「産む」(うむ)が出てくる聖書の箇所

「産む」(うむ)は日常訳第1版の272か所(旧約248・新約24)に出てきます。「生む」「生める」も含みます。口語訳では355か所。

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272か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

イザヤ書(18か所)

イザヤ書10:12 主しゅがシオンの山やまとエルサレムでなさるすべての働はたらきを終おえたとき、主しゅはこう言ゆう。「わたしはアッシリアの王おうを罰ばっする。その高たかぶった心こころが生うんだ実みと、思おもい上あがったまなざしの誇ほこりを。」

イザヤ書21:3 だから、わたしの腰こしは激はげしい痛いたみでいっぱいになり、子こを産うむ女おんなの陣痛じんつうのような苦くるしみがわたしを捕とらえた。わたしは聞きいて打うちのめされ、見みておびえた。

イザヤ書23:4 恥はじよ、シドンよ。海うみが、海うみの砦とりでがこう言ゆうからだ。「わたしは産うみの苦くるしみを知しらず、子こを産うまず、若者わかものを育そだてず、娘むすめを育そだてもしなかった。」

イザヤ書26:17 身みごもった女おんなが産うむ時ときが近ちかづき、陣痛じんつうに苦くるしんで叫さけぶように、主しゅよ、わたしたちもあなたの前まえでそうだった。

イザヤ書34:15 そこにふくろうが巣すを作つくって卵たまごを産うみ、かえした雛ひなを羽はねの陰かげに集あつめる。とびもそこに、それぞれの相手あいてと共ともに集あつまる。

イザヤ書42:14 わたしは長ながい間あいだ、黙だまっていた。じっと口くちをつぐみ、こらえてきた。でも今いま、子こを産うむ女おんなのように、わたしは叫さけぶ。あえぎ、激はげしく息いきをつく。

イザヤ書45:10 父親ちちおやに「何なんを生うむのか」と言いいい、母親ははおやに「何なんを産うもうとしているのか」と言いう者ものは、わざわいだ。

イザヤ書49:15 母親ははおやが自分じぶんの乳飲ちのみ子こを忘わすれるだろうか。自分じぶんのおなかを痛いためて産うんだ子こを、憐あわれまずにいられるだろうか。たとえ母親ははおやが忘わすれても、わたしはあなたを忘わすれない。

イザヤ書49:21 そのときあなたは心こころの中なかで言ゆうだろう。「だれがわたしのために、この子こらを産うんでくれたのか。わたしは子こを失うしない、独ひとりぼっちだった。捕とらわれ、追おいやられていた。だれがこの子こらを育そだててくれたのか。見みよ、わたしは独ひとり残のこされていたのに、この子こらはどこにいたのか。」

イザヤ書51:2 あなたたちの父ちちアブラハムを見みよ。あなたたちを産うんだサラを見みよ。彼かれがまだ一人ひとりだったとき、わたしは彼かれを呼よび、祝福しゅくふくし、その数かずを増ふやした。

イザヤ書51:18 彼女かのじょが産うんだすべての息子むすこの中なかに、彼女かのじょを導みちびく者ものはいない。彼女かのじょが育そだてたすべての息子むすこの中なかに、その手てを取とる者ものもいない。

イザヤ書54:1 喜よろこびの声こえをあげなさい、子こを産うめない女おんなよ、産うんだことのないあなたよ。喜よろこびの歌うたをあげ、大声おおごえで叫さけびなさい、産うみの苦くるしみを知しらないあなたよ。捨すてられた女おんなの子こどもは、夫おっとのある女おんなの子こどもよりも多おおいのだから、と主しゅは言いわれる。

イザヤ書65:23 彼かれらの働はたらきがむだになることはなく、生うんだ子こが突然とつぜんの災わざわいに遭あうこともない。彼かれらは主しゅに祝福しゅくふくされた者ものの子孫しそんであり、その子孫しそんもいつも彼かれらと共ともにいる。

イザヤ書66:7 産うみの苦くるしみが来くる前まえに、彼女かのじょは子こを産うんだ。陣痛じんつうが始はじまる前まえに、男おとこの子こを産うみ落おとした。

イザヤ書66:8 こんなことを聞きいたことがあるだろうか。こんなことを見みたことがあるだろうか。国土こくどがたった一日いちにちで生うまれるだろうか。国民こくみんが一瞬いっしゅんで生うまれるだろうか。ところがシオンは、産うみの苦くるしみを覚おぼえたと思おもうと、もう自分じぶんの子こどもたちを産うんだ。

イザヤ書66:9 わたしが産うむ時ときを迎むかえさせておいて、産うませないことがあるだろうか、と主しゅは言いわれる。わたしが産うませる者ものなのに、胎はらを閉とざすことがあるだろうか、とあなたの神かみは言いわれる。

エレミヤ書(16か所)

エレミヤ書2:27 彼かれらは木きに向むかって「あなたはわたしの父ちちだ」と言いいい、石いしに向むかって「あなたがわたしを産うんだ」と言ゆう。彼かれらはわたしに顔かおではなく背せを向むけた。それでいて、災わざわいにあうと「立たち上あがって、わたしたちを救すくってください」と言ゆう。

エレミヤ書4:31 わたしは、産うみの苦くるしみにあえぐ女おんなのような声こえを聞きいた。初はじめての子こを産うむ女おんなのような、苦くるしみの叫さけびを。シオンの娘むすめの声こえだ。彼女かのじょはあえぎながら両手りょうてを広ひろげて言ゆう。「ああ、もうだめだ。わたしの魂たましいは、人殺ひとごろしたちの前まえで力ちから尽つきてしまった。」

エレミヤ書6:19 地ちよ、聞きけ。見みよ、わたしはこの民たみに災わざわいをもたらす。それは彼かれら自身じしんの企たくらみが生うんだ実みだ。彼かれらがわたしの言葉ことばに耳みみを傾かたむけず、わたしの教おしえを拒こばんだからだ。

エレミヤ書13:21 主しゅがあなたを罰ばっするとき、あなたは何なんと言いうのか。あなた自身じしんが、あの者ものたちをあなたを支配しはいする者ものとして仕込しこんだのだ。子こを産うむ女おんなのように、激はげしい痛いたみがあなたを襲おそうではないか。

エレミヤ書14:5 野のの雌鹿めじかさえ、子こを産うんでもその子こを置おき去ざりにする。草くさがまったくないからだ。

エレミヤ書15:9 七しち人にんの子こを産うんだ女おんなも力ちからを失うしない、息いき絶たえる。まだ昼ひるのうちに、彼女かのじょの太陽たいようは沈しずんだ。彼女かのじょは恥はじをかき、辱はずかしめられた。生いき残のこった者ものたちも、敵てきの前まえで剣けんに渡わたす、と主しゅは言いわれる。」

エレミヤ書15:10 ああ、お母ははさん、どうしてわたしを産うんだのですか。わたしは国くにじゅうを相手あいてに争あらそい、言い争ういいあらそう者ものになってしまった。わたしは貸かしたことも借かりたこともないのに、みんながわたしをのろう。

エレミヤ書16:3 この場所ばしょで生うまれる息子むすこや娘むすめたち、彼かれらを産うむ母親ははおや、この地ちで彼かれらをもうける父親ちちおやについて、主しゅはこう言いわれるからだ。

エレミヤ書17:11 自分じぶんで産うまなかった卵たまごを抱いだく鳥とりがいる。不正ふせいなやり方かたで富とみを得える者ものも、それと同おなじだ。人生じんせいの半なかばでその富とみに見捨みすてられ、最後さいごには愚おろか者ものとなる。

エレミヤ書20:14 わたしが生うまれたあの日ひは、のろわれてしまえ。母ははがわたしを産うんだ日ひは、祝福しゅくふくされなくていい。

エレミヤ書22:26 わたしはお前まえと、お前まえを産うんだ母ははを、生うまれ故郷こきょうではない別べつの国くにへ放ほうり出だす。お前まえたちはそこで死しぬ。

エレミヤ書23:3 わたしは、追おい散ちらしたすべての国くにから、残のこった羊ひつじを集あつめる。そして、もとの牧場ぼくじょうに連つれ戻もどす。羊ひつじたちは子こを産うみ、増ふえていく。

エレミヤ書29:6 妻つまをめとって、息子むすこや娘むすめをもうけなさい。息子むすこには妻つまをめとらせ、娘むすめは嫁とつがせて、彼かれらにも息子むすこや娘むすめを産うませなさい。その地ちで人数にんずうを増ふやし、減へってはならない。

エレミヤ書30:6 尋たずねて、よく見みてみよ。男おとこが子こを産うむだろうか。それなのに、なぜどの男おとこも、産うみの苦くるしみにある女おんなのように、手てを腰こしに当あてているのか。なぜ、どの顔かおも青あおざめているのか。

エレミヤ書31:8 見みよ、わたしは彼かれらを北きたの国くにから連つれ帰かえる。地ちの果はてから彼かれらを集あつめる。その中なかには目めの見みえない人ひとも、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとも、身みごもった女おんなも、産うもうとしている女おんなもいる。大おおきな群むれとなって、彼かれらはここへ帰かえって来くる。

エレミヤ書50:12 だが、お前まえたちの母はははひどく恥はじをかき、お前まえたちを産うんだ者ものは面目めんぼくを失ううしなう。見みよ、バビロンは国々くにぐにの中なかで最ももっとも取とるに足たりないものとなり、荒あれ野のとなり、乾かわききった砂漠さばくとなる。

哀歌(1か所)

哀歌2:20 主しゅよ、ご覧らんください。目めを留とめてください。あなたは、だれにこんなことをなさったのか。女おんなたちが、自分じぶんの産うんだ子こを、大事だいじに育そだてた幼おさな子ごを食たべていいのか。主しゅの聖せい所しょで、祭司さいしや預言よげん者しゃが殺ころされていいのか。

エゼキエル書(4か所)

エゼキエル書16:20 さらにあなたは、わたしとの間あいだに生うんだ息子むすこや娘むすめたちを連つれて行いき、偶像ぐうぞうの食たべ物ものとして、それらにいけにえとしてささげた。あなたの淫みだらな行おこないだけでは、まだ足たりなかったのか。

エゼキエル書23:4 姉あねの名なはオホラ、妹いもうとの名なはオホリバ。二人ふたりはわたしのものとなり、息子むすこや娘むすめを産うんだ。その名なは、オホラがサマリア、オホリバがエルサレムを指さす。

エゼキエル書23:37 彼女かのじょたちは姦淫かんいんを犯おかし、その手ては血ちにまみれている。偶像ぐうぞうと姦淫かんいんを犯おかし、わたしに産うんだ自分じぶんの子こどもたちさえ、偶像ぐうぞうに食くわせるために火ひの中なかを通とおらせた。

エゼキエル書31:6 その大枝おおえだには、空そらのあらゆる鳥とりが巣すを作つくり、その枝えだの下もとでは、野ののあらゆる獣けものが子こを産うんだ。そしてその木陰こかげには、大おおきな国々くにぐにのすべてが住すんでいた。

ホセア書(8か所)

ホセア書1:3 そこで彼かれは行いって、ディブライムの娘むすめゴメルを妻つまにした。彼女かのじょは身みごもって、男おとこの子こを産うんだ。

ホセア書1:6 ゴメルはまた身みごもって、今度こんどは女おんなの子こを産うんだ。主しゅはホセアに言いわれた。「その子こをロ・ルハマ(愛あいされない者もの)と名なづけなさい。わたしはもう、イスラエルの家いえをあわれむことはない。彼かれらをこれ以上いじょうゆるさないからだ。

ホセア書1:8 ゴメルはロ・ルハマの乳離ちばなれがすむと、また身みごもって男おとこの子こを産うんだ。

ホセア書2:4 その子こどもたちも、わたしはあわれまない。母親ははおやが淫みだらなことを重かさねて産うんだ子こどもたちだからだ。

ホセア書5:7 主しゅに背そむいて、彼かれらはよその子こどもを産うんだ。だから今いま、新月しんげつの祭まつりが、彼かれらを畑はたけもろとも食くい尽つくす。

ホセア書9:11 エフライムの栄光えいこうは、鳥とりのように飛とび去さってしまう。子こを産うむことも、身みごもることも、みごもることもなくなるのだ。

ホセア書9:16 エフライムは撃うたれ、その根ねは枯かれて、実みを結むすぶことはない。たとえ子こを産うんでも、わたしは彼かれらが大切たいせつにする子こどもたちを殺ころす。

ホセア書13:13 子こを産うむ女おんなの激はげしい痛いたみが、彼かれを襲おそう。でも彼かれは、知恵ちえのない子こだ。生うまれる時ときが来きても、産道さんどうから出でてこようとしない。

ミカ書(2か所)

ミカ書5:3 だから主しゅは、産うみの苦くるしみにある女おんなが子こを産うむときまで、彼かれらを引ひき渡わたしておく。そのあと、その兄弟きょうだいたちの残のこりが、イスラエルの人々ひとびとのもとに帰かえってくる。

ミカ書7:13 そして、地ちはそこに住すむ人々ひとびとのせいで荒あれ果はてる。彼かれらの行おこないが生うんだ結果けっかだ。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書3:17 いちじくの木きが花はなを咲さかせなくても、ぶどうの木きに実みがならなくても、オリーブの実みのりがなくなり、畑はたけが食物しょくもつを生うまなくても、羊ひつじが囲かこいから絶たえ、牛うしが小屋こやからいなくなっても、

マタイによる福音書(2か所)

マタイ1:21 彼女かのじょは男おとこの子こを産うむ。その子こをイエスと名なづけなさい。イエスは自分じぶんの民たみを、彼かれらの罪つみから救すくう者ものとなるからだ。」

マタイ1:23 「見みよ、おとめが身みごもって男おとこの子こを産うむ。その子こはインマヌエルと呼よばれる。」これは「神かみはわたしたちと共ともにおられる」という意味いみだ。

ルカによる福音書(6か所)

ルカ1:7 けれども、二人ふたりには子こどもがいなかった。エリサベツが子こを産うめない体からだで、二人ふたりともすでに年としをとっていたからだ。

ルカ1:13 すると、天使てんしはザカリヤにこう言いった。「こわがらなくていい、ザカリヤ。あなたの祈いのりは聞き届けききとどけられた。妻つまのエリサベツが、あなたに男おとこの子こを産うむ。その子こをヨハネと名なづけなさい。

ルカ1:31 いいですか、あなたは身みごもって男おとこの子こを産うみます。その子こをイエスと名なづけなさい。

ルカ1:57 さて、エリサベツは出産しゅっさんの時ときが来きて、男おとこの子こを産うんだ。

ルカ2:7 マリアは初はじめての子ことなる男おとこの子こを産うんだ。そして、その子こを布ぬのでくるみ、飼かい葉ばおけに寝ねかせた。泊とまる宿やどに、二人ふたりのための場所ばしょがなかったからだ。

ルカ23:29 見みなさい。こう言いわれる日ひが来くる。『子こを産うめない女おんな、一いち度ども子こを産うまなかったおなか、乳ちちを飲のませたことのない胸むねは幸いさいわいだ』と。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ16:21 子こを産うむとき、女おんなは苦くるしむ。その時ときが来きたからだ。でも赤あかちゃんが生うまれると、その苦くるしみをもう思おもい出ださない。一人ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびでいっぱいになるからだ。

使徒行伝(1か所)

使徒13:33 その約束やくそくを、神かみはイエスをよみがえらせることで、その子こであるわたしたちに実現じつげんしてくれた。詩編しへんの第だい二に編へんにもこう書かかかれているとおりだ。「あなたはわたしの子こ。わたしは今日きょう、あなたを生うんだ。」

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一4:15 たとえキリストにあって一いち万まん人にんの指導しどう者しゃがいても、父親ちちおやは多おおくはいない。キリスト・イエスにあって、福音ふくいんを通とおしてあなたたちを生うんだのは、このわたしだからだ。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二7:10 神かみのみこころにそった悲かなしみは、後悔こうかいすることのない心こころの向むき直なおりを生うみ、救すくいへと導みちびく。しかし、この世よの悲かなしみは死しをもたらすだけだ。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ4:27 こう書かいてある。「喜よろこべ、子こを産うめない女おんなよ。声こえをあげて叫さけべ、産うみの苦くるしみを知しらない女おんなよ。夫おっとのいる女おんなよりも、捨すてられた女おんなのほうが、たくさんの子こどもを持もつのだから。」

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一2:15 でも女性じょせいは、子こを産うむことを通とおして救すくわれる。信仰しんこうと愛あいと清きよさを保たもち、慎つつしみ深ぶかく生いきていくなら。

テモテ第一5:14 だから、わたしは若わかい未亡人みぼうじんには、結婚けっこんして子こどもを産うみ、家庭かていを切きり盛もりしてほしいと思おもう。そうすれば、わたしたちを敵てきに回まわす者ものに、悪口わるぐちを言いう口実こうじつを与あたえずにすむ。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二2:23 愚おろかで無知むちな言い争いいいあらそいには関かかわってはいけない。それが争あらそいを生うむと、あなたは知しっているはずだ。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル1:5 神かみが天使てんしのだれかに、こう言いったことがあるだろうか。「あなたはわたしの子こ。きょう、わたしがあなたを生うんだ。」また、こうも言いっている。「わたしは彼かれの父ちちとなり、彼かれはわたしの子ことなる。」

ヘブル5:5 同おなじように、キリストも大だい祭司さいしになる栄光えいこうを自分じぶんから求もとめたわけではない。神かみがキリストにこう語かたりかけたのだ。「あなたはわたしの子こ。きょう、わたしはあなたを生うんだ。」

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ1:15 そして欲望よくぼうがはらむと罪つみを生うみ、罪つみが育そだちきると死しを生うみ出だす。

ヤコブ1:18 父ちちはご自分じぶんの意志いしで、真理しんりのことばによってわたしたちを生うんでくださった。それは、わたしたちが、造つくられたすべてのものの中なかで最初さいしょの実みとなるためだ。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一5:1 イエスがキリストだと信しんじる人ひとはみな、神かみから生うまれた者ものだ。そして、生うんでくださった方かたを愛あいする人ひとは、その方かたから生うまれた者ものも愛あいする。

ヨハネの黙示録(3か所)

黙示録12:4 竜りゅうの尾おは、天てんの星ほしの三さん分ぶんの一いちを引ひきずり降おろし、地ちへ投なげ落おとした。そして竜りゅうは、今いまにも子こを産うもうとしている女おんなの前まえに立たった。彼女かのじょが子こを産うんだら、その子こを食たべてしまおうとしていたのだ。

黙示録12:5 女おんなは男おとこの子こを産うんだ。この子こは、鉄てつの杖つえですべての国々くにぐにを治おさめることになっている。その子こは、神かみのもと、神かみの王座おうざへと引ひき上あげられた。

黙示録12:13 竜りゅうは、自分じぶんが地上ちじょうへ投なげ落おとされたと知しると、男おとこの子こを産うんだあの女おんなを追おいかけた。

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