「先生」(せんせい)が出てくる聖書の箇所

「先生」(せんせい)は口語訳の59か所(旧約0・新約59)に出てきます。日常訳第1版では71か所。

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マタイによる福音書(13か所)

マタイ8:19 するとひとりの律法りっぽう学がく者しゃが近ちかづいてきて言いった、「先生せんせい、あなたがおいでになる所ところなら、どこへでも従したがってまいります」。

マタイ9:11 パリサイ人にんたちはこれを見みて、弟子でしたちに言いった、「なぜ、あなたがたの先生せんせいは、取とり税ぜい人にんや罪人ざいにんなどと食事しょくじを共ともにするのか」。

マタイ12:38 そのとき、律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんのうちのある人々ひとびとがイエスにむかって言いった、「先生せんせい、わたしたちはあなたから、しるしを見みせていただきとうございます」。

マタイ17:24 彼かれらがカペナウムにきたとき、宮みやの納入のうにゅう金きんを集あつめる人ひとたちがペテロのところにきて言いった、「あなたがたの先生せんせいは宮みやの納入のうにゅう金きんを納おさめないのか」。

マタイ19:16 すると、ひとりの人ひとがイエスに近寄ちかよってきて言いった、「先生せんせい、永遠えいえんの生命せいめいを得えるためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。

マタイ22:16 そして、彼かれらの弟子でしを、ヘロデ党とうの者ものたちと共ともに、イエスのもとにつかわして言いわせた、「先生せんせい、わたしたちはあなたが真実しんじつなかたであって、真理しんりに基もとづいて神かみの道みちを教おしえ、また、人ひとに分わけ隔へだてをしないで、だれをもはばかられないことを知しっています。

マタイ22:24 「先生せんせい、モーセはこう言いっています、『もし、ある人ひとが子こがなくて死しんだなら、その弟おとうとは兄あにの妻つまをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

マタイ22:36 「先生せんせい、律法りっぽうの中なかで、どのいましめがいちばん大切たいせつなのですか」。

マタイ23:7 広場ひろばであいさつされることや、人々ひとびとから先生せんせいと呼よばれることを好このんでいる。

マタイ23:8 しかし、あなたがたは先生せんせいと呼よばれてはならない。あなたがたの先生せんせいは、ただひとりであって、あなたがたはみな兄弟きょうだいなのだから。

マタイ26:18 イエスは言いわれた、「市し内ないにはいり、かねて話はなしてある人ひとの所ところに行いって言いいいなさい、『先生せんせいが、わたしの時ときが近ちかづいた、あなたの家いえで弟子でしたちと一緒いっしょに過越すぎこしを守まもろうと、言いっておられます』」。

マタイ26:25 イエスを裏切うらぎったユダが答こたえて言いった、「先生せんせい、まさか、わたしではないでしょう」。イエスは言いわれた、「いや、あなただ」。

マタイ26:49 彼かれはすぐイエスに近寄ちかより、「先生せんせい、いかがですか」と言いって、イエスに接吻せっぷんした。

マルコによる福音書(15か所)

マルコ4:38 ところがイエス自身じしんは、舳へさきの方ほうでまくらをして、眠ねむっておられた。そこで、弟子でしたちはイエスをおこして、「先生せんせい、わたしどもがおぼれ死しんでも、おかまいにならないのですか」と言いった。

マルコ5:35 イエスが、まだ話はなしておられるうちに、会堂かいどう司しの家いえから人々ひとびとがきて言いった、「あなたの娘むすめはなくなりました。このうえ、先生せんせいを煩わずらわすには及およびますまい」。

マルコ9:5 ペテロはイエスにむかって言いった、「先生せんせい、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋こやを三みっつ建たてましょう。一ひとつはあなたのために、一ひとつはモーセのために、一ひとつはエリヤのために」。

マルコ9:17 群衆ぐんしゅうのひとりが答こたえた、「先生せんせい、おしの霊れいにつかれているわたしのむすこを、こちらに連つれて参まいりました。

マルコ9:38 ヨハネがイエスに言いった、「先生せんせい、わたしたちについてこない者ものが、あなたの名なを使つかって悪霊あくりょうを追おい出だしているのを見みましたが、その人ひとはわたしたちについてこなかったので、やめさせました」。

マルコ10:20 すると、彼かれは言いった、「先生せんせい、それらの事ことはみな、小ちいさい時ときから守まもっております」。

マルコ10:35 さて、ゼベダイの子このヤコブとヨハネとがイエスのもとにきて言いった、「先生せんせい、わたしたちがお頼たのみすることは、なんでもかなえてくださるようにお願ねがいします」。

マルコ10:51 イエスは彼かれにむかって言いわれた、「わたしに何なんをしてほしいのか」。その盲人もうじんは言いった、「先生せんせい、見みえるようになることです」。

マルコ11:21 そこで、ペテロは思おもい出だしてイエスに言いった、「先生せんせい、ごらんなさい。あなたがのろわれたいちじくが、枯かれています」。

マルコ12:14 彼かれらはきてイエスに言いった、「先生せんせい、わたしたちはあなたが真実しんじつなかたで、だれをも、はばかられないことを知しっています。あなたは人ひとに分わけ隔へだてをなさらないで、真理しんりに基もとづいて神かみの道みちを教おしえてくださいます。ところで、カイザルに税金ぜいきんを納おさめてよいでしょうか、いけないでしょうか。納おさめるべきでしょうか、納おさめてはならないのでしょうか」。

マルコ12:19 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もし、ある人ひとの兄あにが死しんで、その残のこされた妻つまに、子こがない場合ばあいには、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

マルコ12:32 そこで、この律法りっぽう学がく者しゃはイエスに言いった、「先生せんせい、仰おおせのとおりです、『神かみはひとりであって、そのほかに神かみはない』と言いわれたのは、ほんとうです。

マルコ13:1 イエスが宮みやから出でて行いかれるとき、弟子でしのひとりが言いった、「先生せんせい、ごらんなさい。なんという見事みごとな石いし、なんという立派りっぱな建物たてものでしょう」。

マルコ14:14 そして、その人ひとがはいって行いく家いえの主人しゅじんに言いいいなさい、『弟子でしたちと一緒いっしょに過越すぎこしの食事しょくじをする座敷ざしきはどこか、と先生せんせいが言いっておられます』。

マルコ14:45 彼かれは来くるとすぐ、イエスに近寄ちかより、「先生せんせい」と言いって接吻せっぷんした。

ルカによる福音書(18か所)

ルカ3:12 取とり税ぜい人にんもバプテスマを受うけにきて、彼かれに言いった、「先生せんせい、わたしたちは何なんをすればよいのですか」。

ルカ5:5 シモンは答こたえて言いった、「先生せんせい、わたしたちは夜通よどおし働はたらきましたが、何なんも取とれませんでした。しかし、お言葉ことばですから、網あみをおろしてみましょう」。

ルカ7:40 そこでイエスは彼かれにむかって言いわれた、「シモン、あなたに言いうことがある」。彼かれは「先生せんせい、おっしゃってください」と言いった。

ルカ8:24 そこで、みそばに寄よってきてイエスを起おこし、「先生せんせい、先生せんせい、わたしたちは死しにそうです」と言いった。イエスは起おき上あがって、風かぜと荒浪あらなみとをおしかりになると、止やんでなぎになった。

ルカ8:45 イエスは言いわれた、「わたしにさわったのは、だれか」。人々ひとびとはみな自分じぶんではないと言いったので、ペテロが「先生せんせい、群衆ぐんしゅうがあなたを取とり囲かこんで、ひしめき合あっているのです」と答こたえた。

ルカ8:49 イエスがまだ話はなしておられるうちに、会堂かいどう司しの家いえから人ひとがきて、「お嬢じょうさんはなくなられました。この上うえ、先生せんせいを煩わずらわすには及およびません」と言いった。

ルカ9:33 このふたりがイエスを離はなれ去さろうとしたとき、ペテロは自分じぶんが何なんを言いっているのかわからないで、イエスに言いった、「先生せんせい、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋こやを三みっつ建たてましょう。一ひとつはあなたのために、一ひとつはモーセのために、一ひとつはエリヤのために」。

ルカ9:38 すると突然とつぜん、ある人ひとが群衆ぐんしゅうの中なかから大声おおごえをあげて言いった、「先生せんせい、お願ねがいです。わたしのむすこを見みてやってください。この子こはわたしのひとりむすこですが、

ルカ9:49 するとヨハネが答こたえて言いった、「先生せんせい、わたしたちはある人ひとがあなたの名なを使つかって悪霊あくりょうを追おい出だしているのを見みましたが、その人ひとはわたしたちの仲間なかまでないので、やめさせました」。

ルカ10:25 するとそこへ、ある律法りっぽう学がく者しゃが現あらわれ、イエスを試こころみようとして言いった、「先生せんせい、何なんをしたら永遠えいえんの生命せいめいが受うけられましょうか」。

ルカ11:45 ひとりの律法りっぽう学がく者しゃがイエスに答こたえて言いった、「先生せんせい、そんなことを言いわれるのは、わたしたちまでも侮辱ぶじょくすることです」。

ルカ12:13 群衆ぐんしゅうの中なかのひとりがイエスに言いった、「先生せんせい、わたしの兄弟きょうだいに、遺産いさんを分わけてくれるようにおっしゃってください」。

ルカ19:39 ところが、群衆ぐんしゅうの中なかにいたあるパリサイ人にんたちがイエスに言いった、「先生せんせい、あなたの弟子でしたちをおしかり下ください」。

ルカ20:21 彼かれらは尋たずねて言いった、「先生せんせい、わたしたちは、あなたの語かたり教おしえられることが正ただしく、また、あなたは分わけ隔へだてをなさらず、真理しんりに基もとづいて神かみの道みちを教おしえておられることを、承知しょうちしています。

ルカ20:28 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もしある人ひとの兄あにが妻つまをめとり、子こがなくて死しんだなら、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

ルカ20:39 律法りっぽう学がく者しゃのうちのある人々ひとびとが答こたえて言いった、「先生せんせい、仰おおせのとおりです」。

ルカ21:7 そこで彼かれらはたずねた、「先生せんせい、では、いつそんなことが起おこるのでしょうか。またそんなことが起おこるような場合ばあいには、どんな前兆ぜんちょうがありますか」。

ルカ22:11 その家いえの主人しゅじんに言いいいなさい、『弟子でしたちと一緒いっしょに過越すぎこしの食事しょくじをする座敷ざしきはどこか、と先生せんせいが言いっておられます』。

ヨハネによる福音書(12か所)

ヨハネ1:38 イエスはふり向むき、彼かれらがついてくるのを見みて言いわれた、「何なんか願ねがいがあるのか」。彼かれらは言いった、「ラビ(訳やくして言いえば、先生せんせい)どこにおとまりなのですか」。

ヨハネ1:49 ナタナエルは答こたえた、「先生せんせい、あなたは神かみの子こです。あなたはイスラエルの王おうです」。

ヨハネ3:2 この人ひとが夜よるイエスのもとにきて言いった、「先生せんせい、わたしたちはあなたが神かみからこられた教師きょうしであることを知しっています。神かみがご一緒いっしょでないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。

ヨハネ3:26 そこで彼かれらはヨハネのところにきて言いった、「先生せんせい、ごらん下ください。ヨルダンの向むこうであなたと一緒いっしょにいたことがあり、そして、あなたがあかしをしておられたあのかたが、バプテスマを授さずけており、皆みなの者ものが、そのかたのところへ出でかけています」。

ヨハネ4:31 その間あいだに弟子でしたちはイエスに、「先生せんせい、召めしあがってください」とすすめた。

ヨハネ6:25 そして、海うみの向むこう岸ぎしでイエスに出会であったので言いった、「先生せんせい、いつ、ここにおいでになったのですか」。

ヨハネ8:4 「先生せんせい、この女おんなは姦淫かんいんの場ばでつかまえられました。

ヨハネ9:2 弟子でしたちはイエスに尋たずねて言いった、「先生せんせい、この人ひとが生うまれつき盲人もうじんなのは、だれが罪つみを犯おかしたためですか。本人ほんにんですか、それともその両親りょうしんですか」。

ヨハネ11:8 弟子でしたちは言いった、「先生せんせい、ユダヤ人にんらが、さきほどもあなたを石いしで殺ころそうとしていましたのに、またそこに行いかれるのですか」。

ヨハネ11:16 するとデドモと呼よばれているトマスが、仲間なかまの弟子でしたちに言いった、「わたしたちも行いって、先生せんせいと一緒いっしょに死しのうではないか」。

ヨハネ11:28 マルタはこう言いってから、帰かえって姉妹しまいのマリヤを呼よび、「先生せんせいがおいでになって、あなたを呼よんでおられます」と小声こごえで言いった。

ヨハネ20:16 イエスは彼女かのじょに「マリヤよ」と言いわれた。マリヤはふり返かえって、イエスにむかってヘブル語ごで「ラボニ」と言いった。それは、先生せんせいという意味いみである。

使徒行伝(1か所)

使徒16:30 それから、ふたりを外そとに連つれ出だして言いった、「先生せんせいがた、わたしは救すくわれるために、何なんをすべきでしょうか」。

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