「迷う」(まよう)が出てくる聖書の箇所

「迷う」(まよう)は日常訳第1版の40か所(旧約34・新約6)に出てきます。口語訳では35か所。

口語訳で読む · 語句検索で探す

出エジプト記(1か所)

出エジプト23:4 もし、あなたの敵てきの牛うしやろばが迷まよっているのを見みかけたら、必かならずその人ひとのところへ連つれ戻もどしてやりなさい。

民数記(3か所)

民数記5:12 「イスラエルの人々ひとびとに伝つたえ、こう言いいいなさい。もし、ある人ひとの妻つまが心こころを迷まよわせ、夫おっとを裏切うらぎって不ふ誠実せいじつなことをし、

民数記5:19 祭司さいしは女おんなに誓ちかわせて、こう言ゆう。「もし、ほかの男おとこがあなたと関係かんけいを持もったことがなく、あなたが夫おっとのもとにありながら心こころを迷まよわせて身みを汚よごしたことがないなら、のろいをもたらすこの苦にがい水みずの害がいを受うけずにすむ。

民数記5:20 しかし、もしあなたが夫おっとのもとにありながら心こころを迷まよわせて身みを汚よごし、夫おっと以外いがいの男おとこがあなたと関係かんけいを持もったのなら――」

申命記(1か所)

申命記27:18 「目めの見みえない人ひとを道みちで迷まよわせる者ものは呪のろわれる。」民たみは全員ぜんいんこう言いいいなさい。「アーメン。」

列王紀上(2か所)

列王紀上11:3 ソロモンには、王妃おうひとなった女性じょせいが七百ななひゃく人にん、そばめが三百さんびゃく人にんいた。そして彼女かのじょたちが、彼かれの心こころを迷まよわせた。

列王紀上18:21 エリヤは民たみ全員ぜんいんの前まえに進すすみ出でて言いった。「あなたたちは、いつまで二ふたつの間あいだで迷まよっているのか。もし主しゅが神かみなら、主しゅに従したがいなさい。もしバアルが神かみなら、バアルに従したがいなさい。」でも、民たみは一言ひとことも答こたえなかった。

列王紀下(1か所)

列王紀下21:9 しかし彼かれらは聞き従わききしたがわなかった。マナセが彼かれらを迷まよわせ、主しゅがイスラエルの人々ひとびとの前まえから滅ほろぼし去さった異邦いほうの民たみよりも、さらにひどい悪あくを行おこなわせたのだ。

歴代志下(1か所)

歴代志下21:11 さらにヨラムは、ユダの山々やまやまに高たかき所ところを造つくり、エルサレムの住民じゅうみんを主しゅから引ひき離はなして偶像ぐうぞうに走はしらせ、ユダを迷まよわせた。

詩篇(3か所)

詩篇26:1 主しゅよ、わたしを正ただしく裁さばいてください。わたしは誠実せいじつに歩あゆんできました。主しゅに信頼しんらいして、迷まようことはありません。

詩篇95:10 四十よんじゅう年ねんの間あいだ、わたしはこの世代せだいにうんざりして言いった。「彼かれらは心こころが迷まよっている民たみだ。わたしの道みちを知しらない」と。

詩篇119:67 わたしは苦くるしみを受うける前まえは、迷まよってばかりいた。でも今いまは、あなたの言葉ことばを守まもっている。

箴言(4か所)

箴言5:23 その人ひとは教おしえを受うけないまま死しに、あまりの愚おろかさゆえに迷まよい続つづける。

箴言10:17 教おしえを守まもる人ひとは、いのちへの道みちを歩あゆむ。でも注意ちゅういを無視むしする人ひとは、道みちに迷まよわせる。

箴言12:26 正ただしい人ひとは、友ともを慎重しんちょうに選えらぶ。でも、悪わるい者ものの生いき方かたは、自分じぶんを迷まよわせる。

箴言14:22 悪わるいことをたくらむ人ひとは、道みちに迷まようのではないか。でも、良よいことを計画けいかくする人ひとには、慈いつくしみとまことがある。

イザヤ書(10か所)

イザヤ書3:12 わたしの民たみよ。子こどもがこれを虐しいたげ、女おんなたちがこれを支配しはいしている。わたしの民たみよ。あなたを導みちびく者ものがあなたを迷まよわせ、あなたの進すすむべき道みちを消けしてしまう。

イザヤ書9:16 この民たみを導みちびく者ものたちは、人々ひとびとを迷まよわせる。そして導みちびかれる者ものたちは、飲のみ込こまれてしまう。

イザヤ書19:13 ツォアンの首長しゅちょうたちは愚おろかになり、ノフの首長しゅちょうたちは欺あざむかれた。諸しょ部族ぶぞくの隅すみの石いしとされた者ものたちが、エジプトを迷まよわせてしまった。

イザヤ書29:24 心こころの迷まよっていた者ものは悟さとりを得えて、不平ふへいを言いっていた者ものは教おしえを学まなぶようになる。」

イザヤ書30:28 主しゅの息いきは、首くびまで達たっしてあふれる激流げきりゅうのように、もろもろの国くにを滅ほろびのふるいにかける。もろもろの民たみの口くちには、迷まよわせる手綱たづながはめられる。

イザヤ書35:8 そこには広ひろい道みちが通とおる。それは「聖せいなる道みち」と呼よばれる。汚よごれた者ものはそこを通とおれない。この道みちは、主しゅのものとされた人ひとたちのためのものだ。この道みちを歩あるけば、愚おろかな者ものでも迷まようことはない。

イザヤ書44:20 そんな人ひとは灰はいを食たべているようなものだ。惑まどわされた心こころが、彼かれを迷まよわせている。彼かれは自分じぶんの魂たましいを救すくえず、「わたしの右手みぎてにあるのは偽いつわりではないか」とも言いえない。

イザヤ書47:10 あなたは自分じぶんの悪事あくじを頼たよりにして、「だれもわたしを見みていない」と言いった。あなたの知恵ちえと知識ちしきが、あなたを迷まよわせた。そしてあなたは心こころの中なかで言いった。「わたしがいる。わたしのほかにはだれもいない」と。

イザヤ書47:15 あなたのために働はたらいた者ものたちは、あなたにとってこのようになる。若わかいころからのあなたの商売しょうばい相手あいてだ。彼かれらはみな、それぞれ自分じぶんの道みちへと迷まよい去さっていく。あなたを救すくう者ものは、だれもいない。

イザヤ書63:17 主しゅよ、なぜあなたは、わたしたちをあなたの道みちから迷まよわせ、あなたを畏おそれ敬ううやまう心こころをかたくなにされるのですか。あなたに仕つかえる者ものたちのために、あなたの受うけ継つぐ部族ぶぞくのために、帰かえって来きてください。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書23:13 サマリアの預言よげん者しゃたちの中なかに、わたしは不快ふかいなものを見みた。彼かれらはバアルによって預言よげんし、わたしの民たみイスラエルを迷まよわせた。

エレミヤ書23:32 見みよ、わたしは偽いつわりの夢ゆめを預言よげんする者ものたちに立たち向むかう、と主しゅは言いわれる。彼かれらはその夢ゆめを語かたり、偽いつわりと軽かるはずみな言葉ことばで、わたしの民たみを迷まよわせている。わたしは彼かれらを送おくってはいないし、命めいじてもいない。彼かれらはこの民たみに、何なんの役やくにも立たたたない、と主しゅは言いわれる。

エレミヤ書50:6 わたしの民たみは、迷まよい出でた羊ひつじの群むれだった。羊飼ひつじかいたちが彼かれらを迷まよわせ、山々やまやまをさまよわせた。彼かれらは山やまから丘おかへと歩あるき回まわり、休やすむ場所ばしょを忘わすれてしまった。

エゼキエル書(3か所)

エゼキエル書44:10 しかしレビ人びとたちは、イスラエルが偶像ぐうぞうを追おい求もとめて迷まよい、わたしから離はなれて行いったとき、彼かれらもわたしから遠とおく離はなれて行いった。だから彼かれらは、自分じぶんの罪つみの責任せきにんを負おわなければならない。

エゼキエル書44:15 しかし、ツァドクの子孫しそんであるレビ人びとの祭司さいしたちは、イスラエルの人々ひとびとがわたしから離はなれて迷まよったときも、わたしの聖せい所しょを守まもる務つとめを果はたした。だから彼かれらこそ、わたしに近ちかづいて仕つかえる。彼かれらはわたしの前まえに立たち、脂肪しぼうと血ちをわたしにささげる、と主しゅなる神かみは言いわれる。

エゼキエル書48:11 この区画くかくは、聖別せいべつされた祭司さいしたち、つまりツァドクの子孫しそんのものだ。彼かれらはわたしの務つとめを守まもり、イスラエルの人々ひとびとが迷まよい出でたときにも、レビ人びとのようには迷まよわなかった。

ホセア書(1か所)

ホセア書4:12 わたしの民たみは木きぎれにお告つげを求もとめ、杖つえが答こたえを告つげると信しんじている。淫みだらな心こころが彼かれらを迷まよわせ、彼かれらは神かみのもとを離はなれて淫みだらなことをしたのだ。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書11:16 見みよ、わたしはこの地ちに一人ひとりの羊飼ひつじかいを立たてる。彼かれは、いなくなった羊ひつじを気きにかけず、迷まよった子羊こひつじを探ささがさず、傷きずついたものを手当ててあてせず、元気げんきなものを養やしなおうともしない。かえって、よく肥こえた羊ひつじの肉にくを食くらい、そのひづめまで引ひきはがす。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ18:12 あなたたちはどう思おもう?ある人ひとが羊ひつじを百ひゃく匹ひき飼かっていて、そのうちの一いち匹ひきが迷まよい出でてしまったとする。その人ひとは九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきを山やまに残のこして、迷まよった一いち匹ひきを捜さがしに行いくのではないだろうか。

マタイ18:13 見みつかったなら、はっきり言いっておく。その人ひとは、迷まよわなかった九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきよりも、その一いち匹ひきのことをずっと喜よろこぶ。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ4:14 もう子こどものようではいられない。子こどもは、人ひとの悪わるだくみやずる賢がしこい言葉ことば、人ひとを迷まよわせるたくらみによって、いろいろな教おしえの風かぜに吹ふかれ、波なみにもてあそばれるように、あちこちへ揺ゆさぶられてしまう。

テトスへの手紙(1か所)

テトス3:3 わたしたち自身じしんも、昔むかしはそうだった。愚おろかで、言いうことを聞きかず、道みちに迷まよい、いろいろな欲望よくぼうや快楽かいらくの奴隷どれいになっていた。悪意あくいやねたみの中なかで毎日まいにちを過すごし、人ひとから嫌きらわれ、おたがいに憎にくみ合あっていた。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル3:10 だからわたしは、あの世代せだいに怒いかりを感かんじてこう言いった。『彼かれらはいつも心こころが迷まよっている。わたしの道みちを知しろうとしなかった』と。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:22 迷まよっている人ひとたちを、あわれみなさい。

語句索引に戻る