「ささげる」が出てくる聖書の箇所

「ささげる」は口語訳の704か所(旧約635・新約69)に出てきます。「ささぐ」「捧げる」も含みます。日常訳第1版では742か所。

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704か所を200か所ずつ4ページに分けています(4ページ目)。

エゼキエル書(32か所)

エゼキエル書46:15 すなわち朝あさごとに常つね燔祭はんさいとして、小羊こひつじと素す祭まつりと油あぶらとをささげなければならない。

エゼキエル書46:24 彼かれはわたしに言いった、「これらは宮みやの仕つかえ人にんたちが、民みんのささげる犠牲ぎせいのものを煮にる台所だいどころである」。

エゼキエル書48:8 ユダの領地りょうちに沿そって、東ひがしの方ほうから西にしの方ほうへのびる地方ちほうは、あなたがたのささげる献納けんのう地ちとせよ。その幅はばは二に万まん五千ごせんキュビト、その東ひがしの方ほうから西にしの方ほうへのびる長ながさは、部族ぶぞくの一ひとつの分ぶんに同おなじで、聖せい所しょはその中なかにある。

エゼキエル書48:9 すなわちあなたがたの主しゅにささげる献納けんのう地ちは長ながさ二に万まん五千ごせんキュビト、幅はば二に万まんキュビトとである。

エゼキエル書48:20 あなたがたがささげる献納けんのう地ちの全体ぜんたいは二に万まん五千ごせんキュビト四方しほうである。これは町まちの所有しょゆう地ちと共ともに聖せいなる献納けんのう地ちである。

ダニエル書(4か所)

ダニエル書2:46 そこでネブカデネザル王おうはひれ伏ふして、ダニエルを拝はいし、供そなえ物ものと薫香くんこうとを、彼かれにささげることを命めいじた。

ダニエル書6:13 彼かれらは王おうの前まえに答こたえて言いった、「王おうよ、ユダから引ひいてきた捕囚ほしゅうのひとりである、かのダニエルは、あなたをも、あなたの署名しょめいされた禁令きんれいをも顧かえりみず、一いち日にちに三さん度どずつ、祈いのりをささげています」。

ダニエル書9:18 わが神かみよ、耳みみを傾かたむけて聞きいてください。目めを開ひらいて、われわれの荒あれたさまを見み、み名なをもってとなえられる町まちをごらんください。われわれがあなたの前まえに祈いのりをささげるのは、われわれの義ぎによるのではなく、ただあなたの大おおいなるあわれみによるのです。

ダニエル書9:21 すなわちわたしが祈いのりの言葉ことばを述のべていたとき、わたしが初はじめに幻まぼろしのうちに見みた、かの人ひとガブリエルは、すみやかに飛とんできて、夕ゆうの供そなえ物ものをささげるころ、わたしに近ちかづき、

ホセア書(8か所)

ホセア書4:13 彼かれらは山々やまやまの頂いただきで犠牲ぎせいをささげ、丘おかの上うえ、かしの木き、柳やなぎの木き、テレビンの木きの下もとで供そなえ物ものをささげる。これはその木陰こかげがここちよいためである。それゆえ、あなたがたの娘むすめは淫行いんこうをなし、あなたがたの嫁よめは姦淫かんいんを行おこなう。

ホセア書4:14 わたしはあなたがたの娘むすめが淫行いんこうをしても罰ばっしない。またあなたがたの嫁よめが姦淫かんいんを行おこなっても罰ばっしない。男おとこたちみずから遊女ゆうじょと共ともに離はなれ去さり、宮みやの遊女ゆうじょと共ともに犠牲ぎせいをささげているからである。悟さとりのない民たみは滅ほろびる。

ホセア書8:13 彼かれらは犠牲ぎせいを好このみ、肉にくをささげてこれを食たべる。しかし主しゅはこれを喜よろこばれない。今いま、彼かれらの不義ふぎを覚おぼえ、彼かれらの罪つみを罰ばっせられる。彼かれらはエジプトに帰かえる。

ホセア書10:6 その子牛こうしはアッスリヤに携たずさえられ、礼物れいもつとして大王だいおうにささげられ、エフライムは恥はじをうけ、イスラエルはおのれの偶像ぐうぞうを恥はじる。

ホセア書11:2 わたしが呼よばわるにしたがって、彼かれらはいよいよわたしから遠とおざかり、もろもろのバアルに犠牲ぎせいをささげ、刻きざんだ像ぞうに香こうをたいた。

ホセア書12:11 もしギレアデに不義ふぎがあるなら、彼かれらは必かならずむなしき者ものとなる。もし彼かれらがギルガルで雄牛おうしを犠牲ぎせいにささげるなら、彼かれらの祭壇さいだんは畑はたけのうねに積つんだ石塚いしづかのようになる。

ホセア書13:2 そして彼かれらは今いまもなおますます罪つみを犯おかし、その銀ぎんをもって自分じぶんのために像ぞうを鋳い、巧たくみに偶像ぐうぞうを造つくる。これは皆かい工人こうじんのわざである。彼かれらは言いう、これに犠牲ぎせいをささげよ、人々ひとびとは子牛こうしに口くちづけせよと。

ホセア書14:2 あなたがたは言葉ことばを携たずさえて、主しゅに帰かえって言いえ、「不義ふぎはことごとくゆるして、よきものを受うけいれてください。わたしたちは自分じぶんのくちびるの実じつをささげます。

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:14 神かみがあるいは立たち返かえり、思おもいかえして祝福しゅくふくをその後あとに残のこし、素す祭まつりと灌かん祭さいとをあなたがたの神かみ、主しゅにささげさせられる事ことはないとだれが知しるだろうか。

アモス書(3か所)

アモス書4:5 種しゅを入いれたパンの感謝かんしゃ祭さいをささげ、心こころよりの供そなえ物ものをふれ示しめせ。イスラエルの人々ひとびとよ、あなたがたはこのようにするのを好このんでいる」と主しゅなる神かみは言いわれる。

アモス書5:22 たといあなたがたは燔祭はんさいや素す祭まつりをささげても、わたしはこれを受うけいれない。あなたがたの肥こえた獣けものの酬恩しゅうおん祭さいはわたしはこれを顧かえりみない。

アモス書5:25 「イスラエルの家いえよ、あなたがたは四十よんじゅう年ねんの間あいだ、荒野こうやでわたしに犠牲ぎせいと供そなえ物ものをささげたか。

ヨナ書(2か所)

ヨナ書1:16 そこで人々ひとびとは大おおいに主しゅを恐おそれ、犠牲ぎせいを主しゅにささげて、誓願せいがんを立たてた。

ヨナ書2:9 しかしわたしは感謝かんしゃの声こえをもって、あなたに犠牲ぎせいをささげ、わたしの誓ちかいをはたす。救すくいは主しゅにある」。

ミカ書(2か所)

ミカ書4:13 シオンの娘むすめよ、立たって打うちこなせ。わたしはあなたの角かどを鉄てつとなし、あなたのひずめを青銅せいどうとしよう。あなたは多おおくの民たみを打うち砕くだき、彼かれらのぶんどり物ものを主しゅにささげ、彼かれらの富とみを全地ぜんちの主しゅにささげる。

ミカ書6:7 主しゅは数千すうせんの雄羊おひつじ、万まん流りゅうの油あぶらを喜よろこばれるだろうか。わがとがのためにわが長子ちょうしをささぐべきか。わが魂たましいの罪つみのためにわが身みの子こをささぐべきか」。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書1:16 それゆえ、彼かれはその網あみに犠牲ぎせいをささげ、その引ひき網あみに香こうをたく。これによって彼かれはぜいたくに暮くらし、その食物しょくもつも豊ゆたかになるからである。

ゼパニヤ書(2か所)

ゼパニヤ書1:8 主しゅの犠牲ぎせいをささげる日ひに、「わたしはつかさたちと王おうの子こたち、およびすべて異邦いほうの衣服いふくを着きる者ものを罰ばっする。

ゼパニヤ書3:10 わたしを拝おがむ者もの、わたしが散ちらした者ものの娘むすめはエチオピヤの川々かわがわの向むこうから来きて、わたしに供そなえ物ものをささげる。

ハガイ書(1か所)

ハガイ書2:14 そこで、ハガイは言いった、「主しゅは言いわれる、この民みんも、この国くにも、わたしの前まえでは、そのようである。またその手てのわざもそのようである。その所ところで彼かれらのささげるものは、汚よごれたものである。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書14:21 エルサレムおよびユダのすべてのなべは、万まん軍ぐんの主しゅに対たいして聖せいなる物ものとなり、すべて犠牲ぎせいをささげる者ものは来きてこれを取とり、その中なかで犠牲ぎせいの肉にくを煮にることができる。その日ひには、万まん軍ぐんの主しゅの宮みやに、もはや商人しょうにんはいない。

マラキ書(5か所)

マラキ書1:7 汚よごれた食物しょくもつをわたしの祭壇さいだんの上うえにささげる。またあなたがたは、主しゅの台だいは卑いやしむべき物ものであると考かんがえて、『われわれはどんなふうに、それを汚よごしたか』と言ゆう。

マラキ書1:8 あなたがたが盲目もうもくの獣けものを、犠牲ぎせいにささげるのは悪わるい事ことではないか。また足あしのなえたもの、病やめるものをささげるのは悪わるい事ことではないか。今いまこれをあなたのつかさにささげてみよ。彼かれはあなたを喜よろこび、あなたを受うけいれるであろうかと、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

マラキ書1:11 日ひの出でる所ところから没ぼっする所ところまで、国々くにぐにのうちにわが名なはあがめられている。また、どこでも香こうと清きよいささげ物ものが、わが名なのためにささげられる。これはわが名なが国々くにぐにのうちにあがめられているからであると、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

マラキ書1:14 群むれのうちに雄おすの獣けものがあり、それをささげると誓ちかいを立たてているのに、傷きずのあるものを、主しゅにささげる偽いつわり者しゃはのろわれる。わたしは大おおいなる王おうで、わが名なは国々くにぐにのうちに恐おそれられるべきであると、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

マラキ書3:3 彼かれは銀ぎんをふきわけて清きよめる者もののように座ざして、レビの子孫しそんを清きよめ、金銀きんぎんのように彼かれらを清きよめる。そして彼かれらは義ぎをもって、ささげ物ものを主しゅにささげる。

マタイによる福音書(4か所)

マタイ2:11 そして、家いえにはいって、母ははマリヤのそばにいる幼おさな子ごに会あい、ひれ伏ふして拝おがみ、また、宝たからの箱ばこをあけて、黄金おうごん・乳香にゅうこう・没薬もつやくなどの贈おくり物ものをささげた。

マタイ5:23 だから、祭壇さいだんに供そなえ物ものをささげようとする場合ばあい、兄弟きょうだいが自分じぶんに対たいして何なんかうらみをいだいていることを、そこで思おもい出だしたなら、

マタイ5:24 その供そなえ物ものを祭壇さいだんの前まえに残のこしておき、まず行いってその兄弟きょうだいと和解わかいし、それから帰かえってきて、供そなえ物ものをささげることにしなさい。

マタイ8:4 イエスは彼かれに言いわれた、「だれにも話はなさないように、注意ちゅういしなさい。ただ行いって、自分じぶんのからだを祭司さいしに見みせ、それから、モーセが命めいじた供そなえ物ものをささげて、人々ひとびとに証明しょうめいしなさい」。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ1:44 「何なんも人ひとに話はなさないように、注意ちゅういしなさい。ただ行いって、自分じぶんのからだを祭司さいしに見みせ、それから、モーセが命めいじた物ものをあなたのきよめのためにささげて、人々ひとびとに証明しょうめいしなさい」。

ルカによる福音書(4か所)

ルカ2:23 それは主しゅの律法りっぽうに「母ははの胎はらを初はじめて開ひらく男おとこの子こはみな、主しゅに聖別せいべつされた者ものと、となえられねばならない」と書かいてあるとおり、幼おさな子ごを主しゅにささげるためであり、

ルカ2:24 また同おなじ主しゅの律法りっぽうに、「山やまばと一ひとつがい、または、家いえばとのひな二ふた羽わ」と定さだめてあるのに従したがって、犠牲ぎせいをささげるためであった。

ルカ2:38 この老女ろうじょも、ちょうどそのとき近寄ちかよってきて、神かみに感謝かんしゃをささげ、そしてこの幼おさな子ごのことを、エルサレムの救すくいを待まち望のぞんでいるすべての人々ひとびとに語かたりきかせた。

ルカ18:12 わたしは一いち週しゅうに二に度ど断食だんじきしており、全ぜん収入しゅうにゅうの十じゅう分ぶんの一いちをささげています』。

使徒行伝(7か所)

使徒7:41 そのころ、彼かれらは子牛こうしの像ぞうを造つくり、その偶像ぐうぞうに供そなえ物ものをささげ、自分じぶんたちの手てで造つくったものを祭まつってうち興きょうじていた。

使徒7:42 そこで、神かみは顔かおをそむけ、彼かれらを天てんの星ほしを拝おがむままに任まかせられた。預言よげん者しゃの書しょにこう書かいてあるとおりである、『イスラエルの家いえよ、四十よんじゅう年ねんのあいだ荒野あらのにいた時ときに、いけにえと供そなえ物ものとを、わたしにささげたことがあったか。

使徒12:5 こうして、ペテロは獄ごくに入いれられていた。教会きょうかいでは、彼かれのために熱心ねっしんな祈いのりが神かみにささげられた。

使徒13:2 一同いちどうが主しゅに礼拝れいはいをささげ、断食だんじきをしていると、聖霊せいれいが「さあ、バルナバとサウロとを、わたしのために聖別せいべつして、彼かれらに授さずけておいた仕事しごとに当あたらせなさい」と告つげた。

使徒14:13 そして、郊外こうがいにあるゼウス神殿しんでんの祭司さいしが、群衆ぐんしゅうと共ともに、ふたりに犠牲ぎせいをささげようと思おもって、雄牛おうし数すう頭とうと花輪はなわとを門前もんぜんに持もってきた。

使徒14:18 こう言いって、ふたりは、やっとのことで、群衆ぐんしゅうが自分じぶんたちに犠牲ぎせいをささげるのを、思おもい止とどまらせた。

使徒21:26 そこでパウロは、その次つぎの日ひに四よん人にんの者ものを連つれて、彼かれらと共ともにきよめを受うけてから宮みやにはいった。そしてきよめの期間きかんが終おわって、ひとりびとりのために供そなえ物ものをささげる時ときを報告ほうこくしておいた。

ローマ人への手紙(7か所)

ローマ6:13 また、あなたがたの肢体したいを不義ふぎの武器ぶきとして罪つみにささげてはならない。むしろ、死人しにんの中なかから生いかされた者ものとして、自分じぶん自身じしんを神かみにささげ、自分じぶんの肢体したいを義ぎの武器ぶきとして神かみにささげるがよい。

ローマ6:19 わたしは人間にんげん的てきな言いいい方かたをするが、それは、あなたがたの肉にくの弱よわさのゆえである。あなたがたは、かつて自分じぶんの肢体したいを汚よごれと不法ふほうとの僕ぼくとしてささげて不法ふほうに陥おちいったように、今いまや自分じぶんの肢体したいを義ぎの僕ぼくとしてささげて、きよくならねばならない。

ローマ10:1 兄弟きょうだいたちよ。わたしの心こころの願ねがい、彼かれらのために神かみにささげる祈いのりは、彼かれらが救すくわれることである。

ローマ12:1 兄弟きょうだいたちよ。そういうわけで、神かみのあわれみによってあなたがたに勧すすめる。あなたがたのからだを、神かみに喜よろこばれる、生いきた、聖せいなる供そなえ物ものとしてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的れいてきな礼拝れいはいである。

ローマ14:11 すなわち、「主しゅが言いわれる。わたしは生いきている。すべてのひざは、わたしに対たいしてかがみ、すべての舌したは、神かみにさんびをささげるであろう」と書かいてある。

ローマ15:9 異邦いほう人にんもあわれみを受うけて神かみをあがめるようになるためである、「それゆえ、わたしは、異邦いほう人にんの中なかであなたにさんびをささげ、また、御名ぎょめいをほめ歌ううたう」と書かいてあるとおりである。

ローマ16:5 また、彼かれらの家いえの教会きょうかいにも、よろしく。わたしの愛あいするエパネトに、よろしく言いってほしい。彼かれは、キリストにささげられたアジヤの初穂はつほである。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一10:19 すると、なんと言いったらよいか。偶像ぐうぞうにささげる供そなえ物ものは、何なんか意味いみがあるのか。また、偶像ぐうぞうは何なんかほんとうにあるものか。

コリント人への第二の手紙(3か所)

コリント第二1:11 そして、あなたがたもまた祈いのりをもって、ともどもに、わたしたちを助たすけてくれるであろう。これは多おおくの人々ひとびとの願ねがいによりわたしたちに賜たまわった恵めぐみについて、多おおくの人ひとが感謝かんしゃをささげるようになるためである。

コリント第二8:5 わたしたちの希望きぼうどおりにしたばかりか、自分じぶん自身じしんをまず、神かみのみこころにしたがって、主しゅにささげ、また、わたしたちにもささげたのである。

コリント第二11:2 わたしは神かみの熱情ねつじょうをもって、あなたがたを熱愛ねつあいしている。あなたがたを、きよいおとめとして、ただひとりの男子だんしキリストにささげるために、婚約こんやくさせたのである。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ1:4 キリストは、わたしたちの父ちちなる神かみの御お旨むねに従したがい、わたしたちを今いまの悪あくの世よから救すくい出だそうとして、ご自身じしんをわたしたちの罪つみのためにささげられたのである。

ガラテヤ2:20 生いきているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生いきておられるのである。しかし、わたしがいま肉にくにあって生いきているのは、わたしを愛あいし、わたしのためにご自身じしんをささげられた神かみの御子みこを信しんじる信仰しんこうによって、生いきているのである。

エペソ人への手紙(3か所)

エペソ5:2 また愛あいのうちを歩あるきなさい。キリストもあなたがたを愛あいして下くださって、わたしたちのために、ご自身じしんを、神かみへのかんばしいかおりのささげ物もの、また、いけにえとしてささげられたのである。

エペソ5:4 また、卑いやしい言葉ことばと愚おろかな話はなしやみだらな冗談じょうだんを避さけなさい。これらは、よろしくない事ことである。それよりは、むしろ感謝かんしゃをささげなさい。

エペソ5:25 夫おっとたる者ものよ。キリストが教会きょうかいを愛あいしてそのためにご自身じしんをささげられたように、妻つまを愛あいしなさい。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ2:17 そして、たとい、あなたがたの信仰しんこうの供そなえ物ものをささげる祭壇さいだんに、わたしの血ちをそそぐことがあっても、わたしは喜よろこぼう。あなたがた一同いちどうと共ともに喜よろこぼう。

ピリピ4:6 何事なにごとも思おもい煩わずらってはならない。ただ、事ことごとに、感謝かんしゃをもって祈いのりと願ねがいとをささげ、あなたがたの求もとめるところを神かみに申もうし上あげるがよい。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一3:9 ほんとうに、わたしたちの神かみのみまえで、あなたがたのことで喜よろこぶ大おおきな喜よろこびのために、どんな感謝かんしゃを神かみにささげたらよいだろうか。

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一2:1 そこで、まず第だい一いちに勧すすめる。すべての人ひとのために、王おうたちと上うえに立たっているすべての人々ひとびとのために、願ねがいと、祈いのりと、とりなしと、感謝かんしゃとをささげなさい。

テモテ第一2:6 彼かれは、すべての人ひとのあがないとしてご自身じしんをささげられたが、それは、定さだめられた時ときになされたあかしにほかならない。

テモテへの第二の手紙(2か所)

テモテ第二2:15 あなたは真理しんりの言葉ことばを正ただしく教おしえ、恥はじるところのない錬れん達たっした働はたらき人にんになって、神かみに自分じぶんをささげるように努つとめはげみなさい。

テモテ第二4:6 わたしは、すでに自身じしんを犠牲ぎせいとしてささげている。わたしが世よを去さるべき時ときはきた。

テトスへの手紙(1か所)

テトス2:14 このキリストが、わたしたちのためにご自身じしんをささげられたのは、わたしたちをすべての不法ふほうからあがない出だして、良よいわざに熱心ねっしんな選えらびの民たみを、ご自身じしんのものとして聖別せいべつするためにほかならない。

ヘブル人への手紙(21か所)

ヘブル5:1 大だい祭司さいしなるものはすべて、人間にんげんの中なかから選えらばれて、罪つみのために供そなえ物ものといけにえとをささげるように、人々ひとびとのために神かみに仕つかえる役やくに任にんじられた者ものである。

ヘブル5:3 その弱よわさのゆえに、民みんのためだけではなく自分じぶん自身じしんのためにも、罪つみについてささげものをしなければならないのである。

ヘブル5:7 キリストは、その肉にくの生活せいかつの時ときには、激はげしい叫さけびと涙なみだとをもって、ご自分じぶんを死しから救すくう力ちからのあるかたに、祈いのりと願ねがいとをささげ、そして、その深ふかい信仰しんこうのゆえに聞ききいれられたのである。

ヘブル7:27 彼かれは、ほかの大だい祭司さいしのように、まず自分じぶんの罪つみのため、次つぎに民たみの罪つみのために、日々ひび、いけにえをささげる必要ひつようはない。なぜなら、自分じぶんをささげて、一いち度どだけ、それをされたからである。

ヘブル8:3 おおよそ、大だい祭司さいしが立たてられるのは、供そなえ物ものやいけにえをささげるためにほかならない。したがって、この大だい祭司さいしもまた、何なんかささぐべき物ものを持もっておられねばならない。

ヘブル8:4 そこで、もし彼かれが地上ちじょうにおられたなら、律法りっぽうにしたがって供そなえ物ものをささげる祭司さいしたちが、現げんにいるのだから、彼かれは祭司さいしではあり得えなかったであろう。

ヘブル9:7 幕屋まくやの奥おくには大だい祭司さいしが年としに一いち度どだけはいるのであり、しかも自分じぶん自身じしんと民たみとのあやまちのためにささげる血ちをたずさえないで行いくことはない。

ヘブル9:9 この幕屋まくやというのは今いまの時代じだいに対たいする比喩ひゆである。すなわち、供そなえ物ものやいけにえはささげられるが、儀式ぎしきにたずさわる者ものの良心りょうしんを全まっとうすることはできない。

ヘブル9:14 永遠えいえんの聖霊せいれいによって、ご自身じしんを傷きずなき者ものとして神かみにささげられたキリストの血ちは、なおさら、わたしたちの良心りょうしんをきよめて死しんだわざを取とり除のぞき、生いける神かみに仕つかえる者ものとしないであろうか。

ヘブル9:25 大だい祭司さいしは、年ねんごとに、自分じぶん以外いがいのものの血ちをたずさえて聖せい所しょにはいるが、キリストは、そのように、たびたびご自身じしんをささげられるのではなかった。

ヘブル9:26 もしそうだとすれば、世よの初はじめから、たびたび苦難くなんを受うけねばならなかったであろう。しかし事実じじつ、ご自身じしんをいけにえとしてささげて罪つみを取とり除のぞくために、世よの終おわりに、一いち度どだけ現あらわれたのである。

ヘブル9:28 キリストもまた、多おおくの人ひとの罪つみを負おうために、一いち度どだけご自身じしんをささげられた後あと、彼かれを待まち望のぞんでいる人々ひとびとに、罪つみを負おうためではなしに二に度ど目めに現あらわれて、救すくいを与あたえられるのである。

ヘブル10:1 いったい、律法りっぽうはきたるべき良よいことの影かげをやどすにすぎず、そのものの真しんのかたちをそなえているものではないから、年ねんごとに引ひきつづきささげられる同おなじようないけにえによっても、みまえに近ちかづいて来くる者ものたちを、全まっとうすることはできないのである。

ヘブル10:8 ここで、初はじめに、「あなたは、いけにえとささげ物ものと燔祭はんさいと罪つみ祭まつりと(すなわち、律法りっぽうに従したがってささげられるもの)を望のぞまれず、好このまれもしなかった」とあり、

ヘブル10:10 この御お旨むねに基もとづきただ一いち度どイエス・キリストのからだがささげられたことによって、わたしたちはきよめられたのである。

ヘブル10:11 こうして、すべての祭司さいしは立たって日ひごとに儀式ぎしきを行おこない、たびたび同おなじようないけにえをささげるが、それらは決けっして罪つみを除のぞき去さることはできない。

ヘブル10:12 しかるに、キリストは多おおくの罪つみのために一ひとつの永遠えいえんのいけにえをささげた後あと、神かみの右みぎに座ざし、

ヘブル11:4 信仰しんこうによって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神かみにささげ、信仰しんこうによって義ぎなる者ものと認みとめられた。神かみが、彼かれの供そなえ物ものをよしとされたからである。彼かれは死しんだが、信仰しんこうによって今いまもなお語かたっている。

ヘブル11:17 信仰しんこうによって、アブラハムは、試錬しれんを受うけたとき、イサクをささげた。すなわち、約束やくそくを受うけていた彼かれが、そのひとり子こをささげたのである。

ヘブル13:11 なぜなら、大だい祭司さいしによって罪つみのためにささげられるけものの血ちは、聖せい所しょのなかに携たずさえて行いかれるが、そのからだは、営所えいしょの外そとで焼やかれてしまうからである。

ヘブル13:15 だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼かれの御名ぎょめいをたたえるくちびるの実じつを、たえず神かみにささげようではないか。

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ2:21 わたしたちの父祖ふそアブラハムは、その子こイサクを祭壇さいだんにささげた時とき、行おこないによって義ぎとされたのではなかったか。

ヤコブ5:17 エリヤは、わたしたちと同おなじ人間にんげんであったが、雨あめが降ふらないようにと祈いのりをささげたところ、三さん年ねん六ろくか月げつのあいだ、地上ちじょうに雨あめが降ふらなかった。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:5 この主しゅのみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生いける石いしとなって、霊れいの家いえに築き上げきずきあげられ、聖せいなる祭司さいしとなって、イエス・キリストにより、神かみによろこばれる霊れいのいけにえを、ささげなさい。

ヨハネの黙示録(5か所)

黙示録2:14 しかし、あなたに対たいして責せめむべきことが、少すこしばかりある。あなたがたの中なかには、現げんにバラムの教きょうを奉ほうじている者ものがある。バラムは、バラクに教おしえ込こみ、イスラエルの子こらの前まえに、つまずきになるものを置おかせて、偶像ぐうぞうにささげたものを食たべさせ、また不ふ品行ひんこうをさせたのである。

黙示録2:20 しかし、あなたに対たいして責せめむべきことがある。あなたは、あのイゼベルという女おんなを、そのなすがままにさせている。この女おんなは女おんな預言よげん者しゃと自称じしょうし、わたしの僕ぼくたちを教おしえ、惑まどわして、不ふ品行ひんこうをさせ、偶像ぐうぞうにささげたものを食たべさせている。

黙示録4:9 これらの生いき物ものが、御座ぎょざにいまし、かつ、世々せいせい限かぎりなく生いきておられるかたに、栄光えいこうとほまれとを帰かえし、また、感謝かんしゃをささげている時とき、

黙示録8:3 また、別べつの御ご使しが出でてきて、金かねの香炉こうろを手てに持もって祭壇さいだんの前まえに立たった。たくさんの香こうが彼かれに与あたえられていたが、これは、すべての聖徒せいとの祈いのりに加くわえて、御座ぎょざの前まえの金かねの祭壇さいだんの上うえにささげるためのものであった。

黙示録14:4 彼かれらは、女おんなにふれたことのない者ものである。彼かれらは、純潔じゅんけつな者ものである。そして、小羊こひつじの行いく所ところへは、どこへでもついて行いく。彼かれらは、神かみと小羊こひつじとにささげられる初穂はつほとして、人間にんげんの中なかからあがなわれた者ものである。

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