「権利」(けんり)が出てくる聖書の箇所
「権利」(けんり)は日常訳第1版の36か所(旧約26・新約10)に出てきます。口語訳では20か所。
創世記(5か所)
創世記25:31 ヤコブは言った。「今すぐ、あなたの長子の権利をわたしに売ってくれ」
創世記25:32 エサウは言った。「わたしはもう死にそうなんだ。長男の権利なんて、何の役に立つ?」
創世記25:33 ヤコブは言った。「まず、わたしに誓ってくれ。」エサウは誓って、長子の権利をヤコブに売った。
創世記25:34 ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を渡した。エサウは飲み食いすると、立ち上がって去っていった。こうしてエサウは長子の権利を軽んじたのだ。
創世記27:36 エサウは言った。「ヤコブとは、よく名づけたものだ。あいつはこれで二度もわたしをだしぬいた。前にはわたしの長男の権利を奪い、今度はわたしへの祝福まで奪った。」そして続けた。「わたしのために、祝福を残してはくれなかったのですか。」
出エジプト記(1か所)
出エジプト21:8 もし、彼女を自分のものにと決めていた主人が、彼女を気に入らなくなったら、買い戻させなければならない。彼女を裏切ったのだから、外国の民に売る権利はない。
レビ記(2か所)
レビ記25:29 城壁のある町の中の家を売った場合は、売ってから満一年の間なら買い戻すことができる。買い戻す権利があるのは、その一年の間だけだ。
レビ記25:32 レビ人の町については別だ。彼らが受け継いだ町の中の家について、レビ人にはいつでも買い戻す権利があり、この権利は永久に続く。
申命記(3か所)
申命記17:8 あなたの町で起こる裁判の中に、あなたには判断が難しすぎる問題が出てくるかもしれない。殺人に関する争いや、権利をめぐる争い、暴行に関する争いなどだ。そのときは、立って、あなたの神、主が選ばれる場所に上って行きなさい。
申命記21:17 彼は疎まれている妻の子を長男として認め、自分の持ち物すべての中から二倍の分をその子に与えなければならない。その子は父の力の初めであり、長男としての権利を持っているからだ。
申命記27:19 「外国から来た人や、父のない子や、夫を亡くした女性の権利を曲げる者は呪われる。」民は全員こう言いなさい。「アーメン。」
ルツ記(2か所)
ルツ記2:20 ナオミは嫁に言った。「その人に、主の祝福があるように。主は、生きている者にも死んだ者にも、変わらぬ慈しみをやめずにいてくださる。」そしてナオミはこう続けた。「その人はわたしたちの近い親戚で、わたしたちを助け、買い戻す権利のある人の一人なのよ。」
ルツ記4:7 昔、イスラエルでは、買い戻しや権利の譲渡について、こうする習わしがあった。すべてを確かなものにするために、一方が自分の履き物を脱いで、相手に渡すのだ。これがイスラエルでの証明の仕方だった。
サムエル記下(2か所)
サムエル第二19:28 王であるわたしの主にとって、わたしの父の家の者は皆、死んで当然の者ばかりでした。それなのにあなたは、このしもべをあなたの食卓で食事をする者の中に加えてくださいました。これ以上、わたしに何の権利があって、王に訴えることができるでしょうか。」
サムエル第二19:43 すると、イスラエルの人たちがユダの人たちに答えた。「王については、わたしたちのほうが十倍もの分け前がある。ダビデについても、あなたたちよりわたしたちのほうが権利があるんだ。それなのに、どうしてわたしたちを軽く見るのか。王を連れ戻そうと最初に言い出したのは、わたしたちじゃないか。」しかし、ユダの人たちの言い分は、イスラエルの人たちの言い分よりも激しかった。
歴代志上(2か所)
歴代志上5:1 ルベンはイスラエルの長男だった。彼の子らについては、こうである。ルベンは確かに長男だったが、父の寝床を汚したので、長男の権利はイスラエルの子ヨセフの子らに移された。だから系図では、長男としては記されていない。
歴代志上5:2 ユダは兄弟たちの中でいちばん力を持つようになり、その一族から指導者が出た。でも長男としての権利はヨセフのものとなった。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記2:20 わたしは彼らにこう答えた。「天の神が、わたしたちを成功させてくださる。そのしもべであるわたしたちは、立ち上がって建てる。だが、あなたがたにはエルサレムに何の分け前も、権利も、記録もない。」
詩篇(1か所)
詩篇82:3 弱い者やみなしごを守り、苦しむ者や貧しい者の権利を守りなさい。
箴言(3か所)
箴言31:5 飲めば、定められた法を忘れ、苦しむ人々の権利をゆがめてしまうからだ。
箴言31:8 口を開いて、自分では声を上げられない人のために語りなさい。見捨てられた人すべての権利を守るために。
箴言31:9 口を開いて、正しく裁きなさい。貧しい人や困っている人の権利を守るのだ。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書10:2 彼らは弱い者たちを裁判で退け、わたしの民の貧しい人たちから正当な権利を奪う。未亡人を食いものにし、親のない子どもたちを略奪する。
エレミヤ書(3か所)
エレミヤ書5:28 彼らは肥え太り、つやつやと輝いている。悪事にかけては、際限がない。みなしごの訴えを正しく裁こうともせず、それでいて栄えている。貧しい人の権利も、守ろうとしない。
エレミヤ書32:7 「あなたのおじシャルムの子ハナムエルが、あなたのところに来てこう言う。『アナトトにあるわたしの畑を買ってほしい。それを買い戻す権利は、あなたにあるのだから』」
エレミヤ書32:8 はたして主が言われたとおり、おじの子ハナムエルが見張りの庭にいるわたしのところに来て、こう言った。「どうかアナトトにある、ベニヤミンの地のわたしの畑を買ってほしい。それを受け継ぎ、買い戻す権利はあなたにあるのだから、あなたが買い取ってほしい。」それでわたしは、これが主の言葉なのだと分かった。
使徒行伝(1か所)
使徒8:21 あなたには、このことに関わる資格も権利もない。あなたの心が、神の前でまっすぐではないからだ。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ9:21 陶器を作る職人は、同じ土のかたまりから、あるうつわを特別なもの、別のうつわをありふれたものに作る権利があるのではないか。
コリント人への第一の手紙(6か所)
コリント第一9:4 わたしたちには、食べたり飲んだりする権利がないとでもいうのか。
コリント第一9:5 ほかの使徒たちや主の兄弟たち、そしてケファ(ペテロ)のように、信者である妻を連れて歩く権利が、わたしたちにはないとでもいうのか。
コリント第一9:6 それとも、働かないで生活できる権利がないのは、わたしとバルナバだけだというのか。
コリント第一9:12 ほかの人たちがあなたがたに頼る権利を持っているのなら、なおさらわたしたちにはその権利があるはずだ。しかし、わたしたちはこの権利を使わなかった。むしろ、どんなことでも我慢している。キリストの福音の邪魔になるようなことを、少しでもしたくないからだ。
コリント第一9:15 だが、わたしはこうした権利を一つも使ったことがない。そして、今こう書いているのも、そうしてもらいたいからではない。そんなことになるくらいなら、死んだほうがましだ。この誇りを、誰にも奪わせはしない。
コリント第一9:18 では、わたしの報酬とは何だろうか。それは、福音を伝えるときに、それを無償で伝えることだ。つまり、福音を伝える上で当然与えられている権利を、あえて使わないということなのだ。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二3:9 もちろん、あなたたちに養ってもらう権利がなかったわけではない。ただ、あなたたちがならうべき手本を、自分たちで示したかったのだ。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル12:16 だれも、みだらな者や、俗っぽい者にならないように。エサウのように。彼は、たった一度の食事のために、長子としての権利を売り渡してしまった。