「神の子」(かみのこ)が出てくる聖書の箇所

「神の子」(かみのこ)は口語訳の69か所(旧約9・新約60)に出てきます。日常訳第1版では83か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

創世記(2か所)

創世記6:2 神かみの子こたちは人ひとの娘むすめたちの美うつくしいのを見みて、自分じぶんの好このむ者ものを妻つまにめとった。

創世記6:4 そのころ、またその後あとにも、地ちにネピリムがいた。これは神かみの子こたちが人ひとの娘むすめたちのところにはいって、娘むすめたちに産うませたものである。彼かれらは昔むかしの勇士ゆうしであり、有名ゆうめいな人々ひとびとであった。

ヨブ記(3か所)

ヨブ記1:6 ある日ひ、神かみの子こたちが来きて、主しゅの前まえに立たった。サタンも来きてその中なかにいた。

ヨブ記2:1 ある日ひ、また神かみの子こたちが来きて、主しゅの前まえに立たった。サタンもまたその中なかに来きて、主しゅの前まえに立たった。

ヨブ記38:7 かの時ときには明あけの星ほしは相あい共ともに歌うたい、神かみの子こたちはみな喜よろこび呼よばわった。

詩篇(2か所)

詩篇29:1 神かみの子こらよ、主しゅに帰かえせよ、栄光えいこうと力ちからとを主しゅに帰かえせよ。

詩篇89:6 大空おおぞらのうちに、だれか主しゅと並ならぶものがあるでしょうか。神かみの子こらのうちに、だれか主しゅのような者ものがあるでしょうか。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書3:25 王おうは答こたえて言いった、「しかし、わたしの見みるのに四よん人にんの者ものがなわめなしに、火ひの中なかを歩あるいているが、なんの害がいをも受うけていない。その第だい四よんの者ものの様子ようすは神かみの子このようだ」。

ホセア書(1か所)

ホセア書1:10 しかしイスラエルの人々ひとびとの数かずは海うみの砂すなのように量はかることも、数かぞえることもできないほどになって、さきに彼かれらが「あなたがたは、わたしの民たみではない」と言いわれたその所ところで、「あなたがたは生いける神かみの子こである」と言いわれるようになる。

マタイによる福音書(10か所)

マタイ4:3 すると試こころみる者ものがきて言いった、「もしあなたが神かみの子こであるなら、これらの石いしがパンになるように命めいじてごらんなさい」。

マタイ4:6 言いった、「もしあなたが神かみの子こであるなら、下したへ飛とびおりてごらんなさい。『神かみはあなたのために御ご使したちにお命めいじになると、あなたの足あしが石いしに打うちつけられないように、彼かれらはあなたを手てでささえるであろう』と書かいてありますから」。

マタイ5:9 平和へいわをつくり出だす人ひとたちは、さいわいである、彼かれらは神かみの子こと呼よばれるであろう。

マタイ8:29 すると突然とつぜん、彼かれらは叫さけんで言いった、「神かみの子こよ、あなたはわたしどもとなんの係かかりわりがあるのです。まだその時ときではないのに、ここにきて、わたしどもを苦くるしめるのですか」。

マタイ14:33 舟ふねの中なかにいた者ものたちはイエスを拝はいして、「ほんとうに、あなたは神かみの子こです」と言いった。

マタイ16:16 シモン・ペテロが答こたえて言いった、「あなたこそ、生いける神かみの子こキリストです」。

マタイ26:63 しかし、イエスは黙だまっておられた。そこで大だい祭司さいしは言いった、「あなたは神かみの子こキリストなのかどうか、生いける神かみに誓ちかってわれわれに答こたえよ」。

マタイ27:40 言いった、「神殿しんでんを打うちこわして三みっ日かのうちに建たてる者ものよ。もし神かみの子こなら、自分じぶんを救すくえ。そして十字じゅうじ架かからおりてこい」。

マタイ27:43 彼かれは神かみにたよっているが、神かみのおぼしめしがあれば、今いま、救すくってもらうがよい。自分じぶんは神かみの子こだと言いっていたのだから」。

マタイ27:54 百ひゃく卒そつ長ちょう、および彼かれと一緒いっしょにイエスの番ばんをしていた人々ひとびとは、地震じしんや、いろいろのできごとを見みて非常ひじょうに恐おそれ、「まことに、この人ひとは神かみの子こであった」と言いった。

マルコによる福音書(4か所)

マルコ1:1 神かみの子こイエス・キリストの福音ふくいんのはじめ。

マルコ3:11 また、けがれた霊れいどもはイエスを見みるごとに、みまえにひれ伏ふし、叫さけんで、「あなたこそ神かみの子こです」と言いった。

マルコ5:7 大声おおごえで叫さけんで言いった、「いと高たかき神かみの子こイエスよ、あなたはわたしとなんの係かかりわりがあるのです。神かみに誓ちかってお願ねがいします。どうぞ、わたしを苦くるしめないでください」。

マルコ15:39 イエスにむかって立たっていた百ひゃく卒そつ長ちょうは、このようにして息いきをひきとられたのを見みて言いった、「まことに、この人ひとは神かみの子こであった」。

ルカによる福音書(7か所)

ルカ1:35 御ご使しが答こたえて言いった、「聖霊せいれいがあなたに臨のぞみ、いと高たかき者ものの力ちからがあなたをおおうでしょう。それゆえに、生うまれ出でる子こは聖せいなるものであり、神かみの子こと、となえられるでしょう。

ルカ4:3 そこで悪魔あくまが言いった、「もしあなたが神かみの子こであるなら、この石いしに、パンになれと命めいじてごらんなさい」。

ルカ4:9 それから悪魔あくまはイエスをエルサレムに連つれて行いき、宮みやの頂上ちょうじょうに立たたたせて言いった、「もしあなたが神かみの子こであるなら、ここから下したへ飛とびおりてごらんなさい。

ルカ4:41 悪霊あくりょうも「あなたこそ神かみの子こです」と叫さけびながら多おおくの人々ひとびとから出でていった。しかし、イエスは彼かれらを戒いましめて、物ものを言いうことをお許ゆるしにならなかった。彼かれらがイエスはキリストだと知しっていたからである。

ルカ8:28 この人ひとがイエスを見みて叫さけび出だし、みまえにひれ伏ふして大声おおごえで言いった、「いと高たかき神かみの子こイエスよ、あなたはわたしとなんの係かかりわりがあるのです。お願ねがいです、わたしを苦くるしめないでください」。

ルカ20:36 彼かれらは天使てんしに等ひとしいものであり、また復活ふっかつにあずかるゆえに、神かみの子こでもあるので、もう死しぬことはあり得えないからである。

ルカ22:70 彼かれらは言いった、「では、あなたは神かみの子こなのか」。イエスは言いわれた、「あなたがたの言いうとおりである」。

ヨハネによる福音書(10か所)

ヨハネ1:12 しかし、彼かれを受うけいれた者もの、すなわち、その名なを信しんじた人々ひとびとには、彼かれは神かみの子ことなる力ちからを与あたえたのである。

ヨハネ1:34 わたしはそれを見みたので、このかたこそ神かみの子こであると、あかしをしたのである」。

ヨハネ1:49 ナタナエルは答こたえた、「先生せんせい、あなたは神かみの子こです。あなたはイスラエルの王おうです」。

ヨハネ5:25 よくよくあなたがたに言いっておく。死しんだ人ひとたちが、神かみの子この声こえを聞きく時ときが来くる。今いますでにきている。そして聞きく人ひとは生いきるであろう。

ヨハネ5:28 このことを驚おどろくには及およばない。墓はかの中なかにいる者ものたちがみな神かみの子この声こえを聞ききき、

ヨハネ10:36 父ちちが聖別せいべつして、世よにつかわされた者ものが、『わたしは神かみの子こである』と言いったからとて、どうして『あなたは神かみを汚けがす者ものだ』と言いうのか。

ヨハネ11:4 イエスはそれを聞きいて言いわれた、「この病気びょうきは死しぬほどのものではない。それは神かみの栄光えいこうのため、また、神かみの子こがそれによって栄光えいこうを受うけるためのものである」。

ヨハネ11:52 ただ国民こくみんのためだけではなく、また散在さんざいしている神かみの子こらを一ひとつに集あつめるために、死しぬことになっていると、言いったのである。

ヨハネ19:7 ユダヤ人にんたちは彼かれに答こたえた、「わたしたちには律法りっぽうがあります。その律法りっぽうによれば、彼かれは自分じぶんを神かみの子ことしたのだから、死罪しざいに当あたる者ものです」。

ヨハネ20:31 しかし、これらのことを書かいたのは、あなたがたがイエスは神かみの子こキリストであると信しんじるためであり、また、そう信しんじて、イエスの名なによって命いのちを得えるためである。

使徒行伝(3か所)

使徒8:37 これに対たいして、ピリポは、「あなたがまごころから信しんじるなら、受うけてさしつかえはありません」と言いった。すると、彼かれは「わたしは、イエス・キリストを神かみの子こと信しんじます」と答こたえた。〕

使徒9:20 ただちに諸しょ会堂かいどうでイエスのことを宣のべ伝つたえ、このイエスこそ神かみの子こであると説ときはじめた。

使徒17:29 このように、われわれは神かみの子孫しそんなのであるから、神かみたる者ものを、人間にんげんの技巧ぎこうや空想くうそうで金かねや銀ぎんや石いしなどに彫えり付つけたものと同おなじと、見みなすべきではない。

ローマ人への手紙(6か所)

ローマ8:14 すべて神かみの御ご霊れいに導みちびかれている者ものは、すなわち、神かみの子こである。

ローマ8:16 御ご霊れいみずから、わたしたちの霊れいと共ともに、わたしたちが神かみの子こであることをあかしして下くださる。

ローマ8:19 被ひ造物ぞうぶつは、実じつに、切せつなる思おもいで神かみの子こたちの出現しゅつげんを待まち望のぞんでいる。

ローマ8:21 かつ、被ひ造物ぞうぶつ自身じしんにも、滅ほろびのなわめから解放かいほうされて、神かみの子こたちの栄光えいこうの自由じゆうに入はいる望のぞみが残のこされているからである。

ローマ9:8 すなわち、肉にくの子こがそのまま神かみの子こなのではなく、むしろ約束やくそくの子こが子孫しそんとして認みとめられるのである。

ローマ9:26 あなたがたはわたしの民たみではないと、彼かれらに言いったその場所ばしょで、彼かれらは生いける神かみの子こらであると、呼よばれるであろう」。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二1:19 なぜなら、わたしたち、すなわち、わたしとシルワノとテモテとが、あなたがたに宣のべ伝つたえた神かみの子こキリスト・イエスは、「しかり」となると同時どうじに「否いな」となったのではない。そうではなく、「しかり」がイエスにおいて実現じつげんされたのである。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ3:26 あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰しんこうによって、神かみの子こなのである。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神かみの子こたる身分みぶんを授さずけるようにと、御お旨むねのよしとするところに従したがい、愛あいのうちにあらかじめ定さだめて下くださったのである。

エペソ4:13 わたしたちすべての者ものが、神かみの子こを信しんじる信仰しんこうの一致いっちと彼かれを知しる知識ちしきの一致いっちとに到達とうたつし、全ぜんき人にんとなり、ついに、キリストの満みちみちた徳とくの高たかさにまで至いたるためである。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ2:15 それは、あなたがたが責せめられるところのない純真じゅんしんな者ものとなり、曲まがった邪悪じゃあくな時代じだいのただ中なかにあって、傷きずのない神かみの子ことなるためである。あなたがたは、いのちの言葉ことばを堅かたく持もって、彼かれらの間あいだで星ほしのようにこの世よに輝かがやいている。

ヘブル人への手紙(3か所)

ヘブル4:14 さて、わたしたちには、もろもろの天てんをとおって行いかれた大だい祭司さいしなる神かみの子こイエスがいますのであるから、わたしたちの告白こくはくする信仰しんこうをかたく守まもろうではないか。

ヘブル7:3 彼かれには父ちちがなく、母ははがなく、系図けいずがなく、生涯しょうがいの初はじめもなく、生命せいめいの終おわりもなく、神かみの子このようであって、いつまでも祭司さいしなのである。

ヘブル10:29 神かみの子こを踏ふみつけ、自分じぶんがきよめられた契約けいやくの血ちを汚よごれたものとし、さらに恵めぐみの御ご霊れいを侮あなどる者ものは、どんなにか重おもい刑罰けいばつに価あたいすることであろう。

ヨハネの第一の手紙(11か所)

ヨハネ第一3:1 わたしたちが神かみの子こと呼よばれるためには、どんなに大おおきな愛あいを父ちちから賜たまわったことか、よく考かんがえてみなさい。わたしたちは、すでに神かみの子こなのである。世よがわたしたちを知しらないのは、父ちちを知しらなかったからである。

ヨハネ第一3:2 愛あいする者ものたちよ。わたしたちは今いまや神かみの子こである。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明あきらかではない。彼かれが現あらわれる時とき、わたしたちは、自分じぶんたちが彼かれに似にるものとなることを知しっている。そのまことの御お姿すがたを見みるからである。

ヨハネ第一3:8 罪つみを犯おかす者ものは、悪魔あくまから出でた者ものである。悪魔あくまは初はじめから罪つみを犯おかしているからである。神かみの子こが現あらわれたのは、悪魔あくまのわざを滅ほろぼしてしまうためである。

ヨハネ第一3:10 神かみの子こと悪魔あくまの子ことの区別くべつは、これによって明あきらかである。すなわち、すべて義ぎを行おこなわない者ものは、神かみから出でた者ものではない。兄弟きょうだいを愛あいさない者ものも、同様どうようである。

ヨハネ第一3:23 その戒いましめというのは、神かみの子こイエス・キリストの御名ぎょめいを信しんじ、わたしたちに命めいじられたように、互たがいに愛あいし合あうべきことである。

ヨハネ第一4:15 もし人ひとが、イエスを神かみの子こと告白こくはくすれば、神かみはその人ひとのうちにいまし、その人ひとは神かみのうちにいるのである。

ヨハネ第一5:2 神かみを愛あいしてその戒いましめを行おこなえば、それによってわたしたちは、神かみの子こたちを愛あいしていることを知しるのである。

ヨハネ第一5:5 世よに勝かつ者ものはだれか。イエスを神かみの子こと信しんじる者ものではないか。

ヨハネ第一5:10 神かみの子こを信しんじる者ものは、自分じぶんのうちにこのあかしを持もっている。神かみを信しんじない者ものは、神かみを偽いつわり者ものとする。神かみが御子みこについてあかしせられたそのあかしを、信しんじていないからである。

ヨハネ第一5:13 これらのことをあなたがたに書かきおくったのは、神かみの子この御名ぎょめいを信しんじるあなたがたに、永遠えいえんのいのちを持もっていることを、悟さとらせるためである。

ヨハネ第一5:20 さらに、神かみの子こがきて、真実しんじつなかたを知しる知力ちりょくをわたしたちに授さずけて下くださったことも、知しっている。そして、わたしたちは、真実しんじつなかたにおり、御子みこイエス・キリストにおるのである。このかたは真実しんじつな神かみであり、永遠えいえんのいのちである。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録2:18 テアテラにある教会きょうかいの御ご使しに、こう書かきおくりなさい。『燃もえる炎ほのおのような目めと光ひかり輝かがやくしんちゅうのような足あしとを持もった神かみの子こが、次つぎのように言いわれる。

語句索引に戻る