「耳」(みみ)が出てくる聖書の箇所
「耳」(みみ)は口語訳の252か所(旧約188・新約64)に出てきます。日常訳第1版では310か所。
252か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。
マルコによる福音書(9か所)
マルコ7:35 すると彼の耳が開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった。
マルコ7:37 彼らは、ひとかたならず驚いて言った、「このかたのなさった事は、何もかも、すばらしい。耳の聞えない者を聞えるようにしてやり、口のきけない者をきけるようにしておやりになった」。
マルコ8:18 目があっても見えないのか。耳があっても聞えないのか。まだ思い出さないのか。
マルコ12:37 このように、ダビデ自身がキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」。大ぜいの群衆は、喜んでイエスに耳を傾けていた。
ルカによる福音書(12か所)
ルカ1:44 ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。
ルカ4:21 そこでイエスは、「この聖句は、あなたがたが耳にしたこの日に成就した」と説きはじめられた。
ルカ8:8 ところが、ほかの種は良い地に落ちたので、はえ育って百倍もの実を結んだ」。こう語られたのち、声をあげて「聞く耳のある者は聞くがよい」と言われた。
ルカ9:7 さて、領主ヘロデはいろいろな出来事を耳にして、あわて惑っていた。それは、ある人たちは、ヨハネが死人の中からよみがえったと言い、
ルカ9:44 「あなたがたはこの言葉を耳におさめて置きなさい。人の子は人々の手に渡されようとしている」。
ルカ12:3 だから、あなたがたが暗やみで言ったことは、なんでもみな明るみで聞かれ、密室で耳にささやいたことは、屋根の上で言いひろめられるであろう。
ルカ14:35 土にも肥料にも役立たず、外に投げ捨てられてしまう。聞く耳のあるものは聞くがよい」。
ルカ16:31 アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』」。
ルカ18:36 群衆が通り過ぎる音を耳にして、彼は何事があるのかと尋ねた。
ルカ19:48 民衆がみな熱心にイエスに耳を傾けていたので、手のくだしようがなかった。
ルカ22:50 そのうちのひとりが、祭司長の僕に切りつけ、その右の耳を切り落した。
ルカ22:51 イエスはこれに対して言われた、「それだけでやめなさい」。そして、その僕の耳に手を触て、おいやしになった。
ヨハネによる福音書(4か所)
ヨハネ7:32 群衆がイエスについてこのようなうわさをしているのを、パリサイ人たちは耳にした。そこで、祭司長たちやパリサイ人たちは、イエスを捕えようとして、下役どもをつかわした。
ヨハネ18:10 シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。
ヨハネ18:26 大祭司の僕のひとりで、ペテロに耳を切りおとされた人の親族の者が言った、「あなたが園であの人と一緒にいるのを、わたしは見たではないか」。
ヨハネ18:37 そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。
使徒行伝(9か所)
使徒2:14 そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことに耳を傾けていただきたい。
使徒7:51 ああ、強情で、心にも耳にも割礼のない人たちよ。あなたがたは、いつも聖霊に逆らっている。それは、あなたがたの先祖たちと同じである。
使徒7:57 人々は大声で叫びながら、耳をおおい、ステパノを目がけて、いっせいに殺到し、
使徒8:6 群衆はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、こぞって彼の語ることに耳を傾けた。
使徒16:14 ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた。
使徒16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。
使徒23:16 ところが、パウロの姉妹の子が、この待伏せのことを耳にし、兵営にはいって行って、パウロにそれを知らせた。
使徒28:22 わたしたちは、あなたの考えていることを、直接あなたから聞くのが、正しいことだと思っている。実は、この宗派については、いたるところで反対のあることが、わたしたちの耳にもはいっている」。
使徒28:27 この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ11:8 「神は、彼らに鈍い心と、見えない目と、聞えない耳とを与えて、きょう、この日に及んでいる」と書いてあるとおりである。
ローマ16:19 あなたがたの従順は、すべての人々の耳に達しており、それをあなたがたのために喜んでいる。しかし、わたしの願うところは、あなたがたが善にさとく、悪には、うとくあってほしいことである。
コリント人への第一の手紙(5か所)
コリント第一2:9 しかし、聖書に書いてあるとおり、「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」のである。
コリント第一11:18 まず、あなたがたが教会に集まる時、お互の間に分争があることを、わたしは耳にしており、そしていくぶんか、それを信じている。
コリント第一12:16 また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。
コリント第一12:17 もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。
コリント第一14:21 律法にこう書いてある、「わたしは、異国の舌と異国のくちびるとで、この民に語るが、それでも、彼らはわたしに耳を傾けない、と主が仰せになる」。
エペソ人への手紙(1か所)
エペソ1:15 こういうわけで、わたしも、主イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対する愛とを耳にし、
コロサイ人への手紙(2か所)
コロサイ1:4 これは、キリスト・イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対していだいているあなたがたの愛とを、耳にしたからである。
コロサイ1:9 そういうわけで、これらの事を耳にして以来、わたしたちも絶えずあなたがたのために祈り求めているのは、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力とをもって、神の御旨を深く知り、
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二4:4 そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。
ヘブル人への手紙(2か所)
ヘブル5:11 このことについては、言いたいことがたくさんあるが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、それを説き明かすことはむずかしい。
ヘブル12:19 また、ラッパの響や、聞いた者たちがそれ以上、耳にしたくないと願ったような言葉がひびいてきた山ではない。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ5:4 見よ、あなたがたが労働者たちに畑の刈入れをさせながら、支払わずにいる賃銀が、叫んでいる。そして、刈入れをした人たちの叫び声が、すでに万軍の主の耳に達している。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一3:12 主の目は義人たちに注がれ、主の耳は彼らの祈にかたむく。しかし主の御顔は、悪を行う者に対して向かう」。
ヨハネの黙示録(8か所)
黙示録2:7 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べることをゆるそう』。
黙示録2:11 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者は、第二の死によって滅ぼされることはない』。
黙示録2:17 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。また、白い石を与えよう。この石の上には、これを受ける者のほかだれも知らない新しい名が書いてある』。
黙示録2:29 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。
黙示録3:6 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。
黙示録3:13 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。
黙示録3:22 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』」。
黙示録13:9 耳のある者は、聞くがよい。