「いやす」が出てくる聖書の箇所
「いやす」は日常訳第1版の65か所(旧約42・新約23)に出てきます。「いやせる」「癒す」も含みます。口語訳では117か所。
創世記(1か所)
創世記20:17 アブラハムが神に祈ると、神はアビメレクとその妻、それに女奴隷たちを癒やした。それで彼女たちは子どもを産めるようになった。
出エジプト記(1か所)
出エジプト15:26 主は言われた。「もしあなたが、あなたの神である主の声によく聞き従い、主の目に正しいことを行い、その命令に耳を傾け、そのすべての掟を守るなら、わたしがエジプトに下したような病を、あなたには一つも下さない。わたしは主、あなたをいやす者だから。」
民数記(1か所)
民数記12:13 モーセは主に叫んで言った。「神よ、どうか、どうか彼女を癒してください。」
申命記(1か所)
申命記32:39 今こそ見よ。わたしこそが、そのわたしだ。わたしのほかに神はいない。わたしが殺し、わたしが生かす。わたしが傷つけ、わたしが癒す。わたしの手から救い出せる者は、誰もいない。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一6:3 彼らは言った。「イスラエルの神の箱を送り返すなら、何もつけずに送り返してはいけない。必ず、罪の償いの供え物を添えて返しなさい。そうすれば、あなたたちは癒やされ、なぜ神の手があなたたちから離れないのかも分かるだろう。」
列王紀下(2か所)
列王紀下20:5 「引き返して、わたしの民の指導者ヒゼキヤに言いなさい。あなたの父ダビデの神、主はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞き、あなたの涙を見た。見よ、わたしはあなたを癒やす。三日目には、あなたは主の神殿に上る。
列王紀下20:8 ヒゼキヤはイザヤに言った。「主がわたしを癒やし、三日目にわたしが主の神殿に上れる、そのしるしは何ですか。」
歴代志下(2か所)
歴代志下22:6 ヨラムは、アラムの王ハザエルと戦ったとき、ラマで受けた傷をいやすためにイズレエルへ引き返した。ユダの王ヨラムの子アハズヤは、アハブの子ヨラムが病にかかっていたので、彼を見舞おうとイズレエルへ下って行った。
歴代志下30:20 主はヒゼキヤの祈りを聞き入れ、民を癒やされた。
詩篇(7か所)
詩篇6:2 主よ、わたしをあわれんでください。わたしは弱り果てています。主よ、わたしを癒やしてください。骨まで苦しんでいるのです。
詩篇30:2 主よ、わたしの神よ。わたしはあなたに助けを求めて叫んだ。すると、あなたはわたしを癒やしてくださった。
詩篇41:3 主は病の床にあるその人を支えてくださる。その人が病で伏せっているとき、あなたはそのすべてをいやしてくださる。
詩篇41:4 わたしは言った。「主よ、わたしをあわれんでください。わたしの魂をいやしてください。あなたに罪を犯してしまったのです」と。
詩篇103:3 あなたのすべての罪をゆるし、あなたのすべての病をいやしてくれる。
詩篇107:20 主を呼び求めると、神は言葉を送って彼らをいやし、滅びから救い出された。
詩篇147:3 心の打ち砕かれた人をいやし、その傷を包んでくれる。
箴言(5か所)
箴言3:8 それがあなたの体を癒やし、骨に力を与える。
箴言4:22 それを見つける人にとって、それは命であり、体全体をいやすものだから。
箴言12:18 思いつくままに話す人の言葉は、剣のように人を刺す。でも、賢い人の言葉は、人を癒す。
箴言15:4 人をいやす言葉は、命の木のようだ。でも、ねじ曲がった言葉は、心を打ち砕く。
箴言16:24 親切な言葉は、蜂の巣の蜜のようだ。魂に甘く、骨を癒やす。
伝道の書(1か所)
伝道の書3:3 殺す時があり、癒す時がある。壊す時があり、建てる時がある。
イザヤ書(8か所)
イザヤ書6:10 この民の心を鈍くし、その耳を遠くし、その目を閉ざせ。そうしなければ、彼らは目で見て、耳で聞いて、心で理解し、立ち返って、いやされてしまうからだ。」
イザヤ書19:22 主はエジプトを打つ。打っては、また癒やす。エジプトの人々が主のもとに立ち返ると、主は彼らの願いを聞き入れ、癒やしてくださる。
イザヤ書30:26 主がその民の傷を包み、打たれた痛手をいやすその日、月の光は太陽の光のようになり、太陽の光は七倍になる。まるで七日分の光がひとつに集まったようだ。
イザヤ書38:16 主よ、人はこうしたことによって生き、わたしの霊もそのすべてによって生きます。どうか、わたしを癒やし、生かしてください。
イザヤ書53:5 でも彼が傷つけられたのは、わたしたちの罪のためだった。彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの過ちのためだった。わたしたちに平安を与えるための罰を、彼が引き受けた。彼が受けた傷によって、わたしたちは癒やされた。
イザヤ書57:18 わたしは彼の歩んだ道を見た。だが、わたしは彼を癒やす。彼を導き、慰めを豊かに返そう。彼のために、そして彼とともに嘆く者たちのために。
イザヤ書57:19 わたしは、唇に語る言葉を造り出す。遠くにいる者にも、近くにいる者にも、平安あれ、平安あれ、と主は言われる。わたしは彼を癒やす。
イザヤ書58:8 そうすれば、あなたの光は夜明けのように差し込み、あなたの傷はすぐにいやされる。あなたの前を正しさが進み、主の栄光がうしろを守ってくれる。
エレミヤ書(5か所)
エレミヤ書8:18 わたしの悲しみは癒やされることがなく、心はわたしの内で弱り果てている。
エレミヤ書8:22 ギレアデに、傷を癒やす薬はないのか。そこに医者はいないのか。それなのに、なぜわたしの民の傷は癒やされないのか。
エレミヤ書14:19 あなたはユダを本当に見捨ててしまったのですか。シオンを心から嫌われたのですか。なぜあなたは、わたしたちを打ち、癒やしてくれないのですか。平和を待ち望んでも、良いことは何もない。癒やしの時を待ち望んでも、あるのは恐れだけです。
エレミヤ書17:14 主よ、わたしを癒やしてください。そうすれば、わたしは癒やされます。わたしを救ってください。そうすれば、わたしは救われます。あなたこそ、わたしの誇りなのですから。
エレミヤ書33:6 だが見よ、わたしはこの町に癒やしと回復をもたらし、人々をいやす。そして、豊かな平和とまことを彼らに現す。
哀歌(1か所)
哀歌2:13 何を証しとして、あなたに告げよう。娘エルサレムよ、あなたを何にたとえよう。おとめである娘シオンよ、あなたを何になぞらえ、慰めよう。あなたの傷は海のように大きい。だれがあなたをいやせるのか。
ホセア書(5か所)
ホセア書5:13 エフライムは自分の病に気づき、ユダは自分の傷に気づいた。そこでエフライムはアッシリアに向かい、大王のもとに助けを求めて人を送った。でも、その王はあなたたちを治すことはできない。あなたたちの傷をいやすこともできない。
ホセア書6:1 「さあ、主のもとに帰ろう。主はわたしたちを引き裂いたが、癒やしてくださる。打たれたが、傷を包んでくださるからだ。
ホセア書7:1 わたしがイスラエルを癒やそうとすると、エフライムの罪とサマリアの悪事があらわになる。彼らは偽りを行い、家の中には泥棒が入り込み、外では強盗の一団が襲いかかる。
ホセア書11:3 わたしはエフライムに歩くことを教え、腕に抱いて育てた。でも彼らは、自分を癒やしていたのがわたしだと気づかなかった。
ホセア書14:4 わたしは彼らの背きをいやし、心から彼らを愛する。わたしの怒りは、もう彼らから去ったからだ。
マラキ書(1か所)
マラキ書4:2 しかし、わたしの名を敬うあなたたちには、義の太陽がのぼる。その翼には、人をいやす力がある。あなたたちは外に飛び出し、牛舎から放たれた子牛のようにはねまわる。
マタイによる福音書(4か所)
マタイ4:23 イエスはガリラヤ全土を巡り歩いた。あちこちの会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、人々のあらゆる病気や患いをいやしていった。
マタイ4:24 そこで、イエスのうわさはシリア全域に広まった。人々は、いろいろな病気や苦しみに悩む人、悪霊にとりつかれた人、てんかんの人、体がまひした人など、あらゆる病人をイエスのところに連れてきた。イエスは、その人たちをいやした。
マタイ9:35 マタイは町や村をすべて巡り歩き、それぞれの会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気や患いをいやしていった。
マタイ13:15 この民の心が鈍くなっているからだ。彼らは耳が遠く、目を閉じてしまった。目で見て、耳で聞いて、心で理解して、立ち返ることがないように。そうならなければ、わたしが彼らをいやすのに。
マルコによる福音書(5か所)
マルコ1:34 イエスは、いろいろな病気で苦しむ大勢の人をいやし、たくさんの悪霊を追い出した。そして悪霊たちが口をきくのを許さなかった。悪霊たちが、イエスが誰なのかを知っていたからだ。
マルコ3:2 人々はイエスを見張っていた。安息日にその人をいやすかどうか、じっと見ていたのだ。イエスを訴える口実にしようとしていた。
マルコ6:5 そのため、イエスはそこでは何一つ奇跡を起こすことができず、ただ何人かの病人に手を置いていやしただけだった。
マルコ6:13 そして、たくさんの悪霊を追い出し、大勢の病人にオリーブ油を塗っていやした。
マルコ6:56 村でも町でも田舎でも、イエスが入って行く先々で、人々は病人を広場に寝かせた。そして、せめてイエスの服のすそにでも触れさせてほしいと願った。触れた人はみな、いやされた。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ4:40 日が沈むころ、いろいろな病気で苦しむ人をかかえていた人たちがみな、その病人をイエスのところに連れて来た。イエスは一人ひとりに手を置いて、彼らをいやした。
ルカ14:4 彼らは黙っていた。そこでイエスはその人の手を取って癒やし、帰らせた。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ12:40 神は彼らの目を見えなくし、心をかたくなにされた。彼らが目で見て、心で理解し、立ち返って、わたしにいやされることのないためである。
使徒行伝(6か所)
使徒5:16 エルサレム周辺の町々からも、大勢の人が集まってきた。病人や、汚れた霊に苦しめられている人たちを連れてきたのだ。そして、みんな癒された。
使徒8:7 汚れた霊に取りつかれていた多くの人からは、その霊が大声で叫びながら出て行った。また、体のまひした人や足の不自由な人も、大勢いやされた。
使徒10:38 神が、ナザレのイエスに聖霊と力を注がれたことです。イエスはあちこちを回って人々に良いことをし、悪魔に苦しめられている人たちをみな癒やしました。神が一緒におられたからです。
使徒28:8 ちょうどそのころ、ポプリオの父親が熱と赤痢で寝込んでいた。パウロはその人のところへ行き、祈って手を置き、いやした。
使徒28:9 これがきっかけで、島にいたほかの病人たちもやって来て、次々にいやされた。
使徒28:27 この民の心は鈍くなり、耳は聞こえにくくなり、目は閉じてしまった。目で見て、耳で聞いて、心で理解し、立ち返って、わたしにいやしてもらうことがないように、と。』
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一12:9 また、ある人には同じ霊によって信仰が、ほかの人には同じ一つの霊によって病気をいやす賜物が与えられる。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル12:13 そして、自分の足でまっすぐな道を歩みなさい。そうすれば、なえた足も、道を踏みはずすことなく、むしろいやされるだろう。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ5:16 だから、互いに罪を打ち明け合い、癒されるように互いのために祈りなさい。正しい人の祈りは、大きな力となって働く。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一2:24 この方は、わたしたちの罪をその身に負って、十字架の上でその罪を背負ってくださった。わたしたちが罪に対して死に、義のために生きるためだ。この方の傷によって、あなたたちはいやされたのだ。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録22:2 川は町の大通りの真ん中を流れていた。その両岸には命の木が立っていて、年に十二回、毎月実をみのらせていた。そしてその葉は、あらゆる民族を癒やすためのものだった。