「背負う」(せおう)が出てくる聖書の箇所

「背負う」(せおう)は日常訳第1版の29か所(旧約18・新約11)に出てきます。「背負える」も含みます。口語訳では4か所。

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創世記(2か所)

創世記4:13 カインは主しゅに言いった。「わたしの罰ばつは重おもすぎて、とても背負せおいきれません。

創世記22:6 アブラハムは焼やき尽つくすいけにえ用ようのたきぎを取とって、息子むすこのイサクに背負せおわせた。そして自分じぶんは火ひと刃物はものを手てに持もち、二人ふたりは一緒いっしょに歩あるいて行いった。

申命記(2か所)

申命記1:9 あのとき、わたしはあなたたちにこう言いった。「わたしひとりでは、あなたたちを背負せおいきれない。

申命記1:12 それなのに、あなたたちの面倒めんどうや重荷おもに、争あらそいを、どうしてわたしひとりで背負せおえるだろうか。」

詩篇(3か所)

詩篇28:9 どうぞ、あなたの民たみを救すくい、あなたのものとされた人々ひとびとを祝福しゅくふくしてください。彼かれらの羊飼ひつじかいとなり、いつまでも彼かれらを背負せおって導みちびいてください。

詩篇38:4 わたしの罪つみは、頭あたまの上うえまで越こえてしまった。それは重おもい荷物にもつのように、わたしには背負せおいきれない。

詩篇88:15 わたしは若わかい頃ころから苦くるしみ、死しにそうだ。あなたの恐おそろしさを背負せおってきて、もう途方とほうに暮くれている。

箴言(1か所)

箴言28:17 人ひとの血ちを流ながして重荷おもにを背負せおった者ものは、墓穴ぼけつまで逃にげ続つづける。だれも助たすけの手てを出だしてはいけない。

イザヤ書(8か所)

イザヤ書1:4 ああ、罪つみばかりの国くに。とがを重おもく背負せおった民たみ。悪あくを行おこなう者ものたちの子孫しそん。だめにしてしまう子こどもたち。彼かれらは主しゅを捨すて、イスラエルの聖せいなる方かたを見下みくだし、背せを向むけて離はなれていった。

イザヤ書1:14 おまえたちの新月しんげつの祭まつりも、決きめられた祭まつりも、わたしは心こころから憎にくむ。それはわたしの重荷おもにになった。背負せおうのに、もう疲つかれ果はてた。

イザヤ書22:6 エラムは矢筒やづつを背負せおい、戦車せんしゃと騎兵きへいを率ひきいて来くる。キルは盾たてのおおいを取とり払はらう。

イザヤ書46:3 わたしに聞きけ、ヤコブの家いえよ。生いき残のこったイスラエルの家いえのすべての者ものよ。あなたがたは母ははの胎はらにいたときから、わたしに背負せおわれ、生うまれる前まえから、わたしに担かつがれてきた。

イザヤ書46:4 あなたがたが年老としおいても、わたしは変かわらない。白髪はくはつになっても、わたしが背負せおう。わたしがあなたがたを造つくった。だからわたしが担にない、わたしが背負せおい、救すくい出だす。

イザヤ書53:4 本当ほんとうは、彼かれがわたしたちの痛いたみを引ひき受うけ、わたしたちの悲かなしみを背負せおっていた。それなのにわたしたちは、彼かれを神かみに打うたれ、苦くるしめられている者ものだと思おもっていた。

イザヤ書53:11 彼かれは自分じぶんが苦くるしんだ末すえに、その実みのりを見みて、満みち足たりる。わたしの正ただしいしもべは、その知しることによって、多おおくの人ひとを義ぎとする。彼かれが、その人ひとたちの過あやまちを背負せおうからだ。

イザヤ書53:12 だからわたしは、多おおくの人ひとを彼かれの分わけ前まえとして与あたえ、彼かれは強つよい者ものたちと共ともに戦利せんり品ひんを分わける。彼かれが自分じぶんの命いのちを惜おしまず死しにわたし、罪人ざいにんたちの一人ひとりに数かぞえられたからだ。彼かれは多おおくの人ひとの罪つみを背負せおい、罪人ざいにんたちのためにとりなしをした。

哀歌(2か所)

哀歌5:7 わたしたちの先祖せんぞは罪つみを犯おかした。でも、その人ひとたちはもういない。そして、彼かれらの犯おかした罪つみの重荷おもにを、わたしたちが背負せおっている。

哀歌5:13 若者わかものたちは石臼いしうすをひかされ、少年しょうねんたちはたきぎを背負せおってよろめいた。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ10:38 自分じぶんの十字じゅうじ架かを背負せおってわたしについて来こない者ものは、わたしにふさわしくない。

マタイ16:24 それからイエスは弟子でしたちに言いった。「わたしについて来きたい人ひとは、自分じぶんを捨すて、自分じぶんの十字じゅうじ架かを背負せおって、わたしについて来きなさい。

マタイ27:32 彼かれらは出でて行いく途中とちゅうで、シモンというクレネ人にんに出会であった。そして、イエスの十字じゅうじ架かを無理むりやり背負せおわせた。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ8:34 それからイエスは、弟子でしたちといっしょに群衆ぐんしゅうを呼よび寄よせて言いった。「わたしについて来きたい者ものは、自分じぶんを捨すて、自分じぶんの十字じゅうじ架かを背負せおって、わたしに従したがいなさい。

ルカによる福音書(4か所)

ルカ9:23 それからイエスは、みんなに向むかって言いった。「わたしについて来きたいと思おもう人ひとは、自分じぶんを捨すて、毎日まいにち、自分じぶんの十字じゅうじ架かを背負せおって、わたしについて来きなさい。

ルカ11:46 イエスは言いった。「あなたたち律法りっぽうの専門せんもん家かも不幸ふこうだ。人々ひとびとに、背負せおいきれないほど重おもい荷物にもつを負おわせておきながら、自分じぶんは指ゆび一いち本ぽんその荷物にもつに触ふれようとしないからだ。

ルカ14:27 自分じぶんの十字じゅうじ架かを背負せおってわたしについて来こない者ものは、わたしの弟子でしになることはできない。

ルカ23:26 人々ひとびとはイエスを引ひいていった。その途中とちゅう、畑はたけから帰かえってくるキレネ人にんシモンという男おとこをつかまえ、十字じゅうじ架かを背負せおわせて、イエスの後うしろから運はこばせた。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ19:17 イエスは自分じぶんで十字じゅうじ架かを背負せおって、「されこうべの場所ばしょ」と呼よばれるところへ出でて行いった。そこはヘブライ語ごでゴルゴタと言ゆう。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル9:28 それと同おなじように、キリストも多おおくの人ひとの罪つみを背負せおうために、ただ一いち度どだけささげられた。そしてもう一いち度ど、今度こんどは罪つみとは関係かんけいなく、ご自分じぶんを待まち望のぞんでいる人ひとたちを救すくうために姿すがたを現あらわされる。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:24 この方かたは、わたしたちの罪つみをその身みに負おって、十字じゅうじ架かの上うえでその罪つみを背負せおってくださった。わたしたちが罪つみに対たいして死しに、義ぎのために生いきるためだ。この方かたの傷きずによって、あなたたちはいやされたのだ。

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