「人」(ひと)が出てくる聖書の箇所

「人」(ひと)は日常訳第1版の5114か所(旧約2880・新約2234)に出てきます。口語訳では4355か所。

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5114か所を200か所ずつ26ページに分けています(20ページ目)。

ヨハネによる福音書(242か所)

ヨハネ2:16 そして、鳩はとを売うっている人ひとたちに言いった。「これを、ここから運はこび出だしなさい。わたしの父ちちの家いえを、商売しょうばいの家いえにするな。」

ヨハネ2:23 イエスが過越すぎこし祭まつりのあいだエルサレムにいたとき、多おおくの人ひとが、イエスの行おこなっていたしるしを見みて、その名なを信しんじた。

ヨハネ2:24 しかし、イエスご自身じしんは、そんな彼かれらに自分じぶんをゆだねることはしなかった。すべての人ひとのことを知しっていたからだ。

ヨハネ2:25 イエスには、人ひとについて誰だれかに教おしえてもらう必要ひつようなどなかった。人ひとの心こころの中なかに何なんがあるかを、自分じぶんでわかっていたからだ。

ヨハネ3:1 さて、ファリサイ派はに属ぞくする一人ひとりの人ひとがいた。名前なまえをニコデモといい、ユダヤ人じんの議員ぎいんだった。

ヨハネ3:2 この人ひとがある夜よる、イエスのもとにやって来きて言いった。「先生せんせい、わたしたちはあなたが神かみのもとから来こられた教師きょうしだと分わかっています。神かみが共ともにおられなければ、あなたのなさっているようなしるしを、だれも行おこなうことはできませんから。」

ヨハネ3:3 イエスは答こたえて言いわれた。「はっきり言いっておく。人ひとは新あたらしく生うまれなければ、神かみの御み国くにを見みることはできない。」

ヨハネ3:4 ニコデモは言いった。「年ねんをとった人ひとが、どうやってもう一いち度ど生うまれることができるのですか。もう一いち度ど母親ははおやのおなかに入はいって生うまれるなんて、できるはずがありません。」

ヨハネ3:5 イエスは答こたえられた。「はっきり言いっておく。人ひとは水みずと霊れいとによって生うまれなければ、神かみの御み国くにに入はいることはできない。

ヨハネ3:13 天てんから降ふって来きた者もの、つまり人ひとの子このほかには、だれも天てんに上のぼった者ものはいない。

ヨハネ3:14 そして、モーセが荒あれ野ので蛇へびを高たかく上あげたように、人ひとの子こも高たかく上あげられなければならない。

ヨハネ3:15 それは、信しんじる者ものがみな、人ひとの子こによって永遠えいえんの命いのちを得えるためである。」

ヨハネ3:26 そこで彼かれらはヨハネのところに来きて言いった。「先生せんせい、ヨルダン川かわの向むこう岸ぎしであなたと一緒いっしょにいた人ひと、あなたが証あかしをしたあの人ひとが、今いま、洗礼せんれいを授さずけています。しかも、みんながあの人ひとのところへ行いっているのです。」

ヨハネ3:27 ヨハネは答こたえた。「人ひとは、天てんから与あたえられるのでなければ、何なんひとつ受うけ取とることはできない。

ヨハネ4:1 ヨハネよりも多おおくの弟子でしをつくり、洗礼せんれいを授さずけているイエスのことを、ファリサイ派はの人ひとたちが耳みみにした。イエスはそれを知しった。

ヨハネ4:7 ひとりのサマリアの女おんなが水みずをくみに来きた。イエスはその人ひとに言いった。「水みずを飲のませてほしい」

ヨハネ4:10 イエスは答こたえた。「もしあなたが、神かみが与あたえようとしている贈おくり物もののことを知しり、そして『水みずを飲のませてほしい』と頼たのんでいるのがだれなのかを知しっていたら、あなたのほうからその人ひとに頼たのんだはずだ。そうすれば、その人ひとはあなたに、いのちを与あたえる水みずをあげただろう。」

ヨハネ4:13 この水みずを飲のむ人ひとはみんな、また喉のどがかわく。

ヨハネ4:14 わたしが与あたえる水みずを飲のむ人ひとは、いつまでも渇かわくことがない。それどころか、わたしが与あたえる水みずはその人ひとの中なかで泉いずみとなり、永遠えいえんの命いのちへと湧わき上あがる。

ヨハネ4:18 あなたには夫おっとが五ご人にんいた。それに、今こんいっしょにいる人ひとも夫おっとではない。あなたが言いったことは本当ほんとうだ。」

ヨハネ4:23 しかし、まことの礼拝れいはいをする人ひとたちが、霊れいとまことで父ちちを礼拝れいはいする時ときが来くる。いや、もう来きている。父ちちはそういう礼拝れいはいをする人ひとたちを求もとめているからだ。

ヨハネ4:24 神かみは霊れいだ。だから神かみを礼拝れいはいする人ひとは、霊れいとまことをもって礼拝れいはいしなければならない。」

ヨハネ4:27 ちょうどそのとき、弟子でしたちが戻もどってきた。イエスが女性じょせいと話はなしているのを見みて、みんな驚おどろいた。でも、「何なんを求もとめているのですか」とも「なぜその人ひとと話はなしているのですか」とも、だれ一人ひとり尋たずねなかった。

ヨハネ4:29 「わたしがしてきたことを全部ぜんぶ言い当ていいあてた人ひとがいる。さあ、見みに来きて。もしかしたら、この人ひとがキリストなのかもしれない」

ヨハネ4:36 刈かり取とる人ひとは報酬ほうしゅうを受うけ取とり、永遠えいえんの命いのちに至いたる実みを集あつめている。それは、種たねをまく人ひとも刈かり取とる人ひとも、一緒いっしょに喜よろこぶためだ。

ヨハネ4:37 『種たねをまく人ひとと刈かり取とる人ひとは別べつだ』ということわざがあるが、それはここで本当ほんとうになる。

ヨハネ4:38 わたしは、自分じぶんたちが苦労くろうして育そだてたわけでもない作物さくもつを刈かり取とるために、あなたたちを送おくり出だした。苦労くろうしたのはほかの人ひとたちだ。あなたたちは、その人ひとたちの苦労くろうの実みを受うけ取とっているんだ。」

ヨハネ4:39 この町まちに住すんでいたサマリアの人ひとたちの多おおくは、イエスを信しんじた。「あの人ひとは、わたしがしてきたことを何なんもかも言い当ていいあてた」と証言しょうげんした女性じょせいの言葉ことばがきっかけだった。

ヨハネ4:42 そして女おんなに言いった。「わたしたちが信しんじるのは、もうあなたが話はなしてくれたからではない。自分じぶんたちで直接ちょくせつ聞きいて、この人ひとこそ本当ほんとうに世界せかいを救すくう方かただと分わかったからだ」

ヨハネ4:45 ガリラヤに着つくと、ガリラヤの人ひとたちはイエスを歓迎かんげいした。彼かれらも祭まつりに行いっていて、その祭まつりのあいだにイエスがエルサレムでしたことを、すべて見みていたからだ。

ヨハネ4:47 この人ひとは、イエスがユダヤからガリラヤに来こられたと聞きいて、イエスのところへ行いった。そして、カペナウムに下くだって来きて、死しにかけている息子むすこを治なおしてほしいと願ねがった。

ヨハネ4:50 イエスは言いった。「行いきなさい。あなたの息子むすこは生いきる。」その人ひとはイエスの言葉ことばを信しんじて、帰かえって行いった。

ヨハネ5:3 その廊ろうの中なかには、大勢おおぜいの病人びょうにんが横よこたわっていた。目めの見みえない人ひと、足あしの不ふ自由じゆうな人ひと、体からだの動うごかない人ひとたちだった。

ヨハネ5:4 というのも、主しゅの天使てんしがときどきこの池いけに降おりてきて、水みずを動うごかすことがあったからだ。そして水みずが動うごいたあと、真まっ先さきに入はいった人ひとは、どんな病気びょうきにかかっていても治なおった。

ヨハネ5:5 三十さんじゅう八はち年ねんものあいだ、病気びょうきで苦くるしんでいる人ひとがそこにいた。

ヨハネ5:6 イエスはその人ひとが横よこになっているのを見みた。そして、もう長ながい間あいだその状態じょうたいが続つづいているのを知しって、こう言いった。「よくなりたいか」

ヨハネ5:7 病気びょうきの人ひとはイエスに答こたえた。「先生せんせい、水みずが動うごくとき、わたしを池いけに入いれてくれる人ひとがいないんです。自分じぶんで行いこうとしても、ほかの人ひとが先さきに降おりて行いってしまうんです」

ヨハネ5:9 すると、この人ひとはすぐに元気げんきになり、床ゆかを取とり上あげて歩あるき出だした。その日ひは安息あんそく日ひだった。

ヨハネ5:11 わたしを治なおしてくれた人ひとが、「マットを持もって歩あるきなさい」とわたしに言いったのです。

ヨハネ5:12 「起おき上あがって歩あるけと言いった人ひとは、だれだ」

ヨハネ5:13 でも、治なおしてもらったこの人ひとは、それがだれなのかわからなかった。その場ばには大勢おおぜいの人ひとがいて、イエスはそっとその場ばを離はなれていたからだ。

ヨハネ5:14 そののち、イエスは神殿しんでんの境内けいだいでその人ひとを見みつけて、こう言いった。「よかったね、君きみはもう元気げんきになった。これからはもう罪つみを犯おかしてはいけない。そうしないと、もっとひどいことが起おきるかもしれないから。」

ヨハネ5:21 父ちちが死しんだ人ひとたちをよみがえらせて命いのちを与あたえるように、子こもまた、与あたえたいと思おもう人ひとに命いのちを与あたえる。

ヨハネ5:23 すべての人ひとが父ちちを敬ううやまうように、子こをも敬ううやまうためである。子こを敬うやまわない者ものは、子こを送おくった父ちちをも敬うやまわない。

ヨハネ5:24 わたしははっきり言いっておく。わたしの言葉ことばを聞きいて、わたしを送おくった方かたを信しんじる人ひとは、永遠えいえんの命いのちを持もっている。その人ひとは裁さばかれることがなく、すでに死しから命いのちへと移うつっているのだ。

ヨハネ5:27 そして、この方かたに、さばきを行おこなう権威けんいをお与あたえになった。人ひとの子こだからである。

ヨハネ5:28 墓はかの中なかにいる人ひとたちがみな、彼かれの声こえを聞きく時ときが来くる。だから、このことに驚おどろいてはいけない。

ヨハネ5:33 あなたがたはヨハネのもとへ人ひとを送おくった。すると彼かれは真理しんりについてあかしをした。

ヨハネ5:34 わたしは人ひとからの証あかしを受うけない。でも、こう言いうのは、あなたがたが救すくわれるためだ。

ヨハネ5:41 わたしは、人ひとからほめられることを求もとめない。

ヨハネ5:43 わたしは父ちちの名なによって来きた。それなのに、あなたたちはわたしを受うけ入いれない。もし別べつの人ひとが自分じぶん自身じしんの名なによって来きたら、あなたたちはその人ひとを受うけ入いれるのだろう。

ヨハネ6:5 イエスは顔かおを上あげた。すると、大勢おおぜいの人ひとの群むれが自分じぶんのほうへ来くるのが見みえた。そこでイエスはフィリポに言いった。「この人ひとたちに食たべさせるパンを、どこで買かえばいいだろう」

ヨハネ6:9 「ここに、大麦おおむぎのパンを五いつつと魚さかなを二に匹ひき持もっている少年しょうねんがいます。でも、こんなにたくさんの人ひとの中なかでは、それが何なんになるでしょう」

ヨハネ6:10 イエスは「みんなを座すわらせてあげて」と言いった。その場所ばしょには草くさがたくさん生はえていた。それで人々ひとびとは座すわった。男おとこの人ひとだけで五千ごせん人にんほどいた。

ヨハネ6:14 人々ひとびとはイエスの行おこなったこのしるしを見みて、こう言いった。「この人ひとこそ、世よに来くるはずの預言よげん者しゃだ。本当ほんとうに間違まちがいない」

ヨハネ6:27 朽くちてなくなる食たべ物もののためではなく、いつまでも残のこる食たべ物もののために働はたらきなさい。それは永遠えいえんの命いのちにつながる食たべ物もので、人ひとの子こがあなたたちに与あたえるものだ。父ちちである神かみが、人ひとの子こにそのことを認みとめる印しるしを押おされたのだから。」

ヨハネ6:35 わたしは命いのちのパンである。わたしのもとに来くる人ひとは決けっして飢うえることがなく、わたしを信しんじる人ひとは決けっして渇かわくことがない。」

ヨハネ6:37 父ちちがわたしに与あたえてくださる人ひとは、みなわたしのところに来くる。そして、わたしのところに来くる人ひとを、わたしは決けっして追おい返かえしたりはしない。

ヨハネ6:39 わたしを送おくったかたの望のぞみは、こうだ。わたしにゆだねてくださった人ひとを、わたしがひとりも失うしなわず、終おわりの日ひによみがえらせることである。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちが望のぞんでいるのは、こうだ。子こを見みて信しんじる人ひとがみな、永遠えいえんの命いのちを得えること。そして、わたしはその人ひとたちを終おわりの日ひによみがえらせる。」

ヨハネ6:44 父ちちがその人ひとを引ひき寄よせてくれなければ、だれもわたしのところに来くることはできない。わたしを送おくった父ちちが、そうしてくれるんだ。そしてわたしは、終おわりの日ひにその人ひとを生いき返かえらせる。

ヨハネ6:50 これは、天てんから下くだってくるパンだ。これを食たべる人ひとは、決けっして死しなない。

ヨハネ6:51 わたしは、天てんから下くだってきた、命いのちを与あたえる生いきたパンだ。このパンを食たべる人ひとはだれでも、永遠えいえんに生いきる。世界せかいを生いかすためにわたしが与あたえるパン、それはわたしの肉にくのことだ。

ヨハネ6:52 ユダヤ人じんたちは激はげしく言い合っいいあった。「どうやってこの人ひとは、自分じぶんの肉にくを食たべさせることができるんだ」

ヨハネ6:53 わたしはあなたたちにはっきり言ゆう。人ひとの子この肉にくを食たべ、その血ちを飲のまなければ、あなたたちの中なかに命いのちはない。

ヨハネ6:54 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ人ひとは、永遠えいえんの命いのちを持もっている。わたしはその人ひとを終おわりの日ひによみがえらせる。

ヨハネ6:56 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ人ひとは、わたしの中なかにいて、わたしもその人ひとの中なかにいる。

ヨハネ6:58 このパンは、天てんから下くだってきたパンだ。先祖せんぞたちはマナを食たべたが、それでも死しんでしまった。でも、このパンを食たべる人ひとは、いつまでも生いきる。

ヨハネ6:62 それでは、もし人ひとの子こが、もといた所ところへ上のぼっていくのを見みたら、どうなるのか。

ヨハネ6:63 霊れいこそが人ひとを生いかす。肉にくは何なんの役やくにも立たたたない。わたしがあなたがたに話はなした言葉ことばは、霊れいであり、命いのちである。

ヨハネ6:65 だからイエスは言いわれた。「こういうわけで、わたしはあなたたちに言いったんだ。父ちちが与あたえてくれた人ひとでなければ、わたしのところに来くることはできない、と。」

ヨハネ7:4 自分じぶんの存在そんざいを世よに知しってもらいたいと思おもう人ひとで、こっそり物事ものごとを行おこなう人ひとはいない。こうしたことをしているのなら、堂々どうどうと世よに自分じぶんを示ししめしなさい」

ヨハネ7:11 ユダヤ人じんたちは祭まつりのあいだ、「あの人ひとはどこにいるんだ」と言いって、イエスを捜さがしていた。

ヨハネ7:12 群衆ぐんしゅうの中なかでは、イエスについていろいろなうわさが飛とび交かっていた。「いい人ひとだよ」と言いう人ひともいれば、「いや、あの人ひとは群衆ぐんしゅうをだましている」と言いう人ひともいた。

ヨハネ7:13 しかし、ユダヤ人じんたちを恐おそれて、イエスのことを表立おもてだって口くちにする人ひとはいなかった。

ヨハネ7:15 この人ひとは学問がくもんをしたこともないのに、どうしてこんなに詳くわしいのだろう。

ヨハネ7:17 神かみのみこころを行おこなおうとする人ひとなら、だれでも分わかる。わたしが語かたっているこの教おしえが神かみから来きたものか、それともわたし自身じしんが勝手かってに話はなしているだけなのかが。

ヨハネ7:18 自分じぶんの考かんがえで語かたる者ものは、自分じぶんの栄光えいこうを求もとめている。でも、自分じぶんを送おくった方かたの栄光えいこうを求もとめる者ものは本物ほんものであり、その人ひとの中なかに偽いつわりはない。

ヨハネ7:22 モーセはあなたたちに割礼かつれいを授さずけた。(本当ほんとうはモーセから始はじまったものではなく、先祖せんぞたちから伝つたわったものだけれど。)そしてあなたたちは、安息あんそく日ひにも人ひとに割礼かつれいを施ほどこしている。

ヨハネ7:23 もし、モーセの律法りっぽうが破やぶられないように、安息あんそく日ひにも人ひとは割礼かつれいを受うけるのに、わたしが安息あんそく日ひに人ひとの全身ぜんしんを治なおしたからといって、どうしてそんなに怒おこるのか。

ヨハネ7:24 うわべで人ひとを判断はんだんしてはいけない。正まさしく判断はんだんしなさい」

ヨハネ7:25 「この人ひとは、みんなが殺ころそうとしている人ひとじゃないか。

ヨハネ7:26 見みよ、彼かれは公然こうぜんと語かたっているのに、だれも何なんも言いわない。もしかすると議員ぎいんたちは、この人ひとが本当ほんとうにキリストだと認みとめたのだろうか。

ヨハネ7:27 わたしたちは、この人ひとがどこの出身しゅっしんか知しっている。でも、キリストが現あらわれるときは、どこから来くるのか、だれにもわからないはずだ」

ヨハネ7:31 群衆ぐんしゅうの中なかには、イエスを信しんじた人ひとも大勢おおぜいいた。彼かれらは言いった。「メシアが来きても、この人ひとがやったより多おおくのしるしを起おこせるだろうか。」

ヨハネ7:32 群衆ぐんしゅうがイエスについてこんなうわさをしているのを、ファリサイ派はの人ひとたちは耳みみにした。それで祭司さいし長ちょうたちとファリサイ派はの人ひとたちは、イエスを捕つかまえようとして、警備けいびの者ものたちを送おくった。

ヨハネ7:35 そこでユダヤ人じんたちは互たがいに言いった。「わたしたちが見みつけられないなんて、この人ひとはどこへ行いくつもりなんだろう。ギリシャ人じんの中なかに散ちらばって住すんでいる人ひとたちのところへ行いって、ギリシャ人じんに教おしえるつもりなのだろうか。

ヨハネ7:37 祭まつりの最後さいごの一番いちばん大切たいせつな日ひ、イエスは立たち上あがって、大声おおごえで言いった。「渇かわいている人ひとは、だれでもわたしのところに来きて飲のみなさい。

ヨハネ7:38 わたしを信しんじる者ものは、聖書せいしょに書かいてあるとおり、その人ひとの内うちから生いきた水みずの川かわが流ながれ出でる。」

ヨハネ7:39 イエスを信しんじる人ひとたちが、やがて受うけることになる霊れいのことを言いったのである。イエスがまだ栄光えいこうを受うけていなかったので、霊れいはまだ与あたえられていなかったのだ。

ヨハネ7:40 群衆ぐんしゅうの中なかには、この言葉ことばを聞きいて「この人ひとは本当ほんとうにあの預言よげん者しゃだ」と言いう者ものもいた。

ヨハネ7:41 「この人ひとこそキリストだ」と言いう人ひともいれば、「キリストがガリラヤから出でてくるわけがない」と言いう人ひともいた。

ヨハネ7:45 さて、下役したやくたちが祭司さいし長ちょうやファリサイ派はの人ひとたちのところに戻もどってきた。すると、祭司さいし長ちょうたちは下役したやくたちに言いった。「どうして、あの男おとこを連つれてこなかったんだ」

ヨハネ7:46 下役したやくたちは答こたえた。「あの人ひとのように語かたった人ひとは、今いままで一人ひとりもいませんでした。」

ヨハネ7:47 パリサイ派はの人ひとたちは答こたえた。「あなたたちまでだまされているのか。

ヨハネ7:48 役人やくにんやパリサイ派はの人ひとたちの中なかで、彼かれを信しんじた人ひとが一人ひとりでもいただろうか。

ヨハネ7:51 ニコデモは言いった。「わたしたちの律法りっぽうでは、まず本人ほんにんの言い分いいぶんを聞ききき、その人ひとが何なんをしたのかを確たしかめないうちは、人ひとを裁さばいたりしないはずだ。」

ヨハネ8:3 すると、律法りっぽう学がく者しゃやファリサイ派はの人ひとたちが、不倫ふりんの現場げんばで捕つかまえられた女性じょせいを連つれてきた。そして、みんなの前まえに立たたたせて、イエスに言いった。

ヨハネ8:7 彼かれらがしつこく問とい続つづけるので、イエスは身みを起おこして言いった。「あなたたちの中なかで、一いち度ども罪つみを犯おかしたことのない人ひとが、まずこの女おんなに石いしを投なげなさい。」

ヨハネ8:10 「女おんなよ、あの人ひとたちはどこにいる。あなたを罰ばっする者ものは、だれもいなかったのか。」

ヨハネ8:12 わたしは、この世よを照てらす光ひかりである。わたしについて来くる人ひとは、暗くらやみの中なかを歩あるくことがない。命いのちの光ひかりを持もつようになる。

ヨハネ8:15 あなたがたは肉にくによって人ひとをさばく。でも、わたしはだれもさばかない。

ヨハネ8:28 そこでイエスは言いった。「あなたたちが人ひとの子こを上あげてしまったとき、初はじめてわかる。わたしがその者ものであること、そして自分じぶんから何なんかをしているのではなく、父ちちが教おしえてくれたとおりに話はなしているということが。

ヨハネ8:30 これらのことを話はなしていると、多おおくの人ひとがイエスを信しんじた。

ヨハネ8:34 イエスは彼かれらに答こたえた。「はっきり言いっておく。罪つみを犯おかす人ひとはみな、罪つみの奴隷どれいなのだ。

ヨハネ8:51 よくよく言いっておく。わたしの言葉ことばを守まもる人ひとは、いつまでも決けっして死しぬことがない。」

ヨハネ8:52 ユダヤ人じんたちは言いった。「あなたが悪霊あくれいに取とりつかれていることが、今いまわかった。アブラハムは死しんだし、預言よげん者しゃたちも死しんだ。それなのにあなたは、『わたしの言葉ことばを守まもる人ひとは、決けっして死しを味あじわうことがない』と言ゆう。

ヨハネ9:1 イエスは道みちを歩あるいているとき、生うまれつき目めの見みえない人ひとを見みかけた。

ヨハネ9:2 弟子でしたちがイエスに尋たずねた。「先生せんせい、この人ひとが生うまれつき目めが見みえないのは、だれかが罪つみを犯おかしたせいですか。本人ほんにんですか、それとも両親りょうしんですか」

ヨハネ9:3 イエスは答こたえた。「この人ひとが悪わるいことをしたからでも、両親りょうしんが悪わるいことをしたからでもない。神かみのわざがこの人ひとに現あらわれるためだ。

ヨハネ9:6 イエスはそう言ゆうと、地面じめんにつばをはき、そのつばで泥どろを作つくり、それを目めの見みえないその人ひとの目めに塗ぬった。

ヨハネ9:7 「シロアム(『送おくられた者もの』という意味いみ)の池いけに行いって、目めを洗あらいなさい。」そこでその人ひとは行いって、目めを洗あらった。すると、目めが見みえるようになって帰かえって来きた。

ヨハネ9:8 近所きんじょの人ひとたちや、彼かれが物ものごいをしていたのを前まえから見みて知しっていた人ひとたちが言いった。「これは、すわって物ものごいをしていた人ひとではないか。」

ヨハネ9:9 ある人ひとたちは「あの人ひとだ」と言いいい、別べつの人ひとたちは「いや、似にているだけだ」と言いった。でも本人ほんにんは「わたしがその人ひとだ」と言いった。

ヨハネ9:11 その人ひとは答こたえた。「イエスっていう人ひとが、泥どろを作つくってわたしの目めに塗ぬって、『シロアムに行いって洗あらいなさい』って言いったんです。それで行いって洗あらったら、見みえるようになりました。」

ヨハネ9:12 それで、人々ひとびとは彼かれに「その人ひとはどこにいるのか」と言いった。彼かれは「知しりません」と答こたえた。

ヨハネ9:13 人々ひとびとは、その、以前いぜんは目めの見みえなかった人ひとを、ファリサイ派はの人ひとたちのところへ連つれて行いった。

ヨハネ9:15 パリサイ派はの人ひとたちも、どうやって見みえるようになったのかと、その人ひとに問といただした。彼かれは答こたえた。「あの方かたがわたしの目めに泥どろを塗ぬって、わたしがそれを洗あらったら、見みえるようになったんです」

ヨハネ9:16 ある人ひとたちは言いった。「あの人ひとは安息あんそく日ひを守まもっていない。だから神かみから来きた人ひとではない。」でも、ほかの人ひとたちはこう言いった。「罪人ざいにんに、どうしてこんなしるしが行おこなえるだろう。」こうして、ファリサイ派はの人ひとたちの間あいだで意見いけんが分わかれた。

ヨハネ9:17 そこで彼かれらは、その盲人もうじんにもう一いち度どたずねた。「目めを開あけてもらったあなた自身じしんは、あの人ひとのことをどう思おもうんだ?」男おとこは答こたえた。「あの方かたは預言よげん者しゃだと思おもいます。」

ヨハネ9:18 ユダヤ人じんたちは、その人ひとがもともと目めが見みえなかったのに見みえるようになったということを、まだ信しんじなかった。それで、見みえるようになったその人ひとの両親りょうしんを呼よび出だして、

ヨハネ9:22 両親りょうしんがこう答こたえたのは、ユダヤ人じんたちを恐おそれていたからだ。イエスをキリストだと認みとめる者ものがいれば、その人ひとを会堂かいどうから追おい出だす。ユダヤ人じんたちはすでにそう決きめていたのだ。

ヨハネ9:24 それで人々ひとびとは、目めが見みえなかったその人ひとをもう一いち度ど呼よんで言いった。「神かみに栄光えいこうを帰かえしなさい。あの男おとこが罪つみびとであることは、わたしたちにはわかっているんだ。」

ヨハネ9:25 すると彼かれは答こたえた。「あの方かたが罪深つみぶかい人ひとかどうか、わたしにはわかりません。ただ一ひとつだけわかっていることがあります。わたしは目めが見みえなかったのに、今いまは見みえるということです」

ヨハネ9:26 それで彼かれらはたずねた。「その人ひとはおまえに何なんをしたんだ。どうやっておまえの目めを見みえるようにしたんだ」

ヨハネ9:27 彼かれはこう答こたえた。「もう話はなしたのに、聞きいてくれませんでしたよね。どうしてもう一いち度ど聞きききたいんですか。あなたたちも、あの人ひとの弟子でしになりたいんですか」

ヨハネ9:29 わたしたちは、神かみがモーセに語かたられたことは知しっている。でも、あの人ひとがどこから来きたのかは知しらない」

ヨハネ9:30 その人ひとは答こたえた。「これは驚おどろきです。あの方かたがどこから来きたのか、あなたたちにはわからない。それなのに、あの方かたはわたしの目めを開あけてくれたのです。

ヨハネ9:31 わたしたちは知しっている。神かみは罪つみを犯おかす者ものの願ねがいは聞きかないが、神かみを敬うやまい、その思おもいのとおりに生いきる人ひとの願ねがいは聞きいてくださる、ということを。

ヨハネ9:32 生うまれつき目めの見みえない人ひとの目めを開あけた人ひとがいるなんて、世界せかいが始はじまって以来いらい、聞きいたことがない。

ヨハネ9:33 もしこの人ひとが神かみのもとから来きたのでなければ、何なん一ひとつできなかったはずだ。」

ヨハネ9:35 イエスは、その人ひとが外そとに追おい出だされたことを耳みみにした。そして彼かれを見みつけると、こう言いった。「あなたは人ひとの子こを信しんじるか」

ヨハネ9:36 その人ひとは答こたえた。「主しゅよ、その方かたはどなたですか。わたしはその方かたを信しんじたいのです」

ヨハネ9:37 イエスは言いわれた。「あなたはもうその人ひとに会あっている。今いまあなたと話はなしているのが、その人ひとだ。」

ヨハネ9:39 そこでイエスは言いわれた。「わたしがこの世よに来きたのは、さばくためだ。目めの見みえない人ひとたちが見みえるようになり、見みえている人ひとたちが見みえなくなるためだ。」

ヨハネ10:5 ほかの人ひとにはついて行いかない。むしろ、その人ひとから逃にげていく。知しらない人ひとの声こえだからだ。」

ヨハネ10:12 羊飼ひつじかいではなく、雇やとわれて働はたらくだけの人ひとは、羊ひつじが自分じぶんのものではないから、狼おおかみが来くるのを見みると羊ひつじを置おき去ざりにして逃にげてしまう。すると狼おおかみは羊ひつじをかみ殺ころし、群むれを追おい散ちらす。

ヨハネ10:20 大勢おおぜいの人ひとがこう言いった。「あいつは悪霊あくれいに取とりつかれて、おかしくなっている。どうしてそんな話はなしを聞きくんだ。」

ヨハネ10:21 ほかの人ひとたちは言いった。「悪霊あくれいに取とりつかれた人ひとは、こんなことを言いわない。悪霊あくれいに、目めの見みえない人ひとの目めを開あけることなんてできるだろうか。」

ヨハネ10:41 多おおくの人ひとがイエスのところにやってきて、こう言い合っいいあった。「ヨハネは一ひとつもしるしを行おこなわなかった。でも、ヨハネがこの人ひとについて言いったことは、全部ぜんぶ本当ほんとうだった」

ヨハネ10:42 そして、そこで多おおくの人ひとがイエスを信しんじた。

ヨハネ11:1 さて、病気びょうきの人ひとがいた。名前なまえはラザロといい、マリアとその姉妹しまいマルタが住すむ村むらベタニアの人ひとだった。

ヨハネ11:3 姉妹しまいたちはイエスのところに使つかいを送おくって、こう伝つたえた。「主しゅよ、あなたが愛あいしておられる人ひとが病気びょうきなのです」

ヨハネ11:10 でも、夜よるに歩あるけば、つまずいてしまう。その人ひとの内うちには光ひかりがないからだ。」

ヨハネ11:25 イエスはマルタに言いった。「わたしはよみがえりであり、命いのちである。わたしを信しんじる人ひとは、死しんでも生いきる。

ヨハネ11:37 しかし、彼かれらの中なかには、「盲人もうじんの目めを開あけたこの人ひとが、ラザロを死しなせないようにはできなかったのか」と言いう者ものもいた。

ヨハネ11:44 死しんでいた人ひとが、手ても足あしも布ぬので巻まかれたまま出でてきた。顔かおも布ぬので包つつまれていた。イエスは人々ひとびとに言いった。「ほどいてやりなさい。そして帰かえらせてあげなさい。」

ヨハネ11:46 しかし、そのうちの何なん人にんかはファリサイ派はの人ひとたちのところへ行いって、イエスがしたことを話はなした。

ヨハネ11:47 祭司さいし長ちょうたちとファリサイ派はの人ひとたちは最高さいこう法ほう院いんの会議かいぎを招集しょうしゅうして、こう言いった。「どうする。あの男おとこが、たくさんのしるしを起おこしているのに。

ヨハネ11:50 ひとりの人ひとが国民こくみんの代かわりに死しぬほうが、国民こくみん全体ぜんたいが滅ほろびるよりも、あなたたちにとっていいはずだ。それが分わかっていない」

ヨハネ11:55 過越すぎこしの祭まつりが近ちかづいていた。ユダヤ人じんの大切たいせつな祭まつりだ。多おおくの人ひとが身みを清きよめるために、祭まつりの前まえに地方ちほうからエルサレムへと上のぼって行いった。

ヨハネ11:56 人々ひとびとはイエスを捜さがしながら、神殿しんでんの境内けいだいに立たって互たがいに言い合っいいあった。「どう思おもう?あの人ひとは祭まつりには来こないんじゃないか」

ヨハネ11:57 祭司さいし長ちょうたちとパリサイ派はの人ひとたちは、イエスを捕つかまえるための指令しれいを出だしていた。イエスの居い場所ばしょを知しっている者ものがいたら届とどけ出でるように、というものだ。

ヨハネ12:1 過越すぎこしの祭まつりの六むい日か前まえ、イエスはベタニアに来きた。そこは、イエスが死しんだ人ひとの中なかから生いき返かえらせたラザロが住すんでいる村むらだった。

ヨハネ12:2 イエスのために、そこで夕食ゆうしょくが用意よういされた。マルタは給仕きゅうじをしていた。ラザロは、イエスと一緒いっしょに食卓しょくたくについていた人ひとたちの一人ひとりだった。

ヨハネ12:5 なぜこの香油こうゆを三百さんびゃくデナリで売うって、貧まずしい人ひとたちに配くばらなかったのか。

ヨハネ12:6 ユダがこう言いったのは、貧まずしい人ひとたちを気きにかけていたからではない。実じつは彼かれは盗人ぬすびとで、お金かねの入はいった財布さいふを預あずかっていて、その中身なかみをくすねていたのだ。

ヨハネ12:7 イエスは言いった。「そのままにさせておきなさい。この人ひとは、わたしが葬ほうむられる日ひのためにそれを取とっておいたのだ。

ヨハネ12:8 貧まずしい人ひとたちはいつもあなたたちのそばにいる。でも、わたしはいつも一緒いっしょにいるわけじゃない」

ヨハネ12:9 そこで、大勢おおぜいのユダヤ人じんがイエスはそこにいると知しって、集あつまってきた。イエスに会あうためだけではなく、イエスが死しんだ人ひとの中なかから生いき返かえらせたラザロも見みるためだった。

ヨハネ12:19 だからパリサイ派はの人ひとたちは互たがいに言いった。「見みろ、何なんをやってもむだじゃないか。世界せかい中じゅうがあの男おとこについていってしまったんだ」

ヨハネ12:23 イエスは彼かれらにこう答こたえた。「人ひとの子こが栄光えいこうを受うける時ときが来きた。

ヨハネ12:25 自分じぶんの命いのちを愛あいする人ひとは、それを失ううしなう。でも、この世よで自分じぶんの命いのちを惜おしまない人ひとは、それを守まもって永遠えいえんの命いのちへと至いたる。

ヨハネ12:26 もしわたしに仕つかえたいと思おもう人ひとがいるなら、その人ひとはわたしについて来きなさい。そうすれば、わたしがいる場所ばしょに、わたしに仕つかえる者ものも一緒いっしょにいることになる。わたしに仕つかえる人ひとを、父ちちは大切たいせつにしてくださる。

ヨハネ12:29 すると、そばに立たっていた群衆ぐんしゅうがこれを聞きいて、「雷かみなりが鳴なったんだ」と言いった。でも、ほかの人ひとたちは「天使てんしが彼かれに話はなしかけたんだ」と言いった。

ヨハネ12:32 わたしは地上ちじょうから上あげられるとき、すべての人ひとをわたしのもとへ引ひき寄よせる。」

ヨハネ12:34 すると群衆ぐんしゅうはイエスに答こたえた。「わたしたちは律法りっぽうで、キリストはいつまでも生いき続つづけると教おそわってきました。それなのに、どうしてあなたは、人ひとの子こは上あげられなければならない、と言いうのですか。その人ひとの子ことは、いったいだれのことですか」

ヨハネ12:35 もう少すこしの間あいだだけ、光ひかりはあなたたちと一緒いっしょにいる。光ひかりがある間あいだに歩あるきなさい。そうすれば、闇やみに飲のみ込こまれずにすむ。闇やみの中なかを歩あるく人ひとは、自分じぶんがどこへ向むかっているのか分わかっていない。

ヨハネ12:42 それでも、指導しどう者しゃたちの中なかにもイエスを信しんじた人ひとは多おおかった。でも、パリサイ派はの人ひとたちを気きにして、それを表ひょうには出ださなかった。会堂かいどうから追おい出だされるのが怖こわかったのだ。

ヨハネ12:43 彼かれらは、神かみからの栄光えいこうよりも、人ひとからの栄光えいこうの方ほうを愛あいしたのだ。

ヨハネ12:44 わたしを信しんじる人ひとは、わたしを信しんじるのではなく、わたしを送おくった方かたを信しんじるのだ。

ヨハネ12:45 わたしを見みる人ひとは、わたしを送おくってくださった方かたを見みているのだ。

ヨハネ12:46 わたしは光ひかりとしてこの世よに来きた。わたしを信しんじる人ひとがだれも、暗くらやみの中なかにとどまらないためだ。

ヨハネ12:47 もし、わたしの言葉ことばを聞きいてそれを守まもらない人ひとがいても、わたしはその人ひとを裁さばかない。わたしが来きたのは、この世よを裁さばくためではなく、この世よを救すくうためだからだ。

ヨハネ12:48 わたしを拒こばみ、わたしの言葉ことばを受うけ入いれない人ひとには、その人ひとをさばくものがある。わたしが語かたったその言葉ことばが、終おわりの日ひにその人ひとをさばくのだ。

ヨハネ13:10 イエスは彼かれに言いわれた。「体からだを洗あらった人ひとは、足あしだけ洗あらえばいい。あとは全身ぜんしんきれいなんだ。あなたたちもきれいだ。でも、みんながそうというわけではない。」

ヨハネ13:18 わたしは、あなたたち全員ぜんいんのことを言いっているのではない。わたしは自分じぶんが選えらんだ人ひとたちを知しっている。でも、こう書かかかれた聖書せいしょのことばが実現じつげんするためなんだ。『わたしのパンを食たべていた者ものが、わたしに逆さからってかかとを上あげた。』

ヨハネ13:20 よくよく言いっておく。わたしが送おくる人ひとを受うけ入いれる人ひとは、わたしを受うけ入いれるのだ。そしてわたしを受うけ入いれる人ひとは、わたしを送おくってくださった方かたを受うけ入いれるのだ。

ヨハネ13:26 イエスは答こたえた。「わたしがパンを一いち切きれ浸ひたして渡わたす人ひとが、その人ひとだ。」そして、パンを一いち切きれ浸ひたして、シモンの子こであるイスカリオテのユダに渡わたした。

ヨハネ13:28 その意味いみを、食卓しょくたくを囲かこんでいた人ひとたちはだれも分わからなかった。イエスがなぜユダにそう言いったのか、だれも気きづかなかったのだ。

ヨハネ13:29 ある人ひとたちは、ユダが会計かいけいを任まかされていたので、イエスが「祭まつりに必要ひつようなものを買かっておきなさい」と言いったか、あるいは貧まずしい人ひとたちに何なんか施ほどこすように言いったのだと思おもっていた。

ヨハネ13:31 今いま、人ひとの子こは栄光えいこうを受うけた。そして、人ひとの子こによって神かみも栄光えいこうを受うけた。

ヨハネ13:32 神かみが人ひとの子こによって栄光えいこうをお受うけになったのなら、神かみも御ご自身じしんによってその方かたに栄光えいこうをお与あたえになる。しかも、すぐにお与あたえになる。

ヨハネ13:35 互たがいに愛あいし合あうなら、それによって、あなたたちがわたしの弟子でしだと、すべての人ひとにわかる。

ヨハネ14:9 イエスは言いった。「フィリポ、こんなに長ながい間あいだ、いっしょにいるのに、まだわたしがわからないのか。わたしを見みた人ひとは、父ちちを見みたんだ。それなのに、どうして『父ちちをわたしたちに見みせてください』と言いうのか。

ヨハネ14:12 よくよく言いっておく。わたしを信しんじる者ものは、わたしがしているわざを、その人ひともするようになる。それだけでなく、もっと大おおきなわざをする。わたしが父ちちのもとへ行いくからだ。

ヨハネ14:21 わたしの命令めいれいを持もっていて、それを守まもる人ひと。それが、わたしを愛あいする人ひとだ。わたしを愛あいする人ひとは、わたしの父ちちに愛あいされる。わたしもその人ひとを愛あいし、その人ひとにわたし自身じしんを現あらわす」

ヨハネ14:23 イエスはこう答こたえた。「わたしを愛あいする人ひとは、わたしの言葉ことばを守まもる。すると、わたしの父ちちはその人ひとを愛あいし、わたしたちはその人ひとのところに行いって、一緒いっしょに暮くらすようになる。

ヨハネ14:24 わたしを愛あいさない人ひとは、わたしの言葉ことばを守まもらない。あなたたちが聞きいているこの言葉ことばは、わたしのものではなく、わたしを送おくられた父ちちのものだ。

ヨハネ15:5 わたしはぶどうの木きで、あなたたちはその枝えだだ。わたしにつながっている人ひと、そしてわたしがその人ひとの中なかにいれば、その人ひとは豊ゆたかに実みを結むすぶ。わたしから離はなれていたら、あなたたちは何なん一ひとつできないからだ。

ヨハネ15:6 人ひとがわたしにつながっていなければ、枝えだのように外そとに投なげ捨すてられて枯かれてしまう。人々ひとびとはそれを集あつめ、火ひに投なげ入いれて燃もやしてしまう。

ヨハネ16:8 それが来くると、罪つみについて、義ぎについて、そして裁さばきについて、世よの人ひとが間違まちがっていたことを明あきらかにする。

ヨハネ16:21 子こを産うむとき、女おんなは苦くるしむ。その時ときが来きたからだ。でも赤あかちゃんが生うまれると、その苦くるしみをもう思おもい出ださない。一人ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびでいっぱいになるからだ。

ヨハネ17:2 あなたが子こに、すべての人ひとを治おさめる権威けんいをお与あたえになったのは、子こが、あなたから任まかされた人ひとみんなに、永遠えいえんのいのちを与あたえるためです。

ヨハネ17:6 わたしは、あなたが世よから選えらんでわたしに与あたえてくれた人ひとたちに、あなたのことを示ししめしました。彼かれらはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与あたえてくれました。そして彼かれらは、あなたの言葉ことばを守まもりました。

ヨハネ17:9 わたしは、その人ひとたちのためにお願ねがいする。世よのためではなく、あなたがわたしにくださった人ひとたちのためだ。その人ひとたちは、あなたのものだからだ。

ヨハネ17:16 わたしが世よに属ぞくしていないように、この人ひとたちも世よに属ぞくしていない。

ヨハネ17:20 わたしがお願ねがいするのは、この人ひとたちのためだけではない。この人ひとたちの言葉ことばを聞きいてわたしを信しんじるようになる人ひとたちのためにも、お願ねがいする。

ヨハネ17:22 わたしは、あなたからいただいた栄光えいこうを、この人ひとたちにも与あたえました。わたしたちが一ひとつであるように、この人ひとたちも一ひとつになるためです。

ヨハネ17:24 父ちちよ、あなたがわたしにくださった人ひとたちが、わたしのいる所ところにわたしと一緒いっしょにいてほしい。世界せかいが造つくられる前まえからあなたがわたしを愛あいして、わたしに与あたえてくださった栄光えいこうを、その人ひとたちにも見みてほしいのだ。

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