「見つける」(みつける)が出てくる聖書の箇所

「見つける」(みつける)は口語訳の50か所(旧約28・新約22)に出てきます。「見付ける」も含みます。日常訳第1版では199か所。

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創世記(7か所)

創世記4:14 あなたは、きょう、わたしを地ちのおもてから追放ついほうされました。わたしはあなたを離はなれて、地上ちじょうの放浪ほうろう者しゃとならねばなりません。わたしを見付みつける人ひとはだれでもわたしを殺ころすでしょう」。

創世記4:15 主しゅはカインに言いわれた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺ころす者ものは七なな倍ばいの復讐ふくしゅうを受うけるでしょう」。そして主しゅはカインを見付みつける者ものが、だれも彼かれを打うち殺ころすことのないように、彼かれに一ひとつのしるしをつけられた。

創世記26:19 しかしイサクのしもべたちが谷たにの中なかを掘ほって、そこにわき出でる水みずの井戸いどを見みつけたとき、

創世記26:32 その日ひ、イサクのしもべたちがきて、自分じぶんたちが掘ほった井戸いどについて彼かれに告つげて言いった、「わたしたちは水みずを見みつけました」。

創世記30:14 さてルベンは麦刈むぎかりの日ひに野のに出でて、野ので恋こいなすびを見みつけ、それを母ははレアのもとに持もってきた。ラケルはレアに言いった、「あなたの子この恋こいなすびをどうぞわたしにください」。

創世記37:32 その長ながそでの着物きものを父ちちに持もち帰かえって言いった、「わたしたちはこれを見みつけましたが、これはあなたの子この着物きものか、どうか見みさだめてください」。

創世記44:8 袋ふくろの口くちで見みつけた銀ぎんでさえ、カナンの地ちからあなたの所ところに持もち帰かえったほどです。どうして、われわれは御ご主人しゅじんの家いえから銀ぎんや金かねを盗ぬすみましょう。

出エジプト記(2か所)

出エジプト22:7 もし人ひとが金銭きんせんまたは物品ぶっぴんの保管ほかんを隣人りんじんに託たくし、それが隣人りんじんの家いえから盗ぬすまれた時とき、その盗とうびとが見みつけられたならば、これを二に倍ばいにして償つぐなわせなければならない。

出エジプト22:8 もし盗とうびとが見みつけられなければ、家いえの主人しゅじんを神かみの前まえに連つれてきて、彼かれが隣人りんじんの持もち物ものに手てをかけたかどうかを、確たしかめなければならない。

申命記(5か所)

申命記22:3 あなたの兄弟きょうだいのろばの場合ばあいも、そうしなければならない。着物きものの場合ばあいも、そうしなければならない。またすべてあなたの兄弟きょうだいの失うしなった物ものを見みつけた場合ばあいも、そうしなければならない。それを見捨みすてておくことはできない。

申命記22:6 もしあなたが道みちで、木きの上うえ、または地面じめんに鳥とりの巣すのあるのを見みつけ、その中なかに雛ひなまたは卵たまごがあって、母鳥ははどりがその雛ひなまたは卵たまごを抱いいだいているならば、母鳥ははどりを雛ひなと一緒いっしょに取とってはならない。

申命記22:22 もし夫おっとのある女おんなと寝ねている男おとこを見みつけたならば、その女おんなと寝ねた男おとこおよびその女おんなを一緒いっしょに殺ころし、こうしてイスラエルのうちから悪あくを除のぞき去さらなければならない。

申命記22:28 まだ人ひとと婚約こんやくしない処女しょじょである女おんなに、男おとこが会あい、これを捕とらえて犯おかし、ふたりが見みつけられたならば、

申命記24:7 イスラエルの人々ひとびとのうちの同胞どうほうのひとりをかどわかして、これを奴隷どれいのようにあしらい、またはこれを売うる者ものを見みつけたならば、そのかどわかした者ものを殺ころして、あなたがたのうちから悪あくを除のぞき去さらなければならない。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記2:22 彼かれらは立たち去さって山やまにはいり、追手おってが帰かえるのを待まって、三みっ日かの間あいだそこにとどまった。追手おっては彼かれらをあまねく道みちに捜さがしたが、ついに見みつけることができなかった。

士師記(3か所)

士師記15:15 彼かれはろばの新あたらしいあご骨ぼね一ひとつを見みつけたので、手てを伸のべて取とり、それをもって一千いっせん人にんを打うち殺ころした。

士師記16:5 ペリシテびとの君きみたちはその女おんなのところにきて言いった、「あなたはサムソンを説ときすすめて、彼かれの大力だいりきはどこにあるのか、またわれわれはどうすれば彼かれに勝かって、彼かれを縛しばり苦くるしめることができるかを見みつけなさい。そうすればわれわれはおのおの銀ぎん千せん百ひゃく枚まいずつをあなたにさしあげましょう」。

士師記20:48 そこでイスラエルの人々ひとびとはまた身みをかえしてベニヤミンの人々ひとびとを攻せめ、つるぎをもって人ひとも獣けものもすべて見みつけたものを撃うち殺ころし、また見みつけたすべての町まちに火ひをかけた。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一31:3 戦たたかいは激はげしくサウルに迫せまり、弓ゆみを射いる者ものどもがサウルを見みつけて、彼かれを射いたので、サウルは射いる者ものたちにひどい傷きずを負おわされた。

サムエル第一31:8 あくる日ひ、ペリシテびとは殺ころされた者ものから、はぎ取とるためにきたが、サウルとその三さん人にんの子こたちがギルボア山やまにたおれているのを見みつけた。

列王紀上(2か所)

列王紀上18:12 しかしわたしがあなたを離はなれて行いくと、主しゅの霊れいはあなたを、わたしの知しらない所ところへ連つれて行いくでしょう。わたしが行いってアハブに告つげ、彼かれがあなたを見みつけることができなければ、彼かれはわたしを殺ころすでしょう。しかし、しもべは幼おさない時ときから主しゅを恐おそれている者ものです。

列王紀上21:20 アハブはエリヤに言いった、「わが敵てきよ、ついに、わたしを見みつけたのか」。彼かれは言いった、「見みつけました。あなたが主しゅの目めの前まえに悪あくを行おこなうことに身みをゆだねたゆえ、

列王紀下(2か所)

列王紀下22:8 その時とき大だい祭司さいしヒルキヤは書記しょき官かんシャパンに言いった、「わたしは主しゅの宮みやで律法りっぽうの書しょを見みつけました」。そしてヒルキヤがその書物しょもつをシャパンに渡わたしたので、彼かれはそれを読よんだ。

列王紀下23:24 ヨシヤはまた祭司さいしヒルキヤが主しゅの宮みやで見みつけた書物しょもつにしるされている律法りっぽうの言葉ことばを確実かくじつに行おこなうために、口寄くちよせと占うらない師しと、テラピムと偶像ぐうぞうおよびユダの地ちとエルサレムに見みられるもろもろの憎にくむべき者ものを取とり除のぞいた。

歴代志上(1か所)

歴代志上10:3 戦たたかいは激はげしくサウルにおし迫せまり、射手いての者ものどもがついにサウルを見みつけたので、彼かれは射手いての者ものどもに傷きずを負おわされた。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記33:10 見みよ、彼かれはわたしを攻せめる口実こうじつを見みつけ、わたしを自分じぶんの敵てきとみなし、

箴言(1か所)

箴言31:10 だれが賢かしこい妻つまを見みつけることができるか、彼女かのじょは宝石ほうせきよりもすぐれて尊とうとい。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書2:25 アリオクは急いいそいでダニエルを王おうの前まえに連つれて行いき、王おうにこう言いった、「ユダから捕とらえ移うつした者ものの中なかに、その解とき明あかしを王おうにお知しらせすることのできる、ひとりの人ひとを見みつけました」。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ13:44 天国てんごくは、畑はたけに隠かくしてある宝たからのようなものである。人ひとがそれを見みつけると隠かくしておき、喜よろこびのあまり、行いって持もち物ものをみな売うりはらい、そしてその畑はたけを買かうのである。

マタイ18:13 もしそれを見みつけたなら、よく聞きききなさい、迷まよわないでいる九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきのためよりも、むしろその一いち匹ひきのために喜よろこぶであろう。

マルコによる福音書(5か所)

マルコ1:37 そしてイエスを見みつけて、「みんなが、あなたを捜さがしています」と言いった。

マルコ5:32 しかし、イエスはさわった者ものを見みつけようとして、見みまわしておられた。

マルコ9:15 群衆ぐんしゅうはみな、すぐイエスを見みつけて、非常ひじょうに驚おどろき、駆かけ寄よってきて、あいさつをした。

マルコ13:36 あるいは急きゅうに帰かえってきて、あなたがたの眠ねむっているところを見みつけるかも知しれない。

マルコ14:55 さて、祭司さいし長ちょうたちと全ぜん議会ぎかいとは、イエスを死刑しけいにするために、イエスに不利ふりな証拠しょうこを見みつけようとしたが、得えられなかった。

ルカによる福音書(7か所)

ルカ2:46 そして三みっ日かの後あとに、イエスが宮みやの中なかで教師きょうしたちのまん中なかにすわって、彼かれらの話はなしを聞きいたり質問しつもんしたりしておられるのを見みつけた。

ルカ6:7 律法りっぽう学がく者しゃやパリサイ人にんたちは、イエスを訴うったえる口実こうじつを見付みつけようと思おもって、安息あんそく日ひにいやされるかどうかをうかがっていた。

ルカ15:4 「あなたがたのうちに、百ひゃく匹ひきの羊ひつじを持もっている者ものがいたとする。その一いち匹ひきがいなくなったら、九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきを野原のはらに残のこしておいて、いなくなった一いち匹ひきを見みつけるまでは捜さがし歩あるかないであろうか。

ルカ15:5 そして見みつけたら、喜よろこんでそれを自分じぶんの肩かたに乗のせ、

ルカ15:6 家いえに帰かえってきて友人ゆうじんや隣となり人びとを呼よび集あつめ、『わたしと一緒いっしょに喜よろこんでください。いなくなった羊ひつじを見みつけましたから』と言ゆうであろう。

ルカ15:8 また、ある女おんなが銀貨ぎんか十じゅう枚まいを持もっていて、もしその一いち枚まいをなくしたとすれば、彼女かのじょはあかりをつけて家中かちゅうを掃はき、それを見みつけるまでは注意ちゅうい深ふかく捜ささがさないであろうか。

ルカ15:9 そして、見みつけたなら、女おんな友ともだちや近所きんじょの女おんなたちを呼よび集あつめて、『わたしと一緒いっしょに喜よろこんでください。なくした銀貨ぎんかが見みつかりましたから』と言ゆうであろう。

ヨハネによる福音書(4か所)

ヨハネ7:34 あなたがたはわたしを捜さがすであろうが、見みつけることはできない。そしてわたしのいる所ところに、あなたがたは来くることができない」。

ヨハネ7:35 そこでユダヤ人にんたちは互たがいに言いった、「わたしたちが見みつけることができないというのは、どこへ行いこうとしているのだろう。ギリシヤ人にんの中なかに離散りさんしている人ひとたちのところにでも行いって、ギリシヤ人にんを教おしえようというのだろうか。

ヨハネ7:36 また、『わたしを捜さがすが、見みつけることはできない。そしてわたしのいる所ところには来くることができないだろう』と言いったその言葉ことばは、どういう意味いみだろう」。

ヨハネ12:14 イエスは、ろばの子こを見みつけて、その上うえに乗のられた。それは

使徒行伝(4か所)

使徒9:2 ダマスコの諸しょ会堂かいどうあての添書てんしょを求もとめた。それは、この道みちの者ものを見みつけ次第しだい、男女だんじょの別べつなく縛しばりあげて、エルサレムにひっぱって来くるためであった。

使徒11:26 彼かれを見みつけたうえ、アンテオケに連つれて帰かえった。ふたりは、まる一いち年ねん、ともどもに教会きょうかいで集あつまりをし、大おおぜいの人々ひとびとを教おしえた。このアンテオケで初はじめて、弟子でしたちがクリスチャンと呼よばれるようになった。

使徒13:22 それから神かみはサウロを退しりぞけ、ダビデを立たてて王おうとされたが、彼かれについてあかしをして、『わたしはエッサイの子こダビデを見みつけた。彼かれはわたしの心こころにかなった人ひとで、わたしの思おもうところを、ことごとく実行じっこうしてくれるであろう』と言いわれた。

使徒21:2 ここでピニケ行いきの舟ふねを見みつけたので、それに乗のり込こんで出帆しゅっぱんした。

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