「隠れる」(かくれる)が出てくる聖書の箇所

「隠れる」(かくれる)は口語訳の75か所(旧約59・新約16)に出てきます。「かくれる」も含みます。日常訳第1版では65か所。

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レビ記(1か所)

レビ記4:13 もしイスラエルの全ぜん会衆かいしゅうがあやまちを犯おかし、そのことが会衆かいしゅうの目めに隠かくれていても、主しゅのいましめにそむいて、してはならないことの一ひとつをなして、とがを得えたならば、

民数記(1か所)

民数記5:13 人ひとが彼女かのじょと寝ねたのに、その事ことが夫おっとの目めに隠かくれて現あらわれず、彼女かのじょはその身みを汚よごしたけれども、それに対たいする証人しょうにんもなく、彼女かのじょもまたその時ときに捕とらえられなかった場合ばあい、

申命記(2か所)

申命記29:29 隠かくれた事ことはわれわれの神かみ、主しゅに属ぞくするものである。しかし表あらわされたことは長ながくわれわれとわれわれの子孫しそんに属ぞくし、われわれにこの律法りっぽうのすべての言葉ことばを行おこなわせるのである。

申命記33:19 彼かれらは国々くにぐにの民たみを山やまに招まねき、その所ところで正ただしい犠牲ぎせいをささげるであろう。彼かれらは海うみの富とみを吸すい、砂すなに隠かくれた宝たからを取とるからである」。

ヨシュア記(3か所)

ヨシュア記10:16 かの五ご人にんの王おうたちは逃にげて行いって、マッケダのほら穴あなに隠かくれたが、

ヨシュア記10:17 五ご人にんの王おうたちがマッケダのほら穴あなにかくれているのが見みつかったと、ヨシュアに告つげる者ものがあったので、

ヨシュア記10:27 日ひの入はいるころになって、ヨシュアが命めいじたので、これを木きからおろし、彼かれらが隠かくれていたほら穴あなに投なげ入いれ、ほら穴あなの口くちに大石おおいしを置おいた。これは今日きょうまで残のこっている。

サムエル記上(7か所)

サムエル第一10:22 そこでまた主しゅに「その人ひとはここにきているのですか」と問とうと、主しゅは言いわれた、「彼かれは荷物にもつの間あいだに隠かくれている」。

サムエル第一14:11 こうしてふたりはペリシテびとの先陣せんじんに、その身みを現あらわしたので、ペリシテびとは言いった、「見みよ、ヘブルびとが、隠かくれていた穴あなから出でてくる」。

サムエル第一20:5 ダビデはヨナタンに言いった、「あすは、ついたちですから、わたしは王おうと一緒いっしょに食事しょくじをしなければなりません。しかしわたしを行いかせて三みっ日か目めの夕方ゆうがたまで、野原のはらに隠かくれることを許ゆるしてください。

サムエル第一20:19 三みっ日か目めには、きびしく尋たずねられるでしょうから、先さきにあなたが隠かくれた場所ばしょへ行いって、向むこうの石塚いしづかのかたわらにいてください。

サムエル第一23:19 その時ときジフびとはギベアにいるサウルのもとに上のぼって行いき、そして言いった、「ダビデは、荒野こうやの南みなみにあるハキラの丘おかの上うえのホレシの要害ようがいに隠かくれて、われわれと共ともにいるではありませんか。

サムエル第一23:23 それで、あなたがたは彼かれが隠かくれる隠かくれ場所ばしょをみな見みきわめ、確たしかな知しらせをもってわたしの所ところに帰かえってきなさい。その時ときわたしはあなたがたと共ともに行いきます。もし彼かれがこの地ちにいるならば、わたしはユダの氏族しぞくをあまねく尋たずねて彼かれを捜さがしだします」。

サムエル第一26:1 そのころジフびとがギベアにおるサウルのもとにきて言いった、「ダビデは荒野こうやの前まえにあるハキラの山やまに隠かくれているではありませんか」。

サムエル記下(2か所)

サムエル第二17:9 彼かれは今いまでも穴あなの中なかか、どこかほかの所ところにかくれています。もし民たみのうちの幾いく人にんかが手始てはじめに倒たおれるならば、それを聞きく者ものはだれでも、『アブサロムに従したがう民たみのうちに戦死せんし者しゃがあった』と言ゆうでしょう。

サムエル第二18:13 もしわたしがそむいて彼かれの命いのちをそこなったのであれば、何事なにごとも王おうに隠かくれることはありませんから、あなたはみずから立たってわたしを責せめられたでしょう」。

列王紀下(2か所)

列王紀下7:12 王おうは夜よるのうちに起おきて、家来けらいたちに言いった、「スリヤびとがわれわれに対たいして図はかっている事ことをあなたがたに告つげよう。彼かれらは、われわれの飢うえているのを知しって、陣営じんえいを出でて野のに隠かくれ、『イスラエルびとが町まちを出でたら、いけどりにして、町まちに押おし入いろう』と考かんがえているのだ」。

列王紀下11:3 ヨアシはうばと共ともに六ろく年ねんの間あいだ、主しゅの宮みやに隠かくれていたが、その間あいだアタリヤが国くにを治おさめた。

歴代志下(2か所)

歴代志下22:9 アハジヤはサマリヤに隠かくれていたが、エヒウが彼かれを捜さがし求もとめたので、人々ひとびとは彼かれを捕とらえ、エヒウのもとに引ひいてきて、彼かれを殺ころした。ただし「彼かれは心こころをつくして主しゅを求もとめたヨシャパテの子こである」と人々ひとびとは言いったのでこれを葬ほうむった。こうしてアハジヤの家いえには国くにを統すべ治おさめうる者ものがなくなった。

歴代志下22:12 こうしてヨアシは神かみの宮みやに隠かくれて彼かれらと共ともにおること六ろく年ねん、その間あいだアタリヤが国くにを治おさめた。

ヨブ記(7か所)

ヨブ記3:21 このような人ひとは死しを望のぞんでも来こない、これを求もとめることは隠かくれた宝たからを掘ほるよりも、はなはだしい。

ヨブ記6:16 これは氷こおりのために黒くくろくなり、そのうちに雪ゆきが隠かくれる。

ヨブ記12:22 暗くらやみの中なかから隠かくれた事ことどもをあらわし、暗黒あんこくを光ひかりに引ひき出だし、

ヨブ記13:20 ただわたしに二ふたつの事ことを許ゆるしてください。そうすれば、わたしはあなたの顔かおをさけて隠かくれることはないでしょう。

ヨブ記28:11 彼かれは水路すいろをふさいで、漏もれないようにし、隠かくれた物ものを光ひかりに取とり出だす。

ヨブ記40:13 彼かれらをともにちりの中なかにうずめ、その顔かおを隠かくれた所ところに閉とじこめよ。

ヨブ記40:21 これは酸棗さんそうの木きの下したに伏ふし、葦あしの茂しげみ、または沼ぬまに隠かくれている。

詩篇(11か所)

詩篇17:12 彼かれらはかき裂さかんと、いらだつししのごとく、隠かくれた所ところにひそみ待まつ子こじしのようです。

詩篇19:12 だれが自分じぶんのあやまちを知しることができましようか。どうか、わたしを隠かくれたとがから解とき放はなってください。

詩篇38:9 主しゅよ、わたしのすべての願ねがいはあなたに知しられ、わたしの嘆なげきはあなたに隠かくれることはありません。

詩篇51:6 見みよ、あなたは真実しんじつを心こころのうちに求もとめられます。それゆえ、わたしの隠かくれた心こころに知恵ちえを教おしえてください。

詩篇59:3 見みよ、彼かれらはひそみかくれて、わたしの命いのちをうかがい、力ちからある人々ひとびとが共ともに集あつまってわたしを攻せめます。主しゅよ、わたしにとがも罪つみもなく、

詩篇64:4 隠かくれた所ところから罪つみなき者ものを射いようとする。にわかに彼かれを射いて恐おそれることがない。

詩篇69:5 神かみよ、あなたはわたしの愚おろかなことを知しっておられます。わたしのもろもろのとがはあなたに隠かくれることはありません。

詩篇81:7 あなたが悩なやんだとき、呼よばわったのでわたしはあなたを救すくった。わたしは雷かみなりの隠かくれた所ところで、あなたに答こたえ、メリバの水みずのほとりで、あなたを試こころみた。[セラ

詩篇90:8 あなたはわれらの不義ふぎをみ前まえにおき、われらの隠かくれた罪つみをみ顔かおの光ひかりのなかにおかれました。

詩篇104:18 高たかき山やまはやぎのすまい、岩いわは岩いわだぬきの隠かくれる所ところである。

詩篇139:15 わたしが隠かくれた所ところで造つくられ、地ちの深ふかい所ところでつづり合あわされたとき、わたしの骨ほねはあなたに隠かくれることがなかった。

箴言(1か所)

箴言2:4 銀ぎんを求もとめるように、これを求もとめ、かくれた宝たからを尋たずねるように、これを尋たずねるならば、

伝道の書(1か所)

伝道の書12:14 神かみはすべてのわざ、ならびにすべての隠かくれた事ことを善悪ぜんあくともにさばかれるからである。

イザヤ書(11か所)

イザヤ書2:10 あなたは岩いわの間あいだにはいり、ちりの中なかにかくれて、主しゅの恐おそるべきみ前まえと、その威光いこうの輝かがやきとを避さけよ。

イザヤ書3:17 それゆえ、主しゅはシオンの娘むすめらの頭あたまを撃うって、かさぶたでおおい、彼かれらの隠かくれた所ところをあらわされる。

イザヤ書4:6 昼ひるは暑あつさをふせぐ陰かげとなり、また暴風ぼうふうと雨あめを避さけて隠かくれる所ところとなる。

イザヤ書26:20 さあ、わが民たみよ、あなたのへやにはいり、あなたのうしろの戸とを閉とじて、憤いきどおりの過すぎ去さるまで、しばらく隠かくれよ。

イザヤ書30:2 彼かれらはわが言葉ことばを求もとめず、エジプトへ下くだっていって、パロの保護ほごにたより、エジプトの陰かげに隠かくれようとする。

イザヤ書30:3 それゆえ、パロの保護ほごはかえってあなたがたの恥はじとなり、エジプトの陰かげに隠かくれることはあなたがたのはずかしめとなる。

イザヤ書30:20 たとい主しゅはあなたがたに悩なやみのパンと苦くるしみの水みずを与あたえられても、あなたの師しは再ふたたび隠かくれることはなく、あなたの目めはあなたの師しを見みる。

イザヤ書40:27 ヤコブよ、何なにゆえあなたは、「わが道みちは主しゅに隠かくれている」と言ゆうか。イスラエルよ、何なにゆえあなたは、「わが訴うったえはわが神かみに顧かえりみられない」と言ゆうか。

イザヤ書45:19 わたしは隠かくれたところ、地ちの暗くらい所ところで語かたらず、ヤコブの子孫しそんに『わたしを尋たずねるのはむだだ』と言いわなかった。主しゅなるわたしは正ただしい事ことを語かたり、まっすぐな事ことを告つげる。

イザヤ書48:6 あなたはすでに聞きいた、すべてこれが成なったことを見みよ。あなたがたはこれを宣のべ伝つたえないのか。わたしは今いまから新あたらしい事こと、あなたがまだ知しらない隠かくれた事ことをあなたに聞きかせよう。

イザヤ書65:16 それゆえ、地ちにあっておのれのために祝福しゅくふくを求もとめる者ものは、真実しんじつの神かみによっておのれの祝福しゅくふくを求もとめ、地ちにあって誓ちかう者ものは、真実しんじつの神かみをさして誓ちかう。さきの悩なやみは忘わすれられて、わが目めから隠かくれうせるからである。

エレミヤ書(4か所)

エレミヤ書16:17 わたしの目めは彼かれらのすべての道みちを見みているからである。みなわたしに隠かくれてはいない。またその悪あくはわたしの目めに隠かくれることはない。

エレミヤ書49:8 デダンに住すむ者ものよ、逃にげよ、のがれよ、深ふかい所ところに隠かくれよ。わたしがエサウの災難さいなんを彼かれの上うえに臨のぞませ、彼かれを罰ばっする時ときをこさせるからだ。

エレミヤ書49:10 しかしわたしはエサウを裸はだかにし、その隠かくれる所ところを現あらわしたので、彼かれはその身みを隠かくすことができない。その子こどもたちも、兄弟きょうだいも、隣となり人びとも滅ほろぼされる。そして彼かれは、いなくなる。

エレミヤ書49:30 主しゅは言いわれる、ハゾルに住すむ者ものよ、逃にげよ、遠とおくさまよい行いき、深ふかい所ところに隠かくれよ。バビロンの王おうネブカデレザルがあなたがたを攻せめる計はかりごとをめぐらし、あなたがたを攻せめる、てだてを設もうけたからだ。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書28:3 見みよ、あなたはダニエルよりも賢かしこく、すべての秘密ひみつもあなたには隠かくれていない。

ホセア書(1か所)

ホセア書5:3 わたしはエフライムを知しっている。イスラエルはわたしに隠かくれることがない。エフライムよ、あなたは今こん淫行いんこうをなし、イスラエルは汚よごされた。

アモス書(2か所)

アモス書3:7 まことに主しゅなる神かみはそのしもべである預言よげん者しゃにその隠かくれた事ことを示しめさないでは、何事なにごとをもなされない。

アモス書9:3 たとい彼かれらはカルメルの頂いただきに隠かくれても、わたしはこれを捜さがして、そこから引ひき出だす。たとい彼かれらはわたしの目めをのがれて、海うみの底そこに隠かくれても、わたしはへびに命めいじて、その所ところでこれをかませる。

マタイによる福音書(5か所)

マタイ5:14 あなたがたは、世よの光ひかりである。山やまの上うえにある町まちは隠かくれることができない。

マタイ6:4 それは、あなたのする施ほどこしが隠かくれているためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいてくださるであろう。

マタイ6:6 あなたは祈いのる時とき、自分じぶんのへやにはいり、戸とを閉とじて、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに祈いのりなさい。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいてくださるであろう。

マタイ6:18 それは断食だんじきをしていることが人ひとに知しれないで、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに知しられるためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいて下くださるであろう。

マタイ10:26 だから彼かれらを恐おそれるな。おおわれたもので、現あらわれてこないものはなく、隠かくれているもので、知しられてこないものはない。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ7:24 さて、イエスは、そこを立たち去さって、ツロの地方ちほうに行いかれた。そして、だれにも知しれないように、家いえの中なかにはいられたが、隠かくれていることができなかった。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ12:2 おおいかぶされたもので、現あらわれてこないものはなく、隠かくれているもので、知しられてこないものはない。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ7:4 自分じぶんを公おおやけにあらわそうと思おもっている人ひとで、隠かくれて仕事しごとをするものはありません。あなたがこれらのことをするからには、自分じぶんをはっきりと世よにあらわしなさい」。

ヨハネ18:20 イエスは答こたえられた、「わたしはこの世よに対たいして公然こうぜんと語かたってきた。すべてのユダヤ人にんが集あつまる会堂かいどうや宮みやで、いつも教おしえていた。何事なにごとも隠かくれて語かたったことはない。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ2:16 そして、これらのことは、わたしの福音ふくいんによれば、神かみがキリスト・イエスによって人々ひとびとの隠かくれた事ことがらをさばかれるその日ひに、明あきらかにされるであろう。

ローマ2:29 かえって、隠かくれたユダヤ人にんがユダヤ人にんであり、また、文字もじによらず霊れいによる心こころの割礼かつれいこそ割礼かつれいであって、そのほまれは人ひとからではなく、神かみから来くるのである。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一4:5 だから、主しゅがこられるまでは、何事なにごとについても、先走さきばしりをしてさばいてはいけない。主しゅは暗くらい中なかに隠かくれていることを明あかるみに出だし、心こころの中なかで企くわだてられていることを、あらわにされるであろう。その時ときには、神かみからそれぞれほまれを受うけるであろう。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二4:2 恥はずべき隠かくれたことを捨すて去さり、悪巧わるだくみによって歩あるかず、神かみの言げんを曲まげず、真理しんりを明あきらかにし、神かみのみまえに、すべての人ひとの良心りょうしんに自分じぶんを推薦すいせんするのである。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ5:12 彼かれらが隠かくれて行いっていることは、口くちにするだけでも恥はずかしい事ことである。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一5:25 それと同おなじく、良よいわざもすぐ明あきらかになり、そうならない場合ばあいでも、隠かくれていることはあり得えない。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一3:4 かくれた内うちなる人ひと、柔和にゅうわで、しとやかな霊れいという朽くちることのない飾かざりを、身みにつけるべきである。これこそ、神かみのみまえに、きわめて尊とうといものである。

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