「供える」(そなえる)が出てくる聖書の箇所

「供える」(そなえる)は口語訳の53か所(旧約43・新約10)に出てきます。「そなえる」も含みます。日常訳第1版では25か所。

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創世記(2か所)

創世記18:8 そしてアブラハムは凝乳ぎょうにゅうと牛乳ぎゅうにゅうおよび子牛こうしの調理ちょうりしたものを取とって、彼かれらの前まえに供そなえ、木きの下もとで彼かれらのかたわらに立たって給仕きゅうじし、彼かれらは食事しょくじした。

創世記24:33 そして彼かれの前まえに食物しょくもつを供そなえたが、彼かれは言いった、「わたしは用向ようむきを話はなすまでは食たべません」。ラバンは言いった、「お話はなしください」。

出エジプト記(5か所)

出エジプト18:12 そしてモーセのしゅうとエテロは燔祭はんさいと犠牲ぎせいを神かみに供そなえ、アロンとイスラエルの長老ちょうろうたちもみなきて、モーセのしゅうとと共ともに神かみの前まえで食事しょくじをした。

出エジプト30:36 また、その幾いくぶんを細こまかに砕くだき、わたしがあなたと会あう会見かいけんの幕屋まくやにある、あかしの箱ばこの前まえにこれを供そなえなければならない。これはあなたがたに最ももっとも聖せいなるものである。

出エジプト32:6 そこで人々ひとびとはあくる朝あさ早はやく起おきて燔祭はんさいをささげ、酬恩しゅうおん祭さいを供そなえた。民たみは座ざして食くい飲のみし、立たって戯たわむれた。

出エジプト34:25 あなたは犠牲ぎせいの血ちを、種しゅを入いれたパンと共ともに供そなえてはならない。また過越すぎこしの祭まつりの犠牲ぎせいを、翌朝よくあさまで残のこして置おいてはならない。

出エジプト40:23 その上うえにパンを列れつに並ならべて、主しゅの前まえに供そなえた。主しゅがモーセに命めいじられたとおりである。

民数記(4か所)

民数記4:7 また供そなえのパンの机つくえの上うえには、青色あおいろの布ぬのをうちかけ、その上うえに、さら、乳香にゅうこうを盛もる杯さかずき、鉢ばち、および灌かん祭さいの瓶びんを並ならべ、また絶たやさず供そなえるパンを置おき、

民数記4:16 祭司さいしアロンの子こエレアザルは、ともし油あぶら、香こうばしい薫香くんこう、絶たやさず供そなえる素す祭まつりおよび注そそぎ油あぶらをつかさどり、また幕屋まくやの全体ぜんたいと、そのうちにあるすべての聖せいなる物もの、およびその所ところのもろもろの器うつわをつかさどらなければならない」。

民数記16:35 また主しゅのもとから火ひが出でて、薫香くんこうを供そなえる二百にひゃく五十ごじゅう人にんをも焼やきつくした。

民数記16:39 そこで祭司さいしエレアザルは、かの焼やき殺ころされた人々ひとびとが供そなえた青銅せいどうの火ひざらを取とり、これを広ひろく打うち延のばして、祭壇さいだんのおおいとし、

申命記(2か所)

申命記26:14 わたしはその聖せいなる物ものを喪ものうちで食たべたことがなく、また汚よごれた身みでそれを取とり出だしたことがなく、また死人しにんにそれを供そなえたことがありませんでした。わたしはわたしの神かみ、主しゅの声こえに聞き従いききしたがい、すべてあなたがわたしに命めいじられたとおりにいたしました。

申命記33:10 彼かれらはあなたのおきてをヤコブに教おしえ、あなたの律法りっぽうをイスラエルに教おしえ、薫香くんこうをあなたの前まえに供そなえ、燔祭はんさいを祭壇さいだんの上うえにささげる。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記8:31 これは主しゅのしもべモーセがイスラエルの人々ひとびとに命めいじたことにもとづき、モーセの律法りっぽうの書しょにしるされているように、鉄てつの道具どうぐを当あてない自然しぜんのままの石いしの祭壇さいだんであって、人々ひとびとはその上うえで、主しゅに燔祭はんさいをささげ、酬恩しゅうおん祭さいを供そなえた。

士師記(2か所)

士師記6:18 どうぞ、わたしが供そなえ物ものを携たずさえてあなたのもとにもどってきて、あなたの前まえに供そなえるまで、ここを去さらないでください」。主しゅは言いわれた、「わたしはあなたがもどって来くるまで待まちましょう」。

士師記6:19 そこでギデオンは自分じぶんの家いえに行いって、やぎの子こを整ととのえ、一いちエパの粉こなで種しゅ入いれぬパンをつくり、肉にくをかごに入いれ、あつものをつぼに盛もり、テレビンの木きの下したにおる彼かれのもとに持もってきて、それを供そなえた。

サムエル記上(3か所)

サムエル第一6:15 レビびとは主しゅの箱ばこと、そのかたわらの、金かねの作つくり物ものをおさめた箱ばこを取とりおろし、それを大石おおいしの上うえに置おいた。そしてベテシメシの人々ひとびとは、その日ひ、主しゅに燔祭はんさいを供そなえ、犠牲ぎせいをささげた。

サムエル第一10:8 あなたはわたしに先立さきだってギルガルに下くだらなければならない。わたしはあなたのもとに下くだっていって、燔祭はんさいを供そなえ、酬恩しゅうおん祭さいをささげるでしょう。わたしがあなたのもとに行いって、あなたのしなければならない事ことをあなたに示しめすまで、七なな日かのあいだ待またなければならない」。

サムエル第一28:22 それゆえ今いまあなたも、つかえめの声こえに聞き従いききしたがい、一口ひとくちのパンをあなたの前まえにそなえさせてください。あなたはそれをめしあがって力ちからをつけ、道みちを行おこなってください」。

列王紀下(3か所)

列王紀下4:43 その召使めしつかいは言いった、「どうしてこれを百ひゃく人にんの前まえに供そなえるのですか」。しかし彼かれは言いった、「人々ひとびとに与あたえて食たべさせなさい。主しゅはこう言いわれる、『彼かれらは食たべてなお余あますであろう』」。

列王紀下4:44 そこで彼かれはそれを彼かれらの前まえに供そなえたので、彼かれらは食たべてなお余あました。主しゅの言葉ことばのとおりであった。

列王紀下6:22 エリシャは答こたえた、「撃うち殺ころしてはならない。あなたはつるぎと弓ゆみをもって、捕虜ほりょにした者ものどもを撃うち殺ころすでしょうか。パンと水みずを彼かれらの前まえに供そなえて食くい飲のみさせ、その主君しゅくんのもとへ行いかせなさい」。

歴代志下(2か所)

歴代志下2:4 見みよ、わたしはわが神かみ、主しゅの名なのために一ひとつの家いえを建たて、これを聖別せいべつして彼かれにささげ、彼かれの前まえにこうばしい香こうをたき、常つね供とものパンを供そなえ、また燔祭はんさいを安息あんそく日ひ、新月しんげつ、およびわれらの神かみ、主しゅの定さだめの祭まつりに朝夕あさゆうささげ、これをイスラエルのながく守まもるべき定さだめにしようとしています。

歴代志下13:11 彼かれらは朝あさごと夕ゆうごとに主しゅに燔祭はんさいと、こうばしい香こうをささげ、供そなえのパンを純金じゅんきんの机つくえの上うえに供そなえ、また金かねの燭台しょくだいとそのともしび皿さらを整ととのえて、夕ゆうごとにともすのである。このようにわれわれはわれわれの神かみ、主しゅの務むを守まもっているが、あなたがたは彼かれを捨すてた。

エズラ記(1か所)

エズラ記6:3 クロス王おうの元年がんねんにクロス王おうは命いのちを下くだした、『エルサレムにある神かみの宮みやについては、犠牲ぎせいをささげ、燔祭はんさいを供そなえる所ところの宮みやを建たて、その宮みやの高たかさを六十ろくじゅうキュビトにし、その幅はばを六十ろくじゅうキュビトにせよ。

箴言(1か所)

箴言6:8 夏なつのうちに食物しょくもつをそなえ、刈入かりいれの時ときに、かてを集あつめる。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書43:24 あなたは金かねを出だして、わたしのために菖蒲しょうぶを買かわず、犠牲ぎせいの脂肪しぼうを供そなえて、わたしを飽あかせず、かえって、あなたの罪つみの重荷おもにをわたしに負おわせ、あなたの不義ふぎをもって、わたしを煩わわずらわせた。

イザヤ書65:11 しかし主しゅを捨すて、わが聖せいなる山やまを忘わすれ、机つくえを禍福かふくの神かみに供そなえ、混まぜ合あわせた酒さけを盛もって運命うんめいの神かみにささげるあなたがたよ、

エレミヤ書(2か所)

エレミヤ書7:18 子こどもらは、たきぎを集あつめ、父ちちたちは火ひをたき、女おんなは粉こなをこね、パンを造つくってこれを天后てんこうに供そなえる。また彼かれらは他たの神々かみがみの前まえに酒さけを注そそいで、わたしを怒おこらせる。

エレミヤ書12:3 主しゅよ、あなたはわたしを知しり、わたしを見み、わたしの心こころがあなたに対たいしていかにあるかを試こころみられます。ほふるために羊ひつじを引ひき出だすように、彼かれらを引ひき出だし、殺ころす日ひにそなえて、彼かれらを残のこしておいてください。

エゼキエル書(13か所)

エゼキエル書16:18 また縫ぬい取とりのある自分じぶんの衣ころもをとって彼かれらに着きせ、わたしの油あぶらと香こうとをその前まえに供そなえ、

エゼキエル書16:19 またわたしがあなたに与あたえたパン、わたしがあなたを養やしなうための麦粉むぎこ、油あぶらおよび蜜みつを、こうばしきかおりとして彼かれらの前まえに供そなえたと、主しゅなる神かみは言いわれる。

エゼキエル書16:20 あなたはまた、あなたがわたしに産うんだむすこ、娘むすめたちをとって、その像ぞうに供そなえ、彼かれらに食くわせた。このようなあなたの姦淫かんいんは小ちいさい事ことであろうか。

エゼキエル書23:7 彼女かのじょは彼かれらに淫行いんこうを供そなえた。彼かれらはすべてアッスリヤのえり抜ぬきの人々ひとびとである。彼女かのじょはまた、そのこがれたすべての者もののもろもろの偶像ぐうぞうをもって、おのれを汚よごした。

エゼキエル書23:41 尊とうとい床ゆかに座ざし、食卓しょくたくをその前まえに設もうけ、わたしの香こうと、わたしの油あぶらとを、その上うえに供そなえた。

エゼキエル書39:17 主しゅなる神かみはこう言いわれる、人ひとの子こよ、諸種しょしゅの鳥とりと野のの獣けものとに言いえ、みな集あつまってこい。わたしがおまえたちのために供そなえた犠牲ぎせい、すなわちイスラエルの山々やまやまの上うえにある、大おおいなる犠牲ぎせいに、四方しほうから集あつまり、その肉にくを食くい、その血ちを飲のめ。

エゼキエル書39:19 わたしがおまえたちのために供そなえた犠牲ぎせいは、飽あきるまでその脂肪しぼうを食たべ、酔ようまで血ちを飲のめ。

エゼキエル書43:27 彼かれらがこれらの日ひを満みたしたとき、八よう日か目めから後あとは、祭司さいしたちは、あなたがたの燔祭はんさいと、酬恩しゅうおん祭さいとを祭壇さいだんの上うえに供そなえる。そうすれば、わたしは、あなたがたを受うけいれると、主しゅなる神かみは言いわれる」。

エゼキエル書45:17 また祭日さいじつ、ついたち、安息あんそく日ひ、すなわちイスラエルの家いえのすべての祝いいわい日ひに、燔祭はんさい、素す祭まつり、灌かん祭さいを供そなえるのは、君きみたる者ものの務つとむである。すなわち彼かれはイスラエルの家いえのあがないのために、罪つみ祭まつり、素す祭まつり、燔祭はんさい、酬恩しゅうおん祭さいをささげなければならない。

エゼキエル書45:25 七なな月がつ十じゅう五ご日にちの祝いいわい日ひに、彼かれは七なな日かの間あいだ、罪つみ祭まつり、燔祭はんさい、素す祭まつりおよび油あぶらを、このように供そなえなければならない。

エゼキエル書46:7 素す祭まつりは雄牛おうしのために麦粉むぎこ一いちエパ、雄羊おひつじのために麦粉むぎこ一いちエパ、小羊こひつじのためには、その人ひとのささげうる程度ていどのものを供そなえよ。また麦粉むぎこ一いちエパに油あぶら一いちヒンを加くわえよ。

エゼキエル書46:11 祭日さいじつと祝いいわい日ひには、素す祭まつりとして、若わかい雄牛おうしのために麦粉むぎこ一いちエパ、雄羊おひつじのために麦粉むぎこ一いちエパ、小羊こひつじのためには、その人ひとのささげうる程度ていどのものを供そなえ、麦粉むぎこ一いちエパには油あぶら一いちヒンを加くわえよ。

エゼキエル書46:12 また君きみたる者ものが、心こころからの供そなえ物ものとして、燔祭はんさいまたは酬恩しゅうおん祭さいを主しゅにささげる時ときは、彼かれのために東ひがしに面めんした門もんを開あけ。彼かれは安息あんそく日ひに行おこなうように、その燔祭はんさいと酬恩しゅうおん祭さいを供そなえ、そして退出たいしゅつする。その退出たいしゅつの後あと、門もんは閉とざされる。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ24:45 主人しゅじんがその家いえの僕ぼくたちの上うえに立たてて、時ときに応おうじて食物しょくもつをそなえさせる忠実ちゅうじつな思慮しりょ深ふかい僕ぼくは、いったい、だれであろう。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ12:42 そこで主しゅが言いわれた、「主人しゅじんが、召使めしつかいたちの上うえに立たてて、時ときに応おうじて定さだめの食事しょくじをそなえさせる忠実ちゅうじつな思慮しりょ深ふかい家令かれいは、いったいだれであろう。

使徒行伝(3か所)

使徒15:20 ただ、偶像ぐうぞうに供そなえて汚よごれた物ものと、不ふ品行ひんこうと、絞しめ殺ころしたものと、血ちとを、避さけるようにと、彼かれらに書かき送おくることにしたい。

使徒15:29 それは、偶像ぐうぞうに供そなえたものと、血ちと、絞しめ殺ころしたものと、不ふ品行ひんこうとを、避さけるということである。これらのものから遠とおざかっておれば、それでよろしい。以上いじょう」。

使徒21:25 異邦いほう人にんで信者しんじゃになった人ひとたちには、すでに手紙てがみで、偶像ぐうぞうに供そなえたものと、血ちと、絞しめ殺ころしたものと、不ふ品行ひんこうとを、慎つつしむようにとの決議けつぎが、わたしたちから知しらせてある」。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一10:20 そうではない。人々ひとびとが供そなえる物ものは、悪霊あくりょうども、すなわち、神かみならぬ者ものに供そなえるのである。わたしは、あなたがたが悪霊あくりょうの仲間なかまになることを望のぞまない。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ4:24 真しんの義ぎと聖せいとをそなえた神かみにかたどって造つくられた新あたらしき人ひとを着きるべきである。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル2:14 このように、子こたちは血ちと肉にくとに共ともにあずかっているので、イエスもまた同様どうように、それらをそなえておられる。それは、死しの力ちからを持もつ者もの、すなわち悪魔あくまを、ご自分じぶんの死しによって滅ほろぼし、

ヘブル10:1 いったい、律法りっぽうはきたるべき良よいことの影かげをやどすにすぎず、そのものの真しんのかたちをそなえているものではないから、年ねんごとに引ひきつづきささげられる同おなじようないけにえによっても、みまえに近ちかづいて来くる者ものたちを、全まっとうすることはできないのである。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ3:6 舌したは火ひである。不義ふぎの世界せかいである。舌したは、わたしたちの器官きかんの一ひとつとしてそなえられたものであるが、全身ぜんしんを汚よごし、生存せいぞんの車輪しゃりんを燃もやし、自みずからは地獄じごくの火ひで焼やかれる。

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