしの霊れいをみ手てにゆだねます」。こう言いってついに息いきを引ひきとられた。

ルカ24:49 見みよ、わたしの父ちちが約束やくそくされたものを、あなたがたに贈おくる。だから、上うえから力ちからを授さずけられるまでは、あなたがたは都とにとどまっていなさい」。

ヨハネによる福音書(106か所)

ヨハネ1:14 そして言げんは肉体にくたいとなり、わたしたちのうちに宿やどった。わたしたちはその栄光えいこうを見みた。それは父ちちのひとり子ことしての栄光えいこうであって、めぐみとまこととに満みちていた。

ヨハネ1:18 神かみを見みた者ものはまだひとりもいない。ただ父ちちのふところにいるひとり子こなる神かみだけが、神かみをあらわしたのである。

ヨハネ2:16 はとを売うる人々ひとびとには「これらのものを持もって、ここから出でて行いけ。わたしの父ちちの家いえを商売しょうばいの家いえとするな」と言いわれた。

ヨハネ3:35 父ちちは御子みこを愛あいして、万物ばんぶつをその手てにお与あたえになった。

ヨハネ4:12 あなたは、この井戸いどを下くださったわたしたちの父ちちヤコブよりも、偉えらいかたなのですか。ヤコブ自身じしんも飲のみ、その子こらも、その家畜かちくも、この井戸いどから飲のんだのですが」。

ヨハネ4:21 イエスは女おんなに言いわれた、「女おんなよ、わたしの言いうことを信しんじなさい。あなたがたが、この山やまでも、またエルサレムでもない所ところで、父ちちを礼拝れいはいする時ときが来くる。

ヨハネ4:23 しかし、まことの礼拝れいはいをする者ものたちが、霊れいとまこととをもって父ちちを礼拝れいはいする時ときが来くる。そうだ、今いまきている。父ちちは、このような礼拝れいはいをする者ものたちを求もとめておられるからである。

ヨハネ4:53 それは、イエスが「あなたのむすこは助たすかるのだ」と言いわれたのと同おなじ時刻じこくであったことを、この父ちちは知しって、彼かれ自身じしんもその家族かぞく一同いちどうも信しんじた。

ヨハネ5:17 そこで、イエスは彼かれらに答こたえられた、「わたしの父ちちは今いまに至いたるまで働はたらいておられる。わたしも働はたらくのである」。

ヨハネ5:18 このためにユダヤ人にんたちは、ますますイエスを殺ころそうと計はかるようになった。それは、イエスが安息あんそく日ひを破やぶられたばかりではなく、神かみを自分じぶんの父ちちと呼よんで、自分じぶんを神かみと等ひとしいものとされたからである。

ヨハネ5:19 さて、イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「よくよくあなたがたに言いっておく。子こは父ちちのなさることを見みてする以外いがいに、自分じぶんからは何事なにごともすることができない。父ちちのなさることであればすべて、子こもそのとおりにするのである。

ヨハネ5:20 なぜなら、父ちちは子こを愛あいして、みずからなさることは、すべて子こにお示ししめしになるからである。そして、それよりもなお大おおきなわざを、お示ししめしになるであろう。あなたがたが、それによって不思議ふしぎに思おもうためである。

ヨハネ5:21 すなわち、父ちちが死人しにんを起おこして命いのちをお与あたえになるように、子こもまた、そのこころにかなう人々ひとびとに命いのちを与あたえるであろう。

ヨハネ5:22 父ちちはだれをもさばかない。さばきのことはすべて、子こにゆだねられたからである。

ヨハネ5:23 それは、すべての人ひとが父ちちを敬ううやまうと同様どうように、子こを敬ううやまうためである。子こを敬うやまわない者ものは、子こをつかわされた父ちちをも敬うやまわない。

ヨハネ5:26 それは、父ちちがご自分じぶんのうちに生命せいめいをお持もちになっていると同様どうように、子こにもまた、自分じぶんのうちに生命せいめいを持もつことをお許ゆるしになったからである。

ヨハネ5:36 しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、もっと力ちからあるあかしがある。父ちちがわたしに成就じょうじゅさせようとしてお与あたえになったわざ、すなわち、今いまわたしがしているこのわざが、父ちちのわたしをつかわされたことをあかししている。

ヨハネ5:37 また、わたしをつかわされた父ちちも、ご自分じぶんでわたしについてあかしをされた。あなたがたは、まだそのみ声こえを聞きいたこともなく、そのみ姿すがたを見みたこともない。

ヨハネ5:43 わたしは父ちちの名なによってきたのに、あなたがたはわたしを受うけいれない。もし、ほかの人ひとが彼かれ自身じしんの名なによって来くるならば、その人ひとを受うけいれるのであろう。

ヨハネ5:45 わたしがあなたがたのことを父ちちに訴うったえると、考かんがえてはいけない。あなたがたを訴うったえる者ものは、あなたがたが頼たのみとしているモーセその人ひとである。

ヨハネ6:27 朽くちる食物しょくもつのためではなく、永遠えいえんの命いのちに至いたる朽くちない食物しょくもつのために働はたらくがよい。これは人ひとの子こがあなたがたに与あたえるものである。父ちちなる神かみは、人ひとの子こにそれをゆだねられたのである」。

ヨハネ6:32 そこでイエスは彼かれらに言いわれた、「よくよく言いっておく。天てんからのパンをあなたがたに与あたえたのは、モーセではない。天てんからのまことのパンをあなたがたに与あたえるのは、わたしの父ちちなのである。

ヨハネ6:37 父ちちがわたしに与あたえて下くださる者ものは皆みな、わたしに来くるであろう。そして、わたしに来くる者ものを決けっして拒こばみはしない。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちのみこころは、子こを見みて信しんじる者ものが、ことごとく永遠えいえんの命いのちを得えることなのである。そして、わたしはその人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう」。

ヨハネ6:44 わたしをつかわされた父ちちが引ひきよせて下くださらなければ、だれもわたしに来くることはできない。わたしは、その人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう。

ヨハネ6:45 預言よげん者しゃの書しょに、『彼かれらはみな神かみに教おしえられるであろう』と書かいてある。父ちちから聞きいて学まなんだ者ものは、みなわたしに来くるのである。

ヨハネ6:46 神かみから出でた者もののほかに、だれかが父ちちを見みたのではない。その者ものだけが父ちちを見みたのである。

ヨハネ6:57 生いける父ちちがわたしをつかわされ、また、わたしが父ちちによって生いきているように、わたしを食たべる者ものもわたしによって生いきるであろう。

ヨハネ6:65 そしてイエスは言いわれた、「それだから、父ちちが与あたえて下くださった者ものでなければ、わたしに来くることはできないと、言いったのである」。

ヨハネ8:18 わたし自身じしんのことをあかしするのは、わたしであるし、わたしをつかわされた父ちちも、わたしのことをあかしして下くださるのである」。

ヨハネ8:19 すると、彼かれらはイエスに言いった、「あなたの父ちちはどこにいるのか」。イエスは答こたえられた、「あなたがたは、わたしをもわたしの父ちちをも知しっていない。もし、あなたがたがわたしを知しっていたなら、わたしの父ちちをも知しっていたであろう」。

ヨハネ8:27 彼かれらは、イエスが父ちちについて話はなしておられたことを悟さとらなかった。

ヨハネ8:28 そこでイエスは言いわれた、「あなたがたが人ひとの子こを上あげてしまった後あとはじめて、わたしがそういう者ものであること、また、わたしは自分じぶんからは何なんもせず、ただ父ちちが教おしえて下くださったままを話はなしていたことが、わかってくるであろう。

ヨハネ8:38 わたしはわたしの父ちちのもとで見みたことを語かたっているが、あなたがたは自分じぶんの父ちちから聞きいたことを行おこなっている」。

ヨハネ8:39 彼かれらはイエスに答こたえて言いった、「わたしたちの父ちちはアブラハムである」。イエスは彼かれらに言いわれた、「もしアブラハムの子こであるなら、アブラハムのわざをするがよい。

ヨハネ8:41 あなたがたは、あなたがたの父ちちのわざを行おこなっているのである」。彼かれらは言いった、「わたしたちは、不ふ品行ひんこうの結果けっかうまれた者ものではない。わたしたちにはひとりの父ちちがある。それは神かみである」。

ヨハネ8:42 イエスは彼かれらに言いわれた、「神かみがあなたがたの父ちちであるならば、あなたがたはわたしを愛あいするはずである。わたしは神かみから出でた者もの、また神かみからきている者ものであるからだ。わたしは自分じぶんからきたのではなく、神かみからつかわされたのである。

ヨハネ8:44 あなたがたは自分じぶんの父ちち、すなわち、悪魔あくまから出でてきた者ものであって、その父ちちの欲望よくぼうどおりを行おこなおうと思おもっている。彼かれは初はじめから、人殺ひとごろしであって、真理しんりに立たつ者ものではない。彼かれのうちには真理しんりがないからである。彼かれが偽いつわりを言いうとき、いつも自分じぶんの本音ほんねをはいているのである。彼かれは偽いつわり者しゃであり、偽いつわりの父ちちであるからだ。

ヨハネ8:49 イエスは答こたえられた、「わたしは、悪霊あくりょうに取とりつかれているのではなくて、わたしの父ちちを重おもんじているのだが、あなたがたはわたしを軽かろんじている。

ヨハネ8:53 あなたは、わたしたちの父ちちアブラハムより偉えらいのだろうか。彼かれも死しに、預言よげん者しゃたちも死しんだではないか。あなたは、いったい、自分じぶんをだれと思おもっているのか」。

ヨハネ8:54 イエスは答こたえられた、「わたしがもし自分じぶんに栄光えいこうを帰きするなら、わたしの栄光えいこうは、むなしいものである。わたしに栄光えいこうを与あたえるかたは、わたしの父ちちであって、あなたがたが自分じぶんの神かみだと言いっているのは、そのかたのことである。

ヨハネ8:56 あなたがたの父ちちアブラハムは、わたしのこの日ひを見みようとして楽たのしんでいた。そしてそれを見みて喜よろこんだ」。

ヨハネ10:15 それはちょうど、父ちちがわたしを知しっておられ、わたしが父ちちを知しっているのと同おなじである。そして、わたしは羊ひつじのために命いのちを捨すてるのである。

ヨハネ10:17 父ちちは、わたしが自分じぶんの命いのちを捨すてるから、わたしを愛あいして下くださるのである。命いのちを捨すてるのは、それを再ふたたび得えるためである。

ヨハネ10:18 だれかが、わたしからそれを取とり去さるのではない。わたしが、自分じぶんからそれを捨すてるのである。わたしには、それを捨すてる力ちからがあり、またそれを受うける力ちからもある。これはわたしの父ちちから授さずかった定さだめである」。

ヨハネ10:25 イエスは彼かれらに答こたえられた、「わたしは話はなしたのだが、あなたがたは信しんじようとしない。わたしの父ちちの名なによってしているすべてのわざが、わたしのことをあかししている。

ヨハネ10:29 わたしの父ちちがわたしに下くださったものは、すべてにまさるものである。そしてだれも父ちちのみ手てから、それを奪うばい取とることはできない。

ヨハネ10:30 わたしと父ちちとは一ひとつである」。

ヨハネ10:32 するとイエスは彼かれらに答こたえられた、「わたしは、父ちちによる多おおくのよいわざを、あなたがたに示ししめした。その中なかのどのわざのために、わたしを石いしで打うち殺ころそうとするのか」。

ヨハネ10:36 父ちちが聖別せいべつして、世よにつかわされた者ものが、『わたしは神かみの子こである』と言いったからとて、どうして『あなたは神かみを汚けがす者ものだ』と言いうのか。

ヨハネ10:37 もしわたしが父ちちのわざを行おこなわないとすれば、わたしを信しんじなくてもよい。

ヨハネ10:38 しかし、もし行いっているなら、たといわたしを信しんじなくても、わたしのわざを信しんじるがよい。そうすれば、父ちちがわたしにおり、また、わたしが父ちちにおることを知しって悟さとるであろう」。

ヨハネ11:41 人々ひとびとは石いしを取とりのけた。すると、イエスは目めを天てんにむけて言いわれた、「父ちちよ、わたしの願ねがいをお聞ききき下くださったことを感謝かんしゃします。

ヨハネ12:26 もしわたしに仕つかえようとする人ひとがあれば、その人ひとはわたしに従したがって来くるがよい。そうすれば、わたしのおる所ところに、わたしに仕つかえる者ものもまた、おるであろう。もしわたしに仕つかえようとする人ひとがあれば、その人ひとを父ちちは重おもんじて下くださるであろう。

ヨハネ12:27 今いまわたしは心こころが騒さわいでいる。わたしはなんと言いおうか。父ちちよ、この時ときからわたしをお救すくい下ください。しかし、わたしはこのために、この時ときに至いたったのです。

ヨハネ12:28 父ちちよ、み名ながあがめられますように」。すると天てんから声こえがあった、「わたしはすでに栄光えいこうをあらわした。そして、更さらにそれをあらわすであろう」。

ヨハネ12:49 わたしは自分じぶんから語かたったのではなく、わたしをつかわされた父ちちご自身じしんが、わたしの言ゆうべきこと、語かたるべきことをお命めいじになったのである。

ヨハネ12:50 わたしは、この命令めいれいが永遠えいえんの命いのちであることを知しっている。それゆえに、わたしが語かたっていることは、わたしの父ちちがわたしに仰おおせになったことを、そのまま語かたっているのである」。

ヨハネ13:1 過越すぎこしの祭まつりの前まえに、イエスは、この世よを去さって父ちちのみもとに行いくべき自分じぶんの時ときがきたことを知しり、世よにいる自分じぶんの者ものたちを愛あいして、彼かれらを最後さいごまで愛あいし通とおされた。

ヨハネ13:3 イエスは、父ちちがすべてのものを自分じぶんの手てにお与あたえになったこと、また、自分じぶんは神かみから出でてきて、神かみにかえろうとしていることを思おもい、

ヨハネ14:2 わたしの父ちちの家いえには、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言いっておいたであろう。あなたがたのために、場所ばしょを用意よういしに行いくのだから。

ヨハネ14:6 イエスは彼かれに言いわれた、「わたしは道みちであり、真理しんりであり、命いのちである。だれでもわたしによらないでは、父ちちのみもとに行いくことはできない。

ヨハネ14:7 もしあなたがたがわたしを知しっていたならば、わたしの父ちちをも知しったであろう。しかし、今いまは父ちちを知しっており、またすでに父ちちを見みたのである」。

ヨハネ14:8 ピリポはイエスに言いった、「主しゅよ、わたしたちに父ちちを示ししめして下ください。そうして下くだされば、わたしたちは満足まんぞくします」。

ヨハネ14:9 イエスは彼かれに言いわれた、「ピリポよ、こんなに長ながくあなたがたと一緒いっしょにいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見みた者ものは、父ちちを見みたのである。どうして、わたしたちに父ちちを示ししめしてほしいと、言いうのか。

ヨハネ14:10 わたしが父ちちにおり、父ちちがわたしにおられることをあなたは信しんじないのか。わたしがあなたがたに話はなしている言葉ことばは、自分じぶんから話はなしているのではない。父ちちがわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。

ヨハネ14:11 わたしが父ちちにおり、父ちちがわたしにおられることを信しんじなさい。もしそれが信しんじられないならば、わざそのものによって信しんじなさい。

ヨハネ14:12 よくよくあなたがたに言いっておく。わたしを信しんじる者ものは、またわたしのしているわざをするであろう。そればかりか、もっと大おおきいわざをするであろう。わたしが父ちちのみもとに行いくからである。

ヨハネ14:13 わたしの名なによって願ねがうことは、なんでもかなえてあげよう。父ちちが子こによって栄光えいこうをお受うけになるためである。

ヨハネ14:16 わたしは父ちちにお願ねがいしよう。そうすれば、父ちちは別べつに助たすけ主ぬしを送おくって、いつまでもあなたがたと共ともにおらせて下くださるであろう。

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