「葉」(は)が出てくる聖書の箇所
「葉」(は)は口語訳の19か所(旧約13・新約6)に出てきます。日常訳第1版では23か所。
創世記(1か所)
創世記3:7 すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記30:4 彼らは、ぜにあおいおよび灌木の葉を摘み、れだまの根をもって身を暖める。
詩篇(1か所)
詩篇1:3 このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。
イザヤ書(3か所)
イザヤ書1:30 あなたがたは葉の枯れるかしの木のように、水のない園のようになり、
イザヤ書33:9 地は嘆き衰え、レバノンは恥じて枯れ、シャロンは荒野のようになり、バシャンとカルメルはその葉を落す。
イザヤ書34:4 天の万象は衰え、もろもろの天は巻物のように巻かれ、その万象はぶどうの木から葉の落ちるように、いちじくの木から葉の落ちるように落ちる。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書8:13 主は言われる、わたしが集めようと思うとき、ぶどうの木にぶどうはなく、いちじくの木に、いちじくはなく、葉さえ、しぼんでいる。わたしが彼らに与えたものも、彼らを離れて、うせ去った」。
エレミヤ書17:8 彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書17:6 これが成長して、たけ低く、はびこるぶどうの木となり、枝はわしに向かい、根はわしの下にあり、こうしてついにぶどうの木となり、枝を伸ばし、葉を出した。
エゼキエル書47:12 川のかたわら、その岸のこなたかなたに、食物となる各種の木が育つ。その葉は枯れず、その実は絶えず、月ごとに新しい実がなる。これはその水が聖所から流れ出るからである。その実は食用に供せられ、その葉は薬となる」。
ダニエル書(3か所)
ダニエル書4:12 その葉は美しく、その実は豊かで、すべての者がその中から食物を獲、また野の獣はその陰にやどり、空の鳥はその枝にすみ、すべての肉なる者はこれによって養われた。
ダニエル書4:14 彼は声高く呼ばわって、こう言った、『この木を切り倒し、その枝を切りはらい、その葉をゆり落し、その実を打ち散らし、獣をその下から逃げ去らせ、鳥をその枝から飛び去らせよ。
ダニエル書4:21 その葉は美しく、その実は豊かで、すべての者がその中から食物を獲、また野の獣がその陰にやどり、空の鳥がその枝に住んだ木、
マタイによる福音書(2か所)
マタイ21:19 そして、道のかたわらに一本のいちじくの木があるのを見て、そこに行かれたが、ただ葉のほかは何も見当らなかった。そこでその木にむかって、「今から後いつまでも、おまえには実がならないように」と言われた。すると、いちじくの木はたちまち枯れた。
マタイ24:32 いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる。
マルコによる福音書(3か所)
マルコ11:8 すると多くの人々は自分たちの上着を道に敷き、また他の人々は葉のついた枝を野原から切ってきて敷いた。
マルコ11:13 そして、葉の茂ったいちじくの木を遠くからごらんになって、その木に何かありはしないかと近寄られたが、葉のほかは何も見当らなかった。いちじくの季節でなかったからである。
マルコ13:28 いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる。
使徒行伝(1か所)
使徒21:24 この人たちを連れて行って、彼らと共にきよめを行い、また彼らの頭をそる費用を引き受けてやりなさい。そうすれば、あなたについて、うわさされていることは、根も葉もないことで、あなたは律法を守って、正しい生活をしていることが、みんなにわかるであろう。