「隣り人」(となりびと)が出てくる聖書の箇所

「隣り人」(となりびと)は口語訳の71か所(旧約54・新約17)に出てきます。「隣びと」も含みます。日常訳第1版では0か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

サムエル記下(1か所)

サムエル第二12:11 主しゅはこう仰おおせられる、『見みよ、わたしはあなたの家いえからあなたの上うえに災わざわいを起おこすであろう。わたしはあなたの目めの前まえであなたの妻つまたちを取とって、隣となりびとに与あたえるであろう。その人ひとはこの太陽たいようの前まえで妻つまたちと一緒いっしょに寝ねるであろう。

列王紀上(1か所)

列王紀上8:31 もし人ひとがその隣となり人びとに対たいして罪つみを犯おかし、誓ちかいをすることを求もとめられる時とき、来きてこの宮みやであなたの祭壇さいだんの前まえに誓ちかうならば、

歴代志下(1か所)

歴代志下6:22 もし人ひとがその隣となり人びとに対たいして罪つみを犯おかし、誓ちかいをすることを求もとめられるとき、来きてこの宮みやで、あなたの祭壇さいだんの前まえに誓ちかうならば、

ヨブ記(1か所)

ヨブ記31:9 もし、わたしの心こころが、女おんなに迷まよったことがあるか、またわたしが隣となり人びとの門もんで待まち伏ぶせしたことがあるなら、

詩篇(10か所)

詩篇12:2 人ひとはみなその隣となり人びとに偽いつわりを語かたり、へつらいのくちびると、ふたごころとをもって語かたる。

詩篇15:3 その舌したをもってそしらず、その友ともに悪あくをなさず、隣となり人びとに対たいするそしりを取とりあげず、

詩篇28:3 悪あしき者ものおよび悪あくを行おこなう者ものらと共ともにわたしを引ひき行いかないでください。彼かれらはその隣となり人びととむつまじく語かたるけれども、その心こころには害悪がいあくをいだく者ものです。

詩篇31:11 わたしはすべてのあだにそしられる者ものとなり、隣となり人びとには恐おそれられ、知しり人びとには恐おそるべき者ものとなり、ちまたでわたしを見みる者ものは避さけて逃にげます。

詩篇44:13 あなたはわれらを隣となり人びとにそしらせ、われらをめぐる者ものどもに侮あなどらせ、あざけらせられました。

詩篇79:4 われらは隣となり人びとにそしられ、まわりの人々ひとびとに侮あなどられ、あざけられる者ものとなりました。

詩篇79:12 主しゅよ、われらの隣となり人びとがあなたをそしったそしりを七しち倍ばいにして彼かれらのふところに報むくい返かえしてください。

詩篇80:6 あなたはわれらを隣となり人びとのあざけりとし、われらの敵てきはたがいにあざわらいました。

詩篇89:41 そこを通とおり過すぎる者ものは皆みな彼かれをかすめ、彼かれはその隣となり人びとのあざけりとなりました。

詩篇101:5 ひそかに、その隣となり人びとをそしる者ものをわたしは滅ほろぼします。高たかぶる目めと高慢こうまんな心こころの人ひとを耐たえ忍しのぶ事ことはできません。

箴言(19か所)

箴言3:28 あなたが物ものを持もっている時とき、その隣となり人びとに向むかい、「去さって、また来きなさい。あす、それをあげよう」と言いってはならない。

箴言3:29 あなたの隣となり人びとがかたわらに安やすらかに住すんでいる時とき、これに向むかって、悪あくを計はかってはならない。

箴言6:1 わが子こよ、あなたがもし隣となり人びとのために保証ほしょう人にんとなり、他人たにんのために手てをうって誓ちかったならば、

箴言6:3 わが子こよ、その時ときはこうして、おのれを救すくえ、あなたは隣となり人びとの手てに陥おちいったのだから。急いいそいで行いって、隣となり人びとにひたすら求もとめよ。

箴言11:9 不ふ信心しんじんな者ものはその口くちをもって隣となり人びとを滅ほろぼす、正ただしい者ものは知識ちしきによって救すくわれる。

箴言11:12 隣となり人びとを侮あなどる者ものは知恵ちえがない、さとき人ひとは口くちをつぐむ。

箴言14:21 隣となり人びとを卑いやしめる者ものは罪つみびとである、貧まずしい人ひとをあわれむ者ものはさいわいである。

箴言16:29 しえたげる者ものはその隣となり人びとをいざない、これを良よくない道みちに導みちびく。

箴言17:18 知恵ちえのない人ひとは手てをうって、その隣となり人びとの前まえで保証ほしょうをする。

箴言21:10 悪あしき者ものの魂たましいは悪あくを行おこなうことを願ねがう、その隣となり人びとにも好意こういをもって見みられない。 悪あしき者ものの魂たましいは悪あくを行おこなうことを願ねがう、その隣となり人びとにも好意こういをもって見みられない。

箴言24:28 ゆえなく隣となり人びとに敵てきして、証言しょうげんをしてはならない、くちびるをもって欺あざむいてはならない。

箴言25:8 あなたが目めに見みたことを、軽々かるがるしく法廷ほうていに出だしてはならない。あとになり、あなたが隣となり人びとにはずかしめられるとき、あなたはどうしようとするのか。

箴言25:9 隣となり人びとと争あらそうことがあるならば、ただその人ひとと争あらそえ、他人たにんの秘密ひみつをもらしてはならない。

箴言25:17 隣となり人びとの家いえに足あしをしげくしてはならない、おそらくは彼かれは煩わずらわしくなって、あなたを憎にくむようになろう。

箴言25:18 隣となり人びとに敵てきして偽いつわりのあかしを立たてる人ひとは、こん棒ぼう、つるぎ、または鋭するどい矢やのようだ。

箴言26:18-19 隣となり人びとを欺あざむいて、「わたしはただ戯たわむれにした」という者ものは、燃もえ木ぎまたは矢や、または死しを、投なげつける気違きちがいのようだ。

箴言27:10 あなたの友とも、あなたの父ちちの友ともを捨すてるな、あなたが悩なやみにあう日ひには兄弟きょうだいの家いえに行いくな、近ちかい隣となり人びとは遠とおくにいる兄弟きょうだいにまさる。

箴言27:14 朝あさはやく起おきて大声おおごえにその隣となり人びとを祝しゅくすれば、かえってのろいと見みなされよう。

箴言29:5 その隣となり人びとにへつらう者ものは、彼かれの足あしの前まえに網あみを張はる。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書9:20 彼かれらは右手みぎてにつかんでも、なお飢うえ、左手ひだりてで食たべても飽あくことがない。おのおのその隣となり人びとの肉にくを食くう。

エレミヤ書(10か所)

エレミヤ書6:21 それゆえ主しゅはこう言いわれる、『見みよ、わたしはこの民たみの前まえにつまずく石いしを置おく、人々ひとびとは父ちちも子こも共ともにそれにつまずき、隣となり人びともその友ともも滅ほろびる』」。

エレミヤ書9:4 あなたがたはおのおの隣となり人びとに気きをつけよ。どの兄弟きょうだいをも信しんじてはならない。兄弟きょうだいはみな、押おしのける者ものであり、隣となり人びとはみな、ののしって歩あるく者ものだからである。

エレミヤ書9:5 人ひとはみな、その隣となり人びとを欺あざむき、真実しんじつを言いう者ものはない。彼かれらは自分じぶんの舌したに偽いつわりを言いうことを教おしえ、悪あくを行おこない、疲つかれて悔くい改あらためるいとまもなく、

エレミヤ書9:8 彼かれらの舌したは殺ころす矢やのようだ、それは偽いつわりを言ゆう。その口くちではおのおの隣となり人びとにおだやかに語かたるが、その心こころでは彼かれを待まち伏ぶせる計はかりごとを立たてる。

エレミヤ書9:20 女おんなたちよ、主しゅの言葉ことばを聞きけ。あなたがたの耳みみに、その口くちの言葉ことばをいれよ。あなたがたの娘むすめに悲かなしみの歌うたを教おしえ、おのおのその隣となり人びとに哀悼あいとうの歌うたを教おしえよ。

エレミヤ書12:14 わたしがわが民みんイスラエルにつがせた嗣業しぎょうに手てを触ふれるすべての悪わるい隣となり人びとについて、主しゅはこう言いわれる、「見みよ、わたしは彼かれらをその地ちから抜ぬき出だし、ユダの家いえを彼かれらのうちから抜ぬき出だす。

エレミヤ書22:13 「不義ふぎをもってその家いえを建たて、不法ふほうをもってその高殿たかどのを造つくり、隣となり人びとを雇やとって何なんをも与あたえず、その賃金ちんぎんを払はらわない者ものはわざわいである。

エレミヤ書23:35 あなたがたは、みな互たがいに、隣となり人びとに、また兄弟きょうだいに、こう言いわなければならない、『主しゅはなんと答こたえられましたか』、『主しゅはなんと言いわれましたか』と。

エレミヤ書34:15 しかしあなたがたは今日きょう、心こころを改あらため、おのおのその隣となり人びとに釈放しゃくほうのことを告つげ示ししめして、わたしの見みて正ただしいとすることを行おこない、かつわたしの名なをもってとなえられる家いえで、わたしの前まえに契約けいやくを立たてた。

エレミヤ書49:10 しかしわたしはエサウを裸はだかにし、その隠かくれる所ところを現あらわしたので、彼かれはその身みを隠かくすことができない。その子こどもたちも、兄弟きょうだいも、隣となり人びとも滅ほろぼされる。そして彼かれは、いなくなる。

エゼキエル書(6か所)

エゼキエル書18:6 山やまの上うえで食事しょくじをせず、また目めをあげてイスラエルの家いえの偶像ぐうぞうを仰あおがず、隣となり人びとの妻つまを犯おかさず、汚よごれの時ときにある女おんなに近ちかづかず、

エゼキエル書18:11 かえって山やまの上うえで食事しょくじをし、隣となり人びとの妻つまを犯おかし、

エゼキエル書18:15 山やまの上うえで食事しょくじせず、目めをあげてイスラエルの家いえの偶像ぐうぞうを仰あおがず、隣となり人びとの妻つまを犯おかさず、

エゼキエル書22:12 また血ちを流ながそうとして、あなたのうちで、まいないを取とる者ものがある。あなたは利息りそくと高利こうりとを取とり、しえたげによって、あなたの隣となり人びとのものをかすめ、そしてわたしを忘わすれてしまったと、主しゅなる神かみは言いわれる。

エゼキエル書28:26 彼かれらはそこに安やすらかに住すみ、家いえを建たて、またぶどう畑はたけを作つくる。かつて彼かれらを卑いやしめたすべての隣となり人びとたちに対たいして、わたしがさばきを行おこなう時とき、彼かれらは安やすらかに住すむ。こうして彼かれらは、わたしが彼かれらの神かみ、主しゅであることを知しる」。

エゼキエル書33:26 あなたがたはつるぎをたのみ、憎にくむべき事ことをおこない、おのおの隣となり人びとの妻つまを汚よごして、なおこの地ちを所有しょゆうすることができるか。

ミカ書(1か所)

ミカ書7:5 あなたがたは隣となり人びとを信しんじてはならない。友人ゆうじんをたのんではならない。あなたのふところに寝ねる者ものにも、あなたの口くちの戸とを守まもれ。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書2:15 わざわいなるかな、その隣となり人びとに怒いかりの杯さかずきを飲のませて、これを酔よわせ、彼かれらの隠かくし所どころを見みようとする者ものよ。

ゼカリヤ書(2か所)

ゼカリヤ書3:10 万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる、その日ひには、あなたがたはめいめいその隣となり人びとを招まねいて、ぶどうの木きの下もと、いちじくの木きの下したに座ざすのである」。

ゼカリヤ書14:13 その日ひには、主しゅは彼かれらを大おおいにあわてさせられるので、彼かれらはおのおのその隣となり人びとを捕とらえ、手てをあげてその隣となり人びとを攻せめる。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ5:43 『隣となり人びとを愛あいし、敵てきを憎にくめ』と言いわれていたことは、あなたがたの聞きいているところである。

マタイ19:19 父ちちと母ははとを敬うやまえ』。また『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』」。

マタイ22:39 第だい二にもこれと同様どうようである、『自分じぶんを愛あいするようにあなたの隣となり人びとを愛あいせよ』。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ12:31 第だい二にはこれである、『自分じぶんを愛あいするようにあなたの隣となり人びとを愛あいせよ』。これより大事だいじないましめは、ほかにない」。

マルコ12:33 また『心こころをつくし、知恵ちえをつくし、力ちからをつくして神かみを愛あいし、また自分じぶんを愛あいするように隣となり人びとを愛あいする』ということは、すべての燔祭はんさいや犠牲ぎせいよりも、はるかに大事だいじなことです」。

ルカによる福音書(5か所)

ルカ10:27 彼かれは答こたえて言いった、「『心こころをつくし、精神せいしんをつくし、力ちからをつくし、思おもいをつくして、主しゅなるあなたの神かみを愛あいせよ』。また、『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』とあります」。

ルカ10:29 すると彼かれは自分じぶんの立場たちばを弁護べんごしようと思おもって、イエスに言いった、「では、わたしの隣となり人びととはだれのことですか」。

ルカ10:36 この三さん人にんのうち、だれが強盗ごうとうに襲おそわれた人ひとの隣となり人びとになったと思おもうか」。

ルカ14:12 また、イエスは自分じぶんを招まねいた人ひとに言いわれた、「午餐ごさんまたは晩餐ばんさんの席せきを設もうける場合ばあいには、友人ゆうじん、兄弟きょうだい、親族しんぞく、金持かねもちの隣となり人びとなどは呼よばぬがよい。恐おそらく彼かれらもあなたを招まねきかえし、それであなたは返礼へんれいを受うけることになるから。

ルカ15:6 家いえに帰かえってきて友人ゆうじんや隣となり人びとを呼よび集あつめ、『わたしと一緒いっしょに喜よろこんでください。いなくなった羊ひつじを見みつけましたから』と言ゆうであろう。

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ13:9 「姦淫かんいんするな、殺ころすな、盗ぬすむな、むさぼるな」など、そのほかに、どんな戒いましめがあっても、結局けっきょく「自分じぶんを愛あいするようにあなたの隣となり人びとを愛あいせよ」というこの言葉ことばに帰きする。

ローマ13:10 愛あいは隣となり人びとに害がいを加くわえることはない。だから、愛あいは律法りっぽうを完成かんせいするものである。

ローマ15:2 わたしたちひとりびとりは、隣となり人びとの徳とくを高たかめるために、その益えきを図はかって彼かれらを喜よろこばすべきである。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ5:14 律法りっぽうの全体ぜんたいは、「自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ」というこの一句いっくに尽つきるからである。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ4:25 こういうわけだから、あなたがたは偽いつわりを捨すてて、おのおの隣となり人びとに対たいして、真実しんじつを語かたりなさい。わたしたちは、お互たがいに肢体したいなのであるから。

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ2:8 しかし、もしあなたがたが、「自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ」という聖書せいしょの言葉ことばに従したがって、このきわめて尊とうとい律法りっぽうを守まもるならば、それは良よいことである。

ヤコブ4:12 しかし、立法りっぽう者しゃであり審判しんぱん者しゃであるかたは、ただひとりであって、救すくうことも滅ほろぼすこともできるのである。しかるに、隣となり人びとをさばくあなたは、いったい、何者なにものであるか。

語句索引に戻る