「受け入れる」(うけいれる)が出てくる聖書の箇所
「受け入れる」(うけいれる)は口語訳の95か所(旧約39・新約56)に出てきます。「うけいれる」「受けいれる」も含みます。日常訳第1版では143か所。
出エジプト記(2か所)
出エジプト22:11 双方の間に、隣人の持ち物に手をかけなかったという誓いが、主の前になされなければならない。そうすれば、持ち主はこれを受け入れ、隣人は償うに及ばない。
出エジプト28:38 これはアロンの額にあり、そしてアロンはイスラエルの人々がささげる聖なる物、すなわち彼らのもろもろの聖なる供え物についての罪の責めを負うであろう。これは主の前にそれらの受けいれられるため、常にアロンの額になければならない。
レビ記(13か所)
レビ記1:3 もしその供え物が牛の燔祭であるならば、雄牛の全きものをささげなければならない。会見の幕屋の入口で、主の前に受け入れられるように、これをささげなければならない。
レビ記1:4 彼はその燔祭の獣の頭に手を置かなければならない。そうすれば受け入れられて、彼のためにあがないとなるであろう。
レビ記7:18 もしその酬恩祭の犠牲の肉を三日目に少しでも食べるならば、それは受け入れられず、また供え物と見なされず、かえって忌むべき物となるであろう。そしてそれを食べる者はとがを負わなければならない。
レビ記19:5 酬恩祭の犠牲を主にささげるときは、あなたがたが受け入れられるように、それをささげなければならない。
レビ記19:7 もし三日目に、少しでも食べるならば、それは忌むべきものとなって、あなたは受け入れられないであろう。
レビ記22:19 あなたがたの受け入れられるように牛、羊、あるいはやぎの雄の全きものをささげなければならない。
レビ記22:20 すべてきずのあるものはささげてはならない。それはあなたがたのために、受け入れられないからである。
レビ記22:21 もし人が特別の誓願をなすため、または自発の供え物のために、牛または羊を酬恩祭の犠牲として、主にささげようとするならば、その受け入れられるために、それは全きものでなければならない。それには、どんなきずもあってはならない。
レビ記22:23 牛あるいは羊で、足の長すぎる者、または短すぎる者は、あなたがたが自発の供え物とすることはできるが、誓願の供え物としては受け入れられないであろう。
レビ記22:25 また、あなたがたは異邦人の手からこれらのものを受けて、あなたがたの神の食物としてささげてはならない。これらのものには欠点があり、きずがあって、あなたがたのために受け入れられないからである』」。
レビ記22:27 「牛、または羊、またはやぎが生れたならば、これを七日の間その母親のもとに置かなければならない。八日目からは主にささげる火祭として受け入れられるであろう。
レビ記22:29 あなたがたが感謝の犠牲を主にささげるときは、あなたがたの受け入れられるようにささげなければならない。
レビ記23:11 彼はあなたがたの受け入れられるように、その束を主の前に揺り動かすであろう。すなわち、祭司は安息日の翌日に、これを揺り動かすであろう。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記20:4 その人は、これらの町の一つにのがれて行って、町の門の入口に立ち、その町の長老たちに、そのわけを述べなければならない。そうすれば、彼らはその人を町に受け入れて、場所を与え、共に住ませるであろう。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二24:23 王よ、アラウナはこれをことごとく王にささげます」。アラウナはまた王に、「あなたの神、主があなたを受けいれられますように」と言った。
歴代志上(1か所)
歴代志上12:18 時に霊が三十人の長アマサイに臨み、アマサイは言った、「ダビデよ、われわれはあなたのもの。エッサイの子よ、われわれはあなたと共にある。平安あれ、あなたに平安あれ。あなたを助ける者に平安あれ。あなたの神があなたを助けられる」。そこでダビデは彼らを受けいれて部隊の長とした。
歴代志下(1か所)
歴代志下33:13 神に祈ったので、神はその祈を受けいれ、その願いを聞き、彼をエルサレムに連れ帰って、再び国に臨ませられた。これによってマナセは主こそ、まことに神にいますことを知った。
ヨブ記(3か所)
ヨブ記21:29 あなたがたは道行く人々に問わなかったか、彼らの証言を受け入れないのか。
ヨブ記42:8 それで今、あなたがたは雄牛七頭、雄羊七頭を取って、わたしのしもべヨブの所へ行き、あなたがたのために燔祭をささげよ。わたしのしもべヨブはあなたがたのために祈るであろう。わたしは彼の祈を受けいれるによって、あなたがたの愚かを罰することをしない。あなたがたはわたしのしもべヨブのように正しい事をわたしについて述べなかったからである」。
ヨブ記42:9 そこでテマンびとエリパズ、シュヒびとビルダデ、ナアマびとゾパルは行って、主が彼らに命じられたようにしたので、主はヨブの祈を受けいれられた。
箴言(1か所)
箴言4:10 わが子よ、聞け、わたしの言葉をうけいれよ、そうすれば、あなたの命の年は多くなる。
イザヤ書(3か所)
イザヤ書56:7 わたしはこれをわが聖なる山にこさせ、わが祈の家のうちで楽しませる、彼らの燔祭と犠牲とは、わが祭壇の上に受けいれられる。わが家はすべての民の祈の家ととなえられるからである」。
イザヤ書58:5 このようなものは、わたしの選ぶ断食であろうか。人がおのれを苦しめる日であろうか。そのこうべを葦のように伏せ、荒布と灰とをその下に敷くことであろうか。あなたは、これを断食ととなえ、主に受けいれられる日と、となえるであろうか。
イザヤ書60:7 ケダルの羊の群れはみなあなたに集まって来、ネバヨテの雄羊はあなたに仕え、わが祭壇の上にのぼって受けいれられる。こうして、わたしはわが栄光の家を輝かす。
エレミヤ書(3か所)
エレミヤ書6:8 エルサレムよ、戒めを受けいれよ。さもないと、わたしはあなたから離れ、あなたを荒れ地とし、住む人のない地とする」。
エレミヤ書7:28 それゆえ、あなたはこう彼らに言わなければならない、『これはその神、主の声に聞き従わず、その戒めを受けいれなかった国民である。真実はうせ、彼らの口から絶えた。
エレミヤ書42:2 みな預言者エレミヤの所に来て言った、「どうかあなたの前にわれわれの求めが受けいれられますように。われわれのため、この残っている者すべてのために、あなたの神、主に祈ってください、(今ごらんのとおり、われわれは多くのうち、わずかに残っている者です)
エゼキエル書(4か所)
エゼキエル書3:21 けれども、もしあなたが義人を戒めて、罪を犯さないように語り、そして彼が罪を犯さないなら、彼は戒めを受けいれたゆえに、その命を保ち、あなたは自分の命を救う」。
エゼキエル書20:40 主なる神は言われる、わたしの聖なる山、イスラエルの高い山の上で、イスラエルの全家はその地で、ことごとくわたしに仕える。その所でわたしは喜んで彼らを受けいれ、あなたがたのささげ物と最上の供え物とを、その聖なるささげ物と共に求める。
エゼキエル書20:41 わたしがあなたがたをもろもろの民の中から導き出し、かつてあなたがたを散らした国々から集める時、こうばしいかおりとして、あなたがたを喜んで受けいれる。そしてわたしは異邦人の前で、あなたがたの中に、わたしの聖なることをあらわす。
エゼキエル書43:27 彼らがこれらの日を満たしたとき、八日目から後は、祭司たちは、あなたがたの燔祭と、酬恩祭とを祭壇の上に供える。そうすれば、わたしは、あなたがたを受けいれると、主なる神は言われる」。
ホセア書(2か所)
ホセア書1:2 主が最初ホセアによって語られた時、主はホセアに言われた、「行って、淫行の妻と、淫行によって生れた子らを受けいれよ。この国は主にそむいて、はなはだしい淫行をなしているからである」。
ホセア書14:2 あなたがたは言葉を携えて、主に帰って言え、「不義はことごとくゆるして、よきものを受けいれてください。わたしたちは自分のくちびるの実をささげます。
アモス書(1か所)
アモス書5:22 たといあなたがたは燔祭や素祭をささげても、わたしはこれを受けいれない。あなたがたの肥えた獣の酬恩祭はわたしはこれを顧みない。
ゼパニヤ書(1か所)
ゼパニヤ書3:2 これはだれの声にも耳を傾けず、懲しめを受けいれず、主に寄り頼まず、おのれの神に近よらない。
マラキ書(2か所)
マラキ書1:8 あなたがたが盲目の獣を、犠牲にささげるのは悪い事ではないか。また足のなえたもの、病めるものをささげるのは悪い事ではないか。今これをあなたのつかさにささげてみよ。彼はあなたを喜び、あなたを受けいれるであろうかと、万軍の主は言われる。
マラキ書1:9 あなたがたは、神がわれわれをあわれまれるように、神の恵みを求めてみよ。このようなあなたがたの手のささげ物をもって、彼はあなたがたを受けいれられるであろうかと、万軍の主は言われる。
マタイによる福音書(7か所)
マタイ10:32 だから人の前でわたしを受けいれる者を、わたしもまた、天にいますわたしの父の前で受けいれるであろう。
マタイ10:40 あなたがたを受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。
マタイ10:41 預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、預言者の報いを受け、義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、義人の報いを受けるであろう。
マタイ11:14 そして、もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人こそは、きたるべきエリヤなのである。
マタイ18:5 また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。
マタイ19:11 するとイエスは彼らに言われた、「その言葉を受けいれることができるのはすべての人ではなく、ただそれを授けられている人々だけである。
マタイ19:12 というのは、母の胎内から独身者に生れついているものがあり、また他から独身者にされたものもあり、また天国のために、みずから進んで独身者となったものもある。この言葉を受けられる者は、受けいれるがよい」。
マルコによる福音書(3か所)
マルコ4:20 また、良い地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞いて受けいれ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶのである」。
マルコ9:37 「だれでも、このような幼な子のひとりを、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。そして、わたしを受けいれる者は、わたしを受けいれるのではなく、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである」。
マルコ10:15 よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。
ルカによる福音書(4か所)
ルカ8:13 岩の上に落ちたのは、御言を聞いた時には喜んで受けいれるが、根が無いので、しばらくは信じていても、試錬の時が来ると、信仰を捨てる人たちのことである。
ルカ9:48 「だれでもこの幼な子をわたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。そしてわたしを受けいれる者は、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。あなたがたみんなの中でいちばん小さい者こそ、大きいのである」。
ルカ12:8 そこで、あなたがたに言う。だれでも人の前でわたしを受けいれる者を、人の子も神の使たちの前で受けいれるであろう。
ルカ18:17 よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。
ヨハネによる福音書(8か所)
ヨハネ1:11 彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。
ヨハネ1:12 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
ヨハネ3:11 よくよく言っておく。わたしたちは自分の知っていることを語り、また自分の見たことをあかししているのに、あなたがたはわたしたちのあかしを受けいれない。
ヨハネ3:32 彼はその見たところ、聞いたところをあかししているが、だれもそのあかしを受けいれない。
ヨハネ3:33 しかし、そのあかしを受けいれる者は、神がまことであることを、たしかに認めたのである。
ヨハネ5:43 わたしは父の名によってきたのに、あなたがたはわたしを受けいれない。もし、ほかの人が彼自身の名によって来るならば、その人を受けいれるのであろう。
ヨハネ12:48 わたしを捨てて、わたしの言葉を受けいれない人には、その人をさばくものがある。わたしの語ったその言葉が、終りの日にその人をさばくであろう。
ヨハネ13:20 よくよくあなたがたに言っておく。わたしがつかわす者を受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをつかわされたかたを、受けいれるのである」。
使徒行伝(8か所)
使徒2:41 そこで、彼の勧めの言葉を受けいれた者たちは、バプテスマを受けたが、その日、仲間に加わったものが三千人ほどあった。
使徒6:7 こうして神の言は、ますますひろまり、エルサレムにおける弟子の数が、非常にふえていき、祭司たちも多数、信仰を受けいれるようになった。
使徒8:14 エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が、神の言を受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネとを、そこにつかわした。
使徒10:35 神を敬い義を行う者はどの国民でも受けいれて下さることが、ほんとうによくわかってきました。
使徒11:1 さて、異邦人たちも神の言を受けいれたということが、使徒たちやユダヤにいる兄弟たちに聞えてきた。
使徒17:11 ここにいるユダヤ人はテサロニケの者たちよりも素直であって、心から教を受けいれ、果してそのとおりかどうかを知ろうとして、日々聖書を調べていた。
使徒22:18 主にまみえたが、主は言われた、『急いで、すぐにエルサレムを出て行きなさい。わたしについてのあなたのあかしを、人々が受けいれないから』。
使徒28:24 ある者はパウロの言うことを受けいれ、ある者は信じようともしなかった。
ローマ人への手紙(6か所)
ローマ11:15 もし彼らの捨てられたことが世の和解となったとすれば、彼らの受けいれられることは、死人の中から生き返ることではないか。
ローマ14:1 信仰の弱い者を受けいれなさい。ただ、意見を批評するためであってはならない。
ローマ14:3 食べる者は食べない者を軽んじてはならず、食べない者も食べる者をさばいてはならない。神は彼を受けいれて下さったのであるから。
ローマ14:18 こうしてキリストに仕える者は、神に喜ばれ、かつ、人にも受けいれられるのである。
ローマ15:7 こういうわけで、キリストもわたしたちを受けいれて下さったように、あなたがたも互に受けいれて、神の栄光をあらわすべきである。
ローマ15:31 すなわち、わたしがユダヤにおる不信の徒から救われ、そしてエルサレムに対するわたしの奉仕が聖徒たちに受けいれられるものとなるように、
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一2:14 生れながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼はそれを理解することができない。
コリント第一15:1 兄弟たちよ。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。
コリント人への第二の手紙(4か所)
コリント第二6:17 だから、「彼らの間から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触てはならない。触なければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。
コリント第二8:12 もし心から願ってそうするなら、持たないところによらず、持っているところによって、神に受けいれられるのである。
コリント第二8:17 彼はわたしの勧めを受けいれ、そして更に熱心になって、自分から進んであなたがたのところに行った。
コリント第二11:4 というのは、もしある人がきて、わたしたちが宣べ伝えもしなかったような異なるイエスを宣べ伝え、あるいは、あなたがたが受けたことのない違った霊を受け、あるいは、受けいれたことのない違った福音を聞く場合に、あなたがたはよくもそれを忍んでいる。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ1:9 わたしたちが前に言っておいたように、今わたしは重ねて言う。もしある人が、あなたがたの受けいれた福音に反することを宣べ伝えているなら、その人はのろわるべきである。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ2:6 このように、あなたがたは主キリスト・イエスを受けいれたのだから、彼にあって歩きなさい。
テサロニケ人への第一の手紙(2か所)
テサロニケ第一1:6 そしてあなたがたは、多くの患難の中で、聖霊による喜びをもって御言を受けいれ、わたしたちと主とにならう者となり、
テサロニケ第一2:13 これらのことを考えて、わたしたちがまた絶えず神に感謝しているのは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二2:10 また、あらゆる不義の惑わしとを、滅ぶべき者どもに対して行うためである。彼らが滅びるのは、自分らの救となるべき真理に対する愛を受けいれなかった報いである。
テモテへの第一の手紙(2か所)
テモテ第一1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。
テモテ第一4:9 これは確実で、そのまま受けいれるに足る言葉である。
ピレモンへの手紙(1か所)
ピレモン1:17 そこで、もしわたしをあなたの信仰の友と思ってくれるなら、わたし同様に彼を受けいれてほしい。
ヘブル人への手紙(2か所)
ヘブル12:6 主は愛する者を訓練し、受けいれるすべての子を、むち打たれるのである」。
ヘブル13:22 兄弟たちよ。どうかわたしの勧めの言葉を受けいれてほしい。わたしは、ただ手みじかに書いたのだから。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ1:21 だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。
ヨハネの第一の手紙(1か所)
ヨハネ第一5:9 わたしたちは人間のあかしを受けいれるが、しかし、神のあかしはさらにまさっている。神のあかしというのは、すなわち、御子について立てられたあかしである。
ヨハネの第三の手紙(2か所)
ヨハネ第三1:9 わたしは少しばかり教会に書きおくっておいたが、みんなのかしらになりたがっているデオテレペスが、わたしたちを受けいれてくれない。
ヨハネ第三1:10 だから、わたしがそちらへ行った時、彼のしわざを指摘しようと思う。彼は口ぎたなくわたしたちをののしり、そればかりか、兄弟たちを受けいれようともせず、受けいれようとする人たちを妨げて、教会から追い出している。