「争う」(あらそう)が出てくる聖書の箇所

「争う」(あらそう)は日常訳第1版の54か所(旧約43・新約11)に出てきます。「あらそう」「争える」も含みます。口語訳では70か所。

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創世記(4か所)

創世記13:8 アブラムはロトに言いった。「わたしとあなたの間あいだで争あらそいはやめよう。わたしの羊飼ひつじかいたちとあなたの羊飼ひつじかいたちの間あいだでも、争あらそわせないようにしよう。わたしたちは身内みうちなのだから。

創世記26:20 ゲラルの羊飼ひつじかいたちが「この水みずはおれたちのものだ」と言いって、イサクの羊飼ひつじかいたちと争あらそった。それでイサクはその井戸いどをエセクと名なづけた。彼かれらが争あらそいをふっかけてきたからだ。

創世記30:8 ラケルは言いった。「わたしは姉あねと激はげしく争あらそって、ついに勝かった。」それで彼女かのじょはその子こをナフタリと名なづけた。

創世記32:28 その人ひとは言いった。「あなたの名前なまえは、もうヤコブではない。これからはイスラエルだ。あなたは神かみと、そして人々ひとびとと力ちからを争あらそって、勝かったのだから。」

出エジプト記(3か所)

出エジプト17:7 そしてモーセは、その場所ばしょをマサ、またメリバと名なづけた。イスラエルの人々ひとびとがそこで争あらそい、「主しゅはわたしたちの中なかにおられるのか、いないのか」と言いって主しゅを試ためしたからである。

出エジプト21:18 人々ひとびとが争あらそって、一方いっぽうが石いしやこぶしで相手あいてを打うち、相手あいてが死しなずに床ゆかに着ついた場合ばあい、

出エジプト21:22 人々ひとびとが争あらそっていて、妊娠にんしんしている女性じょせいを突つき飛とばし、その子こが流ながれ出でてしまったが、それ以上いじょうの重おもい傷きずがなかった場合ばあい、その女性じょせいの夫おっとが求もとめるとおりに罰金ばっきんを払はらわなければならない。額がくは裁判さいばん官かんの判断はんだんによる。

民数記(4か所)

民数記20:3 民たみはモーセと争あらそって言いった。「わたしたちの兄弟きょうだいが主しゅの前まえで死しんだとき、いっそ一緒いっしょに死しんでいればよかった。

民数記20:13 これがメリバの水みずである。イスラエルの人々ひとびとがここで主しゅと争あらそい、主しゅはご自分じぶんが聖せいなる者ものであることを示しめされた。

民数記26:9 エリアブの子こはネムエル、ダタン、アビラムである。このダタンとアビラムは、会衆かいしゅうの中なかで選えらばれた者ものだったが、コラの仲間なかまとなって、モーセとアロンに逆さからって争あらそった。それは主しゅに逆さからうことだった。

民数記27:14 あなたたち二人ふたりが、ツィンの荒あれ野ので、人々ひとびとが争あらそったときにわたしの命令めいれいに逆さからったからだ。あなたたちは人々ひとびとの目めの前まえで、水みずによってわたしが聖せいなる者ものであることを示しめさなかった。それがツィンの荒あれ野のにあるカデシュの、メリバの水みずでの出来事できごとだ。」

申命記(3か所)

申命記19:17 争あらそっている二人ふたりは、ともに主しゅの前まえに、つまりそのとき任にんにある祭司さいしたちと裁判さいばん官かんたちの前まえに立たたたなければならない。

申命記25:11 二人ふたりの男おとこが兄弟きょうだいどうしで争あらそっているとき、一方いっぽうの妻つまが、殴なぐっている相手あいてから自分じぶんの夫おっとを助たすけようとして近ちかづき、手てを伸のばして相手あいての急所きゅうしょをつかんだ場合ばあい、

申命記33:8 レビについては、こう言いった。「あなたのトンミムとウリムは、あなたに忠実ちゅうじつな人ひとのものだ。あなたはマサでその人ひとを試ためし、メリバの水みずのほとりでその人ひとと争あらそった。

士師記(4か所)

士師記6:31 ヨアシュは、自分じぶんに詰つめ寄よる者ものたちみんなに言いった。「あなたたちがバアルのために争あらそおうというのか。あなたたちがバアルを助たすけるというのか。バアルのために争あらそう者ものは、朝あさまでに殺ころされればいい。バアルが本当ほんとうに神かみなら、自分じぶんの祭壇さいだんを壊こわされたのだから、自分じぶんで争あらそえばいいのだ。」

士師記6:32 こうしてその日ひ、人々ひとびとはギデオンを「エルバアル」と呼よんだ。「彼かれが祭壇さいだんを壊こわしたのだから、バアルが自分じぶんで彼かれと争あらそえばいい」という意味いみである。

士師記11:25 今いま、あなたはモアブの王おう、ツィポルの子こバラクよりも優すぐれているとでもいうのか。バラクがイスラエルと争あらそったことがあったか。イスラエルと戦たたかったことがあったか。

士師記12:2 エフタは彼かれらに言いった。「わたしとわたしの民たみは、アンモン人にんと激はげしく争あらそっていた。わたしはあなたたちを呼よんだのに、あなたたちはわたしを彼かれらの手てから救すくってくれなかった。

ヨブ記(3か所)

ヨブ記9:3 よし神かみと争あらそおうとしても、千せんに一ひとつも答こたえることはできない。

ヨブ記10:2 わたしは神かみに言いおう。わたしを罪つみある者ものと決きめつけないでください。なぜわたしと争あらそうのか、それを教おしえてください。

ヨブ記23:6 わたしを相手あいてに、大おおきな力ちからを振ふりかざして争あらそうだろうか。いや、むしろわたしに心こころを向むけてくれるはずだ。

詩篇(1か所)

詩篇35:1 主しゅよ、わたしと争あらそう者ものと争あらそってください。わたしと戦たたかう者ものと戦たたかってください。

箴言(6か所)

箴言3:30 何なんもされていないのに、理由りゆうもなく人ひとと争あらそってはいけない。

箴言21:9 争あらそってばかりの妻つまと広ひろい家いえで暮くらすより、屋根やねのすみっこで暮くらすほうがましだ。

箴言21:19 争あらそってばかりで怒おこりっぽい妻つまと暮くらすより、荒あれ野のに住すむほうがましだ。

箴言23:11 その子こたちを守まもる方かたは強つよい。あなたを相手あいてに、その子こたちのために争あらそってくださるからだ。

箴言23:29 災わざわいを抱かかえるのはだれか。嘆なげくのはだれか。争あらそうのはだれか。不平ふへいを言いうのはだれか。理由りゆうもなく傷きずを負おうのはだれか。目めを赤あかく濁にごらせているのはだれか。

箴言25:24 争あらそってばかりの妻つまと広ひろい家いえで暮くらすより、屋根やねの隅すみにいるほうがましだ。

伝道の書(1か所)

伝道の書6:10 今いまあるものはみな、すでに名なづけられている。人ひとが何なんであるかも、もう分わかっている。人ひとは、自分じぶんより強つよい者ものと争あらそうことなどできない。

イザヤ書(6か所)

イザヤ書19:2 「わたしはエジプト人じんをエジプト人じんと争あらそわせる。人ひとは兄弟きょうだいと戦たたかい、隣人りんじんと戦たたかう。町まちは町まちと、国くには国くにと戦たたかうようになる。

イザヤ書41:11 見みよ。あなたに怒いかりを燃もやす者ものはみな、恥はじを受うけてはずかしめられる。あなたと争あらそう者ものは、消きえてなくなり、滅ほろびていく。

イザヤ書49:25 しかし、主しゅはこう言いわれる。「そうだ、勇士ゆうしに捕とらわれた者ものも取とり返かえされる。暴君ぼうくんに奪うばわれた獲物えものも救すくい出だされる。あなたと争あらそう者ものとは、わたしが争あらそう。あなたの子こらを、わたしが救すくう。

イザヤ書50:8 わたしの正ただしさを認みとめてくださる方かたが、すぐそばにいる。だれがわたしと争あらそえるのか。さあ、いっしょに立たとう。わたしを訴うったえる者ものがいるなら、近ちかづいてくればいい。

イザヤ書51:22 あなたの主しゅ、あなたの神かみ、その民たみのために争あらそってくれる主しゅは、こう言いわれる。「見みよ、わたしはあなたの手てから、人ひとをよろめかせる杯さかずきを取とり上あげた。わたしの怒いかりの杯さかずきを、その澱おりまで、あなたはもう二に度どと飲のむことはない。

イザヤ書57:16 わたしは、いつまでも争あらそい続つづけるわけではない。いつまでも怒おこっているわけでもない。そうでなければ、人ひとの霊れいはわたしの前まえで衰おとろえ果はててしまう。その命いのちの息いきは、このわたしが造つくったものなのだから。

エレミヤ書(4か所)

エレミヤ書15:10 ああ、お母ははさん、どうしてわたしを産うんだのですか。わたしは国くにじゅうを相手あいてに争あらそい、言い争ういいあらそう者ものになってしまった。わたしは貸かしたことも借かりたこともないのに、みんながわたしをのろう。

エレミヤ書18:19 主しゅよ、わたしに耳みみを傾かたむけてください。わたしと争あらそう者ものたちの言い分いいぶんを聞きいてください。

エレミヤ書51:36 それゆえ、主しゅはこう言いわれる。見みよ、わたしはおまえの訴うったえを取とり上あげて争あらそい、おまえのために報復ほうふくする。わたしはバビロンの海うみを干上ひあがらせ、その水源すいげんを涸からす。

エレミヤ書51:46 国くに中じゅうにうわさが流ながれても、気きを落おとしたり、おびえたりしてはいけない。ある年としにはこんなうわさ、次つぎの年としにはあんなうわさが流ながれる。国くにには暴虐ぼうぎゃくがはびこり、支配しはい者しゃどうしが争あらそう。

哀歌(1か所)

哀歌3:58 主しゅよ、あなたはわたしのために争あらそってくださり、わたしの命いのちを救すくい出だしてくださった。

ホセア書(3か所)

ホセア書4:4 だが、たがいに争あらそってはならない。たがいを責せめてもならない。おまえの民たみは、祭司さいしに食くってかかる者もののようだ。

ホセア書12:3 ヤコブは母ははの胎はらにいたとき、兄弟きょうだいのかかとをつかんだ。そして大人おとなになると、神かみと争あらそった。

ホセア書12:4 彼かれは御み使つかいと争あらそって勝かち、泣ないてあわれみを求もとめた。彼かれはベテルで神かみに出会であい、その場所ばしょで神かみはわたしたちと語かたられた。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ12:19 争あらそったり、叫さけんだりしない。大通おおどおりでその声こえを聞きく人ひともいない。

マタイ12:25 イエスは彼かれらの心こころの中なかを見抜みぬいて、こう言いった。「どんな国くにでも、内側うちがわで分わかれて争あらそえば滅ほろびてしまう。どんな町まちも家いえも、内側うちがわで争あらそえば立たち行ゆかない。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ3:24 一ひとつの国くにが内輪うちわで分わかれて争あらそえば、その国くには立たち行ゆかなくなる。

マルコ3:25 一ひとつの家いえが内輪うちわで分わかれて争あらそえば、その家いえは立たち行ゆかなくなる。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ11:17 イエスは彼かれらの考かんがえを見抜みぬいて、こう言いった。「どんな国くにでも、内輪うちわで争あらそえば荒あれ果はててしまう。一ひとつの家いえも、内輪うちわで争あらそえば倒たおれてしまう。

ルカ11:18 もしサタンも内輪うちわで争あらそっているのなら、その国くにはどうやって立たっていられるだろうか。あなたたちは、わたしがベルゼブルの力ちからで悪霊あくれいを追おい出だしていると言ゆうが、

ルカ12:52 これからは、一ひとつの家いえで五ご人にんが対立たいりつし、三さん人にんが二人ふたりと、二人ふたりが三さん人にんと分わかれて争あらそうことになる。

使徒行伝(1か所)

使徒7:26 その翌日よくじつ、モーセは仲間なかまどうしで争あらそっている二人ふたりのところに来きて、仲直なかなおりさせようとしてこう言いった。「きみたちは兄弟きょうだいじゃないか。どうしてお互たがいを傷きずつけ合あうんだ。」

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二2:24 主しゅに仕つかえる者ものが争あらそってはいけない。だれに対たいしてもやさしく、よく教おしえ、じっと忍耐にんたいする人ひとであるべきだ。

テトスへの手紙(1か所)

テトス3:2 だれのことも悪わるく言いわず、争あらそわず、おだやかに、すべての人ひとにやさしく接せっすることだ。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:2 あなたたちは欲ほしがるのに、手てに入はいらない。だから人ひとを殺ころす。ねたむのに、得えられない。だから争あらそい、けんかをする。手てに入はいらないのは、あなたたちが求もとめないからだ。

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