「聖書」(せいしょ)が出てくる聖書の箇所

「聖書」(せいしょ)は日常訳第1版の67か所(旧約0・新約67)に出てきます。口語訳では60か所。

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マタイによる福音書(6か所)

マタイ4:7 「主しゅであるあなたの神かみを試ためしてはならない」と、また聖書せいしょにはこう書かいてある。

マタイ4:10 「サタンよ、離はなれろ。聖書せいしょにこう書かいてある。『あなたの神かみである主しゅを礼拝れいはいし、ただその方かただけに仕つかえなさい』」

マタイ21:42 イエスは彼かれらに言いった。「あなたたちは聖書せいしょでこう読よんだことがないのか。『家いえを建たてる者ものたちが捨すてた石いし、それが一番いちばん大事だいじな礎いしずえの石いしになった。これは主しゅがなさったことで、わたしたちの目めには驚おどろくべきことだ』。

マタイ22:29 イエスは答こたえて言いわれた。「あなたたちは聖書せいしょも神かみの力ちからも知しらない。だから思おもい違ちがいをしているのだ。

マタイ26:24 たしかに、人ひとの子こは聖書せいしょに書かいてあるとおりに去さっていく。でも、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、不幸ふこうだ。その人ひとは、生うまれてこなかったほうがよかった。

マタイ26:54 でも、そうなったら「こうならなければならない」と書かいてある聖書せいしょの言葉ことばは、どうやって実現じつげんするのだろう」

マルコによる福音書(6か所)

マルコ12:10 あなたたちは、聖書せいしょのこの言葉ことばを読よんだことがないのか。『家いえを建たてる者ものたちが捨すてた石いし、それが一番いちばん大切たいせつな隅すみの石いしになった。

マルコ12:24 イエスは言いった。「あなたたちが間違まちがっているのは、聖書せいしょも神かみの力ちからも知しらないからではないか。

マルコ14:21 人ひとの子こは、聖書せいしょに書かいてあるとおりに去さって行いく。でも、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、不幸ふこうだ。その人ひとは、生うまれてこなかったほうがよかった。」

マルコ14:27 イエスは弟子でしたちに言いった。「あなたたちはみんな、わたしのことでつまずいて離はなれていく。聖書せいしょにこう書かいてあるからだ。『わたしは羊飼ひつじかいを打うつ。すると羊ひつじたちは散ちらされる。』

マルコ14:49 わたしは毎日まいにち、神殿しんでんであなたたちといっしょにいて教おしえていた。それなのに、あなたたちはわたしを捕つかまえなかった。でも、これは聖書せいしょのことばが実現じつげんするためなのだ。」

マルコ15:28 こうして、「彼かれは罪人ざいにんたちの一人ひとりに数かぞえられた」と聖書せいしょに書かいてある言葉ことばが実現じつげんした。

ルカによる福音書(9か所)

ルカ4:4 イエスは答こたえた。「聖書せいしょにはこう書かいてある。『人ひとはパンだけで生いきるのではない。』」

ルカ4:8 イエスは答こたえた。「聖書せいしょにはこう書かいてある。『あなたの神かみである主しゅを拝おがみ、ただこの方かただけに仕つかえなさい。』」

ルカ4:10 聖書せいしょにはこう書かいてある。『神かみはあなたのために天使てんしたちに命めいじて、あなたを守まもらせる。』

ルカ4:12 イエスは答こたえた。「聖書せいしょにはこう言いわれている。『あなたの神かみである主しゅを試ためしてはならない。』」

ルカ4:16 それからイエスは、育そだった町まちナザレに来きた。そしていつものように、安息あんそく日ひに会堂かいどうへ入はいり、聖書せいしょを朗読ろうどくしようと立たち上あがった。

ルカ4:21 そしてイエスは話はなしはじめた。「あなたたちが今いま聞きいたこの聖書せいしょの言葉ことばは、今日こんにち、実現じつげんした。」

ルカ24:27 そしてイエスは、モーセからすべての預言よげん者しゃに至いたるまで、聖書せいしょ全体ぜんたいにわたって、自分じぶんについて書かかかれていることを二人ふたりに説とき明あかした。

ルカ24:32 二人ふたりは語かたり合あった。「道みちを歩あるきながらあの方かたが話はなしてくださったとき、聖書せいしょを解とき明あかしてくださったとき、わたしたちの心こころは内うちで燃もえていたじゃないか」

ルカ24:45 そう言いって、イエスは彼かれらの心こころを開ひらき、聖書せいしょを理解りかいできるようにした。

ヨハネによる福音書(11か所)

ヨハネ2:22 だから、イエスが死者ししゃの中なかからよみがえったとき、弟子でしたちは、イエスがこう言いっていたのを思おもい出だした。そして、聖書せいしょと、イエスが語かたった言葉ことばを信しんじた。

ヨハネ5:39 聖書せいしょを調しらべなさい。あなたたちは、その中なかに永遠えいえんの命いのちがあると思おもっているからだ。でも、その聖書せいしょこそ、わたしについて証あかしをするものなのだ。

ヨハネ7:38 わたしを信しんじる者ものは、聖書せいしょに書かいてあるとおり、その人ひとの内うちから生いきた水みずの川かわが流ながれ出でる。」

ヨハネ7:42 ダビデの子孫しそんから、またダビデがいたベツレヘムの村むらから現あらわれると、聖書せいしょに書かいてあるじゃないか」

ヨハネ10:35 神かみの言葉ことばを託たくされた人々ひとびとが「神々かみがみ」と呼よばれているのなら――そして聖書せいしょの言葉ことばが破やぶられることはありえない――

ヨハネ13:18 わたしは、あなたたち全員ぜんいんのことを言いっているのではない。わたしは自分じぶんが選えらんだ人ひとたちを知しっている。でも、こう書かかかれた聖書せいしょのことばが実現じつげんするためなんだ。『わたしのパンを食たべていた者ものが、わたしに逆さからってかかとを上あげた。』

ヨハネ17:12 わたしが彼かれらと一緒いっしょにいた間あいだ、あなたがわたしにくださった御名ぎょめいによって、彼かれらを守まもってきた。しっかり守まもったから、彼かれらのうち一人ひとりも滅ほろびなかった。ただ一人ひとり、滅ほろびの子こだけは別べつだ。それは聖書せいしょのことばが実現じつげんするためだった。

ヨハネ19:24 そこで兵士へいしたちは互たがいに言いった。「これは裂さかないで、だれのものになるか、くじで決きめよう。」こうして、「彼かれらはわたしの服ふくを分わけ合あい、わたしの衣ころもをくじ引びきにした」と語かたる聖書せいしょのことばが実現じつげんした。兵士へいしたちは、まさにそのとおりのことをしたのである。

ヨハネ19:28 そののち、イエスはすべてがすでに成なし遂とげられたことを知しり、聖書せいしょのことばが実現じつげんするために、「渇かわく」と言いった。

ヨハネ19:36 これらのことが起おこったのは、「その骨ほねは一いち本ぽんも折おられない」という聖書せいしょの言葉ことばが実現じつげんするためだった。

ヨハネ20:9 彼かれらは、イエスが死者ししゃの中なかからよみがえらなければならない、という聖書せいしょのことばをまだ理解りかいしていなかったのだ。

使徒行伝(8か所)

使徒1:16 「兄弟きょうだい姉妹しまいのみなさん、聖書せいしょのあの言葉ことばは実現じつげんするはずのものでした。それは、イエスを捕つかまえた者ものたちを手引てびきしたユダについて、聖霊せいれいがダビデの口くちを通とおして前まえもって語かたっていた言葉ことばです。

使徒8:32 その人ひとが読よんでいた聖書せいしょの箇所かしょは、こうだった。「屠ほふり場ばへ引ひかれて行いく羊ひつじのように、毛けを刈かる者ものの前まえで黙だまっている子羊こひつじのように、彼かれは口くちを開ひらかなかった。

使徒8:35 フィリポは口くちを開ひらき、この聖書せいしょの箇所かしょから始はじめて、イエスの良よい知しらせを彼かれに伝つたえた。

使徒17:2 パウロはいつものように会堂かいどうに入はいり、三さん回かいの安息あんそく日ひにわたって、聖書せいしょをもとに人々ひとびとと語かたり合あった。

使徒17:3 そして聖書せいしょを解とき明あかしながら、こう説明せつめいした。「キリストは必かならず苦くるしみを受うけ、死しんでよみがえるはずでした。わたしがあなたがたに伝つたえているこのイエスこそ、そのキリストなのです。」

使徒17:11 ここの人ひとたちは、テサロニケの人ひとたちよりも素直すなおだった。彼かれらは大おおいに関心かんしんを持もって言葉ことばを受うけ入いれ、それが本当ほんとうにそのとおりなのか、毎日まいにち聖書せいしょを調しらべた。

使徒18:24 そのころ、アポロという名なのユダヤ人じんがいた。アレクサンドリア生うまれで、話はなしがうまく、聖書せいしょに詳くわしい人ひとだった。この人ひとがエフェソにやって来きた。

使徒18:28 彼かれは公おおやけの場ばで力強ちからづよくユダヤ人じんたちを論破ろんぱし、イエスこそキリストであることを聖書せいしょから示ししめしたのである。

ローマ人への手紙(11か所)

ローマ1:2 この福音ふくいんは、神かみが預言よげん者しゃたちを通とおして、聖せいなる聖書せいしょの中なかであらかじめ約束やくそくしていたものである。

ローマ2:24 「神かみの名なは、あなたがたのせいで、ほかの国くにの人々ひとびとの間あいだで悪わるく言いわれている」と聖書せいしょに書かいてあるとおりだ。

ローマ2:27 それは、律法りっぽうをきちんと守まもっている、生うまれつき割礼かつれいを受うけていない人ひとが、あなたを裁さばくことになるからだ。あなたは、聖書せいしょの教おしえと割礼かつれいを持もっていながら、律法りっぽうを破やぶっているのだから。

ローマ3:4 断だんじてそうではない。むしろ、たとえすべての人ひとが偽いつわり者しゃであっても、神かみは真実しんじつな方かたであるべきだ。聖書せいしょにこう書かいてあるとおりだ。「あなたが語かたるとき、あなたは正ただしいと認みとめられ、裁さばきを受うけるとき、あなたは勝利しょうりする。」

ローマ4:3 聖書せいしょは何なんと言いっているだろうか。「アブラハムは神かみを信しんじた。それが彼かれの義ぎと認みとめられた」とあるとおりだ。

ローマ9:17 聖書せいしょは、ファラオにこう言いっている。「わたしがあなたを立たたたせたのは、まさにこのためだ。あなたを通とおしてわたしの力ちからを見みせ、わたしの名なを世界せかい中じゅうに告つげ知しらせるためだ。」

ローマ10:11 聖書せいしょはこう言いっている。「彼かれを信しんじる者ものはだれも、失望しつぼうさせられることがない。」

ローマ10:15 送おくられなければ、どうして伝つたえることができるだろう。聖書せいしょにこう書かいてあるとおりだ。「良よい知しらせを伝つたえる人ひとの足あしは、なんと美うつくしいことか。」

ローマ11:2 神かみは、あらかじめ選えらんでおいたご自分じぶんの民たみを見捨みすてたりはしなかった。聖書せいしょがエリヤについて何なんと言いっているか、あなたたちは知しらないのだろうか。エリヤはイスラエルを神かみに訴うったえて、こう言いった。

ローマ15:4 聖書せいしょに昔むかしから書かかかれてきたことは、すべてわたしたちに教おしえるために書かかかれた。それは、聖書せいしょが与あたえてくれる忍耐にんたいと励はげましによって、わたしたちが希望きぼうを持もち続つづけるためである。

ローマ15:9 異邦いほう人にんもあわれみを受うけて神かみをあがめるようになるためだ。聖書せいしょにこう書かかかれているとおりだ。「だからわたしは、異邦いほう人にんの中なかであなたをたたえ、あなたの名なをほめ歌ううたう。」

コリント人への第一の手紙(3か所)

コリント第一1:31 それは、聖書せいしょに「誇ほこる者ものは主しゅを誇ほこれ」と書かいてあるとおりだ。

コリント第一15:3 わたしは、自分じぶんも受うけ取とったいちばん大切たいせつなことを、まずあなたがたに伝つたえた。それは、キリストがわたしたちの罪つみのために死しなれたということ。これは聖書せいしょに書かかかれているとおりだ。

コリント第一15:4 そして葬ほうむられたこと、さらに三みっ日か目めによみがえらされたこと。これも聖書せいしょに書かかかれているとおりだ。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二4:13 わたしたちは、聖書せいしょに書かかかれているのと同おなじ信仰しんこうの霊れいを持もっている。「わたしは信しんじた。だから語かたった」とあるとおり、わたしたちも信しんじている。だから、語かたるのだ。

ガラテヤ人への手紙(3か所)

ガラテヤ3:8 聖書せいしょは、神かみが信仰しんこうによって異邦いほうの人ひとたちを義ぎと認みとめると前まえもって知しって、アブラハムにこの良よい知しらせを先さきに告つげていた。「あなたによって、すべての民族みんぞくが祝福しゅくふくされる。」

ガラテヤ3:22 しかし聖書せいしょは、すべてのものを罪つみの下したに閉とじ込こめた。それは、イエス・キリストを信しんじる信仰しんこうによって、約束やくそくが、信しんじる人々ひとびとに与あたえられるためだ。

ガラテヤ4:30 しかし、聖書せいしょは何なんと言いっているだろうか。「奴隷どれいの女おんなとその息子むすこを追おい出だしなさい。奴隷どれいの女おんなの息子むすこは、自由じゆうな女おんなの息子むすこといっしょに財産ざいさんを受うけ継つぐことは決けっしてないのだから。」

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一4:13 わたしが行いくまで、聖書せいしょを朗読ろうどくして聞きかせること、励はげますこと、教おしえることに力ちからを注そそぎなさい。

テモテ第一5:18 聖書せいしょにはこう書かいてある。「脱穀だっこくしている牛うしに口輪くちわをはめてはならない。」また、「働はたらく人ひとが報酬ほうしゅうを受うけるのは当然とうぜんだ。」

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:16 聖書せいしょはすべて、神かみの息いきが吹ふき込こまれたものだ。だから、教おしえるため、誤あやまりを指摘してきするため、間違まちがいを正ただすため、義ぎにかなった生いき方かたへと導みちびくために役立やくだつ。

ヤコブの手紙(3か所)

ヤコブ2:8 もしあなたたちが、聖書せいしょにある「自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣人りんじんを愛あいしなさい」という、王おうにふさわしい最ももっとも大切たいせつな律法りっぽうを本当ほんとうに守まもっているのなら、それは立派りっぱなことだ。

ヤコブ2:23 そして、「アブラハムは神かみを信しんじた。それが彼かれの義ぎと認みとめられた」という聖書せいしょのことばが実現じつげんし、彼かれは神かみの友ともと呼よばれた。

ヤコブ4:5 それとも、聖書せいしょが意味いみもなくこう言いっていると思おもうのか。「神かみは、わたしたちの内うちに住すまわせた霊れいを、ねたむほどに慕したっておられる」と。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:6 聖書せいしょにこう書かいてあるからだ。「見みよ、わたしはシオンに、選えらばれた、価値かちある一ひとつの隅すみの親おや石いしを置おく。これを信しんじる者ものは、決けっして失望しつぼうさせられることがない。」

ペテロの第二の手紙(2か所)

ペテロ第二1:20 何なんよりもまず、このことを知しっておいてほしい。聖書せいしょのどんな預言よげんも、自分じぶん勝手かってに解釈かいしゃくしていいものではない。

ペテロ第二3:16 パウロはどの手紙てがみの中なかでも、こうしたことについて語かたっている。その手紙てがみには理解りかいしにくいところもあって、無知むちで心こころの定さだまらない人ひとたちは、ほかの聖書せいしょと同おなじようにそれを曲まげて解釈かいしゃくし、自分じぶん自身じしんを滅ほろびに引ひき込こんでいる。

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