「大勢」(おおぜい)が出てくる聖書の箇所

「大勢」(おおぜい)は口語訳の60か所(旧約4・新約56)に出てきます。「大ぜい」も含みます。日常訳第1版では144か所。

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申命記(1か所)

申命記20:1 あなたが敵てきと戦たたかうために出でる時とき、馬うまと戦車せんしゃと、あなたよりも大おおぜいの軍隊ぐんたいを見みても、彼かれらを恐おそれてはならない。あなたをエジプトの国くにから導みちびきのぼられたあなたの神かみ、主しゅが共ともにおられるからである。

士師記(1か所)

士師記15:8 そしてサムソンは彼かれらを、さんざんに撃うって大おおぜい殺ころした。こうしてサムソンは下くだって行いって、エタムの岩いわの裂さけ目めに住すんでいた。

列王紀上(1か所)

列王紀上18:25 そこでエリヤはバアルの預言よげん者しゃたちに言いった、「あなたがたは大おおぜいだから初はじめに一いち頭とうの牛うしを選えらんで、それを整ととのえ、あなたがたの神かみの名なを呼よびなさい。ただし火ひをつけてはなりません」。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記5:2 すなわち、ある人々ひとびとは言いった、「われわれはむすこ娘むすめと共ともに大おおぜいです。われわれは穀物こくもつを得えて、食たべて生いきていかなければなりません」。

マタイによる福音書(9か所)

マタイ3:7 ヨハネは、パリサイ人にんやサドカイ人にんが大おおぜいバプテスマを受うけようとしてきたのを見みて、彼かれらに言いった、「まむしの子こらよ、迫せまってきている神かみの怒いかりから、おまえたちはのがれられると、だれが教おしえたのか。

マタイ8:16 夕暮ゆうぐれになると、人々ひとびとは悪霊あくりょうにつかれた者ものを大おおぜい、みもとに連つれてきたので、イエスはみ言葉ことばをもって霊れいどもを追おい出だし、病人びょうにんをことごとくおいやしになった。

マタイ13:2 ところが、大おおぜいの群衆ぐんしゅうがみもとに集あつまったので、イエスは舟ふねに乗のってすわられ、群衆ぐんしゅうはみな岸がんに立たっていた。

マタイ14:14 イエスは舟ふねから上あがって、大おおぜいの群衆ぐんしゅうをごらんになり、彼かれらを深ふかくあわれんで、そのうちの病人びょうにんたちをおいやしになった。

マタイ15:30 すると大おおぜいの群衆ぐんしゅうが、足あしなえ、不具ふぐ者しゃ、盲人もうじん、おし、そのほか多おおくの人々ひとびとを連つれてきて、イエスの足あしもとに置おいたので、彼かれらをおいやしになった。

マタイ15:33 弟子でしたちは言いった、「荒野こうやの中なかで、こんなに大おおぜいの群衆ぐんしゅうにじゅうぶん食たべさせるほどたくさんのパンを、どこで手てに入いれましょうか」。

マタイ19:2 すると大おおぜいの群衆ぐんしゅうがついてきたので、彼かれらをそこでおいやしになった。

マタイ20:29 それから、彼かれらがエリコを出でて行いったとき、大おおぜいの群衆ぐんしゅうがイエスに従したがってきた。

マタイ26:47 そして、イエスがまだ話はなしておられるうちに、そこに、十じゅう二に弟子でしのひとりのユダがきた。また祭司さいし長ちょう、民みんの長老ちょうろうたちから送おくられた大おおぜいの群衆ぐんしゅうも、剣けんと棒ぼうとを持もって彼かれについてきた。

マルコによる福音書(11か所)

マルコ2:15 それから彼かれの家いえで、食事しょくじの席せきについておられたときのことである。多おおくの取とり税ぜい人にんや罪人ざいにんたちも、イエスや弟子でしたちと共ともにその席せきに着ついていた。こんな人ひとたちが大おおぜいいて、イエスに従したがってきたのである。

マルコ5:9 また彼かれに、「なんという名前なまえか」と尋たずねられると、「レギオンと言いいいます。大おおぜいなのですから」と答こたえた。

マルコ5:21 イエスがまた舟ふねで向むこう岸ぎしへ渡わたられると、大おおぜいの群衆ぐんしゅうがみもとに集あつまってきた。イエスは海うみべにおられた。

マルコ5:24 そこで、イエスは彼かれと一緒いっしょに出でかけられた。大おおぜいの群衆ぐんしゅうもイエスに押おし迫せまりながら、ついて行いった。

マルコ6:13 多おおくの悪霊あくりょうを追おい出だし、大おおぜいの病人びょうにんに油あぶらをぬっていやした。

マルコ6:34 イエスは舟ふねから上あがって大おおぜいの群衆ぐんしゅうをごらんになり、飼かう者もののない羊ひつじのようなその有様ありさまを深ふかくあわれんで、いろいろと教おしえはじめられた。

マルコ8:1 そのころ、また大おおぜいの群衆ぐんしゅうが集あつまっていたが、何なんも食たべるものがなかったので、イエスは弟子でしたちを呼よび寄よせて言いわれた、

マルコ9:14 さて、彼かれらがほかの弟子でしたちの所ところにきて見みると、大おおぜいの群衆ぐんしゅうが弟子でしたちを取とり囲かこみ、そして律法りっぽう学がく者しゃたちが彼かれらと論ろんじ合あっていた。

マルコ10:46 それから、彼かれらはエリコにきた。そして、イエスが弟子でしたちや大おおぜいの群衆ぐんしゅうと共ともにエリコから出でかけられたとき、テマイの子こ、バルテマイという盲人もうじんのこじきが、道みちばたにすわっていた。

マルコ12:5 そこでまた他ほかの者ものを送おくったが、今度こんどはそれを殺ころしてしまった。そのほか、なお大おおぜいの者ものを送おくったが、彼かれらを打うったり、殺ころしたりした。

マルコ12:37 このように、ダビデ自身じしんがキリストを主しゅと呼よんでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子こであろうか」。大おおぜいの群衆ぐんしゅうは、喜よろこんでイエスに耳みみを傾かたむけていた。

ルカによる福音書(12か所)

ルカ5:29 それから、レビは自分じぶんの家いえで、イエスのために盛大せいだいな宴会えんかいを催もよおしたが、取とり税ぜい人にんやそのほか大おおぜいの人々ひとびとが、共ともに食卓しょくたくに着ついていた。

ルカ6:17 そして、イエスは彼かれらと一緒いっしょに山やまを下くだって平地へいちに立たたたれたが、大おおぜいの弟子でしたちや、ユダヤ全土ぜんど、エルサレム、ツロとシドンの海岸かいがん地方ちほうなどからの大だい群衆ぐんしゅうが、

ルカ7:11 そののち、間まもなく、ナインという町まちへおいでになったが、弟子でしたちや大おおぜいの群衆ぐんしゅうも一緒いっしょに行いった。

ルカ7:12 町まちの門もんに近ちかづかれると、ちょうど、あるやもめにとってひとりむすこであった者ものが死しんだので、葬ほうむりに出だすところであった。大おおぜいの町まちの人ひとたちが、その母ははにつきそっていた。

ルカ8:4 さて、大おおぜいの群衆ぐんしゅうが集あつまり、その上うえ、町々まちまちからの人ひとたちがイエスのところに、ぞくぞくと押おし寄よせてきたので、一ひとつの譬たとえで話はなしをされた、

ルカ9:13 しかしイエスは言いわれた、「あなたがたの手てで食物しょくもつをやりなさい」。彼かれらは言いった、「わたしたちにはパン五いつつと魚さかな二にひきしかありません、この大おおぜいの人ひとのために食物しょくもつを買かいに行いくかしなければ」。

ルカ9:37 翌日よくじつ、一同いちどうが山やまを降おりて来くると、大おおぜいの群衆ぐんしゅうがイエスを出迎でむかえた。

ルカ14:16 そこでイエスが言いわれた、「ある人ひとが盛大せいだいな晩餐ばんさん会かいを催もよおして、大おおぜいの人ひとを招まねいた。

ルカ14:25 大おおぜいの群衆ぐんしゅうがついてきたので、イエスは彼かれらの方ほうに向むいて言いわれた、

ルカ15:17 そこで彼かれは本心ほんしんに立たちかえって言いった、『父ちちのところには食物しょくもつのあり余あまっている雇人やといにんが大おおぜいいるのに、わたしはここで飢うえて死しのうとしている。

ルカ19:37 いよいよオリブ山さんの下くだり道みちあたりに近ちかづかれると、大おおぜいの弟子でしたちはみな喜よろこんで、彼かれらが見みたすべての力ちからあるみわざについて、声こえ高たからかに神かみをさんびして言いいいはじめた、

ルカ23:27 大おおぜいの民衆みんしゅうと、悲かなしみ嘆なげいてやまない女おんなたちの群むれとが、イエスに従したがって行いった。

ヨハネによる福音書(7か所)

ヨハネ5:3 その廊ろうの中なかには、病人びょうにん、盲人もうじん、足あしなえ、やせ衰おとろえた者ものなどが、大おおぜいからだを横よこたえていた。〔彼かれらは水みずの動うごくのを待まっていたのである。

ヨハネ6:2 すると、大おおぜいの群衆ぐんしゅうがイエスについてきた。病人びょうにんたちになさっていたしるしを見みたからである。

ヨハネ6:5 イエスは目めをあげ、大おおぜいの群衆ぐんしゅうが自分じぶんの方ほうに集あつまって来くるのを見みて、ピリポに言いわれた、「どこからパンを買かってきて、この人々ひとびとに食たべさせようか」。

ヨハネ6:9 「ここに、大麦おおむぎのパン五いつつと、さかな二にひきとを持もっている子供こどもがいます。しかし、こんなに大おおぜいの人ひとでは、それが何なんになりましょう」。

ヨハネ11:19 大おおぜいのユダヤ人にんが、その兄弟きょうだいのことで、マルタとマリヤとを慰なぐさめようとしてきていた。

ヨハネ12:9 大おおぜいのユダヤ人にんたちが、そこにイエスのおられるのを知しって、押おしよせてきた。それはイエスに会あうためだけではなく、イエスが死人しにんのなかから、よみがえらせたラザロを見みるためでもあった。

ヨハネ12:12 その翌日よくじつ、祭まつりにきていた大おおぜいの群衆ぐんしゅうは、イエスがエルサレムにこられると聞きいて、

使徒行伝(14か所)

使徒2:6 この物音ものおとに大おおぜいの人ひとが集あつまってきて、彼かれらの生うまれ故郷こきょうの国語こくごで、使徒しとたちが話はなしているのを、だれもかれも聞きいてあっけに取とられた。

使徒5:16 またエルサレム附近ふきんの町々まちまちからも、大おおぜいの人ひとが、病人びょうにんや汚よごれた霊れいに苦くるしめられている人ひとたちを引ひき連つれて、集あつまってきたが、その全部ぜんぶの者ものが、ひとり残のこらずいやされた。

使徒10:27 それから共ともに話はなしながら、へやにはいって行いくと、そこには、すでに大おおぜいの人ひとが集あつまっていた。

使徒11:24 彼かれは聖霊せいれいと信仰しんこうとに満みちた立派りっぱな人ひとであったからである。こうして主しゅに加くわわる人々ひとびとが、大おおぜいになった。

使徒11:26 彼かれを見みつけたうえ、アンテオケに連つれて帰かえった。ふたりは、まる一いち年ねん、ともどもに教会きょうかいで集あつまりをし、大おおぜいの人々ひとびとを教おしえた。このアンテオケで初はじめて、弟子でしたちがクリスチャンと呼よばれるようになった。

使徒12:12 ペテロはこうとわかってから、マルコと呼よばれているヨハネの母ははマリヤの家いえに行いった。その家いえには大おおぜいの人ひとが集あつまって祈いのっていた。

使徒13:43 そして集会しゅうかいが終おわってからも、大おおぜいのユダヤ人にんや信心しんじん深ふかい改宗かいしゅう者しゃたちが、パウロとバルナバとについてきたので、ふたりは、彼かれらが引ひきつづき神かみのめぐみにとどまっているようにと、説ときすすめた。

使徒14:1 ふたりは、イコニオムでも同おなじようにユダヤ人にんの会堂かいどうにはいって語かたった結果けっか、ユダヤ人にんやギリシヤ人にんが大おおぜい信しんじた。

使徒14:21 その町まちで福音ふくいんを伝つたえて、大おおぜいの人ひとを弟子でしとした後あと、ルステラ、イコニオム、アンテオケの町々まちまちに帰かえって行いき、

使徒18:10 あなたには、わたしがついている。だれもあなたを襲おそって、危害きがいを加くわえるようなことはない。この町まちには、わたしの民たみが大おおぜいいる」。

使徒19:18 また信者しんじゃになった者ものが大おおぜいきて、自分じぶんの行為こういを打うちあけて告白こくはくした。

使徒19:26 しかるに、諸君しょくんの見聞みきしているように、あのパウロが、手てで造つくられたものは神かみ様さまではないなどと言いって、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体ぜんたいにわたって、大おおぜいの人々ひとびとを説ときつけて誤あやまらせた。

使徒21:36 大おおぜいの民衆みんしゅうが「あれをやっつけてしまえ」と叫さけびながら、ついてきたからである。

使徒28:23 そこで、日ひを定さだめて、大おおぜいの人ひとが、パウロの宿やどにつめかけてきたので、朝あさから晩ばんまで、パウロは語かたり続つづけ、神かみの国くにのことをあかしし、またモーセの律法りっぽうや預言よげん者しゃの書しょを引ひいて、イエスについて彼かれらの説得せっとくにつとめた。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一11:30 あなたがたの中なかに、弱よわい者ものや病人びょうにんが大おおぜいおり、また眠ねむった者ものも少すくなくないのは、そのためである。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:2 また、大おおぜいの人ひとが彼かれらの放縦ほうしょうを見習みならい、そのために、真理しんりの道みちがそしりを受うけるに至いたるのである。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録7:9 その後ご、わたしが見みていると、見みよ、あらゆる国民こくみん、部族ぶぞく、民族みんぞく、国語こくごのうちから、数かぞえきれないほどの大おおぜいの群衆ぐんしゅうが、白しろい衣ころもを身みにまとい、しゅろの枝えだを手てに持もって、御座ぎょざと小羊こひつじとの前まえに立たち、

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