「抱く」(いだく)が出てくる聖書の箇所

「抱く」(いだく)は口語訳の102か所(旧約51・新約51)に出てきます。「いだく」も含みます。日常訳第1版では41か所。

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創世記(7か所)

創世記21:18 立たって行いき、わらべを取とり上あげてあなたの手てに抱いだきなさい。わたしは彼かれを大おおいなる国民こくみんとするであろう」。

創世記29:13 ラバンは妹いもうとの子こヤコブがきたという知しらせを聞きくとすぐ、走はしって行いってヤコブを迎むかえ、これを抱いいだいて口くちづけし、家いえに連つれてきた。そこでヤコブはすべての事ことをラバンに話はなした。

創世記33:4 するとエサウは走はしってきて迎むかえ、彼かれを抱いだき、そのくびをかかえて口くちづけし、共ともに泣ないた。

創世記45:14 そしてヨセフは弟おとうとベニヤミンのくびを抱いいだいて泣なき、ベニヤミンも彼かれのくびを抱いいだいて泣ないた。

創世記45:15 またヨセフはすべての兄弟きょうだいたちに口くちづけし、彼かれらを抱いいだいて泣ないた。そして後あと、兄弟きょうだいたちは彼かれと語かたった。

創世記46:29 ヨセフは車くるまを整ととのえて、父ちちイスラエルを迎むかえるためにゴセンに上のぼり、父ちちに会あい、そのくびを抱いだき、くびをかかえて久ひさしく泣ないた。

創世記48:10 イスラエルの目めは老齢ろうれいのゆえに、かすんで見みえなかったが、ヨセフが彼かれらを父ちちの所ところに近寄ちかよらせたので、父ちちは彼かれらに口くちづけし、彼かれらを抱いいだいた。

レビ記(2か所)

レビ記19:18 あなたはあだを返かえしてはならない。あなたの民たみの人々ひとびとに恨うらみをいだいてはならない。あなた自身じしんのようにあなたの隣人りんじんを愛あいさなければならない。わたしは主しゅである。

レビ記26:36 またあなたがたのうちの残のこっている者ものの心こころに、敵てきの国くにでわたしは恐おそれをいだかせるであろう。彼かれらは木この葉はの動うごく音おとにも驚おどろいて逃にげ、つるぎを避さけて逃にげる者もののように逃にげて、追おう者ものもないのにころび倒たおれるであろう。

民数記(1か所)

民数記11:12 わたしがこのすべての民たみを、はらんだのですか。わたしがこれを生うんだのですか。そうではないのに、あなたはなぜわたしに『養やしない親おやが乳児にゅうじを抱いだくように、彼かれらをふところに抱いいだいて、あなたが彼かれらの先祖せんぞたちに誓ちかわれた地ちに行いけ』と言いわれるのですか。

申命記(3か所)

申命記1:31 あなたがたはまた荒野あらので、あなたの神かみ、主しゅが、人ひとのその子こを抱いだくように、あなたを抱いだかれるのを見みた。あなたがたが、この所ところに来くるまで、その道みちすがら、いつもそうであった』。

申命記22:6 もしあなたが道みちで、木きの上うえ、または地面じめんに鳥とりの巣すのあるのを見みつけ、その中なかに雛ひなまたは卵たまごがあって、母鳥ははどりがその雛ひなまたは卵たまごを抱いいだいているならば、母鳥ははどりを雛ひなと一緒いっしょに取とってはならない。

申命記28:67 あなたが心こころにいだく恐おそれと、目めに見みるものによって、朝あさには『ああ夕ゆうであればよいのに』と言いいい、夕ゆうには『ああ朝あさであればよいのに』と言ゆうであろう。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二4:4 さてサウルの子こヨナタンに足あしのなえた子こがひとりあった。エズレルからサウルとヨナタンの事ことの知しらせがきた時とき、彼かれは五ご歳さいであった。うばが彼かれを抱いいだいて逃にげたが、急いいそいで逃にげる時とき、その子こは落おちて足あしなえとなった。その名なはメピボセテといった。

列王紀上(1か所)

列王紀上14:13 そしてイスラエルは皆みな、彼かれのために悲かなしんで彼かれを葬ほうむるでしょう。ヤラベアムに属ぞくする者ものは、ただ彼かれだけ墓はかに葬ほうむられるでしょう。ヤラベアムの家いえのうちで、彼かれはイスラエルの神かみ、主しゅにむかって良よい思おもいをいだいていたからです。

列王紀下(2か所)

列王紀下4:16 エリシャは言いった、「来年らいねんの今いまごろ、あなたはひとりの子こを抱いだくでしょう」。彼女かのじょは言いった、「いいえ、わが主しゅよ、神かみの人ひとよ、はしためを欺あざむかないでください」。

列王紀下19:26 そのうちに住すむ民たみは力ちから弱よわくおののき、恥はじをいだいて、野のの草くさのように、青菜あおなのようになり、育そだたないで枯かれる屋根やねの草くさのようになった。

歴代志下(1か所)

歴代志下30:21 そこでエルサレムに来きていたイスラエルの人々ひとびとは大おおいなる喜よろこびをいだいて、七なな日かのあいだ種しゅ入いれぬパンの祭まつりを行おこなった。またレビびとと祭司さいしたちは日々ひびに主しゅをさんびし、力ちからをつくして主しゅをたたえた。

詩篇(12か所)

詩篇13:2 いつまで、わたしは魂たましいに痛いたみを負おい、ひねもす心こころに悲かなしみをいだかなければならないのですか。いつまで敵てきはわたしの上うえにあがめられるのですか。

詩篇28:3 悪あしき者ものおよび悪あくを行おこなう者ものらと共ともにわたしを引ひき行いかないでください。彼かれらはその隣となり人びととむつまじく語かたるけれども、その心こころには害悪がいあくをいだく者ものです。

詩篇28:9 どうぞ、あなたの民たみを救すくい、あなたの嗣業しぎょうを恵めぐみ、彼かれらの牧者ぼくしゃとなって、とこしえに彼かれらをいだき導みちびいてください。

詩篇66:18 もしわたしが心こころに不義ふぎをいだいていたならば、主しゅはお聞きききにならないであろう。

詩篇71:14 しかしわたしは絶たえず望のぞみをいだいて、いよいよあなたをほめたたえるでしょう。

詩篇89:50-51 主しゅよ、あなたのしもべがうけるはずかしめをみこころにとめてください。主しゅよ、あなたのもろもろの敵てきはわたしをそしり、あなたの油あぶらそそがれた者ものの足跡あしあとをそしります。わたしはもろもろの民たみのそしりをわたしのふところにいだいているのです。

詩篇103:9 主しゅは常つねに責せめることをせず、また、とこしえに怒いかりをいだかれない。

詩篇119:74 あなたを恐おそれる者ものはわたしを見みて喜よろこぶでしょう。わたしはみ言葉ことばによって望のぞみをいだいたからです。

詩篇119:81 わが魂たましいはあなたの救すくいを慕したって絶たえいるばかりです。わたしはみ言葉ことばによって望のぞみをいだきます。

詩篇119:114 あなたはわが隠かくれ場ば、わが盾たてです。わたしはみ言葉ことばによって望のぞみをいだきます。

詩篇119:147 わたしは朝あさ早はやく起おき出でて呼よばわります。わたしはみ言葉ことばによって望のぞみをいだくのです。

詩篇130:5 わたしは主しゅを待まち望のぞみます、わが魂たましいは待まち望のぞみます。そのみ言葉ことばによって、わたしは望のぞみをいだきます。

箴言(4か所)

箴言4:8 それを尊たっとべ、そうすれば、それはあなたを高たかくあげる、もしそれをいだくならば、それはあなたを尊とうとくする。

箴言5:20 わが子こよ、どうして遊女ゆうじょに迷まよい、みだらな女おんなの胸むねをいだくのか。

箴言6:27 人ひとは火ひを、そのふところにいだいてその着物きものが焼やかれないであろうか。

箴言26:24 憎にくむ者ものはくちびるをもって自みずから飾かざるけれども、心こころのうちには偽いつわりをいだく。

伝道の書(3か所)

伝道の書3:5 石いしを投なげるに時ときがあり、石いしを集あつめるに時ときがあり、抱いだくに時ときがあり、抱いだくことをやめるに時ときがあり、

伝道の書8:12 罪つみびとで百ひゃく度ど悪あくをなして、なお長生ながいきするものがあるけれども、神かみをかしこみ、み前まえに恐おそれをいだく者ものには幸福こうふくがあることを、わたしは知しっている。

伝道の書8:13 しかし悪人あくにんには幸福こうふくがない。またその命いのちは影かげのようであって長ながくは続つづかない。彼かれは神かみの前まえに恐おそれをいだかないからである。

雅歌(2か所)

雅歌2:6 どうか、彼かれの左ひだりの手てがわたしの頭あたまの下したにあり、右みぎの手てがわたしを抱いいだいてくれるように。

雅歌8:3 どうか、彼かれの左ひだりの手てがわたしの頭あたまの下したにあり、右みぎの手てがわたしを抱いいだいてくれるように。

イザヤ書(3か所)

イザヤ書37:27 そのうちに住すむ民たみは力ちから弱よわく、おののき恥はじをいだいて、野のの草くさのように、青菜あおなのようになり、育そだたずに枯かれる屋根やねの草くさのようになった。

イザヤ書40:11 主しゅは牧者ぼくしゃのようにその群むれを養やしない、そのかいなに小羊こひつじをいだき、そのふところに入いれて携たずさえゆき、乳ちちを飲のませているものをやさしく導みちびかれる。

イザヤ書60:4 あなたの目めをあげて見みまわせ、彼かれらはみな集あつまってあなたに来くる。あなたの子こらは遠とおくから来き、あなたの娘むすめらは、かいなにいだかれて来くる。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書17:11 しゃこが自分じぶんが産うんだのではない卵たまごを抱いだくように、不正ふせいな財産ざいさんを得える者ものがある。その人ひとは一生いっしょうの半なかばにそれから離はなれて、その終おわりには愚おろかな者ものとなる。

エレミヤ書23:16 万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる、「あなたがたに預言よげんする預言よげん者しゃの言葉ことばを聞きいてはならない。彼かれらはあなたがたに、むなしい望のぞみをいだかせ、主しゅの口くちから出でたのでない、自分じぶんの心こころの黙示もくしを語かたるのである。

エレミヤ書29:11 主しゅは言いわれる、わたしがあなたがたに対たいしていだいている計画けいかくはわたしが知しっている。それは災わざわいを与あたえようというのではなく、平安へいあんを与あたえようとするものであり、あなたがたに将来しょうらいを与あたえ、希望きぼうを与あたえようとするものである。

哀歌(2か所)

哀歌2:22 あなたは、わたしの恐おそれるものを、祭まつりの日ひのように四方しほうから呼よび集あつめられた。主しゅの怒いかりの日ひには、のがれた者ものも残のこった者ものもなかった。わたしが、いだき育そだてた者ものをわたしの敵てきは滅ほろぼし尽つくした。

哀歌3:21 しかし、わたしはこの事ことを心こころに思おもい起おこす。それゆえ、わたしは望のぞみをいだく。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書35:5 あなたは限かぎりない敵意てきいをいだいて、イスラエルの人々ひとびとをその災わざわいの時とき、終おわりの刑罰けいばつの時ときに、つるぎの手てに渡わたした。

ホセア書(1か所)

ホセア書11:3 わたしはエフライムに歩あゆむことを教おしえ、彼かれらをわたしの腕うでにいだいた。しかし彼かれらはわたしにいやされた事ことを知しらなかった。

ナホム書(1か所)

ナホム書1:2 主しゅはねたみ、かつあだを報むくいる神かみ、主しゅはあだを報むくいる者もの、また憤いきどおる者もの、主しゅはおのがあだに報復ほうふくし、おのが敵てきに対たいして憤いきどおりをいだく。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書9:12 望のぞみをいだく捕とらわれ人にんよ、あなたの城しろに帰かえれ。わたしはきょうもなお告つげて言ゆう、必かならず倍ばいして、あなたをもとに返かえすことを。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ5:23 だから、祭壇さいだんに供そなえ物ものをささげようとする場合ばあい、兄弟きょうだいが自分じぶんに対たいして何なんかうらみをいだいていることを、そこで思おもい出だしたなら、

マタイ5:28 しかし、わたしはあなたがたに言ゆう。だれでも、情欲じょうよくをいだいて女おんなを見みる者ものは、心こころの中なかですでに姦淫かんいんをしたのである。

マタイ28:9 すると、イエスは彼かれらに出会であって、「平安へいあんあれ」と言いわれたので、彼かれらは近寄ちかよりイエスのみ足あしをいだいて拝はいした。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ9:36 そして、ひとりの幼おさな子ごをとりあげて、彼かれらのまん中なかに立たたたせ、それを抱いいだいて言いわれた。

マルコ10:16 そして彼かれらを抱いだき、手てをその上うえにおいて祝福しゅくふくされた。

ルカによる福音書(4か所)

ルカ1:65 近所きんじょの人々ひとびとはみな恐おそれをいだき、またユダヤの山里やまざとの至いたるところに、これらの事ことがことごとく語かたり伝つたえられたので、

ルカ2:28 シメオンは幼おさな子ごを腕うでに抱いだき、神かみをほめたたえて言いった、

ルカ7:16 人々ひとびとはみな恐おそれをいだき、「大だい預言よげん者しゃがわたしたちの間あいだに現あらわれた」、また、「神かみはその民たみを顧かえりみてくださった」と言いって、神かみをほめたたえた。

ルカ15:20 そこで立たって、父ちちのところへ出でかけた。まだ遠とおく離はなれていたのに、父ちちは彼かれをみとめ、哀あわれに思おもって走はしり寄より、その首くびをだいて接吻せっぷんした。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ14:21 わたしのいましめを心こころにいだいてこれを守まもる者ものは、わたしを愛あいする者ものである。わたしを愛あいする者ものは、わたしの父ちちに愛あいされるであろう。わたしもその人ひとを愛あいし、その人ひとにわたし自身じしんをあらわすであろう」。

使徒行伝(7か所)

使徒8:22 だから、この悪事あくじを悔くいて、主しゅに祈いのれ。そうすればあるいはそんな思おもいを心こころにいだいたことが、ゆるされるかも知しれない。

使徒14:2 ところが、信しんじなかったユダヤ人にんたちは異邦いほう人にんたちをそそのかして、兄弟きょうだいたちに対たいして悪意あくいをいだかせた。

使徒20:37 みんなの者ものは、はげしく泣なき悲かなしみ、パウロの首くびを抱いいだいて、幾いく度ども接吻せっぷんし、

使徒23:6 パウロは、議員ぎいんの一部いちぶがサドカイ人にんであり、一部いちぶはパリサイ人にんであるのを見みて、議会ぎかいの中なかで声こえを高たかめて言いった、「兄弟きょうだいたちよ、わたしはパリサイ人にんであり、パリサイ人にんの子こである。わたしは、死人しにんの復活ふっかつの望のぞみをいだいていることで、裁判さいばんを受うけているのである」。

使徒24:15 また、正ただしい者ものも正ただしくない者ものも、やがてよみがえるとの希望きぼうを、神かみを仰あおいでいだいているものです。この希望きぼうは、彼かれら自身じしんも持もっているのです。

使徒26:6 今いまわたしは、神かみがわたしたちの先祖せんぞに約束やくそくなさった希望きぼうをいだいているために、裁判さいばんを受うけているのであります。

使徒28:20 こういうわけで、あなたがたに会あって語かたり合あいたいと願ねがっていた。事実じじつ、わたしは、イスラエルのいだいている希望きぼうのゆえに、この鎖くさりにつながれているのである」。

ローマ人への手紙(8か所)

ローマ2:8 他方たほうでは、党派とうは心しんをいだき、真理しんりに従したがわないで不義ふぎに従したがう人ひとに、怒いかりと激はげしい憤いきどおりとが加くわえられる。

ローマ8:15 あなたがたは再ふたたび恐おそれをいだかせる奴隷どれいの霊れいを受うけたのではなく、子こたる身分みぶんを授さずける霊れいを受うけたのである。その霊れいによって、わたしたちは「アバ、父ちちよ」と呼よぶのである。

ローマ10:19 なお、わたしは言いう、イスラエルは知しらなかったのであろうか。まずモーセは言いっている、「わたしはあなたがたに、国民こくみんでない者ものに対たいしてねたみを起おこさせ、無知むちな国民こくみんに対たいして、怒いかりをいだかせるであろう」。

ローマ11:20 まさに、そのとおりである。彼かれらは不ふ信仰しんこうのゆえに切きり去さられ、あなたは信仰しんこうのゆえに立たっているのである。高たかぶった思おもいをいだかないで、むしろ恐おそれなさい。

ローマ12:12 望のぞみをいだいて喜よろこび、患難かんなんに耐たえ、常つねに祈いのりなさい。

ローマ12:16 互たがいに思おもうことをひとつにし、高たかぶった思おもいをいだかず、かえって低ひくい者ものたちと交まじわるがよい。自分じぶんが知者ちしゃだと思おもいあがってはならない。

ローマ15:4 これまでに書かかかれた事ことがらは、すべてわたしたちの教きょうのために書かかかれたのであって、それは聖書せいしょの与あたえる忍耐にんたいと慰なぐさめとによって、望のぞみをいだかせるためである。

ローマ15:5 どうか、忍耐にんたいと慰なぐさめとの神かみが、あなたがたに、キリスト・イエスにならって互たがいに同おなじ思おもいをいだかせ、

コリント人への第一の手紙(3か所)

コリント第一7:36 もしある人ひとが、相手あいてのおとめに対たいして、情熱じょうねつをいだくようになった場合ばあい、それは適当てきとうでないと思おもいつつも、やむを得えなければ、望のぞみどおりにしてもよい。それは罪つみを犯おかすことではない。ふたりは結婚けっこんするがよい。

コリント第一13:5 不ふ作法さほうをしない、自分じぶんの利益りえきを求もとめない、いらだたない、恨うらみをいだかない。

コリント第一15:19 もしわたしたちが、この世よの生活せいかつでキリストにあって単たんなる望のぞみをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人ひとの中なかで最ももっともあわれむべき存在そんざいとなる。

コリント人への第二の手紙(5か所)

コリント第二1:7 だから、あなたがたに対たいしていだいているわたしたちの望のぞみは、動うごくことがない。あなたがたが、わたしたちと共ともに苦難くなんにあずかっているように、慰なぐさめにも共ともにあずかっていることを知しっているからである。

コリント第二2:4 わたしは大おおきな患難かんなんと心こころの憂うれいの中なかから、多おおくの涙なみだをもってあなたがたに書かきおくった。それは、あなたがたを悲かなしませるためではなく、あなたがたに対たいしてあふれるばかりにいだいているわたしの愛あいを、知しってもらうためであった。

コリント第二3:4 こうした確信かくしんを、わたしたちはキリストにより神かみに対たいしていだいている。

コリント第二3:12 こうした望のぞみをいだいているので、わたしたちは思おもいきって大胆だいたんに語かたり、

コリント第二8:24 だから、あなたがたの愛あいと、また、あなたがたについてわたしたちがいだいている誇ほこりとが、真実しんじつであることを、諸教しょきょう会かいの前まえで彼かれらにあかししていただきたい。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ5:5 わたしたちは、御ご霊れいの助たすけにより、信仰しんこうによって義ぎとされる望のぞみを強つよくいだいている。

ガラテヤ5:10 あなたがたはいささかもわたしと違ちがった思おもいをいだくことはないと、主しゅにあって信頼しんらいしている。しかし、あなたがたを動揺どうようさせている者ものは、それがだれであろうと、さばきを受うけるであろう。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ1:18 あなたがたの心こころの目めを明あきらかにして下くださるように、そして、あなたがたが神かみに召めされていだいている望のぞみがどんなものであるか、聖徒せいとたちがつぐべき神かみの国くにがいかに栄光えいこうに富とんだものであるか、

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ2:5 キリスト・イエスにあっていだいているのと同おなじ思おもいを、あなたがたの間あいだでも互たがいに生いかしなさい。

コロサイ人への手紙(2か所)

コロサイ1:4 これは、キリスト・イエスに対たいするあなたがたの信仰しんこうと、すべての聖徒せいとに対たいしていだいているあなたがたの愛あいとを、耳みみにしたからである。

コロサイ1:8 あなたがたが御ご霊れいによっていだいている愛あいを、わたしたちに知しらせてくれたのである。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一5:20 罪つみを犯おかした者ものに対たいしては、ほかの人々ひとびとも恐おそれをいだくに至いたるために、すべての人ひとの前まえでその罪つみをとがむべきである。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二1:5 また、あなたがいだいている偽いつわりのない信仰しんこうを思おもい起おこしている。この信仰しんこうは、まずあなたの祖母そぼロイスとあなたの母ははユニケとに宿やどったものであったが、今いまあなたにも宿やどっていると、わたしは確信かくしんしている。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル3:12 兄弟きょうだいたちよ。気きをつけなさい。あなたがたの中なかには、あるいは、不ふ信仰しんこうな悪わるい心こころをいだいて、生いける神かみから離はなれ去さる者ものがあるかも知しれない。

ヘブル11:13 これらの人ひとはみな、信仰しんこうをいだいて死しんだ。まだ約束やくそくのものは受うけていなかったが、はるかにそれを望のぞみ見みて喜よろこび、そして、地上ちじょうでは旅人たびびとであり寄留きりゅう者しゃであることを、自みずから言いいあらわした。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ3:14 しかし、もしあなたがたの心こころの中なかに、苦々にがにがしいねたみや党派とうは心しんをいだいているのなら、誇ほこり高たかぶってはならない。また、真理しんりにそむいて偽いつわってはならない。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:3 ほむべきかな、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみ。神かみは、その豊ゆたかなあわれみにより、イエス・キリストを死人しにんの中なかからよみがえらせ、それにより、わたしたちを新あらたに生うまれさせて生いける望のぞみをいだかせ、

ペテロ第一1:22 あなたがたは、真理しんりに従したがうことによって、たましいをきよめ、偽いつわりのない兄弟きょうだい愛あいをいだくに至いたったのであるから、互たがいに心こころから熱あつく愛あいし合あいなさい。

ヨハネの第一の手紙(2か所)

ヨハネ第一3:3 彼かれについてこの望のぞみをいだいている者ものは皆みな、彼かれがきよくあられるように、自みずからをきよくする。

ヨハネ第一5:14 わたしたちが神かみに対たいしていだいている確信かくしんは、こうである。すなわち、わたしたちが何事なにごとでも神かみの御お旨むねに従したがって願ねがい求もとめるなら、神かみはそれを聞ききいれて下くださるということである。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:22 疑うたがいをいだく人々ひとびとがあれば、彼かれらをあわれみ、

ヨハネの黙示録(2か所)

黙示録18:10 彼女かのじょの苦くるしみに恐おそれをいだき、遠とおくに立たって言ゆうであろう、『ああ、わざわいだ、大おおいなる都と、不落ふらくの都と、バビロンは、わざわいだ。おまえに対たいするさばきは、一瞬いっしゅんにしてきた』。

黙示録18:15 これらの品々しなじなを売うって、彼女かのじょから富とみを得えた商人しょうにんは、彼女かのじょの苦くるしみに恐おそれをいだいて遠とおくに立たち、泣なき悲かなしんで言いう、

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