「父親」(ちちおや)が出てくる聖書の箇所
「父親」(ちちおや)は日常訳第1版の52か所(旧約23・新約29)に出てきます。口語訳では7か所。
創世記(3か所)
創世記35:18 彼女は息を引き取ろうとしていた。死にゆくその時、彼女は子どもをベン・オニと名づけた。でも父親は、その子をベニヤミンと名づけた。
創世記43:7 彼らは言った。「あの人が、わたしたちのことや家族のことをしつこく聞いてきたんです。『父親はまだ生きているのか。ほかに兄弟はいるのか』と。だからその問いのとおりに答えただけです。まさか『弟を連れて来い』なんて言い出すなんて、どうしてわかったでしょうか」
創世記44:19 主が私たちに、『お前たちには父親か兄弟がいるのか』とお尋ねになりました。
出エジプト記(1か所)
出エジプト22:17 もし父親がその女性を彼に与えることを強く拒むなら、彼は処女の結納金と同じだけのお金を払わなければならない。
民数記(3か所)
民数記12:14 すると主はモーセに言われた。「もし彼女の父親が彼女の顔に唾を吐きかけたなら、彼女は七日間、恥じ入るのではないか。だから彼女を七日間、宿営の外に締め出しなさい。その後、また中に戻せばよい。」
民数記30:16 以上が、主がモーセに命じた決まりである。夫と妻の間、また父親と、まだ若くて父の家にいる娘との間について定められたものだ。
民数記32:14 それなのに、あなたたちは父親たちの後を継いで、罪深い者たちの一族として立ち上がっている。イスラエルに対する主の激しい怒りを、さらにあおろうとしているのだ。
申命記(1か所)
申命記22:29 彼女と寝た男は、娘の父親に銀五十シェケルを払い、彼女を妻にしなければならない。彼女を辱めたのだから、生きているかぎり離縁することはできない。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記4:21 そしてイスラエルの人々に言った。「いつか、あなたたちの子どもが父親に『この石には、どんな意味があるの』と尋ねたら、
士師記(1か所)
士師記21:22 もし娘たちの父親や兄弟が、わたしたちに文句を言いに来たら、こう言おう。『どうか、彼らを大目に見てやってほしい。戦いのとき、わたしたちは彼ら一人ひとりに妻を取ってやれなかったのだ。それに、あなたたち自身が娘を与えたわけではないのだから、罪に問われることはない。』」
サムエル記上(1か所)
サムエル第一10:12 すると、その場にいた一人がこう言い返した。「じゃあ、彼らの父親は誰なんだ。」こうして「サウルも預言者の仲間なのか」ということわざが生まれた。
列王紀下(2か所)
列王紀下4:18 その子は大きくなった。ある日、その子は刈り入れをしている父親のところへ出て行った。
列王紀下4:19 そして父親に言った。「頭が、頭が痛い。」父親は召使いに言った。「この子を母親のところへ運んでやりなさい。」
歴代志上(2か所)
歴代志上19:2 ダビデはこう言った。「ナハシの子ハヌンには慈しみを示そう。彼の父がわたしに慈しみを示してくれたのだから。」そしてダビデは、父親を亡くしたハヌンを慰めようと使者たちを送った。ダビデの家来たちは、ハヌンを慰めるためにアンモン人の地にやって来た。
歴代志上25:6 これらの者は皆、父親の指揮のもとで、主の神殿で歌をうたった。シンバルや竪琴や琴を奏でて、神の神殿の礼拝の務めを果たしたのだ。彼らは王と、アサフ、エドトン、ヘマンの指揮のもとにあった。
ヨブ記(3か所)
ヨブ記30:1 でも今は、わたしより年下の者たちがわたしをあざ笑う。その父親たちは、わたしが群れの番犬と一緒に働かせることさえ嫌がったような連中だ。
ヨブ記31:18 わたしは彼が幼いころから、父親のように彼を育ててきた。母の胎から出たときから、彼を導いてきたのだ。
ヨブ記38:28 雨に父親はいるだろうか。露のしずくは、だれが生んだのか。
箴言(1か所)
箴言28:7 律法を守る人は、かしこい子だ。でも遊び歩く仲間とつるむ者は、父親に恥をかかせる。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書45:10 父親に「何を生むのか」と言い、母親に「何を産もうとしているのか」と言う者は、わざわいだ。
エレミヤ書(3か所)
エレミヤ書7:18 子どもたちは薪を集め、父親たちは火をおこし、女たちは粉をこねる。天の女王のために供え物のパンを作り、ほかの神々に酒を注いでささげ、わたしを怒らせようとしている。
エレミヤ書16:3 この場所で生まれる息子や娘たち、彼らを産む母親、この地で彼らをもうける父親について、主はこう言われるからだ。
エレミヤ書47:3 たくましい馬のひづめが地を打つ音、戦車がとどろく音、その車輪の轟音に、父親たちは力が抜けて、自分の子どもを振り返ることさえできない。
マタイによる福音書(2か所)
マタイ4:22 すぐに彼らは舟と父親を残して、イエスについて行った。
マタイ21:28 「あなたたちはどう思うだろうか。ある人に息子が二人いた。父親は兄のところへ行って言った。『子よ、今日、ぶどう園へ行って働いてくれ』。
マルコによる福音書(2か所)
マルコ9:21 イエスはその子の父親にたずねた。「こうなってから、どれくらいたつのか。」父親は答えた。「小さいころからです。
マルコ9:24 その子の父親はすぐに叫んで言った。「信じます。信じきれないわたしを助けてください。」
ルカによる福音書(9か所)
ルカ1:17 この子はエリヤの霊と力を受けて主の前に先立って進み、父親たちの心を子どもたちへと向けさせ、逆らう者たちを正しい人の考え方へと立ち返らせる。こうして、主のために整えられた民を用意するのだ。」
ルカ1:59 八日目に、人々はその子に割礼を施すためにやって来た。そして、父親の名をとって、その子をザカリヤと呼ぼうとした。
ルカ1:62 そして父親のザカリヤに、この子を何と名づけたいのか、身振りで尋ねた。
ルカ1:67 父親のザカリヤは聖霊に満たされ、こう預言した。
ルカ8:51 家に着くと、イエスはペトロとヨハネとヤコブ、それに子どもの父親と母親のほかは、だれも中に入れなかった。
ルカ9:42 その子が来る途中にも、悪霊はその子を引き倒し、激しくひきつけさせた。でも、イエスが汚れた霊を叱りつけると、その子は治った。そして、イエスはその子を父親に返した。
ルカ11:11 あなたたちの中に、子どもが魚を欲しがっているのに、魚の代わりに蛇を渡す父親がいるだろうか。
ルカ11:12 卵を欲しがっているのに、さそりを渡す父親がいるだろうか。
ルカ15:12 弟のほうが父親に言った。『お父さん、財産のうち、わたしの取り分をください。』それで父親は、二人に財産を分けてやった。
ヨハネによる福音書(4か所)
ヨハネ4:52 そこで父親は、息子がよくなり始めた時刻を召使いたちに尋ねた。すると彼らは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と答えた。
ヨハネ4:53 イエスが「あなたの息子は助かる」と言ったのは、まさにその時刻だった。父親はそれに気づいた。そして、彼自身も家族みんなも信じた。
ヨハネ6:42 ヨセフの子で、わたしたちはその父親も母親も知っている、あのイエスじゃないか。それなのに、どうして今になって『わたしは天から下ってきた』なんて言うんだ。」
ヨハネ8:41 あなたたちは、自分の父親と同じことをしているんだ。」すると彼らは言った。「わたしたちは、いかがわしい関係から生まれた者ではない。わたしたちにはただひとりの父がいる。それは神だ。」
使徒行伝(3か所)
使徒16:1 パウロはデルベに、それからリストラにも着いた。そこにテモテという弟子がいた。母親はユダヤ人の信者で、父親はギリシア人だった。
使徒16:3 パウロは彼を旅に連れて行きたいと思った。それで、その地方に住むユダヤ人たちのことを考えて、テモテに割礼を受けさせた。彼の父親がギリシア人だと、みんなが知っていたからだ。
使徒28:8 ちょうどそのころ、ポプリオの父親が熱と赤痢で寝込んでいた。パウロはその人のところへ行き、祈って手を置き、いやした。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一4:15 たとえキリストにあって一万人の指導者がいても、父親は多くはいない。キリスト・イエスにあって、福音を通してあなたたちを生んだのは、このわたしだからだ。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ4:2 父親が定めた時が来るまで、後見人や管理人のもとに置かれるからだ。
エペソ人への手紙(1か所)
エペソ6:4 父親たちよ、子どもをいらだたせてはいけない。主の教えと導きによって、大切に育てなさい。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ3:21 父親たちよ、子どもをいらだたせてはいけない。子どもが気力を失ってしまうといけないからだ。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一2:11 知ってのとおり、わたしたちは父親が自分の子に接するように、あなたたち一人ひとりに接した。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一5:1 年配の男性を厳しく責めてはいけない。むしろ、父親に対するように優しく話しかけなさい。若い男性には、兄弟に対するように接しなさい。
ヘブル人への手紙(3か所)
ヘブル12:7 訓練として、これに耐えなさい。神はあなたがたを、我が子として扱っておられるのだ。父親に訓練されない子など、いるだろうか。
ヘブル12:9 それに、わたしたちを訓練してくれた肉の父親がいて、わたしたちは彼らを敬っていた。それなら、なおさらのこと、わたしたちの霊の父に従って生きるべきではないだろうか。
ヘブル12:10 肉の父親は、ほんの短い間、自分が良いと思うままに訓練した。でも神は、わたしたちの益のために、その聖さを分け与えようとして訓練してくださるのだ。