「道」(みち)が出てくる聖書の箇所
「道」(みち)は口語訳の647か所(旧約571・新約76)に出てきます。日常訳第1版では572か所。
647か所を200か所ずつ4ページに分けています(4ページ目)。
ルカによる福音書(12か所)
ルカ19:36 そして進んで行かれると、人々は自分たちの上着を道に敷いた。
ルカ19:42 「もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら……しかし、それは今おまえの目に隠されている。
ルカ20:21 彼らは尋ねて言った、「先生、わたしたちは、あなたの語り教えられることが正しく、また、あなたは分け隔てをなさらず、真理に基いて神の道を教えておられることを、承知しています。
ヨハネによる福音書(6か所)
ヨハネ1:23 彼は言った、「わたしは、預言者イザヤが言ったように、『主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる者の声』である」。
ヨハネ9:1 イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
ヨハネ14:4 わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。
ヨハネ14:5 トマスはイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのか、わたしたちにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょう」。
ヨハネ14:6 イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。
ヨハネ15:22 もしわたしがきて彼らに語らなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし今となっては、彼らには、その罪について言いのがれる道がない。
使徒行伝(16か所)
使徒2:28 あなたは、いのちの道をわたしに示し、み前にあって、わたしを喜びで満たして下さるであろう』。
使徒8:26 しかし、主の使がピリポにむかって言った、「立って南方に行き、エルサレムからガザへ下る道に出なさい」(このガザは、今は荒れはてている)。
使徒8:36 道を進んで行くうちに、水のある所にきたので、宦官が言った、「ここに水があります。わたしがバプテスマを受けるのに、なんのさしつかえがありますか」。〔
使徒9:2 ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった。
使徒9:3 ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、突然、天から光がさして、彼をめぐり照した。
使徒13:10 言った、「ああ、あらゆる偽りと邪悪とでかたまっている悪魔の子よ、すべて正しいものの敵よ。主のまっすぐな道を曲げることを止めないのか。
使徒14:16 神は過ぎ去った時代には、すべての国々の人が、それぞれの道を行くままにしておかれたが、
使徒16:17 この女が、パウロやわたしたちのあとを追ってきては、「この人たちは、いと高き神の僕たちで、あなたがたに救の道を伝えるかただ」と、叫び出すのであった。
使徒17:23 実は、わたしが道を通りながら、あなたがたの拝むいろいろなものを、よく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇もあるのに気がついた。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう。
使徒18:25 この人は主の道に通じており、また、霊に燃えてイエスのことを詳しく語ったり教えたりしていたが、ただヨハネのバプテスマしか知っていなかった。
使徒18:26 彼は会堂で大胆に語り始めた。それをプリスキラとアクラとが聞いて、彼を招きいれ、さらに詳しく神の道を解き聞かせた。
使徒19:9 ところが、ある人たちは心をかたくなにして、信じようとせず、会衆の前でこの道をあしざまに言ったので、彼は弟子たちを引き連れて、その人たちから離れ、ツラノの講堂で毎日論じた。
使徒19:23 そのころ、この道について容易ならぬ騒動が起った。
使徒22:4 そして、この道を迫害し、男であれ女であれ、縛りあげて獄に投じ、彼らを死に至らせた。
使徒24:14 ただ、わたしはこの事は認めます。わたしは、彼らが異端だとしている道にしたがって、わたしたちの先祖の神に仕え、律法の教えるところ、また預言者の書に書いてあることを、ことごとく信じ、
使徒24:22 ここでペリクスは、この道のことを相当わきまえていたので、「千卒長ルシヤが下って来るのを待って、おまえたちの事件を判決することにする」と言って、裁判を延期した。
ローマ人への手紙(4か所)
ローマ1:9-10 わたしは、祈のたびごとに、絶えずあなたがたを覚え、いつかは御旨にかなって道が開かれ、どうにかして、あなたがたの所に行けるようにと願っている。このことについて、わたしのためにあかしをして下さるのは、わたしが霊により、御子の福音を宣べ伝えて仕えている神である。
ローマ3:16 彼らの道には、破壊と悲惨とがある。
ローマ3:17 そして、彼らは平和の道を知らない。
ローマ11:33 ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一10:13 あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。
コリント第一12:31 だが、あなたがたは、更に大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。そこで、わたしは最もすぐれた道をあなたがたに示そう。
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ4:12 わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一3:11 どうか、わたしたちの父なる神ご自身と、わたしたちの主イエスとが、あなたがたのところへ行く道を、わたしたちに開いて下さるように。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一5:15 彼女たちのうちには、サタンのあとを追って道を踏みはずした者もある。
ヘブル人への手紙(4か所)
ヘブル3:10 しかも、四十年の間わたしのわざを見たのである。だから、わたしはその時代の人々に対して、いきどおって言った、彼らの心は、いつも迷っており、彼らは、わたしの道を認めなかった。
ヘブル9:8 それによって聖霊は、前方の幕屋が存在している限り、聖所にはいる道はまだ開かれていないことを、明らかに示している。
ヘブル10:20 彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるのであり、
ヘブル12:13 また、足のなえている者が踏みはずすことなく、むしろいやされるように、あなたがたの足のために、まっすぐな道をつくりなさい。
ヤコブの手紙(3か所)
ヤコブ2:25 同じように、かの遊女ラハブでさえも、使者たちをもてなし、彼らを別な道から送り出した時、行いによって義とされたではないか。
ヤコブ5:19 わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち、真理の道から踏み迷う者があり、だれかが彼を引きもどすなら、
ヤコブ5:20 かように罪人を迷いの道から引きもどす人は、そのたましいを死から救い出し、かつ、多くの罪をおおうものであることを、知るべきである。
ペテロの第二の手紙(3か所)
ペテロ第二2:2 また、大ぜいの人が彼らの放縦を見習い、そのために、真理の道がそしりを受けるに至るのである。
ペテロ第二2:15 彼らは正しい道からはずれて迷いに陥り、ベオルの子バラムの道に従った。バラムは不義の実を愛し、
ペテロ第二2:21 義の道を心得ていながら、自分に授けられた聖なる戒めにそむくよりは、むしろ義の道を知らなかった方がよい。
ユダの手紙(1か所)
ユダ1:11 彼らはわざわいである。彼らはカインの道を行き、利のためにバラムの惑わしに迷い入り、コラのような反逆をして滅んでしまうのである。
ヨハネの黙示録(2か所)
黙示録15:3 彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とを歌って言った、「全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。万民の王よ、あなたの道は正しく、かつ真実であります。
黙示録16:12 第六の者が、その鉢を大ユウフラテ川に傾けた。すると、その水は、日の出る方から来る王たちに対し道を備えるために、かれてしまった。