「行い」(おこない)が出てくる聖書の箇所
「行い」(おこない)は口語訳の103か所(旧約68・新約35)に出てきます。「おこない」も含みます。日常訳第1版では194か所。
民数記(1か所)
民数記15:39 あなたがたが、そのふさを見て、主のもろもろの戒めを思い起して、それを行い、あなたがたが自分の心と、目の欲に従って、みだらな行いをしないためである。
申命記(1か所)
申命記32:16 彼らはほかの神々に仕えて、主のねたみを起し、憎むべきおこないをもって主の怒りをひき起した。
士師記(1か所)
士師記2:19 しかしさばきづかさが死ぬと、彼らはそむいて、先祖たちにまさって悪を行い、ほかの神々に従ってそれに仕え、それにひざまずいてそのおこないをやめず、かたくなな道を離れなかった。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一2:23 彼らに言った、「なにゆえ、そのようなことをするのか。わたしはこのすべての民から、あなたがたの悪いおこないのことを聞く。
列王紀上(1か所)
列王紀上8:32 あなたは天で聞いて行い、あなたのしもべらをさばき、悪人を罰して、そのおこないの報いをそのこうべに帰し、義人を義として、その義にしたがって、その人に報いてください。
列王紀下(1か所)
列王紀下23:26 けれども主はなおユダにむかって発せられた激しい大いなる怒りをやめられなかった。これはマナセがもろもろの腹だたしい行いをもって主を怒らせたためである。
歴代志下(4か所)
歴代志下6:23 あなたは天から聞いて、行い、あなたのしもべらをさばき、悪人に報いをなして、その行いの報いをそのこうべに帰し、義人を義として、その義にしたがってその人に報いてください。
歴代志下27:6 ヨタムはその神、主の前にその行いを堅くしたので力ある者となった。
歴代志下27:7 ヨタムのその他の行為、そのすべての戦いおよびその行いなどは、イスラエルとユダの列王の書にしるされている。
歴代志下35:27 およびその始終の行いなどは、イスラエルとユダの列王の書にしるされている。
エステル記(2か所)
エステル記1:17 王妃のこの行いはあまねくすべての女たちに聞えて、彼らはついにその目に夫を卑しめ、『アハシュエロス王は王妃ワシテに、彼の前に来るように命じたがこなかった』と言うでしょう。
エステル記1:18 王妃のこの行いを聞いたペルシャとメデアの大臣の夫人たちもまた、今日、王のすべての大臣たちにこのように言うでしょう。そうすれば必ず卑しめと怒りが多く起ります。
詩篇(4か所)
詩篇17:4 人のおこないの事をいえば、あなたのくちびるの言葉によって、わたしは不法な者の道を避けました。
詩篇50:23 感謝のいけにえをささげる者はわたしをあがめる。自分のおこないを慎む者にはわたしは神の救を示す」。
詩篇101:3 わたしは目の前に卑しい事を置きません。わたしはそむく者の行いを憎みます。それはわたしに付きまといません。
詩篇106:29 彼らはそのおこないをもって主を怒らせたので、彼らのうちに疫病が起った。
箴言(8か所)
箴言1:31 自分の行いの実を食らい、自分の計りごとに飽きる。
箴言2:15 その道は曲り、その行いは、よこしまである。
箴言5:21 人の道は主の目の前にあり、主はすべて、その行いを見守られる。
箴言10:23 愚かな者は、戯れ事のように悪を行う、さとき人には賢い行いが楽しみである。
箴言14:14 心のもとれる者はそのしわざの実を刈り取り、善良な人もまたその行いの実を刈り取る。
箴言21:8 罪びとの道は曲っている、潔白な人の行いはまっすぐである。 罪びとの道は曲っている、潔白な人の行いはまっすぐである。
箴言21:24 高ぶりおごる者を「あざける者」となづける、彼は高慢無礼な行いをするものである。 高ぶりおごる者を「あざける者」となづける、彼は高慢無礼な行いをするものである。
箴言31:31 その手の働きの実を彼女に与え、その行いのために彼女を町の門でほめたたえよ。
イザヤ書(6か所)
イザヤ書1:16 あなたがたは身を洗って、清くなり、わたしの目の前からあなたがたの悪い行いを除き、悪を行うことをやめ、
イザヤ書3:10 正しい人に言え、彼らはさいわいであると。彼らはその行いの実を食べるからである。
イザヤ書28:21 主はペラジム山で立たれたように立ちあがり、ギベオンの谷で憤られたように憤られて、その行いをなされる。その行いは類のないものである。またそのわざをなされる。そのわざは異なったものである。
イザヤ書32:7 悪人の行いは悪い。彼は悪い計りごとをめぐらし、偽りの言葉をもって貧しい者をおとしいれ、乏しい者が正しいことを語っても、なお、これをおとしいれる。
イザヤ書59:6 その織る物は着物とならない。その造る物をもって身をおおうことができない。彼のわざは不義のわざであり、彼らの手には暴虐の行いがある。
イザヤ書64:6 われわれはみな汚れた人のようになり、われわれの正しい行いは、ことごとく汚れた衣のようである。われわれはみな木の葉のように枯れ、われわれの不義は風のようにわれわれを吹き去る。
エレミヤ書(20か所)
エレミヤ書2:23 「どうしてあなたは、『わたしは汚れていない、バアルに従わなかった』と言うことができようか。谷の中でのあなたの行いを見るがよい。あなたのしたことを知るがよい。あなたは御しがたい若いらくだであって、その道を行きつもどりつする。
エレミヤ書4:4 ユダの人々とエルサレムに住む人々よ、あなたがたは自ら割礼を行って、主に属するものとなり、自分の心の前の皮を取り去れ。さもないと、あなたがたの悪しき行いのためにわたしの怒りが火のように発して燃え、これを消す者はない」。
エレミヤ書4:18 あなたの道とその行いとが、あなたの身にこれを招いたのだ。これはあなたの悪の結果で、まことに苦く、あなたの心をつらぬく」。
エレミヤ書7:3 万軍の主、イスラエルの神はこう言われる、あなたがたの道とあなたがたの行いを改めるならば、わたしはあなたがたをこの所に住まわせる。
エレミヤ書7:5 もしあなたがたが、まことに、その道と行いを改めて、互に公正を行い、
エレミヤ書13:27 わたしはあなたの憎むべき行い、あなたの姦淫と、いななき、野の丘の上で行ったあなたのみだらな行いを見た。エルサレムよ、あなたはわざわいだ、あなたの清められるのはいつのことであろうか」。
エレミヤ書15:4 またユダの王ヒゼキヤの子マナセが、エルサレムでした行いのゆえに、わたしは彼らを地のすべての国が見て恐れおののくものとする。
エレミヤ書17:10 「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」。
エレミヤ書18:11 それゆえ、ユダの人々とエルサレムに住む者に言いなさい、『主はこう仰せられる、見よ、わたしはあなたがたに災を下そうと工夫し、あなたがたを攻める計りごとを立てている。あなたがたはおのおのその悪しき道を離れ、その道と行いを改めなさい』と。
エレミヤ書21:12 ダビデの家よ、主はこう仰せられる、朝ごとに、正しいさばきを行い、物を奪われた人をしえたげる者の手から救え。そうしないと、あなたがたの悪い行いのために、わたしの怒りは火のように燃えて、それを消すことはできない』」。
エレミヤ書21:14 わたしはあなたがたを、その行いの実によって罰する。またその林に火をつけて、その周囲のものをみな焼き尽すと、主は言われる」。
エレミヤ書23:22 もし彼らがわたしの議会に立ったのであれば、わたしの民にわが言葉を告げ示して、その悪い道と悪い行いから、離れさせたであろうに。
エレミヤ書25:5 彼らは言った、『あなたがたはおのおの今その悪の道と悪い行いを捨てなさい。そうすれば主が昔からあなたがたと先祖たちとに与えられた地に永遠に住むことができる。
エレミヤ書26:3 彼らが聞いて、おのおのその悪い道を離れることがあるかも知れない。そのとき、わたしは彼らの行いの悪いために、災を彼らに下そうとしたのを思いなおす。
エレミヤ書26:13 それで、あなたがたは今、あなたがたの道と行いを改め、あなたがたの神、主の声に聞き従いなさい。そうするならば主はあなたがたに災を下そうとしたことを思いなおされる。
エレミヤ書31:37 主はこう言われる、「もし上の天を量ることができ、下の地の基を探ることができるなら、そのとき、わたしはイスラエルのすべての子孫をそのもろもろの行いのために捨て去ると主は言われる」。
エレミヤ書32:19 あなたの計りごとは大きく、また、事を行うのに力があり、あなたの目は人々の歩むすべての道を見て、おのおのの道にしたがい、その行いの実によってこれに報いられます。
エレミヤ書35:15 わたしはまた、わたしのしもべである預言者たちを、しきりにあなたがたにつかわして言わせた、『あなたがたは今おのおのその悪い道を離れ、その行いを改めなさい。ほかの神々に従い仕えてはならない。そうすれば、あなたがたはわたしがあなたがたと、あなたがたの先祖に与えたこの地に住むことができる』と。しかしあなたがたは耳を傾けず、わたしに聞かなかった。
エレミヤ書44:22 主はあなたがたの悪しきわざのため、あなたがたの憎むべき行いのために、もはや忍ぶことができなくなられた。それゆえ、あなたがたの地は今日のごとく荒れ地となり、驚きとなり、のろいとなり、住む人のない地となった。
エレミヤ書48:30 主は言われる、わたしは彼の横着なのを知る、彼の自慢は偽りで、その行いも偽りである。
哀歌(1か所)
哀歌3:40 われわれは、自分の行いを調べ、かつ省みて、主に帰ろう。
エゼキエル書(8か所)
エゼキエル書7:4 わたしの目はあなたを惜しみ見ず、またあなたをあわれまない。わたしはあなたの行いのためにあなたを罰する。あなたの憎むべき事があなたのうちにある。これによって、あなたがたはわたしが主であることを知るようになる。
エゼキエル書7:9 わたしの目はあなたを惜しみ見ず、またあなたをあわれまない。わたしはあなたの行いのためにあなたを罰する。あなたの憎むべき事があなたのうちにある。これによって、あなたがたは、主であるわたしがあなたを撃つことを知るようになる。
エゼキエル書16:61 わたしがあなたの姉および妹を受け、またあなたとの契約によらずに、娘として彼らをあなたに与える時、あなたは自分のおこないを思い出して恥じる。
エゼキエル書18:23 主なる神は言われる、わたしは悪人の死を好むであろうか。むしろ彼がそのおこないを離れて生きることを好んでいるではないか。
エゼキエル書22:9 人をののしって血を流そうとする者は、あなたのうちにおり、人々はあなたのうちで、山の上で食事をし、あなたのうちで、みだらなおこないをし、
エゼキエル書22:31 それゆえ、わたしはわが怒りを彼らの上に注ぎ、わが憤りの火をもって彼らを滅ぼし、彼らのおこないを、そのこうべに報いたと、主なる神は言われる」。
エゼキエル書28:15 あなたは造られた日から、あなたの中に悪が見いだされた日まではそのおこないが完全であった。
エゼキエル書36:32 わたしがなすことはあなたがたのためではないと、主なる神は言われる。あなたがたはこれを知れ。イスラエルの家よ、あなたがたは自分のおこないを恥じて悔やむべきである。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書11:23 彼は、これと同盟を結んで後、偽りのおこないをなし、わずかな民をもって強くなり、
ホセア書(3か所)
ホセア書4:9 それゆえ祭司も民と同じようになる。わたしはそのわざのために彼らを罰し、そのおこないのために彼らに報いる。
ホセア書7:12 彼らが行くとき、わたしは彼らの上に網を張って、空の鳥のように引き落し、その悪しきおこないのゆえに、彼らを懲らしめる。
ホセア書9:15 彼らのすべての悪はギルガルにある。わたしはかしこで彼らを憎んだ。彼らのおこないの悪しきがゆえに、彼らをわが家から追いだし、重ねて愛することをしない。その君たちはみな、反逆者である。
ヨエル書(2か所)
ヨエル書3:4 ツロとシドンよ、ペリシテのすべての地方よ、おまえたちは、わたしとなんのかかわりがあるか。おまえたちはわたしに報復をしようとするのか。もしおまえたちがわたしに報復しようとするなら、わたしは時をうつさず、すみやかに、おまえたちのおこないの報復をおまえたちの頭上にこさせる。
ヨエル書3:7 見よ、わたしはおまえたちが売ったその所から彼らを起して、おまえたちのおこないの報復をおまえたちの頭上にこさせる。
ミカ書(2か所)
ミカ書3:4 こうして彼らが主に呼ばわっても、主はお答えにならない。かえってその時には、み顔を彼らに隠される。彼らのおこないが悪いからである。
ミカ書7:13 しかしかの地はその住民のゆえに、そのおこないの実によって荒れはてる。
ゼカリヤ書(1か所)
ゼカリヤ書1:4 あなたがたの先祖たちのようであってはならない。先の預言者たちは、彼らにむかって叫んで言った、『万軍の主はこう仰せられる、悪い道を離れ、悪いおこないを捨てて帰れ』と。しかし彼らは聞きいれず、耳をわたしに傾けなかったと主は言われる。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ5:16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ10:37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。
ヨハネによる福音書(4か所)
ヨハネ3:19 そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。
ヨハネ3:20 悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。
ヨハネ3:21 しかし、真理を行っている者は光に来る。その人のおこないの、神にあってなされたということが、明らかにされるためである。
ヨハネ7:7 世はあなたがたを憎み得ないが、わたしを憎んでいる。わたしが世のおこないの悪いことを、あかししているからである。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ3:27 すると、どこにわたしたちの誇があるのか。全くない。なんの法則によってか。行いの法則によってか。そうではなく、信仰の法則によってである。
ローマ4:6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一5:2 それだのに、なお、あなたがたは高ぶっている。むしろ、そんな行いをしている者が、あなたがたの中から除かれねばならないことを思って、悲しむべきではないか。
コリント第一5:3 しかし、わたし自身としては、からだは離れていても、霊では一緒にいて、その場にいる者のように、そんな行いをした者を、すでにさばいてしまっている。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二13:7 わたしたちは、あなたがたがどんな悪をも行わないようにと、神に祈る。それは、自分たちがほんとうの者であることを見せるためではなく、たといわたしたちが見捨てられた者のようになっても、あなたがたに良い行いをしてもらいたいためである。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ6:4 ひとりびとり、自分の行いを検討してみるがよい。そうすれば、自分だけには誇ることができても、ほかの人には誇れなくなるであろう。
エペソ人への手紙(2か所)
エペソ2:10 わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。
エペソ4:19 自ら無感覚になって、ほしいままにあらゆる不潔な行いをして、放縦に身をゆだねている。
コロサイ人への手紙(2か所)
コロサイ1:21 あなたがたも、かつては悪い行いをして神から離れ、心の中で神に敵対していた。
コロサイ3:9 互にうそを言ってはならない。あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一6:18 また、良い行いをし、良いわざに富み、惜しみなく施し、人に分け与えることを喜び、
テトスへの手紙(1か所)
テトス1:16 彼らは神を知っていると、口では言うが、行いではそれを否定している。彼らは忌まわしい者、また不従順な者であって、いっさいの良いわざに関しては、失格者である。
ピレモンへの手紙(1か所)
ピレモン1:14 しかし、わたしは、あなたの承諾なしには何もしたくない。あなたが強制されて良い行いをするのではなく、自発的にすることを願っている。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル6:1 そういうわけだから、わたしたちは、キリストの教の初歩をあとにして、完成を目ざして進もうではないか。今さら、死んだ行いの悔改めと神への信仰、
ヤコブの手紙(7か所)
ヤコブ2:14 わたしの兄弟たちよ。ある人が自分には信仰があると称していても、もし行いがなかったら、なんの役に立つか。その信仰は彼を救うことができるか。
ヤコブ2:17 信仰も、それと同様に、行いを伴わなければ、それだけでは死んだものである。
ヤコブ2:18 しかし、「ある人には信仰があり、またほかの人には行いがある」と言う者があろう。それなら、行いのないあなたの信仰なるものを見せてほしい。そうしたら、わたしの行いによって信仰を見せてあげよう。
ヤコブ2:20 ああ、愚かな人よ。行いを伴わない信仰のむなしいことを知りたいのか。
ヤコブ2:22 あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行いと共に働き、その行いによって信仰が全うされ、
ヤコブ2:26 霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。
ヤコブ3:13 あなたがたのうちで、知恵があり物わかりのよい人は、だれであるか。その人は、知恵にかなう柔和な行いをしていることを、よい生活によって示すがよい。
ペテロの第一の手紙(2か所)
ペテロ第一2:12 異邦人の中にあって、りっぱな行いをしなさい。そうすれば、彼らは、あなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたのりっぱなわざを見て、かえって、おとずれの日に神をあがめるようになろう。
ペテロ第一3:2 あなたがたのうやうやしく清い行いを見て、その妻の無言の行いによって、救に入れられるようになるであろう。
ペテロの第二の手紙(2か所)
ペテロ第二2:8 (この義人は、彼らの間に住み、彼らの不法の行いを日々見聞きして、その正しい心を痛めていたのである。)
ペテロ第二3:12 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。
ヨハネの第一の手紙(1か所)
ヨハネ第一3:18 子たちよ。わたしたちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか。
ヨハネの黙示録(3か所)
黙示録16:11 その苦痛とでき物とのゆえに、天の神をのろった。そして、自分の行いを悔い改めなかった。
黙示録18:5 彼女の罪は積り積って天に達しており、神はその不義の行いを覚えておられる。
黙示録19:8 彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。