「隠れる」(かくれる)が出てくる聖書の箇所

「隠れる」(かくれる)は日常訳第1版の65か所(旧約53・新約12)に出てきます。「かくれる」も含みます。口語訳では75か所。

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創世記(1か所)

創世記3:10 彼かれは答こたえた。「園そのであなたの音おとが聞きこえたのです。でも、わたしは裸はだかだったので、こわくなって隠かくれました」

民数記(1か所)

民数記5:13 ほかの男おとこが彼女かのじょと関係かんけいを持もったのに、それが夫おっとの目めには隠かくれていて気きづかれず、彼女かのじょは身みを汚よごしたが、それを証明しょうめいする証人しょうにんもなく、現場げんばを押おさえられてもいない、という場合ばあい。

申命記(1か所)

申命記29:29 隠かくれた事ことは、わたしたちの神かみである主しゅのものだ。でも、明あきらかにされた事ことは、いつまでもわたしたちとわたしたちの子孫しそんのもの。この律法りっぽうのすべての言葉ことばを、わたしたちが守まもり行おこなうためだ。

ヨシュア記(4か所)

ヨシュア記2:16 彼女かのじょは二人ふたりに言いった。「山やまのほうへ行いってください。そうすれば追おっ手てに出でくわしません。三みっ日間かかんそこに隠かくれて、追おっ手てが戻もどるのを待まってから、自分じぶんたちの道みちを進すすんでください。」

ヨシュア記10:16 さて、あの五ご人にんの王おうは逃にげ出だし、マケダの洞穴ほらあなに隠かくれた。

ヨシュア記10:17 「あの五ご人にんの王おうが見みつかりました。マケダの洞穴ほらあなに隠かくれています」とヨシュアに知しらせがあった。

ヨシュア記10:27 日ひが沈しずむころ、ヨシュアが命めいじると、人々ひとびとは死体したいを木きから降おろし、彼かれらが隠かくれていた洞穴ほらあなに投なげ込こんだ。そして洞穴ほらあなの入いり口ぐちに大おおきな石いしを置おいた。その石いしは今日きょうまで残のこっている。

士師記(3か所)

士師記9:5 アビメレクはオフラにある父ちちの家いえに行いき、自分じぶんの兄弟きょうだいであるエルバアルの息子むすこ七十ななじゅう人にんを、一ひとつの石いしの上うえで殺ころした。しかし、エルバアルの末すえの子こヨタムは隠かくれていたので、生いき残のこった。

士師記9:32 だから今夜こんやのうちに、あなたと連つれの兵へいたちで出でて、野のに隠かくれて待まち伏ぶせてください。

士師記21:20 行いって、ぶどう畑はたけに隠かくれていなさい。

サムエル記上(10か所)

サムエル第一10:22 そこで人々ひとびとは、もう一いち度ど主しゅに尋たずねた。「あの人ひとはもうここに来きているのですか。」主しゅは答こたえられた。「見みよ、彼かれは荷物にもつの間あいだに隠かくれている。」

サムエル第一14:11 二人ふたりがペリシテ人びとの陣地じんちに姿すがたを現あらわすと、ペリシテ人びとは言いった。「見みろ、ヘブライ人じんが、隠かくれていた穴あなから出でて来きたぞ。」

サムエル第一14:22 エフライムの山地さんちに隠かくれていたイスラエルの人々ひとびともみな、ペリシテ人びとが逃にげていると聞きいて、戦たたかいに加くわわり、彼かれらを追おい立たてた。

サムエル第一19:2 ヨナタンはダビデに知しらせた。「父ちちサウルはあなたを殺ころそうとしている。だから明日あすの朝あさは気きをつけてくれ。どこか隠かくれた場所ばしょにいて、身みを潜ひそめていてほしい。

サムエル第一20:5 ダビデはヨナタンに言いった。「明日あすは新月しんげつの祭まつりで、わたしは王おうと一緒いっしょに食事しょくじの席せきに着つかなければならない。でも、わたしを行いかせてほしい。三みっ日か目めの夕方ゆうがたまで野のに隠かくれているから。

サムエル第一20:19 三みっ日か目めには、急いいそいで下くだって行いって、前まえに事ことがあったとき隠かくれた場所ばしょへ行いき、エゼルという石いしのそばにいてほしい。

サムエル第一20:24 こうしてダビデは野のに隠かくれた。新月しんげつの祭まつりになると、王おうは食事しょくじの席せきに着ついた。

サムエル第一23:19 さて、ジフの人ひとたちがギブアにいるサウルのもとに上のぼって行いって、こう言いった。「ダビデはわたしたちのところに隠かくれているのです。荒あれ野のの南みなみにあるハキラの丘おか、ホレシュの山やまあいの隠かくれ場ばにひそんでいます。

サムエル第一23:23 あいつが隠かくれそうな場所ばしょを、一ひとつ残のこらず調しらべて突つき止とめてくれ。確たしかなことがわかったら、わたしのところに戻もどれ。そうしたら、わたしもお前まえたちと一緒いっしょに行いこう。もしあいつがこの地ちにいるなら、ユダの民たみをすべて当あたってでも、必かならず捜さがし出だす。」

サムエル第一26:1 ジフの人ひとたちがギブアにいるサウルのところへ来きて、こう告つげた。「ダビデは、荒あれ野のを見みおろすハキラの丘おかに隠かくれているんです。」

サムエル記下(3か所)

サムエル第二12:12 あなたは隠かくれてこれをしたが、わたしはこのことを、全ぜんイスラエルの前まえで、太陽たいようの光ひかりの下もとで行おこなう。』」

サムエル第二17:18 ところが、ある若者わかものが二人ふたりを見みつけ、アブサロムに知しらせてしまった。それで二人ふたりは急いいそいでその場ばを離はなれ、バフリムのある人ひとの家いえに着ついた。その家いえの中庭なかにわには井戸いどがあり、二人ふたりはそこに降おりて隠かくれた。

サムエル第二19:3 その日ひ、民たみは、戦たたかいで逃にげて恥はじ入いる者ものがこっそり隠かくれるように、こっそりと町まちに入はいった。

列王紀上(1か所)

列王紀上22:25 ミカヤは答こたえた。「あなたは、奥おくの部屋へやに逃にげ込こんで隠かくれるその日ひに、それを思おもい知しるだろう。」

列王紀下(2か所)

列王紀下7:12 王おうは夜よるのうちに起おき上あがり、家臣かしんたちに言いった。「アラムがわたしたちに何なんをしようとしているのか、教おしえてやろう。やつらは、わたしたちが飢うえているのを知しっているのだ。それでわざと陣営じんえいを出でて野のに隠かくれ、『イスラエル人じんが町まちから出でて来きたら、生いけ捕どりにして町まちに攻せめ込こもう』と考かんがえているのだ。」

列王紀下11:3 ヨアシュは乳母うばとともに主しゅの神殿しんでんに隠かくれて、六ろく年間ねんかんそこで過すごした。その間かん、アタルヤが国くにを治おさめていた。

歴代志下(3か所)

歴代志下18:24 ミカヤは言いった。「おまえが奥おくの部屋へやに逃にげ込こんで隠かくれる、その日ひに思おもい知しるだろう。」

歴代志下22:9 それからエフーは、アハズヤを捜ささがさせた。アハズヤはサマリアに隠かくれていたが、捕とらえられてエフーのもとに連つれて来こられ、殺ころされた。人々ひとびとは「この人ひとは、心こころを尽つくして主しゅを求もとめたヨシャファトの子こだ」と言いって、彼かれを葬ほうむった。こうしてアハズヤの家いえには、王国おうこくを保たもつ力ちからが残のこらなくなった。

歴代志下22:12 ヨアシュは彼かれらとともに、神かみの家いえに六ろく年間ねんかん隠かくれていた。その間かん、アタルヤが国くにを治おさめていた。

ヨブ記(3か所)

ヨブ記12:22 暗闇くらやみの奥おくに隠かくれたことを明あかるみに出だし、深ふかい闇やみを光ひかりの中なかへ導みちびき出だす。

ヨブ記28:11 彼かれは川かわの流ながれをせき止とめて漏もれないようにし、隠かくれたものを光ひかりの中なかへ取とり出だす。

ヨブ記40:13 彼かれらをすべてちりの中なかに埋うめてしまえ。その顔かおを、隠かくれた所ところに閉とじ込こめてしまえ。

詩篇(8か所)

詩篇10:7 その口くちは、のろいと嘘うそとおどしでいっぱいだ。舌したの下したには、人ひとを苦くるしめる悪意あくいが隠かくれている。

詩篇17:12 ライオンのように獲物えものを求もとめ、隠かくれ場所ばしょにひそむ若わかいライオンのようだ。

詩篇19:6 天てんの果はてから昇のぼり、もう一方いっぽうの果はてまでめぐっていく。その熱ねつから隠かくれられるものは、何なん一ひとつない。

詩篇38:9 わたしの願ねがいはすべて、あなたの前まえにあります。わたしのうめきも、あなたから隠かくれてはいません。

詩篇51:6 そう、あなたは心こころの奥おくに真実しんじつを求もとめておられる。隠かくれた深ふかみで、わたしに知恵ちえを教おしえてくださる。

詩篇64:4 隠かくれた場所ばしょから、罪つみのない人ひとを射いるためだ。彼かれらは突然とつぜんその人ひとを射いて、少すこしも恐おそれない。

詩篇139:7 わたしはどこへ行いけば、あなたの霊れいから離はなれられるだろう。どこへ逃にげれば、あなたの前まえから隠かくれられるだろう。

詩篇139:15 わたしが隠かくれた所ところで造つくられ、地ちの深ふかい所ところで織おり上あげられたとき、わたしの体からだはあなたから隠かくされてはいなかった。

箴言(1か所)

箴言1:18 ところが彼かれらは、自分じぶんの血ちを流ながそうと待まち伏ぶせし、自分じぶんの魂たましいを狙ねらって隠かくれているのだ。

雅歌(1か所)

雅歌2:14 岩いわの裂さけ目め、崖がけの隠かくれ場所ばしょにいるわたしの鳩はとよ。あなたの姿すがたを見みせて。あなたの声こえを聞きかせて。あなたの声こえは心地ここちよく、あなたの姿すがたは愛あいらしいから。

イザヤ書(5か所)

イザヤ書4:6 その覆おおいは、昼ひるは暑あつさを避さける陰かげとなり、嵐あらしや雨あめから身みを守まもる隠かくれ場所ばしょとなる。

イザヤ書40:27 ヤコブよ、なぜこう言いうのか。イスラエルよ、なぜこう語かたるのか。「わたしの歩あゆむ道みちは主しゅに隠かくれていて見みえない。わたしの受うけるべき正ただしい扱あつかいは、神かみに見過みすごされている」と。

イザヤ書45:19 わたしは隠かくれて語かたったのではない。暗くらい地ちの片隅かたすみで語かたったのでもない。ヤコブの子孫しそんに「むなしくわたしを探さがせ」と言いったこともない。わたしは主しゅ。正ただしいことを語かたり、まっすぐなことを告つげる。

イザヤ書48:16 わたしに近ちかづいて、これを聞きけ。わたしは初はじめから、隠かくれて語かたったことはない。それが起おこるその時とき、わたしはそこにいた。そして今いま、主しゅなる神かみが、その霊れいとともに、わたしを送おくられた。

イザヤ書65:4 彼かれらは墓場はかばに座すわり込こみ、隠かくれた場所ばしょで夜よるを過すごす。豚ぶたの肉にくを食たべ、その器うつわには汚よごれた肉にくの煮汁にじるが入はいっている。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書13:17 もし、あなたたちがそれを聞きかないなら、わたしの魂たましいはあなたたちの高たかぶりのために、隠かくれた所ところで泣なく。わたしの目めは涙なみだにあふれ、こぼれ落おちる。主しゅの群むれが捕とらえられて連つれ去さられたからだ。

エレミヤ書16:17 わたしの目めは、彼かれらのすべての歩あゆみに注そそがれている。彼かれらはわたしの前まえから身みを隠かくせない。その罪つみも、わたしの目めから隠かくれることはない。

エレミヤ書23:24 だれかが隠かくれた場所ばしょに身みを隠かくしたところで、わたしがその者ものを見みないでいられるだろうか、と主しゅは言いわれる。天てんも地ちも、わたしが満みたしているではないか、と主しゅは言いわれる。

ホセア書(1か所)

ホセア書5:3 わたしはエフライムを知しっている。イスラエルはわたしから隠かくれることはできない。エフライム、あなたは今いま、身みを売うる女おんなのように神かみを裏切うらぎった。そのイスラエルは汚よごれてしまった。

アモス書(1か所)

アモス書9:3 たとえカルメル山さんの頂いただきに隠かくれても、わたしはそこで探さがし出だしてつかまえる。たとえわたしの目めを逃のがれて海うみの底そこに身みを隠かくしても、わたしはそこで蛇へびに命めいじ、蛇へびは彼かれらをかむ。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書3:14 あなたは敵てきの頭あたまを、彼かれら自身じしんの矢やで刺さし貫つらぬいた。彼かれらはわたしたちを追おい散ちらそうと、嵐あらしのように攻せめてきた。隠かくれた場所ばしょで貧まずしい者ものを食くい尽つくそうとするように、勝かち誇ほこっていた。

マタイによる福音書(5か所)

マタイ5:14 あなたがたは、世よの光ひかりだ。山やまの上うえにある町まちは隠かくれることができない。

マタイ6:4 そうすれば、あなたの施ほどこしは人ひとに隠かくれたものとなる。すると、隠かくれたことを見みておられるあなたの父ちちが、あなたに報むくいてくださる。

マタイ6:6 あなたは祈いのるとき、自分じぶんの部屋へやに入はいりなさい。そして戸とを閉しめて、隠かくれたところにおられるあなたの父ちちに祈いのりなさい。すると、隠かくれたところで見みておられるあなたの父ちちが、あなたに報むくいてくださる。

マタイ6:18 断食だんじきをしていることが人ひとに気きづかれないためだ。ただ、隠かくれたところにいるあなたの父ちちにだけ知しられればいい。すると、隠かくれたことを見みているあなたの父ちちが、あなたに報むくいてくれる。

マタイ10:26 だから、彼かれらを恐おそれることはない。覆おおい隠かくされたもので、明あきらかにされないものはない。隠かくれているもので、知しられずに終おわるものはない。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ4:22 隠かくれているものは、必かならず明あかるみに出でる。秘ひめられているものも、必かならずあらわになるんだ。

マルコ7:24 それからイエスはそこを立たって、ティルスの地方ちほうへ行いった。ある家いえに入はいり、だれにも知しられたくなかったが、隠かくれていることはできなかった。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ18:20 イエスはこう答こたえた。「わたしはこの世よに対たいして、ずっと堂々どうどうと話はなしてきた。ユダヤ人じんがみんな集あつまる会堂かいどうや神殿しんでんで、いつも教おしえていたんだ。隠かくれて何なんかを話はなしたことは一いち度どもない。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一4:5 だから、時ときが来くる前まえに何なんかをさばいてはいけない。主しゅが来こられるまで待まちなさい。主しゅは闇やみに隠かくれたものを明あかるみに出だし、人ひとの心こころの思おもいを明あきらかにされる。そのとき、それぞれが神かみからほめられる。

コリント第一14:25 その人ひとの心こころの隠かくれた思おもいがあらわになる。そして、その人ひとはひれ伏ふして神かみを礼拝れいはいし、「本当ほんとうに、神かみはあなたたちの中なかにおられる」と告白こくはくするのだ。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二4:2 むしろ、恥はずべき隠かくれた行おこないを、わたしたちはきっぱり捨すてた。ずる賢がしこくふるまったりせず、神かみの言葉ことばをねじ曲まげたりもしない。ただ真理しんりをありのままに示しめすことで、神かみの前まえで、すべての人ひとの良心りょうしんに対たいして自分じぶん自身じしんを証あかしするのだ。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一3:4 そうではなく、心こころの奥おくに隠かくれた人ひとがら、つまり穏おだやかで静しずかな心こころの、朽くちることのない美うつくしさこそ、あなたたちの飾かざりであるべきだ。それは神かみの前まえで、とても価値かちのあるものだ。

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