「何者」(なにもの)が出てくる聖書の箇所

「何者」(なにもの)は口語訳の23か所(旧約13・新約10)に出てきます。日常訳第1版では36か所。

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出エジプト記(4か所)

出エジプト3:11 モーセは神かみに言いった、「わたしは、いったい何者なにものでしょう。わたしがパロのところへ行いって、イスラエルの人々ひとびとをエジプトから導みちびき出だすのでしょうか」。

出エジプト5:2 パロは言いった、「主しゅとはいったい何者なにものか。わたしがその声こえに聞き従っききしたがってイスラエルを去さらせなければならないのか。わたしは主しゅを知しらない。またイスラエルを去さらせはしない」。

出エジプト16:7 また、朝あさには、あなたがたは主しゅの栄光えいこうを見みるであろう。主しゅはあなたがたが主しゅにむかってつぶやくのを聞きかれたからである。あなたがたは、いったいわれわれを何者なにものとして、われわれにむかってつぶやくのか」。

出エジプト16:8 モーセはまた言いった、「主しゅは夕暮ゆうぐれにはあなたがたに肉にくを与あたえて食たべさせ、朝あさにはパンを与あたえて飽あき足たらせられるであろう。主しゅはあなたがたが、主しゅにむかってつぶやくつぶやきを聞きかれたからである。いったいわれわれは何者なにものなのか。あなたがたのつぶやくのは、われわれにむかってでなく、主しゅにむかってである」。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一17:26 ダビデはかたわらに立たっている人々ひとびとに言いった、「このペリシテびとを殺ころし、イスラエルの恥はじをすすぐ人ひとには、どうされるのですか。この割礼かつれいなきペリシテびとは何者なにものなので、生いける神かみの軍ぐんをいどむのか」。

サムエル第一18:18 ダビデはサウルに言いった、「わたしは何者なにものなのでしょう。わたしの親族しんぞく、わたしの父ちちの一族いちぞくはイスラエルのうちで何者なにものなのでしょう。そのわたしが、どうして王おうのむこになることができましょう」。

歴代志上(1か所)

歴代志上29:14 しかしわれわれがこのように喜よろこんでささげることができても、わたしは何者なにものでしょう。わたしの民たみは何なんでしょう。すべての物ものはあなたから出でます。われわれはあなたから受うけて、あなたにささげたのです。

歴代志下(1か所)

歴代志下2:6 しかし、天てんも、諸天しょてんの天てんも彼かれを入いれることができないのに、だれが彼かれのために家いえを建たてることができましょうか。わたしは何者なにものですか、彼かれのために家いえを建たてるというのも、ただ彼かれの前まえに香こうをたく所しょに、ほかならないのです。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記7:17 人ひとは何者なにものなので、あなたはこれを大おおきなものとし、これにみ心こころをとめ、

ヨブ記21:15 全能ぜんのう者しゃは何者なにものなので、われわれはこれに仕つかえねばならないのか。われわれはこれに祈いのっても、なんの益えきがあるか』と。

詩篇(1か所)

詩篇8:4 人ひとは何者なにものなので、これをみ心こころにとめられるのですか、人ひとの子こは何者なにものなので、これを顧かえりみられるのですか。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書51:12 「わたしこそあなたを慰なぐさめる者ものだ。あなたは何者なにものなれば、死しぬべき人ひとを恐おそれ、草くさのようになるべき人ひとの子こを恐おそれるのか。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書4:7 大おおいなる山やまよ、おまえは何者なにものか。おまえはゼルバベルの前まえに平地へいちとなる。彼かれは『恵めぐみあれ、これに恵めぐみあれ』と呼よばわりながら、かしら石いしを引ひき出だすであろう」。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ5:21 すると律法りっぽう学がく者しゃとパリサイ人にんたちとは、「神かみを汚けがすことを言いうこの人ひとは、いったい、何者なにものだ。神かみおひとりのほかに、だれが罪つみをゆるすことができるか」と言いって論ろんじはじめた。

ルカ7:49 すると同席どうせきの者ものたちが心こころの中なかで言いいいはじめた、「罪つみをゆるすことさえするこの人ひとは、いったい、何者なにものだろう」。

使徒行伝(2か所)

使徒19:15 すると悪霊あくりょうがこれに対たいして言いった、「イエスなら自分じぶんは知しっている。パウロもわかっている。だが、おまえたちは、いったい何者なにものだ」。

使徒21:33 千せん卒そつ長ちょうは近寄ちかよってきてパウロを捕とらえ、彼かれを二に重じゅうの鎖くさりで縛しばっておくように命めいじた上うえ、パウロは何者なにものか、また何なんをしたのか、と尋たずねた。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ9:20 ああ人ひとよ。あなたは、神かみに言いいい逆さからうとは、いったい、何者なにものなのか。造つくられたものが造つくった者ものに向むかって、「なぜ、わたしをこのように造つくったのか」と言いうことがあろうか。

ローマ14:4 他人たにんの僕ぼくをさばくあなたは、いったい、何者なにものであるか。彼かれが立たつのも倒たおれるのも、その主人しゅじんによるのである。しかし、彼かれは立たつようになる。主しゅは彼かれを立たたたせることができるからである。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一3:5 アポロは、いったい、何者なにものか。また、パウロは何者なにものか。あなたがたを信仰しんこうに導みちびいた人ひとにすぎない。しかもそれぞれ、主しゅから与あたえられた分ぶんに応おうじて仕つかえているのである。

コリント第一9:15 しかしわたしは、これらの権利けんりを一ひとつも利用りようしなかった。また、自分じぶんがそうしてもらいたいから、このように書かくのではない。そうされるよりは、死しぬ方かたがましである。わたしのこの誇ほこりは、何者なにものにも奪うばい去さられてはならないのだ。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル2:6 聖書せいしょはある箇所かしょで、こうあかししている、「人間にんげんが何者なにものだから、これを御お心こころに留とめられるのだろうか。人ひとの子こが何者なにものだから、これをかえりみられるのだろうか。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:12 しかし、立法りっぽう者しゃであり審判しんぱん者しゃであるかたは、ただひとりであって、救すくうことも滅ほろぼすこともできるのである。しかるに、隣となり人びとをさばくあなたは、いったい、何者なにものであるか。

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