「見いだす」(みいだす)が出てくる聖書の箇所

「見いだす」(みいだす)は口語訳の49か所(旧約35・新約14)に出てきます。「見いだせる」「見出す」も含みます。日常訳第1版では13か所。

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創世記(4か所)

創世記38:20 やがてユダはその女おんなからしるしを取とりもどそうと、その友ともアドラムびとに託たくしてやぎの子こを送おくったけれども、その女おんなを見みいだせなかった。

創世記38:22 彼かれはユダのもとに帰かえって言いった、「わたしは彼女かのじょを見みいだせませんでした。またその所ところの人々ひとびとは、『ここには遊女ゆうじょはいない』と言いいいました」。

創世記38:23 そこでユダは言いった、「女おんなに持もたせておこう。わたしたちは恥はじをかくといけないから。とにかく、わたしはこのやぎの子こを送おくったが、あなたは彼女かのじょを見みいだせなかったのだ」。

創世記41:38 そこでパロは家来けらいたちに言いった、「われわれは神かみの霊れいをもつこのような人ひとを、ほかに見みいだし得えようか」。

申命記(1か所)

申命記32:10 主しゅはこれを荒野あらのの地ちで見みいだし、獣けもののほえる荒あれ地ちで会あい、これを巡めぐり囲かこんでいたわり、目めのひとみのように守まもられた。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一12:5 サムエルは彼かれらに言いった、「あなたがたが、わたしの手てのうちに、なんの不正ふせいをも見みいださないことを、主しゅはあなたがたにあかしされる。その油あぶらそそがれた者ものも、きょうそれをあかしする」。彼かれらは言いった、「あかしされます」。

サムエル第一25:28 どうぞ、はしためのとがを許ゆるしてください。主しゅは必かならずわが君きみのために確たしかな家いえを造つくられるでしょう。わが君きみが主しゅのいくさを戦たたかい、またこの世よに生いきながらえられる間あいだ、あなたのうちに悪わるいことが見みいだされないからです。

列王紀下(1か所)

列王紀下2:17 彼かれの恥はじるまで、しいたので、彼かれは「つかわしなさい」と言いった。それで彼かれらは五十ごじゅう人にんの者ものをつかわし、三みっ日かの間あいだ尋たずねたが、彼かれを見みいださなかった。

歴代志上(1か所)

歴代志上4:40 ついに豊ゆたかな良よい牧場ぼくじょうを見みいだした。その地ちは広ひろく穏おだやかで、安やすらかであった。その地ちの前まえの住民じゅうみんはハムびとであったからである。

エズラ記(3か所)

エズラ記2:62 これらの者ものは系譜けいふに載のった者ものたちのうちに自分じぶんの名なを尋たずねたが見みいだされなかったので、汚よごれた者ものとして、祭司さいしの職しょくから除のぞかれた。

エズラ記4:19 わたしは命令めいれいを下くだして調査ちょうささせたところ、この町まちは古来こらい、諸王しょおうにそむいた事こと、その中なかに反乱はんらん、むほんのあったことを見みいだした。

エズラ記6:2 メデヤ州しゅうの都とエクバタナで、一ひとつの巻物まきものを見みいだした。そのうちにこうしるされてある。「記録きろく。

ネヘミヤ記(4か所)

ネヘミヤ記7:5 時ときに神かみはわたしの心こころに、尊とうとい人々ひとびと、つかさおよび民みんを集あつめて、家系かけいによってその名簿めいぼをしらべようとの思おもいを起おこされた。わたしは最初さいしょに上のぼって来きた人々ひとびとの系図けいずを発見はっけんし、その中なかにこのようにしるしてあるのを見みいだした。

ネヘミヤ記8:14 律法りっぽうのうちに主しゅがモーセに命めいじられたこと、すなわちイスラエルの人々ひとびとは七なな月がつの祭まつりの間あいだ、仮かり庵あんの中なかに住すむべきことがしるされているのを見みいだした。

ネヘミヤ記8:15 またすべての町々まちまちおよびエルサレムにのべ伝つたえて、「あなたがたは山やまに出でて行いって、オリブと野生やせいのオリブ、ミルトス、なつめやし、および茂しげった木きの枝えだを取とってきて、しるされてあるとおり、仮かり庵あんを造つくれ」と言いってあるのを見みいだした。

ネヘミヤ記13:1 その日ひモーセの書しょを読よんで民みんに聞きかせたが、その中なかにアンモンびと、およびモアブびとは、いつまでも神かみの会かいに、はいってはならないとしるされているのを見みいだした。

エステル記(1か所)

エステル記6:2 その中なかに、モルデカイがかつて王おうの侍従じじゅうで、王おうのへやの戸とを守まもる者もののうちのビグタナとテレシのふたりが、アハシュエロス王おうを殺ころそうとねらっていることを告つげた、としるされているのを見みいだした。

ヨブ記(5か所)

ヨブ記3:22 彼かれらは墓はかを見みいだすとき、非常ひじょうに喜よろこび楽たのしむのだ。

ヨブ記19:28 あなたがたがもし『われわれはどうして彼かれを責せめようか』と言いいい、また『事ことの根源こんげんは彼かれのうちに見みいだされる』と言ゆうならば、

ヨブ記28:12 しかし知恵ちえはどこに見みいだされるか。悟さとりのある所ところはどこか。

ヨブ記32:13 おそらくあなたがたは言ゆうだろう、『われわれは知恵ちえを見みいだした、彼かれに勝かつことのできるのは神かみだけで、人ひとにはできない』と。

ヨブ記37:23 全能ぜんのう者しゃは――われわれはこれを見みいだすことができない。彼かれは力ちからと公義きみよしとにすぐれ、正義せいぎに満みちて、これを曲まげることはない。

詩篇(3か所)

詩篇17:3 あなたがわたしの心こころをためし、夜よる、わたしに臨のぞみ、わたしを試こころみられても、わたしのうちになんの悪わるい思おもいをも見みいだされないでしょう。わたしの口くちも罪つみを犯おかしません。

詩篇107:4 彼かれらは人ひとなき荒野あらのにさまよい、住すむべき町まちにいたる道みちを見みいださなかった。

詩篇119:47 わたしは、わたしの愛あいするあなたの戒いましめに自分じぶんの喜よろこびを見みいだすからです。

伝道の書(2か所)

伝道の書7:24 物事ものごとの理りは遠とおく、また、はなはだ深ぶかい。だれがこれを見みいだすことができよう。

伝道の書7:26 わたしは、その心こころが、わなと網あみのような女おんな、その手てが、かせのような女おんなは、死しよりも苦にがい者ものであることを見みいだした。神かみを喜よろこばす者ものは彼女かのじょからのがれる。しかし罪つみびとは彼女かのじょに捕とらえられる。

イザヤ書(4か所)

イザヤ書13:15 すべて見みいだされる者ものは刺ささされ、すべて捕とらえられる者ものはつるぎによって倒たおされ、

イザヤ書30:14 その破やぶれることは陶器とうき師しの器うつわを破やぶるように惜おしむことなく打うち砕くだき、その砕くだけのなかには、炉ろから火ひを取とり、池いけから水みずをくめるほどの、ひとかけらさえ見みいだされない」。

イザヤ書41:12 あなたは、あなたと争あらそう者ものを尋たずねても見みいださず、あなたと戦たたかう者ものは全まったく消きえうせる。

イザヤ書65:1 わたしはわたしを求もとめなかった者ものに問とわれることを喜よろこび、わたしを尋たずねなかった者ものに見みいだされることを喜よろこんだ。わたしはわが名なを呼よばなかった国民こくみんに言いった、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。

エゼキエル書(2か所)

エゼキエル書26:21 わたしはあなたの終おわりを、恐おそるべきものとする。あなたは無むに帰きする。あなたを尋たずねる人ひとがあっても、永久えいきゅうに見みいださないと、主しゅなる神かみは言いわれる」。

エゼキエル書28:15 あなたは造つくられた日ひから、あなたの中なかに悪あくが見みいだされた日ひまではそのおこないが完全かんぜんであった。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書6:4 そこで総監そうかんおよび総督そうとくらは、国事こくじについてダニエルを訴うったえるべき口実こうじつを得えようとしたが、訴うったえるべきなんの口実こうじつも、なんのとがをも見みいだすことができなかった。それは彼かれが忠信ちゅうしんな人ひとであって、その身みになんのあやまちも、とがも見みいだされなかったからである。

ホセア書(1か所)

ホセア書2:7 彼女かのじょはその恋人こいびとたちのあとを慕したって行いく、しかし彼かれらに追おいつくことはない。彼かれらを尋たずねる、しかし見みいだすことはない。そこで彼女かのじょは言いう、『わたしは行いって、さきの夫おっとに帰かえろう。あの時ときは今いまよりもわたしによかったから』と。

マタイによる福音書(5か所)

マタイ7:7 求もとめよ、そうすれば、与あたえられるであろう。捜さがせ、そうすれば、見みいだすであろう。門もんをたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

マタイ7:8 すべて求もとめる者ものは得え、捜さがす者ものは見みいだし、門もんをたたく者ものはあけてもらえるからである。

マタイ7:14 命いのちにいたる門もんは狭せまく、その道みちは細ほそい。そして、それを見みいだす者ものが少すくない。

マタイ13:46 高価こうかな真珠しんじゅ一いち個こを見みいだすと、行いって持もち物ものをみな売うりはらい、そしてこれを買かうのである。

マタイ16:25 自分じぶんの命いのちを救すくおうと思おもう者ものはそれを失うしない、わたしのために自分じぶんの命いのちを失ううしなう者ものは、それを見みいだすであろう。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ11:9 そこでわたしはあなたがたに言ゆう。求もとめよ、そうすれば、与あたえられるであろう。捜さがせ、そうすれば見みいだすであろう。門もんをたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

ルカ11:10 すべて求もとめる者ものは得え、捜さがす者ものは見みいだし、門もんをたたく者ものはあけてもらえるからである。

ヨハネによる福音書(3か所)

ヨハネ18:38 ピラトはイエスに言いった、「真理しんりとは何なんか」。こう言いって、彼かれはまたユダヤ人にんの所ところに出でて行いき、彼かれらに言いった、「わたしには、この人ひとになんの罪つみも見みいだせない。

ヨハネ19:4 するとピラトは、また出でて行いってユダヤ人にんたちに言いった、「見みよ、わたしはこの人ひとをあなたがたの前まえに引ひき出だすが、それはこの人ひとになんの罪つみも見みいだせないことを、あなたがたに知しってもらうためである」。

ヨハネ19:6 祭司さいし長ちょうたちや下役したやくどもはイエスを見みると、叫さけんで「十字じゅうじ架かにつけよ、十字じゅうじ架かにつけよ」と言いった。ピラトは彼かれらに言いった、「あなたがたが、この人ひとを引ひき取とって十字じゅうじ架かにつけるがよい。わたしは、彼かれにはなんの罪つみも見みいだせない」。

使徒行伝(2か所)

使徒13:28 また、なんら死しに当あたる理由りゆうが見みいだせなかったのに、ピラトに強要きょうようしてイエスを殺ころしてしまった。

使徒17:27 こうして、人々ひとびとが熱心ねっしんに追おい求もとめて捜さがしさえすれば、神かみを見みいだせるようにして下くださった。事実じじつ、神かみはわれわれひとりびとりから遠とおく離はなれておいでになるのではない。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ10:20 イザヤも大胆だいたんに言いっている、「わたしは、わたしを求もとめない者ものたちに見みいだされ、わたしを尋たずねない者ものに、自分じぶんを現あらわした」。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:9 律法りっぽうによる自分じぶんの義ぎではなく、キリストを信しんじる信仰しんこうによる義ぎ、すなわち、信仰しんこうに基もとづく神かみからの義ぎを受うけて、キリストのうちに自分じぶんを見みいだすようになるためである。

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