「悲しみ」(かなしみ)が出てくる聖書の箇所

「悲しみ」(かなしみ)は口語訳の89か所(旧約73・新約16)に出てきます。「哀しみ」も含みます。日常訳第1版では60か所。

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創世記(2か所)

創世記34:7 ヤコブの子こらは野のから帰かえり、この事ことを聞きいて、悲かなしみ、かつ非常ひじょうに怒おこった。シケムがヤコブの娘むすめと寝ねて、イスラエルに愚おろかなことをしたためで、こんなことは、してはならぬ事ことだからである。

創世記40:6 ヨセフが朝あさ、彼かれらのところへ行いって見みると、彼かれらは悲かなしみに沈しずんでいた。

サムエル記下(4か所)

サムエル第二1:17 ダビデはこの悲かなしみの歌うたをもって、サウルとその子こヨナタンのために哀悼あいとうした。――

サムエル第二3:33 王おうはアブネルのために悲かなしみの歌うたを作つくって言いった、「愚おろかな人ひとの死しぬように、アブネルがどうして死しんだのか。

サムエル第二14:2 そこでヨアブはテコアに人ひとをつかわして、そこからひとりの賢かしこい女おんなを連つれてこさせ、その女おんなに言いった、「あなたは悲かなしみのうちにある人ひとをよそおって、喪服もふくを着き、油あぶらを身みに塗ぬらず、死しんだ人ひとのために長ながいあいだ悲かなしんでいる女おんなのように、よそおって、

サムエル第二19:2 こうしてその日ひの勝利しょうりはすべての民たみの悲かなしみとなった。それはその日ひ、民みんが、「王おうはその子このために悲かなしんでいる」と人ひとの言いうのを聞きいたからである。

列王紀上(2か所)

列王紀上20:43 イスラエルの王おうは悲かなしみ、かつ怒おこって自分じぶんの家いえにおもむき、サマリヤに帰かえった。

列王紀上21:4 アハブはエズレルびとナボテが言いった言葉ことばを聞きいて、悲かなしみ、かつ怒おこって家いえにはいった。ナボテが「わたしは先祖せんぞの嗣業しぎょうをあなたに譲ゆずりません」と言いったからである。アハブは床ゆかに伏ふし、顔かおをそむけて食事しょくじをしなかった。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記2:2 王おうはわたしに言いわれた、「あなたは病気びょうきでもないのにどうして悲かなしげな顔かおをしているのか。何なんか心こころに悲かなしみをもっているにちがいない」。そこでわたしは大おおいに恐おそれて、

エステル記(3か所)

エステル記4:3 すべて王おうの命令めいれいと詔みことのりをうけ取とった各州かくしゅうではユダヤ人にんのうちに大おおいなる悲かなしみがあり、断食だんじき、嘆なげき、叫さけびが起おこり、また荒布あらめをまとい、灰はいの上うえに座ざする者ものが多おおかった。

エステル記9:22 すなわちこの両日りょうじつにユダヤ人にんがその敵てきに勝かって平安へいあんを得え、またこの月つきは彼かれらのために憂ういから喜よろこびに変かわり、悲かなしみから祝日しゅくじつに変かわったので、これらを酒宴しゅえんと喜よろこびの日ひとして、互たがいに食たべ物ものを贈おくり、貧まずしい者ものに施ほどこしをする日ひとせよとさとした。

エステル記9:31 断食だんじきと悲かなしみのことについて、ユダヤ人にんモルデカイと王妃おうひエステルが、かつてユダヤ人にんに命めいじたように、またユダヤ人にんたちが、かつて自分じぶんたちとその子孫しそんのために定さだめたように、プリムのこれらの日ひをその定さだめた時ときに守まもらせた。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記30:31 わたしの琴ことは悲かなしみの音おととなり、わたしの笛ふえは泣なく者ものの声こえとなった。

詩篇(11か所)

詩篇13:2 いつまで、わたしは魂たましいに痛いたみを負おい、ひねもす心こころに悲かなしみをいだかなければならないのですか。いつまで敵てきはわたしの上うえにあがめられるのですか。

詩篇16:4 おおよそ、ほかの神かみを選えらぶ者ものは悲かなしみを増ます。わたしは彼かれらのささげる血ちの灌かん祭さいを注そそがず、その名なを口くちにとなえることをしない。

詩篇31:10 わたしのいのちは悲かなしみによって消きえゆき、わたしの年としは嘆なげきによって消きえさり、わたしの力ちからは苦くるしみによって尽つき、わたしの骨ほねは枯かれはてました。

詩篇32:10 悪あしき者ものは悲かなしみが多おおい。しかし主しゅに信頼しんらいする者ものはいつくしみで囲かこまれる。

詩篇42:9 わたしはわが岩いわなる神かみに言いう、「何なにゆえわたしをお忘わすれになりましたか。何なにゆえわたしは敵てきのしえたげによって悲かなしみ歩あるくのですか」と。

詩篇43:2 あなたはわたしの寄より頼たのむ神かみです。なぜわたしを捨すてられたのですか。なぜわたしは敵てきのしえたげによって悲かなしみ歩あるくのですか。

詩篇77:10 その時ときわたしは言いう、「わたしの悲かなしみはいと高たかき者ものの右みぎの手てが変かわったことである」と。

詩篇88:9 わたしの目めは悲かなしみによって衰おとろえました。主しゅよ、わたしは日ひごとにあなたを呼よび、あなたにむかってわが両手りょうてを伸のべました。

詩篇107:39 彼かれらがしえたげと、悩なやみと、悲かなしみとによって減へり、かつ卑いやしめられたとき、

詩篇116:3 死しの綱つながわたしを取とり巻まき、陰府よみの苦くるしみがわたしを捕とらえた。わたしは悩なやみと悲かなしみにあった。

詩篇119:28 わが魂たましいは悲かなしみによって溶とけ去さります。み言葉ことばに従したがって、わたしを強つよくしてください。

箴言(4か所)

箴言1:27 これは恐慌きょうこうが、あらしのようにあなたがたに臨のぞみ、災わざわいが、つむじ風かぜのように臨のぞみ、悩なやみと悲かなしみとが、あなたがたに臨のぞむ時ときである。

箴言10:1 ソロモンの箴言しんげん。知恵ちえある子こは父ちちを喜よろこばせ、愚おろかな子こは母ははの悲かなしみとなる。

箴言10:22 主しゅの祝福しゅくふくは人ひとを富とませる、主しゅはこれになんの悲かなしみをも加くわえない。

箴言14:13 笑わらう時ときにも心こころに悲かなしみがあり、喜よろこびのはてに憂うれいがある。

伝道の書(4か所)

伝道の書5:17 人ひとは一生いっしょう、暗くらやみと、悲かなしみと、多おおくの悩なやみと、病やまいと、憤いきどおりの中なかにある。

伝道の書7:2 悲かなしみの家いえにはいるのは、宴会えんかいの家いえにはいるのにまさる。死しはすべての人ひとの終おわりだからである。生いきている者ものは、これを心こころにとめる。

伝道の書7:3 悲かなしみは笑わらいにまさる。顔かおに憂うれいをもつことによって、心こころは良よくなるからである。

伝道の書7:4 賢かしこい者ものの心こころは悲かなしみの家いえにあり、愚おろかな者ものの心こころは楽たのしみの家いえにある。

イザヤ書(11か所)

イザヤ書17:11 その植うえた日ひにこれを成長せいちょうさせ、そのまいた朝あさにこれを花はな咲さかせても、その収穫しゅうかくは悲かなしみと、いやしがたい苦くるしみの日ひにとび去さる。

イザヤ書19:8 漁夫ぎょふは嘆なげき、すべてナイルにつりをたれる者ものは悲かなしみ、網あみを水みずのおもてにうつ者ものは衰おとろえる。

イザヤ書24:4 地ちは悲かなしみ、衰おとろえ、世よはしおれ、衰おとろえ、天てんも地ちと共ともにしおれはてる。

イザヤ書24:7 新あたらしいぶどう酒しゅは悲かなしみ、ぶどうはしおれ、心こころの楽たのしい者ものもみな嘆なげく。

イザヤ書29:2 その時ときわたしはアリエルを悩なやます。そこには悲かなしみと嘆なげきとがあって、アリエルのようなものとなる。

イザヤ書35:10 主しゅにあがなわれた者ものは帰かえってきて、その頭あたまに、とこしえの喜よろこびをいただき、歌ううたうたいつつ、シオンに来くる。彼かれらは楽たのしみと喜よろこびとを得え、悲かなしみと嘆なげきとは逃にげ去さる。

イザヤ書51:11 主しゅにあがなわれた者ものは、歌ううたうたいつつ、シオンに帰かえってきて、そのこうべに、とこしえの喜よろこびをいただき、彼かれらは喜よろこびと楽たのしみとを得え、悲かなしみと嘆なげきとは逃にげ去さる。

イザヤ書53:3 彼かれは侮あなどられて人ひとに捨すてられ、悲かなしみの人ひとで、病やまいを知しっていた。また顔かおをおおって忌いみきらわれる者もののように、彼かれは侮あなどられた。われわれも彼かれを尊とうとばなかった。

イザヤ書53:4 まことに彼かれはわれわれの病やまいを負おい、われわれの悲かなしみをになった。しかるに、われわれは思おもった、彼かれは打うたれ、神かみにたたかれ、苦くるしめられたのだと。

イザヤ書60:20 あなたの太陽たいようは再ふたたび没ぼっせず、あなたの月つきはかけることがない。主しゅがとこしえにあなたの光ひかりとなり、あなたの悲かなしみの日ひが終おわるからである。

イザヤ書61:3 シオンの中なかの悲かなしむ者ものに喜よろこびを与あたえ、灰はいにかえて冠かんむりを与あたえ、悲かなしみにかえて喜よろこびの油あぶらを与あたえ、憂うれいの心こころにかえて、さんびの衣ころもを与あたえさせるためである。こうして、彼かれらは義ぎのかしの木きととなえられ、主しゅがその栄光えいこうをあらわすために植うえられた者ものととなえられる。

エレミヤ書(11か所)

エレミヤ書3:21 裸はだかの山やまの上うえに声こえが聞きこえる、イスラエルの民たみが悲かなしみ祈いのるのである。彼かれらが曲まがった道みちに歩あゆみ、その神かみ、主しゅを忘わすれたからだ。

エレミヤ書4:28 このために地ちは悲かなしみ、上うえなる天てんは暗くくらくなる。わたしがすでにこれを言いいい、これを定さだめたからだ。わたしは悔くいない、またそれをする事ことをやめない」。

エレミヤ書6:26 わが民たみの娘むすめよ、荒布あらめを身みにまとい、灰はいの中なかにまろび、ひとり子ごを失うしなった時ときのように、悲かなしみ、いたく嘆なげけ。滅ほろぼす者ものが、にわかにわれわれを襲おそうからだ。

エレミヤ書9:19 シオンから悲かなしみの声こえが聞きこえる。それは言いう、『ああ、われわれは滅ほろぼされ、いたく、はずかしめられている。われわれはその地ちを去さり、彼かれらがわれわれのすみかをこわしたからだ』」。

エレミヤ書9:20 女おんなたちよ、主しゅの言葉ことばを聞きけ。あなたがたの耳みみに、その口くちの言葉ことばをいれよ。あなたがたの娘むすめに悲かなしみの歌うたを教おしえ、おのおのその隣となり人びとに哀悼あいとうの歌うたを教おしえよ。

エレミヤ書14:2 「ユダは悲かなしみ、その町々まちまちの門もんは傾かたむき、民みんは地ちに座ざして嘆なげき、エルサレムの叫さけびはあがる。

エレミヤ書20:18 なにゆえにわたしは胎内たいないを出でてきて、悩なやみと悲かなしみに会あい、恥はじを受うけて一生いっしょうを過すごすのか。

エレミヤ書31:13 その時ときおとめたちは舞まって楽たのしみ、若わかい者ものも老おいた者ものも共ともに楽たのしむ。わたしは彼かれらの悲かなしみを喜よろこびにかえ、彼かれらを慰なぐさめ、憂うれいの代かわりに喜よろこびを与あたえる。

エレミヤ書45:3 あなたはかつて、『ああ、わたしはわざわいだ、主しゅがわたしの苦くるしみに悲かなしみをお加くわえになった。わたしは嘆なげき疲つかれて、安息あんそくが得えられない』と言いった。

エレミヤ書48:38 モアブではどこの屋根やねの上うえも、広場ひろばも、ただ悲かなしみに包つつまれている。これは、わたしが、だれもほしがらない器うつわのようにモアブを砕くだいたからであると主しゅは言いわれる。

エレミヤ書49:24 ダマスコは弱よわり、身みをめぐらして逃にげた、恐怖きょうふに襲おそわれている。子こを産うむ女おんなに臨のぞむように痛いたみと悲かなしみと彼かれに臨のぞむ。

哀歌(2か所)

哀歌2:5 主しゅは敵てきのようになって、イスラエルを滅ほろぼし、そのすべての宮殿きゅうでんを滅ほろぼし、そのとりでをこわし、ユダの娘むすめの上うえに憂ういと悲かなしみとを増まし加くわえられた。

哀歌5:15 われわれの心こころの喜よろこびはやみ、踊おどりは悲かなしみに変かわり、

エゼキエル書(10か所)

エゼキエル書2:10 彼かれがわたしの前まえにこれを開ひらくと、その表ひょうにも裏うらにも文字もじが書かいてあった。その書かかかれていることは悲かなしみと、嘆なげきと、災わざわいの言葉ことばであった。

エゼキエル書7:27 王おうは悲かなしみ、つかさは望のぞみを失うしない、その地ちの民たみの手てはおののきによってこわばる。わたしは彼かれらの行おこないに従したがって彼かれらをあつかい、そのさばきに従したがって彼かれらをさばく。そして彼かれらはわたしが主しゅであることを知しるようになる」。

エゼキエル書19:1 あなたはイスラエルの君きみたちのために悲かなしみの歌うたをのべて

エゼキエル書19:14 火ひがその幹みきから出でて、その枝えだと実じつとを滅ほろぼしたので、強つよい幹みきで、君きみたる者もののつえとなるべきものはそこにない。これが悲かなしみの言葉ことば、また悲かなしみの歌うたとなった。

エゼキエル書26:17 あなたのために悲かなしみの歌うたをのべて言ゆう、『あなたは海うみにあって、強つよい誉ほまれある町まち、本土ほんどに恐おそれを与あたえていたあなたも、その住民じゅうみんも、海うみから消きえ去さった。

エゼキエル書27:2 「人ひとの子こよ、ツロのために悲かなしみの歌うたをのべ、

エゼキエル書27:32 彼かれらは悲かなしんで、あなたのために悲かなしみの歌うたをのべ、あなたを弔とむらって言ゆう、『だれかツロのように海うみの中なかで滅ほろびたものがあるか。

エゼキエル書28:12 「人ひとの子こよ、ツロの王おうのために悲かなしみの歌うたをのべて、これに言いえ。主しゅなる神かみはこう言いわれる、あなたは知恵ちえに満みち、美びのきわみである完全かんぜんな印しるしである。

エゼキエル書32:2 「人ひとの子こよ、エジプトの王おうパロのために、悲かなしみの歌うたをのべて、これに言いえ、あなたは自分じぶんをもろもろの国民こくみんのうちのししであると考かんがえているが、あなたは海うみの中なかの龍りゅうのような者ものである。あなたは川かわの中なかに、はね起おき、足あしで水みずをかきまぜ、川かわを濁にごす。

エゼキエル書32:16 これは悲かなしみの歌うたである。人々ひとびとはこれを歌うたい、もろもろの国くにの娘むすめたちはこれを歌ううたう。すなわちエジプトと、そのすべての民衆みんしゅうとのために、これを歌ううたうのであると、主しゅなる神かみは言いわれる」。

ホセア書(1か所)

ホセア書7:14 彼かれらは真心まごころをもってわたしを呼よばず、ただ床ゆかの上うえで悲かなしみ叫さけぶ。彼かれらは穀物こくもつと酒さけのためには集あつまるが、わたしに逆さからう。

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:12 主しゅは言いわれる、「今いまからでも、あなたがたは心こころをつくし、断食だんじきと嘆なげきと、悲かなしみとをもってわたしに帰かえれ。

アモス書(2か所)

アモス書5:1 イスラエルの家いえよ、わたしが悲かなしみの歌うたをもって、あなたがたについて宣のべるこの言葉ことばを聞きけ、

アモス書8:10 あなたがたの祭まつりを嘆なげきに変かわらせ、あなたがたの歌うたをことごとく悲かなしみの歌うたに変かわらせ、すべての人ひとに荒布あらめを腰こしにまとわせ、すべての人ひとに髪かみをそり落おとさせ、その日ひを、ひとり子ごを失うしなった喪中もちゅうのようにし、その終おわりを、苦にがい日ひのようにする」。

ミカ書(2か所)

ミカ書1:8 わたしはこれがために嘆なげき悲かなしみ、はだしと裸はだかで歩あるきまわり、山犬やまいぬのように嘆なげき、だちょうのように悲かなしみ鳴なく。

ミカ書2:4 その日ひ、人々ひとびとは歌うたを作つくってあなたがたをののしり、悲かなしみの歌うたをもって嘆なげき悲かなしみ、「われわれはことごとく滅ほろぼされる、わが民たみの分ぶんは人ひとに与あたえられる。どうしてこれはわたしから離はなれるのであろう。われわれの田畑たはたはわれわれを捕とらえた者ものの間あいだに分わけ与あたえられる」と言ゆう。

ナホム書(1か所)

ナホム書2:7 その王妃おうひは裸はだかにされて、捕とらわれゆき、その侍女じじょたちは悲かなしみ、胸むねを打うって、はとのようにうめく。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ2:18 「叫さけび泣なく大おおいなる悲かなしみの声こえがラマで聞きこえた。ラケルはその子こらのためになげいた。子こらがもはやいないので、慰なぐさめられることさえ願ねがわなかった」。

マタイ26:37 そしてペテロとゼベダイの子こふたりとを連つれて行いかれたが、悲かなしみを催もよおしまた悩なやみはじめられた。

マタイ26:38 そのとき、彼かれらに言いわれた、「わたしは悲かなしみのあまり死しぬほどである。ここに待まっていて、わたしと一緒いっしょに目めをさましていなさい」。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ14:34 「わたしは悲かなしみのあまり死しぬほどである。ここに待まっていて、目めをさましていなさい」。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ6:25 あなたがた今いま満腹まんぷくしている人ひとたちは、わざわいだ。飢うえるようになるからである。あなたがた今いま笑わらっている人ひとたちは、わざわいだ。悲かなしみ泣なくようになるからである。

ルカ22:45 祈いのりを終おえて立たちあがり、弟子でしたちのところへ行いかれると、彼かれらが悲かなしみのはて寝入ねいっているのをごらんになって

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ9:2 すなわち、わたしに大おおきな悲かなしみがあり、わたしの心こころに絶たえざる痛いたみがある。

コリント人への第二の手紙(4か所)

コリント第二2:1 そこでわたしは、あなたがたの所ところに再ふたたび悲かなしみをもって行いくことはすまいと、決心けっしんしたのである。

コリント第二2:7 あなたがたはむしろ彼かれをゆるし、また慰なぐさめてやるべきである。そうしないと、その人ひとはますます深ふかい悲かなしみに沈しずむかも知しれない。

コリント第二7:10 神かみのみこころに添そうた悲かなしみは、悔くいのない救すくいを得えさせる悔改くいあらために導みちびき、この世よの悲かなしみは死しをきたらせる。

コリント第二7:11 見みよ、神かみのみこころに添そうたその悲かなしみが、どんなにか熱情ねつじょうをあなたがたに起おこさせたことか。また、弁明べんめい、義憤ぎふん、恐おそれ、愛慕あいぼ、熱意ねつい、それから処罰しょばつに至いたらせたことか。あなたがたはあの問題もんだいについては、すべての点てんにおいて潔白けっぱくであることを証明しょうめいしたのである。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ2:27 彼かれは実じつに、ひん死しの病気びょうきにかかったが、神かみは彼かれをあわれんで下くださった。彼かればかりではなく、わたしをもあわれんで下くださったので、わたしは悲かなしみに悲かなしみを重かさねないですんだのである。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:9 苦くるしめ、悲かなしめ、泣なけ。あなたがたの笑わらいを悲かなしみに、喜よろこびを憂うれいに変かえよ。

ヨハネの黙示録(3か所)

黙示録18:7 彼女かのじょが自みずから高たかぶり、ぜいたくをほしいままにしたので、それに対たいして、同おなじほどの苦くるしみと悲かなしみとを味あじわわせてやれ。彼女かのじょは心こころの中なかで『わたしは女王じょおうの位くらいについている者ものであって、やもめではないのだから、悲かなしみを知しらない』と言いっている。

黙示録18:8 それゆえ、さまざまの災害さいがいが、死しと悲かなしみとききんとが、一いち日にちのうちに彼女かのじょを襲おそい、そして、彼女かのじょは火ひで焼やかれてしまう。彼女かのじょをさばく主しゅなる神かみは、力強ちからづよいかたなのである。

黙示録21:4 人ひとの目めから涙なみだを全まったくぬぐいとって下くださる。もはや、死しもなく、悲かなしみも、叫さけびも、痛いたみもない。先さきのものが、すでに過すぎ去さったからである」。

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