「何者」(なにもの)が出てくる聖書の箇所

「何者」(なにもの)は日常訳第1版の36か所(旧約22・新約14)に出てきます。口語訳では23か所。

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出エジプト記(4か所)

出エジプト3:11 モーセは神かみに言いった。「わたしのような者ものが、いったい何者なにものでしょう。どうしてファラオのところへ行いき、イスラエルの人々ひとびとをエジプトから連つれ出だせるでしょうか」

出エジプト5:2 ファラオは言いった。「主しゅとは何者なにものだ。なぜわたしがその声こえに従したがって、イスラエルを去さらせなければならないのか。わたしは主しゅなど知しらない。イスラエルを去さらせるつもりもない。」

出エジプト16:7 また朝あさには、主しゅの栄光えいこうを見みることになる。主しゅは、あなたたちが主しゅに向むけた不満ふまんを聞きかれたのだ。わたしたちに不満ふまんをぶつけるとは、いったいわたしたちが何者なにものだというのか。」

出エジプト16:8 さらにモーセは言いった。「主しゅが夕方ゆうがたには食たべる肉にくを、朝あさには満みち足たりるほどのパンをあなたたちに与あたえてくださる。それは、あなたたちが主しゅに向むけてぶつけている不満ふまんを、主しゅが聞きかれたからだ。わたしたちが何者なにものだというのか。あなたたちの不満ふまんはわたしたちに向むけられたものではなく、主しゅに向むけられたものなのだ。」

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記9:8 彼かれらはヨシュアに言いった。「わたしたちはあなたのしもべです。」するとヨシュアは尋たずねた。「あなたたちは何者なにものか。どこから来きたのか。」

士師記(2か所)

士師記9:28 エベドの子こガアルは言いった。「アビメレクとは何者なにものだ。シェケムとは何者なにものなんだ。どうしてわたしたちが彼かれに仕つかえなきゃいけない。あれはエルバアルの子こで、ゼブルはその部下ぶかじゃないか。シェケムの父ちちハモルの一族いちぞくにこそ仕つかえるべきだ。なんでわたしたちが彼かれに仕つかえるんだ。

士師記9:38 するとゼブルは言いった。「『アビメレクとは何者なにものだ、どうして彼かれに仕つかえるんだ』と言いっていた、その大おおきな口くちはどうした。ほら、あれがおまえのばかにした者ものたちだ。さあ、出でて行いって戦たたかってみろ。」

サムエル記上(4か所)

サムエル第一17:26 ダビデはそばに立たっている人ひとたちに言いった。「あのペリシテ人びとを倒たおして、イスラエルから恥はじをぬぐい去さる者ものには、どんな報むくいがあるんですか。あの割礼かつれいも受うけていないペリシテ人びとは、いったい何者なにものなんですか。生いきている神かみの軍勢ぐんぜいを、よくもばかにできたものです。」

サムエル第一18:18 ダビデはサウルに答こたえた。「わたしなど何者なにものでしょう。わたしの家柄いえがらも、父ちちの一族いちぞくも、イスラエルの中なかで何なんほどのものでもありません。それなのに、どうして王おうの婿むこになれましょうか。」

サムエル第一25:10 ところがナバルは、ダビデのしもべたちにこう言い返しいいかえした。「ダビデって誰だれだ。エッサイの息子むすことは何者なにものだ。近ちかごろは、主人しゅじんのもとから逃にげ出だすしもべが多おおいからな。

サムエル第一26:14 ダビデは兵へいたちと、ネルの子こアブネルに向むかって叫さけんだ。「アブネル、返事へんじをしないのか。」アブネルは答こたえて言いった。「王おうに呼よびかけるお前まえは、いったい何者なにものだ。」

サムエル記下(2か所)

サムエル第二7:18 すると、ダビデ王おうは入はいって行いき、主しゅの前まえに座すわって言いった。「主しゅなる神かみよ、このわたしが何者なにものでしょう。わたしの家いえが何なんだというのでしょう。それなのに、あなたはここまで、わたしを導みちびいてくださいました。

サムエル第二9:8 メフィボシェトはひれ伏ふして言いった。「このしもべが何者なにものだというのでしょう。わたしのような、死しんだ犬いぬにすぎない者ものに、目めを留とめてくださるとは。」

列王紀下(1か所)

列王紀下10:13 イエフは、ユダの王おうアハズヤの身内みうちの者ものたちに出会であった。「お前まえたちは何者なにものだ」と尋たずねると、彼かれらは「わたしたちはアハズヤの身内みうちだ。王おうの子こたちと王母おうぼの子こたちにあいさつをするために下くだって来きた」と答こたえた。

歴代志上(2か所)

歴代志上17:16 ダビデ王おうは主しゅの前まえに進すすみ出でて座すわり、こう言いった。「主しゅなる神かみよ、わたしは何者なにものなのでしょう。わたしの家系かけいは何なんなのでしょう。それなのに、あなたはわたしをここまで導みちびいてくださいました。

歴代志上29:14 わたしたちがこんなふうに喜よろこんでささげることができたとしても、わたしは何者なにものだろう。わたしの民たみも何者なにものだろう。すべてはあなたから出でてくるのだから。わたしたちは、あなたの手てからいただいたものを、あなたにお返かえししただけなのだ。

歴代志下(1か所)

歴代志下2:6 とはいえ、いったいだれに、主しゅのために神殿しんでんを建たてる力ちからがあるでしょうか。天てんも、天てんの天てんも、主しゅをお入いれすることはできないのに。このわたしが何者なにものだというのでしょう。主しゅのために神殿しんでんを建たてるといっても、ただ御前ごぜんで香こうをたくためにすぎません。

ヨブ記(3か所)

ヨブ記7:17 人ひとは何者なにものなのか。あなたはそれをこれほど大おおきく扱あつかい、心こころに留とめる。

ヨブ記15:14 人ひとはいったい何者なにものなのか。どうして清きよくいられるだろう。女おんなから生うまれた者ものが、どうして正ただしくいられるだろう。

ヨブ記21:15 全能ぜんのう者しゃとは何者なにものなのか。なぜわたしたちが仕つかえなければならないのか。祈いのったところで、何なんの得とくがあるというのか」と。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書51:12 わたしこそ、あなたを慰なぐさめる者ものだ。それなのに、あなたは何者なにものなのか。死しぬべき人間にんげんを恐おそれ、草くさにすぎない人ひとの子こにおびえるとは。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書4:7 大おおいなる山やまよ、お前まえは何者なにものか。ゼルバベルの前まえでは、お前まえも平地へいちになる。彼かれが最後さいごの石いしを運はこび出だすと、人々ひとびとは『恵めぐみあれ、この石いしに恵めぐみあれ』と歓声かんせいをあげる。」

マタイによる福音書(2か所)

マタイ8:27 「いったいこの人ひとは何者なにものなんだ。風かぜも海うみも、言いうことを聞きくなんて。」人々ひとびとはそう言いって驚おどろいた。

マタイ21:10 エルサレムに入はいると、町中まちなかが大騒おおさわぎになった。人々ひとびとは「これは、いったい何者なにものなんだ」と言いった。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ5:21 すると、律法りっぽう学がく者しゃたちやファリサイ派はの人ひとたちは考かんがえ始はじめた。「神かみを冒ぼうとくするこの男おとこは、いったい何者なにものだ。神かみおひとりのほかに、だれが罪つみを赦ゆるせるというのか。」

ルカ7:49 すると、いっしょに食事しょくじをしていた人ひとたちは、心こころの中なかでこう言いいい始はじめた。「罪つみさえ赦ゆるすこの人ひとは、いったい何者なにものなのか。」

ルカ9:9 ヘロデは言いった。「ヨハネなら、わたしが首くびをはねた。それなのに、こんなうわさで聞きくこの人ひとは、いったい何者なにものなのだ。」そして、イエスに会あってみたいと思おもった。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ1:21 彼かれらは尋たずねた。「では、あなたは何者なにものですか。エリヤですか。」ヨハネは「違ちがう」と言いった。「あの預言よげん者しゃですか」と聞きかれると、「いいえ」と答こたえた。

ヨハネ8:53 あなたは、わたしたちの父ちちアブラハムより偉えらいというのか。アブラハムは死しに、預言よげん者しゃたちも死しんだ。あなたは自分じぶんをいったい何者なにものだと思おもっているのか。」

使徒行伝(2か所)

使徒11:17 こうして神かみは、わたしたちが主しゅイエス・キリストを信しんじたときと同おなじ贈おくり物ものを、彼かれらにも与あたえられたのだ。それなら、わたしがいったい何者なにもので、神かみを妨さまたげることなどできるだろうか。

使徒19:15 すると悪霊あくれいが答こたえて言いった。「イエスのことは知しっている。パウロのこともよく分わかっている。だが、お前まえたちはいったい何者なにものだ。」

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ9:20 ああ、人ひとよ。神かみに言い返すいいかえすあなたは、いったい何者なにものなのか。作つくられたものが、作つくった者ものに「どうしてわたしをこんなふうに作つくったのか」と言いえるだろうか。

ローマ14:4 あなたは、他人たにんの使用しよう人にんを裁さばくいったい何者なにものなのか。その人ひとが仕事しごとを続つづけられるかどうかは、主人しゅじんが決きめることだ。そして、その人ひとはちゃんと立たっていられる。主人しゅじんにはその人ひとを立たたたせる力ちからがあるからだ。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一13:2 たとえ預言よげんする力ちからを持もち、あらゆる奥義おうぎとあらゆる知識ちしきを知しり尽つくし、山やまを動うごかすほどの信仰しんこうをすべて持もっていたとしても、愛あいがなければ、わたしは何者なにものでもない。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ6:3 自分じぶんは何者なにものかだと思おもい込こんでいる人ひとがいても、実じつは何者なにものでもないのなら、その人ひとは自分じぶんをだましているだけだ。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:12 律法りっぽうを定さだめ、裁さばくことができる方かたは、ただひとりだけだ。人ひとを救すくうことも、滅ほろぼすこともできる方かただ。それなのに、隣人りんじんを裁さばくあなたは、いったい何者なにものなのか。

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