「何事」(なにごと)が出てくる聖書の箇所

「何事」(なにごと)は口語訳の65か所(旧約35・新約30)に出てきます。「何ごと」も含みます。日常訳第1版では3か所。

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創世記(7か所)

創世記11:6 言いわれた、「民みんは一ひとつで、みな同おなじ言葉ことばである。彼かれらはすでにこの事ことをしはじめた。彼かれらがしようとする事ことは、もはや何事なにごともとどめ得えないであろう。

創世記19:22 急いいそいでそこへのがれなさい。あなたがそこに着つくまでは、わたしは何事なにごともすることができません」。これによって、その町まちの名なはゾアルと呼よばれた。

創世記21:22 そのころアビメレクとその軍勢ぐんぜいの長ちょうピコルはアブラハムに言いった、「あなたが何事なにごとをなさっても、神かみはあなたと共ともにおられる。

創世記31:16 神かみがわたしたちの父ちちから取とりあげられた富とみは、みなわたしたちとわたしたちの子こどものものです。だから何事なにごとでも神かみがあなたにお告つげになった事ことをしてください」。

創世記42:28 彼かれは兄弟きょうだいたちに言いった、「わたしの銀ぎんは返かえしてある。しかも見みよ、それは袋ふくろの中なかにある」。そこで彼かれらは非常ひじょうに驚おどろき、互たがいに震ふるえながら言いった、「神かみがわれわれにされたこのことは何事なにごとだろう」。

創世記44:15 ヨセフは彼かれらに言いった、「あなたがたのこのしわざは何事なにごとですか。わたしのような人ひとは、必かならず占うらない当あてることを知しらないのですか」。

創世記47:18 やがてその年としは暮くれ、次つぎの年とし、人々ひとびとはまたヨセフの所ところへきて言いった、「わが主しゅには何事なにごとも隠かくしません。われわれの銀ぎんは尽つき、獣けものの群むれもわが主しゅのものになって、われわれのからだと田地でんじのほかはわが主しゅの前まえに何なんも残のこっていません。

民数記(2か所)

民数記20:19 イスラエルの人々ひとびとはエドムに言いった、「わたしたちは大路おおじを通とおります。もしわたしたちとわたしたちの家畜かちくとが、あなたの水みずを飲のむことがあれば、その価あたいを払はらいます。わたしは徒歩とほで通とおるだけですから何事なにごともないでしょう」。

民数記22:38 バラムはバラクに言いった、「ごらんなさい。わたしはあなたのところにきています。しかし、今いま、何事なにごとかをみずから言いうことができましょうか。わたしはただ神かみがわたしの口くちに授さずけられることを述のべなければなりません」。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記22:16 「主しゅの全ぜん会衆かいしゅうはこう言いいいます、『あなたがたがイスラエルの神かみにむかって、とがを犯おかし、今日こんにち、ひるがえって主しゅに従したがうことをやめ、自分じぶんのために一ひとつの祭壇さいだんを築きずいて、今日こんにち、主しゅにそむこうとするのは何事なにごとか。

士師記(1か所)

士師記18:24 彼かれは言いった、「あなたがたが、わたしの造つくった神々かみがみおよび祭司さいしを奪うばい去さったので、わたしに何なんが残のこっていますか。しかるにあなたがたがわたしに向むかって『どうしたのですか』と言いわれるとは何事なにごとですか」。

サムエル記上(3か所)

サムエル第一3:17 エリは言いった、「何事なにごとをお告つげになったのか。隠かくさず話はなしてください。もしお告つげになったことを一ひとつでも隠かくして、わたしに言いわないならば、どうぞ神かみがあなたを罰ばっし、さらに重おもく罰ばっせられるように」。

サムエル第一4:6 ペリシテびとは、その叫さけび声ごえを聞きいて言いった、「ヘブルびとの陣営じんえいの、この大おおきな叫さけび声ごえは何事なにごとか」。そして主しゅの箱ばこが、陣営じんえいに着ついたことを知しった時とき、

サムエル第一10:11 もとからサウルを知しっていた人々ひとびとはみな、サウルが預言よげん者しゃたちと共ともに預言よげんするのを見みて互たがいに言いった、「キシの子こに何事なにごとが起おこったのか。サウルもまた預言よげん者しゃたちのうちにいるのか」。

サムエル記下(6か所)

サムエル第二13:2 アムノンは妹いもうとタマルのために悩なやんでついにわずらった。それはタマルが処女しょじょであって、アムノンは彼女かのじょに何事なにごともすることができないと思おもったからである。

サムエル第二15:11 二百にひゃく人にんの招まねかれた者ものがエルサレムからアブサロムと共ともに行いった。彼かれらは何なん心こころなく行いき、何事なにごとをも知しらなかった。

サムエル第二18:13 もしわたしがそむいて彼かれの命いのちをそこなったのであれば、何事なにごとも王おうに隠かくれることはありませんから、あなたはみずから立たってわたしを責せめられたでしょう」。

サムエル第二18:22 ザドクの子こアヒマアズは重かさねてヨアブに言いった、「何事なにごとがあろうとも、わたしにもクシびとのあとから走はしって行いかせてください」。ヨアブは言いった、「子こよ、おとずれの報むくいを得えられないのに、どうしてあなたは走はしって行いこうとするのか」。

サムエル第二18:23 彼かれは言いった、「何事なにごとがあろうとも、わたしは走はしって行いきます」。ヨアブは彼かれに言いった、「走はしって行いきなさい」。そこでアヒマアズは低地ていちの道みちを走はしって行いき、クシびとを追おい越こした。

サムエル第二18:29 王おうは言いった、「若者わかものアブサロムは平安へいあんですか」。アヒマアズは答こたえた、「ヨアブがしもべをつかわす時とき、わたしは大おおきな騒さわぎを見みましたが、何事なにごとであったか知しりません」。

列王紀下(1か所)

列王紀下6:28 そして王おうは女おんなに尋たずねた、「何事なにごとなのですか」。彼女かのじょは答こたえた、「この女おんなはわたしにむかって『あなたの子こをください。わたしたちは、きょうそれを食たべ、あす、わたしの子こを食たべましょう』と言いいいました。

エステル記(1か所)

エステル記4:5 そこでエステルは王おうの侍従じじゅうのひとりで、王おうが自分じぶんにはべらせたハタクを召めし、モルデカイのもとへ行いって、それは何事なにごとであるか、何なにゆえであるかを尋たずねて来くるようにと命めいじた。

ヨブ記(3か所)

ヨブ記5:12 彼かれは悪賢わるがしこい者ものの計はかりごとを敗やぶられる。それで何事なにごともその手てになし遂とげることはできない。

ヨブ記13:13 黙もくして、わたしにかかわるな、わたしは話はなそう。何事なにごとでもわたしに来くるなら、来くるがよい。

ヨブ記31:23 わたしは神かみから出でる災わざわいを恐おそれる、その威光いこうの前まえには何事なにごともなすことはできない。

箴言(1か所)

箴言29:24 盗とうびとにくみする者ものは自分じぶんの魂たましいを憎にくむ、彼かれはのろいを聞きいても何事なにごとをも口外こうがいしない。

伝道の書(1か所)

伝道の書9:5 生いきている者ものは死しぬべき事ことを知しっている。しかし死者ししゃは何事なにごとをも知しらない、また、もはや報むくいを受うけることもない。その記憶きおくに残のこる事ことがらさえも、ついに忘わすれられる。

エレミヤ書(5か所)

エレミヤ書5:12 「彼かれらは主しゅについて偽いつわり語かたって言いった、『主しゅは何事なにごともなされない、災わざわいはわれわれに来こない、またつるぎや、ききんを見みることはない。

エレミヤ書38:5 ゼデキヤ王おうは言いった、「見みよ、彼かれはあなたがたの手てにある。王おうはあなたがたに逆さからって何事なにごとをもなし得えない」。

エレミヤ書38:14 ゼデキヤ王おうは人ひとをつかわして預言よげん者しゃエレミヤを主しゅの宮みやの第だい三さんの門もんに連つれてこさせ、王おうはエレミヤに言いった、「あなたに尋たずねたいことがある。何事なにごともわたしに隠かくしてはならない」。

エレミヤ書38:25 わたしがあなたと話はなしをしたことを、つかさたちが聞きいて、彼かれらがあなたの所ところに来きて、『あなたが王おうに話はなしたこと、王おうがあなたに話はなしたことをわれわれに告つげなさい。何事なにごとも隠かくしてはならない。われわれはあなたを殺ころしはしない』と言ゆうならば、

エレミヤ書42:4 預言よげん者しゃエレミヤは彼かれらに言いった、「よくわかりました。あなたがたの求もとめにしたがって、あなたがたの神かみ、主しゅに祈いのりましょう。主しゅがあなたがたに答こたえられることを、何事なにごとも隠かくさないであなたがたに言いいいましょう」。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書30:9 その日ひ、早足はやあしの使者ししゃがわたしから出でて、何事なにごとも知しらぬエチオピヤびとを恐おそれさせる。そしてかのエジプトの滅ほろびの日ひに、彼かれらに苦くるしみが来くる。見みよ、これはかならず来くる。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書9:14 それゆえ、主しゅはこれを心こころに留とめて、災わざわいをわれわれに下くだされたのです。われわれの神かみ、主しゅは、何事なにごとをされるにも、正まさしくあらせられます。ところが、われわれはそのみ声こえに聞き従わききしたがわなかったのです。

アモス書(1か所)

アモス書3:7 まことに主しゅなる神かみはそのしもべである預言よげん者しゃにその隠かくれた事ことを示しめさないでは、何事なにごとをもなされない。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ7:12 だから、何事なにごとでも人々ひとびとからしてほしいと望のぞむことは、人々ひとびとにもそのとおりにせよ。これが律法りっぽうであり預言よげん者しゃである。

マタイ13:34 イエスはこれらのことをすべて、譬たとえで群衆ぐんしゅうに語かたられた。譬たとえによらないでは何事なにごとも彼かれらに語かたられなかった。

マタイ20:20 そのとき、ゼベダイの子こらの母ははが、その子こらと一緒いっしょにイエスのもとにきてひざまずき、何事なにごとかをお願ねがいした。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ1:27 人々ひとびとはみな驚おどろきのあまり、互たがいに論ろんじて言いった、「これは、いったい何事なにごとか。権威けんいある新あたらしい教きょうだ。けがれた霊れいにさえ命めいじられると、彼かれらは従したがうのだ」。

マルコ5:14 豚ぶたを飼かう者ものたちが逃にげ出だして、町まちや村むらにふれまわったので、人々ひとびとは何事なにごとが起おこったのかと見みにきた。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ15:26 ひとりの僕ぼくを呼よんで、『いったい、これは何事なにごとなのか』と尋たずねた。

ルカ18:36 群衆ぐんしゅうが通とおり過すぎる音おとを耳みみにして、彼かれは何事なにごとがあるのかと尋たずねた。

ヨハネによる福音書(4か所)

ヨハネ5:19 さて、イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「よくよくあなたがたに言いっておく。子こは父ちちのなさることを見みてする以外いがいに、自分じぶんからは何事なにごともすることができない。父ちちのなさることであればすべて、子こもそのとおりにするのである。

ヨハネ5:30 わたしは、自分じぶんからは何事なにごともすることができない。ただ聞きくままにさばくのである。そして、わたしのこのさばきは正ただしい。それは、わたし自身じしんの考かんがえでするのではなく、わたしをつかわされたかたの、み旨むねを求もとめているからである。

ヨハネ14:14 何事なにごとでもわたしの名なによって願ねがうならば、わたしはそれをかなえてあげよう。

ヨハネ18:20 イエスは答こたえられた、「わたしはこの世よに対たいして公然こうぜんと語かたってきた。すべてのユダヤ人にんが集あつまる会堂かいどうや宮みやで、いつも教おしえていた。何事なにごとも隠かくれて語かたったことはない。

使徒行伝(1か所)

使徒5:9 ペテロは言いった、「あなたがたふたりが、心こころを合あわせて主しゅの御ご霊れいを試こころみるとは、何事なにごとであるか。見みよ、あなたの夫おっとを葬ほうむった人ひとたちの足あしが、そこの門口かどぐちにきている。あなたも運はこび出だされるであろう」。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ16:2 どうか、聖徒せいとたるにふさわしく、主しゅにあって彼女かのじょを迎むかえ、そして、彼女かのじょがあなたがたにしてもらいたいことがあれば、何事なにごとでも、助たすけてあげてほしい。彼女かのじょは多おおくの人ひとの援助えんじょ者しゃであり、またわたし自身じしんの援助えんじょ者しゃでもあった。

コリント人への第一の手紙(4か所)

コリント第一4:5 だから、主しゅがこられるまでは、何事なにごとについても、先走さきばしりをしてさばいてはいけない。主しゅは暗くらい中なかに隠かくれていることを明あかるみに出だし、心こころの中なかで企くわだてられていることを、あらわにされるであろう。その時ときには、神かみからそれぞれほまれを受うけるであろう。

コリント第一9:25 しかし、すべて競技きょうぎをする者ものは、何なにごとにも節制せっせいをする。彼かれらは朽くちる冠かんむりを得えるためにそうするが、わたしたちは朽くちない冠かんむりを得えるためにそうするのである。

コリント第一10:31 だから、飲のむにも食たべるにも、また何事なにごとをするにも、すべて神かみの栄光えいこうのためにすべきである。

コリント第一10:33 わたしもまた、何事なにごとにもすべての人ひとに喜よろこばれるように努つとめ、多おおくの人ひとが救すくわれるために、自分じぶんの益えきではなく彼かれらの益えきを求もとめている。

ピリピ人への手紙(4か所)

ピリピ1:28 かつ、何事なにごとについても、敵対てきたいする者ものどもにろうばいさせられないでいる様子ようすを、聞きかせてほしい。このことは、彼かれらには滅ほろびのしるし、あなたがたには救すくいのしるしであって、それは神かみから来くるのである。

ピリピ2:3 何事なにごとも党派とうは心しんや虚栄きょえいからするのでなく、へりくだった心こころをもって互たがいに人ひとを自分じぶんよりすぐれた者ものとしなさい。

ピリピ4:6 何事なにごとも思おもい煩わずらってはならない。ただ、事ことごとに、感謝かんしゃをもって祈いのりと願ねがいとをささげ、あなたがたの求もとめるところを神かみに申もうし上あげるがよい。

ピリピ4:13 わたしを強つよくして下くださるかたによって、何事なにごとでもすることができる。

コロサイ人への手紙(3か所)

コロサイ1:11 更さらにまた祈いのるのは、あなたがたが、神かみの栄光えいこうの勢いいきおいにしたがって賜たまわるすべての力ちからによって強つよくされ、何事なにごとも喜よろこんで耐たえかつ忍しのび、

コロサイ3:20 子こたる者ものよ、何事なにごとについても両親りょうしんに従したがいなさい。これが主しゅに喜よろこばれることである。

コロサイ3:22 僕ぼくたる者ものよ、何事なにごとについても、肉にくによる主人しゅじんに従したがいなさい。人ひとにへつらおうとして、目先めさきだけの勤つとめをするのではなく、真心まごころをこめて主しゅを恐おそれつつ、従したがいなさい。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一5:21 わたしは、神かみとキリスト・イエスと選えらばれた御ご使したちとの前まえで、おごそかにあなたに命めいじる。これらのことを偏見へんけんなしに守まもり、何事なにごとについても、不ふ公平こうへいな仕方しかたをしてはならない。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二4:5 しかし、あなたは、何事なにごとにも慎つつしみ、苦難くなんを忍しのび、伝道でんどう者しゃのわざをなし、自分じぶんの務むを全まっとうしなさい。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル7:19 (律法りっぽうは、何事なにごとをも全まっとうし得えなかったからである)、他方たほうでは、さらにすぐれた望のぞみが現あらわれてきて、わたしたちを神かみに近ちかづかせるのである。

ヘブル13:18 わたしたちのために、祈いのってほしい。わたしたちは明あきらかな良心りょうしんを持もっていると信しんじており、何事なにごとについても、正まさしく行動こうどうしようと願ねがっている。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一3:6 たとえば、サラはアブラハムに仕つかえて、彼かれを主しゅと呼よんだ。あなたがたも、何事なにごとにもおびえ臆おくすることなく善ぜんを行おこなえば、サラの娘むすめたちとなるのである。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一5:14 わたしたちが神かみに対たいしていだいている確信かくしんは、こうである。すなわち、わたしたちが何事なにごとでも神かみの御お旨むねに従したがって願ねがい求もとめるなら、神かみはそれを聞ききいれて下くださるということである。

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