「父」(ちち)が出てくる聖書の箇所

「父」(ちち)は口語訳の937か所(旧約606・新約331)に出てきます。日常訳第1版では930か所。

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937か所を200か所ずつ5ページに分けています(5ページ目)。

ヨハネによる福音書(106か所)

ヨハネ14:20 その日ひには、わたしはわたしの父ちちにおり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう。

ヨハネ14:21 わたしのいましめを心こころにいだいてこれを守まもる者ものは、わたしを愛あいする者ものである。わたしを愛あいする者ものは、わたしの父ちちに愛あいされるであろう。わたしもその人ひとを愛あいし、その人ひとにわたし自身じしんをあらわすであろう」。

ヨハネ14:23 イエスは彼かれに答こたえて言いわれた、「もしだれでもわたしを愛あいするならば、わたしの言葉ことばを守まもるであろう。そして、わたしの父ちちはその人ひとを愛あいし、また、わたしたちはその人ひとのところに行いって、その人ひとと一緒いっしょに住すむであろう。

ヨハネ14:24 わたしを愛あいさない者ものはわたしの言葉ことばを守まもらない。あなたがたが聞きいている言葉ことばは、わたしの言葉ことばではなく、わたしをつかわされた父ちちの言葉ことばである。

ヨハネ14:26 しかし、助たすけ主ぬし、すなわち、父ちちがわたしの名なによってつかわされる聖霊せいれいは、あなたがたにすべてのことを教おしえ、またわたしが話はなしておいたことを、ことごとく思おもい起おこさせるであろう。

ヨハネ14:28 『わたしは去さって行いくが、またあなたがたのところに帰かえって来くる』と、わたしが言いったのを、あなたがたは聞きいている。もしわたしを愛あいしているなら、わたしが父ちちのもとに行いくのを喜よろこんでくれるであろう。父ちちがわたしより大おおきいかたであるからである。

ヨハネ14:31 しかし、わたしが父ちちを愛あいしていることを世よが知しるように、わたしは父ちちがお命めいじになったとおりのことを行おこなうのである。立たて。さあ、ここから出でかけて行いこう。

ヨハネ15:1 わたしはまことのぶどうの木き、わたしの父ちちは農夫のうふである。

ヨハネ15:2 わたしにつながっている枝えだで実じつを結むすばないものは、父ちちがすべてこれをとりのぞき、実じつを結むすぶものは、もっと豊ゆたかに実みのらせるために、手入ていれしてこれをきれいになさるのである。

ヨハネ15:8 あなたがたが実じつを豊ゆたかに結むすび、そしてわたしの弟子でしとなるならば、それによって、わたしの父ちちは栄光えいこうをお受うけになるであろう。

ヨハネ15:9 父ちちがわたしを愛あいされたように、わたしもあなたがたを愛あいしたのである。わたしの愛あいのうちにいなさい。

ヨハネ15:10 もしわたしのいましめを守まもるならば、あなたがたはわたしの愛あいのうちにおるのである。それはわたしがわたしの父ちちのいましめを守まもったので、その愛あいのうちにおるのと同おなじである。

ヨハネ15:15 わたしはもう、あなたがたを僕ぼくとは呼よばない。僕ぼくは主人しゅじんのしていることを知しらないからである。わたしはあなたがたを友ともと呼よんだ。わたしの父ちちから聞きいたことを皆みな、あなたがたに知しらせたからである。

ヨハネ15:16 あなたがたがわたしを選えらんだのではない。わたしがあなたがたを選えらんだのである。そして、あなたがたを立たてた。それは、あなたがたが行いって実じつをむすび、その実じつがいつまでも残のこるためであり、また、あなたがたがわたしの名なによって父ちちに求もとめるものはなんでも、父ちちが与あたえて下くださるためである。

ヨハネ15:23 わたしを憎にくむ者ものは、わたしの父ちちをも憎にくむ。

ヨハネ15:24 もし、ほかのだれもがしなかったようなわざを、わたしが彼かれらの間あいだでしなかったならば、彼かれらは罪つみを犯おかさないですんだであろう。しかし事実じじつ、彼かれらはわたしとわたしの父ちちとを見みて、憎にくんだのである。

ヨハネ15:26 わたしが父ちちのみもとからあなたがたにつかわそうとしている助たすけ主ぬし、すなわち、父ちちのみもとから来くる真理しんりの御ご霊れいが下くだる時とき、それはわたしについてあかしをするであろう。

ヨハネ16:3 彼かれらがそのようなことをするのは、父ちちをもわたしをも知しらないからである。

ヨハネ16:10 義ぎについてと言いったのは、わたしが父ちちのみもとに行いき、あなたがたは、もはやわたしを見みなくなるからである。

ヨハネ16:15 父ちちがお持もちになっているものはみな、わたしのものである。御ご霊れいはわたしのものを受うけて、それをあなたがたに知しらせるのだと、わたしが言いったのは、そのためである。

ヨハネ16:17 そこで、弟子でしたちのうちのある者ものは互たがいに言い合っいいあった、「『しばらくすれば、わたしを見みなくなる。またしばらくすれば、わたしに会あえるであろう』と言いわれ、『わたしの父ちちのところに行いく』と言いわれたのは、いったい、どういうことなのであろう」。

ヨハネ16:23 その日ひには、あなたがたがわたしに問とうことは、何なんもないであろう。よくよくあなたがたに言いっておく。あなたがたが父ちちに求もとめるものはなんでも、わたしの名なによって下くださるであろう。

ヨハネ16:25 わたしはこれらのことを比喩ひゆで話はなしたが、もはや比喩ひゆでは話はなさないで、あからさまに、父ちちのことをあなたがたに話はなしてきかせる時ときが来くるであろう。

ヨハネ16:26 その日ひには、あなたがたは、わたしの名なによって求もとめるであろう。わたしは、あなたがたのために父ちちに願ねがってあげようとは言ゆうまい。

ヨハネ16:27 父ちちご自身じしんがあなたがたを愛あいしておいでになるからである。それは、あなたがたがわたしを愛あいしたため、また、わたしが神かみのみもとからきたことを信しんじたためである。

ヨハネ16:28 わたしは父ちちから出でてこの世よにきたが、またこの世よを去さって、父ちちのみもとに行いくのである」。

ヨハネ16:32 見みよ、あなたがたは散ちらされて、それぞれ自分じぶんの家いえに帰かえり、わたしをひとりだけ残のこす時ときが来くるであろう。いや、すでにきている。しかし、わたしはひとりでいるのではない。父ちちがわたしと一緒いっしょにおられるのである。

ヨハネ17:1 これらのことを語かたり終おえると、イエスは天てんを見みあげて言いわれた、「父ちちよ、時ときがきました。あなたの子こがあなたの栄光えいこうをあらわすように、子この栄光えいこうをあらわして下ください。

ヨハネ17:5 父ちちよ、世よが造つくられる前まえに、わたしがみそばで持もっていた栄光えいこうで、今いまみ前まえにわたしを輝かかがやかせて下ください。

ヨハネ17:11 わたしはもうこの世よにはいなくなりますが、彼かれらはこの世よに残のこっており、わたしはみもとに参まいります。聖せいなる父ちちよ、わたしに賜たまわった御名ぎょめいによって彼かれらを守まもって下ください。それはわたしたちが一ひとつであるように、彼かれらも一ひとつになるためであります。

ヨハネ17:21 父ちちよ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者ものが一ひとつとなるためであります。すなわち、彼かれらをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、世よが信しんじるようになるためであります。

ヨハネ17:24 父ちちよ、あなたがわたしに賜たまわった人々ひとびとが、わたしのいる所ところに一緒いっしょにいるようにして下ください。天地てんちが造つくられる前まえからわたしを愛あいして下くださって、わたしに賜たまわった栄光えいこうを、彼かれらに見みさせて下ください。

ヨハネ17:25 正ただしい父ちちよ、この世よはあなたを知しっていません。しかし、わたしはあなたを知しり、また彼かれらも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知しっています。

ヨハネ18:11 すると、イエスはペテロに言いわれた、「剣けんをさやに納おさめなさい。父ちちがわたしに下くださった杯さかずきは、飲のむべきではないか」。

ヨハネ20:17 イエスは彼女かのじょに言いわれた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父ちちのみもとに上のぼっていないのだから。ただ、わたしの兄弟きょうだいたちの所ところに行いって、『わたしは、わたしの父ちちまたあなたがたの父ちちであって、わたしの神かみまたあなたがたの神かみであられるかたのみもとへ上のぼって行いく』と、彼かれらに伝つたえなさい」。

ヨハネ20:21 イエスはまた彼かれらに言いわれた、「安やすかれ。父ちちがわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」。

使徒行伝(12か所)

使徒1:4 そして食事しょくじを共ともにしているとき、彼かれらにお命めいじになった、「エルサレムから離はなれないで、かねてわたしから聞きいていた父ちちの約束やくそくを待まっているがよい。

使徒1:7 彼かれらに言いわれた、「時期じきや場合ばあいは、父ちちがご自分じぶんの権威けんいによって定さだめておられるのであって、あなたがたの知しる限かぎりではない。

使徒2:33 それで、イエスは神かみの右みぎに上あげられ、父ちちから約束やくそくの聖霊せいれいを受うけて、それをわたしたちに注そそがれたのである。このことは、あなたがたが現げんに見聞みきしているとおりである。

使徒7:2 そこで、ステパノが言いった、「兄弟きょうだいたち、父ちちたちよ、お聞ききき下ください。わたしたちの父祖ふそアブラハムが、カランに住すむ前まえ、まだメソポタミヤにいたとき、栄光えいこうの神かみが彼かれに現あらわれて

使徒7:4 そこで、アブラハムはカルデヤ人にんの地ちを出でて、カランに住すんだ。そして、彼かれの父ちちが死しんだのち、神かみは彼かれをそこから、今いまあなたがたの住すんでいるこの地ちに移住いじゅうさせたが、

使徒7:8 そして、神かみはアブラハムに、割礼かつれいの契約けいやくをお与あたえになった。こうして、彼かれはイサクの父ちちとなり、これに八よう日か目めに割礼かつれいを施ほどこし、それから、イサクはヤコブの父ちちとなり、ヤコブは十じゅう二に人にんの族長ぞくちょうたちの父ちちとなった。

使徒7:14 ヨセフは使つかいをやって、父ちちヤコブと七十ななじゅう五ご人にんにのぼる親族しんぞく一同いちどうとを招まねいた。

使徒7:20 モーセが生うまれたのは、ちょうどこのころのことである。彼かれはまれに見みる美うつくしい子こであった。三さんか月げつの間あいだは、父ちちの家いえで育そだてられたが、

使徒16:1 それから、彼かれはデルベに行いき、次つぎにルステラに行いった。そこにテモテという名なの弟子でしがいた。信者しんじゃのユダヤ婦人ふじんを母ははとし、ギリシヤ人にんを父ちちとしており、

使徒16:3 パウロはこのテモテを連つれて行いきたかったので、その地方ちほうにいるユダヤ人にんの手前てまえ、まず彼かれに割礼かつれいを受うけさせた。彼かれの父ちちがギリシヤ人にんであることは、みんな知しっていたからである。

使徒22:1 「兄弟きょうだいたち、父ちちたちよ、いま申もうし上あげるわたしの弁明べんめいを聞きいていただきたい」。

使徒28:8 たまたま、ポプリオの父ちちが赤痢せきりをわずらい、高熱こうねつで床ゆかについていた。そこでパウロは、その人ひとのところにはいって行いって祈いのり、手てを彼かれの上うえにおいていやしてやった。

ローマ人への手紙(9か所)

ローマ1:7 ローマにいる、神かみに愛あいされ、召めされた聖徒せいと一同いちどうへ。わたしたちの父ちちなる神かみおよび主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

ローマ4:11 そして、アブラハムは割礼かつれいというしるしを受うけたが、それは、無む割礼かつれいのままで信仰しんこうによって受うけた義ぎの証印しょういんであって、彼かれが、無む割礼かつれいのままで信しんじて義ぎとされるに至いたるすべての人ひとの父ちちとなり、

ローマ4:12 かつ、割礼かつれいの者ものの父ちちとなるためなのである。割礼かつれいの者ものというのは、割礼かつれいを受うけた者ものばかりではなく、われらの父ちちアブラハムが無む割礼かつれいの時ときに持もっていた信仰しんこうの足跡あしあとを踏ふむ人々ひとびとをもさすのである。

ローマ4:16 このようなわけで、すべては信仰しんこうによるのである。それは恵めぐみによるのであって、すべての子孫しそんに、すなわち、律法りっぽうに立たつ者ものだけにではなく、アブラハムの信仰しんこうに従したがう者ものにも、この約束やくそくが保証ほしょうされるのである。アブラハムは、神かみの前まえで、わたしたちすべての者ものの父ちちであって、

ローマ4:17 「わたしは、あなたを立たてて多おおくの国民こくみんの父ちちとした」と書かいてあるとおりである。彼かれはこの神かみ、すなわち、死人しにんを生いかし、無なから有ゆうを呼よび出だされる神かみを信しんじたのである。

ローマ4:18 彼かれは望のぞみ得えないのに、なおも望のぞみつつ信しんじた。そのために、「あなたの子孫しそんはこうなるであろう」と言いわれているとおり、多おおくの国民こくみんの父ちちとなったのである。

ローマ6:4 すなわち、わたしたちは、その死しにあずかるバプテスマによって、彼かれと共ともに葬ほうむられたのである。それは、キリストが父ちちの栄光えいこうによって、死人しにんの中なかからよみがえらされたように、わたしたちもまた、新あたらしいいのちに生いきるためである。

ローマ8:15 あなたがたは再ふたたび恐おそれをいだかせる奴隷どれいの霊れいを受うけたのではなく、子こたる身分みぶんを授さずける霊れいを受うけたのである。その霊れいによって、わたしたちは「アバ、父ちちよ」と呼よぶのである。

ローマ15:6 こうして、心こころを一ひとつにし、声こえを合あわせて、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみをあがめさせて下くださるように。

コリント人への第一の手紙(5か所)

コリント第一1:3 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

コリント第一4:15 たといあなたがたに、キリストにある養育よういく掛がかりが一いち万まん人にんあったとしても、父ちちが多おおくあるのではない。キリスト・イエスにあって、福音ふくいんによりあなたがたを生うんだのは、わたしなのである。

コリント第一5:1 現げんに聞きくところによると、あなたがたの間あいだに不ふ品行ひんこうな者ものがあり、しかもその不ふ品行ひんこうは、異邦いほう人にんの間あいだにもないほどのもので、ある人ひとがその父ちちの妻つまと一緒いっしょに住すんでいるということである。

コリント第一8:6 わたしたちには、父ちちなる唯一ゆいいつの神かみのみがいますのである。万物ばんぶつはこの神かみから出でて、わたしたちもこの神かみに帰きする。また、唯一ゆいいつの主しゅイエス・キリストのみがいますのである。万物ばんぶつはこの主しゅにより、わたしたちもこの主しゅによっている。

コリント第一15:24 それから終末しゅうまつとなって、その時ときに、キリストはすべての君きみたち、すべての権威けんいと権力けんりょくとを打うち滅ほろぼして、国くにを父ちちなる神かみに渡わたされるのである。

コリント人への第二の手紙(4か所)

コリント第二1:2 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

コリント第二1:3 ほむべきかな、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみ、あわれみ深ふかき父ちち、慰なぐさめに満みちたる神かみ。

コリント第二6:18 そしてわたしは、あなたがたの父ちちとなり、あなたがたは、わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能ぜんのうの主しゅが、こう言いわれる」。

コリント第二11:31 永遠えいえんにほむべき、主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみは、わたしが偽いつわりを言いっていないことを、ご存ぞんじである。

ガラテヤ人への手紙(4か所)

ガラテヤ1:1 人々ひとびとからでもなく、人ひとによってでもなく、イエス・キリストと彼かれを死人しにんの中なかからよみがえらせた父ちちなる神かみとによって立たてられた使徒しとパウロ、

ガラテヤ1:3 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

ガラテヤ1:4 キリストは、わたしたちの父ちちなる神かみの御お旨むねに従したがい、わたしたちを今いまの悪あくの世よから救すくい出だそうとして、ご自身じしんをわたしたちの罪つみのためにささげられたのである。

ガラテヤ4:6 このように、あなたがたは子こであるのだから、神かみはわたしたちの心こころの中なかに、「アバ、父ちちよ」と呼よぶ御子みこの霊れいを送おくって下くださったのである。

エペソ人への手紙(11か所)

エペソ1:2 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

エペソ1:3 ほむべきかな、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみ。神かみはキリストにあって、天上てんじょうで霊れいのもろもろの祝福しゅくふくをもって、わたしたちを祝福しゅくふくし、

エペソ1:17 どうか、わたしたちの主しゅイエス・キリストの神かみ、栄光えいこうの父ちちが、知恵ちえと啓示けいじとの霊れいをあなたがたに賜たまわって神かみを認みとめさせ、

エペソ2:18 というのは、彼かれによって、わたしたち両方りょうほうの者ものが一ひとつの御ご霊れいの中なかにあって、父ちちのみもとに近ちかづくことができるからである。

エペソ3:15 天上てんじょうにあり地上ちじょうにあって「父ちち」と呼よばれているあらゆるものの源みなもとなる父ちちに祈いのる。

エペソ3:16 どうか父ちちが、その栄光えいこうの富とみにしたがい、御ご霊れいにより、力ちからをもってあなたがたの内うちなる人ひとを強つよくして下くださるように、

エペソ4:6 すべてのものの上うえにあり、すべてのものを貫つらぬき、すべてのものの内うちにいます、すべてのものの父ちちなる神かみは一ひとつである。

エペソ5:20 そしてすべてのことにつき、いつも、わたしたちの主しゅイエス・キリストの御名ぎょめいによって、父ちちなる神かみに感謝かんしゃし、

エペソ6:2 「あなたの父ちちと母ははとを敬うやまえ」。これが第だい一いちの戒いましめであって、次つぎの約束やくそくがそれについている、

エペソ6:4 父ちちたる者ものよ。子供こどもをおこらせないで、主しゅの薫陶くんとうと訓戒くんかいとによって、彼かれらを育そだてなさい。

エペソ6:23 父ちちなる神かみとわたしたちの主しゅイエス・キリストから平安へいあんならびに信仰しんこうに伴ともなう愛あいが、兄弟きょうだいたちにあるように。

ピリピ人への手紙(4か所)

ピリピ1:2 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

ピリピ2:11 また、あらゆる舌したが、「イエス・キリストは主しゅである」と告白こくはくして、栄光えいこうを父ちちなる神かみに帰きするためである。

ピリピ2:22 しかし、テモテの錬れん達たちぶりは、あなたがたの知しっているとおりである。すなわち、子こが父ちちに対たいするようにして、わたしと一緒いっしょに福音ふくいんに仕つかえてきたのである。

ピリピ4:20 わたしたちの父ちちなる神かみに、栄光えいこうが世々せいせい限かぎりなくあるように、アァメン。

コロサイ人への手紙(5か所)

コロサイ1:2 コロサイにいる、キリストにある聖徒せいとたち、忠実ちゅうじつな兄弟きょうだいたちへ。わたしたちの父ちちなる神かみから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

コロサイ1:3 わたしたちは、いつもあなたがたのために祈いのり、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみに感謝かんしゃしている。

コロサイ1:12 光ひかりのうちにある聖徒せいとたちの特権とっけんにあずかるに足たる者ものとならせて下くださった父ちちなる神かみに、感謝かんしゃすることである。

コロサイ3:17 そして、あなたのすることはすべて、言葉ことばによるとわざによるとを問とわず、いっさい主しゅイエスの名なによってなし、彼かれによって父ちちなる神かみに感謝かんしゃしなさい。

コロサイ3:21 父ちちたる者ものよ、子供こどもをいらだたせてはいけない。心こころがいじけるかも知しれないから。

テサロニケ人への第一の手紙(4か所)

テサロニケ第一1:1 パウロとシルワノとテモテから、父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストとにあるテサロニケ人にんたちの教会きょうかいへ。恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

テサロニケ第一1:3 あなたがたの信仰しんこうの働はたらきと、愛あいの労苦ろうくと、わたしたちの主しゅイエス・キリストに対たいする望のぞみの忍耐にんたいとを、わたしたちの父ちちなる神かみのみまえに、絶たえず思おもい起おこしている。

テサロニケ第一2:11 そして、あなたがたも知しっているとおり、父ちちがその子こに対たいしてするように、あなたがたのひとりびとりに対たいして、

テサロニケ第一3:11 どうか、わたしたちの父ちちなる神かみご自身じしんと、わたしたちの主しゅイエスとが、あなたがたのところへ行いく道みちを、わたしたちに開ひらいて下くださるように。

テサロニケ人への第二の手紙(3か所)

テサロニケ第二1:1 パウロとシルワノとテモテから、わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストとにあるテサロニケ人にんたちの教会きょうかいへ。

テサロニケ第二1:2 父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

テサロニケ第二2:16 どうか、わたしたちの主しゅイエス・キリストご自身じしんと、わたしたちを愛あいし、恵めぐみをもって永遠えいえんの慰なぐさめと確たしかな望のぞみとを賜たまわるわたしたちの父ちちなる神かみとが、

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一1:2 信仰しんこうによるわたしの真実しんじつな子こテモテへ。父ちちなる神かみとわたしたちの主しゅキリスト・イエスから、恵めぐみとあわれみと平安へいあんとが、あなたにあるように。

テモテ第一1:9 すなわち、律法りっぽうは正ただしい人ひとのために定さだめられたのではなく、不法ふほうな者ものと法ほうに服ふくさない者もの、不ふ信心しんじんな者ものと罪つみある者もの、神聖しんせいを汚けがす者ものと俗悪ぞくあくな者もの、父ちちを殺ころす者ものと母ははを殺ころす者もの、人ひとを殺ころす者もの、

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二1:2 愛あいする子こテモテへ。父ちちなる神かみとわたしたちの主しゅキリスト・イエスから、恵めぐみとあわれみと平安へいあんとが、あなたにあるように。

テトスへの手紙(1か所)

テトス1:4 信仰しんこうを同おなじうするわたしの真実しんじつの子こテトスへ。父ちちなる神かみとわたしたちの救主すくいぬしキリスト・イエスから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたにあるように。

ピレモンへの手紙(1か所)

ピレモン1:3 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

ヘブル人への手紙(5か所)

ヘブル1:5 いったい、神かみは御ご使したちのだれに対たいして、「あなたこそは、わたしの子こ。きょう、わたしはあなたを生うんだ」と言いいい、さらにまた、「わたしは彼かれの父ちちとなり、彼かれはわたしの子ことなるであろう」と言いわれたことがあるか。

ヘブル7:3 彼かれには父ちちがなく、母ははがなく、系図けいずがなく、生涯しょうがいの初はじめもなく、生命せいめいの終おわりもなく、神かみの子このようであって、いつまでも祭司さいしなのである。

ヘブル12:7 あなたがたは訓練くんれんとして耐たえ忍しのびなさい。神かみはあなたがたを、子ことして取とり扱あつかっておられるのである。いったい、父ちちに訓練くんれんされない子こがあるだろうか。

ヘブル12:9 その上うえ、肉親にくしんの父ちちはわたしたちを訓練くんれんするのに、なお彼かれをうやまうとすれば、なおさら、わたしたちは、たましいの父ちちに服従ふくじゅうして、真しんに生いきるべきではないか。

ヘブル12:10 肉親にくしんの父ちちは、しばらくの間あいだ、自分じぶんの考かんがえに従したがって訓練くんれんを与あたえるが、たましいの父ちちは、わたしたちの益えきのため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。

ヤコブの手紙(4か所)

ヤコブ1:17 あらゆる良よい贈おくり物もの、あらゆる完全かんぜんな賜物たまものは、上うえから、光ひかりの父ちちから下くだって来くる。父ちちには、変化へんかとか回転かいてんの影かげとかいうものはない。

ヤコブ1:18 父ちちは、わたしたちを、いわば被ひ造物ぞうぶつの初穂はつほとするために、真理しんりの言葉ことばによって御お旨むねのままに、生うみ出だして下くださったのである。

ヤコブ1:27 父ちちなる神かみのみまえに清きよく汚よごれのない信心しんじんとは、困こまっている孤児こじや、やもめを見舞みまい、自みずからは世よの汚よごれに染しまずに、身みを清きよく保たもつことにほかならない。

ヤコブ3:9 わたしたちは、この舌したで父ちちなる主しゅをさんびし、また、その同おなじ舌したで、神かみにかたどって造つくられた人間にんげんをのろっている。

ペテロの第一の手紙(3か所)

ペテロ第一1:2 すなわち、イエス・キリストに従したがい、かつ、その血ちのそそぎを受うけるために、父ちちなる神かみの予知よちされたところによって選えらばれ、御ご霊れいのきよめにあずかっている人ひとたちへ。恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたに豊ゆたかに加くわわるように。

ペテロ第一1:3 ほむべきかな、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみ。神かみは、その豊ゆたかなあわれみにより、イエス・キリストを死人しにんの中なかからよみがえらせ、それにより、わたしたちを新あらたに生うまれさせて生いける望のぞみをいだかせ、

ペテロ第一1:17 あなたがたは、人ひとをそれぞれのしわざに応おうじて、公平こうへいにさばくかたを、父ちちと呼よんでいるからには、地上ちじょうに宿やどっている間あいだを、おそれの心こころをもって過すごすべきである。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二1:17 イエスは父ちちなる神かみからほまれと栄光えいこうとをお受うけになったが、その時とき、おごそかな栄光えいこうの中なかから次つぎのようなみ声こえがかかったのである、「これはわたしの愛あいする子こ、わたしの心こころにかなう者ものである」。

ヨハネの第一の手紙(12か所)

ヨハネ第一1:2 このいのちが現あらわれたので、この永遠えいえんのいのちをわたしたちは見みて、そのあかしをし、かつ、あなたがたに告つげ知しらせるのである。この永遠えいえんのいのちは、父ちちと共ともにいましたが、今いまやわたしたちに現あらわれたものである――

ヨハネ第一1:3 すなわち、わたしたちが見みたもの、聞きいたものを、あなたがたにも告つげ知しらせる。それは、あなたがたも、わたしたちの交まじわりにあずかるようになるためである。わたしたちの交まじわりとは、父ちちならびに御子みこイエス・キリストとの交まじわりのことである。

ヨハネ第一2:1 わたしの子こたちよ。これらのことを書かきおくるのは、あなたがたが罪つみを犯おかさないようになるためである。もし、罪つみを犯おかす者ものがあれば、父ちちのみもとには、わたしたちのために助たすけ主ぬし、すなわち、義ぎなるイエス・キリストがおられる。

ヨハネ第一2:13 父ちちたちよ。あなたがたに書かきおくるのは、あなたがたが、初はじめからいますかたを知しったからである。若者わかものたちよ。あなたがたに書かきおくるのは、あなたがたが、悪あしき者ものにうち勝かったからである。

ヨハネ第一2:14 子供こどもたちよ。あなたがたに書かきおくったのは、あなたがたが父ちちを知しったからである。父ちちたちよ。あなたがたに書かきおくったのは、あなたがたが、初はじめからいますかたを知しったからである。若者わかものたちよ。あなたがたに書かきおくったのは、あなたがたが強つよい者ものであり、神かみの言げんがあなたがたに宿やどり、そして、あなたがたが悪あしき者ものにうち勝かったからである。

ヨハネ第一2:15 世よと世よにあるものとを、愛あいしてはいけない。もし、世よを愛あいする者ものがあれば、父ちちの愛あいは彼かれのうちにない。

ヨハネ第一2:16 すべて世よにあるもの、すなわち、肉にくの欲よく、目めの欲よく、持もち物ものの誇ほこりは、父ちちから出でたものではなく、世よから出でたものである。

ヨハネ第一2:22 偽いつわり者しゃとは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定ひていする者ものではないか。父ちちと御子みことを否定ひていする者ものは、反はんキリストである。

ヨハネ第一2:23 御子みこを否定ひていする者ものは父ちちを持もたず、御子みこを告白こくはくする者ものは、また父ちちをも持もつのである。

ヨハネ第一2:24 初はじめから聞きいたことが、あなたがたのうちに、とどまるようにしなさい。初はじめから聞きいたことが、あなたがたのうちにとどまっておれば、あなたがたも御子みこと父ちちとのうちに、とどまることになる。

ヨハネ第一3:1 わたしたちが神かみの子こと呼よばれるためには、どんなに大おおきな愛あいを父ちちから賜たまわったことか、よく考かんがえてみなさい。わたしたちは、すでに神かみの子こなのである。世よがわたしたちを知しらないのは、父ちちを知しらなかったからである。

ヨハネ第一4:14 わたしたちは、父ちちが御子みこを世よの救主すくいぬしとしておつかわしになったのを見みて、そのあかしをするのである。

ヨハネの第二の手紙(4か所)

ヨハネ第二1:3 父ちちなる神かみおよび父ちちの御子みこイエス・キリストから、恵めぐみとあわれみと平安へいあんとが、真理しんりと愛あいのうちにあって、わたしたちと共ともにあるように。

ヨハネ第二1:4 あなたの子供こどもたちのうちで、わたしたちが父ちちから受うけた戒いましめどおりに、真理しんりのうちを歩あるいている者ものがあるのを見みて、わたしは非常ひじょうに喜よろこんでいる。

ヨハネ第二1:6 父ちちの戒いましめどおりに歩あるくことが、すなわち、愛あいであり、あなたがたが初はじめから聞きいてきたとおりに愛あいのうちを歩あるくことが、すなわち、戒いましめなのである。

ヨハネ第二1:9 すべてキリストの教きょうをとおり過すごして、それにとどまらない者ものは、神かみを持もっていないのである。その教きょうにとどまっている者ものは、父ちちを持もち、また御子みこをも持もつ。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:1 イエス・キリストの僕ぼくまたヤコブの兄弟きょうだいであるユダから、父ちちなる神かみに愛あいされ、イエス・キリストに守まもられている召めされた人々ひとびとへ。

ヨハネの黙示録(5か所)

黙示録1:6 わたしたちを、その父ちちなる神かみのために、御お国くにの民たみとし、祭司さいしとして下くださったかたに、世々せいせい限かぎりなく栄光えいこうと権力けんりょくとがあるように、アァメン。

黙示録2:27 彼かれは鉄てつのつえをもって、ちょうど土つちの器うつわを砕くくだくように、彼かれらを治おさめるであろう。それは、わたし自身じしんが父ちちから権威けんいを受うけて治おさめるのと同様どうようである。

黙示録3:5 勝利しょうりを得える者ものは、このように白しろい衣ころもを着きせられるのである。わたしは、その名なをいのちの書しょから消けすようなことを、決けっしてしない。また、わたしの父ちちと御ご使したちの前まえで、その名なを言いいあらわそう。

黙示録3:21 勝利しょうりを得える者ものには、わたしと共ともにわたしの座ざにつかせよう。それはちょうど、わたしが勝利しょうりを得えてわたしの父ちちと共ともにその御座ぎょざについたのと同様どうようである。

黙示録14:1 なお、わたしが見みていると、見みよ、小羊こひつじがシオンの山やまに立たっていた。また、十じゅう四よん万まん四千よんせんの人々ひとびとが小羊こひつじと共ともにおり、その額がくに小羊こひつじの名なとその父ちちの名なとが書かかかれていた。

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