「責める」(せめる)が出てくる聖書の箇所
「責める」(せめる)は口語訳の75か所(旧約48・新約27)に出てきます。日常訳第1版では61か所。
創世記(2か所)
創世記21:25 アブラハムはアビメレクの家来たちが、水の井戸を奪い取ったことについてアビメルクを責めた。
創世記31:36 そこでヤコブは怒ってラバンを責めた。そしてヤコブはラバンに言った、「わたしにどんなあやまちがあり、どんな罪があって、あなたはわたしのあとを激しく追ったのですか。
士師記(1か所)
士師記8:1 エフライムの人々はギデオンに向かい「あなたが、ミデアンびとと戦うために行かれたとき、われわれを呼ばれなかったが、どうしてそういうことをされたのですか」と言って激しく彼を責めた。
ルツ記(1か所)
ルツ記1:13 そのためにあなたがたは、子どもの成長するまで待っているつもりなのですか。あなたがたは、そのために夫をもたずにいるつもりなのですか。娘たちよ、それはいけません。主の手がわたしに臨み、わたしを責められたことで、あなたがたのために、わたしは非常に心を痛めているのです」。
サムエル記下(3か所)
サムエル第二3:8 アブネルはイシボセテの言葉を聞き、非常に怒って言った、「わたしはユダの犬のかしらですか。わたしはきょう、あなたの父サウルの家と、その兄弟と、その友人とに忠誠をあらわして、あなたをダビデの手に渡すことをしなかったのに、あなたはきょう、女の事のあやまちを挙げてわたしを責められる。
サムエル第二18:13 もしわたしがそむいて彼の命をそこなったのであれば、何事も王に隠れることはありませんから、あなたはみずから立ってわたしを責められたでしょう」。
サムエル第二24:10 しかしダビデは民を数えた後、心に責められた。そこでダビデは主に言った、「わたしはこれをおこなって大きな罪を犯しました。しかし主よ、今どうぞしもべの罪を取り去ってください。わたしはひじょうに愚かなことをいたしました」。
列王紀上(3か所)
列王紀上16:1 そこで主の言葉がハナニの子エヒウに臨み、バアシャを責めて言った、
列王紀上16:7 主の言葉はまたハナニの子預言者エヒウによって臨み、バアシャとその家を責めた。これは彼が主の目の前に、もろもろの悪を行い、その手のわざをもって主を怒らせ、ヤラベアムの家にならったためであり、また彼がヤラベアムの家を滅ぼしたためであった。
列王紀上16:12 こうしてジムリはバアシャの全家を滅ぼした。主が預言者エヒウによってバアシャを責めて言われた言葉のとおりである。
歴代志上(1か所)
歴代志上12:17 ダビデは出て彼らを迎えて言った、「あなたがたが好意をもって、わたしを助けるために来たのならば、わたしの心もあなたがたと、ひとつになりましょう。しかし、わたしの手になんの悪事もないのに、もしあなたがたが、わたしを欺いて、敵に渡すためであるならば、われわれの先祖の神がどうぞみそなわして、あなたがたを責められますように」。
歴代志下(1か所)
歴代志下34:27 この所と、ここに住む者を責める神の言葉を、あなたが聞いた時、心に悔い、神の前に身をひくくし、わたしの前にへりくだり、衣を裂いて、わたしの前に泣いたので、わたしもまた、あなたに聞いた、と主は言われる。
ネヘミヤ記(4か所)
ネヘミヤ記5:7 わたしはみずから考えたすえ、尊い人々およびつかさたちを責めて言った、「あなたがたはめいめいその兄弟から利息をとっている」。そしてわたしは彼らの事について大会を開き、
ネヘミヤ記13:11 それでわたしはつかさたちを責めて言った、「なぜ神の宮を捨てさせたのか」。そしてレビびとを招き集めて、その持ち場に復帰させた。
ネヘミヤ記13:17 そこでわたしはユダの尊い人々を責めて言った、「あなたがたはなぜこの悪事を行って、安息日を汚すのか。
ネヘミヤ記13:25 わたしは彼らを責め、またののしり、そのうちの数人を撃って、その毛を抜き、神の名をさして誓わせて言った、「あなたがたは彼らのむすこに自分の娘を与えてはならない。またあなたがたのむすこ、またはあなたがた自身のために彼らの娘をめとってはならない。
ヨブ記(6か所)
ヨブ記9:15 たといわたしは正しくても答えることができない。わたしを責められる者にあわれみを請わなければならない。
ヨブ記13:10 あなたがたがもし、ひそかにひいきするならば、彼は必ずあなたがたを責められる。
ヨブ記19:22 あなたがたは、なにゆえ神のようにわたしを責め、わたしの肉をもって満足しないのか。
ヨブ記19:28 あなたがたがもし『われわれはどうして彼を責めようか』と言い、また『事の根源は彼のうちに見いだされる』と言うならば、
ヨブ記22:4 神はあなたが神を恐れることのゆえに、あなたを責め、あなたをさばかれるであろうか。
ヨブ記27:6 わたしは堅くわが義を保って捨てない。わたしは今まで一日も心に責められた事がない。
詩篇(15か所)
詩篇6:1 主よ、あなたの怒りをもって、わたしを責めず、あなたの激しい怒りをもって、わたしを懲しめないでください。
詩篇9:5 あなたはもろもろの国民を責め、悪しき者を滅ぼし、永久に彼らの名を消し去られました。
詩篇10:2 悪しき者は高ぶって貧しい者を激しく責めます。どうぞ彼らがその企てたはかりごとにみずから捕えられますように。
詩篇35:15 しかし彼らはわたしのつまずくとき、喜びつどい、ともに集まってわたしを責めた。わたしの知らない他国の者はわたしをののしってやめなかった。
詩篇38:1 主よ、あなたの憤りをもってわたしを責めず、激しい怒りをもってわたしを懲らさないでください。
詩篇39:11 あなたは罪を責めて人を懲らされるとき、その慕い喜ぶものを、しみが食うように、消し滅ぼされるのです。まことにすべての人は息にすぎません。[セラ
詩篇50:8 わたしがあなたを責めるのは、あなたのいけにえのゆえではない。あなたの燔祭はいつもわたしの前にある。
詩篇50:21 あなたがこれらの事をしたのを、わたしが黙っていたので、あなたはわたしを全く自分とひとしい者と思った。しかしわたしはあなたを責め、あなたの目の前にその罪をならべる。
詩篇94:16 だれがわたしのために立ちあがって、悪しき者を責めるだろうか。だれがわたしのために立って、不義を行う者を責めるだろうか。
詩篇94:21 彼らは相結んで正しい人の魂を責め、罪のない者に死を宣告します。
詩篇103:9 主は常に責めることをせず、また、とこしえに怒りをいだかれない。
詩篇109:16 これは彼がいつくしみを施すことを思わず、かえって貧しい者、乏しい者を責め、心の痛める者を殺そうとしたからです。
詩篇119:21 あなたは、あなたの戒めから迷い出る高ぶる者、のろわれた者を責められます。
詩篇141:5 正しい者にいつくしみをもってわたしを打たせ、わたしを責めさせてください。しかし悪しき者の油をわがこうべにそそがせないでください。わが祈は絶えず彼らの悪しきわざに敵しているからです。
詩篇142:6 どうか、わが叫びにみこころをとめてください。わたしは、はなはだしく低くされています。わたしを責める者から助け出してください。彼らはわたしにまさって強いのです。
箴言(3か所)
箴言9:7 あざける者を戒める者は、自ら恥を得、悪しき者を責める者は自ら傷を受ける。
箴言9:8 あざける者を責めるな、おそらく彼はあなたを憎むであろう。知恵ある者を責めよ、彼はあなたを愛する。
箴言30:6 その言葉に付け加えてはならない、彼があなたを責め、あなたを偽り者とされないためだ。
イザヤ書(3か所)
イザヤ書37:4 あなたの神、主は、あるいはラブシャケのもろもろの言葉を聞かれたかもしれません。彼はその主君アッスリヤの王につかわされて、生ける神をそしりました。あなたの神、主はその言葉を聞いて、あるいは責められるかもしれません。それゆえ、この残っている者のために祈をささげてください』」。
イザヤ書54:9 「このことはわたしにはノアの時のようだ。わたしはノアの洪水を、再び地にあふれさせないと誓ったが、そのように、わたしは再びあなたを怒らない、再びあなたを責めないと誓った。
イザヤ書66:15 見よ、主は火の中にあらわれて来られる。その車はつむじ風のようだ。激しい怒りをもってその憤りをもらし、火の炎をもって責められる。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書2:19 あなたの悪事はあなたを懲しめ、あなたの背信はあなたを責める。あなたが、あなたの神、主を捨てることの悪しくかつ苦いことであるのを見て知るがよい。わたしを恐れることがあなたのうちにないのだ」と万軍の神、主は言われる。
エレミヤ書11:8 しかし彼らは従わず、その耳を傾けず、おのおの自分の悪い強情な心に従って歩んだ。それゆえ、わたしはこの契約の言葉をもって彼らを責めた。これはわたしが彼らに行えと命じたが、行わなかったものである」。
ホセア書(1か所)
ホセア書4:4 しかし、だれも争ってはならない、責めてはならない。祭司よ。わたしの争うのは、あなたと争うのだ。
ゼカリヤ書(1か所)
ゼカリヤ書3:2 主はサタンに言われた、「サタンよ、主はあなたを責めるのだ。すなわちエルサレムを選んだ主はあなたを責めるのだ。これは火の中から取り出した燃えさしではないか」。
マラキ書(1か所)
マラキ書2:3 見よ、わたしはあなたがたの子孫を責める。またあなたがたの犠牲の糞を、あなたがたの顔の上にまき散らし、あなたがたをわたしの前から退ける。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ11:20 それからイエスは、数々の力あるわざがなされたのに、悔い改めることをしなかった町々を、責めはじめられた。
ヨハネによる福音書(2か所)
ヨハネ5:16 そのためユダヤ人たちは、安息日にこのようなことをしたと言って、イエスを責めた。
ヨハネ8:46 あなたがたのうち、だれがわたしに罪があると責めうるのか。わたしは真理を語っているのに、なぜあなたがたは、わたしを信じないのか。
使徒行伝(1か所)
使徒24:16 わたしはまた、神に対しまた人に対して、良心に責められることのないように、常に努めています。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ9:19 そこで、あなたは言うであろう、「なぜ神は、なおも人を責められるのか。だれが、神の意図に逆らい得ようか」。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一1:8 主もまた、あなたがたを最後まで堅くささえて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、責められるところのない者にして下さるであろう。
コリント第一14:24 しかし、全員が預言をしているところに、不信者か初心者がはいってきたら、彼の良心はみんなの者に責められ、みんなの者にさばかれ、
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二7:3 わたしは、責めるつもりでこう言うのではない。前にも言ったように、あなたがたはわたしの心のうちにいて、わたしたちと生死を共にしているのである。
ピリピ人への手紙(2か所)
ピリピ1:10 それによって、あなたがたが、何が重要であるかを判別することができ、キリストの日に備えて、純真で責められるところのないものとなり、
ピリピ2:15 それは、あなたがたが責められるところのない純真な者となり、曲った邪悪な時代のただ中にあって、傷のない神の子となるためである。あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。
コロサイ人への手紙(2か所)
コロサイ1:22 しかし今では、御子はその肉のからだにより、その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者として、みまえに立たせて下さったのである。
コロサイ2:14 神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた。
テサロニケ人への第一の手紙(3か所)
テサロニケ第一2:10 あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように、生活をしたのである。
テサロニケ第一3:13 そして、どうか、わたしたちの主イエスが、そのすべての聖なる者と共にこられる時、神のみまえに、あなたがたの心を強め、清く、責められるところのない者にして下さるように。
テサロニケ第一5:23 どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全くきよめて下さるように。また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのない者にして下さるように。
テモテへの第二の手紙(2か所)
テモテ第二4:2 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。
テモテ第二4:16 わたしの第一回の弁明の際には、わたしに味方をする者はひとりもなく、みなわたしを捨てて行った。どうか、彼らが、そのために責められることがないように。
テトスへの手紙(4か所)
テトス1:6 長老は、責められる点がなく、ひとりの妻の夫であって、その子たちも不品行のうわさをたてられず、親不孝をしない信者でなくてはならない。
テトス1:7 監督たる者は、神に仕える者として、責められる点がなく、わがままでなく、軽々しく怒らず、酒を好まず、乱暴でなく、利をむさぼらず、
テトス1:13 この非難はあたっている。だから、彼らをきびしく責めて、その信仰を健全なものにし、
テトス2:15 あなたは、権威をもってこれらのことを語り、勧め、また責めなさい。だれにも軽んじられてはならない。
ヘブル人への手紙(2か所)
ヘブル8:8 ところが、神は彼らを責めて言われた、「主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家およびユダの家と、新しい契約を結ぶ日が来る。
ヘブル12:5 また子たちに対するように、あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、「わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ5:3 金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。あなたがたは、終りの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
ヨハネの第一の手紙(2か所)
ヨハネ第一3:20 なぜなら、たといわたしたちの心に責められるようなことがあっても、神はわたしたちの心よりも大いなるかたであって、すべてをご存じだからである。
ヨハネ第一3:21 愛する者たちよ。もし心に責められるようなことがなければ、わたしたちは神に対して確信を持つことができる。
ユダの手紙(1か所)
ユダ1:15 それは、すべての者にさばきを行うためであり、また、不信心な者が、信仰を無視して犯したすべての不信心なしわざと、さらに、不信心な罪人が主にそむいて語ったすべての暴言とを責めるためである」。