「疲れる」(つかれる)が出てくる聖書の箇所
「疲れる」(つかれる)は口語訳の45か所(旧約44・新約1)に出てきます。「つかれる」も含みます。日常訳第1版では66か所。
創世記(1か所)
創世記19:11 そして家の入口におる人々を、老若の別なく打って目をくらましたので、彼らは入口を捜すのに疲れた。
出エジプト記(1か所)
出エジプト18:18 あなたも、あなたと一緒にいるこの民も、必ず疲れ果てるであろう。このことはあなたに重過ぎるから、ひとりですることができない。
士師記(4か所)
士師記4:21 しかし彼が疲れて熟睡したとき、ヘベルの妻ヤエルは天幕のくぎを取り、手に槌を携えて彼に忍び寄り、こめかみにくぎを打ち込んで地に刺し通したので、彼は息絶えて死んだ。
士師記8:4 ギデオンは自分に従っていた三百人と共にヨルダンに行ってこれを渡り、疲れながらもなお追撃したが、
士師記8:5 彼はスコテの人々に言った、「どうぞわたしに従っている民にパンを与えてください。彼らが疲れているのに、わたしはミデアンの王ゼバとザルムンナを追撃しているのですから」。
士師記8:15 ギデオンはスコテの人々のところへ行って言った、「あなたがたがかつて『ゼバとザルムンナはすでにあなたの手のうちにあるのか。われわれはどうしてあなたの疲れた人々にパンを与えねばならないのか』と言って、わたしをののしったそのゼバとザルムンナを見なさい」。
サムエル記上(4か所)
サムエル第一14:28 その時、民のひとりが言った、「あなたの父は、かたく民に誓わせて『きょう、食物を食べる者は、のろわれる』と言われました。それで民は疲れているのです」。
サムエル第一14:31 その日イスラエルびとは、ペリシテびとを撃って、ミクマシからアヤロンに及んだ。そして民は、ひじょうに疲れたので、
サムエル第一30:10 すなわちダビデは四百人と共に追撃をつづけたが、疲れてベソル川を渡れない者二百人はとどまった。
サムエル第一30:21 そしてダビデが、あの疲れてダビデについて行くことができずに、ベソル川のほとりにとどまっていた二百人の者のところへきた時、彼らは出てきてダビデを迎え、またダビデと共にいる民を迎えた。ダビデは民に近づいてその安否を問うた。
サムエル記下(4か所)
サムエル第二16:14 王および共にいる民はみな疲れてヨルダンに着き、彼はその所で息をついだ。
サムエル第二17:2 彼が疲れて手が弱くなっているところを襲って、彼をあわてさせましょう。そして彼と共にいる民がみな逃げるとき、わたしは王ひとりを撃ち取り、
サムエル第二21:15 ペリシテびとはまたイスラエルと戦争をした。ダビデはその家来たちと共に下ってペリシテびとと戦ったが、ダビデは疲れていた。
サムエル第二23:10 立ってペリシテびとを撃ち、ついに手が疲れ、手がつるぎに着いて離れないほどになった。その日、主は大いなる勝利を与えられた。民は彼のあとに帰ってきて、ただ殺された者をはぎ取るばかりであった。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記16:7 まことに神は今わたしを疲れさせた。彼はわたしのやからをことごとく荒した。
ヨブ記22:7 疲れた者に水を飲ませず、飢えた者に食物を与えなかった。
詩篇(2か所)
詩篇6:6 わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした。
詩篇69:3 わたしは叫びによって疲れ、わたしののどはかわき、わたしの目は神を待ちわびて衰えました。
伝道の書(2か所)
伝道の書10:15 愚者の労苦はその身を疲れさせる、彼は町にはいる道をさえ知らない。
伝道の書12:12 わが子よ、これら以外の事にも心を用いよ。多くの書を作れば際限がない。多く学べばからだが疲れる。
イザヤ書(13か所)
イザヤ書1:14 あなたがたの新月と定めの祭とは、わが魂の憎むもの、それはわたしの重荷となり、わたしは、それを負うのに疲れた。
イザヤ書5:27 その中には疲れる者も、つまずく者もなく、まどろむ者も、眠る者もない。その腰の帯はとけず、そのくつのひもは切れていない。
イザヤ書16:12 モアブが高き所に出て、おのれを疲れさせ、またその聖所にきて祈っても、効果はない。
イザヤ書28:12 主はさきに彼らに言われた、「これが安息だ、疲れた者に安息を与えよ。これが休息だ」と。しかし彼らは聞こうとはしなかった。
イザヤ書29:8 飢えた者が食べることを夢みても、さめると、その飢えがいえないように、あるいは、かわいた者が飲むことを夢みても、さめると、疲れてそのかわきがとまらないように、シオンの山を攻めて戦う国々の群れもそのようになる。
イザヤ書32:2 おのおの風をさける所、暴風雨をのがれる所のようになり、かわいた所にある水の流れのように、疲れた地にある大きな岩の陰のようになる。
イザヤ書40:28 あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。
イザヤ書40:30 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。
イザヤ書40:31 しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。
イザヤ書44:12 鉄の細工人はこれを造るのに炭の火をもって細工し、鎚をもってこれを造り、強い腕をもってこれを鍛える。彼が飢えれば力は衰え、水を飲まなければ疲れはてる。
イザヤ書46:1 ベルは伏し、ネボはかがみ、彼らの像は獣と家畜との上にある。あなたがたが持ち歩いたものは荷となり、疲れた獣の重荷となった。
イザヤ書50:4 主なる神は教をうけた者の舌をわたしに与えて、疲れた者を言葉をもって助けることを知らせ、また朝ごとにさまし、わたしの耳をさまして、教をうけた者のように聞かせられる。
イザヤ書57:10 あなたは道の長いのに疲れても、なお「望みがない」とは言わなかった。あなたはおのが力の回復を得たので、衰えることがなかった。
エレミヤ書(6か所)
エレミヤ書9:5 人はみな、その隣り人を欺き、真実を言う者はない。彼らは自分の舌に偽りを言うことを教え、悪を行い、疲れて悔い改めるいとまもなく、
エレミヤ書12:5 「もしあなたが、徒歩の人と競争して疲れるなら、どうして騎馬の人と競うことができようか。もし安全な地で、あなたが倒れるなら、ヨルダンの密林では、どうするつもりか。
エレミヤ書20:9 もしわたしが、「主のことは、重ねて言わない、このうえその名によって語る事はしない」と言えば、主の言葉がわたしの心にあって、燃える火のわが骨のうちに閉じこめられているようで、それを押えるのに疲れはてて、耐えることができません。
エレミヤ書31:25 わたしが疲れた魂を飽き足らせ、すべて悩んでいる魂を慰めるからである」。
エレミヤ書45:3 あなたはかつて、『ああ、わたしはわざわいだ、主がわたしの苦しみに悲しみをお加えになった。わたしは嘆き疲れて、安息が得られない』と言った。
エレミヤ書51:58 万軍の主はこう言われる、バビロンの広い城壁は地にくずされ、その高い門は火に焼かれる。こうして民の労苦はむなしくなり、国民はただ火のために疲れる」。
哀歌(2か所)
哀歌4:17 われわれの目は、むなしく助けを待ち望んで疲れ衰えた。われわれは待ち望んだが、救を与え得ない国びとを待ち望んだ。
哀歌5:5 われわれは首にくびきをかけられて追い使われ、疲れても休むことができない。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書8:27 われダニエルは疲れはてて、数日の間病みわずらったが、後起きて、王の事務を執った。しかし、わたしはこの幻の事を思って驚いた。またこれを悟ることができなかった。
ミカ書(1か所)
ミカ書6:3 「わが民よ、わたしはあなたに何をなしたか、何によってあなたを疲れさせたか、わたしに答えよ。
ハバクク書(1か所)
ハバクク書2:13 見よ、もろもろの民は火のために労し、もろもろの国びとはむなしい事のために疲れる。これは万軍の主から出る言葉ではないか。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ5:1 イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。