「葉」(は)が出てくる聖書の箇所
「葉」(は)は日常訳第1版の23か所(旧約18・新約5)に出てきます。口語訳では19か所。
創世記(2か所)
創世記3:7 すると二人の目が開けて、自分たちが裸だと気づいた。それで二人はいちじくの葉をつなぎ合わせて、腰に巻くものを作った。
創世記8:11 はとは夕方になって、ノアのもとに戻ってきた。見ると、そのくちばしには、むしり取ったばかりのオリーブの葉があった。ノアは、地から水がひいたことを知った。
レビ記(2か所)
レビ記23:40 最初の日に、あなたがたは見事な木の実、なつめやしの葉、茂った木の枝、川辺の柳を取り、七日間、あなたがたの神である主の前で喜び祝いなさい。
レビ記26:36 あなたたちのうち生き残った者には、敵の地で、心の中に恐れを送り込む。風に舞う一枚の葉の音にさえ追われ、剣から逃げるように逃げ、追う者もいないのに倒れる。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記8:15 そしてすべての町とエルサレムで、こう知らせ、触れ回るようにと書かれていた。「山に出て行って、オリーブの枝、野生のオリーブの枝、ミルトスの枝、なつめやしの枝、葉の茂った木の枝を取ってきなさい。そして、書かれているとおりに仮小屋を作りなさい。」
詩篇(1か所)
詩篇1:3 流れのほとりに植えられた木のように、その人は時が来ると実を結び、葉も枯れることがない。何をしても、すべてうまくいく。
箴言(1か所)
箴言11:28 自分の富に頼る者は倒れる。でも正しい人は、緑の葉のように生き生きと茂る。
イザヤ書(4か所)
イザヤ書1:30 おまえたちは、葉のしおれる樫の木のようになり、水のない園のようになるからだ。
イザヤ書33:9 地は嘆き、しおれていく。レバノンは恥じて枯れ果てた。シャロンは荒れ野のようになり、バシャンとカルメルは葉を振り落とす。
イザヤ書34:4 天の万象は朽ち果て、天は巻物のように巻き取られる。天の万象はすべて枯れ落ちる。ぶどうの木から葉が枯れ落ちるように、いちじくの実がしなびて落ちるように。
イザヤ書64:6 わたしたちはみな、汚れた者のようになり、わたしたちの正しい行いはすべて、汚れた衣のようだ。わたしたちはみな、葉のように枯れ、わたしたちの過ちは風のように、わたしたちを運び去る。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書8:13 「わたしは彼らを刈り取ってしまう」と主は言われる。「ぶどうの木にぶどうはなく、いちじくの木にいちじくもない。葉さえも枯れてしまった。わたしが彼らに与えたものも、過ぎ去っていく。」
エレミヤ書17:8 その人は、水のほとりに植えられた木のようだ。流れに向かって根を伸ばす。暑さが来ても恐れることなく、葉はいつも青々としている。日照りの年にも心配せず、実を結び続ける。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書6:13 そのとき、彼らはわたしが主であることを知る。殺された者たちが偶像のあいだに、祭壇のまわりに横たわるとき。あらゆる高い丘の上、すべての山の頂、青々と茂った木の下、葉の茂ったすべての樫の木の下——彼らがあらゆる偶像に香ばしいささげ物をした、その場所すべてでだ。
エゼキエル書47:12 川の両岸には、あらゆる種類の実のなる木が生える。その葉は枯れず、実も絶えることがない。毎月新しい実をつける。その水が聖所から流れ出ているからだ。実は食べ物となり、葉は薬となる。」
ダニエル書(3か所)
ダニエル書4:12 葉は美しく、実はたくさんなっていて、すべての生き物の食べ物になった。その木の下では野の獣が日陰で休み、枝には空の鳥が巣を作り、あらゆる生き物がその木から養われた。
ダニエル書4:14 その者は大声で叫んで、こう言った。『この木を切り倒し、枝を払い落とせ。葉をむしり取り、実をまき散らせ。獣は木の下から逃げ去り、鳥は枝から飛び去れ。
ダニエル書4:21 葉は美しく茂り、実は豊かに実り、すべての生き物の食べ物がそこにあった木。その下には野の獣が住み、枝には空の鳥が巣を作っていた、あの木、
マタイによる福音書(1か所)
マタイ24:32 いちじくの木から、このたとえを学んでほしい。枝が柔らかくなって葉が出てくると、夏が近いことがわかる。
マルコによる福音書(3か所)
マルコ11:8 多くの人が自分の上着を道に敷いた。ほかの人たちは野で切ってきた葉のついた枝を敷いた。
マルコ11:13 そして、葉の茂ったいちじくの木を遠くから見つけ、何か実がないかと近寄って行った。しかし、そばまで行っても、葉のほかには何も見つからなかった。いちじくの季節ではなかったからだ。
マルコ13:28 いちじくの木からたとえを学びなさい。枝が柔らかくなって葉が出はじめると、夏が近いとわかる。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録22:2 川は町の大通りの真ん中を流れていた。その両岸には命の木が立っていて、年に十二回、毎月実をみのらせていた。そしてその葉は、あらゆる民族を癒やすためのものだった。